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伊東勤とは?

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伊東 勤
中日ドラゴンズ コーチ

ロッテ監督時代
(2013年5月12日、QVCマリンフィールドにて)

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
熊本県熊本市
【生年月日】
(1962-08-29) 1962年8月29日(56歳)
【身長
体重】
181 cm
84 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
捕手
【プロ入り】
1981年 ドラフト1位
【初出場】
1982年4月11日
【最終出場】
2003年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


監督・コーチ歴


野球殿堂(日本)
殿堂表彰者

【選出年】
2017年
【得票率】
79.6%(333票中265票)
【選出方法】
プレーヤー表彰
この表について
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プロジェクト:野球選手 テンプレート


伊東 勤(いとう つとむ、1962年8月29日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)・監督コーチ野球解説者評論家

現役時代は捕手として歴代3位となる2327試合に出場。西武ライオンズ黄金時代の正捕手として活躍した。引退後は2004年から2007年まで西武ライオンズ監督、2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表総合コーチ、2012年斗山ベアーズヘッドコーチ、2013年から2017年まで千葉ロッテマリーンズ監督を務めた。2019年からは中日ドラゴンズ一軍ヘッドコーチを務める。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 高校時代
    • 1.2 現役時代
    • 1.3 西武監督時代
    • 1.4 解説者時代
    • 1.5 韓国球界コーチ時代
    • 1.6 ロッテ監督時代
    • 1.7 解説者復帰
    • 1.8 中日コーチ時代
  • 2 人物
  • 3 監督として
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別打撃成績
    • 4.2 年度別守備成績
    • 4.3 年度別監督成績
    • 4.4 表彰
    • 4.5 記録
    • 4.6 背番号
  • 5 関連情報
    • 5.1 出演
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

経歴

高校時代

熊本工業高校定時制課程に在籍。当初は外野手だったが、伊東と同学年で他校のライバルである藤村寿成(九州学院)の足を封じるために捕手に転向した。この藤村寿成の次男である藤村大介は熊本工の後輩にあたる。

1980年全国高等学校野球選手権熊本大会決勝で秋山幸二をエースに擁した八代高校を破り、第62回全国高等学校野球選手権大会に出場。当時西武の監督を務めていた根本陸夫からその才能を見出され、1981年に熊本工(定時制なので、もう1年の履修が必要)から埼玉県埼玉県立所沢高等学校(定時制)へ転校、同時に西武球団職員として採用された。昼間は職員としての社務の傍ら練習生として活動し、夜は高校通学という生活を送った。これは根本が他球団に伊東を奪われまいとするための「囲い込み」であったと伝えられる。

現役時代

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年9月)

1982年、ドラフト1位で正式に西武に入団。監督の広岡達朗とバッテリーコーチの森昌彦の厳しい教育を受けて1年目の1982年は33試合、2年目の1983年には56試合出場と経験を積み、1984年4月11日の日本ハム戦で当時正捕手だった黒田正宏大宮龍男の折れたバットを左側頭部に受けて病院に運ばれ、すぐ電話があり「上がってこられないか」と言われ、12日に2軍で一番球が速い新人の渡辺久信の球を受けてゴーサインが出て、1軍に合流した。ぶっつけ本番で14日の阪急戦からスタメンに入り、同年は113試合出場のうち108試合が先発、初のオールスター出場し、同年より正捕手となる。

伊東は20年近くに渡り西武の正捕手の座に君臨し、他球団で正捕手を務めた大宮龍男、中尾孝義植田幸弘中嶋聡らやアマチュア野球で活躍した仲田秀司垣内哲也高木大成和田一浩貝塚政秀らに競り勝った。

伊東は打撃に関しては低打率のシーズンが多いながらも勝負強いバッティングをみせる打者であり、通算1738安打、156本塁打を記録している。通算犠打305はパ・リーグ歴代1位、また捕手にしては珍しく俊足で、捕手としての日本記録である通算134盗塁をマークしている(1984年に記録した年間20盗塁はパ・リーグの捕手としては最多記録である)。1994年の対近鉄との開幕戦で、当時プロ野球を代表するストッパーだった赤堀元之から、3点ビハインドからの劇的な逆転サヨナラ満塁本塁打で1000本安打を達成した。この試合をテレビ朝日中継していたが、ちょうど伊東がこの一打を放った瞬間に放送時間終了で打ち切られてしまい、視聴者からは抗議の電話が殺到したという。

2000年オフ、コーチ兼任を要請させたが「中途半端は嫌。まだ現役一本でやりたかった。」為断った。

2001年オフ、伊東はフロントより監督要請を受けるも固辞したら「じゃあプレーイングマネジャーでどうだ」と言われたがこれも辞退し作戦・守備走塁コーチの伊原春樹が監督に昇格。球団から「選手としてはもう評価していない」というようなことを言われ、こちらからコーチ兼任で申し出た。2002年から2年間は総合コーチ兼捕手として現役を続行、2003年限りで現役を引退した。

伊東は実働22年のうち14度のリーグ優勝、8度の日本一を経験しており、選手として日本シリーズではセ・リーグ全6球団と対戦した(現時点ではまだ伊東しかいない)。そのうち、阪神(1985年)と横浜(1998年)を除く4球団から日本一を勝ち取っている。

また捕手としての通算出場試合数2327は歴代3位の記録であり、ベストナイン受賞は10回、ゴールデングラブ賞受賞は11回。1996年9月7日から1998年5月27日にかけては、捕手としてプロ野球記録となる1263守備機会連続無失策を記録している。

西武監督時代

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2004年より西武の監督に就任。オーナーの堤義明(当時)から監督を10年やってほしいと言われる。伊東本人の引退、松井稼頭央のメジャー移籍、アレックス・カブレラの死球による長期離脱などで苦戦が予想されたが、伊東の穴を細川亨が、松井の穴を中島裕之が、カブレラの穴をロッテから移籍したホセ・フェルナンデスが埋めたことにより、チームはレギュラーシーズン2位からプレーオフ日本シリーズを勝ち進み、2年ぶりのリーグ優勝、12年ぶりの日本一を達成。現役引退後即監督となったのは6人(藤田宗一稲尾和久長嶋茂雄広瀬叔功有藤道世高橋由伸)いるが、2004年当時まではいずれも成績は5位(藤田、有藤)か最下位(稲尾、長嶋、広瀬)しかなく、このジンクスを破っての快挙だった(高橋は2位)。この年の中日との日本シリーズは「レオ流」対落合の「オレ流」決戦と言われた。

2006年7月19日、伊東はソフトバンク戦(ヤフードーム)でクロスプレーの判定を巡り審判に暴力を振るったとして、選手時代・監督時代通じて初の退場処分を受けた。同年は日本ハムと1ゲーム差の2位となったが、プレーオフでは3位ソフトバンクの前に1勝2敗と敗れた。

2007年は怪我人が相次ぎ、交流戦で10連敗を喫するなど低迷、チームは26年ぶりのBクラスに陥落し結局5位でシーズンを終えた。伊東はこのため、成績不振の責任を取り監督を辞任した。伊東曰く実際は「解任」だったとのことで、西武の監督として最後の試合となった同年10月5日のソフトバンク戦では(敵地での試合ということもあるが)球団から花束一つ用意されていなかったため、結局自分で花束を買い、ソフトバンクの王貞治監督(当時)に頼み込んで花束を渡されるセレモニーを自作自演したという。

解説者時代

2007年オフ、2007年の日本シリーズNHK衛星第1テレビジョンのゲスト解説として解説者デビューした。2008年からはNHKなどでプロ野球・メジャーリーグの野球解説者。また同年から4年間週刊ベースボールで公式戦中に「プロフェッショナル配球考」を連載していた。2009年からはサンケイスポーツの評論家も務める。2008年11月15日2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表総合コーチに就任した。2010年から2年間「ジョージア魂」賞の選考委員を務めた。

韓国球界コーチ時代

2011年、春季キャンプで韓国プロ野球LGツインズの臨時コーチを務め、翌2012年、斗山ベアーズヘッドコーチに就任した。5月22日よりヘッドコーチと一軍打撃コーチの兼任となったが、6月に打撃コーチの職は解かれた。同年10月中旬、シーズン終了をもって退任した。なお、2012年1月から10月までの約9か月間に及ぶ伊東の斗山での指導者生活は2012年12月2日、NHK衛星放送にて「伊東勤 韓国プロ野球に挑む」というタイトルのスポーツドキュメンタリー番組として放送された。

ロッテ監督時代

2012年10月17日、伊東の千葉ロッテマリーンズ新監督就任が基本合意に達した。伊東は10月18日午前に就任記者会見を行い、「日本一を勝ち取れるチームを作る。派手さは不要、守り勝つ野球をやりたい」と意気込みを語った。背番号は西武監督、斗山コーチ在任時と同じ832014年7月26日の対西武13回戦の試合で、西武が攻撃中の六回一死三塁で打者・秋山翔吾が1-2からの4球目を空振りしたように見えたが球審の原信一朗の判定はファウルとなり、伊東はこの判定に猛抗議し球審の原へ暴言を吐いたとして、自身通算2度目の退場処分を受けた。なお、伊東の監督代行は打撃コーチの立花義家が務めた。

2017年1月16日、伊東はプレーヤー部門表彰に於いて野球殿堂入りを果たした。

2017年8月13日、ZOZOマリンスタジアムでの埼玉西武ライオンズ戦前に伊東が今季限りで監督を辞任すると表明した。理由は「これだけ成績が思わしくなかったので」と話した。また監督代行は立てず、シーズン終了までは伊東が指揮した。同年は自身にとって選手、監督通して31年目にして初の最下位に終わった。

解説者復帰

監督退任後の2017年10月30日侍ジャパン強化委員会、編成担当の強化副本部長に就任。

2018年にはNHKの野球解説者に復帰し、同時にスポーツニッポンの野球評論家に就任。

中日コーチ時代

2018年10月29日、監督の与田剛に招聘され、2019年シーズンより中日ドラゴンズ一軍ヘッドコーチに就任。

人物

既婚で妻との間には1993年2月生まれの男児と女児の双子がいることを公表している。西武の監督時代には、文化放送ライオンズナイターのジングルに双子ともに声の出演をしていた。なお、2月はキャンプ中であるが故に子供の誕生日を家族で祝うことができなかったという。

伊東は大の競輪好きで、監督として日本一を果たした2004年には中野浩一のラジオ番組「中野浩一のフリートーク」にもゲスト出演しており、ライオンズの選手にも競輪好きの輪が広がっているというエピソードを話した。KEIRINグランプリは毎年欠かさず現地観戦しているという。西武監督を辞任して野球評論家として活動していた時には関東地区をはじめとする各地の競輪場でトークショーや予想会、テレビ中継のゲストとして招かれたり、競輪関係のイベントにゲストとして参加することも多かった。

そうしたこともあり、野球評論家時代には経済産業省主管の産業構造審議会車両競技分科会委員を委嘱されて車両競技(競輪及びオートレース)活性化小委員会委員を務めていたこともあった。

また、酒は一滴も飲まない。

監督として

西武監督時代(2004年 - 2007年)

西武の監督時代には多くの若手選手を積極的に起用した。投手では、涌井秀章帆足和幸など。野手では、中島裕之中村剛也栗山巧片岡易之など。采配面では、不動の4番アレックス・カブレラを中心としたバランスの取れた打線を組んだ。上位打線が足で攻め、中島、カブレラ、和田一浩のクリーンナップが返す野球を展開した。また、下位打線は日替わりで起用することが多かった(例えば、江藤智ジェフリー・リーファー中村剛也など)。

ロッテ監督時代(2013年 - 2017年)

ロッテ監督時代は、西武監督時代とは異なり和製大砲が不在で俊足選手が多いため俊足選手を起用することが多かった。一方で采配面は、バントなど小技や機動力で1点をもぎ取る野球を目指していた。守り勝つ野球がモットーであったという。フロントには大砲補強を訴えていたが、補強はあまり進展しなかった。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

1982 | 西武 | 33 | 36 | 33 | 3 | 8 | 3 | 0 | 0 | 11 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 3 | 0 | .242 | .306 | .333 | .639
1983 | 56 | 137 | 108 | 22 | 21 | 3 | 0 | 0 | 24 | 6 | 3 | 2 | 6 | 1 | 17 | 0 | 5 | 19 | 3 | .194 | .328 | .222 | .550
1984 | 113 | 408 | 345 | 44 | 98 | 15 | 1 | 10 | 145 | 44 | 20 | 16 | 12 | 2 | 38 | 0 | 11 | 46 | 4 | .284 | .371 | .420 | .791
1985 | 124 | 481 | 411 | 57 | 106 | 19 | 5 | 12 | 174 | 62 | 13 | 11 | 9 | 6 | 50 | 4 | 5 | 43 | 11 | .258 | .341 | .423 | .764
1986 | 129 | 485 | 418 | 59 | 98 | 20 | 3 | 11 | 157 | 40 | 18 | 11 | 24 | 2 | 39 | 1 | 2 | 70 | 11 | .234 | .302 | .376 | .678
1987 | 124 | 465 | 405 | 42 | 100 | 14 | 1 | 10 | 146 | 51 | 7 | 3 | 15 | 5 | 34 | 2 | 6 | 77 | 7 | .247 | .311 | .360 | .671
1988 | 129 | 506 | 429 | 51 | 108 | 16 | 5 | 11 | 167 | 56 | 2 | 4 | 24 | 2 | 50 | 5 | 1 | 68 | 11 | .252 | .330 | .389 | .719
1989 | 117 | 437 | 374 | 37 | 88 | 14 | 1 | 9 | 131 | 35 | 3 | 2 | 14 | 2 | 45 | 0 | 2 | 56 | 9 | .235 | .319 | .350 | .669
1990 | 119 | 421 | 366 | 47 | 103 | 20 | 3 | 11 | 162 | 43 | 4 | 2 | 16 | 4 | 30 | 3 | 5 | 56 | 2 | .281 | .341 | .443 | .784
1991 | 124 | 461 | 392 | 51 | 83 | 17 | 0 | 8 | 124 | 44 | 3 | 1 | 27 | 2 | 36 | 1 | 4 | 59 | 5 | .212 | .283 | .316 | .599
1992 | 124 | 443 | 365 | 52 | 96 | 14 | 3 | 4 | 128 | 49 | 10 | 2 | 23 | 4 | 45 | 3 | 6 | 59 | 3 | .263 | .350 | .351 | .701
1993 | 128 | 472 | 401 | 36 | 90 | 15 | 1 | 7 | 128 | 39 | 6 | 4 | 19 | 4 | 46 | 0 | 2 | 63 | 9 | .224 | .305 | .319 | .624
1994 | 113 | 403 | 338 | 44 | 86 | 12 | 3 | 8 | 128 | 53 | 17 | 5 | 22 | 3 | 38 | 1 | 2 | 48 | 7 | .254 | .331 | .379 | .710
1995 | 125 | 429 | 386 | 40 | 95 | 21 | 0 | 6 | 134 | 43 | 9 | 4 | 9 | 2 | 27 | 0 | 5 | 59 | 8 | .246 | .302 | .347 | .649
1996 | 92 | 289 | 248 | 24 | 64 | 10 | 0 | 6 | 92 | 26 | 2 | 2 | 11 | 5 | 23 | 1 | 2 | 25 | 6 | .258 | .320 | .371 | .691
1997 | 129 | 494 | 436 | 50 | 122 | 19 | 1 | 13 | 182 | 56 | 5 | 3 | 21 | 2 | 29 | 3 | 6 | 48 | 11 | .280 | .332 | .417 | .749
1998 | 114 | 370 | 325 | 34 | 79 | 11 | 2 | 8 | 118 | 38 | 4 | 1 | 9 | 2 | 31 | 0 | 3 | 42 | 10 | .243 | .313 | .363 | .676
1999 | 95 | 296 | 258 | 27 | 74 | 10 | 1 | 3 | 95 | 24 | 1 | 2 | 9 | 4 | 20 | 0 | 5 | 35 | 6 | .287 | .345 | .368 | .713
2000 | 94 | 277 | 245 | 21 | 52 | 9 | 0 | 5 | 76 | 19 | 3 | 2 | 7 | 1 | 22 | 0 | 2 | 48 | 3 | .212 | .281 | .310 | .591
2001 | 106 | 293 | 236 | 15 | 48 | 5 | 1 | 2 | 61 | 20 | 1 | 1 | 16 | 3 | 35 | 0 | 3 | 41 | 9 | .203 | .310 | .258 | .568
2002 | 118 | 383 | 341 | 29 | 87 | 12 | 1 | 8 | 125 | 50 | 3 | 2 | 9 | 4 | 24 | 0 | 5 | 48 | 9 | .255 | .310 | .367 | .677
2003 | 73 | 205 | 190 | 13 | 32 | 7 | 0 | 3 | 48 | 12 | 0 | 1 | 3 | 0 | 11 | 0 | 1 | 31 | 2 | .168 | .218 | .253 | .471
通算:22年 2379 | 8191 | 7050 | 798 | 1738 | 286 | 32 | 156 | 2556 | 811 | 134 | 81 | 305 | 60 | 691 | 24 | 85 | 1044 | 146 | .247 | .319 | .363 | .682

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
捕手
【試

合】


















【企

数】
【許

塁】






1982 | 西武 | 17 | - | 6 | 6 | 0 | .000
1983 | 53 | - | 34 | 22 | 12 | .353
1984 | 113 | - | 122 | 79 | 43 | .352
1985 | 124 | - | 97 | 59 | 38 | .392
1986 | 129 | - | 87 | 57 | 30 | .345
1987 | 123 | - | 77 | 62 | 15 | .195
1988 | 129 | - | 84 | 60 | 24 | .286
1989 | 115 | - | 114 | 80 | 34 | .298
1990 | 119 | - | 84 | 58 | 26 | .310
1991 | 124 | - | 86 | 54 | 32 | .372
1992 | 123 | 855 | 49 | 6 | 9 | 2 | .993 | 70 | 48 | 22 | .314
1993 | 126 | 934 | 54 | 6 | 15 | 1 | .994 | 85 | 54 | 31 | .365
1994 | 111 | 750 | 45 | 5 | 12 | 3 | .994 | 65 | 37 | 28 | .431
1995 | 123 | 814 | 56 | 5 | 6 | 2 | .994 | 83 | 50 | 33 | .398
1996 | 85 | 568 | 48 | 3 | 7 | 2 | .995 | 54 | 38 | 16 | .296
1997 | 129 | 874 | 69 | 0 | 15 | 2 | 1.000 | 98 | 69 | 29 | .296
1998 | 110 | 704 | 61 | 6 | 16 | 1 | .992 | 85 | 57 | 28 | .329
1999 | 92 | 593 | 42 | 4 | 6 | 2 | .994 | 63 | 45 | 18 | ,286
2000 | 88 | 522 | 36 | 3 | 7 | 4 | .995 | 64 | 46 | 18 | .281
2001 | 104 | 594 | 44 | 2 | 7 | 3 | .997 | 56 | 41 | 15 | .268
2002 | 117 | 847 | 48 | 1 | 3 | 5 | .999 | 65 | 49 | 16 | .246
2003 | 73 | 437 | 23 | 0 | 6 | 3 | 1.000 | 40 | 31 | 9 | .225
通算:22年 2244 | - | 1673 | 1102 | 571 | .341

年度別監督成績

レギュラーシーズン
年度
球団
【順位
(リーグ戦順位)】
試合
勝利
敗戦
引分
勝率
【チーム本塁打】
【チーム打率】
【チーム防御率】
年齢
2004年 | 西武 | 1位(2位) | 133 | 74 | 58 | 1 | .561 | 183 | .276 | 4.28 | 42歳
2005年 | 3位(3位) | 136 | 67 | 69 | 0 | .493 | 131 | .275 | 4.27 | 43歳
2006年 | 2位(2位) | 136 | 80 | 54 | 2 | .597 | 162 | .269 | 3.64 | 44歳
2007年 | 5位 | 144 | 66 | 76 | 2 | .465 | 126 | .264 | 3.82 | 45歳
2013年 | ロッテ | 3位 | 144 | 74 | 68 | 2 | .521 | 91 | .262 | 3.77 | 51歳
2014年 | 4位 | 144 | 66 | 76 | 2 | .465 | 96 | .251 | 4.14 | 52歳
2015年 | 3位 | 143 | 73 | 69 | 1 | .514 | 85 | .257 | 3.70 | 53歳
2016年 | 3位 | 143 | 72 | 68 | 3 | .514 | 80 | .256 | 3.66 | 54歳
2017年 | 6位 | 143 | 54 | 87 | 2 | .383 | 95 | .233 | 4.22 | 55歳
通算:9年 1266 | 626 | 625 | 15 | .500 | Aクラス6回、Bクラス3回
ポストシーズン
年度
【大会名】
【チーム】
【対戦相手】
勝敗
2004年 | パ・リーグプレーオフ第1ステージ | 西武 | 北海道日本ハムファイターズ | 2勝1敗
パ・リーグプレーオフ第2ステージ | 福岡ダイエーホークス | 3勝2敗
日本シリーズ | 中日ドラゴンズ | 4勝3敗
2005年 | パ・リーグプレーオフ第1ステージ | 千葉ロッテマリーンズ | 0勝2敗
2006年 | パ・リーグプレーオフ第1ステージ | 福岡ソフトバンクホークス | 1勝2敗
2013年 | クライマックスシリーズ・ファーストステージ | ロッテ | 埼玉西武ライオンズ | 2勝1敗
クライマックスシリーズ・ファイナルステージ | 東北楽天ゴールデンイーグルス | 1勝4敗 ※1
2015年 | クライマックスシリーズ・ファーストステージ | 北海道日本ハムファイターズ | 2勝1敗
クライマックスシリーズ・ファイナルステージ | 福岡ソフトバンクホークス | 0勝4敗 ※1
2016年 | クライマックスシリーズ・ファーストステージ | 福岡ソフトバンクホークス | 0勝2敗

※1 対戦相手にアドバンテージ1勝含む

表彰

記録

初記録
出典:wikipedia
2018/11/17 11:24

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