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佐藤ゆかりとは?

日本政治家
佐藤 ゆかり
さとう ゆかり

環境副大臣時

【生年月日】
(1961-08-19) 1961年8月19日(58歳)
【出生地】
東京都世田谷区
【出身校】
コロンビア大学政治学部
コロンビア大学国際公共政策大学院修士課程
ニューヨーク大学大学院博士課程
【前職】
経済学者・外資系証券会社経済調査部長(チーフエコノミスト)
【現職】
環境副大臣
衆議院議員
【所属政党】
自由民主党(大島派→無派閥→二階派)
【称号】
Ph.D.
【公式サイト】
佐藤ゆかり 公式サイト 大阪11区(枚方市・交野市)支部長 自由民主党 衆議院議員
衆議院議員

【選挙区】
(比例東海ブロック→)
(大阪11区→)
比例近畿ブロック
【当選回数】
3回
【在任期間】
2005年9月 - 2009年7月
2014年12月14日 - 現職
参議院議員

【選挙区】
比例区
【当選回数】
1回
【在任期間】
2010年7月 - 2014年11月21日

佐藤 ゆかり(さとう ゆかり、1961年8月19日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、環境副大臣

参議院議員(1期)、経済産業大臣政務官、自民党副幹事長、内閣府副大臣総務副大臣などを歴任。

来歴

政治活動

第44回衆議院選挙で当選

2005年8月24日、佐藤が細江茂光岐阜市長のもとに立候補の挨拶に訪れた際、市長から握手を拒否される。この模様は全国放送され、市長に苦情が殺到した。

2005年11月6日、早稲田大学での野党の討論会で「(子供を産む女性も)自助努力で頑張っていくことが大事」とあたかも佐藤の発言のように誤って報道されたことがきっかけで、子育てや女性の立場を理解しているのかとネットに掲載された。

2005年11月7日、正式な役職ではないが、自民党幹事長補佐に任命された。

2008年2月、自民党本部(古賀誠選対委員長)は岐阜1区の公認問題を終結させるために候補者調整を行い小杉隆元文部大臣の後任として、佐藤を衆院東京5区に“国替え”させた。一部の報道に『里帰り』『5区で育った』等の表記があるが、佐藤は東京6区世田谷区代沢に生家があった。

2008年4月小池百合子猪口邦子、佐藤ゆかりで政策提言ユニット「TPL」(Tokyo Projects of/by/for Ladies)を結成。同年9月、総裁選小池百合子候補の推薦人となった。

2009年6月、総選挙を前に麻生内閣支持率が低迷したため、佐藤は『マニフェストを通じた総裁選を事前に行って改革路線を堅持する党のリーダーを決めよう』と、両院議員総会の開催を呼びかける署名活動をし、“麻生おろし”に一役買った。 佐藤は同7月に夕刊フジやラジオ番組などで「麻生降ろしではない」と弁明するも、中川秀直や武部勤ら党幹事長経験者が麻生批判を繰り返したこともあり、直後に行われた2009年東京都議会議員選挙に悪影響を与えたとする向きもあった。この選挙結果に自民党都議団は『“麻生降ろし”議員は応援しない』と強く抗議。

第45回衆議院選挙で落選

2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙には自民党公認のほか公明党の推薦を受けて東京5区から出馬したが、自民党への大逆風のため民主党手塚仁雄に敗れ、比例復活ならず落選した 『小泉さん「たまには自民党が野党になっても…」』 スポーツニッポン 2009年8月18日

第22回参議院選挙で当選

2010年7月11日に行われた第22回参議院議員通常選挙では、自民党衆議院議員が殆どいなくなった東京の支援団体関係者から佐藤に参議院への出馬依頼があり、自民党公認で衆院東京5区支部長から鞍替えして比例代表から出馬。比例区自民党2位で当選。

第47回衆議院選挙で当選

2014年11月21日、参議院議員辞職。2014年12月14日に行われた第47回衆議院議員総選挙では自民党公認で衆議院大阪11区より立候補し、小選挙区で当選した(平野と前回の総選挙で平野を破った維新の党公認の伊東信久は比例復活)。

第48回衆議院選挙で当選

2017年10月22日に行われた第48回衆議院議員総選挙に自民党公認で衆議院大阪11区で立候補したが、この選挙では日本共産党が候補者を取り下げ、平野支援に回ったことなどもあり小選挙区で平野に敗北、比例近畿ブロックで復活当選した。

エピソード

岐阜1区関連

2005年8月、郵政解散を受けた第44回総選挙で、郵政関連法案に反対した野田聖子元郵政大臣への「刺客」として岐阜1区自民党より公認される。選挙戦の序盤から候補者の一挙手一投足が過熱に報道され、また週刊誌が佐藤の過去を不倫疑惑として報道するなどネガティブ・キャンペーンが行われたこともあり、全国に注目された。尚、この週刊誌の当時の編集長は野中広務氏の甥であったとの話もあり、政治的妨害に巻き込まれたとの見解もある。自民党岐阜県連及び岐阜市の自民党市議らは野田・佐藤の二派に分裂・対立し、激しい争いを繰り広げた。

総選挙の結果、野田は選挙区で5選を果たし、佐藤も比例で復活当選した。

総選挙後、自民党執行部(武部勤幹事長)などが求めた離党勧告に従い野田ら“郵政造反組”は自民党を離党。更に野田を支持・支援した岐阜県連の幹部(県議)らも離党勧告に従い離党した。 自民党執行部が安倍体制に代わると、保守層の再結集のために2006年12月4日に野田聖子を始めとする保守系無所属議員が自民党に復党した。

2007年4月、統一地方選(岐阜県議選、岐阜市議選)が行われたが、自民党の中で佐藤派と野田派に分裂した選挙戦となった。また野田派県議へのこの県議選での公認を佐藤は「反党行為があった」として拒否し、公認を数ヶ月遅らせるなど確執が表面化した。 2007年8月10日、野田聖子事務所への放火事件が起き、同時に佐藤を中傷するビラも路上にまかれる事件が発生した。犯人は不明とされる。2007年10月8日、放火された野田の事務所が再開されたが、その前日の7日に、佐藤の後援会「キラリ岐阜ゆかり会」の設立総会が行われた

佐藤は野田の復党後も次回(第45回)総選挙でも引き続き岐阜1区支部長として公認するよう党本部に求めていたが、福田政権となって地元から選挙区調整を行うよう申し入れがあり、古賀誠自民党選対委員長らによる調整の結果2008年1月、自民党は独自の世論調査で“頭一つの差”で優勢な野田聖子を同選挙区の公認候補とする方針を決定した。また、佐藤は東京5区への転出がうわさされ始めた。これに対して佐藤の後援会役員らが街頭で岐阜残留を求める署名を行い、2万以上の署名が集まった。東京5区への転出説は以前にもあった。

協議の結果、衆院東京5区への転出が決まり、同2月8日、党本部内の記者会見で野田・佐藤両者が握手を行い、円満解決を演出した。 一方、東京5区に“国替え”した佐藤も自民党への大逆風と後援会組織の構築が間に合わなかったこと(同選挙区で議席をもっていた自民党・小杉隆の協力は求めなかった)により落選した。

自民党枚方市支部長からの訴訟

2016年3月、佐藤が「支部長が任期切れにもかかわらず支部長を名乗り続けている」「党大阪府連に懲罰及び支部長解任動議を申し立てている」など事実と異なる文書を党員などに配布し、名誉を傷つけられたとして、自民党枚方市支部支部長が佐藤に330万円の損害賠償などを求めて大阪地裁に提訴した。その後、会計処理を巡っても双方が相手側を告発する(後に不起訴処分、後述)など泥沼化していたが、第48回衆議院議員総選挙前に支部長側が訴えを取り下げた。

政治資金

政策

選択的夫婦別姓制度

2010年までは、選択的夫婦別姓案に反対しており、会社や社会活動において旧姓の使用を認める制度を明確に作ればよい、などと主張していた。2017年の朝日新聞によるアンケートにおいては、どちらかと言えば反対、としている。

経済政策維新

『経済政策維新』とは2005年の総選挙でHPに公表した経済政策中心の政策提言のこと(この『経済政策維新』は佐藤がかつて経済産業省の委員会において外資系証券会社のエコノミストとして発言した趣旨でもある)。総選挙向けの政策提言としては、「規制緩和なくして、増税なし」、「サラリーマンと企業の新たな共存方法」等が書かれ、『一般家計向けの「株式投資優遇税制」の再設計が急務』とし、株式から配当を得る家計を推奨した。こうした概念は、現在、NIISAのような個人・家計向け少額株式投資優遇税制として実現されている。

この『経済政策維新』で注目された部分は以下である。

ビジネスモデル上、企業の利益最大化の答えが固定費削減である限り、人件費は今後も抑制傾向が続く…(中略)…家計にとり、合理的選択とは、企業活動に貢献する一方で、収益を上げそうな企業の株主にもなり、収益が上った企業から非給与所得という形で株主還元を受けること

小国資本主義・日本

『小国資本主義・日本』とは佐藤の処女本『日本経済は大転換できる!』の核となる政策提言。相対的に小国化する日本に向いた国家経済モデルとして、政策的な主力を内需振興策から転換し、新興諸国向けの輸出主導型経済と、それを支えるための積極的な新興経済への対外投資(金融資産の運用効率の向上による資本ストックの維持)を両輪とした「資本化国家」の提唱である。

思想

『国会みずから改革宣言』というスローガンを掲げている。

また、佐藤は「保守の理念」として「相互扶助と自立の精神で互いに助け合い努力する、日本社会の繁栄の礎ともいえる思想。この保守理念のもと、政治は万民均等機会の提供に腐心し、そこから先一人ひとりの自由と尊厳ある営みにはできるだけ干渉せず、しかし機会に恵まれず助けを必要とする人たちには温かい支援を行う」としている。

その他

“ゆかりタワー”

JR岐阜駅前の“岐阜シティ・タワー43”のこと。2005年ごろ、佐藤が自民岐阜1区支部長だった頃に国から補助金を得て建てたとされる駅ビル。岐阜では一部に『(佐藤ゆかりが建てたから)ゆかりタワー』と宣伝されたが、実は駅ビルは佐藤が岐阜に来る前から既に着工されており、佐藤は野田聖子の時代にカットされていた国の補助金を取り戻した。

なお佐藤がPRに作らせたお土産菓子“ゆかりたんの岐阜改革物語”(鮎パイ)には当時まだ完成していない駅ビルが描かれた。

ふるさと税

ふるさと税構想とは2006年5月頃に佐藤がHPで公表した政策提言。佐藤の考えた「ふるさと税」とは“納税番号制度”を用いて納税者の地方税の一部が納税者の“ふるさと”に移譲されるというもの(佐藤は証券業界のエコノミスト出身の議員らしく納税番号制度(納税者番号制度)の導入に積極的な立場)。同年7月1日の“新生銀行リテール5周年感謝セミナー”での講演でも「ふるさと税」について発言し、その内容が7月30日付けの日本経済新聞内の銀行の広告として大きく広告された。この「ふるさと税」は、後の2006年自民党総裁選で谷垣禎一財務大臣(当時)が取り上げたり、河野太郎議員も言及した。 但し、ふるさと税構想は、佐藤の選挙区岐阜1区の野党系元候補者の過去の公約と類似点があり、『政策のパクリではないか』と日刊ゲンダイに指摘され、佐藤は『エコノミスト時代の発案』としている。また与党内でも最初の提言者が誰かの様々な主張がある。

支援団体

佐藤家は代々日蓮宗檀家だといい、衆院議員時代に日蓮宗の国会議員組織「法華一乗会」のメンバー入りした。

2010年参院選では宗門から推薦された[4]。同宗教団体の元宗務総長を後援会長、全国11教区の教区長を副会長とする体制を敷き、身延山久遠寺をバックにした大型ポスターやチラシを宗門寺院に送るなど、選挙を「宗門運動」に位置付けた。

議員以前の活動

1998年から2005年まで、外資系証券会社のエコノミストとして活動していた。2005年総選挙に立候補した時点の肩書は、外資系証券会社クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券(CSFB)におけるチーフ・エコノミスト兼経済調査部長(同社での在籍は2004年9月から1年間)。

人物

家族・親族

実家
自家
親戚

略歴

 | 
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2016年1月)

所属団体・議員連盟

著作

単著

共著

脚注

  1. ^ 佐藤 ゆかり 国会議員 議員情報 議員・役員情報 自由民主党
  2. ^ 衆議院トップページ >議員情報 >議員一覧 >佐藤 ゆかり君(平成27年3月現在)
  3. ^ 『自民が女性、公募で上回る 「本家」の民主しのぐ』 2005年9月12日 共同通信
  4. ^ 『ゆかりタンは「1票もいらない」…野田聖子が絶叫 「比例でもう通ってます」』 ZAKZAK 2005年8月30日
  5. ^ 『「非エリート」自分で道切り開いた』 2005年8月25日 スポーツ報知
  6. ^ 『記者の目:「刺客」戦術 大当たりした首相だが…』 毎日新聞 2005年9月21日
  7. ^ 『佐藤ゆかり氏&野田聖子氏“和解会見”』 2008年2月9日 スポーツニッポン
  8. ^ 東京 小選挙区 総選挙2009 読売新聞電子版 2009年8月31日
  9. ^ 『佐藤ゆかり返り討ち…萌え萌えも、逆風に耐えきれず』 2009年8月31日 ZAKZAK
  10. ^ 『チルドレンが派閥入り 猪口、片山、佐藤3氏』 2010年7月22日 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/04/06 18:25

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