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冥王星とは?

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冥王星
134340 Pluto

2015年7月13日にニュー・ホライズンズが撮影。

【分類】
準惑星
(冥王星型天体)
軌道の種類 エッジワース・
カイパーベルト

(冥王星族)
(海王星横断)
【発見】

【発見日】
1930年2月18日
【発見者】
クライド・トンボー
【発見方法】
写真乾板
軌道要素と性質
元期:2006年9月22日 (JD 2,454,000.5)
軌道長半径 (a) 39.44506973 au
近日点距離 (q) 29.57399177 au
遠日点距離 (Q) 49.31614768 au
離心率 (e) 0.250248713
公転周期 (P) 247.7406624
(90487.27693 日)
軌道傾斜角 (i) 17.08900092
近日点引数 (ω) 112.5971417 度
昇交点黄経 (Ω) 110.376958 度
平均近点角 (M) 25.24718971 度
【前回近日点通過】
1984年12月頃
【次回近日点通過】
2233年頃
【衛星の数】
5
【物理的性質】

赤道面での直径 2,370 km
表面積
1.795 ×10 km2
(地球の0.033倍)
体積
7.15 ×10 km3
(地球の0.0066倍)
質量
1.3 ×10 kg
地球との相対質量 0.0021
【地球との相対半径】
0.185
平均密度 1.852 g/cm3
表面重力 0.62 m/s2
(0.059g)
脱出速度
1.21 km/s
自転周期
-6.387230日
6日 9時間 17分 36秒
絶対等級 (H) -0.8
アルベド(反射能) 0.56
0.49 - 0.66
赤道傾斜角
119.59°
(軌道面に対して)/
112.78°
(黄道面に対して)
表面温度
【最低】
【平均】
【最高】

33 K | ~50 K | 55 K

色指数 (B-V) 0.82 (in 1988)
色指数 (U-B) 0.34 (in 1988)
色指数 (V-I) 0.83
大気の性質
大気圧
1.0パスカル
(in 2015)
窒素
90%
メタン
10%
■Template (■ノート ■解説) ■Project
太陽系外縁天体

エッジワース
・カイパー
ベルト

(海王星との
軌道共鳴) | (3:4)
冥王星族 (2:3)
(3:5)
キュビワノ族 ( - )
(1:2)
散乱円盤天体
オールトの雲
類似天体 | ケンタウルス族
海王星トロヤ群
彗星(遷移天体)
関連項目 | 準惑星(冥王星型天体)
太陽系小天体
■Portal ■Project ■Template

冥王星(めいおうせい、134340 Pluto)は、太陽系外縁天体内のサブグループ(冥王星型天体)の代表例とされる、準惑星に区分される天体である。1930年クライド・トンボーによって発見され、2006年までは太陽系第9惑星とされていた。離心率が大きな楕円形軌道を持ち、黄道面から大きく傾いている。直径は2,370kmであり、地球衛星であるの直径(3,474km)よりも小さい。冥王星の最大の衛星カロンは直径が冥王星の半分以上あり、それが理由で二重天体とみなされることもある。

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 発見
    • 1.2 海王星と天王星との関係
    • 1.3 ローウェルの影響
    • 1.4 命名
    • 1.5 惑星記号
    • 1.6 分類
  • 2 物理的特徴
    • 2.1 外観
    • 2.2 質量と大きさ
    • 2.3 大気
      • 2.3.1 公転による大気の変化
      • 2.3.2 恒星の掩蔽によって判明したこと
    • 2.4 組成
    • 2.5 軌道
      • 2.5.1 太陽からの距離
    • 2.6 冥王星と海王星との関係
      • 2.6.1 冥王星と海王星との接近
      • 2.6.2 冥王星と海王星との軌道
    • 2.7 起源
    • 2.8 彗星との比較
  • 3 衛星
  • 4 冥王星の探査
  • 5 惑星としての地位を巡る論争
    • 5.1 冥王星の論争の背景
    • 5.2 ヘイデン・プラネタリウムの展示
    • 5.3 新発見による論争の激化
    • 5.4 国際天文学連合での議論
    • 5.5 IAUの決議に対する反応
  • 6 冥王星と人類
    • 6.1 冥王星への愛着
    • 6.2 惑星としての記念
    • 6.3 作品
      • 6.3.1 冥王星を扱った楽曲
      • 6.3.2 冥王星が登場する空想物語(フィクション)
    • 6.4 分類変更による波紋
    • 6.5 冥王星に関するジョーク
    • 6.6 占星術
  • 7 画像
  • 8 出典
  • 9 参考文献
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク
    • 11.1 日本語
    • 11.2 英語

歴史

発見

トンボーはこのブリンクコンパレータを用いて、撮影した写真を比較した。

1930年、天文学者クライド・トンボーローウェル天文台で第9惑星を探すプロジェクトに取り組んでいた。トンボーは、当時最新の技術であった天体写真を用い、空の同じ区域の写真を数週間の間隔を空けて2枚撮影して、その画像の間で動いている天体を探すという方法で捜索を行った。撮影した膨大な写真を丹念に精査した結果、トンボーは1930年2月18日に、同年1月23日1月29日に撮影された写真乾板の間で動いていると思われる天体を見つけた。それだけでなく1月20日の写真も、質は悪かったが動きを確認するのには役立った。ローウェル天文台はさらに確証的な写真を得るよう努力したあと、発見の報を1930年3月13日ハーバード大学天文台へ電報で送った。後に冥王星の写真は1915年3月19日まで遡って見つかった。このような経緯から、発見日は一般に1930年2月18日とされているが、小惑星センターに登録された一覧上では発見日は同年1月23日とされている。

海王星と天王星との関係

冥王星が発見されるまでの歴史は、海王星の発見および天王星の存在と密接に結びついている。1840年代ユルバン・ルヴェリエジョン・クーチ・アダムズニュートン力学を用いて、天王星の軌道における摂動の分析から、当時未発見の惑星だった海王星の位置を正確に予測した。摂動は他の惑星から重力で引かれることで起こるということが理論化され、ヨハン・ゴットフリート・ガレが海王星を1846年9月23日に発見した。

天文学者たちは19世紀後半の海王星の観測から、天王星の軌道が海王星に乱されていたのと同じように、海王星の軌道もまた他の未発見の惑星(「惑星X」)によって乱されていると推測し始めた。1909年までに、ウィリアム・ヘンリー・ピッカリングパーシヴァル・ローウェルは、そのような惑星が存在する可能性のある天球座標をいくつか提唱した。1911年5月には、インド人の天文学者ヴェンカテシュ・ケタカルによる、未発見の惑星の位置を予測した計算がフランス天文学協会の会報で公表された。

ローウェルの影響

カンザス州で観測を行っていた時のクライド・トンボー

パーシヴァル・ローウェルは冥王星の発見に関して重大な影響があった。1905年ローウェル天文台(ローウェルが1894年に設立した)は、存在するかもしれない第9惑星を捜索する一大プロジェクトを開始した。プロジェクトはローウェルが1916年に死去するまでの11年間続けられた。ローウェルの死後、彼の遺産である天文台を巡るローウェルの妻との10年にも及ぶ法廷闘争によって、惑星Xの探索は1929年に再開されるまでの間一度も実施されなかった。1929年に当時の天文台長ヴェスト・スライファーがトンボーにこの仕事を預け、1930年の発見に至った。

皮肉にも、捜索のきっかけとなった海王星の軌道の摂動の原因となるには、冥王星はあまりにも小さすぎた。19世紀に天文学者が観測した海王星の軌道の計算との食い違いは、海王星の質量の見積もりが正確でなかったためのものだった。いったんそれが分かると、冥王星が非常に暗く、望遠鏡で円盤状に見えないことから、冥王星はローウェルの考えた惑星Xであるという考えに疑問の目が向けられた。ローウェルは1915年に惑星Xの位置を予測しており、これは当時の冥王星の実際の位置にかなり近かった。しかし、アーネスト・ウィリアム・ブラウンはほとんど即座にこれは偶然の一致だと結論付け、この見方は今日でも支持されている。従って、冥王星がピッカリング、ローウェル、ケタカルの予測した領域の近くにあったことがただの偶然に過ぎないことを考慮すると、トンボーが冥王星を発見したことはさらに驚くべきことになる。

命名

ヴェネチア・バーニー」も参照

発見された新天体を命名する権利は、ローウェル天文台と所長のスライファーにあった。名前の提案は世界中から殺到すると考えられ、トンボーは他の誰かに提案される前に早く新天体の名前を提案するようにスライファーをせきたてた。ローウェルの妻コンスタンスは、ゼウス (Zeus)、次いで「パーシヴァル」 (Percival)、さらに「コンスタンス」 (Constance) を提案したが、どれも支持は得られなかった。

Pluto プルート」という名前を最初に提案したのは、イングランドオックスフォード出身で当時11歳の少女ヴェネチア・バーニーである。天文学と同じぐらいローマ神話ギリシア神話にも興味があった彼女は、オックスフォード大学ボドレアン図書館で以前司書をしていた祖父ファルコナー・マダンとの会話の中で、ギリシア神話のハデスに対応するこの名前「Pluto」を選び、それを提案した。プルート(プルートー)とはローマ神話に登場する冥府の王である。マダンはこの提案をハーバート・ターナー教授に伝え、ターナーはこの提案をさらにアメリカにいた同僚に電報で送った。

1930年3月24日、ローウェル天文台のメンバーにより、ミネルヴァ (Minerva) 、クロノス (Cronus) 、プルート (Pluto) の3つの候補への投票が行われた。同じ名前の小惑星があることが指摘されるまではミネルヴァが最有力と思われたが、最終的にプルートが満場一致で選ばれ、正式に「Pluto」と命名された。「Pluto」の最初の二文字がパーシヴァル・ローウェル (Percival Lowell) のイニシャルであることもプルートに有利に働いた。この名前は1930年5月1日にローウェル天文台から公表された。

アジア語圏の命名事情

日本語名の「冥王星」は、外来語から翻訳した名称ではなく日本人の野尻抱影が提案した名称である。彼はこの名称を「幽王星」というもう1つの候補とともに雑誌科学画報の1930年10月号に紹介した。この名称は京都天文台ではすぐに採用されたが、東京天文台(現在の国立天文台)では英語のままの「プルートー」が用いられた(当時、東京天文台と京都天文台は異なる用語を用いていることがしばしばあった)。東京天文台が「冥王星」を採用したのは太平洋戦争中に外来語(カタカナ語)を禁止した1943年のことであった。

1933年には中国でも「冥王星」が採用され使われ始めたが、現在では、中国語では日本語と同じ「冥王星(míngwángxīng)」が用いられている。

漢字をほぼ廃止した朝鮮語では漢字で冥王星にあたる「명왕성(myeongwangseong)」を用いている。

漢字を完全に廃止したベトナム語では、ヒンドゥー教や仏教で地獄の守護神とされる閻魔にちなんで、漢字で「閻王星」にあたる「Diêm Vương Tinh」や、「閻王の星」にあたる「Sao Diêm Vương」などと呼ばれる。

インドでも閻魔(ヤマ)に因み「यम ग्रह(yam grah)」と呼ばれる。

惑星記号

冥王星の天文学におけるシンボル(惑星記号)はPとLのモノグラムであるである。これは、パーシヴァル・ローウェルのイニシャルをも表している。冥王星の惑星記号は発見当時複数提案された。当時の天文学団体が採用した結果、上記の記号が大勢を占めるに至ったが、占星術においては別のシンボル ( ) を好んで使う流派もある。このシンボルは海王星のもの ( ) に似ているが、三叉の中央の尖った部分に円がある。

分類

1930年に発見されて以来、「太陽系の9番目の惑星であり、外惑星の一つである」とされてきた。しかし、1992年に冥王星以外の外縁天体が初めて発見されて以降、冥王星と似た大きさの外縁天体が続々と発見され始めた。その中でも2003年に撮影された写真の中から2005年に発見された2003 UB313は冥王星よりわずかに大きいと考えられた。このような太陽系研究の進展により、太陽系の研究者の間などで冥王星を惑星とみなすことへの疑問の声が広まった。そして、発見から76年後の2006年8月に開かれた国際天文学連合 (IAU) 総会で、それまで明確でなかった惑星の定義を定めるとともに、「dwarf planet」(準惑星)という分類を新たに設けることが採択された。この結果、冥王星はケレス、2003 UB313(分類と同時にエリスと命名)などとともに準惑星に分類された。また、冥王星を外縁天体の「新しい下位分類のプロトタイプ」とすることも決定され、2008年6月にその分類の名称を「plutoid」とすることが確定した(日本学術会議では2007年4月9日の対外報告(第一報告)において「冥王星型天体」という日本語名称を推奨していた)。再分類された後、冥王星は小惑星の一覧に記載され、小惑星番号134340番が与えられた。

これらの結果として冥王星は、「太陽系外縁天体として最初に発見されたもの」という位置づけとなった。→#惑星としての地位を巡る論争

物理的特徴

2015年7月14日にニュー・ホライズンズが最接近し、詳細な観測を行った。一部判明した観測データは公表されたが、詳細は数多くの天文研究者および天文愛好家によって現在解析中である。

外観

冥王星の全球。

冥王星の見かけの等級は14等級以下であり、肉眼で観察することは不可能である。従って観測には望遠鏡が必要となる。冥王星を容易に見るためには、望遠鏡の口径は約30cm以上が望ましい。非常に巨大な望遠鏡で観測しても、冥王星の角直径はわずか0.15″しかないため、恒星と同じように点状に見える。冥王星の色はごくわずかに黄色がかった明るい茶色である。

衛星カロンが発見されたことにより、冥王星は最初の推定よりもずっと小さいことが明らかになり、必然的に冥王星のアルベド(光を反射する度合い)の見積もりは上方修正されることとなった。現在の推定では、冥王星のアルベドは、かなり高いアルベドを持つ金星よりもわずかに低い程度だと考えられている。

冥王星表面の地図。

冥王星の距離が非常に遠く、望遠鏡の技術にも限界があるため、現在でも地球から冥王星の表面の詳細な写真を直接的に得るのは不可能である。探査機ニュー・ホライズンズが2015年に最接近して直接撮影されるまでの間は、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した画像から、表面の明暗や模様などがわずかに分かる程度であった。

1985年から1990年にかけて、カロンによる冥王星の(掩蔽)が地球から観測できる位置関係になったため、食の進行に伴う明るさの変化をスーパーコンピュータで処理することによって、地表の明るさの精密な分布地図が得られた。例えば、冥王星上で明るい点が食されると、暗い点が食されたときよりも全体の明るさは大きく変化する。この技術を用いて、冥王星 - カロン系全体の平均の明るさとその変化を時間とともに追っていくことができた。最終的に2015年に最接近したニュー・ホライズンズから地球に送信された観測データにより詳細な地表が明らかになった。

質量と大きさ

「二重天体」としての冥王星とカロン(右下)。地球と月の組(左上)も示した。それぞれの天体間の距離は正しくないが、大きさの比率は正しく描かれている。

冥王星の直径と質量は発見後数十年間にわたって過大評価されていた。質量は地球に匹敵すると当初は考えられていたが、観測が精密になると大きく下方修正された。1978年に衛星のカロンが発見されたことにより、ケプラーの第3法則のニュートンの公式を適用して、冥王星 - カロン系の質量を確定することが可能になった。

冥王星の質量の推移
【発表年】
質量
(ME) 【発表者】
【出典】

1915 | 7 | ローウェル
(惑星Xの質量としての推移) | 
1931 | 1 | ニコルソン、Mayall | 
1948 | 0.1 | カイパー | 
1976 | 0.01 | Cruikshank、Pilcher、Morrison | 
1978 | 0.0015 | クリスティーハリントン | 
2006 | 0.00218 | Buieら | 
火星(左奥)、水星(右奥)、前列左から月、冥王星、ハウメア

冥王星は太陽系内のどの惑星よりも小さく、圧倒的に質量が少ない。冥王星の質量は地球の月の0.2倍以下であり、冥王星より質量が大きい衛星が7つもある。その7つの衛星は、ガニメデタイタンカリストイオ、月、エウロパトリトンである。

元々、冥王星は水星よりは大きく火星よりは小さいと考えられていた。冥王星のアルベドが他の惑星に比べ高い上に、カロンのアルベドを冥王星のそれに加算してしまっていたことが原因の一つである(ハッブル宇宙望遠鏡の登場以前は、地上で冥王星とカロンを分離して観測できなかった)。実際には1つではなく2つの天体であると分かると、冥王星の大きさの見積もりは一気に小さくなった。その後カロンによる冥王星の掩蔽の観測から冥王星の直径を決定することができるようになり、補償光学を用いた望遠鏡での観測により形状を決めることもできた。

冥王星は太陽系外縁天体の中では直径が最大である。2003年に発見された太陽系外縁天体のエリスは発見当時は冥王星よりも大きいとされていたがことがあったが、現在考えられている直径では冥王星よりも小さい。2015年7月14日NASA探査機ニュー・ホライズンズによる測定で、冥王星の直径を2370km、衛星カロンの直径を1208kmと発表した。

大気

ニュー・ホライズンズが冥王星を背後から撮影した画像。青く輝いているのが窒素を始めとする大気。

冥王星ははっきりとした濃い大気は持っていない。詳細は下記に述べる。

公転による大気の変化

太陽に近づくと、主に窒素メタン一酸化炭素の希薄な気体が冥王星を包み、表面にある固体の窒素や一酸化炭素の氷との間で平衡状態になる。冥王星が遠日点へと公転していき太陽から離れると、大気の大部分は凝固し、地表へと降下する。冥王星が再び太陽へ近づいていくと、冥王星の固体表面の温度が上昇し、固体窒素が昇華して気体となる。これが反温室効果をもたらす。この昇華する窒素は、人間の皮膚から蒸発すると同じように冷却効果を持つ。2006年にはサブミリ波干渉計を用いて、冥王星の表面温度が予想されていたよりも10ケルビン低いことが発見された。

恒星の掩蔽によって判明したこと

1985年恒星の掩蔽(恒星食)の観測から、冥王星は大気を持っているということが分かった。この発見は1988年に起きた別の掩蔽の詳細な観測により確認され、著しく補強された。大気を持たない天体が恒星を掩蔽すると、恒星は瞬間的に消える。冥王星の場合、恒星は徐々に暗くなっていった。暗くなっていく割合から、冥王星の大気圧は、地球のおよそ70万分の1の0.15パスカルと分かった。

2002年には、冥王星による別の恒星の掩蔽の観測と分析が、パリ天文台のブルーノ・シカルディ、マサチューセッツ工科大学 (MIT) のジム・エリオット、ウィリアムズ大学のジェイ・パサチョフが率いるチームによって行われた。冥王星が1988年よりも太陽から遠ざかっており、従って冥王星はより気温が下がり大気濃度も減少しているはずだったが、驚くべきことに大気圧は従来の2倍の0.3パスカルと推定された。21世紀初頭現在最有力な仮説は、冥王星の南極が1987年に120年ぶりに影から出たため、窒素が余分に極冠から昇華したという説である。過剰の窒素が大気から凝縮するには数十年がかかると考えられている。

MITとウィリアムズ大学のエリオットとパサチョフのチームと、レスリー・ヤング率いるサウスウエスト研究所のチームは、2006年6月12日に起きた冥王星によるさらに別の恒星の掩蔽をオーストラリアから観測した。

組成

冥王星の表面組成。赤は凍ったメタン。薄い色は凍った窒素。暗い色は水の氷の可能性。

冥王星の光度曲線、ハッブル宇宙望遠鏡の観測を元に作成された表面の地図、赤外線スペクトルの周期的な変化などから明白に分かるように、冥王星の表面は異常に不均一かつ不安定である。冥王星の表面のうちカロンに向いた側はメタンの氷が多く、反対側(トンボー地域)は窒素一酸化炭素の氷が多い。また、1999年、すばる望遠鏡は冥王星から固体のエタンに特徴的な吸収線をとらえることに成功した。

軌道

冥王星の軌道を黄道面から見た図。このように「横から見た図」では、冥王星の軌道(赤)は、海王星の軌道(青)のような普通の軌道と違って大きく傾いていることが分かる。
横から見た冥王星の公転を描いたアニメーション。

冥王星の軌道は、太陽系の惑星と比較するとかなり異常である。惑星は黄道面と呼ばれる仮想の平面にかなり近い面を公転しており、軌道の形は真円に近い。対照的に、冥王星の軌道は黄道面から大きく傾いており(17°以上)、離心率が大きい(歪んでいて真円から遠い)。軌道が傾いているため、冥王星の近日点は黄道面よりもかなり北側に(-8.0 au)ある。離心率が大きいことから、冥王星の軌道の一部は海王星よりも太陽の近くに入り込んでいる。

太陽からの距離

冥王星の軌道を天の北極方向から見た図。この「上から見た図」から、冥王星の軌道(赤)が海王星の軌道(青)と比べてかなり歪んでいて、冥王星が海王星より太陽の近くに入り込む時期があることが分かる。それぞれの軌道の半分の暗い部分は、惑星が黄道面の南側を通る部分を表している。それぞれの惑星の位置は2006年4月16日のものである。2007年4月にはそれぞれの惑星の位置はわずかに1ピクセル分ほどずれる。

近日点の近くでは、冥王星は海王星よりも太陽に近くなる。直近でこの現象が起こったのは1979年2月7日から1999年2月11日までである。数学的な計算によると、この現象は前回は1735年7月11日から1749年9月15日まで続いた。同様の計算から、そのさらに前の回は1483年4月30日から1503年7月23日までだったことが分かっており、この期間の長さはほとんど1979年から1999年までの期間の長さと等しい。冥王星が海王星の内側に入り込む期間は、微妙な変化はあるものの、約13年間と約20年間のものが交互に訪れると考えられている。

冥王星と海王星との関係

冥王星と海王星とは、隣り合わせの天体であるため、特有の関連性が見られる。詳細は下記を参照されたし。

冥王星と海王星との接近

この図では冥王星(赤)と海王星(青)の相対的な位置関係を一部の日のものを抜粋して示している。海王星と冥王星の大きさは、比較を容易にするため、距離に反比例するように描いている。最も接近したのは1896年である。

冥王星の軌道は海王星の軌道と「交差している」と言われることがよくある。しかし実際は、冥王星の軌道の交点(軌道が黄道面と交差する点)は両方とも海王星の軌道の外側にあり、距離にして6.4au(すなわち、地球と太陽の間の距離の6倍以上及び、太陽と木星間の距離以上)も離れている。その上、これらの天体は軌道共鳴状態にあるために、冥王星が2回公転する間に海王星は正確に3回公転する。このため、海王星と冥王星の軌道が最も近づいているところに海王星が達したとき、冥王星は軌道上ではるかに後ろにあり、代わって冥王星がその点に到達したときには、海王星は軌道上で50°以上も前方にあることになる。冥王星がもう1公転してこの点に到達した時には、海王星は軌道上で半周近く離れたところにある。その結果として、冥王星は軌道上のこの点では海王星の30au以内には決して近づかないことになる。

実際に海王星と冥王星が最も接近するのは、軌道上のほぼ反対側であり、冥王星が遠日点を通過して(前回の遠日点通過は1866年)から約30年後に海王星が冥王星に追いつく(海王星と冥王星の遠日点経度は似通っている)。距離が最小になったのは1896年6月のことで、18.9auまで近づいた。言い換えると、冥王星は土星に最も近づいたときよりも海王星に近づくことは決してないということである。

冥王星と海王星との軌道

冥王星の軌道は海王星の軌道と3:2の軌道共鳴状態にある。海王星が冥王星に背後から近づくと、相互の重力によって互いにわずかに引かれ始め、トロヤ点を生じるような軌道上の同じ配列の間で相互作用する結果になる。軌道が歪んでいるため、3:2の比で軌道共鳴しているということは、海王星が常に冥王星と遠く離れたところにあることになり好都合である。冥王星が軌道を半周すると、冥王星は海王星に最も近づき、一見すると海王星が冥王星を捕獲しそうに見える。しかし冥王星は太陽からの重力的加速により速度を上げ、海王星の前方に留まり、冥王星の軌道の反対側で再び出会うまで前方に引かれる。

1990年代以降、冥王星以外に太陽系外縁天体 (TNO) が多数見つかり、その一部は海王星と3:2の軌道共鳴状態にあった。このような軌道共鳴状態にあるTNOは冥王星にちなんで冥王星族と呼ばれている。

起源

1936年、冥王星はトリトンとともに海王星の衛星として形成され、衛星同士の重力相互作用により海王星の引力圏から飛び出したものだという説が発表された。トリトンの逆行軌道と冥王星の起源を同時に説明しようと試みたものだったが、下方修正された冥王星の質量に基づく後の研究では、このメカニズムで現在の冥王星やトリトンの軌道を説明することは力学的に困難なことが示され、仮説は否定された。現在では冥王星やトリトンは太陽を取り囲む原始惑星系円盤で形成され、上記の説とは逆にトリトンが海王星に捕獲されたという考えが支持されている。

彗星との比較

エッジワース・カイパーベルトは全ての短周期彗星の供給源だと考えられており、冥王星も、他のエッジワース・カイパーベルト天体(外縁天体)のように、彗星に一般的な

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/05/24 11:31

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