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与田剛とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
千葉県君津市
【生年月日】
(1965-12-04) 1965年12月4日(53歳)
【身長
体重】
182 cm
84 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
1989年 ドラフト1位
【初出場】
1990年4月7日
【最終出場】
1999年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


監督・コーチ歴


この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


与田 剛(よだ つよし、1965年12月4日 - )は、福岡県北九州市生まれ、千葉県君津市育ちの元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。現在は中日ドラゴンズ監督1999年から2000年までの登録名は「与田 剛士」(読み同じ)。妻は元TBSアナウンサー木場弘子

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
    • 1.3 引退後
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 タイトル
    • 4.3 表彰
    • 4.4 記録
    • 4.5 背番号
    • 4.6 登録名
  • 5 関連情報
    • 5.1 著書
    • 5.2 出演番組
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

経歴

プロ入り前

亜細亜大学時代は故障が多く、登板機会はほとんどなかった。大学時代に右腕の血行障害を患い大学3年のときに手術したが、高校時代から投げすぎたために、人さし指と中指の手のひら側のつけ根に筋肉がついて手のひらの血管を圧迫していた珍しい症例だった。しかし、NTT東京時代に150km/hを超える剛速球が注目され、全日本代表メンバーに抜擢。

1989年度ドラフト会議中日ドラゴンズが1位指名で交渉権を獲得。当初は在京球団を希望していたが、後に契約金7500万円、年俸720万円(金額は推定)で入団合意した。

プロ入り後

初登板は1990年4月7日の横浜大洋ホエールズとの開幕戦。同点で迎えた延長の11回表無死1、3塁のピンチでリリーフ登板し、2つの三振を含む無失点に抑えた。その後も抑えとして活躍し、6月1日にセ・リーグ新人選手初の二桁セーブを記録した。オールスターゲームにもファン投票で選出され、新人では当時最多となる31セーブを挙げ、最優秀救援投手のタイトルを獲得し、新人王に選出された。8月15日の広島戦(広島市民球場)では157km/hの球速を計時して当時の日本人プロ最速を記録している。その剛速球と名前から剛球投手と呼ばれた。リリーバーを続けるうちに肩・肘への負担が選手寿命を縮めるパターンに陥り、4年目以降は右肘痛のため思うような成績を残せず1996年シーズン途中に内藤尚行との交換トレード千葉ロッテマリーンズに移籍。1996年は2A・メンフィス・チックスに野球留学した。1997年も一軍登板できず、オフにロッテを自由契約となる。

1998年日本ハムファイターズにテスト入団。抑え不在だったチーム事情もあり期待されたが、キャンプ終盤肘を故障、4月に遊離軟骨除去手術を受けプロ入り初の1軍・2軍通じて登板なしに終わる。しかしシーズンオフの教育リーグで好投し残留。

1999年10月2日のシーズン最終戦のロッテ戦に4年ぶりの一軍登板したが、自由契約となる。

2000年阪神タイガースにテスト入団。キャンプ・オープン戦で好投し、当時監督の野村克也からもストッパー候補として名が上がった。しかしオープン戦終盤、好投した翌朝ベットから起き上がれないくらいの腰痛に襲われる。この腰痛により戦線離脱してしまい結局開幕後も一軍登板もなく二軍でも僅か2試合の登板に終わり、同年秋に戦力外通告を受け現役を引退した。

引退後

2001年より2015年までは、NHK野球解説者、東京中日スポーツ野球評論家の傍ら、社会人野球チーム・サウザンリーフ市原の投手コーチを務めている。また、全日本女子野球チームの投手コーチも務めた。2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表投手コーチ(ブルペン担当)として、大会2連覇に貢献した。WBCでは、大差のリードがある試合でブルペンで待機していた投手陣にベンチに戻って応援するよう指示した山田久志投手コーチに対し、何があるかわからないからと戻らなくていいと言って、意見が対立した。

2009年4月から2011年3月までNHK「サンデースポーツ」のメーンキャスターを務めた。引退して解説者の仕事を引き受けた後、元アナウンサーの夫人から話し方や表情の作り方を丁寧に教わったという。

2012年10月10日に、野球日本代表の投手コーチに就任した事が発表された。11月13日に、背番号が「92」となった事が発表された。

2015年10月13日に、東北楽天ゴールデンイーグルスの一軍投手コーチとして就任したことが発表された。背番号は「92」。同年オフには大久保博元の監督辞任に伴って立浪和義山崎武司橋上秀樹佐々木主浩斎藤隆らとともに名前が挙がったが、これは実現せず、梨田昌孝が監督に就任した。

2018年から二軍投手コーチに配置転換された。同年10月5日に来季の契約をしないことを通知された。

2018年10月15日に、2019年より古巣である中日ドラゴンズへの監督就任が決定した。背番号は「92」。コーチ陣はヘッドコーチに伊東勤、打撃コーチに村上隆行、投手コーチは大学の先輩阿波野秀幸を招聘した。12月18日に塩釜市内で講演し、今季終了後中日の監督に就任したが、楽天からも来季のコーチ契約を打診されていたが中日からの復帰要請が先にあり、「苦渋の決断だった」と明かした。

選手としての特徴

最速157km/hのストレートをもつ速球派投手。

人物

肩幅が広く、現役を引退してからも肩幅について話題になる。「肩幅60cm」と報じられることもあり、与田よりも10センチ以上身長の高いダルビッシュ有が「どうなってるんですか。その肩幅は」と声をかけるほどである。NHKアナウンサーの廣瀬智美は「私にとっては安心感すらある、この広い肩幅」と形容して紹介したことがある。

前述の4月7日の対大洋戦での初登板時にはホームでのクロスプレーをめぐり、捕手の中村武志に激しいタックルをした清水義之に激怒し乱闘寸前の騒ぎになった。また死球を与えてもなかなか頭を下げることは無く、1994年6月22日の対横浜戦ではグレン・ブラッグスに体を背ける内角球を投げた際にも、やはり与田は謝らなかったために、ブラッグスはマウンドまで駆け寄り、与田にパンチを浴びせ両軍入り乱れての大乱闘となった。その場で退場になった与田(ブラッグスも退場)はベンチに戻る際、グローブをベンチシートに思い切り叩きつけた。

「努力」や「頑張れ」という言葉が嫌いで代わりに昔から「準備」という言葉を使っている。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1990 | 中日 | 50 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 5 | 31 | -- | .444 | 353 | 88.1 | 64 | 10 | 28 | 2 | 5 | 70 | 2 | 0 | 34 | 32 | 3.26 | 1.04
1991 | 29 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | -- | .000 | 197 | 45.1 | 39 | 4 | 26 | 0 | 2 | 38 | 4 | 0 | 17 | 16 | 3.18 | 1.43
1992 | 41 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 23 | -- | .286 | 315 | 72.1 | 60 | 6 | 38 | 5 | 2 | 69 | 3 | 0 | 28 | 28 | 3.48 | 1.35
1993 | 15 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 3 | -- | .250 | 100 | 19.1 | 23 | 5 | 19 | 0 | 1 | 18 | 1 | 0 | 23 | 21 | 9.78 | 2.17
1994 | 7 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | -- | .000 | 81 | 15.0 | 21 | 2 | 15 | 0 | 1 | 12 | 4 | 0 | 21 | 20 | 12.00 | 2.40
1995 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | -- | 1.000 | 38 | 6.0 | 10 | 2 | 10 | 0 | 1 | 5 | 0 | 0 | 8 | 8 | 12.00 | 3.33
1999 | 日本ハム | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 5 | 1.0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 2.00
通算:7年 148 | 9 | 0 | 0 | 0 | 8 | 19 | 59 | -- | .296 | 1089 | 247.1 | 218 | 29 | 137 | 7 | 12 | 212 | 14 | 0 | 132 | 126 | 4.58 | 1.44

タイトル

表彰

記録

初記録
その他の記録

背番号

登録名

関連情報

著書

出演番組

脚注

  1. ^ 92 与田 剛 選手名鑑|東北楽天ゴールデンイーグルス
  2. ^ 与田 剛(よだ つよし) - プロ野球選手名鑑 - 野球 - SANSPO.COM
  3. ^ プロ野球 - 東北楽天ゴールデンイーグルス - 与田 剛 - スポーツナビ
  4. ^ 中日ドラゴンズ 公式サイト - ドラゴンズニュース ★来季の監督に与田剛氏” (日本語). dragons.jp. 2018年10月15日閲覧。
  5. ^ " 与田剛氏が中日の新監督に。現役時代の剛球を生んだ秘密とは Yahoo!ニュース 2018年10月12日
  6. ^ セ新人初の快挙!与田剛、2ケタセーブでリーグトップ
  7. ^ 朝日新聞、1989年12月16日付朝刊 (14版、22面)
  8. ^ 侍ジャパン 監督、コーチ NPB公式サイト (2012年10月10日) 2015年4月15日閲覧
  9. ^ 侍ジャパン 監督、コーチ背番号決定のお知らせ NPB公式サイト (2012年11月13日) 2015年4月15日閲覧
  10. ^ 与田コーチ・池山コーチ 就任会見 | 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト - 2015年10月13日配信、2015年10月14日閲覧
  11. ^ 楽天新監督に立浪氏急浮上!星野副会長と師弟タッグで再建だ (1/4ページ) - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) - 2015.9.10 05:06(1/4)
  12. ^ (2/4)
  13. ^ (3/4)
  14. ^ (4/4)
  15. ^ 楽天・梨田新監督に懸念される楽天フロント人間関係の拗れ - リアルライブ(週刊実話2015年10月5日 16時01分)
  16. ^ 楽天の後任監督候補に梨田、与田氏ら…就任1年で大久保監督が辞意 - スポーツニッポン(2015年8月30日 05:30)
  17. ^ 楽天不穏 デーブ後任問題「なり手いないだろ」の声 - 東京スポーツ(2015年9月1日 06時00分)
  18. ^ 来季のコーチ契約に関して 東北楽天ゴールデンイーグルス公式サイト(2018年10月5日配信)2018年10月5日閲覧。
  19. ^ 与田竜組閣完了 監督が熱望!新コーチ10人 - 中日スポーツ
  20. ^ 中日・与田監督 電撃就任「苦渋の決断だった」 - 河北新報
  21. ^ https://www.nikkansports.com/baseball/news/1837236.html
  22. ^ ストレスのはけ口に…WBC投手コーチ与田剛(上) 夕刊フジ2008年11月22日
  23. ^ ダルビッシュ有 「まだ見ぬ完璧」/特集:WBC後の選手たちを追う! Number Web 2009年6月26日
  24. ^ News Watch 9 ブログ NHK 廣瀬智美2011年6月20日
  25. ^ 現役最後の1年「感謝の思い出」 燕市教育委員会 与田剛さんスポーツ講演会(上) 越後ジャーナル2011年12月24日

関連項目

外部リンク

中日ドラゴンズ監督 2019 -


中日ドラゴンズ 2019
監督 | 

一軍コーチ | 
  • 91 伊東勤(ヘッド)
  • 85 村上隆行(打撃)
  • 71 波留敏夫(打撃)
  • 74 阿波野秀幸(投手)
  • 84 赤堀元之(投手)
  • 80 中村武志(バッテリー)
  • 83 奈良原浩(内野守備走塁)
  • 78 工藤隆人(外野守備走塁)
  • 96 勝崎耕世(コンディショニング)
  • 95 塚本洋(コンディショニング)

  • 二軍監督・コーチ | 
  • 82 小笠原道大(監督)
  • 79 石井昭男(打撃)
  • 75 森野将彦(打撃)
  • 87 門倉健(投手)
  • 86 小笠原孝(投手)
  • 81 浅尾拓也(投手)
  • 72 田村藤夫(バッテリー)
  • 88 荒木雅博(内野守備走塁)
  • 89 英智(外野守備走塁)
  • 90 立石充男(巡回野手)
  • 93 宮前岳巳(コンディショニング)

  • 投手 | 
  • 11 小笠原慎之介
  • 12 田島慎二
  • 14 谷元圭介
  • 16 又吉克樹
  • 17 柳裕也
  • 18 松坂大輔
  • 19 吉見一起
  • 21 岡田俊哉
  • 22 大野雄大
  • 24 福谷浩司
  • 25 佐藤優
  • 28 梅津晃大
  • 29 山井大介
  • 30 阿知羅拓馬
  • 33 祖父江大輔
  • 34 福敬登
  • 40 石川翔
  • 41 勝野昌慶
  • 43 三ツ間卓也
  • 46 鈴木博志
  • 47 笠原祥太郎
  • 50 清水達也
  • 54 藤嶋健人
  • 57 ロドリゲス
  • 59 山本拓実
  • 61 垣越建伸
  • 64 小熊凌祐
  • 65 伊藤準規
  • 69 丸山泰資
  • 70 ロメロ
  • 97 R.マルティネス
  • 98 木下雄介
  • 99 鈴木翔太

  • 捕手 | 
  • 27 大野奨太
  • 35 木下拓哉
  • 38 松井雅人
  • 39 武山真吾
  • 45 杉山翔大
  • 52 加藤匠馬
  • 58 石橋康太
  • 68 桂依央利

  • 内野手 | 
  • 0 高松渡
  • 1 京田陽太
  • 3 高橋周平
  • 5 阿部寿樹
  • 7 根尾昂
  • 9 石川駿
  • 32 石垣雅海
  • 36 石岡諒太
  • 37 三ツ俣大樹
  • 48 溝脇隼人
  • 53 亀澤恭平
  • 55 福田永将
  • 63 堂上直倫
  • 66 ビシエド

  • 外野手 | 
  • 4 藤井淳志
  • 6 平田良介
  • 8 大島洋平
  • 23 遠藤一星
  • 26 井領雅貴
  • 31 渡辺勝
  • 42 アルモンテ
  • 44 モヤ
  • 49 伊藤康祐
  • 51 滝野要
  • 56 松井佑介
  • 62 友永翔太
  • 67 近藤弘基

  • 育成選手 | 
  • 201 ブリトー(投手)
  • 202 浜田智博(投手)
  • 203 濱田達郎(投手)
  • 206 大藏彰人(投手)
  • 209 石田健人マルク(投手)
  • 210 A.マルティネス(捕手)


  • 業績
    セントラル・リーグ新人王
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 堀本律雄
  • 1961 権藤博
  • 1962 城之内邦雄
  • 1964 高橋重行
  • 1966 堀内恒夫
  • 1967 武上四郎
  • 1968 高田繁
  • 1969 田淵幸一

  • 1970年代 | 
  • 1970 谷沢健一
  • 1971 関本四十四
  • 1972 安田猛
  • 1974 藤波行雄
  • 1976 田尾安志
  • 1977 斉藤明雄
  • 1978 角三男
  • 1979 藤沢公也

  • 1980年代 | 
  • 1980 岡田彰布
  • 1981 原辰徳
  • 1982 津田恒美
  • 1983 槙原寛己
  • 1984 小早川毅彦
  • 1985 川端順
  • 1986 長冨浩志
  • 1987 荒井幸雄
  • 1988 立浪和義
  • 1989 笘篠賢治

  • 1990年代 | 
  • 1990 与田剛
  • 1991 森田幸一
  • 1992 久慈照嘉
  • 1993 伊藤智仁
  • 1994 藪恵市
  • 1995 山内泰幸
  • 1996 仁志敏久
  • 1997 澤崎俊和
  • 1998 川上憲伸
  • 1999 上原浩治

  • 2000年代 | 
  • 2000 金城龍彦
  • 2001 赤星憲広
  • 2002 石川雅規
  • 2003 木佐貫洋
  • 2004 川島亮
  • 2005 青木宣親
  • 2006 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • 出典:wikipedia
    2019/04/10 10:53

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