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ロングアイランドとは?

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ロングアイランド
Long Island

ロングアイランド
位置

座標 : 北緯40度48分 西経73度18分 / 北緯40.8度 西経73.3度 / 40.8; -73.3
行政
アメリカ合衆国
ニューヨーク州
クイーンズ郡(ニューヨーク市)
キングス郡(ニューヨーク市)
ナッソー郡
サフォーク郡
ロングアイランド
地理
面積 | 
域 3,629 km (1,401 mi)
標高 最高122 m (最高401 ft)
人口
人口 (2000年国勢調査現在)
域 7,448,618人
人口密度 2052.5人/km(5316.6人/mi)
その他
等時帯 東部標準時 (UTC-5)
夏時間 東部夏時間 (UTC-4)
ナンバープレート New York State
公式ウェブサイト : ロングアイランド.com

ロングアイランド(英語:Long Island)は、アメリカ合衆国東海岸北部、ニューヨーク州南東部に位置する、大西洋に浮かぶである。アメリカ合衆国の領土でありニューヨーク州に属する。合衆国本土で最長最大の島であり、最西端のニューヨーク港から東西に約190km、最大幅約37kmの大きさを持ち、面積は3,629 kmになる。全米で11番目、世界で148番目に大きな島で、ロードアイランド州や、どのアメリカの海外領地よりも大きい(プエルトリコを除く)。2015年国勢調査によれば、同島の人口は約783万人とされている。

同島はニューヨーク市の一部であるクイーンズ郡キングス郡(ブルックリン区)と独立行政を行うナッソー郡サフォーク郡の4つの自治体から成っており、後者2郡は広大な郊外型住宅地帯である。ブルックリンとクイーンズからはニューヨーク市を構成する他の3つの区(マンハッタンスタテンアイランドブロンクス)に複数の橋とトンネルでアクセス可能になっている他、ニューヨーク都市圏の主要空港であるJFK空港ラガーディア空港がある。サフォークからはロングアイランド湾を通ってコネチカット州とを結ぶフェリーが就航している。

概要

ロングアイランドの行政区分。左からキングス郡(茶)、クイーンズ郡(緑)、ナッソー郡(黄)、サフォーク郡(橙)。左端の赤はマンハッタン島、青はブロンクス。

島の最西端に位置するクイーンズ郡とキングス郡(ブルックリン)はニューヨーク市を構成する区であり、中部と東部は郊外型住宅地と小都市が点在するナッソー郡とサフォーク郡がある。地理的にはクイーンズ、キングスも島の一部であるが行政区分の影響から口語的にはこの2郡を通常ロングアイランドとは呼ばない。「ロングアイランダー」といえばナッソーかサフォークのどちらかの出身者を指す。クイーンズ、ブルックリンは「ニューヨーカー」と呼ばれ「ザ・シティ(The City)」出身に属す。ただ、「ロングアイランド」という表現には狭義の用法もあり、人によってはナッソー郡のみを示すために慣用している例も少なくないため、注意を要する。

ロングアイランドはその地域の富裕層の多さや、生活水準が高いことで有名である。2000年の国勢調査によれば一人当たりのGDPでナッソーはニューヨーク州で3番目、全米3140郡で30番目に最も裕福な郡であり、全米で2番目に重い財産税が課せられている。ニューヨーク市に近いナッソーはサフォークに比べ開発が進んでおり、同市に通勤する裕福層が居住する巨大ベッドタウンになっている。特にロングアイランド湾を臨める北海岸のゴールドコーストや大西洋を望む南海岸のファイヴ・タウンズには多くの高級住宅が立ち並ぶ。南海岸は湿地帯アウターバリアに守られた地形から住宅地として発展を遂げた。アメリカ独立戦争の頃より多くの資産家が移り住み始め、オールドマネーと呼ばれるその資産は今も同島に住まう子孫達に受け継がれている。狂騒の20年代の頃、アメリカやヨーロッパの貴族達は北海岸と南海岸(ファイヴ・タウンズ周辺)に大規模な不動産開発を行い現在もその地は住宅地として利用されている他、公園や大学、博物館などにも寄付されている。

第二次世界大戦後の郊外移住のトレンドと経済発展の波に乗りナッソーは1950年から70年代まで全米で最も成長著しい郡となった。サフォークは1990年代情報技術などの発展と共に徐々に人口は増加したが、ナッソーに比べると未発展の地域も多い。夏はニューヨーク都市圏の人々のリゾート地として賑わうサフォーク(サウスフォーク地域)であるがグリーンポイントハンプトンズなど最東端には郊外というよりはむしろ田舎と呼べる小さな町も残っている。ハンプトンズはアメリカでも最も高級な別荘地のひとつであり、ニューヨークの富裕層の多くがこの地域に別荘を持つ。また島全体が低地で、気候も温暖であり、近郊農業地帯として発達しておりニューヨーク市に向けた野菜の栽培が盛んである。ノースフォーク地域は以前はジャガイモ生産が活発であったが現在はワイン生産の地として有名になった。サウスフォーク地域には海水浴だけでなくモントーク灯台などの観光地もある。漁業もさかんで、かつては捕鯨の拠点でもあった。

人口

人口推移
【年】
【人口】
【】

1790 | 37,108 |  | 

1800 | 42,907 |  | 15.6%
1810 | 48,752 |  | 13.6%
1820 | 56,978 |  | 16.9%
1830 | 69,775 |  | 22.5%
1840 | 110,406 |  | 58.2%
1850 | 212,637 |  | 92.6%
1860 | 379,788 |  | 78.6%
1870 | 540,648 |  | 42.4%
1880 | 743,957 |  | 37.6%
1890 | 1,029,097 |  | 38.3%
1900 | 1,452,611 |  | 41.2%
1910 | 2,098,460 |  | 44.5%
1920 | 2,723,764 |  | 29.8%
1930 | 4,103,638 |  | 50.7%
1940 | 4,600,022 |  | 12.1%
1950 | 5,237,918 |  | 13.9%
1960 | 6,403,852 |  | 22.3%
1970 | 7,141,515 |  | 11.5%
1980 | 6,728,074 |  | -5.8%
1990 | 6,861,474 |  | 2.0%
2000 | 7,448,618 |  | 8.6%

2000年国勢調査によると4郡を合わせた島の全人口は7,448,618人で、そのうち2,465,326人がキングス郡(ブルックリン)に2,229,379人がクイーンズ郡に住んでいる。2郡の合計は4,694,705人で人口比63%になる。サフォークの人口は1,419,369人、ナッソーは1,334,544人で合計は2,753,913人。このことからクイーンズには29.9%が、ブルックリンには33.1%が、ナッソーには17.9%が、サフォークには19.1%という人の散らばりがあることがわかる。以前までは都市に近いナッソーの人口の方がサフォークを上回っていたが郊外地区の東側への発展と共に1990年の国勢調査で後者が上回った。ただサフォークはナッソーの倍近い面積があるためナッソーの人口密度は依然として前者より高い。

島の全人口は全50州に照らし合わせると38番目になり、もし独立国家であれば人口はスイスイスラエルの中間96位にランクインすることになる。

人種構成としてはクイーンズ、ブルックリンには非白人系の人種が多数派で、ナッソーとサフォークは白人系が多数派である。宗教はカトリックが最多。ロングアイランドは多くのイタリア系アメリカ人が居住する地域であり、その数は約70万人に上るとされている。また同島は「全米で最も人種差別が多い郊外地域」とされており、これは個人個人の差別意識ではなくレジデンシャル・セグレゲーションと呼ばれる人種による住み分けが原因とされている。例えばナッソーのガーデンシティ地区には豪邸が立ち並び平均世帯収入が12万ドル(約1200万円)を超える多くの上流階級が住んでおり人口の92%が白人である。一方、労働者階級が多く住むナッソーのヘンプステッド地区の平均世帯収入は4万6千ドル(約460万円)で51%が黒人、32%がヒスパニックである(市長も黒人)。ちなみに駐在等の日本人が比較的多いのは中流階級の多いポートワシントン地区である(クイーンズ、ブルックリンを除く)。同地区の白人比は85.97%で平均世帯収入は8万5千ドル(約850万円)である。

ロングアイランドの人種・宗教構成
 | 人種 |  | 宗教
人口 白人 黒人 アジア その他 混血 ヒスパ
ニック カトリック 無宗教 ユダヤ教 プロテス
タント データ無し
キングス | 2,465,326人 | 41.2% | 36.4% | 7.5% | 10.6% | 4.3% | 19.8% |  | 37% | 4% | 15% | 8% | 33%
クイーンズ | 2,229,379人 | 44.1% | 20.0% | 17.6% | 12.3% | 6.1% | 25.0% |  | 29% | 37% | 11% | 5% | 15%
ナッソー | 1,334,544人 | 79.3% | 10.1% | 4.7% | 3.8% | 2.1% | 10.0% |  | 52% | 9% | 16% | 7% | 15%
サフォーク | 1,419,369人 | 84.6% | 6.9% | 2.4% | 4.0% | 2.1% | 10.5% |  | 52% | 21% | 7% | 8% | 11%
合計 | 7,448,618人 | 57.2% | 21.2% | 9.0% | 8.6% | 4.0% | 17.8% |  | 40% | 18% | 12% | 7% | 20%

地理

アウターランド

同島の面積は面積は3,629 kmで奈良県とほぼ同じ大きさ。東西約190kmの長さは東京郡山の直線距離に相当する。

ロングアイランド島は地理的にはアウターランドに分類され巨大な氷河モレーンと砂地によって形成された。このモレーンは約21000年前の最終氷期、ウィスコンシン氷河の影響を受け砂礫層と柔らかな地盤から成っている。現在の北海岸に位置する北部モレーンはハーバーヒル・モレーンとして知られ、南海岸のそれはロンコンクーマ・モレーンとして知られる。ロンコンクーマは現在ロングアイランド高速道路が通る島中央部まで広がっており同島の地盤を形成した。また南部に存在した巨大な氷河は海岸線を削り取り、ヘンプステッド・プレーンとして知られる同地はアパラチア山脈東側で稀に見られるプレーリーのひとつである。氷河が解け、その淵が北部に後退するにつれ北海岸と南海岸の海岸には差異が生まれた。北海岸は残留した氷河の影響から岩場が多く、南海岸は細かな砂地となった。島中央を貫く低標高の尾根は氷河が残していったモレーンである。メルヴィル地区の近くにある海抜122mのジェインズヒルはこのモレーンの最高地点で、他には海抜101mのボールドヒルなどがある。またこの氷河はロンコンクーマ湖や数多くのケトル(ごく小さな湖)を作り出した。

ロングアイランド島の最高点ジェインズヒル。海抜122m。

島には多くの帯水層があり島に必要な水を十分に供給できる量がある。その為島で使用される水はほぼ全てがこの帯水層から汲み上げた地下水で、主に使用されているのは一番浅い層であり、3つの主要な層と1つの小さな層からなっている。最深部からロイド、マゴシー、アッパーグレイシャルという名が付けられている。水の供給源は降雨によるものが大半であり25年から1000年をかけ地面に染み込んでろ過されていく。その水量は700億ガロン(260 km)と推定されており、これはロングアイランド島全体を水深90mの水槽にすることができるほどの量である。そのため長い干ばつにも十分耐えうる。一日に約400万ガロンの水がナッソーとサフォークのあたりから汲み上げられ供給されており、そこに住まう人々の生活水としても利用されている。現在ではほぼ全ての家が水道管設備を備えているが中には家庭用の井戸を使用している場合もある。ナッソーとサフォークはこの巨大帯水層の存在に依存しており汚水の再処理地域としても知られている。汚水処理はロングアイランドの発展には必要不可欠な存在であるが、発展と共にこの地下水の水質が懸念されており現在同島の今後の発展を揺るがしかねない深刻な問題となりつつある。

1985年にはアメリカ合衆国最高裁判所により同島は「半島」であるという決議がなされた。これは州境などをめぐる問題の結果であった。ちなみに同島の最西部を流れマンハッタン島とを隔てているイーストリバーは厳密にはではなく海峡である。

気候

温暖で湿気の多い夏と厳しい寒さの冬があり、大まかな気候区分としては他の東海岸北部の沿岸エリアと同じである。ケッペンの気候区分ではCfa(温暖湿潤気候)及びDfa(冷帯湿潤気候)に属し日本の東北地方と同じ区分である。北大西洋海流で温められた大西洋からの海風によって高緯度であるが温暖な気候を生み出している。その為、激しい雷雨などもしばしば見られる。ただしハリケーンの直撃はほとんど無い。

気温

気温は西と東で変化し西側(ナッソーなど)は東側サフォークに比べ幾分暖かい。これは西側が大陸に近いことや都市の発展によりヒートアイランド現象を起こしていることが理由とされる。東側は大西洋とロングアイランド湾の気流をダイレクトに受ける地理であり自然も多い為やや涼しい。サフォークの最東端に位置する街パイン・バレンズでは雲と風のない乾燥した夜の気温は放射冷却により島西部に比べ11度近く低くなる。

月ごとの最高・最低気温の比較
地域 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
ロングアイランド 4.5/-3.5 | 5/-3 | 9/0.5 | 14/5 | 19.5/9.5 | 23.5/15 | 26.5/18 | 26/17 | 22.5/13.5 | 17/7.5 | 12/3 | 7/-1
ニューヨーク市 4/-2 | 5.5/-1 | 10/2.5 | 15.5/7 | 20.5/12 | 24.5/16.5 | 27/19.5 | 26/19 | 22.5/15 | 17/10 | 11.5/5.5 | 6.5/1
東京 10/2 | 10/2 | 13/5 | 18/11 | 23/15 | 25/19 | 29/23 | 31/24 | 27/21 | 22/15 | 17/10 | 12/5
青森県八戸市 2.5/-4.5 | 2.8/-4.4 | 6.6/-1.7 | 13.6/3.5 | 18.5/8.4 | 20.6/12.6 | 24.5/17 | 26.5/19.1 | 22.9/14.8 | 17.7/8 | 11.3/2.2 | 5.4/-1.8

注:青森県八戸市は同緯度にあたる都市。ロングアイランドの測定地はロングアイランド・マッカーサー空港。ニューヨーク市の測定地はセントラルパーク。東京・八戸の気温は気象庁のデータを参照。

冬に発生する低気圧ノーイースターの動き。

ロングアイランドの冬はニューヨーク市同様その緯度の高さから厳しく、12月から3月にかけて一定の降雪量があり、11月下旬や4月上旬でも大量降雪が見受けられる。冬になると(特に明け方)海上の気温が陸上のそれと比べ高くなる為、海上で湿気を帯びた空気が陸地で吹雪やシャーベットの嵐を生む。ほぼ毎年ノーイースターと呼ばれる低気圧の嵐が同地を覆い、30cmから60cmの降雪と共に台風並みの強風でブリザードを生み出す。年間降雪量の平均はおよそ50-89cmと豪雪地帯ではないが、ごく稀に一部地域では190cm近くの積雪を記録することもある。また暖冬の場合は積雪25cmほどである。北海岸西部は南海岸や東部に比べ降雪が多い。

ハリケーン・竜巻

同島は緯度が高くまた海水も比較的冷たい為ハリケーンは北上するに従ってその勢力を弱めるが、稀にカテゴリー1レベルのものが上陸することもある。カテゴリー3も含む上陸した強烈なハリケーンとしては1938年ニューイングランド・ハリケーン1944年の無名ハリケーン、1960年ドナ1976年ベレ1985年グロリア1991年ボブ1999年フロイドなどがある。(フロイドに関しては上陸時にカテゴリー1のハリケーンであったのか強烈な熱帯低気圧であったのか気象学者の意見が割れている)

99年フロイドの進路

東海岸南方で合衆国に上陸するハリケーンはニューヨーク近くまで北上すると分解されるか熱帯低気圧に変わる。ハリケーンレベルの熱帯低気圧の記録としては1996年バーサ2004年チャーリー2006年アーネストなどがある。アーネストは上陸時熱帯低気圧に変わっていたが、その激しさゆえ島内の一部が停電となった。

大西洋からの海風によって雷雨は激しく、極稀ではあるが竜巻を発生させる可能性もある。1998年9月には小さな竜巻がリンブルック地域を襲った。同年8月にはF-2レベルがマッティタックを、2005年8月には小さなものがグレンコーヴを、2006年8月にも小さなものがマッサペクアアミティヴィルの一部を襲った。2006年9月27日と2007年7月18日にアイスリップテラスを襲ったF-1レベルの竜巻は珍しくも水上竜巻として発生しポート・ジェファーソンからロングアイランド湾の水上に見ることが出来た。

歴史

ロングアイランドは17世紀にヨーロッパ人が入植し始めてから長い歴史を持っており、19世紀鉄道網の整備よりアメリカで初めて郊外型の街として発展を遂げた。

16世紀

1600年のインディアンの民族分布図。島にはシンネコック族とモントーケット族が存在していた。

ヨーロッパ人が同地域に入植を始めた頃、同島西部にはインディアンレナペ(デラウェア族)が居留しておりアルゴンキン語族デラウェア訛りを使用していた。イタリア人探検家のジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノ1524年に現在のニューヨーク港に入った時が記録されている彼らとの最初の接触である。島東部にはモヒカンモントークナラガンセット語を使用する先住民達がおり、使用言語から彼らが現在のコネチカットロードアイランド(ロングアイランド湾を隔てた場所にある)に住む先住民達とコネクションがあることがわかった。彼らにとって同地は原料が採れることから貝殻玉(ワムパム)生産の中心地だった。

ロングアイランドの先住民の人口が減少した時、アマチュアの文化人類学者サイラス・ウッドは本を出版し、その中でロングアイランドにはかつて13族から成る「メトアック」と呼ばれる複数の民族が存在したことを主張した。しかし現在の科学的研究の見地から言って使用されていた言語の数が2種類であり、これはつまりモントーケットとシンネコックという2つの民族しか存在しなかったことを示している。彼らは今も同地に住んでいる。

インディアン達が使用していたロングアイランドの名前は「ポーマノック」(Paumanok)というものであり、意味は「貢物を捧げる島」。これは力のある部族が無い部族に対し敵意が無いことを示す為に貢物を捧げることを強要したからだといわれている。

17世紀

1664年プリマス植民地
1664年から1777年ニューヨーク植民地Conn はコネチカット。

1600年代よりマンハッタンやスタテンアイランドに入植を始めていたオランダは島西部に入植を始めLange Eylantと名づけた。1636年4月22日、時のイングランドチャールズ1世は現在のコネチカット州東部に位置していたプリマス植民地に付属する当時オランダ勢力の強かったロングアイランドへの入植をスコットランド人のウィリアム・アレクサンダーに委託した。アレクサンダーは自身のエージェントのジェームズ・ファレットを通し島東部をニューヘイブン植民地コネチカット植民地に売却。ファレットも個人的にシェルター島ロビンス島を入手した。最東部に浮かぶ島ガーディナー島ライオン・ガーディナー1637年に入植し、これがイングランド人初のロングアイランド入植となった。ファレットは同年にオランダ領のニューアムステルダムを訪れイングランド王直属の命である旨を告げるが逮捕されオランダの刑務所に収容されてしまった(後に脱獄)。またイングランド人は現在のポートワシントン地区にあたるカウ港(Cow Bay)への入植を試みるもオランダ人入植者に逮捕されてしまう。彼らは島の所有権に間違いがあったことを認め後に釈放された。同時にイングランド人による島東部の入植は着実に進んでいた。

1640年10月21日、コネチカット州ニューヘイヴンより現在のサウスホールド地区にやってきたピューリタン達は指導者ジョン・ヤングスを筆頭にウィリアム・ウェルズ、ジョン・タットヒル、トーマス・メイプス、リチャード・テリー、マシス・コーウィン、ロバート・アカーレイ、ザシャリア・コーリィ、ピーター・ハロック、バルナバ・ハートンの一族などを引き連れ初のイングランド人及び白人のロングアイランドへの本格的入植者となった。1640年夏には先住民のコーシャグ族より土地を購入。サウスホールド地区は同族によってイェンニオック(Yenniock)と呼ばれていた。マサチューセッツ州リン市より移住してきたイングランド人は1640年12月に現在のサザンプトン地区を購入。1641年4月には同地で初の入植者の会合が開かれた。ニューネーデルラントを築いたオランダ人達は島東部の開拓については特別気にかけておらず彼らを即刻追い出すような行動は起こさなかった。

1662年にサウスホールド地区はニューヘイヴン植民地に併合され、1674年にコネチカット殖民地の管轄となった。1673年イギリスがニューヨーク地域をオランダから奪回するが島東部はニューヨークへの併合を拒否している。オランダはニューヨークを死守するため大量の軍を投入したがイギリスはコネチカット植民地からの応援もあり同地を獲得した。

スコットランド人海賊ウィリアム・キッド

1674年に正式にイングランドによる統治が始まってからもヤンキーのバックグラウンドを持つ島東部の人々はコネチカットの管轄に残ることを望んだ。コネチカットはこれを了承していたがヨーク公が拒否した為強制的にニューヨークの自治権に取り入れられることとなった。知事のエドマンド・アンドロスはもし島東部の者が了承しなければ彼らの人権を一切無視してでも任務を行使するよう脅され1676年に実行に移された。コネチカットはヨーク公の父であるチャールズ1世を裁判で死刑に処した裁判官のうち3人を匿っており、これはヨーク公のコネチカットに対する嫌悪感の元となったとされている。

ロングアイランドは1683年ニューヨーク植民地の12郡のうちキングス、クイーンズ、サフォークの3郡を内包しており、当時のクイーンズは現在のナッソー全域とサフォークの一部を含んでいた。

ロングアイランドは魔女狩りの舞台ともなり、イーストハンプトンで狩られた魔女の中にはライオン・ガーディナーの娘も含まれていた。

初期のロングアイランド史上の有名な人物としてはワイアンダンチ、地主のウィリアム・スミス、船乗りウィリアム・キッド、軍人のジョン・アンダーヒルなどがいる。

18世紀

ロングアイランドの戦い

アメリカ合衆国独立戦争の中で最大規模の戦闘となったロングアイランドの戦いは主にブルックリンで行われ、ロングアイランド湾により大陸から隔てられたクイーンズとサフォークでの被害は少なかった。同戦争中ロングアイランドはイギリスの王国軍に支配されており、同地の民家はイギリスに雇われたドイツ人傭兵ヘッセンの連隊やイギリス軍の駐留地として宿舎や食事を供給していた。イングランド人軍人でジョージ・ワシントン率いるスパイ組織カルパーリングに捕らえられたジョン・アンドレ少佐がロバート・タウンズエンドの本家であるイングランドのレインハムホールにあるジェームズ・シムコの執務室を訪れた。そこでロバートの姉サリーがアンドレとシムコがベネディクト・アーノルドの王国軍を使ったウェストポイント砦の明け渡し作戦について話をしているのを耳にする。

ロングアイランド(特にヘンプステッド地区)とマンハッタンの人々はイギリスとの強いビジネス関係から依然としてイギリス支持派のロイヤリストが多く、北東部のヤンキーたちは植民地派だった。同島のこのようなイギリス支持は戦争の終結まで続いた。イングランドとニューイングランド周辺のこのようなイギリス支持はイギリス英語アメリカ英語のニューヨーク訛りの類似などにも名残がある。

1854年ブルックリンハイツ
1878年ロングアイランド鉄道の路線図。上はマンハッタン。下は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/04/04 18:26

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