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二尊院とは?

法人番号
8130005001907

二尊院(にそんいん)は、京都市右京区嵯峨野二尊院門前にある天台宗の寺院。山号は小倉山。正式には小倉山二尊教院華台寺(おぐらやま にそんきょういん けだいじ)という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像に由来する。

総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は紅葉の名所として知られる。また奥には百人一首ゆかりの藤原定家が営んだ時雨亭跡と伝わる場所がある。

目次

  • 1 歴史
  • 2 伽藍
  • 3 文化財
    • 3.1 重要文化財
    • 3.2 その他
  • 4 所在地
  • 5 交通アクセス
  • 6 脚注
  • 7 参考文献
  • 8 外部リンク

歴史

平安時代初期の承和年間(834–847年)、嵯峨天皇の勅により円仁(慈覚大師)が建立したと伝わる。以後荒廃するが、鎌倉時代初期に法然の高弟だった湛空らにより再興され、嵯峨門徒の拠点となった。

嘉禄3年(1227年)に起こった嘉禄の法難の際には、法然上人の遺骸を天台宗僧兵から守るために法然廟所から二尊院まで六波羅探題の武士団らに守られながら遺骸が移送された。

室町時代になると応仁の乱による延焼で堂塔伽藍が全焼するが、本堂と唐門が約30年後の永正18年(1521年)に三条西実隆によって再建されている。

伽藍

境内には公家の二条家三条家四条家三条西家嵯峨家(旧・正親町三条家)、鷹司家の墓所のほか、伊藤仁斎伊藤東涯父子、角倉了以角倉素庵父子の墓などがある。また境内奥には土御門天皇後嵯峨天皇亀山天皇の分骨を安置する三帝陵がある。

文化財

本堂内陣 木造釈迦如来立像(向かって右)・阿弥陀如来立像

重要文化財

本堂に安置。鎌倉時代の作。像高は両像とも78.8センチ。向かって右に発遣(ほっけん、現世から来世へと送り出す)の釈迦如来、左に来迎(らいごう、西方極楽浄土へ迎え入れる)の阿弥陀如来が並び立つ。像表面は現状では黒ずんでいるが、金泥塗りとし、截金で文様を表している。両像はよく似ているが、下半身の衣文の形式などに変化をつけている。釈迦如来像が右手を上げ、左手を下げる一般的な印相を示すのに対し、阿弥陀像は右手を下げ、左手を上げる通常とは逆の形に造り、両像は左右対称形となっている。また、通常の阿弥陀如来像は親指と人差し指、親指と中指、親指と薬指のいずれかで輪をつくる印相を示すが、二尊院の阿弥陀如来像は下げた右手の指を5本とも真っ直ぐ伸ばしている点が珍しい。

その他

所在地

交通アクセス

脚注

  1. ^ 『日本歴史地名大系 京都市の地名』、pp.1079 - 1080; 『仏像めぐりの旅 5 京都(洛北・洛西・洛南)』、p.86
  2. ^ 京都国立博物館・東京国立博物館編『最澄と天台の国宝』(展覧会図録)、読売新聞社刊、2005、pp.327 - 398(解説執筆は浅湫毅)

参考文献

外部リンク

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出典:wikipedia
2018/10/24 05:33

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