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中央大学とは?

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【中央大学】

多摩キャンパス

【大学設置】
1920年
【創立】
1885年
【学校種別】
私立
【設置者】
学校法人中央大学
【本部所在地】
東京都八王子市東中野742-1
北緯35度38分28.9秒 東経139度24分20.6秒 / 北緯35.641361度 東経139.405722度 / 35.641361; 139.405722座標: 北緯35度38分28.9秒 東経139度24分20.6秒 / 北緯35.641361度 東経139.405722度 / 35.641361; 139.405722
【キャンパス】
多摩(東京都八王子市)
後楽園(東京都文京区)
市ヶ谷(東京都新宿区)
市ヶ谷田町(東京都新宿区)
【学部】
法学部
経済学部
商学部
理工学部
文学部
総合政策学部
国際経営学部(2019年4月開設)
国際情報学部(2019年4月開設予定)
【研究科】
法学研究科
経済学研究科
商学研究科
理工学研究科
文学研究科
総合政策研究科
公共政策研究科
国際会計研究科(アカウンティングスクール)
法務研究科(ロースクール)
戦略経営研究科(ビジネススクール)
【ウェブサイト】
中央大学公式サイト

中央大学(ちゅうおう だいがく、英語: Chuo University)は、東京都八王子市東中野742-1に本部を置く日本私立大学である。1920年に設置された。大学の略称中大(ちゅうだい)。

地理院地図 Googleマップ 中央大学

目次

  • 1 概観
    • 1.1 大学全体
    • 1.2 建学の精神(校訓・校是)
    • 1.3 教育および研究
      • 1.3.1 通信教育課程
  • 2 沿革
    • 2.1 略歴
    • 2.2 年表
    • 2.3 歴代校長・学長
  • 3 基礎データ
    • 3.1 所在地
    • 3.2 象徴
  • 4 教育および研究
    • 4.1 組織
      • 4.1.1 学部
      • 4.1.2 大学院
        • 4.1.2.1 専門職大学院
      • 4.1.3 主な附属機関・施設
        • 4.1.3.1 中央大学経理研究所
        • 4.1.3.2 附属図書館
        • 4.1.3.3 駿河台記念館
    • 4.2 研究
      • 4.2.1 21世紀COEプログラム
    • 4.3 教育
  • 5 学生生活
    • 5.1 学友会
    • 5.2 学園祭
    • 5.3 スポーツ
  • 6 大学関係者と組織
    • 6.1 大学関係者組織
    • 6.2 大学関係者一覧
  • 7 施設
    • 7.1 多摩キャンパス
    • 7.2 後楽園キャンパス
    • 7.3 市ヶ谷キャンパス
    • 7.4 市ヶ谷田町キャンパス(中央大学ミドルブリッジ)
    • 7.5 駿河台記念館(旧:駿河台キャンパス)
    • 7.6 海外拠点
    • 7.7 学生寮
  • 8 かつての施設
    • 8.1 旧:錦町キャンパス
    • 8.2 中央大学講堂
    • 8.3 旧グラウンド
  • 9 対外関係
    • 9.1 他大学との協定
    • 9.2 海外協定校
  • 10 社会との関わり
    • 10.1 法曹養成
      • 10.1.1 高等文官試験司法科
      • 10.1.2 旧司法試験
      • 10.1.3 新司法試験
    • 10.2 職業会計人養成
    • 10.3 白門
  • 11 附属学校
    • 11.1 附属校
    • 11.2 協議中
  • 12 脚注
    • 12.1 注釈
    • 12.2 出典
      • 12.2.1 一次資料または記事主題の関係者による情報源
  • 13 Wiki関係他プロジェクトリンク
  • 14 外部リンク

概観

大学全体

中央大学多摩キャンパス(白門プロムナードの様子)
中央大学多摩キャンパス(東門付近から3号館[文学部棟]を望む)
中央大学多摩キャンパス(多摩都市モノレール中央大学・明星大学駅付近から)

1885年(明治18年)7月に増島六一郎菊池武夫穂積陳重藤田隆三郎ら18人の法律家により英吉利法律学校として設立された。当初は英国法に関する教育機関であったが、日本でも近代法が整備されると順次、国内法も教授するようになり、校名も東京法学院、東京法学院大学と変更した。1905年(明治38年)8月に経済学科の設置によって中央大学と改称、1920年(大正9年)に大学令により正式に大学に昇格した、国内で最も古い歴史を持つ私立大学の一つである。

法曹界や官界、財界、政界、ジャーナリズム界に多くの卒業生を送り出している。大学付設の経理研究所は、学部の枠を越え広く会計学教育(経理研究所も参照)を提供している。現在、6学部・大学院7研究科・専門職大学院3研究科を擁し、卒業生数50万を超える総合大学であり、6学部10研究科がそれぞれ教育に力を入れている。2019年4月には、国際経営学部と国際情報学部が開設予定である。

建学の精神(校訓・校是)

英吉利法律学校設立時の建学の精神は實地應用ノ素ヲ養フであり、これをもとに建学の精神と学風をまとめて現在では個人の自由の尊重と実証的・合理主義の学風という表現にしている。また質実剛健を校是としている。また、2010年の創立125周年に際して行動する知性。-Knowledge into Action-というユニバーシティ・メッセージを定めている。

教育および研究

創立当初から実学教育重視の姿勢を取り、現在でもインターンシップなどの実践的教育に力を入れている。2003年度からは各学部の教育に加えて、学籍は各学部に置きながらも学部横断的に設置された課程に所属するファカルティリンケージプログラム (FLP) を導入し、学際分野でも実践的教育を行うようになった。現在、欧米・東アジアの大学を中心に約180校の派遣留学協定大学がある。

通信教育課程

戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の民間情報教育局(CIE)により、イギリスの University of London International Programmes(ロンドン大学通信教育課程)にならって、日本においても通信教育の制度を行うことが推奨され設置された。財団法人私立大学通信教育協会に加盟し、大学本部のある多摩キャンパスに事務局がある。通信教育部は、法学部の通信教育課程の実施に当たる組織であり、通信教育課程そのものは法学部に属する。大学通信教育の嚆矢と見なされているのは、英吉利法律学校が1885年(明治18年)の創設時に、通学できない人々のために講義録を郵送する校外生制度であるとされる。現在では、通年スクーリングや地方スクーリングなども行われている。なお、卒業までの平均学習年数は、1年生から入学した場合6~8年、3年生からの編入学は4~6年で、卒業率は7%程度(4年次以上の在籍者数のうち、卒業者数の占める割合)となっている。名古屋にある中京法律専門学校が提携校となっており、専門学校に在籍しながらダブルスクールで中央大学法学部通信教育課程も卒業をすることが可能な提携関係を行っている。

沿革

英吉利法律学校」も参照

略歴

1885年(明治18年)に増島六一郎菊池武夫穂積陳重藤田隆三郎ら当時の青年法律家有志18名によって英吉利法律学校として創立された。

年表

歴代校長・学長

学園創立50周年(1935年)
英吉利法律学校校長
【代】
【氏名】
就任時期
初代 | 増島六一郎 | 1885年9月 - 1889年10月
東京法学院院長
【代】
【氏名】
就任時期
初代 | 増島六一郎 | 1889年10月 - 1891年4月
第二代 | 菊池武夫 | 1891年4月 - 1903年8月
東京法学院大学学長
【代】
【氏名】
就任時期
初代 | 菊池武夫 | 1903年8月 - 1905年8月
学長
【代】
【氏名】
就任時期
初代 | 菊池武夫 | 1905年8月 - 1912年7月
第二代 | 奥田義人 | 1912年7月 - 1913年3月
第三代 | 岡村輝彦 | 1913年3月 - 1914年6月
第四代 | 奥田義人 | 1914年6月 - 1917年8月
第五代 | 岡野敬次郎 | 1917年8月 - 1923年9月
第六代 | 馬場愿治 | 1923年9月 - 1924年2月
第七代 | 岡野敬次郎 | 1924年3月 - 1925年12月
第八代 | 馬場愿治 | 1925年12月 - 1930年5月
第九代 | 原嘉道 | 1930年5月 - 1939年3月
第十代 | 林頼三郎 | 1939年3月 - 1947年3月
第十一代 | 加藤正治 | 1948年7月 - 1949年3月
第十二代 | 片山金章 | 1958年9月 - 1961年10月
第十三代 | 升本喜兵衛 | 1961年10月 - 1967年3月
第十四代 | 井上達雄 | 1967年4月 - 1968年4月
第十五代 | 戸田修三 | 1968年12月 - 1969年3月
第十六代 | 原田鋼 | 1969年5月 - 1969年8月
第十七代 | 嶋崎昌 | 1969年11月 - 1972年11月
第十八代 | 戸田修三 | 1972年11月 - 1981年11月
第十九代 | 川口弘 | 1981年11月 - 1984年11月
第二十代 | 川添利幸 | 1984年11月 - 1990年11月
第二十一代 | 髙木友之助 | 1990年11月 - 1993年11月
第二十二代 | 外間寛 | 1993年11月 - 1999年11月
第二十三代 | 鈴木康司 | 1999年11月 - 2002年11月
第二十四代 | 角田邦重 | 2002年11月 - 2005年11月
第二十五代 | 永井和之 | 2005年11月 - 2011年11月
第二十六代 | 福原紀彦 | 2011年11月 - 2014年11月
第二十七代 | 酒井正三郎 | 2014年11月 - 2018年5月
第二十八代 | 福原紀彦 | 2018年5月 -

基礎データ

所在地

象徴

校歌・応援歌・学生歌
  • 中央大学校歌「草のみどり」 (作詞:石川道雄、作曲:坂本良隆)
    • 現在歌われている校歌。歴代3番目のものである。
  • 中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」 (歌詞選定:中央大学学友会、作曲:古関裕而)
    • 代表的な応援歌。応援歌としては歴代2番目のものである。
  • 「惜別の歌」 (作詞:島崎藤村、作曲:藤江英輔)
    • 旧制中央大学予科生だった藤江が、1944年召集令状を受け取った学友のために島崎の詩にメロディーをつけて作曲した。今も大学の卒業式で歌われ、小林旭のヒット曲としても知られる。
  • 「首途の歌」
  • 「中大健児の歌」 (作詞:河尾俊雄、作曲:中央大学音楽研究会)
  • 「若き血潮」
  • 「伊豆逍遙歌」 (作詞作曲:村上道太郎)
  • 「中大節」
スクールカラー
  • 中央大学ブルー(藍色)とレッド()の2色をスクールカラーとして定めている。
校章とシンボルマーク
  • 白門を表す白色で大学と中央の文字をあしらった校章のほか、「C」のシンボルマークもよく知られている。

教育および研究

組織

学部

大学院

専門職大学院

専門職大学院は以下のものが存在する。

主な附属機関・施設

中央大学経理研究所

中央大学経理研究所の記事を参照。

附属図書館

多摩キャンパスに中央図書館、後楽園キャンパスに中央図書館理工学部分館、市ヶ谷キャンパスに市ヶ谷キャンパス図書館が置かれている。特に多摩キャンパスの中央図書館には17万冊の開架書庫と1685席の閲覧席を設けた大規模なものである。なおこのほかに各学部(文学部は各専攻・理工学部は各学科)にも図書館が設置されている。また1979年(昭和54年)にはEC資料センター(現在はEU情報センター)、1994年(平成6年)には国連寄託図書館にそれぞれ指定されており、国際機関資料を一般に公開している。

駿河台記念館
駿河台記念館

1926年から1978年(昭和53年)の多摩移転まで使用されていた中央大学駿河台校舎を記念して、1985年(昭和60年)の創立100周年記念事業の一環としてその跡地に造られた中央大学の施設である。所在地は東京都千代田区神田駿河台3-11-5であり、付近には明治大学日本大学のキャンパスがある。現在は、卒業生組織である学員会が主に使用するほか、会議利用などの目的で外部貸し出しも積極的に行なわれている。施設として、レストラン・喫茶店・キャリアセンター支部などが入る。

アクセス方法は、JR中央・総武線 御茶ノ水駅下車、徒歩3分・東京メトロ丸ノ内線 御茶ノ水駅下車、徒歩6分・東京メトロ千代田線 新御茶ノ水駅下車(B1出口)、徒歩3分・都営地下鉄新宿線 小川町駅下車(B5出口)、徒歩5分。

詳細は 中央大学駿河台記念館ホームページ を参照

研究

21世紀COEプログラム

21世紀COEプログラムとして、1件のプロジェクトが採択された。

教育

学生生活

学友会

中央大学では、公認部会(サークル)及び公認を目指す未公認部会(サークル)は、すべて中央大学学友会に所属している。学友会は、大学側と学生側の双方から選出された委員により構成される中央委員会によって運営されている。会長は学長が就任している。学友会には以下の組織・機関が存在する。また、公認を目指さず、学友会に所属しないサークルも多数存在する。たとえば、学生赤十字奉仕団日本赤十字社から公認されているものの学友会には所属していない。

なお、大学スポーツに関しては、原則として学友会の中でも更に体育連盟に所属する部会が、正式な代表権を有している。体育同好会連盟の部会や学友会に所属していないサークルは大学の公的な代表としてはみなされていないため、何らかの事情で体育連盟に加盟していないスポーツ競技の部会・サークルでは、対外試合を実施していないケースもある。ただし過去には、体育連盟に当該種目の部会が存在しなかったアメリカンフットボール同好会が、体育連盟の同意を得て、未公認団体(正確には設立申請団体 - その後体育連盟に昇格)のまま、関東のリーグ戦に参加していた例もある。また、空手道のように流派が分かれている競技では、例外も存在する。なお、体育連盟所属部会には公欠制度があり、学長名による「課外活動にともなう授業配慮願(公欠届)」も存在するが、これは、公式試合等で授業を欠席し、通常単位取得に必要とされる出席日数に満たなかった場合に、一定の補完措置(補講受講やレポート提出等)をとった上で単位取得を認める配慮を求めるという趣旨のものであり、単に出席面で優遇するという性格のものではない。

(参考)1988年(昭和63年)1月30日に開催された「対学友会会長(=学長)大衆会見」の共同宣言によって解消されることとなった「仮執行体制」下では、未公認部会の連盟である「白門連盟(白連)」と、「設立申請団体(設申)」が存在した。「仮執行体制」下では、部会公認に関するすべての手続きが凍結されていたため、「仮執行体制」開始時点での未公認部会が公認されないままで固定化していた。またこれ以降に新たに発足した部会も「設立申請書」が学友会事務室の窓口預かりのままとなっていた。前者が「白門連盟」を構成し、後者が「設立申請団体」)と呼ばれた。「仮執行体制」終焉に伴い、「白門連盟」所属部会及び「設立申請団体」の中で、既存公認連盟の公認基準を満たし、且つ当該部会が公認化を希望する部会については、既存公認連盟に移行し、それ以外の部会で、公認基準を満たし(「部会活動報告書」を基準年数以上提出し続けている部会又は、「部会活動報告書」は提出されていないものの、「白門連盟」執行部が基準年数以上の活動継続を認める証明書を発行した部会。)、且つ当該部会が公認化を希望する部会については、新設の学芸連盟又は体育同好会連盟に移行した。

学園祭

学園祭は「白門祭」と呼ばれ、以下の3種類が存在し、多摩キャンパスにおいては白門祭実行委員会が、後楽園キャンパスにおいては理工白門祭実行委員会が、それぞれ運営する。

春の新入生歓迎白門祭の様子

スポーツ

箱根駅伝での応援風景
2010Happy Mail