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仮面ライダーとは?

仮面ライダーシリーズ
第1作 | 仮面ライダー | 1971年4月
- 1973年2月
第2作 | 仮面ライダーV3 | 1973年2月
- 1974年2月
第3作 | 仮面ライダーX | 1974年2月
- 10月
【仮面ライダー】

【ジャンル】
特撮テレビドラマ
【原作】
石森章太郎
【企画】
平山亨阿部征司
(第1 - 52話)
【脚本】
伊上勝
【監督】
竹本弘一
【出演者】
藤岡弘
佐々木剛
千葉治郎
宮口二朗
天本英世
潮健児
丹羽又三郎
小林昭二
【声の出演】
納谷悟朗
【ナレーター】
中江真司
【音楽】
菊池俊輔
【オープニング】
レッツゴー!! ライダーキック
歌:藤岡弘、メール・ハーモニー(第1 - 13話)
「レッツゴー!! ライダーキック」
歌:藤浩一、メール・ハーモニー(第14 - 88話)
「ライダーアクション」
歌:子門真人(第89 - 98話)
【エンディング】
仮面ライダーのうた
歌:藤浩一、メール・ハーモニー(第1 - 71話)
「ライダーアクション」
歌:藤浩一(第72 - 88話)
「ロンリー仮面ライダー」
歌:子門真人(第89 - 98話)
【言語】
日本語
【製作】

【プロデューサー】
平山亨・阿部征司
(第53 - 98話)
【製作】
毎日放送
東映

【放送】

【放送局】
NET系列
【音声形式】
モノラル放送
【放送国・地域】
日本
【放送期間】
1971年4月3日 -
1973年2月10日
【放送時間】
土曜 19:30 - 20:00
【放送枠】
テレビ朝日土曜7時30分枠の連続ドラマ
【放送分】
30分
【回数】
98

仮面ライダー』(かめんライダー)は、1971年(昭和46年)4月3日から1973年(昭和48年)2月10日まで、NET系列で毎週土曜19:30 - 20:00(JST)に全98話が放送された、毎日放送東映制作の特撮テレビドラマ作品、および作中で主人公が変身するヒーローの名称である。

目次

  • 1 概要
  • 2 ストーリー
  • 3 番組の沿革
    • 3.1 企画
    • 3.2 東映生田スタジオの設立
    • 3.3 藤岡弘の事故負傷とその影響
    • 3.4 一文字隼人(仮面ライダー2号)の登場
    • 3.5 本郷猛(仮面ライダー1号 / 新1号)の復帰
    • 3.6 社会現象
  • 4 制作体制
    • 4.1 配役
    • 4.2 アクション
    • 4.3 演出
    • 4.4 脚本
    • 4.5 美術・造形
  • 5 登場人物
    • 5.1 仮面ライダー
    • 5.2 仮面ライダーの協力者たち
    • 5.3 ショッカー
    • 5.4 ゲルショッカー
  • 6 仮面ライダー1号・2号
    • 6.1 専用マシン
  • 7 キャスト
    • 7.1 レギュラー・準レギュラー
    • 7.2 声の出演
    • 7.3 主なゲスト出演者
    • 7.4 スーツアクター
  • 8 スタッフ
  • 9 放送日程
    • 9.1 関連映像
  • 10 ネット局・放送時刻
    • 10.1 同時ネット局
    • 10.2 時差ネット
  • 11 音楽
    • 11.1 主題歌
      • 11.1.1 オープニングテーマ
      • 11.1.2 エンディングテーマ
    • 11.2 挿入歌
  • 12 関連商品
  • 13 他媒体展開
    • 13.1 映像ソフト化
    • 13.2 CS放送・ネット配信
    • 13.3 映画
    • 13.4 他テレビシリーズ
    • 13.5 テレビスペシャル
    • 13.6 ネットムービー
    • 13.7 漫画
      • 13.7.1 放映当時の連載
      • 13.7.2 放映終了後の連載
    • 13.8 小説
    • 13.9 ゲーム
      • 13.9.1 単独で題材としたもの
      • 13.9.2 クロスオーバー作品
      • 13.9.3 PC用ソフト
    • 13.10 オリジナルDVD
    • 13.11 舞台版
    • 13.12 その他映像作品
  • 14 他の仮面ライダーシリーズとの関連
  • 15 関連作品
  • 16 本作品に由来する事物
  • 17 関連項目
  • 18 脚注
    • 18.1 注釈
    • 18.2 クレジットに関する注釈
    • 18.3 出典
  • 19 参考文献
  • 20 外部リンク

概要

本作品の基本線は、等身大のヒーローと怪人が対決する痛快SF怪奇アクションドラマである。従来の実写ヒーロー物とは一線を画した「異形」のヒーロー像と、人間ドラマとしての側面を極力抑えた勧善懲悪劇、怪奇ドラマ的な演出、そして颯爽とオートバイを駆って「ライダーキック」などのダイナミックなアクションを繰り広げる格闘シーンや、多彩な動植物をモチーフとした特異でグロテスクな怪人の登場が特徴。

「原作漫画」は石森章太郎が担当し、少年向け雑誌『週刊ぼくらマガジン』(のちに『週刊少年マガジン』に連載誌を変更)に漫画版を連載した。

本作品の終了後にも登場人物や敵対組織、または時系列や世界観そのものを変えた多くの作品が制作されており、それぞれの番組は基本的に、主人公となる「ライダー」(=仮面ライダー)の名称をタイトルとしている。一般にこれらを仮面ライダーシリーズと呼ぶ。

なお、1979年の第6作のテレビ番組名も同じく『仮面ライダー』だが、新聞や文献などでは「(新)」を番組名に付記する方法で本作品とは区別されていた。現在では同作品の主役ライダーである「スカイライダー」を番組名に付記する方法で区別されることがある。この第6作については『仮面ライダー (スカイライダー)』を参照のこと。

ストーリー

優秀な科学者にしてオートレーサーの大学生・本郷猛は、世界征服を企てる悪の秘密結社・ショッカーに捕われてしまう。本郷の能力に着目していたショッカーは、アジトで1週間かけて彼をバッタの能力を持つ改造人間に改造した。しかし、本郷は脳改造される寸前、ショッカーに協力させられていた恩師・緑川博士に助けられてアジトから脱出する。以降、仮面ライダーとなった本郷は、ショッカーが送り出す怪人たちを次々に倒していく。

ショッカーは仮面ライダー打倒のため、フリーカメラマン・一文字隼人を仮面ライダー同様の改造人間に改造する。だが、一文字も脳改造の直前に本郷に救出され、もう1人の仮面ライダーとなる。

こうして誕生した2人の仮面ライダーは日本と海外に別れ、時には共闘しながら、オートレーサーとしての師・立花藤兵衛FBI捜査官・滝和也、自分たちに憧れる少年仮面ライダー隊などの多くの仲間たちの協力を得てショッカーと戦う。普通の人間に戻れなくなった悲しみを仮面の下に隠し、「人間の自由」を守るために。

番組の沿革

企画

本作品は土曜日の19時台後半で、朝日放送の『部長刑事』(関西地区)やTBSテレビの『お笑い頭の体操』(関東地区)に低視聴率を強いられていた毎日放送(MBS)テレビ営業局から編成局次長の廣瀬隆一を通じて発足間もない映画部に東映と組んでの子供番組制作が提案されたのが発端とされる。映画部長の庄野至は、東映の三由重夫から紹介を受け、1970年6月に1971年4月開始の新番組企画を東映テレビ部長の渡邊亮徳へと依頼した。渡邊は、系列の東映動画(現・東映アニメーション)で制作中だった『タイガーマスク』(読売テレビ)の人気に着目して人気要因を分析する一方で、東映テレビ部プロデューサーの平山亨や、石森章太郎のマネージャーで企画プランナーだった加藤昇も招集して度重なる打ち合わせの結果、『月光仮面』に代表される仮面ヒーロー物を企画するに至った。低視聴率を打破するには「周囲をみまわして、無いものをやればいい」という毎日放送の庄野プロデューサーの意見をもとに、二番煎じとなるアニメは避け、「実写」の「変身もの」として企画が練られた。

本作品の企画は、1970年9月ごろに平山が加藤の協力を得て作成した『マスクマンK』の企画書が第1案とされ、この企画書では「仮面のヒーローが日本征服を企むクロード黒原率いる組織・ショッカーと戦う」という大まかな筋書きが作られていた。しかし、その内容は『タイガーマスク』に言及し、「自分も仮面を被ればヒーローになれる」という児童の願望を指摘していること、主人公・九条剛が普通の体育教師で鍛錬によってヒーローの力を得ているなど、当時流行していたスポーツ根性ものの影響が強い内容であった。この企画書は、平山による「叩き台」的なもので、MBS側には提出されておらず、東映社内と石森プロ用のものだった。平山は本作品の前に『妖術武芸帳』で「謎の鉄仮面」という「仮面物」の設定を創案しており、その際に石森をアイディア協力者候補に挙げていたが、企画がTBSの橋本洋二に渡って実現しなかった。このため、平山にとっては「仮面物」であるこの『マスクマンK』は念願の設定だった。

次に起草された『仮面天使(マスク・エンジェル)』が、MBSに提出された最初の企画書となる。平山が『柔道一直線』の流れで市川森一上原正三を招き、平山とコンビの長い伊上勝との3人の脚本家体制で、設定などの企画打ち合わせに入った。ここで主人公の名が本郷猛に決まり、市川によって「恩師・緑川教授殺害の容疑をかけられた逃亡者」という設定になった。この時点でスポ根要素は薄められ、主人公は30万ボルトの高圧電流を浴びる事故で特異体質となり、人間以上の力を得るというSF的な設定が加味されたが、ヒーローのデザイン画などは起こされなかった。本郷役には千葉治郎が候補に挙がっていた。なお、上原の述懐によれば、MBSはウルトラマンのようなヒーローを期待していたが、石森がバッタをモチーフにしていたことから揉めて双方の意見は平行線をたどっていたため、市川と共に石森の援護を依頼された上原が石森のアイデアの素晴らしさを力説し、MBSを説き伏せたことで企画は通った。しかし、上原は控室で見せられた仮面ライダーの絵には正直、絶句したという。

1970年9月上旬ごろ、廣瀬から「オートバイに乗るスーパーヒーロー物」という注文が追加され、『十字仮面(クロスファイヤー)』の企画に到る。ここで構想されたストーリーは、本郷を父の仇と疑うヒロインや、殺人者・本郷を追う刑事などの登場人物が配され、主人公の逃亡者としての苦悩も付加された。主人公の仮面については、怒りの感情が高まると顔に感電事故による十字形の傷跡が浮かび上がるため、それを隠すために被っているという設定が加えられている。『サイボーグ009』や『佐武と市捕物控』などの数多くのヒット作を送り出してきた石森が原作者として本格的に参加するのはこの段階からで、彼の起用は石森プロマネージャーの加藤から渡邊へ熱心な売り込みがあったためだった。10月上旬に、伊上によって執筆された検討台本「怪奇蜘蛛男」と「謎の恐怖屋敷」がMBS側で検討され、予算案とともに「題名を日本語にしてほしい」との要望が出された。10月15日に石森側が『ファイヤー十字(クロス)』『十字仮面』『クロス火面』などの題名案を提出している。

10月以降になり、東映側は平山の補佐として阿部征司がプロデューサーに参加する。石森が参加した後、MBS側は「雑誌で漫画連載をしてほしい」と放送開始の条件を出した。漫画連載の実現には難航したが、平山と阿部、石森プロマネージャーの3人が『週刊少年マガジン』(講談社)の編集長だった内田勝に掛け合い、年末に了承を得た。

11月上旬には主人公ヒーローである「クロスファイヤー」のデザイン画も石森によって起こされ、平山やMBS映画課長の引野芳照もクロスファイヤーのデザインに「カッコいい」と絶賛し、題名も正式に『十字仮面』に決定、11月になってMBS側は『十字仮面クロスファイヤー』の企画書を起稿した。当初は本郷役に近藤正臣、ルリ子役に島田陽子を予定していた。クロスファイヤーの検討用デザインには、十字をモチーフとしたものとライオンをモチーフとしたものが存在する。

12月に入ると、企画書題名を『十字仮面 仮面ライダー』に変更。藤岡弘と森川千恵子(真樹千恵子)が本郷とルリ子役に選ばれ、藤兵衛役には高品格が予定され、放映開始は1971年4月と決定された。しかし企画がMBS側を通った矢先、同年末に市川と上原は『帰ってきたウルトラマン』をやりたいから」と願い出て急遽降板し、以後の企画や本編脚本は伊上主導で進められることとなった。市川は自らの代わりとして、同じ脚本家仲間の島田真之滝沢真理を連れてきて、以後両人ともに本作品の主筆脚本家となっている。

翌1971年1月、石森は「もっとグロテスクなリアリティのある奴にしたい」と、自身の作品の髑髏をモチーフにした仮面のヒーローである『スカルマン』(『週刊少年マガジン』1970年1月11日号に掲載)をこの企画に応用した、「仮面ライダースカルマン」のキャラクターを提案。ここで主人公が敵対する怪人と同じく改造人間であるという設定がなされ、逃亡者であることや一部のキャラクターが整理され、藤兵衛は主人公の専属トレーナーとなり、よりシンプルな物語となった。しかし、渡邊はこのキャラクターを「以前に描かれた作品じゃないか。大勝負に出るんだから、新しいキャラクターじゃないと駄目だ」と却下した。MBSテレビ営業局副部長の箱崎賞からも「モチーフが髑髏では営業上の支障がある」と注文が出され、企画はさらなる検討を求められる。

これらの注文に対して石森は非常に落胆したが、50枚以上のデザイン画を描き、この中に加藤マネージャーの持ち込んだ昆虫図鑑のバッタをモチーフにした、強烈なインパクトのあるデザイン画があった。バッタの顔が「スカルマン」に共通する不気味さと髑髏に似た形であること、昆虫は「自然を破壊する悪と闘うヒーローにふさわしい」という思いもあった。石森は「子どもに聞いてみよう」と、この50枚以上のデザイン画を当時幼稚園児だった息子の小野寺丈に見せたところ、彼は即座にバッタをモチーフにしたデザイン画を選んだ。このデザイン画は平山によって渡邊に手渡され、「これだ、今度こそいける」と大喜びした渡邊は、即座にゴーサインを出している。

企画していた1971年当時の日本はイタイイタイ病などの公害問題に揺れており、環境庁が発足したばかりであった。藤岡弘によれば、仮面ライダーはこうした時代の空気を嗅ぎ取り、「環境破壊から地球を守る」というコンセプトで登場したのだという。それは石森の下記の言葉にも現れている

バッタは自然の象徴だ。バッタの能力を持った主人公が自然破壊に立ち向かうなんていうのはどうかな?そうだ。エネルギーは風だ。風力エネルギーが彼の原動力なんだよ。彼のベルトのバックルに風車の機構があって、そこでエネルギーを獲得するんだ

そして仮面ライダーはバッタ本来のジャンプ力と体力をそのまま武器として戦い、ライダーキックやライダー投げといった必殺技もそこから必然的に生まれてきた。また当時アメリカで流行していた『ハルク 』が怒りで変身するのを参考に、主人公が仮面をかぶって変身するのではなく、自然に変身して身体から力がみなぎってくるという平山の案が採用された。

このバッタのデザイン画をMBS東京支社に持ち込んだところ、箱崎は髑髏でなくなったことで安堵したものの、庄野は「バッタは握れば潰れるあのバッタですか?」と非力な昆虫をモチーフにすることに異議を唱えた。これに対し、平山は「バッタは小さいから強く見えないだけで、昆虫の跳躍能力などが人のサイズになれば強いものになりますよ」と説得した。翌日、MBS大阪本社の編成会議に出席した平山と加藤マネージャーは、「バッタ」とは伏せて「昆虫人間」としてセールス。加藤が「子どもでも描けるわかりやすさ」として黒板に仮面を描くなどした結果、最終的に承認が降りた。

前述の「少年マガジン」誌連載の折衝も進められていたが、MBSの社内ではまだこのヒーローのデザインを危ぶむ声が強かった。これに対し、廣瀬は「私の息子もオートバイに乗ったバッタのヒーローを面白いと言っている。ここはひとつ、子どもの感覚に賭けてみましょう」と社内を説得した結果、番組企画は推進されることになった。

「敵対組織によって改造人間にされてしまった」という設定があるため、マスクには泣いているように見えるデザインが施されている。

こうして「バッタ」をモチーフにしたヒーロー番組企画は、バイクに乗って戦うバッタのヒーロー『仮面ライダーホッパーキング』と仮題されたが、「長すぎる」とのMBS側の意向により『仮面ライダー』と短縮され、2月1日からの制作決定が下された。

元々、本作品は『ウルトラマン』のような「巨大ヒーローと怪獣が戦う作品」にしようという案もあったという。しかし、石森は等身大ヒーローにこだわり、敵キャラクターも人間形態としてタイツ主体で造形され、徹底して怪獣とは差別化する方向で、「怪人」と呼称された。ただしこれには制作費の違いもあったようで、何倍もの制作費がかけられているウルトラマンとは違い、仮面ライダーでは金のかかるセットやミニチュアを使わず、ほとんど特撮もなしで撮影され、「金はかけないけど身体は酷使する」アクションとして作成されたのである。

東映生田スタジオの設立

東映生田スタジオ」も参照

企画立案と平行して撮影拠点の準備が進められていた。当時、東映の労使関係は泥沼化していたため、春闘による番組制作への影響が懸念され、大泉撮影所以外に撮影拠点を用意する必要があったためである。平山や斎藤頼照とともに組合問題で東映京都撮影所を追われた内田有作が所長となり、急遽神奈川県川崎市多摩区(現麻生区)に設立した東映生田スタジオでの制作が決まった。

主要スタッフは、内田が制作担当を務めていた『柔道一直線』の監督・助監督・制作担当らが参加。生田スタジオをフリーランスの寄り合い所帯にはしたくないという内田の考えから制作・演出を担当する東京映像企画という会社が設立され、東映社員以外はそこへ所属する形となった。アクションも『柔道一直線』から大野剣友会が参加した。キャラクター制作と美術全般は大映特撮などを手掛けたエキスプロダクションが担当。照明班や撮影班は、経営が悪化していた大映東京撮影所のスタッフが集められ、S.Kプロ(後にプロダクション・ショットと改名)として参加した。このようにして、東映の生え抜きではない異例のスタッフ編成が行われた。6日にスタッフの顔合わせがあり、撮影に入ったのは2月7日であった。

企画段階で紆余曲折を経た本作品は、番組制作が開始されても順風満帆とはいかなかった。元々貸しスタジオである東映生田スタジオには満足な撮影設備もなく、撮影用の平台が1つあるのみで、プレハブ造りのバラックの建物は雨が降ると反響音によってアフレコもできない状況だったという。

藤岡弘の事故負傷とその影響

こうして放送が開始された第1話の視聴率キー局・NETの放送エリアである関東地区において8.1%と厳しいものであったが、MBSの放送エリアである関西地区では20.8%と関東地区に比べて高視聴率をマークしており、MBSの庄野部長は「関東もいずれ上がって20%を超えますよ。今バタバタして番組をいじるのは止めましょう」と平山に伝えた。

本作品は放送開始前、のちに多大な影響を与えることになったアクシデントが発生していた。第9話・第10話の撮影中に藤岡がオートバイで転倒して全治3 - 6か月の重傷を負い、撮影に参加できなくなったのである。このため、未完成分については、本郷の登場シーンなどを前話までの映像から流用した藤岡の姿に声優納谷六朗によるアフレコを挿入する、仮面ライダーの登場シーンを増やす、ヒロイン・緑川ルリ子や新キャラクター・滝和也の活躍を繋ぎ合わせるなどの措置で完成させ、急場を凌いだ。

この間、方向性の再検討と新たな主役について討議された。本郷役の交替案や内容の一新など、様々な展開が検討されている。関連書籍に再録された当時の議事録によれば、MBSの局長や脚本家の「仮面ライダー1号は殺してしまってもよいのではないか」「外遊よりも殺してしまったほうが書きやすいのだが」といった意見に対し、平山亨は「子供たちのオールマイティーの夢を潰すことになり、主人公を殺してしまうのはよくない」と強硬に反対した。同時期に『宇宙猿人ゴリ』や『帰ってきたウルトラマン』などの巨大ヒーロー番組が多かったせいか、「仮面ライダーを巨大化させよう」という案も出た。

一文字隼人(仮面ライダー2号)の登場

上記の事態を受けての討議の結果、「本郷は海外のショッカー支部との戦いに赴き、そのあとを継ぐ新しい仮面ライダーが登場する」という形での新展開が決定した。

急遽新たに登場する仮面ライダー2号=一文字隼人役には、『柔道一直線』に出演しスタッフらと旧知であった佐々木剛が選ばれた。佐々木は出演依頼を受けた当初、劇団NLTで同期だった藤岡の役を奪うことになると難色を示していたが、「藤岡が復帰するまでの代役」という条件で引き受けた。

また、この主役交代を機にそれまでの番組上の問題点を修正し、刷新することになった。

変身ポーズ

脚を開いて両腕を大きく動かしながら「変身!!」と掛け声を叫ぶ変身ポーズは、1号編の頃から監督の山田稔より抽象的な変身描写に変わるダイナミックなものとして要望されていたものだが、当時の佐々木が自動二輪の免許を持っていなかったことから、藤岡のように「バイクで加速しながら変身」が不能となったための苦肉の策という面もあった。しかし、この変身ポーズは子供たちの間で大流行となり、「変身ブーム」と呼ばれる社会現象を巻き起こした。このような変身時のアクションは、のちの仮面ライダーシリーズや他の変身ヒーロー・ヒロインものでも重要なシーンとして受け継がれた。

そのほか、地方ロケによる舞台の拡充や大幹部の投入によるショッカー側の強化などが行われ、番組の人気も上昇していった。毎日放送が担当する関西地区でも視聴率は20%台を維持し、第3クール以降の継続はスムーズに決定した。

なお、第14話から第26話までは、「ストーリーのスケールの拡大化」と「怪人のイメージの定着化」という制作スタッフの意図から、前後編の2話で構成されるストーリーが多く見られた。

本郷猛(仮面ライダー1号 / 新1号)の復帰

7月に退院して3か月間リハビリに励んでいた藤岡が、自ら庄野に復帰を申し出てきた。これがきっかけで藤岡の復帰が決定したが、佐々木を代役に据えたことで予想以上の大人気を博していたため、第4クールでは「1号ライダー」がゲスト出演する「ダブルライダー編」がイベント的に挿入された。

藤岡の復帰を祝い、復帰作である第40話・第41話は、正月のビッグイベントとして九州の桜島えびの高原でのロケとなった。撮影は藤岡の回復を待って9月から一文字単独回が先に行われ、11月から年末にかけてダブルライダー編と劇場版の撮影が行われた。第41話は最高視聴率30.1%を獲得するなど、ダブルライダー編により第4クールは好評を博し、毎日放送と東映はこのままダブルライダーの定着を考えていたが、このオファーに対して佐々木は「藤岡君がカムバックするまでという約束で引き受けたのだから、当然、藤岡君に返すべきだ。自分がいたままでは彼が付録のようになってしまう」と頑なに固辞した結果、第5クールから再び藤岡の単独主演で番組を継続することになった。2号編最後の撮影となった第46話での草津ロケは、佐々木やスタッフに対する慰労も兼ねたものであった。

そして、藤岡の傷が完治した後の第52話で「一文字が南米のショッカー勢力を追って旅立った」という設定のもと、本郷が変身する新1号ライダーが第53話で主役に復帰した。この際に外観を一新し、「ライダー、変身!」と名乗る新しい変身ポーズが追加された。また、旧1号編の本郷が常にダブルのブレザー姿の「科学者然」としたスタイルだったのに対し、復帰した本郷は一文字のような明るさや男性的な野性味を増し、デザインジャケットの上下や革ジャンにジーンズなど、ファッションも多彩になった(その多くは藤岡の私物だった)。それに加え、事故前はバイクヘルメットの着用義務がなかったために本郷はノーヘルスタイルだったが、1972年に道路交通法が改正されて「時速40kmを越える道路」での着用が義務化されたため、復帰後にはヘルメットを常用するようになった。

変身ブームの真っ只中となった『新1号編』では、人気を維持すべくさまざまな強化策が検討された。視聴率が低下気味となる夏場には新サイクロン号の登場を皮切りに、六甲ロケ編、紀伊ロケ編での仮面ライダー2号の再登場などのイベント編が盛り込まれ、番組後半では掲載雑誌『テレビマガジン』と連動した少年仮面ライダー隊の結成、ショッカーに代わり敵対する新組織ゲルショッカーの出現、仮面ライダー3号の誕生という3つの強化策が掲げられた。このうち仮面ライダー3号は本作品内では登場せず、次作『仮面ライダーV3』へと発展していった。

競合番組の多い4月の改編期より前に新ヒーローを登場させて視聴者の支持を獲得したいという毎日放送の戦略により、改編期とは関係のない2月半ばに『V3』へ移行することとなった。

社会現象

社会現象「変身ブーム」の発生源として、マスコミの注目を浴びる番組となった。2018年現在においても、全仮面ライダーシリーズで最長の期間にわたって放送された作品でもある。

第1話の放送の関東での視聴率は8.1%だったが、関西では20.8%を記録。事故による主役俳優の交代を機に行われた種々の強化策によって、着実に視聴率を伸ばしていった。9月末ごろには平均して関東でも15%、関西では20%の視聴率を超えるようになった。全98話の平均視聴率は関東が21.2%、関西が25.9%、最高視聴率は関東が30.1%(1972年1月8日放送)、関西が35.5%(1973年2月10日放送。ビデオリサーチ調べによる)。

仮面ライダースナック」(カルビー製菓)の付録である「仮面ライダーカード」、「ドレミサイクロン」(ブリヂストン自転車)、「仮面ライダー変身ベルト」(タカトクトイスポピー / 現バンダイ・ボーイズトイ事業部)といったキャラクター商品も大ヒットし、その商品化権料は12億円に達した。それ以前のヒットキャラクターである『鉄腕アトム』、『オバケのQ太郎』、『ウルトラマン』などの商品化権料を凌駕し、当時の過去最高のキャラクターになった。カード欲しさに買った菓子本体を捨てる事象は社会問題となったが、仮面ライダースナックは後年に復刻版として再発売されている。

講談社では、本作品を特集した幼児向け雑誌『たのしい幼稚園』が販売部数を上げたことから、『仮面ライダー』を中心とした児童向けテレビ雑誌『テレビマガジン』を創刊した。その後、秋田書店の『冒険王』や黒崎出版の『テレビランド』など追随する競合誌も現れ、一大ジャンルを築いていった。

子供向け商品以外にも、JALの海外旅行ツアーやトヨタ自動車の新型車発表会など、ファミリー層向けの販売戦略にも『仮面ライダー』が起用された。

当時の東映テレビ部は、斜陽産業となった映画から流れてきたスタッフで溢れており、予算管理もルーズで赤字を出し続けていたが、本作を契機にキャラクタービジネスを確立することに成功した。

仮面ライダーは、のちの東映特撮ヒーローの基本となった。一方、平成仮面ライダーシリーズを手掛けた白倉伸一郎は「『仮面ライダー』という従来の作品のやり方だと、たとえ正義のためにおこなっても『虐め』になっていく危険性があるため悪を倒すこと(を描くこと)はできない」と評している。

制作体制

配役

企画書『十字仮面』の段階では『柔道一直線』などに出演していた近藤正臣が配役されていたが、最終的には東映制作のテレビドラマ『ゴールドアイ』に出演していた藤岡弘が起用された。

ルリ子役の真樹千恵子、藤兵衛役の小林昭二大野剣友会の起用は平山によるものである。平山によると『ウルトラマン』から『キャプテンウルトラ』へのTBSの番組引き継ぎ催事で、ムラマツキャップ役の小林と知り合い、若い俳優たちに対する配慮やその人格に惚れ込んで、今回の起用となったという。真樹は、出演したエメロンシャンプー(ライオン)のCMを平山が観て清楚なイメージに惚れ込み、起用された。ひろみ役の島田陽子は、『十字仮面』の企画書で緑川ルリ子役として名前は上がっていたが、藤岡と同じ事務所に所属していたことから、藤岡のマネージャーから「一緒に使ってくれ」と言われて起用したが、ルリ子役に真樹が決定していたこともあり、プロデューサーの阿部は、島田をルリ子の友達役として出演させた。

滝役の千葉治郎は阿部と内田で決めたという。千葉を仮面ライダー2号として出演させる案も存在したが、兄の千葉真一が難色を示し、実現には至らなかった。千葉兄弟と内田は、内田が興行部に在籍していたときから親交があり、治郎は本作品の出演に際し「内田さんのためならば」とこれを快諾したという。千葉治郎は『マスクマンK』の時点でも主演候補に挙がっていた。

そのほか、ショッカー幹部や「ライダーガールズ」の面々の起用は、すべて阿部による。このうち山本リンダは既に歌手として活動しており知名度もあったが、所属事務所を移籍するために歌の仕事を控えていたためオファーが快諾されたという。山本以降、高見エミリーミミーらハーフやクォーターの女性が必ず起用されているが、阿部は「特に意識はしておらず、キャストのバランスから自然とそうなったのかもしれない」としている。五郎役の三浦康晴は、ゲストの林寛子と併せ、阿部が懇意だった養成所からの起用。

ショッカー側の怪人の声がテアトル・エコー所属俳優に統一されていたのは、阿部が以前担当した映画『ガンマー第3号 宇宙大作戦』からの繋がりだった。所属声優の1人である沢りつおは、普通の俳優では怪人役を引き受けないため、喜劇専門のテアトル・エコーに声がかかったと述べている。声優のローテーションは、録音担当の太田克己とテアトル・エコーマネージャーの田寺尚和が協議して決定していた。

アクション

アクションは『柔道一直線』からの流れで大野剣友会が担当した。殺陣師は同作品に引き続き高橋一俊が務めたが、後半は負傷した高橋の代役を経て岡田勝が担当した。第1話は『柔道一直線』の撮影が残っていた高橋に代わり、大野剣友会主宰の大野幸太郎が殺陣をつけた。第19話・第23話の北海道ロケは高橋一俊がロケに参加できなかったため、飯塚実が殺陣を担当した。

仮面ライダーのスーツアクターは、当初は専門的なアクションを除き藤岡弘自身が務めていたが、藤岡の負傷降板後は岡田勝が主に担当した。続く2号編では岡田と中村文弥が中心となって2号を演じた。新1号編では、中屋敷鉄也が新1号を演じたが、中屋敷が『超人バロム・1』へ異動した後は大杉雄太郎が起用された。その後、大杉の移籍により終盤は再び中屋敷が1号を演じた。

バイクスタントはカースタントチームの室町レーシングが担当した。当初は同チーム代表の室町健三が仮面ライダーのスタントを務める予定であったが、オープニング映像のみ参加した後、多忙のため大橋春雄に交代した。大橋は1年目終了まで担当したが、2年目はメインスタントマンが明らかになっておらず、室町レーシングのスタッフが交替で担当していたとされる。バイクの運転に長けていたことからメイクの小山英夫が手伝うこともあった。

演出

監督・助監督は『柔道一直線』から多く参加し、撮影・照明は大映出身者が担当したが、当初は東映と大映の撮影方法の違いから衝突が多かった。東映では殺陣を移動しながら撮影したり、カット割りが多いなどの特徴があったが、大映ではカメラを固定しながらの撮影や時間をかけて長い1カットを撮影することを得意としており、大映で撮影監督を務めていた山本修右はカメラを動かす指示に憤慨したという。また東映では照明は画面に映るものすべてを照らし、暗いシーンでもスターの表情をはっきり見せるという方向性であったが、大映出身の太田耕治は大映では雰囲気優先であったことや照明を用意する予算が不足していたことなどから人物だけに照明を当てるという方法をとった。夜間シーンも太田の意向により「ツブシ」と呼ばれるブルーのフィルターを用いて昼間に撮影する手法は可能な限り用いず、夜間に撮影を行っている。こうした太田の照明は結果的に怪奇性を醸し出すことに成功するなど、従来の東映作品とは異なる雰囲気の作風となり、本作品の人気に繋がる要因になったとされる。

パイロット版である第1話と第3話は当時『キイハンター』を担当していた竹本弘一が監督を務めた。生田スタジオ所長の内田有作は、当時ヒットしていた『キイハンター』で活躍していた竹本を起用することで、毎日放送へ東映の本気度をアピールする意図もあったと述べている。

『柔道一直線』から参加した折田至は、番組開始前には内田有作とともにスタジオ探しも行っていた。折田はオープニング・エンディングの演出をほぼすべて手がけたが、これは外部の他の監督ではギャランティが別に発生するため、番組開始当初は唯一の東映社員監督であった折田が選ばれたためであった。また唯一の東映社員監督であったため、番組序盤では大映出身者らとは特に折り合わず苦労したという。

第3クールから参加した ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2020/02/19 00:05

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