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ヴェルダー・ブレーメンとは?

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【ヴェルダー・ブレーメン】


【原語表記】
Sportverein Werder Bremen von 1899 e. V.
【愛称】
Die Werderaner(中洲の民)
Die Grün-Weiß(緑と白)
【クラブカラー】
緑と白
【創設年】
1899年
【所属リーグ】
ドイツ・ブンデスリーガ
【所属ディビジョン】
1部
【ホームタウン】
ブレーメン
【ホームスタジアム】
ヴェーザーシュタディオン
【収容人数】
42,100
【代表者】
フーベルトゥス・ヘス=グルネヴァルト
【監督】
フローリアン・コーフェルト (暫定)
【公式サイト】
公式サイト

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■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ

ヴェルダー・ブレーメン(ドイツ語: Sportverein Werder Bremen von 1899 e. V.)は、ドイツ連邦共和国ブレーメン州ブレーメンに本拠地を置く総合スポーツクラブサッカー部門が特に知られており、トップチームは2015年の時点でブンデスリーガに所属し、これまでに4回のリーグ優勝を経験している。この他にもハンドボール陸上競技チェス卓球体操部門があり、約4万人の会員を保有している。

目次

  • 1 クラブの歴史
    • 1.1 創設期から1970年代
    • 1.2 1980年代
    • 1.3 1990年代
    • 1.4 2000年代
    • 1.5 2010年代
  • 2 タイトル
    • 2.1 国内タイトル
    • 2.2 国際タイトル
  • 3 過去の成績
  • 4 現所属メンバー
    • 4.1 期限付き移籍選手
    • 4.2 2017-18シーズン移籍
  • 5 歴代監督
  • 6 歴代所属選手
    • 6.1 GK
    • 6.2 DF
    • 6.3 MF
    • 6.4 FW
  • 7 その他のスポーツ
    • 7.1 ヴェルダー・ブレーメンII
    • 7.2 ヴェルダー・ブレーメン III
    • 7.3 女子サッカー
    • 7.4 ハンドボール
    • 7.5 卓球
  • 8 脚注
  • 9 外部リンク

クラブの歴史

創設期から1970年代

クラブはブレーメンに住む学生が、あるコンテストの賞品としてサッカーボールを貰い受けたことを契機に、1899年2月4日に「フッスバルフェライン・ヴェルダー・ブレーメン」として創設された。クラブ名の「ヴェルダー」とは市内を流れるヴェーザー川中州を意味する。一方、当時のドイツ国内ではイギリス発祥のスポーツであるサッカーは「非ドイツ的」であると見做され、トゥルネン体操運動の支持者から批判を受けたが、第一次世界大戦の勃発により多くの若者が招集を受けてもなおサッカーは続けられた。

創設以来、クラブは高等教育を受けた男性を対象としていたが、1919年に女性会員の受け入れを認めた。さらにサッカー以外にも枠を広げ1920年に「シュポルトフェライン・ヴェルダー・ブレーメン・フォン1899」と改称し、陸上競技チェステニス野球クリケットなどの他のスポーツ部門が新たに設立された。その一方でサッカー部門は1,000人近い会員を有するなどクラブにおいて重要な地位を占めていた。

1960-61シーズンのDFBポカールでは決勝戦で1.FCカイザースラウテルンを2-0と下し初優勝、これがクラブにとって初のビッグタイトルとなった。1963年に創設されたブンデスリーガには初年度から参加し、2季目の1964-65シーズンには守備の要のホルスト=ディーター・ヘットゲスらを擁してリーグ初優勝を果たした。一方で1968-69シーズンに2位となったのを最後に成績は下降線を下るようになり、1971-72シーズンに所属選手が大幅に入れ替わったことを契機に従来の緑色のユニフォームをブレーメン市の旗の色に因んだのストライプに変更し、エンブレムのデザインも変更するなどのイメージ転換を図ったが功を奏せず、1979-80シーズンには17位の成績でブンデスリーガ2部へ降格した。

1980年代

1981年から1995年まで監督を務めたオットー・レーハーゲル

1980-81シーズンにブンデスリーガ2部で優勝し1年で1部リーグに復帰すると新たにオットー・レーハーゲルが監督に就任。若手選手のルディ・フェラーフランク・オルデネビッツトーマス・シャーフオーストリア代表ブルーノ・ペッツァイ日本代表奥寺康彦らを擁して優勝争いに加わるようになったが、1982-83シーズンはハンブルガーSVに、1984-85シーズンと1985-86シーズンは共にバイエルン・ミュンヘンに抑えられ2位という結果で終わった。特に1985-86シーズンは前半戦を首位で折り返し33節まで首位に立ちながら最終節のVfBシュトゥットガルト戦で1-2と敗れ優勝を逃した。

その後、オルデネビッツやシャーフらを残して陣容が入れ替わったが新たにノルウェー代表ルネ・ブラツェットや若手のカール=ハインツ・リードレらが加入、それまで出場機会のなかったオリバー・レックが正キーパーに昇格し1987-88シーズンに23年ぶり2回目のリーグ優勝を果たした。

国際舞台においてもUEFAカップ1987-88では準々決勝に進出、UEFAチャンピオンズカップ 1988-89では準々決勝に進出、UEFAカップ1989-90では3回戦でディエゴ・マラドーナを擁するイタリアSSCナポリを下すなどして準決勝進出するなど、徐々に成績を伸ばした。

1990年代

1990年代に入るとリードレが移籍したもののレーハーゲルの指揮の下、オルデネビッツやブラツェットやレックといった主力選手に新たにクラウス・アロフスニュージーランド代表ウィントン・ルーファーが加わりUEFAカップウィナーズカップ 1991-92では決勝戦に進出するとASモナコをアロフスとルーファーの得点で2-0と下し初優勝、クラブ初のヨーロッパタイトルを獲得した。1992-93シーズンにはオーストリア代表のアンドレアス・ヘルツォークが加入しブンデスリーガではバイエルン・ミュンヘンを退けて3回目の優勝を果たし、1994-95シーズンも2位で終えた。これらの成功は控え目な資金投入によってもたらされたもので、レーハーゲルはフェラーやリードレといった国際的な選手を育成する一方でマリオ・バスラーのような特異な才能を持つ選手も受け入れた。14年間の在任期間中に多くの成功をクラブにもたらしたレーハーゲルだったが、同シーズン限りでバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれる形で退団した。

レーハーゲルの退団後、毎シーズンの様に監督が入れ替わったが上位に進出することは少なくなり、フェリックス・マガトが監督を務めた1998-99シーズンは2部降格が現実味を帯びるなど急速に成績が悪化、シーズン終盤にマガトを解任しリザーブチームを指揮していたシャーフが監督に昇格。シーズン残り4試合で3勝して残留を決めた。リーグ戦では下位に低迷したが、一方でDFBポカールでは決勝に進出すると、バイエルン・ミュンヘンを1–1の同点からPK戦の末に5–4と下し10年ぶり3回目のタイトルを獲得した。

2000年代

2004年のDFBポカール優勝を祝福するサポーター

DFBポカールでの優勝により国際舞台に復帰し、UEFAカップ1999-2000ではフランスのオリンピック・リヨンやイタリアのパルマFCを下し準々決勝進出を果たした。その後、ブンデスリーガでは中位の成績に留まり国際舞台からも遠ざかったが、クラウディオ・ピサロトルステン・フリンクスといった若手選手の売却により財政的な恩恵を受ける一方でヘルツォークやマルコ・ボーデらといったレーハーゲル時代を支えたベテランに代わり、ジョアン・ミクーイヴァン・クラスニッチらが新たに加入。ミクー、クラスニッチ、アイウトンの攻撃陣を擁して2003-04シーズンにはブンデスリーガとDFBポカールの二冠を獲得した。

2004-05シーズンは、シーズン開幕前にアイウトンが退団したが、ミロスラフ・クローゼが新たに加入。UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05では決勝トーナメント1回戦にてフランスのオリンピック・リヨンに2試合合計2-10 (0-3、2-7) という記録的な敗戦を喫した。

2005-06シーズンはフリンクスが復帰し、センターバックのナウドを獲得するなど陣容が整う。UEFAチャンピオンズリーグ 2005-06決勝トーナメント1回戦にてユヴェントスを相手に2戦合計4-4 (3-2、1-2) とアウェーゴール差での敗戦となった。ブンデスリーガではバイエルン・ミュンヘンに次いで2位に終わったもののクローゼが25得点をあげて得点王となった。

2006-07シーズンはシーズン開幕前にミクーが退団したもののポルトガルのFCポルトからジエゴが加入。UEFAチャンピオンズリーグ 2006-07ではグループリーグにおいてチェルシーFCFCバルセロナと同組となったものの、ホームでチェルシーを破るなど、グループリーグ最終節まで決勝トーナメント進出を争った。グループリーグ3位となり出場権を獲得したUEFAカップ 2006-07ではベスト4に進出した。ブンデスリーガではシーズン終盤まで優勝を争ったが最終的に3位となりUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。

1999年から2013年まで監督を務めたトーマス・シャーフ

2007-08シーズンはシーズン開幕前にクローゼがバイエルン・ミュンヘンへ移籍。UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08では、グループリーグにおいてホームでレアル・マドリードを破りながらも、オリンピアコスに2敗を喫し、グループリーグ3位での敗退となった。また、決勝トーナメントより出場したUEFAカップ 2007-08においても、レンジャーズに敗れベスト16止まりとなった。ブンデスリーガでは2005-06シーズンと同様にバイエルン・ミュンヘンに次いで2位でシーズンを終えた。

2008-09シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ 2008-09ではグループリーグにおいてインテルに1勝1分と健闘したが、パナシナイコスに1敗1分、アノルトシス・ファマグスタFCに2分と勝ち点を落とし、グループ3位でUEFAカップ 2008-09へと回った。UEFAカップでは決勝トーナメント1回戦でACミランを下すなど決勝まで進出するも、決勝でジエゴを累積警告による出場停止で欠いていたこともあって、シャフタール・ドネツクに延長戦の末に1-2で敗れ、準優勝に終わった。ブンデスリーガでは10位と振るわず、9シーズンぶりの2桁順位に終わった。クラウディオ・ピサーロが17得点を挙げ、MFメスト・エジルが15アシストの活躍を見せたが、50失点した守備陣が穴となった。一方、DFBポカール決勝ではエジルの決勝点でバイエル・レバークーゼンを下して優勝し、UEFAヨーロッパリーグ 2009-10の出場権を獲得した。

2009-10シーズンは、シーズン開幕前にキャプテンを務めていたMFフランク・バウマンが引退、ジエゴがユヴェントスFCへ移籍したが、代役としてマルコ・マリンティム・ボロウスキが2年ぶりに復帰した。UEFAヨーロッパリーグでは決勝トーナメント2回戦でバレンシアCFと2試合合計で5-5と引き分けたがアウェーゴールの差で敗退したが、ブンデスリーガでは3位でシーズンを終えUEFAチャンピオンズリーグ 2010-11の出場権を獲得。一方、DFBポカールでは2年連続で決勝進出をしたがバイエルン・ミュンヘンに0-4と大敗した。

2010年代

2010-11シーズンは、シーズン開幕前にエジルがレアル・マドリードへ移籍。UEFAチャンピオンズリーグではプレーオフを通過し本戦に出場したが、イタリアのインテルに1勝したのみでグループリーグ最下位で敗退した。ブンデスリーガでは13位でシーズンを終えた。

2011-12シーズンは、シーズン開幕前にフリンクスとペア・メルテザッカーが退団し、DFBポカールでは1回戦で3部リーグ1.FCハイデンハイムに1-2で敗退。ブンデスリーガではシーズン前半は優勝争いに加わったが、ウィンターブレイク後のシーズン後半は17試合で勝ち点13を獲得するに留まり最終的に9位でシーズンを終えた。

2012-13シーズンは、シーズン開幕前にピサロ、ナウド、ボロウスキ、マリンといった主力選手が退団すると、1999年からゼネラルマネージャーを務めていたクラウス・アロフス2012年11月に退団した。ブンデスリーガでは下位に低迷すると2013年5月15日にシャーフ監督は退任、最終的に14位でシーズンを終えた。

2013-14シーズンは、ロビン・ドゥットが監督に就任。DFBポカールでは1回戦で3部リーグの1.FCザールブリュッケンに1-3で敗退、ブンデスリーガでは12位でシーズンを終えた。

2014-15シーズンは、開幕から不振に陥り9試合消化の時点で4分け5敗となり、10月25日にドゥット監督が責任を問われ解任された。

タイトル

国内タイトル

  • ヴェストクライスリーガ:1回
    • 1923
  • ガウリーガ・ニーダーザクセン:4回
    • 1934, 1936, 1937, 1942
  • ドイツ室内選手権:1回
    • 1989

国際タイトル

過去の成績

出典
【シーズン】
【ディビジョン】
DFBポカール

【リーグ】
【順位】
【試】
【勝】
【分】
【敗】
【得】
【失】
【差】
【点】

1963-64 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 30 | 10 | 8 | 12 | 53 | 62 | -9 | 28 | 1回戦敗退
1964-65 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 30 | 15 | 11 | 4 | 54 | 29 | +25 | 41 | 1回戦敗退
1965-66 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 34 | 21 | 3 | 10 | 76 | 40 | +36 | 45 | 準々決勝敗退
1966-67 | ブンデスリーガ1部 | 16位 | 34 | 10 | 9 | 15 | 49 | 56 | -7 | 29 | 1回戦敗退
1967-68 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 18 | 8 | 8 | 68 | 51 | +17 | 44 | 1回戦敗退
1968-69 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 34 | 14 | 6 | 14 | 59 | 59 | 0 | 34 | 準々決勝敗退
1969-70 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 10 | 11 | 13 | 38 | 47 | -9 | 31 | 2回戦敗退
1970-71 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 11 | 11 | 12 | 41 | 40 | +1 | 33 | 1回戦敗退
1971-72 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 11 | 9 | 14 | 63 | 58 | +5 | 31 | 準決勝敗退
1972-73 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 12 | 7 | 15 | 50 | 52 | -2 | 31 | 準決勝敗退
1973-74 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 9 | 13 | 12 | 48 | 56 | -8 | 31 | 1回戦敗退
1974-75 | ブンデスリーガ1部 | 15位 | 34 | 9 | 7 | 18 | 45 | 69 | -24 | 25 | 準々決勝敗退
1975-76 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 11 | 8 | 15 | 44 | 55 | -11 | 30 | 1回戦敗退
1976-77 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 13 | 7 | 14 | 51 | 59 | -8 | 33 | 4回戦敗退
1977-78 | ブンデスリーガ1部 | 15位 | 34 | 13 | 5 | 16 | 48 | 57 | -9 | 31 | 準決勝敗退
1978-79 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 10 | 11 | 13 | 48 | 60 | -12 | 31 | 2回戦敗退
1979-80 | ブンデスリーガ1部 | 17位 | 34 | 11 | 3 | 20 | 52 | 93 | -41 | 25 | 2回戦敗退
1980-81 | ブンデスリーガ2部 | 1位 | 42 | 30 | 8 | 4 | 97 | 33 | +64 | 68 | 4回戦敗退
1981-82 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 17 | 8 | 9 | 61 | 52 | +9 | 42 | 準々決勝敗退
1982-83 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 23 | 6 | 5 | 76 | 38 | +38 | 52 | 2回戦敗退
1983-84 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 19 | 7 | 8 | 79 | 46 | +33 | 45 | 3回戦敗退
1984-85 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 18 | 10 | 6 | 87 | 51 | +36 | 46 | 準々決勝敗退
1985-86 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 20 | 9 | 5 | 83 | 41 | +42 | 49 | 3回戦敗退
1986-87 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 17 | 6 | 11 | 65 | 54 | +11 | 40 | 1回戦敗退
1987-88 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 34 | 22 | 8 | 4 | 61 | 22 | +39 | 52 | 準決勝敗退
1988-89 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 18 | 8 | 8 | 55 | 32 | +23 | 44 | 準優勝
1989-90 | ブンデスリーガ1部 | 7位 | 34 | 10 | 14 | 10 | 49 | 41 | +8 | 34 | 準優勝
1990-91 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 14 | 14 | 6 | 46 | 29 | +17 | 42 | 優勝
1991-92 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 38 | 11 | 16 | 11 | 44 | 45 | -1 | 38 | 準決勝敗退
1992-93 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 34 | 19 | 10 | 5 | 63 | 30 | +33 | 48 | 準々決勝敗退
1993-94 | ブンデスリーガ1部 | 8位 | 34 | 13 | 10 | 11 | 51 | 44 | +7 | 36 | 優勝
1994-95 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 20 | 8 | 6 | 70 | 39 | +31 | 48 | 1回戦敗退
1995-96 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 34 | 10 | 14 | 10 | 39 | 42 | -3 | 44 | ベスト16
1996-97 | ブンデスリーガ1部 | 8位 | 34 | 14 | 6 | 14 | 53 | 52 | +1 | 48 | ベスト16
1997-98 | ブンデスリーガ1部 | 7位 | 34 | 14 | 8 | 12 | 43 | 47 | -4 | 50 | 2回戦敗退
1998-99 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 10 | 8 | 16 | 41 | 47 | -6 | 38 | 優勝
1999-00 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 34 | 13 | 8 | 13 | 65 | 52 | +13 | 47 | 準優勝
2000-01 | ブンデスリーガ1部 | 7位 | 34 | 15 | 8 | 11 | 53 | 48 | +5 | 53 | 2回戦敗退
2001-02 | ブンデスリーガ1部 | 6位 | 34 | 17 | 5 | 12 | 54 | 43 | +11 | 56 | 2回戦敗退
2002-03 | ブンデスリーガ1部 | 6位 | 34 | 16 | 4 | 14 | 51 | 50 | +1 | 52 | 準決勝敗退
2003-04 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 34 | 22 | 8 | 4 | 79 | 38 | +41 | 74 | 優勝
2004-05 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 18 | 5 | 11 | 68 | 37 | +31 | 59 | 準決勝敗退
2005-06 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 21 | 7 | 6 | 79 | 37 | +42 | 70 | 準々決勝敗退
2006-07 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 20 | 6 | 8 | 76 | 40 | +36 | 66 | 1回戦敗退
2007-08 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 20 | 6 | 8 | 75 | 45 | +30 | 66 | 3回戦敗退
2008-09 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 12 | 9 | 13 | 64 | 50 | +14 | 45 | 優勝
2009-10 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 17 | 10 | 7 | 71 | 40 | +31 | 61 | 準優勝
2010-11 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 10 | 11 | 13 | 47 | 61 | -14 | 41 | 2回戦敗退
2011-12 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 34 | 11 | 9 | 14 | 49 | 58 | -9 | 42 | 1回戦敗退
2012-13 | ブンデスリーガ1部 | 14位 | 34 | 8 | 10 | 16 | 50 | 66 | -16 | 34 | 1回戦敗退
2013-14 | ブンデスリーガ1部 | 12位 | 34 | 10 | 9 | 15 | 42 | 66 | -24 | 39 | 1回戦敗退
2014-15 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 11 | 10 | 13 | 50 | 65 | -15 | 43 | 3回戦敗退
2015-16 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 10 | 8 | 16 | 50 | 65 | -15 | 38 | 準決勝敗退
2016-17 | ブンデスリーガ1部 | 8位 | 34 | 13 | 6 | 15 | 61 | 64 | -3 | 45 | 1回戦敗退
2017-18 | ブンデスリーガ1部 |  | 34 |  |  |  |  |  |  |  | 

現所属メンバー

2016-17シーズン 開幕戦フォーメーション

2017年12月16日現在
【No.】
【】
【Pos.】
【選手名】

1 |  | GK | イジー・パヴレンカ
3 |  | DF | ルカ・カルディローラ
4 |  | DF | ロベルト・バウアー
5 |  | DF | ルドビク・アウグスティンソン
6 |  | MF | トーマス・デラネイ
7 |  | MF | フロリアン・カインツ
8 |  | MF | ジェローム・ゴンドルフ
9 |  | FW | アロン・ヨーハンソン () ★
10 |  | FW | マックス・クルーゼ
13 |  | DF | ミロシュ・ベリコヴィッチ ( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/01/15 05:42

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