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前田大和とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
鹿児島県鹿屋市
【生年月日】
(1987-11-05) 1987年11月5日(30歳)
身長
体重 177 cm
69 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
内野手外野手
【プロ入り】
2005年 高校生ドラフト4巡目
【初出場】
2009年4月15日
【年俸】
1億円(2018年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


前田 大和(まえだ やまと、1987年11月5日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する鹿児島県鹿屋市出身のプロ野球選手(内野手外野手)。右投右打。

2007年以降は、名前の「大和」を登録名に用いている。阪神タイガース時代の2017年から、両打(スイッチヒッター)登録にしていたが、2018年4月に右打に戻している。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 阪神時代
    • 1.3 横浜DeNA時代
  • 2 選手としての特徴
    • 2.1 守備・走塁
    • 2.2 打撃
    • 2.3 評価
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別打撃成績
    • 4.2 年度別守備成績
    • 4.3 表彰
    • 4.4 記録
    • 4.5 背番号
    • 4.6 登録名
    • 4.7 登場曲
    • 4.8 代表歴
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

鹿屋市立鹿屋小学校で、鹿屋ソフトボールスポーツ少年団に入団。鹿屋中学校時代には、ボーイズリーグの「鹿屋ベイスターズ」に所属。樟南高校では1番遊撃手として、1年時の第85回全国高等学校野球選手権大会、3年時の第87回全国高等学校野球選手権大会に出場、3年時は8強入りに貢献した。この時試合をテレビで観戦していた阪神タイガース監督(当時)の岡田彰布にその守備力を注目され、2005年度高校生ドラフトで阪神タイガースから4巡目指名を受けて入団。

阪神時代

2006年は入団前から評判だった守備が高く評価され、高卒1年目ながら主に2番遊撃手として二軍レギュラーに抜擢され、フレッシュオールスターゲームにも出場。全88試合のうちリーグ最多の83試合に出場し、2位以下を大きく引き離しての最多犠打を記録した。また、ウエスタン・リーグ2位となる4本の三塁打を放った。2007年は2年連続でウエスタン・リーグの最多犠打を記録、再びフレッシュオールスターに出場したほか、北京プレオリンピック野球日本代表にも招集され、全5試合に出場。決勝の中国戦で勝利打点となる適時打を放った。 ただ、2008年まで、シーズン中の一軍出場はなかった。二軍では3年連続で最多犠打、遊撃手として最高守備率も記録した。

2009年4月14日に初めて一軍登録され、翌15日の対中日ドラゴンズ戦で初出場を果たした。その後も主に代走・守備固めとして起用されたが、5月31日の対北海道日本ハムファイターズ戦で延長12回二死一・二塁のチャンスで打席に立った際、フルカウントまで一球もスイングせずに三振に倒れ、翌日二軍に降格した。同年7月5日に一軍復帰し、7月22日の対東京ヤクルトスワローズ戦でプロ初安打を記録した。8月4日の対中日戦では同じくプロ初となるスタメン出場を果たした。この試合で中日の先発のチェン・ウェインから2安打を放ったが、それがその試合における阪神の出塁の全てであり、結果的に完全試合を阻止した形となった。またシーズンオフに開催されたU-26 NPB選抜 対 大学日本代表の試合では、阪神唯一の年齢制限枠代表として出場した。

2010年は60試合を超える一軍公式戦出場を果たし、初のヒーローインタビューも経験した。この年は内野手登録ながら4試合に外野手として出場。10月20日に宮崎で行われていたみやざきフェニックス・リーグに合流すると、出場機会を増やすために外野の守備練習を直訴、同リーグでの外野手出場を希望した。

2011年もシーズン開幕から一軍メンバーに選ばれたが、5月13日の二軍戦で左肩を痛め登録を抹消された。その後、8月5日に再び一軍登録され、8月7日の対ヤクルト戦で初めて一塁の守備についた。この年はおもに三塁守備固めとして、右翼以外の内外野6ポジションについた。

外野守備に就く大和(阪神時代の2012年8月12日、明治神宮球場)

2012年には、内野手登録のまま、オープン戦から主に中堅手として起用。そのまま開幕一軍入りを果たすと、打撃で得意としている左投手と対戦する試合を中心に、主に「2番・中堅」としてたびたびスタメンに起用された。後半戦以降は上本博紀と共に俊足の1・2番に定着。シーズンを通して初めて100試合以上に出場した。

2013年には、内野手登録のまま、開幕から「2番・中堅」としてレギュラーに定着。新たに加入した西岡剛との1・2番コンビで活躍する一方で、外野の守備では広い守備範囲でファインプレーをたびたび見せた。セ・パ交流戦期間中には極度の打撃不振で途中交代や打順の降格も経験したが、「9番・中堅」で出場した6月1日の対オリックス・バファローズ戦では、先発で完投した金子千尋から決勝打を含む二塁打を全打席(3打席連続)で放った。6月29日の対広島東洋カープ戦(阪神甲子園球場)では、両親や地元・鹿屋市から来場したツアー客の前で、プロ入り後初のサヨナラ安打を放った。しかし、8月20日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜)9回表の打席で、大田阿斗里から右手に死球を受け交代。その後の診断で右手中指の骨折が判明し、翌21日に出場選手登録を抹消された。しかし、チームの最終戦になった広島とのクライマックス・シリーズファーストステージ第2戦(10月13日・甲子園)では、「2番・中堅」としてスタメンで実戦に復帰した。一軍の公式戦では、出場試合数こそ前述の骨折の影響で前年より下回る104試合に終わったものの、入団後初めて規定打席に到達した(打率.273)。

2014年から外野手登録に変更。公式戦では、開幕から「2番・中堅」として、攻守にわたって活躍していた。しかし、「1番・二塁手」として起用されていた西岡剛と上本が故障で相次いで戦線を離脱したため、5月5日の対ヤクルト戦(神宮)で2シーズン振りに二塁手として出場。その後も、上本が交流戦で戦線に復帰するまで、主に二塁を守っていた。5月14日の対広島戦では、一軍通算1,172打席目に当たる第2打席で、プロ9年目にして初の本塁打を放った。しかし、7月25日の対広島戦(マツダスタジアム)試合前のシートノックで、外野から本塁への返球中に左腹斜筋の筋挫傷を発症。試合へ出場しないまま、翌26日に出場選手登録を抹消された。8月19日に一軍へ復帰。チームがシーズン2位から進出した2014年の日本シリーズでは、福岡ヤフオクドームでの中堅守備で何度も好守を披露した。シリーズの終了後には、自身初のゴールデングラブ賞を外野手部門で受賞。阪神・巨人連合チームの一員として臨んだ「日本プロ野球80周年記念試合」(11月11日・甲子園)では、日米野球2014で来日したMLBオールスターチームの投手陣から3安打を放った。

2015年には、オープン戦から極度の打撃不振に陥ったものの、「8番・中堅手」として3年連続の開幕戦スタメン出場を果たした。しかし、以降の試合に新人の江越大賀などがスタメンに起用された影響で、シーズン中盤までは主に試合の途中から代走や守備要員として出場。6月9日のソフトバンク戦(福岡ヤフオクドーム)では4年振りの三塁守備、11日の同カードでは4年振りの一塁守備を経験した。8月の長期ロード以降は、レギュラー二塁手・上本が骨盤付近の骨折や太ももの肉離れによってたびたび戦線を離脱したことから、「2番・二塁手」としてのスタメン出場で上本不在の穴を埋めた。しかし、このような起用法や長期にわたる打撃不振の影響で、公式戦全体では打席数が3年振りに規定打席を切った。また、盗塁数も4年振りの1桁(5)にとどまった。

2016年には、春季キャンプから打撃が好調だったことを背景に、外野手登録を続けながら西岡・上本との間で正二塁手争いを展開。「2番・中堅手」としてスタメンに起用された5月5日の対中日戦(ナゴヤドーム)で、一軍公式戦通算2本目の本塁打を放った。正遊撃手・鳥谷敬の一軍公式戦連続フルイニング出場記録が667試合で途切れた7月24日の対広島戦(マツダスタジアム)では、鳥谷に代わって、遊撃手としてスタメンに起用。一塁公式戦全体では、二塁打数(16本)が前年(5本)の3倍以上に達した一方で、95試合で二塁、27試合で外野、2試合で遊撃の守備に就いた。しかし、前年に続いて規定打席に達しなかったほか、出場試合数(111)や盗塁数(3)なども前年を下回った。このため、シーズン終了後の秋季練習からは、出場機会を増やすべく「中学生時代以来」という左打ちにも取り組んでいる。

2017年には、スイッチヒッターへの転向を視野に、春季キャンプを二軍でスタート。その一方で、登録を従来の右投右打から右投両打へ変更するとともに、登録上のポジションを内野手に戻した。オープン戦の終盤から一軍へ合流すると、3月31日には、広島との開幕戦(マツダ)7回裏から二塁手として出場。9回裏に迎えたレギュラーシーズン初打席では、右腕投手・薮田和樹を相手に、左打席での公式戦初安打を記録した。以降の公式戦では、例年以上に好調な打撃や前年中盤からの正遊撃手・北條史也の不振などを背景に、新人で左打者の糸原健斗と交互におおむね遊撃のスタメンへ起用。糸原が故障で戦線を離脱した7月下旬からは、正遊撃手に定着するとともに、3割近い打率を残していた。8月16日の対広島戦(京セラドーム)で右脇腹を痛めたため、翌17日に出場選手登録を抹消されたが、9月7日にマツダスタジアムで催された同カードからスタメンで一軍に復帰している。一軍公式戦全体では、100試合の出場で、65安打(右打席で25安打、左打席で40安打)や自己最高の打率.280(右打席で.287、左打席で.276)を記録。外野手としての起用は5試合だけだった。

オフに、この年取得した国内FA権を行使。阪神からの残留交渉の他、横浜DeNAベイスターズオリックス・バファローズが大和の獲得を視野に交渉へ乗り出した。

横浜DeNA時代

2017年11月30日に、横浜DeNAベイスターズが大和の入団を発表。翌12月1日付で、フリーエージェント宣言選手としての契約締結合意がNPBから公示された。内野手としての入団で、契約期間は3年。推定年俸は1億円で、4年目の契約については、球団が選択権を持つ。背番号は9で、登録名は阪神時代の後期に続いて大和。本名以外の名称でNPBに登録している選手が、国内FA権の行使によって移籍した球団でも、移籍前の登録名を引き続き用いる事例は大和が初めてである。

なお、DeNAからは、尾仲祐哉が人的補償として阪神に移籍した。

DeNAのゼネラルマネジャーで、巨人の現役選手時代に三塁手や左翼手として活躍した高田繁は、「内外野の守備だけでも、打率3割以上の価値がある」という表現で大和の守備力をかねてから高く評価。倉本や桑原が打撃不振に陥っても起用を続けざるを得ないほど野手の選手層が薄いチーム事情を踏まえて、正遊撃手の座を倉本と競わせるべく、スイッチヒッターへの転向を機に打撃面でも進境著しい大和の獲得へ踏み切った。

2018年3月30日の開幕戦では「2番・遊撃手」で開幕スタメン。同年4月8日の対広島(マツダスタジアム)戦の試合前に、前年から取り組んでいた両打から元来の右打に専念する意向を表明した。

選手としての特徴

守備・走塁

「守備だけなら一軍でも通用する」と首脳陣から太鼓判を押されるほど、阪神への入団当初から高く評価されていた守備力が持ち味。北京プレ五輪野球日本代表に招集された際には、阪神時代にも監督を務めた星野仙一から「阪神で一番守備が上手い」と評された。現役時代に内野手としてゴールデングラブ賞を7度受賞した経験を持つ井端弘和も、中日時代に自身で選んだ「守備のベストナイン」の二塁手部門に大和を入れている。

元来は内野手だが、2014年に中堅手でゴールデングラブ賞を受賞するなど、外野手としても守備力を高く評価されている。中堅手や二塁手として一軍公式戦のスタメンに起用された場合には、試合の展開などに応じて、途中から守備位置を中堅から二塁(または二塁から中堅)に変更することがある。

鳥谷が海外FA権の行使を宣言した2014年のオフシーズンには、鳥谷がMLBの球団へ移籍した場合に備えて、首脳陣が遊撃手への再コンバートを検討していた。鳥谷が2015年の春季キャンプ直前に阪神への残留を表明したため、同キャンプでは中堅手としての練習に専念したが、シーズン終了後の秋季練習からは内野の練習も再開。翌2016年には、二塁手としてレギュラーの奪回を目指すことをシーズン前から公言する一方で、公式戦では前年に続いて中堅の守備にも就いていた。

一軍の公式戦で2012年から3年連続2桁盗塁を記録するほどの俊足でもある。

打撃

若手時代は長打力のなさや打率の低さが大きな課題になっていたものの、2010年頃からは打撃面でも成長の跡が見られる。特に左投手との対戦成績が良く、中日時代のチェンが先発陣の一角を担っていた2011年までは、チェンが先発する試合にスタメンで安打を放つことが多かった。2013年に高い得点圏打率を残すと、2016年には、一軍公式戦のスタメンでプロ入り後初のクリーンアップを経験した。

左打席で構える大和(DeNA時代の2018年3月25日、横浜スタジアム

阪神で11年目のシーズンを終えた2016年の秋季キャンプからは、内野手としての出場機会を増やすべく、右打ちから両打ちへ転向した。NPBで10年以上のキャリアを持つ中堅選手としては異例の試みだが、翌2017年の一軍開幕戦では、左打席での公式戦初打席初安打を記録。「2番・二塁手」としてフル出場を果たした同年5月14日の対DeNA戦(横浜)では、公式戦では初めて、1試合中に左右両打席から安打を放った。しかし、DeNA移籍後の2018年4月からは再び右打に専念している。

ウエスタン・リーグ公式戦で2年連続最多犠打を記録するなど、阪神の若手時代には、「バントが上手」と評価されていた。2番打者として一軍のレギュラーに定着してからは送りバントの失敗が目立つようになっていたが、2014年には犠打企図数50回中48回で犠打を成功させた。その一方で、犠打の企図をめぐって、以下の事態にも見舞われている。

評価

どのような環境でも練習へ真摯に取り組んでいることから、阪神球団関係者からの評価は総じて高く「将来の幹部候補生」と目されていた。2017年シーズン終了後に国内FA権の行使を宣言した際にも、阪神への残留か他球団への移籍で大いに悩んだという。阪神球団も、大和が残留することを前提に、2018年版カレンダーの8月分で大和・上本・俊介を揃って登場させていた。それでも大和は、出場機会のさらなる増加を求めて、DeNAへの移籍を決意した。

人物

好物は肉料理スイーツ。甲子園球場では、阪神時代の2013年から2017年まで、大和の好物を盛り込んだコラボレーションメニューとして「若虎大和の大和魂肉弁当」を場内限定で発売していた。

プライベートでは、阪神時代の2013年10月19日に、フリーアナウンサー・原麻理子との結婚を発表。2015年8月11日に第1子(長男)、2017年7月2日に第2子(次男)の誕生を公表した。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S

2009 | 阪神 | 66 | 72 | 62 | 12 | 11 | 3 | 0 | 0 | 14 | 1 | 3 | 1 | 7 | 0 | 3 | 0 | 0 | 7 | 0 | .177 | .215 | .226 | .441
2010 | 62 | 50 | 44 | 19 | 12 | 0 | 1 | 0 | 14 | 4 | 8 | 3 | 1 | 1 | 4 | 0 | 0 | 8 | 1 | .273 | .327 | .318 | .645
2011 | 47 | 62 | 51 | 13 | 12 | 1 | 1 | 0 | 15 | 6 | 5 | 1 | 5 | 3 | 3 | 0 | 0 | 6 | 0 | .235 | .263 | .294 | .557
2012 | 128 | 349 | 311 | 29 | 80 | 13 | 3 | 0 | 99 | 26 | 17 | 8 | 19 | 0 | 15 | 0 | 4 | 46 | 3 | .257 | .300 | .318 | .618
2013 | 104 | 454 | 384 | 51 | 105 | 12 | 3 | 0 | 123 | 21 | 19 | 9 | 35 | 0 | 27 | 0 | 8 | 40 | 2 | .273 | .334 | .320 | .654
2014 | 121 | 481 | 398 | 54 | 105 | 17 | 1 | 1 | 127 | 24 | 11 | 7 | 50 | 1 | 28 | 1 | 4 | 52 | 7 | .264 | .318 | .319 | .638
2015 | 123 | 293 | 249 | 25 | 56 | 5 | 0 | 0 | 61 | 12 | 5 | 7 | 28 | 0 | 12 | 2 | 4 | 35 | 2 | .225 | .272 | .245 | .517
2016 | 111 | 259 | 229 | 24 | 53 | 16 | 1 | 1 | 74 | 20 | 3 | 2 | 15 | 2 | 12 | 0 | 1 | 53 | 9 | .231 | .270 | .323 | .594
2017 | 100 | 252 | 232 | 25 | 65 | 6 | 0 | 1 | 74 | 16 | 2 | 3 | 1 | 1 | 18 | 0 | 0 | 37 | 5 | .280 | .331 | .319 | .650
NPB:9年 862 | 2272 | 1960 | 252 | 499 | 73 | 10 | 3 | 601 | 130 | 73 | 41 | 161 | 8 | 122 | 3 | 21 | 284 | 29 | .255 | .304 | .307 | .611

年度別守備成績

内野守備

度 球
団 【一塁
二塁
三塁
遊撃















合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守

率 試

合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守

率 試

合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守


2009 | 阪神 | - | 53 | 57 | 70 | 1 | 15 | .992 | - | 2 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000
2010 | - | 44 | 30 | 43 | 2 | 9 | .973 | - | 7 | 4 | 11 | 0 | 2 | 1.000
2011 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 11 | 15 | 15 | 0 | 3 | 1.000 | 27 | 6 | 12 | 5 | 1 | .783 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 1.000
2012 | - | 4 | 7 | 6 | 1 | 3 | .929 | - | -
2014 | - | 9 | 22 | 31 | 2 | 11 | .964 | - | -
2015 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | 35 | 78 | 92 | 1 | 16 | .994 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | -
2016 | - | 95 | 131 | 168 | 4 | 31 | .987 | - | 2 | 3 | 2 | 0 | 0 | 1.000
2017 | - | 48 | 43 | 58 | 1 | 11 | .990 | - | 56 | 76 | 155 | 3 | 35 | .987
【通算】
5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 299 | 373 | 483 | 12 | 99 | .987 | 30 | 6 | 14 | 5 | 1 | .800 | 68 | 86 | 173 | 3 | 37 | .989
外野守備

度 球
団 【外野



合 刺

殺 補

殺 失

策 併

殺 守


2010 | 阪神 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | .---
2011 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | .---
2012 | 115 | 171 | 4 | 1 | 0 | .994
2013 | 104 | 201 | 7 | 2 | 0 | .990
2014 | 111 | 224 | 3 | 1 | 1 | .996
2015 | 87 | 68 | 5 | 0 | 2 | 1.000
2016 | 27 | 29 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2017 | 5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000
【通算】
455 | 697 | 20 | 4 | 3 | .994

表彰

記録

背番号

登録名

登場曲

代表歴

脚注

注釈

  1. ^ 2018年4月25日に両打から右打へと登録が変更された。

脚注

  1. ^ http://npb.jp/announcement/2018/registered_db.html 2017年4月25日閲覧。
  2. ^ 【DeNA】大和、両打ちから右打者に転向「中途半端になるより絞りたかった」”. スポーツ報知. 2018年4月8日閲覧。
  3. ^ “「高校野球? 見とるよ」/岡田監督”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2010年3月30日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/report/p-bb-tp1-20100330-612022.html 2012年11月2日閲覧。
  4. ^ 阪神・大和「試合出たい」外野練習を志願”. 2010年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月21日閲覧。 - サンケイスポーツ(2010年10月21日)
  5. ^ 大和 前半戦復帰は絶望…”. 2011年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月21日閲覧。 - デイリースポーツ(2011年5月14日)
  6. ^ 打順降格の大和が意地の決勝2点二塁打”. 2013年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月26日閲覧。 - デイリースポーツ(2013年6月2日)
  7. ^ 大和のサヨナラ打で虎3連勝!「やっちゃいましたね」 - サンケイスポーツ 2013年6月29日、同日閲覧。
  8. ^ 阪神・大和、今季絶望か…右手第5中手骨骨折 - サンケイスポーツ 2013年8月21日、同日閲覧。
  9. ^ 阪神・大和、守備力は球界NO・1 イチローをも上回る - ZAKZAK 夕刊フジ 2014年5月29日、2014年7月23日閲覧。
  10. ^ 阪神・大和、2年ぶり二塁でスタメン出場 負傷の上本の代役 - サンケイスポーツ(2014年5月5日)
  11. ^ 阪神大和プロ1号「打ててよかった」 - 日刊スポーツ(2014年5月14日)
  12. ^ 阪神大和抹消 左脇腹肉離れで長期離脱も- 日刊スポーツ(2014年7月27日)
  13. ^ 阪神・大和が故障から復帰 代走で三盗決める「すんなりと入れた」- サンケイスポーツ(2014年8月19日)
  14. ^ 大和勝負のキャッチ「無理だと思った」 - 日刊スポーツ(2014年10月29日)
  15. ^ 阪神大和また魅せた!超美技でピンチ救う - 日刊スポーツ(2014年10月30日)
  16. ^ 阪神大和、前に後ろにスーパーキャッチ - 日刊スポーツ(2014年10月30日)
  17. ^ 阪神大和初のゴールデングラブ賞 外野手部門3位 - 日刊スポーツ(2014年11月7日)
  18. ^ 2014 SUZUKI 日米野球シリーズ 阪神・巨人連合チーム出場選手発表 阪神タイガース公式サイト (2014年10月21日) 2015年5月26日閲覧
  19. ^ 大和3安打&上本2打点 MLBびびらせた - 日刊スポーツ(2014年11月12日)
  20. ^ 阪神大和“生みの苦しみ”特打1時間で復調探る - 日刊スポーツ(2015年3月24日)
  21. ^ 阪神大和4年ぶりサード、平田ヘッド「不安ないよ」 - 日刊スポーツ(2015年6月9日)
  22. ^ 阪神大和4年ぶり一塁守備「頑張るだけですから」 - 日刊スポーツ(2015年6月11日)
  23. ^ 阪神・大和は首位の要 上本の穴を感じさせない働き - ZAKZAK(2015年8月13日)
  24. ^ 阪神大和プロ2号V弾「当たりさえすれば飛ぶ」 - 日刊スポーツ(2016年5月5日)
  25. ^ 阪神鳥谷が先発落ち!フルイニング667戦で止まる - 日刊スポーツ(2016年7月24日)
  26. ^ 阪神大和両打ち披露 出場機会アップにスイッチオン - 日刊スポーツ(2016年10月19日)
  27. ^ 阪神・大和、2軍キャンプスタートも不敵「いろいろ楽しみ」 - サンケイスポーツ(2017年2月1日)
  28. ^ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/06/19 19:53

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