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仁明天皇とは?

在位期間
833年3月22日 - 850年5月4日
天長10年2月28日 - 嘉祥3年3月19日

即位礼
833年3月30日(天長10年3月6日)
大嘗祭
833年12月29日(天長10年11月15日)
【元号】
天長
承和
嘉祥
【時代】
平安時代
【先代】
淳和天皇
【次代】
文徳天皇
【】

【誕生】
810年(弘仁元年)
【崩御】
850年5月6日(嘉祥3年3月21日)
【陵所】
深草陵
【漢風諡号】
仁明天皇
【和風諡号】
日本根子天璽豊聡慧尊
【諱】
正良
【別称】
深草帝
【元服】
823年9月8日(弘仁14年8月1日)
【父親】
嵯峨天皇
【母親】
橘嘉智子
【女御】
藤原順子
藤原沢子
藤原貞子
【子女】
文徳天皇
光孝天皇
ほか(后妃・皇子女節参照)

仁明天皇(にんみょうてんのう、810年弘仁元年〉- 850年5月6日嘉祥3年3月21日〉)は、日本の第54代天皇(在位:833年3月22日天長10年2月28日〉- 850年5月4日〈嘉祥3年3月19日〉)。正良(まさら)。

嵯峨天皇の第二皇子。母は橘清友の娘、皇后橘嘉智子(檀林皇后)。正子内親王は同父母の妹でありかつ同年の生まれのため、双子の妹と推測される。

目次

  • 1 略歴
  • 2 系譜
    • 2.1 系図
  • 3 后妃・皇子女
  • 4 和風諡号・異名
  • 5 在位中の元号
  • 6 陵・霊廟
  • 7 脚注

略歴

天長10年(833年)2月28日、叔父に当たる淳和天皇の譲りを受けて即位。当初、淳和天皇の皇子恒貞親王皇太子に立てたが、承和9年(842年)の承和の変により、恒貞は廃せられ、代わりに仁明天皇の第一皇子道康親王(文徳天皇)が立太子した。これには自らの息子に皇位を継がせたい帝の意思と、それを利用して甥である道康を立太子させたい藤原良房の陰謀があったと言われている。

承和10年(843年)、文室宮田麻呂が謀反を企てているとの告発を受け、宮田麻呂一族を流罪に処した。この件の遠因は諸説あるが、承和の変の影響であるとも、良房ら藤原北家が貿易利権を独占したいとの思惑の中、同じく貿易に関与している宮田麻呂を排除した、などの説がある。

承和12年(845年)、自身の更衣であり子(貞登、当時は源登)をも成した三国町と、女御藤原貞子の弟で自身の幼少期からの側近の藤原有貞密通を疑い、地方官に左遷する。

嘉祥3年(850年)3月19日に病により、文徳天皇に譲位。太上天皇位に就くことなく、2日後の同年3月21日崩御。宝算41。

天皇は幼少時から病弱であったとされ、『続日本後紀』には7歳の頃からの様々な病歴が記載され、即位後もしばしば(丹薬・石薬)の調薬をして医師並みの知識を有していたとされる。また、『三代実録』の藤原良相の薨去の記事では、天皇は良相ら側近に自分が作成した薬の試飲を命じたとする記事が載せられている。『続日本後紀』嘉祥3年2月22日条には天皇が朝廷の会議に御簾を隔てて参加していたとする記事があり、既に重病であった自分の姿を見せないように御簾で隠して議論を聞いていたことが伺える(天皇はその1か月後に崩じている)。

江戸時代儒学者頼山陽は、天皇が恒貞親王が度々皇太子を辞退した際には受け付けず、事件にかこつけてこれを廃して自分の実子を立てたことを厳しく非難している(『日本政記』)。

系譜

仁明天皇の系譜
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 | 16. 施基親王

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 | 8. 第49代 光仁天皇 | 


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 | 17. 紀橡姫

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 | 4. 第50代 桓武天皇 | 


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 | 18. 和乙継

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 | 9. 高野新笠 | 


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 | 19. 土師真妹

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 | 2. 第52代 嵯峨天皇 | 


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 | 20. 藤原宇合

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 | 10. 藤原良継 | 


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 | 21. 石上麻呂

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 | 5. 藤原乙牟漏 | 


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 | 22. 阿倍粳蟲

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 | 11. 阿倍古美奈 | 


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 | 1. 第54代 仁明天皇 | 


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 | 24. 橘諸兄

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 | 12. 橘奈良麻呂 | 


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 | 25. 藤原多比能

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 | 6. 橘清友 | 


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 | 26. 粟田人上

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 | 13. 粟田人上女 | 


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 | 3. 橘嘉智子 | 


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 | 28. 田口益人

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 | 14. 田口家主 | 


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 | 7. 田口三千媛 | 


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系図

 | (50)桓武天皇 | 
 | (51)平城天皇 | 
 | 高岳親王 | 
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 | (在原)行平
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 | 伊予親王 | 
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 | 阿保親王 | 
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 | (在原)業平
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 | 万多親王 | 
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 | (54)仁明天皇 | 
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 | (52)嵯峨天皇 | 
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 | 有智子内親王
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 | (源)信
嵯峨源氏へ〕

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 | (源)融
嵯峨源氏へ〕

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 | (源)潔姫
(藤原良房妻)

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 | (53)淳和天皇 | 
 | 恒貞親王
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 | 葛原親王 | 
 | (平)高棟
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 | 高見王 | 
 | (平)高望桓武平氏へ〕
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 | (良岑)安世 | 
 | 遍昭 | 
 | 素性
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 | (54)仁明天皇 | 
 | (55)文徳天皇 | 
 | (56)清和天皇 | 
 | (57)陽成天皇 | 
 | (源)清蔭陽成源氏へ〕
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 | 惟喬親王 | 
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 | 貞純親王 | 
 | (源)経基清和源氏へ〕
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 | (58)光孝天皇 | 
 | (59)宇多天皇 | 
 | (60)醍醐天皇 | 
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 | 人康親王 | 
 | 藤原基経妻 | 
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 | 真寂法親王
(斉世親王)
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 | 敦実親王 | 
 | (源)雅信宇多源氏へ〕
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后妃・皇子女

和風諡号・異名

和風諡号は日本根子天璽豊聡慧尊(やまとねこあまつみしるしとよさとのみこと)。和風諡号を奉贈された最後の天皇である。御陵の在所を以って深草帝(ふかくさのみかど)という異称がある。

在位中の元号

陵・霊廟

深草陵

(みささぎ)は、宮内庁により京都府京都市伏見区深草東伊達町にある深草陵(ふかくさのみささぎ)に治定されている。宮内庁上の形式は方形。

これは文久の修復のさいに造られたもので根拠が乏しく、本来の深草陵は同区深草瓦町の善福寺周辺と考えられている。

また皇居では、皇霊殿(宮中三殿の1つ)において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。

脚注

  1. ^ 本朝皇胤紹運録』では第一皇子、『神皇正統記』・『椿葉記』では第二皇子とする。村田正志は同じ弘仁元年生まれとされている源信が、天皇よりも月日的に先に生まれたとする所伝があったと推測している(村田正志『村田正志著作集 第4巻證註椿葉記』(思文閣出版、1984年)P241)。
  2. ^ のち、無罪であるとされた。
  3. ^ 属籍を剥奪され出家。文徳天皇の治世に賄料が与えられるようになったがその後も冷遇され、天皇の薬の毒見役などをしていた。貞観8年(866年)に兄弟親王らの上奏により還俗したのちも「源」姓に復帰できず、「貞」姓を与えられた。
  4. ^ 有貞は文徳天皇治世の仁寿2年(852年)に中央に復帰。
  5. ^ 川尻秋生「陣定の成立」吉村武彦 編『日本古代の国家と王権・社会』塙書房、2014年 ISBN 978-4-8273-1268-3
  6. ^ 一説に『源氏物語』中の桐壺更衣のモデル
天皇一覧
伝承の時代

古墳時代

飛鳥時代 | 
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奈良時代 | 
  • 第43代 元明天皇(707 - 715△)
  • 第44代 元正天皇(715 - 724△)
  • 第45代 聖武天皇(724 - 749△)
  • 第46代 孝謙天皇(749 - 758△)
  • 第47代 淳仁天皇(758 - 764▼)
  • 第48代 称徳天皇(764 - 770)
  • 第49代 光仁天皇(770 - 781△)

  • 平安時代 | 
  • 第50代 桓武天皇(781 - 806)
  • 第51代 平城天皇(806 - 809△)
  • 第52代 嵯峨天皇(809 - 823△)
  • 第53代 淳和天皇(823 - 833△)
  • 第54代 仁明天皇(833 - 850△)
  • 第55代 文徳天皇(850 - 858)
  • 第56代 清和天皇(858 - 876△)
  • 第57代 陽成天皇(876 - 884△)
  • 第58代 光孝天皇(884 - 887)
  • 第59代 宇多天皇(887 - 897△)
  • 第60代 醍醐天皇(897 - 930△)
  • 第61代 朱雀天皇(930 - 946△)
  • 第62代 村上天皇(946 - 967)
  • 第63代 冷泉天皇(967 - 969△)
  • 第64代 円融天皇(969 - 984△)
  • 第65代 花山天皇(984 - 986△)
  • 第66代 一条天皇(986 - 1011△)
  • 第67代 三条天皇(1011 - 1016△)
  • 第68代 後一条天皇(1016 - 1036)
  • 第69代 後朱雀天皇(1036 - 1045△)
  • 第70代 後冷泉天皇(1045 - 1068)
  • 第71代 後三条天皇(1068 - 1072△)
  • 第72代 白河天皇(1072 - 1086△)
  • 第73代 堀河天皇(1086 - 1107)
  • 第74代 鳥羽天皇(1107 - 1123△)
  • 第75代 崇徳天皇(1123 - 1141△)
  • 第76代 近衛天皇(1141 - 1155△)
  • 第77代 後白河天皇(1155 - 1158△)
  • 第78代 二条天皇(1158 - 1165△)
  • 第79代 六条天皇(1165 - 1168△)
  • 第80代 高倉天皇(1168 - 1180△)
  • 第81代 安徳天皇(1180 - 1185)

  • 鎌倉時代 | 
  • 第82代 後鳥羽天皇(1183 - 1198△)
  • 第83代 土御門天皇(1198 - 1210△)
  • 第84代 順徳天皇(1210 - 1221△)
  • 第85代 仲恭天皇(1221▼)
  • 第86代 後堀河天皇(1221 - 1232△)
  • 第87代 四条天皇(1232 - 1242)
  • 第88代 後嵯峨天皇(1242 - 1246△)
  • 第89代 後深草天皇(1246 - 1259△)
  • 第90代 亀山天皇(1259 - 1274△)
  • 第91代 後宇多天皇(1274 - 1287△)
  • 第92代 伏見天皇(1287 - 1298△)
  • 第93代 後伏見天皇(1298 - 1301△)
  • 第94代 後二条天皇(1301 - 1308)
  • 第95代 花園天皇(1308 - 1318△)

  • 南北朝時代 | 
    南朝 | 

    北朝 | 
  • 北朝初代 光厳天皇(1331 - 1333▼)
  • 北朝第2代 光明天皇(1336 - 1348△)
  • 北朝第3代 崇光天皇(1348 - 1351▼)
  • 北朝第4代 後光厳天皇(1352 - 1371△)
  • 北朝第5代 後円融天皇(1371 - 1382△)
  • 北朝第6代→第100代 後小松天皇(1382 - 1412△)


  • 室町時代
    戦国時代 | 
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  • 第102代 後花園天皇(1428 - 1464△)
  • 第103代 後土御門天皇(1464 - 1500)
  • 第104代 後柏原天皇(1500 - 1526)
  • 第105代 後奈良天皇(1526 - 1557)
  • 第106代 正親町天皇(1557 - 1586△)

  • 江戸時代 | 
  • 第107代 後陽成天皇(1586 - 1611△)
  • 第108代 後水尾天皇(1611 - 1629△)
  • 第109代 明正天皇(1629 - 1643△)
  • 第110代 後光明天皇(1643 - 1654)
  • 第111代 後西天皇(1655 - 1663△)
  • 第112代 霊元天皇(1663 - 1687△)
  • 第113代 東山天皇(1687 - 1709△)
  • 第114代 中御門天皇(1709 - 1735△)
  • 第115代 桜町天皇(1735 - 1747△)
  • 第116代 桃園天皇(1747 - 1762)
  • 第117代 後桜町天皇(1762 - 1770△)
  • ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • 出典:wikipedia
    2019/10/19 08:29

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