このキーワード
友達に教える
URLをコピー

井上一樹とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
鹿児島県霧島市
【生年月日】
(1971-07-25) 1971年7月25日(47歳)
【身長
体重】
184 cm
93 kg
【選手情報】

【投球・打席】
左投左打
【ポジション】
外野手
【プロ入り】
1989年 ドラフト2位
【初出場】
1991年5月11日
【最終出場】
2009年10月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


監督・コーチ歴

  • 中日ドラゴンズ (2010 - 2013)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


 | 
この存命人物の記事には検証可能な出典が不足しています。信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。(2014年11月)

井上 一樹(いのうえ かずき、1971年7月25日 - )は、鹿児島県霧島市出身の元プロ野球選手(外野手)。

中日ドラゴンズに所属し、2006年から2007年は選手会長を務めた。2009年を以って現役を引退し、2010年は中日の打撃コーチ、2011年は中日の二軍監督、2012年から2013年までは中日の一軍打撃コーチを務めた。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 アマチュア時代
    • 1.2 現役時代
    • 1.3 現役引退後
  • 2 人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別投手成績
    • 3.2 年度別打撃成績
    • 3.3 年度別守備成績
    • 3.4 表彰
    • 3.5 記録
    • 3.6 背番号
  • 4 出演番組
  • 5 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

アマチュア時代

陵南小学校時代にソフトボールを始める。陵南中学校時代に軟式野球部に入部。鹿児島商業高校時代は、投手兼外野手として甲子園に1回出場。高校通算40本塁打を記録し、野手・投手の双方で注目を浴びる。

1989年のドラフト会議中日ドラゴンズから2位指名を受けて入団。

現役時代

入団直後は投手として起用されたが、満足のいく成績を残せずに1994年から打者転向。この年、ジュニアオールスターでMVPを獲得。

1996年に背番号を38から99に変更した。1998年に就任した水谷実雄打撃コーチの指導の下、徐々に素質が開花し始めた。

1999年は7番打者として4月2日広島東洋カープ戦から4月28日阪神タイガース戦まで開幕21試合連続安打を記録するなど、正外野手として、攻守にわたって同年のリーグ優勝やリーグ新記録の開幕11連勝に貢献する働きを見せる。また、中日ドラゴンズのリーグ優勝が決まった日の試合でも決勝適時打を放つなど活躍した。この時期に、ピンク色のリストバンドを好んで使用していた事から「ピンキー」というニックネームが、当時の背番号99とともにファンに定着した。福岡ダイエーホークスとの日本シリーズでは13打数0安打に終わり、チームも1勝4敗で敗れた。

2003年には応援歌を、1999年の中日優勝当時の曲に戻した。

2004年から落合博満の監督就任もあり背番号99とピンキーの愛称を返上し、背番号9・水色のリストバンドを使用するようになった。レギュラー争いをしながらチームを引っ張った。同年の日本シリーズでは日本一を逃したものの、活躍が認められて敢闘賞を受賞している。

2005年大西崇之英智らと左翼手の座を争い、規定打席不足ながら2桁本塁打と初の打率3割を達成した。

2006年、中日の選手会長を4歳年下の井端弘和より受け継ぐ。井上はファンサービスに熱心に取り組み、「福留孝介デー」などといった企画の実行にこぎつけた(後述)。8月15日の対広島東洋カープ13回戦で、プロ野球史上411人目となる通算1000試合出場を達成した。8月30日の対阪神15回戦(阪神甲子園球場)では劣勢の中、9回表二死から代打で登場し、藤川球児から値千金となる同点本塁打を放った。試合は結局引き分けに終わったが、中日はマジックを1減らし、勝ちに等しい引き分けとなり、この年のペナントレースを大きく左右する本塁打となった。シーズン全体では英智藤井淳志らとレギュラー争いをし、規定打席には足りないものの勝負強さを発揮し、2年連続で3割と2桁本塁打を達成するなど、優勝に大きく貢献した。

2007年は同じく左打ちの外野手である李炳圭の獲得や、中村紀洋の獲得で森野将彦が三塁から外野に回る機会が増えるなどのチーム事情が影響し、出場機会が減少。序盤には二軍降格も経験した。しかし、タイロン・ウッズが契約切れで帰国したため、同年のアジアシリーズでの対SKワイバーンズ戦、対チャイナスターズ(中国プロリーグ選抜)戦、更に決勝の対SKワイバーンズ戦では4試合で3本塁打を放っている。同年限りで選手会長を退任し、6歳年下の荒木雅博に譲った。

2008年は開幕を二軍で迎えるも、4月25日に一軍に昇格。以後左の代打やスタメン出場もあり活躍した。しかし、9月2日に再降格し、シーズン終盤に再昇格した。

現役時代(2009年7月19日、阪神甲子園球場)

2009年は開幕戦にスタメンとして名を連ねるも、打撃不振で4月中旬に降格。シーズンの大半を二軍で過ごす。そして、9月25日の試合終了後に現役引退を表明した。会見では「体力の衰えは感じていないが、ドラゴンズ一筋で辞めるのがベストだと思った。選手会長で優勝パレードができたのが思い出」と話した。9月27日の対阪神戦(ナゴヤドーム)が引退試合として行われ、6番右翼で先発出場した。試合は敗れ、井上自身も4打数無安打であったが、試合終了後に引退セレモニーが行われ、立浪和義と矢野輝弘から花束が贈られた。その後の胴上げには、チームメイトに混じって矢野と高橋光信(2人ともかつて中日でチームメイト)も加わった。その後、10月3日に富山市民球場アルペンスタジアムで行われたファーム日本選手権(対読売ジャイアンツ戦)に出場し、8回表に李炳圭の代打で出場した。この回は二塁走者が牽制で3アウトチェンジとなったため、9回表に先頭打者として打席に立ち、勝利を決定付ける本塁打を放つ。試合終了後には二軍選手達からの胴上げを受け、背番号と同じ9回宙に舞った。10月24日クライマックスシリーズ第2ステージ第4戦が最後の出場となった。

現役引退後

引退後の2010年には一軍打撃コーチとして引き続き中日に在籍し、秋季練習から主に若手選手の指導にあたっている。背番号は、現役時代に最も長い期間使用していた「99」となった。

2011年は、退団した川相昌弘に代わり二軍監督に就任。若手選手を積極的に指導し、二軍を2年ぶりのウエスタン・リーグ優勝に導き、さらにファーム日本選手権でも勝利した。

2012年10月15日、ナゴヤドームでのクライマックスシリーズでトニ・ブランコにゲキを飛ばす井上一樹。


2012年からは再び一軍打撃コーチとなる。2013年10月15日に球団より来季の契約を結ばない事が発表された。

2014年からは、メ~テレ東海ラジオの野球解説者を務める。

人物

 | 
この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2014年11月)

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1991 | 中日 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 71 | 13.2 | 16 | 0 | 15 | 0 | 2 | 11 | 2 | 0 | 11 | 11 | 7.24 | 2.27
1992 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 5 | 1.0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 2.00
通算:2年 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 76 | 14.2 | 16 | 0 | 17 | 0 | 2 | 12 | 2 | 0 | 11 | 11 | 6.75 | 2.25

年度別打撃成績









































































O
P
S

1991 | 中日 | 8 | 2 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .500 | .500 | 1.000 | 1.500
1992 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ----
1994 | 30 | 55 | 51 | 6 | 13 | 5 | 1 | 0 | 20 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 16 | 1 | .255 | .309 | .392 | .701
1995 | 11 | 24 | 23 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 9 | 1 | .130 | .167 | .130 | .297
1997 | 28 | 74 | 73 | 6 | 21 | 5 | 0 | 2 | 32 | 9 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 25 | 0 | .288 | .297 | .438 | .736
1998 | 107 | 394 | 352 | 34 | 93 | 18 | 4 | 9 | 146 | 31 | 1 | 0 | 3 | 2 | 35 | 2 | 2 | 79 | 13 | .264 | .332 | .415 | .747
1999 | 130 | 499 | 450 | 40 | 133 | 18 | 5 | 10 | 191 | 65 | 2 | 0 | 0 | 4 | 45 | 5 | 0 | 85 | 7 | .296 | .357 | .424 | .781
2000 | 116 | 351 | 324 | 38 | 91 | 20 | 2 | 11 | 148 | 41 | 0 | 6 | 0 | 2 | 25 | 2 | 0 | 79 | 8 | .281 | .330 | .457 | .787
2001 | 112 | 349 | 321 | 24 | 83 | 21 | 2 | 2 | 114 | 20 | 2 | 1 | 1 | 1 | 25 | 2 | 1 | 54 | 5 | .259 | .313 | .355 | .668
2002 | 99 | 282 | 257 | 26 | 63 | 18 | 2 | 7 | 106 | 23 | 2 | 2 | 1 | 2 | 19 | 1 | 3 | 51 | 6 | .245 | .302 | .412 | .715
2003 | 75 | 126 | 115 | 16 | 29 | 7 | 1 | 2 | 44 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 | 0 | 1 | 23 | 1 | .252 | .317 | .383 | .700
2004 | 113 | 319 | 283 | 41 | 78 | 14 | 0 | 11 | 125 | 30 | 0 | 0 | 0 | 1 | 32 | 2 | 3 | 59 | 8 | .276 | .354 | .442 | .796
2005 | 107 | 263 | 245 | 30 | 74 | 14 | 1 | 10 | 120 | 38 | 3 | 1 | 0 | 4 | 13 | 0 | 1 | 40 | 4 | .302 | .335 | .490 | .824
2006 | 108 | 288 | 273 | 27 | 85 | 12 | 0 | 11 | 130 | 39 | 2 | 1 | 3 | 0 | 12 | 0 | 0 | 42 | 5 | .311 | .340 | .476 | .817
2007 | 71 | 200 | 178 | 20 | 52 | 7 | 4 | 3 | 76 | 28 | 1 | 0 | 4 | 1 | 17 | 1 | 0 | 41 | 4 | .292 | .352 | .427 | .779
2008 | 74 | 154 | 141 | 11 | 41 | 12 | 0 | 1 | 56 | 10 | 0 | 0 | 1 | 0 | 12 | 4 | 0 | 18 | 1 | .291 | .346 | .397 | .744
2009 | 25 | 47 | 46 | 0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 6 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 14 | 1 | .065 | .085 | .130 | .216
通算:17年 1215 | 3427 | 3134 | 319 | 863 | 173 | 23 | 79 | 1319 | 349 | 13 | 12 | 13 | 17 | 252 | 19 | 11 | 635 | 65 | .275 | .330 | .421 | .751

年度別守備成績

【年度】
【外野】
一塁
【試合】
【刺殺】
【補殺】
【失策】
【併殺】
【守備率】
【試合】
【刺殺】
【補殺】
【失策】
【併殺】
守備
1994 | 10 | 11 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | -
1995 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | -
1997 | 21 | 31 | 2 | 1 | 0 | .971 | -
1998 | 105 | 201 | 5 | 3 | 0 | .986 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000
1999 | 128 | 260 | 5 | 3 | 3 | .989 | -
2000 | 110 | 177 | 6 | 1 | 3 | .995 | -
2001 | 99 | 130 | 3 | 0 | 2 | 1.000 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000
2002 | 85 | 106 | 7 | 2 | 4 | .983 | -
2003 | 26 | 26 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 19 | 0 | 1 | 3 | .950
2004 | 86 | 99 | 4 | 1 | 1 | .990 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2005 | 75 | 85 | 5 | 1 | 0 | .989 | -
2006 | 78 | 115 | 4 | 0 | 1 | 1.000 | -
2007 | 51 | 61 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | -
2008 | 33 | 48 | 3 | 2 | 0 | .962 | -
2009 | 11 | 12 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | -
通算 892 | 1320 | 44 | 12 | 14 | .991 | 7 | 22 | 0 | 2 | 3 | .917

表彰

記録

投手記録
打撃記録

背番号

出演番組

脚注

  1. ^ 【9月30日】1999年(平11) 99年の歓喜は背番号99が決めた 井上一樹フェンス直撃2発
  2. ^ 2000 ベースボール・レコード・ブック 76頁「1999年度主要記録集」より。
  3. ^ 「ピンキー」にはピン=一 キ=樹と、名前とかけた意味もあり、井上には特別に思い入れのあるニックネームだった。
  4. ^ このとき、立浪和義から井上へ手紙が送られ、井上自身は後年、この立浪からの手紙が心の支えになったと語っている。
  5. ^ 井上コーチが2軍監督に就任 - 2010年11月9日
  6. ^ 中日2軍が2年ぶり16度目ウエスタンV - 2011年9月18日
  7. ^ ファーム日本選手権で勝利
  8. ^ 来季のコーチングスタッフについて”. 中日ドラゴンズ (2011年11月21日). 2011年11月21日閲覧。
  9. ^ 来季の契約について中日球団公式サイト2013年10月15日配信

関連項目

外部リンク


業績
日本シリーズ敢闘賞
1950年代 | 

1960年代 | 
  • 1960 田宮謙次郎
  • 1961 J.スタンカ
  • 1962 吉田義男
  • 1963 稲尾和久
  • 1964 山内一弘
  • 1965 森下整鎮
  • 1966 渡辺泰輔
  • 1967 足立光宏
  • 1968 長池徳二
  • 1969 長池徳二

  • 1970年代 | 
  • 1970 井石礼司
  • 1971 山田久志
  • 1972 足立光宏
  • 1973 野村克也
  • 1974 高木守道
  • 1975 山本浩二
  • 1976 柴田勲
  • 1977 河埜和正
  • 1978 足立光宏
  • 1979 井本隆

  • 1980年代 | 
  • 1980 小川亨
  • 1981 井上弘昭
  • 1982 上川誠二
  • 1983 西本聖
  • 1984 山沖之彦
  • 1985 石毛宏典
  • 1986 達川光男
  • 1987 篠塚利夫
  • 1988 宇野勝
  • 1989 新井宏昌

  • 1990年代 | 
  • 1990 岡崎郁
  • 1991 川口和久
  • 1992 岡林洋一
  • 1993 清原和博
  • 1994 清原和博
  • 1995 小林宏
  • 1996 仁志敏久
  • 1997 松井稼頭央
  • 1998 大塚光二
  • 1999 川上憲伸

  • 2000年代 | 
  • 2000 城島健司
  • 2001 T.ローズ
  • 2002 A.カブレラ
  • 2003 金本知憲
  • 2004 井上一樹
  • 2005 矢野輝弘
  • 2006 川上憲伸
  • 2007 ダルビッシュ有
  • 2008 A.ラミレス
  • 2009 高橋信二

  • 2010年代 | 
  • 2010 和田一浩
  • 2011 吉見一起
  • 2012 稲葉篤紀
  • 2013 長野久義
  • 2014 R.メッセンジャー
  • 2015 山田哲人
  • 2016 B.エルドレッド
  • 2017 宮崎敏郎
  • 2018 鈴木誠也


  • ゴールデンスピリット賞
    1990年代 | 
    1999 松井秀喜

    2000年代 | 

    2010年代 | 
  • 2010 ダルビ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/12/11 13:35

    HAPPY Wikipedia

    あなたの考える「井上一樹」の意味を投稿しよう
    「井上一樹」のコンテンツはまだ投稿されていません。
    全部読む・投稿 

    井上一樹スレッド一覧

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「井上一樹」のスレッドを作成する
    井上一樹の」
    友達を探す
    掲示板を探す
    このページ
    友達に教える
    URLをコピー

    注目のキーワード

    錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

    キーワードで探す

     
    友達を探す
    掲示板を探す
    ハッピーWiki
    ハッピーメール
    ハッピーランド
    HAPPY NEWS
  • 2010Happy Mail