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加藤初とは?


コーチ歴


この表について
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プロジェクト:野球選手 テンプレート


加藤 初(かとう はじめ、1949年12月20日 - 2016年12月11日)は、静岡県富士市出身のプロ野球選手(投手)、野球解説者、野球指導者。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 現役時代
    • 1.3 引退後
  • 2 人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別投手成績
    • 3.2 タイトル
    • 3.3 表彰
    • 3.4 記録
    • 3.5 背番号
  • 4 関連情報
    • 4.1 著書
    • 4.2 出演番組
  • 5 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

吉原商業高校から亜細亜大学に進む。入学早々、膝を悪くし、実家近くの信頼ある鍼灸医による治療により回復したが、帰京の際に途中下車して亜細亜大学を中退した友人宅に寄り、大学ではシゴキもあったことから一泊の予定が三週間も滞在してしまい、復学しづらくなって入学後3ヶ月あまりで中退した。

社会人野球大昭和製紙へ入社し、4年目にエースとして第42回都市対抗野球大会へ出場。秋の日本産業対抗野球大会では優勝候補の熊谷組を1安打完封して優勝に貢献した。この活躍により、巨人中日ヤクルト南海東映西鉄らのスカウトが訪れたが、大昭和製紙には前年の都市対抗優勝投手の安田猛がおり、会社側が「同時に投手2人は出せない」とプロ側へ表明。1971年のドラフト会議では安田のみが指名され、加藤は指名されなかった。どうしてもプロへ行きたかった加藤はドラフトの数日後、野球部長や社長に辞表を提出するも不受理となり、喧嘩別れのようにして退社。直後、西鉄スカウトの浦田直治が加藤を訪ね、ドラフト会議のリストアップ表を見せて、一番上に加藤が書かれていたが、大昭和製紙の意向で指名を断念し、二重線で名前を消したことを説明した。後にプレーすることになる巨人からも誘いがあったが、高評価であったことが嬉しかったこと、当時弱小だった西鉄の方が登板機会が多いだろうと考えて西鉄を選んだ。

現役時代

1971年ドラフト外で西鉄に入団。当時の西鉄は黒い霧事件のために主力投手が数多く退団して戦力が大きく落ちていた頃で、稲尾和久監督は新人の加藤を東尾修とともに先発ローテーションの柱として起用した。入団初年度の1972年にいきなり17勝を挙げ、同年のオールスターゲームにも選出、新人王に輝いた(記者投票では195票中194票という圧倒的な支持を得た)。以後、身売りするなど経営に苦しむライオンズで東尾とともに投手の二本柱として活躍。

1976年関本四十四玉井信博とのトレードにより伊原春樹と共に巨人に移籍、もともと巨人ファンであった加藤には願ってもない話であった。これは張本勲とともに、同年の巨人の戦力補強の象徴とされている。同年4月18日広島東洋カープ戦(広島市民球場)では史上51人目(62度目)のノーヒットノーランを達成。この年15勝4敗の好成績を挙げ、セ・リーグでは正式タイトルではないものの最高勝率を記録、巨人の前年最下位からの優勝に貢献した。

同年オフ、ハワイへの優勝旅行の事前健康診断で、肺門リンパ腫が見つかる。医者から運動を止めるように言われ、球団も背広の仕事を用意したが、本人が現役続行を強く申し出て対外的には肋膜炎と公表。10月10日から1977年6月末まで入院したところ、自然治癒した。

1983年5月頃から、日常生活では右手が上がらないという症状が出始める。試合までには治る状態だったが、6月29日の対阪神戦で1安打完封試合をした後から治らなくなった。精密検査をしたところ、右肩の血行障害が見つかり、7月8日に左足の血管を右肩へ移植するバイパス手術を行い、9月9日に一軍へ復帰した。

1987年は登板は多くなかったが、加藤が投げれば負けないというジンクスを作り、リーグ優勝に貢献した。同年の日本シリーズでは第1戦にリリーフで登板して勝利投手になっている。

巨人の主力投手として息長く活躍。オールスターゲームにも6度選出され、1989年からは選手兼任コーチも務めた。1990年に大腿の裏側を痛め、二軍の試合で一塁ゴロのベースカバーに入れず、他球団移籍も考えたが、巨人での現役引退を決めた。プロ生活でシーズンを無事に過ごせたのは半分もないほど怪我や血行障害に悩まされたが、西鉄・太平洋-巨人で通算19年間プレーした。

引退後

1991年から1994年まで、フジテレビニッポン放送野球解説者として4年間過ごしたが、あまりしゃべりは得意でなかったと後に振り返っている。

1995年、西武の監督に就任した東尾修の要請で同球団の二軍投手コーチに就任。1998年シーズン途中からは二軍投手コーチに降格となった森繁和の後任として一軍投手コーチを務める。2000年に一旦フロント入りし、2001年に再び一軍投手コーチを務めた。

西武退団後、2004年にはかつての同僚・大田卓司が監督を務める台湾プロ野球La Newベアーズ2005年には韓国プロ野球SKワイバーンズで投手コーチを務めた。2002年2006年は韓国・LGツインズで投手インストラクターを務めていた。

2007年から再び韓国・SKの一軍投手コーチに就任。同年チームの韓国一に貢献し、11月に開催されたアジアシリーズにもコーチとして来日した。翌2008年は球団史上初の2年連続の公式戦優勝、韓国シリーズ優勝に貢献、2010年も公式戦優勝、韓国シリーズ優勝に貢献した。2011年に体調不良で退団。

2016年12月11日、直腸癌のため死去。66歳没。

巨人移籍時の監督だった長嶋茂雄は「1976年にトレードで入団して15勝を挙げ、ノーヒットノーランも達成しました。私が監督1年目だった1975年の最下位から、翌年に初優勝できたのは『初っちゃん(はっちゃん)』の活躍があってのものでした。とにかく球が速く、そして私は『鉄仮面』と呼んだのですが、ピンチでも表情を変えずに投げ抜く姿が印象的でした。先発、リリーフとよく働いてくれて、頼りがいのあるピッチャーでした。韓国のプロ野球でコーチをしていた時から体調が良くないとは聞いていたのですが、こんなに早く亡くなるとは、とても残念です。」、加藤をLG・SK監督時投手コーチで招聘した金星根は「きのう(20日)聞いて驚いた。まだ若いのに寂しい。私がSKの監督を(2011年に)辞めた後、高陽ハンファの監督をやる時にも加藤さんとは一緒にやりたいと思っていたが体調が良くないと聞いて全快するのを待っていた。LGもSKも加藤さんのおかげで若い投手が育った。加藤さんは試合中もあれこれ言うことはなかったが、自分の仕事はしっかりこなす、監督にとって加藤さんは最高の投手コーチだった。」と追悼した。

人物

現役時代、打たれても抑えてもポーカーフェイスで感情を表に出さないため「鉄仮面」という愛称を付けられたが、根はひょうきんでユーモアある人物である。

巨人時代はマイカー通勤が多いプロ野球界の中で電車通勤をしていた。

現役時代は当時では珍しいファミコンを趣味にしていた。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1972 | 西鉄
太平洋
 | 48 | 31 | 8 | 2 | 0 | 17 | 16 | -- | -- | .515 | 1068 | 246.0 | 220 | 33 | 137 | 2 | 9 | 114 | 3 | 0 | 117 | 108 | 3.95 | 1.45
1973 | 43 | 18 | 5 | 0 | 0 | 8 | 11 | -- | -- | .421 | 680 | 159.2 | 145 | 21 | 77 | 2 | 2 | 90 | 1 | 2 | 83 | 74 | 4.16 | 1.39
1974 | 34 | 26 | 7 | 3 | 0 | 12 | 12 | 0 | -- | .500 | 787 | 189.0 | 144 | 18 | 98 | 4 | 7 | 122 | 2 | 0 | 67 | 62 | 2.95 | 1.28
1975 | 28 | 21 | 11 | 1 | 2 | 8 | 11 | 0 | -- | .421 | 682 | 157.0 | 163 | 14 | 62 | 3 | 2 | 109 | 3 | 0 | 86 | 75 | 4.30 | 1.43
1976 | 巨人 | 46 | 14 | 4 | 1 | 0 | 15 | 4 | 8 | -- | .789 | 696 | 168.0 | 141 | 21 | 63 | 2 | 2 | 161 | 8 | 0 | 72 | 69 | 3.70 | 1.21
1977 | 13 | 8 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 3 | -- | .800 | 237 | 55.2 | 40 | 8 | 28 | 1 | 1 | 60 | 2 | 0 | 19 | 18 | 2.89 | 1.22
1978 | 34 | 24 | 4 | 0 | 0 | 8 | 5 | 3 | -- | .615 | 661 | 157.0 | 146 | 17 | 64 | 1 | 8 | 114 | 5 | 1 | 70 | 63 | 3.61 | 1.34
1979 | 36 | 22 | 1 | 0 | 0 | 7 | 10 | 2 | -- | .412 | 596 | 142.0 | 124 | 23 | 57 | 2 | 1 | 98 | 1 | 0 | 68 | 63 | 3.99 | 1.27
1980 | 13 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | -- | .500 | 122 | 27.0 | 29 | 5 | 16 | 0 | 0 | 19 | 0 | 0 | 18 | 11 | 3.67 | 1.67
1981 | 30 | 18 | 6 | 0 | 0 | 12 | 6 | 2 | -- | .667 | 652 | 158.0 | 133 | 20 | 63 | 7 | 3 | 97 | 2 | 1 | 54 | 51 | 2.91 | 1.24
1982 | 24 | 17 | 3 | 0 | 0 | 4 | 7 | 0 | -- | .364 | 502 | 121.2 | 105 | 9 | 41 | 3 | 3 | 97 | 3 | 1 | 52 | 42 | 3.10 | 1.20
1983 | 17 | 9 | 2 | 1 | 1 | 8 | 3 | 0 | -- | .727 | 330 | 81.1 | 70 | 9 | 30 | 0 | 1 | 46 | 1 | 0 | 27 | 24 | 2.66 | 1.23
1984 | 25 | 24 | 3 | 1 | 0 | 10 | 7 | 0 | -- | .588 | 648 | 152.2 | 140 | 19 | 56 | 5 | 2 | 95 | 3 | 1 | 64 | 57 | 3.36 | 1.28
1985 | 30 | 21 | 0 | 0 | 0 | 4 | 8 | 3 | -- | .333 | 515 | 123.1 | 104 | 17 | 52 | 4 | 4 | 89 | 1 | 0 | 53 | 47 | 3.43 | 1.26
1986 | 26 | 23 | 4 | 1 | 1 | 14 | 5 | 0 | -- | .737 | 592 | 143.2 | 123 | 14 | 45 | 5 | 3 | 93 | 2 | 0 | 51 | 44 | 2.76 | 1.17
1987 | 19 | 18 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | -- | .875 | 392 | 92.0 | 93 | 11 | 26 | 0 | 3 | 65 | 2 | 2 | 37 | 31 | 3.03 | 1.29
1988 | 14 | 10 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | -- | .333 | 225 | 55.1 | 43 | 8 | 24 | 2 | 1 | 16 | 1 | 0 | 24 | 21 | 3.42 | 1.21
1989 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 38 | 7.0 | 10 | 3 | 6 | 1 | 0 | 7 | 0 | 0 | 11 | 10 | 12.86 | 2.29
1990 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | -- | ---- | 61 | 13.2 | 14 | 1 | 5 | 0 | 0 | 8 | 0 | 0 | 4 | 4 | 2.63 | 1.39
通算:19年 490 | 306 | 58 | 10 | 4 | 141 | 113 | 22 | -- | .555 | 9484 | 2250.0 | 1987 | 271 | 950 | 44 | 52 | 1500 | 40 | 8 | 977 | 874 | 3.50 | 1.31

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

関連情報

著書

出演番組

脚注

  1. ^ 澤宮優『ドラフト外』河出文庫、2013年、ISBN 9784309412603
  2. ^ 巨人軍5000勝の記憶読売新聞社ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。
  3. ^ 当初は東尾修を獲得する予定だったが反対されたため。ベースボールマガジン社「プロ野球トレード図鑑」より
  4. ^ 東尾氏 盟友・加藤初氏を悼む…忘れられない「鉄仮面」雄姿・スポーツニッポン
  5. ^ 元巨人の加藤初さん死去「最後まで野球人でした」・日刊スポーツ
  6. ^ 【巨人】元投手・加藤初さん、66歳で死去…72年パ新人王 スポーツ報知、2016年12月20日。
  7. ^ 長嶋終身名誉監督、加藤初氏死去を悼む「頼りがいのあるピッチャーでした」・スポーツ報知
  8. ^ 加藤初さんを悼む。キム・ソングン監督のコメントと写真 韓国プロ野球の伝え手 室井昌也オフィシャルブログ

関連項目

外部リンク

業績
日本プロ野球 ノーヒットノーラン投手
1930年代 | 

1940年代 | 
  • 亀田忠
  • 浅野勝三郎
  • 沢村栄治
  • 三輪八郎
  • 石田光彦
  • 亀田忠
  • 中尾輝三
  • 森弘太郎
  • 西沢道夫
  • 天保義夫
  • 藤本英雄
  • 別所昭
  • 石丸進一
  • 呉昌征
  • 梶岡忠義
  • 真田重男

  • 1950年代 | 
  • 金田正一
  • 林義一
  • 真田重蔵
  • 大友工
  • 山下登
  • 杉下茂
  • 大津守
  • 大脇照夫
  • 大矢根博臣

  • 1960年代 | 
  • 井上善夫
  • 中山義朗
  • G.バッキー
  • 外木場義郎
  • 清俊彦
  • 若生忠男
  • 堀内恒夫
  • 城之内邦雄
  • 鈴木啓示
  • 成田文男

  • 1970年代 | 
  • 渡辺秀武
  • 鬼頭洋
  • 藤本和宏
  • 鈴木啓示
  • 外木場義郎
  • 高橋直樹
  • 江夏豊
  • 神部年男
  • 加藤初
  • 戸田善紀

  • 1980年代 | 
  • 郭泰源
  • 田中幸雄
  • 近藤真一

  • 1990年代 | 
  • 柴田保光
  • 湯舟敏郎
  • 西崎幸広
  • 佐藤義則
  • T.ブロス
  • 渡辺久信
  • 野口茂樹
  • 石井一久
  • 川尻哲郎
  • 佐々岡真司

  • 2000年代 | 
  • M.バンチ
  • N.エルビラ
  • 川上憲伸
  • 井川慶
  • R.ガトームソン
  • 山本昌

  • 2010年代 | 
  • 前田健太
  • 杉内俊哉
  • 西勇輝
  • 山井大介
  • 岸孝之
  • 山口俊
  • 菅野智之
  • 千賀滉大
  • 大野雄大

  • 脚注

    ノーヒットノーラン達成投手のみ記載。
    完全試合達成投手についてはTemplate:日本プロ野球完全試合達成者を参照。



    セントラル・リーグ最優秀勝率投手
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 秋山登
  • 1961 伊藤芳明
  • 1962 小山正明
  • 1963 山中巽
  • 1964 石川緑
  • 1965 山中巽
  • 1966 堀内恒夫
  • 1967 堀内恒夫
  • 1968 島田源太郎
  • 1969 高橋一三

  • 1970年代 | 
  • 1970 村山実
  • 1971 坂井勝二
  • 1972 堀内恒夫
  • 1973 倉田誠
  • 1974 松本幸行
  • 1975 星野仙一
  • 1976 加藤初
  • 1977 新浦寿夫
  • 1978 鈴木康二朗
  • 1979 藤沢公也

  • 1980年代 | 
  • 1980 福士敬章
  • 1981 江川卓
  • 1982 都裕次郎
  • 1983 津田恒美
  • 1984 江川卓
  • 1985 北別府学
  • 1986 北別府学
  • 1987 川端順
  • 1988 小野和幸
  • 1989 西本聖

  • 1990年代 | 
  • 1990 斎藤雅樹
  • 1991 北別府学
  • 1992 斎藤雅樹
  • 1993 山本昌広
  • 1994 紀藤真琴
  • 1995 石井一久
  • 1996 斎藤雅樹
  • 1997 三浦大輔
  • 1998 桑田真澄
  • 1999 上原浩治

  • 2000年代 | 
  • 2000 工藤公康
  • 2001 入来祐作
  • 2002 上原浩治
  • 2003 井川慶
  • 2004 上原浩治
  • 2005 安藤優也
  • 2006 川上憲伸
  • 2007 高橋尚成
  • 2008 館山昌平
  • 2009 D.ゴンザレス

  • 2010年代 | 
  • 2010 久保康友
  • 2011 吉見一起
  • 2012 杉内俊哉
  • 2013 小川泰弘
  • 2014 山井大介
  • 2015 M.マイコラス
  • 2016 野村祐輔
  • 2017 薮田和樹
  • 2018 大瀬良大地
  • 2019 山口俊

  • 1973年から2012年までは表彰なし

    パシフィック・リーグ新人王
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1961 徳久利明
  • 1962 尾崎行雄
  • 1965 池永正明
  • 1967 高橋善正
  • 1969 有藤通世

  • 1970年代 | 
  • 1970 佐藤道郎
  • 1971 皆川康夫
  • 1972 加藤初
  • 1973 新美敏
  • 1974 三井雅晴
  • 1975 山口高志
  • 1976 藤田学
  • 1977 佐藤義則
  • 1978 村上之宏
  • 1979 松沼博久

  • 1980年代 | 
  • 1980 木田勇
  • 1981 石毛宏典
  • 1982 大石大二郎<
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2019/10/19 08:28

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