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北島三郎とは?

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北島三郎

北島三郎(第58回宝塚記念パドック。2017年6月25日)

【基本情報】

【出生名】
大野 穣(おおの みのる)
【別名】
サブちゃん、親父、原譲二(作詞・作曲時のペンネーム)
【生誕】
(1936-10-04) 1936年10月4日(81歳)
【出身地】
日本 北海道上磯郡知内村(現・知内町)
【学歴】
東京声専音楽学校卒業
【ジャンル】
演歌
【職業】
演歌歌手シンガーソングライター俳優馬主
【担当楽器】
ギター
【活動期間】
1962年 -
【レーベル】
日本クラウン
【事務所】
新栄プロダクション
(1962年 - 1972年)
北島音楽事務所
(1972年 - )
【共同作業者】
山本譲二松原のぶえ小金沢昇司ほか
【公式サイト】
公式ウェブサイト

北島 三郎(きたじま さぶろう、1936年(昭和11年)10月4日 - )は、日本演歌歌手俳優作詞家作曲家馬主

函館の女』に始まる「女」シリーズ、『兄弟仁義』などの「任侠」シリーズなど、数多くのヒット曲がある。

一般にはサブちゃんという愛称で呼ばれているが、原 譲二(はら じょうじ)のペンネームでも知られ、自身の楽曲の作詞・作曲ばかりでなく自身の舞台のシナリオ・演出や、北島ファミリーはじめ、他の演歌歌手への楽曲提供等、マルチな活動を精力的に行っている。

作曲家・船村徹門下出身で、門下生で作る「船村徹同門会」(会長・鳥羽一郎)では名誉相談役を務める。

目次

  • 1 来歴
    • 1.1 デビューまで
    • 1.2 デビュー
    • 1.3 人気確立
    • 1.4 演歌の大御所として
  • 2 シングル
  • 3 アルバム
  • 4 ライブ・アルバム
  • 5 楽曲提供曲
  • 6 歌碑・記念館
  • 7 出演
    • 7.1 NHK紅白歌合戦出場歴
    • 7.2 レギュラー番組
    • 7.3 音楽番組
    • 7.4 時代劇
    • 7.5 テレビドラマ
    • 7.6 映画
    • 7.7 ドキュメンタリー
    • 7.8 舞台公演
    • 7.9 テレビCM
    • 7.10 パチンコ・パチスロ
    • 7.11 通信カラオケシステムでの本人出演映像
    • 7.12 声の出演
    • 7.13 マスメディア
  • 8 人物
    • 8.1 馬主として
  • 9 家族
  • 10 北島ファミリー
  • 11 脚注
  • 12 関連項目
  • 13 外部リンク

来歴

デビューまで

北海道上磯郡知内村(現:知内町)出身。北海道函館西高等学校に進学した。高校時代、海で溺れた小学生を救助したという逸話がある(この人命救助の件は当時の函館新聞にも掲載され、その記事が函館市の北島三郎記念館に飾られている)。高校在学中に函館で開催された『NHKのど自慢』に出場する。この時、鐘は2つだったが、司会の宮田輝から「良い声して学生さんですか?お上手でしたのにねえ…」と優しく声をかけられた事で、「歌やれば歌手の道あるかな?」と思う様になり、結局それが歌手への目覚めの第一歩になったという。

1954年、17歳で高校を中退後、東京の親族を頼って上京し、当初は東京声専音楽学校(1989年、昭和音楽芸術学院に改称。2007年閉校)に入学。しかし歌謡曲志向であった為、渋谷を拠点に流しの仕事をしながらデビューを目指す。この頃に北島が当時都内で下宿していたアパートの大家の娘であった雅子(後の北島音楽事務所社長→副会長)と結婚。1959年11月30日、挙式。北島がレコードデビューする約3年前の挙式だった。式に出席したのは両家合わせて21人だけだった。北島は定収がなく、夫人の両親から結婚を反対されたと後に語っている。

1960年、流しの収入は3曲100円だったが、ある日羽振りの良い客が1000円を出してくれた。礼を言い1曲歌うと翌日に新橋の喫茶店に呼び出された。その相手は北島の評判を聞きつけた日本コロムビアの芸能部長で、この時、喫茶店で引き合わされたのが作曲家、船村徹だった。この時の事を振り返り北島は「こういうちょっとした出会いなんだけど、僅かな出会いが人生で物凄い出会いになってくる」と語っている。これを契機に船村門下となり、レッスンの日々となる。

1961年、ある日のレッスン前、船村から「今日から他の歌はいいからこの歌を歌え、この歌を勉強しろ。」と譜面を渡される。これが後に最初のヒット曲となった『なみだ船』だった。この年には既にレコーディングも行われ、その場で船村から紹介されたのが新栄プロダクションの社長、西川幸男だった。また、この年にはギター漫才『ゲルピンちん太ぽん太』の“ぽん太”として漫才コンビでのステージも経験している。これは歌の師匠である船村が中々デビューのチャンスを得られない北島にステージ度胸を付けさせる為、自ら台本を書き、もう1人の弟子とコンビを組ませ、知り合いの興行師に頼み込んで仕込んだ事で、東北地方の1か月興行の前座芸人として機会を与えられた。が、3日ほどで「使い物にならない」と帰され、ギャラは一切貰え無かったという。ロカビリー全盛のこの頃、正統派の演歌・歌謡曲の新人は中々需要が無く、船村自身「あんなに(売り込みに)苦労した弟子は他には居なかった。」と述べている。

デビュー

1962年、新栄プロの先輩歌手、村田英雄の「王将」のヒット記念パーティーで歌手としての初舞台を踏む。この年の3月には"呼びやすさ・親しみやすさ先行"で「北海道(北の島)生まれの三郎」という由来のもとに北島三郎と命名、デビューが決定する。ただ、当時の芸能界で、「既婚の新人歌手」は有り得なかった為、プロフィール上は独身とした。

同年6月5日日本コロムビアから「ブンガチャ節」(作詞・星野哲郎、作曲・船村徹)でデビューしたがこの第一弾は不発に終わった。北島はレコーディングを済ませていた『なみだ船』を予想していたが、その予想は完全に覆された。「ブンガチャ節」は渋谷等の繁華街流しが歌っていた春歌(猥歌)の歌詞を変えて売り出したもので、発売から1週間で放送禁止となった(歌詞の中の"キュッキュキュ〜"との合いの手が「ベッドが軋む音」を連想させ卑猥だからという俗説もある)。北島自身は「テレビに3回出たら、放送禁止になっちゃった。」と語っている。しかし1963年千葉真一主演映画やくざの歌』に出演した際に、ギターの弾き語りで「ブンガチャ節」を披露している。8月20日に急遽発売となったセカンド・シングル「なみだ船」がヒット(公称でミリオンセラー)し、出世作となる。

1963年の秋、日本クラウンの設立と同時に同社へ移籍。クラウンレコード第一回新譜に、美空ひばりらと共に名を連ねる。また、この年紅白歌合戦に初出場。この年、長男が誕生。これを週刊誌にスクープされた事と、事務所社長・西川の勧めもあり、妻子の存在を公表する。

人気確立

1965年、この年の4月に「兄弟仁義」と「帰ろかな」、そして11月に「函館の女」と、この年リリースしたうちの3曲が大ヒットし、演歌歌手としての人気を確立。『兄弟仁義』は東映で映画化され自らも出演。これも大ヒットし、シリーズ化され、主演映画スターとしても活躍するようになる。

1972年10月9日、デビューから10年間所属した新栄プロダクションから独立し、北島音楽事務所を設立。

1978年、「与作」(NHK『あなたのメロディー』で公募)は千昌夫(ミノルフォンレコード)との競作となったが、親しみやすい歌詞とゆったりした曲調でヒットし、ファン層を拡大する事に成功。

1980年代以降、『腹が丈夫』であった事をシャレにして自ら名づけたペンネーム・原譲二を用いて自ら作詞や作曲、演出を手がけた事が多くなってゆく。

1985年8月、飛行機に特設ステージを設け、機内コンサートを開催。尚、飛行機内での本格的コンサートは世界初。

1986年12月、広域暴力団稲川会の新年会に出席していたことが静岡県警の捜査で明らかになり、決定していた第37回NHK紅白歌合戦への出場を辞退する。初出場から勇退までの半世紀で、不出場となったのはこの年のみ。

演歌の大御所として

1989年4月21日1月8日改元により制定された元号平成」にちなんだ楽曲「平成音頭」を発表。約16万枚を売り上げた。

1997年7月、北海道寿都町のイメージソング「風のロマン/弁慶岬」を発売、9月には演歌初のCDエクストラとなる「出逢い」を発売する。

1998年テレビアニメの主題歌(NHKおじゃる丸』主題歌「詠人(うたびと)」を歌う等、新しいジャンルへも挑戦。

2003年11月29日、八王子観光大使に委嘱。

2006年10月4日古希と『芸道45周年』を祝うパーティーの席上、一番弟子で北島ファミリーの「長男」ともいうべき山本譲二2007年に「暖簾分け」の形で独立させることと、音楽事務所の社長を妻・雅子から長男・龍に交代させる事を発表し、周囲を驚かせた。尚、北島は「今後も山本を支援し続ける事に変わりは無い」と明言している。そうした動きの一方で、同月15日に発売した「あの日時代」がオリコン演歌・歌謡チャート(注・シングルチャートではない)で、最高位1位を記録(同チャート1位の史上最高齢記録を更新)。

2009年デジタル放送推進協会の「日本全国"地デジで元気!"」キャンペーンのキャンペーンソングとして「地デジで元気!音頭」を作曲し(原譲二名義)自ら歌った。翌年6月、総務省から地上デジタルテレビ放送への対応を呼びかける「地デジ化応援隊」のメンバー6人の内の一人に選ばれた。

2010年3月4日、放送文化の向上に功績のあった人物を表彰する「第61回日本放送協会 放送文化賞」受賞が決定。3月29日には「北島三郎 特別公演」の名古屋・御園座公演千秋楽で「座長公演4000回」の大記録を樹立した。又、結婚50周年を迎えるこの年の1月、シングル『夫婦一生』をリリースしオリコンチャート10位を獲得、10万枚を売上げた。ソロでは73歳3ヶ月でのシングル・アルバムチャート共に10位以内の獲得は史上最年長での記録である。2010年10月には同曲が日本レコード協会ゴールドディスク認定を受け、日本におけるゴールドディスクの史上最年長記録を更新した。

2011年2月22日、第32回松尾芸能賞・大賞を受賞。3月29日、授賞式が行われた。同年“芸道50周年”を記念する「北島三郎 特別公演」が東京(日生劇場)、福岡(博多座)、名古屋(御園座)、大阪(新歌舞伎座)の4大劇場で上演され、芝居では人気の高かった演目『清水の暴れん坊』を10年振りに再演。75歳にして清水次郎長森の石松の2役に挑んだ。

2013年第64回NHK紅白歌合戦で史上初の50回出場を達成するが、この回限りでの勇退を宣言。渋谷の日本クラウン本社で異例の記者会見が行われた。当日のステージは、史上初めて、紅白両軍の正規のトリの後にステージを設けられ、史上最多の13回目のトリで『まつり』を披露、半世紀の紅白出演を締めた。

2014年7月20日、実弟で北島音楽事務所常務取締役だった大野拓克が肝臓がんの為67歳で死去。この2か月前から体調を崩して入院加療を続けており、臨終の際には北島も立ち会った。24日の通夜、25日の告別式では施主を務めた。

同年9月23日、明治座で行われた『北島三郎最終公演』夜の部で、通算公演回数4500回を達成。明治座での歌手の座長公演としては国内最多となる。因みに最終公演の演出担当には7月に死去した弟・大野拓克も名を連ねていた。

2015年1月の福岡・博多座公演をもって、座長公演からも退いた。通算公演数は4578回に達した。。

8月8日、NHK『思い出のメロディー』で司会を担当。当時の年齢が78歳であり、これは番組最年長司会となっている。

2016年春の叙勲で旭日小綬章を受章。

同年9月14日頸椎症脊髄症の為22日に予定されていたコンサートの延期を発表。8月下旬に自宅の風呂場で転倒して持病の頸椎の痛みを悪化させ、9月12日に手術を受けていた事を、11月14日に明らかにした。

シングル

【】
【タイトル】
【発売日】
【収録曲】
【作詞】
【作曲】
【編曲】
【備考】

1 | ブンガチャ節 | 1962年 | ブンガチャ節 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 発売から1週間で放送禁止となった曲。
泣き虫横丁 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
2 | なみだ船 | 1962年6月5日 | なみだ船 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 第4回日本レコード大賞新人賞受賞。
バイバイ波止場 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
3 | 東京は船着場 | 1962年 | なみだ船 | 高野公男 | 船村徹 | 船村徹 | 
ギター船 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
4 | さよなら船 | 1962年 | さよなら船 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
雨だれぼったん | 野村俊夫 | 船村徹 | 船村徹 | 
5 | 演歌師 | 1963年 | 演歌師 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 映画『やくざの歌主題歌
あの頃の唄 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹
6 | 亜矢子の唄 | 1963年 | 亜矢子の唄 | 西沢爽 | 船村徹 | 船村徹 | c/wは「愛のうず潮」(歌:島倉千代子)
7 | 男の灯り | 1963年 | 男の灯り | 石本美由起 | 上原げんと | 上原げんと | このシングルよりステレオ盤
そうだろ節 | 星野哲郎 | 上原げんと | 上原げんと
8 | 男の友情 | 1963年 | 男の灯り | 高野公男 | 船村徹 | 船村徹 | 青木光一のカバー
なくな夜からす | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
9 | ギター仁義 | 1963年 | ギター仁義 | 嵯峨哲平 | 遠藤実 | 遠藤実 | 
ジャンスカ節 | 遠藤実 | 遠藤実 | 遠藤実 | 
10 | 東京五輪音頭 | 1963年 | 東京五輪音頭 | 宮田隆 | 古賀政男 | 古賀政男 | 畠山みどりとのデュエット、8社競作。
c/wは「海をこえて友よきたれ」
(歌:藤原良・高石かつ枝・コロムビア合唱団)
11 | 銀座の庄助さん | 1963年 | 銀座の庄助さん | 三宅辰美 | いづみゆたか | いづみゆたか | クラウンレコード移籍第1弾。レコード番号CW-2
遠き灯り | 結城隆磨 | いづみゆたか | いづみゆたか
12 | ソーラン仁義 | 1964年 | ソーラン仁義 | 畔田耕吉 | 成田武夫 | 福田正 | 
ギター泣け泣け | 稲葉爽秋 | 木村孤童 | 福田正 | 
13 | 喧嘩辰 | 1964年 | 喧嘩辰 | 有近朱実 | 関野幾生 | 福田正 | 
がんす横丁 | 英玲二 | 関野幾生 | 萩敏郎 | 
14 | 三郎太鼓 | 1964年 | 三郎太鼓 | 有近朱実 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
田舎へ帰れよ | 有田めぐむ | 中村貞夫 | 福田正 | 
15 | 男の情炎 | 1964年 | 男の情炎 | 英玲二 | 関野幾生 | 福田正 | 
残侠の唄 | 八反ふじを | 島津伸男 | 島津伸男 | 
16 | あばよ東京 | 1964年 | あばよ東京 | 太刀戸要 | 継正信 | 継正信 | 
艶歌船 | 松坂直美 | 継正信 | 継正信 | 
17 | スポーツ音頭 | 1965年 | スポーツ音頭 | 乗田正美 | 米山正夫 | 米山正夫 | c/wは「スパット リンリン」(歌:守屋浩、高石かつ枝)
18 | 兄弟仁義 | 1965年3月10日 | 兄弟仁義 | 星野哲郎 | 北原じゅん | 福田正 | 東映映画「兄弟仁義」主題歌
つらい恋だよ | 八反ふじを | 島津伸男 | 島津伸男 | 
19 | 帰ろかな | 1965年4月20日 | 帰ろかな | 永六輔 | 中村八大 | 中村八大 | NHK「夢であいましょう」昭和39年12月の歌
誰も | 永六輔 | 中村八大 | 中村二大 | NHK「夢であいましょう」昭和38年12月の歌
20 | 度胸船 | 1965年 | 度胸船 | 星野哲郎 | 関野幾生 | 福田正 | 
男の涙 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
21 | 喧嘩花火 | 1965年 | 喧嘩花火 | 南沢純三 | 関野幾生 | 福田正 | 
男の涙 |  |  |  | 
22 | 浪人独り旅 | 1965年 | 浪人独り旅 | 結束信二 | 阿部皓哉 | 阿部皓哉 | NET系『素浪人 月影兵庫』主題歌
c/wは「あと追い笠」(歌:大川ひろみ)
23 | 函館の女 | 1965年11月10日 | 函館の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
北海道恋物語 | 南沢純三 | 関野幾生 | 中村貞夫 | 
24 | 男の歌 | 1966年 | 男の歌 | 永六輔 | 中村八大 | 中村八大 | 
恋のカクテル |  |  |  | 
25 | 勝負師 | 1966年 | 勝負師 | 星野哲郎 | 中村貞夫 | 萩敏郎 | 
風雪月花 |  |  |  | 
26 | 青雲五人男 | 1966年 | 青雲五人男 | 良池まもる | 島津伸男 | 島津伸男 | NTV系『青雲五人の男』主題歌
男子有情 | 南沢純三 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
27 | ド根性大将 | 1966年 | ド根性大将 | 良池まもる | 池田耕造 | 池田耕造 | 松竹映画『ド根性大将』主題歌
やあ しばらく | 星野哲郎 | 中村順範 | 福田正 | 
28 | 裸一貫 | 1966年 | 裸一貫 | 八反ふじを | 島津伸男 | 島津伸男 | 
次郎柿ヤイ | 佐々木貢 | 中村貞夫 | 中村貞夫 | 
29 | 尾道の女 | 1966年 | 尾道の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
泣くな男だ |  |  |  | 
30 | 野良の大将 | 1966年 | 野良の大将 | 馬杉実 | 中村八大 | 中村八大 | 
男だろ | 比良九郎 | 北原じゅん | 福田正 | 
31 | さよならだって明日がある | 1967年 | さよならだって明日がある | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
さよなら妹よ |  |  |  | 
32 | 博多の女 | 1967年 | 博多の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 北島にとって初のオリコンランクイン作品となった。
からすとゆりの花 |  |  | 
33 | 関東流れ唄 | 1967年 | 関東流れ唄 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 東映映画『関東命知らず』主題歌
男人情花 | 星野哲郎 | 関野幾生 | 萩敏郎 | 
34 | 男の一本道 | 1967年 | 男の一本道 | 星野哲郎 | 安藤実親 | 安藤実親 | 
風雪の唄 |  |  |  | 
35 | 薩摩の女 | 1968年 | 薩摩の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
霧島エレジー | 水沢圭吾 | 関野幾生 | 小杉仁三 | 
36 | 男の潮路 | 1968年 | 男の潮路 | 相川のぼる | 桜井稔 | 福田正 | 
越路の町に赤い灯がともる | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
37 | 伊予の女 | 1968年 | 伊予の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
西海旅情 |  |  |  | 
38 | 伊勢の女 | 1968年 | 伊勢の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
さすらい花 |  |  |  | 
39 | 浪人まかり通る | 1969年 | 浪人まかり通る | 結束信二 | 阿部皓哉 | 阿部皓哉 | NET系『素浪人 花山大吉』主題歌
c/wは「風来坊笠」(歌:品川隆二)
40 | 仁義 | 1969年 | 仁義 | 星野哲郎 | 中村千里 | 重松岩雄 | 売上42.6万枚・週間8位はともにオリコンの自己記録である。
さいはての宿 | 八反ふじを | 中村千里 | 植原道雄
41 | 加賀の女 | 1969年 | 加賀の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
加賀かっちり |  |  |  | 
42 | 花と狼 | 1969年 | 加賀の女 | 奥野椰子夫 | 関野幾生 | 重松岩雄 | フジテレビ系『花と狼』主題歌
おれの夜明け | 水沢圭吾 | 関野幾生 | 清水路雄 | 
43 |  | 1970年 | 盃 | 星野哲郎 | 中村千里 | 重松岩雄 | 
夢恋酒 |  |  |  | 
44 | 俺がやらなきゃ誰がやる | 1970年5月1日 | 俺がやらなきゃ誰がやる | 八反ふじを | 島津伸男 | 島津伸男 | 朝日放送てなもんや二刀流』主題歌
さすらい者 | 中山大三郎 | 前田利明 | 重松岩雄 | 
45 | 伊豆の女 | 1970年 | 伊豆の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
城ケ崎ブルース | 星野哲郎 | 関野幾生 | 関野幾生 | 
46 |  | 1970年 | 誠 | 星野哲郎 | 中村千里 | 清水路雄 | 歌手生活10周年記念曲
やってこな |  |  |  | 
47 | なごやの女 | 1971年 | なごやの女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 重松岩雄 | 
親父の拳 | 南沢純三 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
48 | 任侠 | 1971年 | 任侠 | 水城一狼 | 水城一狼 | 牧一雄 | 
男の道 | 原譲二 | 原譲二 | 牧一雄 | 
49 | 男の未練 | 1971年 | 男の未練 | 八反ふじを | 中村千里 | 岩代浩一 | 
花と命 | 星野哲郎 | 中村千里 | 岩代浩一 | 
50 | 渡り鳥いつ帰る | 1971年 | 渡り鳥いつ帰る | 阿久悠 | 猪俣公章 | 小杉仁三 | 
肩に二月の雪が舞う | 阿久悠 | 猪俣公章 | 猪俣公章 | 
51 | 波止場 | 1972年 | 波止場 | 星野哲郎 | 市川昭介 | 成田征英 | 
あばよ | 星野哲郎 | 市川昭介 | 市川昭介 | 
52 | 沖縄の女 | 1972年 | 沖縄の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 清水路雄 | 
島の乙女(みやらび) | 南沢純三 | 前田利明 | 清水路雄 | 
53 | 冬の宿 | 1972年 | 冬の宿 | 星野哲郎 | 紫しずか | 栗田俊夫 | 
別れの子守唄 | 梶野三郎 | 野々卓也 | 池田孝 | 
54 | 宿なしの唄 | 1973年 | 宿なしの唄 | 原譲二 | 原譲二 | 福田正 | 
君にあげようふるさとを | 中山大三郎 | 山路進一 | 清水路雄 | 
55 | 木曽の女 | 1973年 | 木曽の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
男泣き | 星野哲郎 | 一の木優 | 湯野カオル | 
56 | 夕焼け三度笠 | 1973年 | 夕焼け三度笠 | 原譲二 | 原譲二 | 池多孝春 | 
居酒屋 | 石坂まさを | 高木勇次 | 池多孝春 | 
57 | 寒流 | 1974年 | 寒流 | 星野哲郎 | 福田マチ | 栗田俊夫 | 
道 | 山田孝雄 | 原譲二 | 中村八大 | 
58 | ふたり旅 | 1974年 | ふたり旅 | 花田典子
星野哲郎
(補作詞) |  |  | 
かっぱ音頭 | 星野哲郎 | 市川昭介 | あかのたちお | 
59 | みちのくの女 | 1974年 | みちのくの女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
乗換駅 | 南沢純三 | 関野幾夫 | 清水路雄 | 
60 |  | 1974年 | 祝 | 関沢新一 | 関野幾夫 | 重松岩雄 | 
一騎打 |  |  |  | 
61 | いのち | 1975年 | いのち | 星野哲郎 | 島津伸男 | 清水路雄 | 
男で死ぬ | 田畑しげき | 大門勝 | 清水路雄 | 
62 | さよなら | 1975年 | さよなら | 原譲二 | 原譲二 | 青木望 | 
長崎は呼んでいる | 星野哲郎 | 中村千里 | 小山恭弘 | 
63 | 残雪 | 1975年 | 残雪 | 西郷たけし | 大野一二三 | 安藤実親 | 
わかれ話 | 原譲二 | 一の木優 | 池多孝春 | 
64 | お嫁に行っていいんだよ | 1976年 | お嫁に行っていいんだよ | 野本高平 | 四方章人 | 青木望 | 
離愁 | 星野哲郎 | 新井利昌 | 原田良一 | 
65 |  | 1976年 | 歩 | 関沢新一 | 安藤実親 | 安藤実親 | 
一騎打 | 関沢新一 | 関野幾夫 | 重松岩雄 | 「祝」B面の再カップリング
66 | 丼池人生 | 1976年 | 丼池人生 | 梅林貴久生 | 島津伸男 | 島津伸男 | NHK『丼池太閤記』主題歌
ジャンパー酒場 | 松井由利夫 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
67 | 海峡ブルース | 1977年 | 海峡ブルース | 星野哲郎 | 新井利昌 | 小杉仁三 | 
霧 |  |  |  | 
68 | 終着駅は始発駅 | 1977年 | 終着駅は始発駅 | 佐東たどる
星野哲郎
(補作詞) | 中村千里 | 池多千春 | 月刊平凡「北島三郎のうたう歌」歌詩募集 入選作
ふるさと | 星野哲郎 | 中村千里 | 安形和巳 | 
69 | 与作 | 1978年3月25日 | 与作 | 七沢公典 | 七沢公典 | 池多孝春 | NHK総合テレビ『あなたのメロディー』の入賞曲。
千昌夫との競作 。
風の峠 | 南沢純三 | 関野幾夫 | 福田正 | 
70 | 横浜の女 | 1979年 | 横浜の女 | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
きままな男とはぐれた女 | 松井由利夫 | 原譲二 | 鈴木操 | 
71 | 旅飛脚の詩 | 1980年 | 旅飛脚の詩 | 藤田まさと | 山本丈晴 | 馬場良 | 
さかずき仲間 |  |  |  | 
72 | 風雪ながれ旅 | 1980年9月15日 | 風雪ながれ旅 | 星野哲郎 | 船村徹 | 丸山雅仁 | 第1回古賀政男記念音楽大賞 大賞受賞
雀のお宿 | 上尾美代志 | 船村徹 | 丸山雅仁 | 
73 |  | 1981年 | 斧 | 竹内良子絵
星野哲郎
(補作詞) | 中村千里 | 池多孝治 | 
東京ぐらし | 星野哲郎 | 島津伸男 | 島津伸男 | 
74 | 愛の道 | 1981年 | 愛の道 | 八代富子
芳野薫
(補作詞) | 原譲二 | 斉藤恒夫 | 
冬の宿 | 星野哲郎 | 紫しずか | 栗田俊夫 | 
75 | 炎の男 | 1982年 | 炎の男 | 原譲二 | 原譲二 | 鈴木操 | テレビ朝日系『吉宗評判記 暴れん坊将軍暴れん坊将軍II』エンディングテーマ
雪・哀歌 |  |  |  | 
76 |  | 1982年 | 運 | 関沢新一 | 中村典正 | 安形和巳 | 
ふるさと |  |  |  | 「終着駅は始発駅」B面の再カップリング
77 | 日本海 | 1982年 | 日本海 | 原譲二 | 原譲二 | 鈴木操 | 
夕陽岬 | 新本創子 | 原譲二 | 鈴木操 | 
78 | 漁歌 | 1983年 | 漁歌 | 山田孝雄 | 浜圭介 | 清水靖晃 | 北原ミレイとの競作。
漁歌 (インストゥルメンタル) |  | 原譲二 | 鈴木操 | 
79 | 夫婦絶唱 | 1984年 | 夫婦絶唱 | 関沢新一 | 中村典正 | 丸山雅仁 | 
つくつく法師 | 那須野巌 | 船村徹 | 南郷達也 | 
80 | 神奈川水滸伝 | 1984年 | 神奈川水滸伝 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 東映映画『修羅の群れ』主題歌
修羅の橋 |  |  |  | 
81 | まつり | 1984年11月21日 | まつり | なかにし礼 | 原譲二 | 鈴木操 | 
木津川 | 佐治裕子 | 原譲二 | 鈴木操 | 
82 | 男の劇場 | 1985年 | 男の劇場 | 星野哲郎 | 北原じゅん | 池多孝治 | 
栃木歳月 | 荒川利夫 | 船村徹 | 丸山雅仁 | 
83 | 激唱 〜 青函トンネル 〜 | 1985年 | 激唱 〜 青函トンネル 〜 | 星野哲郎 | 船村徹 | 南郷達也 | 
石 | 星野哲郎 | 船村徹 | 丸山雅仁 | 
84 | 湯本ブルース | 1985年 | 湯本ブルース | 星野哲郎 | 原譲二 | 鈴木操 | 
箱根のおんな |  |  |  | 
85 | 十九のまつり | 1985年 | 十九のまつり | なかにし礼 | 原譲二 | 鈴木操 | 
女がひとり | 原譲二 | 原譲二 | 鈴木操 | 
86 | 浪曲太鼓 | 1986年 | 浪曲太鼓 | 原譲二
星野哲郎
(補作詞) | 原譲二 | 斉藤恒夫 | 
海の子守唄 | 新條カオル | 桜田誠一 | 斉藤恒夫 | 
87 | 北の漁場 | 1986年6月5日 | 北の漁場 | 新條カオル | 桜田誠一 | 斉藤恒夫 | 第28回日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞曲。
芸道25周年記念曲。
風の追分 |  |  |  | 
88 | 花の生涯 | 1987年8月22日 | 花の生涯 | 星野哲郎 | 船村徹 | 丸山雅仁 | 
忍 | 星野哲郎 | 中村千里 | 安形和巳 | 
89 | だまって歩けば | 1987年8月22日 | だまって歩けば | 石野美由紀 | 吉田正 | 小杉仁三 | 
俺のとなりに |  |  |  | 
90 |  | 1987年8月22日 | 川 | 野村耕三 | 池山錠 | 斉藤恒夫 | 
旅路 | 野村耕三 | 桜田誠一 | 斉藤恒夫 | 
91 | 息子 | 1987年8月22日 | 息子 | 星野哲郎 | 船村徹 | 斉藤恒夫 | 日中国交回復十五周年記念曲
夫婦山脈 | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
92 | がまん坂 | 1988年 | がまん坂 | 原譲二 | 原譲二 | 鈴木操 | テレビ朝日『暴れん坊将軍III暴れん坊将軍IV』エンディングテーマ
流転笠 |  |  |  | 
93 | 年輪 | 1988年 | 年輪 | 関根一
石本美由紀
(補作詞) | 原譲二 | 鈴木操 | 「山の歌」作詩募集入選作
三郎杉 | 内田善士
石本美由紀
(補作詞) | 原譲二 |  | 
94 | 年輪 | 1988年 | 年輪 | 関根一
石本美由紀
(補作詞) | 原譲二 | 鈴木操 | 「山の歌」作詩募集入選作
三郎杉 | 内田善士
石本美由紀
(補作詞) | 原譲二 |  | 
95 | あじさい情話 | 1988年 | あじさい情話 | 星野哲郎 | 原譲二 | 鈴木操 | 
箱根ヨッシャ踊り |  |  |  | 
96 | 平成音頭 | 1989年 | 平成音頭 | 星野哲郎 | 原譲二 | 鈴木操 | 
魂(こころ) | 星野哲郎 | 船村徹 | 船村徹 | 
97 | 夜汽車 | 1989年 | 夜汽車 | 木下龍太郎 | 原譲二 | 斉藤恒夫 | 
越後情話 | 星野哲郎 | 原譲二 | 斉藤恒夫 | 
98 |  | 1990年3月31日 | 山 | 星野哲郎 | 原譲二 | 斉藤恒夫 | 本作品からCDに移行。
さがさないで下さい | 星野哲郎 | 原譲二 | 小杉仁三
99 | 北の大地 | 1991年1月1日 | 北の大地 | 星野哲郎 | 船村徹 | 南郷達也 | 第33回日本レコード大賞(演歌・歌謡曲部門)受賞曲
若かりし母の歌 | 星野哲郎 | 船村徹 | 蔦将包 | 
100 |  | 1992年 | 舵 | 石本美由紀 | 原譲二 | 前田俊明 | 
小春日和 | 志賀大介 | 原譲二 | 鈴木操 | 
101 |  | 1993年 | 城 | 志賀大介 | 原譲二 | 鈴木操 | 
風の城下町 |  |  |  | 
102 | 男道 | 1993年 | 男道 | 原譲二 | 原譲二 | 鈴木操 | テレビ朝日『暴れん坊将軍V暴れん坊将軍VI』、『暴れん坊将軍VII』エンディングテーマ
啼くな夜鴉 |  |  |  | 
103 |  | 1993年 | 宴(うたげ) | 志賀大介 | 船村徹 | 蔦将包 |&nb
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/05/28 07:58

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