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京都帝国大学とは?

(京都帝国大学から転送)
【大学設置】
1897年
【創立】
1869年
【学校種別】
国立
【設置者】
国立大学法人京都大学
【本部所在地】
京都府京都市左京区吉田本町36番地1
北緯35度1分34秒 東経135度46分51秒 / 北緯35.02611度 東経135.78083度 / 35.02611; 135.78083座標: 北緯35度1分34秒 東経135度46分51秒 / 北緯35.02611度 東経135.78083度 / 35.02611; 135.78083
【キャンパス】
吉田(京都府京都市左京区)
宇治(京都府宇治市)
桂(京都府京都市西京区)
【学部】
総合人間学部
文学部
教育学部
法学部
経済学部
理学部
医学部
薬学部
工学部
農学部
【研究科】
文学研究科
教育学研究科
法学研究科
経済学研究科
理学研究科
医学研究科
薬学研究科
工学研究科
農学研究科
人間・環境学研究科
エネルギー科学研究科
アジア・アフリカ地域研究研究科
情報学研究科
生命科学研究科
地球環境学大学院
公共政策大学院
経営管理大学院
総合生存学館
【ウェブサイト】
京都大学公式サイト

京都大学(きょうとだいがく、英語: Kyoto University)は、京都府京都市左京区吉田本町36番地1に本部を置く日本国立大学である。1897年に設置された。大学の略称京大(きょうだい)。

地理院地図 Googleマップ 京都大学

目次

  • 1 概観
    • 1.1 大学全体
    • 1.2 建学の精神(理念・学是)
    • 1.3 学風および特色
    • 1.4 教育および研究
      • 1.4.1 研究所・研究センター
      • 1.4.2 国内・世界との比較
  • 2 沿革
    • 2.1 略歴
    • 2.2 年表
      • 2.2.1 明治
      • 2.2.2 大正
      • 2.2.3 昭和
      • 2.2.4 平成
  • 3 基礎データ
    • 3.1 所在地
    • 3.2 象徴
      • 3.2.1 学歌
      • 3.2.2 学旗
      • 3.2.3 スクールカラー
      • 3.2.4 エンブレム
  • 4 教育および研究
    • 4.1 組織
      • 4.1.1 学部
      • 4.1.2 大学院
      • 4.1.3 短期大学部
      • 4.1.4 附属機関
      • 4.1.5 学術交流提携校
    • 4.2 研究
      • 4.2.1 21世紀COEプログラム
      • 4.2.2 グローバルCOEプログラム
    • 4.3 教育
      • 4.3.1 教養科目
      • 4.3.2 採択されているプログラム
  • 5 学生生活
    • 5.1 サークル活動
    • 5.2 学園祭
    • 5.3 スポーツ
  • 6 大学関係者と組織
    • 6.1 学内組織
      • 6.1.1 京都大学学術出版会
    • 6.2 卒業生
      • 6.2.1 同窓会
      • 6.2.2 学士会
    • 6.3 大学関係者一覧
  • 7 施設
    • 7.1 キャンパス
      • 7.1.1 吉田キャンパス
      • 7.1.2 宇治キャンパス
      • 7.1.3 桂キャンパス
      • 7.1.4 キャンパス間の交通
    • 7.2 学生食堂
    • 7.3 寮
  • 8 文化財
  • 9 社会との関わり
    • 9.1 京都学派
    • 9.2 沢柳事件
    • 9.3 京都学連事件
    • 9.4 滝川事件
    • 9.5 綜合原爆展(京大原爆展)
    • 9.6 京大天皇事件
    • 9.7 2017年入試における出題ミス
  • 10 脚注
  • 11 Wiki関係他プロジェクトリンク
  • 12 公式サイト

概観

大学全体

吉田キャンパス本部にある正門。学生による立て看板が見える。
吉田キャンパス本部構内

京都大学は日本で2番目に創設された、帝国大学の流れを汲んでいる国立大学で、入試においては日本におけるトップクラスの難関大学である。精神的な基盤として京都大学では「自由の学風」を謳っている。また、西部講堂のロックコンサートなどに代表される京都地区における文化発信地としての役割も担ってきた。

建学の精神(理念・学是)

創立以来「自由の学風」を建学の精神としている。国立大学法人となったのちに制定された京都大学の基本理念にも引き継がれた。

学風および特色

京都市内の繁華街から離れた古都の風情を残す落ち着いた環境の中にあり、何事も学生の自主性に任せるという「自由の学風」を標榜している。リベラル派な大学の傾向にある。毎年行われる11月祭や折田先生像を巡る落書き、卒業式での仮装などにもその一端を垣間見ることができる。

京都大学や(前身の)京都帝国大学では、それらの自由の拡大あるいは縮小を巡る攻防戦が繰り返されてきた。滝川事件は最も有名な事例の一つである。

教育および研究

研究所・研究センター

京都大学は学部・研究科以外に13の研究所、7の研究センターを設置している。2010年3月現在、国内の大学で最多である。2017年10月時点で、そのうちの15の研究所・研究センターは文部科学省共同利用・共同研究拠点」に認定されており、国内の大学で最多である。共同利用・共同研究拠点の前身に当たる「全国共同利用型附置研究所・研究施設」の仕組みを初めて採用したのは京都大学の基礎物理学研究所である。これらの事実について京都大学の関係者は「幅広い分野において日本を代表する学術研究拠点となってきた、京都大学の社会的特徴を表している」と考えている。

国内・世界との比較

タイムズ・ハイアー・エデュケーションの世界大学ランキング 2018(2017年)では、世界第74位、アジア第9位、国内第2位(同誌の世界大学名声ランキングでは第25位、アジア第4位)である。またQS世界大学ランキング2017では、世界第36位、アジア第7位、国内第2位である。

2017年11月現在、卒業生から6人、ゆかりのある人物も含めると9人のノーベル賞受賞者(いずれも科学分野)を輩出している。これはアジアの大学で最多である。フィールズ賞ラスカー賞ガードナー国際賞の受賞者数も国内の大学で最多である。

沿革

略歴

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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2016年5月)

京都大学の起源は1861年(文久元年)に長崎に設立された長崎養生所(その後、長崎精得館へ改称)まで遡る。長崎精得館の理化学部門は、当初は江戸にあった開成所(現在の東京大学)へ「理化学校」として移設することになっていたが、明治維新の混乱で実現しなかった。1868年(慶応4年)に明治政府は「理化学校」を舎密局(せいみきょく、後の理学校)として大阪に開設することを決定、1869年に開校した。1870年、理学校は1869年に開設された洋学校と合併、開成所となる。開成所はその名称を大阪英語学校 (旧制)、大阪専門学校、大阪中学校、大学分校と変遷させ、1886年に公布された中学校令によって第三高等中学校と改称する。第三高等中学校は1889年8月1日に京都市吉田町に取得した新校地へ移転した。1894年に公布された高等学校令に基づいて第三高等中学校は旧制の第三高等学校(以下、本記事において「第三高等学校」は特に断りのない限り、旧制第三高等学校を指す)となる。

京都帝国大学(撮影年不明)
第9代京都帝国大学総長 小西重直

帝国大学令制定後、近畿にも帝国大学の設置をという声が上がっていたが、財政難のため見送られ続けていた。1895年西園寺公望日清戦争で得た賠償金を基に第三高等学校を帝国大学へ昇格させる提案を行う。最終的に第三高等学校を東一条通の南側(現在の吉田南キャンパス)に移転し、高等学校の土地・建物を大学が利用するという案が採用され、翌年予算処置が可決される。1897年6月18日に京都帝国大学設置に関する勅令が制定され、京都帝国大学が発足する。

創設時の計画では1898年にまず法科大学から設置する予定であったが、工科志望者の急増により1年前倒しという形で、創設と同年の1897年に京都帝国大学理工科大学が設置された。続いて1899年京都帝国大学法科大学および京都帝国大学医科大学、1906年京都帝国大学文科大学を設置し、約10年をかけて分科大学を設置した。初代総長(1897-1907年)には文部省専門学務局長の木下広次が就任。事務局長に当たる「書記官」には中川小十郎が就任した。

当時の総長の意向もあって、「研究・教授・学修の自由を重んじるドイツ式」を採用、ドイツの大学のシステムに倣った。高根義人の主導によるこの方針は現在の「自由の学風」に影響を与えたといわれる。法科大学の卒業生の高等文官試験での不振を端として転換されたものの、京都大学に独特の学風を根付かせる端緒となったことは確かである。

1919年に分科大学制が学部制に変わった。その年には、経済学部が法学部から分離して独立の学部となり、1923年には農学部の設置と学部の増設が相次いだ。農学部増設と同じ年には本部構内に京都大学のシンボルとして親しまれている時計台を持つ大学本館が完成している。1926年には京都大学初の附置研究所に当たる化学研究所が設置された。

昭和に入ると思想関係の締め付けが強化された世相を反映して、京都大学でも思想事件が相次ぐ。1928年文部省マルクス経済学者の河上肇教授の辞職を要求。教授会は河上の辞職を認める決議を出し、河上は大学を追われることになる。さらに1933年には鳩山一郎文部大臣が法学部の瀧川幸辰教授の刑法理論が「赤い思想」であるとして休職処分にしたことから、法学部の全教官が辞表を提出。総長も文相と会見、辞意を表明したものの文部省からの切り崩しに遭い、結局瀧川ら7人の教官が大学を去る事態となった(滝川事件)。

日中戦争激化に伴う戦時体制の強化に伴い、日本精神史(文学部)、東亜経済政策原論(経済学部)、航空学・燃料化学(工学部)などの国策に沿った講座が設けられた。太平洋戦争の開戦後、学生を軍隊風に編成する目的で「京都帝国大学報国隊」が結成される。

1943年、文系学生の徴兵猶予が停止され、学生が続々と戦場に赴いた。京都大学の学徒出陣壮行会では総長を先頭に平安神宮に参拝、必勝を祈願したという。

第二次世界大戦終結後、公職追放によって大学を免職になる教授が出る一方で、滝川事件で大学を去っていた瀧川幸辰らが大学に復帰した。1946年から女子の入学が認められた。創立五十周年に当たる1947年には大学名から「帝国」が削られて京都大学と改称。1949年には第三高等学校を統合して、新制大学となった。同年には、理学部教授湯川秀樹が日本人初のノーベル賞に輝き、京都大学ではこれを記念して湯川記念館を設置、その後湯川記念館は基礎物理学研究所に改組されている。

1968年、青年医師連合の京都大学の支部による医学部大学院入試ボイコットの呼びかけに応じなかった受験生に青医連メンバーが暴行を働いたいわゆる「青医連事件」が発生。これを端緒として教養部は無期限ストに入り、学生部はロックアウトされた。東大のような入試中止という事態は免れたものの、戦後初めて卒業式が中止に追い込まれ、さらに翌年度になってもいくつかの建物のロックアウトは依然続き、全面解除は9月まで持ち越されている。なお、1973年度は、入学式が中止になっている。

1992年、総合人間学部が設置され、翌年には教養部が廃止、同時に大学院大学への移行も行われ、現行の大学組織の形に改編された。1997年に京都大学は創立百周年を迎えた。そして2004年、時代の流れにより国の改革の一つとして国立大学法人法が施行され、その規定により京都大学は国立大学法人に改組した。

本稿ではこれらの経緯から、創立は第三高等学校の前身である舎密局の設置年である1869年、設立は京都帝国大学が誕生した1897年としている。

年表

明治

大正

昭和

平成

基礎データ

所在地

一部の研究所、施設を除き、キャンパスは全て京都府内に所在。

象徴

学歌

作詞 水梨彌久、作曲 下総皖一1939年に出された『青少年学徒ニ賜ハリタル勅語』に応えるものとして1940年に制定された。歌詞は前年に学内で公募されたもので、卒業生の水梨の作品が一等に選ばれた。卒業式と入学式などで使われる。なお、卒業生で指揮者の朝比奈隆のファーストレコーディングは、この学歌である(テイチク。演奏は京都大学交響楽団)。

歌詞は京都大学の公式サイト上に紹介されている。

1997年の創立百周年を期に新しい学歌の制定を計画し、歌詞の募集も行われたが、結局『従来の学歌の方がよい』との意見が多数を占めたため、計画は中止された。

そのほかの京都大学に関係する歌としては以下がある。

学生歌
作詞 長崎太郎、作曲 芥川徹。1953年制定。歌詞は公募によるもの。
応援歌『新生の息吹』
作詞 中川裕朗、作曲 多田武彦1958年制定。歌詞は公募によるもの。
応援歌『花の香薫りぬ』
作詞 久保田規美夫、作曲 橋本崇志。1959年制定。
応援歌『ダークブルー 海の碧』
作詞 白石裕、作曲 元山邦夫。1961年制定。歌詞は公募によるもの。
応援歌『ひとつの魂』
作詞 酒井裕、作曲 京都大学吹奏楽団。1991年制定。歌詞は公募によるもの。
逍遥の歌(紅もゆる)
作詞 澤村胡夷、作曲 y.k(本名不明)。1904年

第三高等学校のあるクラスのクラス歌が、全校に広まり、第三高等学校・京都大学を象徴する歌となった。1946年黒澤明監督の映画『わが青春に悔なし』の挿入歌に使われたことで全国にも知られるようになった。当初の歌詞は現在伝わっているものと一部異なる。

月見草
作詞 岡本扇一、作曲 一高寮歌。1919年
琵琶湖周航の歌
作詞 小口太郎、作曲 吉田千秋1917年

第三高等学校水上部(現京都大学ボート部)部員の小口太郎が琵琶湖周航の途上に作詞した。曲は当時部員の間で流行していた歌『ひつじぐさ』(作曲 吉田千秋)を流用している。第三高等学校の寮生らに愛唱された。

アルトハイデルベルク

アルト・ハイデルベルクを基にした学生歌。戦後、吉田寮の寮生らに愛唱された。

京都大学寄宿舎寮歌
作詞 田淵昇、作曲 野崎始1935年

学旗

学歌と同じ趣旨で1940年に制定された。学旗の意匠は京都大学の公式サイト上に紹介されている。

スクールカラー

スクールカラーは濃青である。

エンブレム

吉田キャンパス時計台前のクスノキを図案化したものが大学のエンブレムとして使用されている。元々は1950年頃から「事務局シール」として印刷物などに用いられていたもので、1990年に正式にエンブレムとして了承された。

教育および研究

工学部土木工学教室本館(吉田キャンパス)
理学研究科4号館(吉田キャンパス)
法経済学部本館(吉田キャンパス)

組織

学部

出典:wikipedia
2018/09/08 15:10

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