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京王バス東とは?

(京王バス東から転送)
種類
株式会社
【略称】
京王バス
【本社所在地】
日本
183-0057
東京都府中市晴見町2-22
京王府中晴見町ビル
北緯35度40分44.2秒 東経139度28分23.5秒 / 北緯35.678944度 東経139.473194度 / 35.678944; 139.473194座標: 北緯35度40分44.2秒 東経139度28分23.5秒 / 北緯35.678944度 東経139.473194度 / 35.678944; 139.473194
【本店所在地】
206-8502
東京都多摩市関戸1丁目9番地1
北緯35度39分4.9秒 東経139度26分53.3秒 / 北緯35.651361度 東経139.448139度 / 35.651361; 139.448139
【設立】
2002年2月1日
業種
陸運業
法人番号
9013401002381
【事業内容】
乗合バス事業、貸切バス事業、特定バス事業他
【代表者】
代表取締役社長 丸山荘
【資本金】
46億円(2015年3月31日現在)
【発行済株式総数】
9万2000株(2010年3月31日現在)
【売上高】
99億5500万円(2019年03月31日時点)
【営業利益】
3億1200万円(2019年03月31日時点)
【経常利益】
12億4400万円(2019年03月31日時点)
【純利益】
11億6500万円(2019年03月31日時点)
【純資産】
228億5300万円(2019年03月31日時点)
【総資産】
265億5000万円(2019年03月31日時点)
【従業員数】
394名(2019年03月31日時点)
【決算期】
3月31日
【主要株主】
京王電鉄株式会社
【主要子会社】
京王バス東株式会社
京王バス中央株式会社
京王バス南株式会社
京王バス小金井株式会社
【関係する人物】
永田正
【外部リンク】
https://www.keio-bus.com/
京王電鉄バスの一般路線バス
(八王子駅北口にて撮影)
京王バス東の高速バス

京王電鉄バス株式会社(けいおうでんてつバス、英称:Keio Dentetsu Bus Co.,Ltd.)は、2002年2月1日に設立され、同年8月1日京王電鉄自動車事業部の事業一切を継承して営業を開始した、京王グループの中核バス会社である(京王バス株式会社としては1997年4月1日設立、同年10月1日営業開始)。

京王バス東京王バス南京王バス中央京王バス小金井の4つの子会社を持ち、京王電鉄バスグループを形成している(本稿では各子会社についても扱う)。

本社は5社とも東京都府中市晴見町2-22、京王バス中央・府中営業所内にある「京王府中晴見町ビル」に所在する。ただし登記上の本店は、東京都多摩市関戸一丁目9-1の京王電鉄本社にある。

キャッチフレーズは「常にお客様が主役です」。

概要

一般路線バスの営業エリアは、新宿から東京23区西部および多摩地域であり、京王電鉄バスと京王バス東・京王バス中央・京王バス南の子会社各社の路線網は(子会社への管理委託路線も含め)、京王電鉄沿線のほぼ全域に及ぶ。そのほとんどが東京都内完結路線であるが、一部京王相模原線沿線など神奈川県内に乗り入れる路線もある。

高速バスは、バスタ新宿渋谷マークシティ立川駅などをターミナルに、山梨県長野県岐阜県愛知県への中央高速バス群馬県長野県への関越自動車道上信越自動車道経由の高速バス、静岡県への東名高速道路経由の高速バス、大阪府兵庫県宮城県への夜行高速バスを運行している。

京王電鉄沿線およびJR中央線沿線などから、羽田空港成田空港への空港連絡バス調布駅東京ディズニーリゾートを結ぶ直行高速バスなども運行している。加えて、新宿駅西口、渋谷駅から京王電鉄沿線およびJR中央線沿線方面への深夜急行バスも運行している。

高速バス座席予約システムの「ハイウェイバスドットコム」は2000年に京王電鉄が開設し、バス事業分社化により京王電鉄バスに引き継がれ運営されている。

また、京王電鉄バスのコミュニティバスとして、桜ヶ丘営業所日野市ミニバス(日野市)の運行を受託している(子会社におけるコミュニティバス運行受託は「#子会社」の節を参照)。

なお「京王電鉄バス」の名称は、本来は1997年4月1日に最初の分離子会社である京王バス株式会社(現・京王バス東株式会社)が設立された際、京王帝都電鉄(当時)直営で運営していたバス事業と区別するために付けられたものである。その後2002年にバス事業が京王電鉄から分社化される際、「京王電鉄バス」の名称がそのまま用いられた。

沿革

京王電鉄#歴史」も参照。

京王電気軌道のバス事業

京王電気軌道(現:京王電鉄)は、1910年(明治43年)9月21日、資本金125万円(払込資本金31万2500円)で設立、本店を東京府豊多摩郡代々幡村大字代々木山谷291番地に置いた。京王のバスの歴史は1913年4月15日京王線笹塚 - 調布間の開通と同時に、未成区間の新宿駅 - 笹塚駅間および調布駅 - 府中 - 国分寺駅間に、5両の車両で乗合バスを開業したことに始まる。これらは東京における最初のバス営業である。この路線は暫定的な輸送手段の色合いが濃く、1914年に調布駅 - 国分寺駅間が運休(のち廃止)、1915年には新宿駅 - 笹塚駅間も鉄道開業にともない廃止され、いずれも短期間で幕を下ろしている。

京王線の新宿駅付近の廃駅」および「代々幡町#代々幡村と京王電鉄」も参照

京王が再びバス事業に乗り出すのは、昭和初期のことである。大正末期の関東大震災後に、萬歳自動車という会社が甲州街道新宿三丁目 - 新町 - 代々幡間、新町 - 青山四丁目間にバスを運行していた。同社は1924年7月、甲州街道乗合自動車と社名変更し、路線を烏山調布を経て多磨村東京市営公園墓地(現・多磨霊園)まで延長していた。さらに1937年頃、武蔵小金井北側から五日市街道方面で営業する小金井乗合自動車東京市内の音羽などに路線を持つ山之手乗合自動車を買収合併し、甲州街道乗合の路線網は、甲州街道沿いにとどまらず広範囲にわたっていた。

甲州街道に並行して軌道線をもつ京王電軌は、甲州街道乗合の発展を脅威と感じ、1927年5月に同社の持株の過半数以上を取得して関連会社とし、1937年12月に甲州街道乗合を完全買収して事業の一切を吸収した。これにより京王電気軌道自動車課および同課笹塚営業所が設置され、軌道先行バスの廃止以来22年ぶりに直営バス事業が再開された。これが現在の京王電鉄バスグループにつながる源流となる。さらに甲州街道乗合買収の同日に、高尾遊覧自動車も買収した。当時の京王電気軌道直営の「京王バス」のカラーリングは、水色地に白色帯であった。

その他にも周辺事業者の買収を積極的に進め、1937年6月に藤沢自動車(神奈川中央交通の前身)、同年7月に中野乗合自動車(関東バスの前身)と周辺のバス事業者を系列化した。

多摩地域では、1938年3月に武蔵中央電気鉄道および同社の傘下にあった八王子市街自動車(八王子 - 高尾山下)を買収し、八王子営業所を開設した。また同年に高幡乗合自動車(高幡不動 - 立川)を、翌1939年に由木乗合自動車(八王子 - 由木 - 相原)を買収し、事業を吸収している。

京王電軌は直営バス事業再開後、青山や十二社などへ路線エリアを拡大し、1935年設立の東都乗合自動車および1916年設立の鳩ヶ谷自動車(ともに国際興業バスの前身)を傘下に収めるなど、バス事業者としても都内有数の事業者として勢力を強めていった。

しかしその矢先に大東亜戦争(太平洋戦争)が勃発し、1942年2月1日には陸上交通事業調整法に基づく戦時統合のため、新宿以東の山手線内の以下3区間が東京市へ譲渡された。

そして1944年5月31日、京王電軌は東京急行電鉄に合併され、いわゆる大東急が成立するに至った。

京王電軌以外のバス事業

京王電軌が直営で運行していたバス路線のエリアは、おおむね甲州街道上または新宿区十二社周辺および、現在の多摩地域であった。

現在の京王バス東・中野営業所および永福町営業所が管轄する路線の多くは、東京横浜電鉄傘下の東横乗合(東急バスの前身)が、中野杉並両区内の事業者を統合して運行していたものである。

このうち、現在の三鷹線(鷹64系統)の原型路線は、1935年に帝都電鉄(京王井の頭線の前身)に譲渡され、帝都電鉄バスとして運行されていた。

1935年、帝都電鉄も乗合バス事業に着手し、大宮八幡 - 小金井間、井の頭公園 - 牟礼間の2路線で営業開始している。これは東横乗合が1932年に城西乗合自動車から買収した路線を譲渡されたものである。

東急バス#大東急解体と東都乗合・関東乗合の東急グループ離脱」も参照。

年譜

京王電軌・大東急時代(1913 - 1948)

京王帝都・京王電鉄直営時代(1948 - 2002)

京王電鉄バス時代(2002 - )

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