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二井原実とは?

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二井原 実

JR新横浜駅新幹線ホームにて
(2008年4月25日撮影)

【基本情報】

【出生名】
二井原 実(にいはら みのる)
【生誕】
(1960-03-12) 1960年3月12日(57歳)
【出身地】
日本大阪府大阪市住吉区
【学歴】
上宮高校卒業
佛教大学社会学部社会学科除籍
【ジャンル】
ヘヴィメタルハードロック
リズム・アンド・ブルース
【職業】
シンガーソングライター
作詞家作曲家
【担当楽器】
ボーカルギター
【活動期間】
1981年 - 現在
【レーベル】
ユニバーサル・インターナショナル(LOUDNESS)
SPACE SHOWER MUSIC
(X.Y.Z.→A)
【事務所】
カタナミュージック(LOUDNESS)
ブラスティ(X.Y.Z.→A)
【共同作業者】
LOUDNESS
デッド・チャップリン
SLY
X.Y.Z.→A
西寺実
【公式サイト】
Minoru Niihara The Official Website
上田正樹
ビートルズ
ロニー・ジェイムス・ディオ

二井原 実(にいはら みのる、1960年3月12日 - )は、日本歌手ヘヴィメタルバンドLOUDNESS、及びX.Y.Z.→Aボーカリスト大阪府大阪市住吉区出身。
ニックネームは、ニィちゃん、ニィやん、みの吉、(主に海外の関係者やファンから)ミック、ミッキー、等。

目次

  • 1 経歴
  • 2 エピソード
  • 3 ディスコグラフィー
    • 3.1 アルバム
    • 3.2 タイアップ
    • 3.3 参加作品
  • 4 著書
  • 5 DVD
  • 6 教則CD
  • 7 脚注
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

経歴

1960年3月12日、大阪府大阪市住吉区南住吉生まれ。家族構成は、父、母、姉、弟(ドラマー二井原教仁(にいはらのりよし))。幼少時に小児ぜんそくを患っており(現在は完治)そのこともあってか、性格は内向的でおとなしく、いつも母親の後を付いて回るような気弱な子どもであった。小学校に上がった頃に始めた剣道の成果も相俟って、持病が回復傾向に向かうや徐々に明るく陽気な一面を発揮し始める。
中学校に入学すると、家族やクラスメイトの影響からスリーピー・ジョン・エスティスステファン・グロスマンといったリズム・アンド・ブルースビートルズに興味を持つ。そんな折り、友人から「バンドやろうや。おまえ(二井原)はポール・マッカートニーな(ベース担当の意)」と半ば強引にバンドに誘われる。祖母に頼み込んでベース・ギターを買ってもらったことで弾みがつき、その後の音楽人生の起点となった。

1975年上宮高校に入学。軽音楽クラブに入り、そこで知り合った同級生の石原愼一郎らと共にハードロックバンド、「EARTHSHAKER(アースシェイカー)」を結成。当初はベーシストとして参加したが、結成時のボーカルが1年ほどで脱退してしまった為、それ以降ボーカルも兼任することになる。しばらくはボーカリストとしてよりもベーシストとしてのプレイに重点を置いて活動していたが、周りの反応から少しずつ自分の歌声の特異性(ナチュラルキーの高さやボーカルレンジの広さ、等)に気付き始める。ヤマハ楽器主催のアマチュアバンドコンテスト「バンド合戦」に出場した際、審査委員であったソー・バット・レビューの石田長生に、「珍しい声」「おもろい声」と褒められたことで、次第に本格的なボーカリストを目指すようになる。また、同コンテストに優勝したことによってアースシェイカー知名度を上げ、当時関西で人気絶頂であったアマチュアバンド「山水館」や「シェラザード」(共に「NOVELA(ノヴェラ)」の前身)などのイベント前座に起用されるようになる。しかし、バンドの勢いとは逆行するように、大学進学を境にして、二井原自身の趣向はハードロックよりもリズム・アンド・ブルースやソウル・ミュージックの方へと原点回帰していき、大学2年時の1979年には「ハードロックはもうやらない」とアースシェイカーから脱退。並行して在籍していた京都R&Bバンド「Soul-Doo-Out」の活動に精力を傾注することで、ハードロック・ボーカリストからソウル・シンガーへとシフトチェンジしていった(この時期にムード歌謡グループニック・ニューサ」のヒット曲「サチコ」のレコーディングにコーラスとして参加している)。なお、「ハードロックはやらない」発言の裏には、プロ志向が強かった石原に対して、当時はまだ自身の力量に自信をもてずにいた二井原が、プロを目指すことに二の足を踏んでいた胸中があったものの旨く伝わらなかったため、意図のすれ違いが生じたまま二人はしばらくの間絶縁状態となる。

佛教大学軽音楽部では同級生の藤村幸宏らとファンクバンド「青春会」を結成し、「ITACHI(「TOPS」の前身)」等と共に京都では有名なファンクソウルバンドとして活動していた。1980年(大学3年時)の秋、自身のソロアルバム制作のため「世界に通用するような強力なボーカルをさがして」いたレイジーギタリスト高崎晃が、アースシェイカー時代の二井原の歌声を聴いて興味を持ち、オーディションへの参加依頼を打診する (ちなみにこの時、高崎にアースシェイカーのライブテープを送り熱心に二井原を推薦していたのが、後にベーシストとしてラウドネスで盟友となる山下昌良であった )。オーディションに合格、翌年1981年3月、高崎とドラマーの樋口宗孝の薦めにより、大学を一時休学(のちに除籍)して上京(二井原曰く「移動手段は格安の深夜の高速バスで、所持金は5000円札1枚のみ」だったという)。しかし、高崎と樋口はまだレイジーとしての活動があり、差し当たって高崎のソロ・プロジェクトをバンド形態にするということだけは決まったものの、それ以外は所属するマネージメント・オフィスレコード会社はおろかバンド名すら決まっておらず、二井原が加入した直後の数ヶ月間は完全に宙ぶらりんな状態であった。また、上京後の数ヶ月は樋口のマンションに居候させてもらい、共同生活をしていた。

1981年5月末をもってレイジーが解散、一段落したのを機に8月には三重県鈴鹿市のチェスナットスタジオに於いてデビューアルバムのレコーディングを開始、バンド名が「LOUDNESS(ラウドネス)」に決定したのもこの頃である。
同年11月25日、コロムビア・レコードよりデビューを果たす(ラウドネス関連についてはLOUDNESSの項目参照)。

1988年12月、ラウドネスを脱退。当初「目指す音楽の方向性の違いから自発的に脱退」と各メディアで報じられ、ファンのみならず関係者にも大きな衝撃を与えたが、後年になって「実際には自主的な脱退などではなく、一方的な解雇であった」事が二井原自身の口から語られている。

1989年早々に「当面はソロのシンガーとして活動する」ことを宣言。6月にはファーストアルバム「ONE」をリリースし、中間英明宮脇知史、藤村幸宏らを従えてツアーを開始。

1990年、藤村幸宏(G)、永井敏己(B)、菅沼孝三(Dr)と言ったテクニカル・プレイヤーらと共に「DED CHAPLIN(デッド・チャップリン)」を結成(デッド・チャップリン関連についてはデッド・チャップリンの項目参照)。

1994年、石原愼一郎(G)、寺沢功一(B)、樋口宗孝(Dr)と共に「SLY(スライ)」を結成(SLY関連についてはSLYの項目参照)。

1999年、SLYの活動が休止したのを機に、当時傾倒していたヒーリングミュージックへの移行を考えていたが、この相談を受けたファンキー末吉が猛反発。末吉から「誰もおまえのそんな(ヒーリングミュージックを歌う)姿なんて望んでない」「ロックの世界に引き戻す」と強く説得され、ファンキー末吉(Dr)、橘高文彦(G)、和佐田達彦(B)と共に「X.Y.Z.→A(エックス・ワイ・ズィー・トゥ・エー)、結成当初のバンド名は「X.Y.Z.」」を結成する(X.Y.Z.→A関連についてはX.Y.Z.→Aの項目参照)。

2000年、ラウドネスがオリジナルメンバーでの活動を行うことになり、それに伴い復帰。

2006年、17年振りのソロアルバム『Ashes to Glory』をリリース。全盲でありながらもテクニカルギタリストとして知名度を上げている田川ヒロアキがプロデュース兼ギタリストとして参加。

2007年12月、18年ぶりとなるソロライヴ『Rock'n Roll GYPSY TOUR 07』東名阪ツアーを決行。サポートメンバーは、「夜叉」の福島克彦(G)、田川ヒロアキ(G,Key)、田中丸善威(B)、加藤剛志(Dr)。

2008年、同年5月9日 - 10日に行われた、ソロライヴ時の音源を収録した2枚組みCD『MINORU NIIHARA LIVE!"R&R GYPSY SHOW"@KAGURAZAKA DIMENSION』をリリース。同時期に、SHOW-YA寺田恵子、アースシェイカーで二井原の後任ボーカリストの西田昌史と「西寺実」を結成した。

2011年、二井原とブラスロックバンド「BLUFF」のリーダーで音楽プロデューサーの松木隆裕が中心となって、米国のファンクバンド「Tower Of Power」の楽曲を中心に、James BrownOtis Redding等、ソウルミュージックのカバーライブを行った際の音源を東日本大震災チャリティーとしてリリース。メンバーには元スペクトラムカシオペアのメンバーの他、トップスタジオミュージシャンが多数参加し、その後も「SOUL CRAZY NIGHT」名義で定期的にライブを行っている。

2014年11月、イヤーモニターの世界最大手「WESTONE」社の公認アーティストとして、日本人で初めて選出される。

エピソード

  • 非喫煙者である。一時期喫煙していた事もあったが、「煙草は(ボーカリストとして)喉にも体力的にもよくない」と身をもって再認識して以降、すっぱり止めた。ちなみに実家の稼業は煙草屋(現在は閉店)。
  • 寺田恵子にプロポーズしたことがある。1997年ごろ、寺田に「もうエエやろ?俺のに来い!」と電子メールを送ったが完全に無視されてしまったとのこと。その後、一般女性と結婚。現在は一男一女の父である。尚、それ以前に二度の離婚歴があることをBURRN! JAPAN誌Vol.7のインタビューで告白している。
  • 上宮高校時代からの友人であり、アースシェイカーとSLYではバンドメイトでもあった石原愼一郎によると、二井原がアースシェイカーを離脱した際には、「もうハードロックは歌いたくない」という半ば身勝手とも取れる理由を掲げたものだったため、暫くの間は非常に強い憤りを感じていたという。しかし、Soul-Doo-Out等でソウル・シンガーとして活躍するかつての親友の姿を見るにつけ「ニィちゃん、ホンマは最初からハードロックよりもこういう音楽をやりたかったんやろなぁ・・・」と納得し、脱退という行為自体もある程度割り切れるまでに心境の変化があったらしい。しかし、その僅か2年後に二井原がラウドネス(アースシェイカー以上にヘヴィメタル志向の強いバンド)のボーカリストとしてメジャーデビューをすると知り、それまで以上の激しい怒りの炎が再燃。「アースシェイカーがデビューしたら絶対にシバきたおす(殴ってやる)!」と、固く胸に誓い、自身のメジャーデビュー実現に向け、心血を注ぐこととなる。そしてラウドネスから遅れること2年、アースシェイカーも晴れてメジャーデビューが決まった直後に(半ば偶発的に)運命の再会を果たすが、すると二井原が「すまん!許してくれ!」と手を合わせて謝ってきたので、すっかり拍子抜けしてしまい、いとも簡単に和解が成立。数年来のわだかまりも一瞬で溶けて、あっさり元通りの友人関係に戻ることが出来たとのこと。
  • ラウドネス(第一期)〜スライまではカリスマ・ロックシンガーとして立ち振舞っていたが、X.Y.Z.→Aでは下ネタを連発したセクハラまがいのMCを好んで多用するコミカルな一面も晒している。また、同バンドのライブ会場では卑猥な掛け合いを繰り返すのがもはや慣例化しており、女性ファンまでもが盛り上がる、ある種異様な光景が繰り広げられている。
  • ラウドネスの海外進出時初期の頃は、英語詞はすべてネイティブに歌って(読んで)もらったものを耳コピーしていたが、現在は非常に英語が堪能になっている。海外のメディアからインタビューを受ける際も通訳を介さず自ら対応してあり、また、バンド等の取材の場合は二井原が通訳の役割を担うこともある(ラウドネスのDVDなどでも確認できる)。
  • ファンキー末吉とは大変仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしている。ある日、二井原の自宅に末吉が泊まりに来た際、彼の風貌を見た二井原の子供が怖さのあまり号泣、二井原曰く「それ以来子供がファンキー末吉の名前を聞くとすぐに大人しくなるようになった」とのこと。
  • 熱心なブロガーで、ほぼ毎日記事を配信している。デビュー前の音楽活動から業界裏話、時事問題への所感、ツアー中にを患ったことなど赤裸々な内容も含まれるが、敬愛するロニー・ジェイムス・ディオから掛けられた言葉については「自分だけの大切なもの」として公開しないと決めている。
そのブログからは愛国者であることが伺え、「竹島は日本固有の領土」と発言したこともある。しかし、二井原自身に特定アジアと言われる国々へ対するアンチ的な感情はなく、過去にラウドネスやX.Y.Z.→Aで中国韓国などへのライブツアーも何度か行っている。その際現地のミュージシャンとセッションしたり、ツアー中の食事をグルメレポート(二井原曰く「食いしん坊シリーズ」)として概ね好意的にブログへ掲載したりしている。

ディスコグラフィー

アルバム

タイアップ

  • The Ascension 『GuitarFreaksV6 BLAZING!!!!』、『DrumManiaV6 BLAZING!!!!』収録曲。96とのコラボ。
  • FIGHT TILL YOU DIE 山佐のパチスロ機『押忍!!豪炎高校應援團 オリジナルサウンドトラック』(2012年)収録曲

参加作品

テレビドラマ「燃えろ!!ロボコン」(テレビ朝日)前期OP主題歌
  • 『That's Metal Lesson II - Long Live the Loud』POWER GOD(2005年)
ドイツのヘヴィメタルバンドによるカヴァーアルバム。LOUDNESSの「HEAVY CHAINS」のカヴァーでデュエットとして参加。

著書

  • ロックン・ロール・ジプシー〜ぼくはロックで世界を見た〜(宝島コレクション、1987年)

DVD

教則CD

  • 二井原実 VOICE "warm up & training"
    • 通信販売 & ライブ会場での限定販売

脚注

  1. ^ ラウドネス関連書籍「100%LOUDNESS」(1984年 シンコー・ミュージックYOUNG GUITAR1984年2月号臨時増刊)より
  2. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年3月26日配信「アマチュアバンドコンテスト」より
  3. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年3月31日配信 「卒業」より
  4. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年5月22日配信「別れ」より
  5. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年5月29日配信「宇宙船地球号」より
  6. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年3月31日配信 「卒業」より
  7. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年6月11日配信「旅立ちそして東京」より
  8. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年6月16日配信「LOUDNESS誕生!」より
  9. ^ キャプテン和田の劇的メタル 2007年2月22日ONAIR分より
  10. ^ キャプテン和田の劇的メタル 2007年3月1日ONAIR分より
  11. ^ WESTONE社公式サイト 「WESTONE ARTIST」より
  12. ^ YAHOO!JAPANニュース 2014年11月25日配信「二井原実、Westone公認アーティストに」より
  13. ^ "ROCK ME BABY!!!"BLOG 2014年11月26日配信「IEMの老舗"WESTONE"の公認アーティストになったがな。」より
  14. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年6月10日配信「別れ」より
  15. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年8月26日配信「人気沸騰! The end of cetry tour ‘83」より
  16. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年11月8日配信「長時間飛行機の移動とアムステルダム」より
  17. ^ キャプテン和田の劇的メタル 2007年2月22日ONAIR分より
  18. ^ BURRN! JAPAN Vol.7 16ページ 2016年12月11日発行 シンコーミュージック・エンタテイメント
  19. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2010年3月21日配信「Maxとのレコーディング(汗)」より
  20. ^ MINORU NIIHARA "ROCK ME BABY!!! "BLOG 2012年8月16日配信「サザエBBQ。」 より
  21. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年5月22日配信「別れ」より
  22. ^ 二井原実BLOG R&R GYPSY 2008年9月26日配信「LOUDNESS LA参上!」より

関連項目

外部リンク

LOUDNESS

二井原実 - 高崎晃 - 山下昌良 - 鈴木政行

樋口宗孝 - 田中宏幸 - マイク・ヴェセーラ - 山田雅樹 - 沢田泰司 - 柴田直人 - 本間大嗣
シングル | 
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アルバム | 
オリジナル | 
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ミニ | 
JEALOUSY - LOUD'N'RARE - SLAP IN THE FACE

セルフカヴァー | 
ROCK SHOCKS - SAMSARA FLIGHT 〜輪廻飛翔〜

ライブ | 
LIVE-LOUD-ALIVE LOUDNESS IN TOKYO - 8186 LIVE - ONCE AND FOR ALL - LOUD'N'RAW - EUROBOUNDS 〜remastered〜 - The SOLDIER's just came back LIVE BEST - LOUDNESS LIVE 2002

トリビュート | 
TRIBUTE to LOUDNESS 〜Rock'n Roll Crazy Night - A Tribute To LOUDNESS

ボックス | 
LOUDNESS BOX - LOUDNESS COMPLETE BOX


関連項目 | 
レイジー - FLATBACKER(E・Z・O) - ANTHEM - X JAPAN - SLY - spAed - D.T.R - X.Y.Z.→A - CLOUD NINE - アニメタルUSA - 西寺実 - ビーイング

関連人物 | 
ダニー・マクレンドン - ジュリアン・メンデルスゾーン - マックス・ノーマン - エディ・クレイマー - アンディ・ジョーンズ - ロジャー・プロバート - クリス・タンガリーディス - 永川敏郎 - 大島こうすけ - 菅沼孝三


【典拠管理】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/02/22 08:07

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