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千賀滉大とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
愛知県蒲郡市
【生年月日】
(1993-01-30) 1993年1月30日(26歳)
【身長
体重】
186 cm
84 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投左打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
2010年 育成選手ドラフト4位
【初出場】
2012年4月30日
【年俸】
1億6,000万円(2019年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本
WBC
2017年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


獲得メダル
日本
ワールド・ベースボール・クラシック
 | 2017 | 野球

千賀 滉大(せんが こうだい、1993年1月30日 - )は、愛知県蒲郡市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。

日本シリーズの開幕投手を務めた史上初の育成出身選手で、育成出身選手最多の通算勝利数記録、及び同初の最多奪三振タイトルを持つ。また、令和初のノーヒットノーランを達成している。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 ソフトバンク時代
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位
    • 4.3 WBCでの投手成績
    • 4.4 年度別守備成績
    • 4.5 タイトル
    • 4.6 表彰
    • 4.7 記録
    • 4.8 背番号
    • 4.9 登場曲
    • 4.10 代表歴
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

実父が岩城滉一のファンであることから、出生時に「大」と命名。小学校2年生から少年野球チーム「三谷東若葉」に、4年生からは「北部サニーボーイズ」に所属した。 蒲郡市立中部中学校時代には、軟式野球部三塁手としてプレー。愛知県立蒲郡高等学校への進学後に投手へ転向した。

蒲郡高校では、1年時から公式戦に登板すると、2年春からはエースとしてチームを牽引。2年秋と3年春は故障などで公式戦に登板しなかったが、3年夏に全国高等学校野球選手権愛知大会へ出場。3回戦で敗退した。

2010年の育成ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスからの4巡目指名を受けて入団。「アマ球界に詳しい」という愛知県名古屋市のスポーツショップ「西正ベースボールショップ」の経営者・西川正二からの薦めで、当時のスカウト・小川一夫が千賀の獲得を決めたという。背番号128

ソフトバンク時代

2011年、この年から二軍監督に就任した小川の下で、もっぱら三軍戦に登板。ウエスタン・リーグ公式戦への登板機会はなかったが、シーズン終了後のみやざきフェニックスリーグで二軍戦デビューを果たすと、4試合の登板で通算3回1/3イニングを無失点に抑えた。

2012年は、若手選手主体のB組に参加した春季キャンプの紅白戦で好成績を残したことから、キャンプ終盤に一軍へ抜擢。しかし、3月9日の読売ジャイアンツ(オープン戦)の登板中に左足首をひねって緊急降板を余儀なくされたため、開幕を二軍で迎えた。ウエスタン・リーグ公式戦で開幕から先発ローテーションに入るほど好調だったことを受けて、4月23日に支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を「21」に変更した 。同月30日にプロ入り後初の出場選手登録を果たすと、同日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)に先発投手として一軍デビュー。しかし、レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦2試合の登板(オール先発)で0勝1敗という成績に終わった。その一方で、ウエスタン・リーグでは、9月20日の対オリックス・バファローズ戦で9回1死まで無安打無得点と好投。シーズン通算では、18試合の先発登板でリーグ最多の108イニングを投げるとともに、最優秀防御率(1.33)のタイトルを獲得した。また、7勝(リーグ2位タイ)、勝率.700(同3位)、83奪三振(同2位)という成績で、チームのリーグ優勝に貢献した。その一方で、シーズン終了後に右肩痛を発症したため、秋季キャンプに参加しなかった。

2013年、先発からセットアッパーに転向した岩嵜翔と交換する格好で、背番号を「21」から「41」に変更。1月の自主トレーニング中から投球フォームの改良へ積極的に取り組んだ末に、中継ぎ要員として自身初の開幕一軍入りを果たした。3月31日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で一軍初救援を経験すると、4月3日の対北海道日本ハムファイターズ戦(福岡ヤフオク!ドーム)から6月21日の対楽天戦(郡山総合運動場開成山野球場)まで、セットアッパーとして27登板試合連続無失点を達成。この間には、4月11日の対オリックス戦(福岡ヤフオク!ドーム)で一軍初ホールド、5月12日の対埼玉西武ライオンズ戦(熊本県藤崎台県営野球場)で一軍初勝利を挙げている。初めてクローザーに起用された6月26日対日本ハム戦(東京ドーム)では、延長10回裏に一塁手中村晃のタイムリーエラーで自責点0ながらサヨナラ負けを喫した一方で、救援投手による公式戦連続無失点イニング(34回3分の1)パシフィック・リーグタイ記録を樹立。この試合から4登板試合連続で敗戦投手になったことから、7月4日に出場選手登録を抹消されたが、同月14日にセットアッパーとして一軍へ復帰した。パシフィック・リーグの監督推薦選手として初めて出場したオールスターゲームでは、第2戦(明治神宮野球場)の4回裏から2番手として初登板。2イニングを無失点・(クリーンナップから4者連続を含む)5奪三振と好投したことから、敢闘選手賞を受賞した。リーグ戦の再開後は、7月26日の対日本ハム戦(福岡ヤフオク!ドーム)でクローザーとして一軍初セーブを挙げたものの、8月以降の登板では救援失敗が相次いだ。さらに、9月4日の日本ハム戦(東京ドーム)では、5回裏に7球を投げたところで左脇腹に痛みを訴えて緊急降板。翌5日の診察で左腹斜筋の肉離れが判明したため、同日に出場選手登録を再び抹消されると、そのままシーズンを終えた。

シーズン終了後の12月9日には、推定年俸3,300万円(408パーセント増)で契約を更改する一方で、球団フロントに対して先発への再転向を訴えている。

2014年は、春季キャンプのスタートを主力選手中心のA組で迎えたが、調整不足で早々にB組へと降格。オープン戦では、6試合の登板で2セーブ、防御率1.50(6イニング1失点)という好成績を残した。一軍でのロングリリーフを求める首脳陣の判断で2年連続の開幕一軍を逸したが、4月4日にシーズン初の出場選手登録。登録後は、点差とは無関係の局面での救援登板が続いた。5月23日のセ・パ交流戦、対阪神タイガース戦(福岡ヤフオク!ドーム)で自身1年振りの勝利を挙げたが、右肩に違和感が生じたことから、6月15日に登録を抹消。抹消後の検査では「疲労」と診断されたものの、結果としてシーズン中の実戦復帰には至らず、投球練習の再開は12月下旬にまで持ち越された。

2015年、前年発症した右肩痛のリハビリを経て、春季キャンプ前の自主トレーニングから、先発への再転向を視野に調整。ウエスタン・リーグ公式戦でも開幕から先発で好投を続けていたが、一軍先発陣の層が厚いことなどから、シーズン初の一軍昇格は8月18日にまで持ち越された。同日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)で一軍公式戦3年振りの先発登板を果たすと、7回を被安打4の無失点と好投。一軍公式戦では自身3年振り、一軍の先発では自身初の勝利を挙げた。また、ウエスタン・リーグでは、公式戦16試合に登板。規定投球回に達しなかったものの、9勝2敗、2完投、96奪三振、防御率2.00という好成績で、リーグ史上初の4連覇に貢献した。一軍公式戦では4試合の登板(先発3試合)で2勝1敗という成績を残したが、チームのリーグ連覇で迎えたポストシーズンでは、ロングリリーフ要員として起用。

千葉ロッテマリーンズとのクライマックスシリーズ ファイナルステージでは、第1戦(10月15日)および第3戦(同月17日、いずれも福岡ヤフオク!ドーム)の救援でピンチを完璧に凌いだことによって、チームを日本シリーズ進出に導いた。東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズでは、10月27日の第3戦で、1点リードの5回裏2死1塁から2番手投手としてシリーズデビュー。山田哲人から逆転の2点本塁打(シリーズ史上初の3打席連続本塁打)を浴びて敗戦投手になったが、翌28日の第4戦(いずれも神宮)では、2点リードの7回裏からの登板で2イニングを完璧に抑えた。

シーズン終了後の12月26日には、自身と同じ年齢の一般女性と結婚したことを発表している。

2016年、一軍の先発ローテーションの一角を担うべく、公式戦開幕直後の3月30日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、当日の対西武戦(ヤフオクドーム)でシーズン初勝利。この試合以降も、4月14日の対西武戦(埼玉県営大宮公園野球場)で一軍初の完投勝利を挙げるなど、オール先発で8連勝を記録した。8月6日の対日本ハム戦(ヤフオクドーム)でシーズン初黒星を喫したものの、同月20日の対日本ハム戦(札幌ドーム)でシーズン10勝目に到達。NPB育成ドラフト出身投手のオール先発によるシーズン10勝と、パ・リーグの育成ドラフト出身投手によるシーズン10勝は、いずれも初めてであった。9月3日の対楽天戦(コボスタ宮城)では、自身2度目の完投でシーズン12勝目を挙げたことによって、NPBの育成ドラフト出身投手による一軍公式戦でのシーズン最多勝利記録を達成している。勝率は.800だったものの、規定の13勝にあと1勝届かず、勝率第一位投手のタイトルを逃した。自身初の規定投球回到達となる169イニングで防御率2.61(リーグ3位)・181奪三振(同2位)を記録。

その一方で、ポストシーズン中の10月18日には、野球日本代表に初めて選出。シーズン終了後の11月中旬には、東京ドームで開かれた「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」2試合で救援登板を果たした。

2017年、レギュラーシーズン開幕前の3月に開かれた2017 ワールド・ベースボール・クラシックで、日本代表の第2先発要員として、1次ラウンドから通算4試合に登板。準決勝のアメリカ戦で敗戦投手になったものの、4試合を通じて防御率0.82を記録した。また、通算の奪三振数は16で、本大会に登板した投手としては最も多かった。このような活躍が高く評価されたことから、大会終了後の3月22日には、日本代表選手からただ1人「オールスターチーム」(主催者が出場選手の中から選ぶ表彰選手)に選出。「投手部門(3人)の1人」という扱いながら、大会の最優秀投手になった。上記の活躍が評価され、5月22日に蒲郡市スポーツ栄誉賞を受賞する。

シーズンは、主に育成選手として同期入団の甲斐拓也とバッテリーを組み、4月4日に行われた対楽天戦で今季初先発を迎える。4月11日の対日本ハム戦では、8回無失点の好投で、プロ野球史上初の育成選手出身の先発バッテリーとして勝利を飾る。5月上旬まで6戦の先発で5勝を挙げていたが、5月16日の対オリックス戦において、背中の張りを訴えて僅か9球で降板し、出場選手登録を抹消された。中12日で5月28日に行われた対日本ハム戦に登板し、8回1失点の好投で6勝目を挙げるが、翌6月4日の対横浜DeNAベイスターズ戦登板後に、背中の張りの症状が再発し、再び出場選手登録を抹消される。7月1日の対楽天戦で約1ヵ月ぶりの復帰登板。その後は、先発ローテーションの一角を担い、自己最多の13勝を挙げ、最高勝率のタイトルに輝き、チームの2年ぶりのリーグ優勝に貢献した。

ポストシーズンは、楽天とのクライマックスシリーズファイナルステージおいて、第2戦に先発登板して敗戦投手となったが、横浜との日本シリーズでは、10月28日の第1戦に先発登板し、7回、被安打4、失点1の好投で、日本シリーズ史上初の育成選手出身開幕投手として、自身初めてのポストシーズンにおいての初勝利を飾り、チームの2年ぶりの日本一奪還に貢献した。

シーズンオフの12月21日、福岡ヤフオク!ドーム内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、6,000万円アップの年俸1億2,500万円(金額は推定)でサインした。

2018年、3月30日の対オリックス戦において、自身初めての開幕投手として登板。8月17日のオリックス戦(京セラドーム大阪)でプロ入り初完封勝利を挙げた。9月15日の西武戦で先発し、自身2度目の1イニング4奪三振を記録。1イニング4奪三振はこれでプロ野球史上24度目(23人目)だが、同一選手が2度達成するのは史上初。最終的に2年連続となる13勝を挙げたものの、2度の故障をはじめ防御率やWHIPで自己ワーストを更新するなど、シーズンを通して苦しむ1年となった。

ポストシーズンのクライマックスシリーズにおいては、日本ハムとのファーストステージ第2戦、西武とのファイナルステージで第3戦に登板。西武との第3戦でクライマックスシリーズ初勝利を挙げる。広島東洋カープとの日本シリーズにおいても、第1戦と第5戦に登板し、チームの日本一連覇に貢献する。

シーズンオフの12月28日、福岡ヤフオク!ドーム内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、3,500万円アップの1億6,000万円プラス出来高(金額は推定)でサインした。

【映像外部リンク】

【快挙】H千賀 育成出身初・令和初のノーヒットノーラン 《THE FEATURE PLAYER》 - YouTube
パーソル パ・リーグTV 2019年9月6日公開

2019年、前年に続いて3月29日の対西武戦に開幕投手として登板。自己最速の161km/hを記録する。

5月に自身2回目の月間MVPに選出された。

9月6日の対ロッテ戦にて史上80人目のノーヒットノーラン達成。育成選手及び、令和に入ってからは初のノーヒットノーランである。また、ソフトバンクホークスとしても、ノーヒットノーランを達成したのは前身である南海軍時代の1943年5月26日に対大和軍戦にて別所昭が達成して以来76年ぶり2人目、また毎回奪三振での達成は日本プロ野球史上初であった。最終的にはリーグ最多227奪三振を記録して令和初の奪三振王のタイトルを獲得する。シーズン227奪三振は平成生まれでは歴代大最多(2019終了時点)である。シーズン途中までは日本ハムの有原と最多勝争いも繰り広げた。ポストシーズンでは、読売ジャイアンツとの日本シリーズにて3年連続日本シリーズ開幕投手として白星を挙げ、日本シリーズ3連覇に貢献した。シーズン終了後には、1年間バッテリーを組んだ甲斐拓也とともに自身初のゴールデングラブ賞を受賞した。また、育成出身投手としては初となるベストナインも受賞した。

選手としての特徴

平均約153km/h・最速161km/hのフォーシームツーシーム、落差の大きいフォーク、最速150km/hのカットボール、縦のスライダーを投げ分け空振りを奪うスタイル。特に驚異的な落差を誇るフォークボールは「お化けフォーク」と呼ばれ、千賀の代名詞として定着している。

高校時代に最速144km/hを記録し、その後プロ1年目に基礎体力の養成を優先した結果、1年間で最速記録を152km/hにまで伸ばした。2年目には、当時の先輩投手・近田怜王の勧めで、スポーツトレーナーの鴻江寿治が主宰する合同自主トレーニングへ近田、チェン・ウェイン吉見一起上野由岐子などと共に参加。鴻江から身体の使い方を学んだことをきっかけに、低めへのストレートの伸びを大幅に向上させた。地元球団である中日ドラゴンズのスカウトは、ソフトバンク入団後に二軍での千賀の投球を視察した際に「愛知にこんな選手がいたなんて…」と悔しがった。

高校時代には浅めに握るスプリットフィンガード・ファストボール(スプリット)を投げていたが、スライダー回転していたため人差し指を縫い目にかける工夫をした。制球難に苦しんでいた千賀は2012年1月の自主トレで球界屈指のコントロールを誇る吉見に積極的にアドバイスを求め、親指の使い方を教わり 「20球に1球しかまともに落ちなかったフォーク」が毎回真下に落ちる完成度の高いフォークへ変わり、お化けフォークとまで呼ばれるようになる。

救援投手として起用され始めた2013年のレギュラーシーズンでは、一軍公式戦でチームトップの51試合に登板。同点の局面で登板した7試合のうち、5度救援に失敗した。その一方で、僅差でのリードを背負って登板した18試合では、17試合を無失点で凌いでいた。当時は直球とフォークを主体に投球を組み立てていたが、2015年の先発再転向後は、スライダーを配球に加えることで投球の幅と安定感を増している。

人物

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

2012 | ソフトバンク | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 29 | 4.2 | 7 | 0 | 8 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 7 | 5 | 9.64 | 3.21
2013 | 51 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 17 | .200 | 232 | 56.1 | 32 | 1 | 26 | 0 | 1 | 85 | 10 | 1 | 16 | 15 | 2.40 | 1.03
2014 | 19 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 3 | .500 | 90 | 22.2 | 17 | 0 | 5 | 0 | 1 | 28 | 1 | 0 | 5 | 5 | 1.99 | 0.97
2015 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | .667 | 85 | 22.1 | 9 | 0 | 10 | 0 | 0 | 21 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0.40 | 0.85
2016 | 25 | 25 | 3 | 0 | 0 | 12 | 3 | 0 | 0 | .800 | 681 | 169.0 | 125 | 16 | 53 | 0 | 6 | 181 | 7 | 1 | 52 | 49 | 2.61 | 1.05
2017 | 22 | 22 | 0 | 0 | 0 | 13 | 4 | 0 | 0 | .765 | 572 | 143.0 | 107 | 15 | 46 | 0 | 2 | 151 | 6 | 0 | 47 | 42 | 2.64 | 1.07
2018 | 22 | 22 | 1 | 1 | 1 | 13 | 7 | 0 | 0 | .650 | 584 | 141.0 | 116 | 21 | 58 | 0 | 5 | 163 | 5 | 0 | 57 | 55 | 3.51 | 1.23
2019 | 26 | 26 | 2 | 2 | 0 | 13 | 8 | 0 | 0 | .619 | 752 | 180.1 | 134 | 19 | 75 | 1 | 8 | 227 | 4 | 1 | 60 | 56 | 2.79 | 1.16
通算:8年 171 | 100 | 6 | 3 | 1 | 55 | 29 | 1 | 20 | .655 | 3025 | 739.1 | 547 | 72 | 281 | 1 | 23 | 857 | 33 | 3 | 246 | 228 | 2.78 | 1.12

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位

【年

度】



【リ
|
グ】
【完

投】
【完

封】
【勝

利】
【勝

率】
【投

回】
【奪

振】



2012 | 20 | パ・リーグ | - | - | - | - | - | - | -
2013 | 21 | - | - | - | - | - | - | -
2014 | 22 | - | - | - | - | - | - | -
2015 | 23 | - | - | - | - | - | - | -
2016 | 24 | 3位 | - | 3位 | 1位 | 5位 | 2位 | 3位
2017 | 25 | - | - | 3位 | 1位 | - | 5位 | 3位
2018 | 26 | 5位 | 3位 | 3位 | - | 10位 | 2位 | -
2019 | 27 | 1位 | 1位 | 2位 | 4位 | 1位 | 1位 | 3位

WBCでの投手成績




















|
ブ





























ボ
|










2017 | 日本 | 4 | 1 | 1 | 1 | 0 | 41 | 11.0 | 7 | 0 | 1 | 0 | 1 | 16 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0.82

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
投手
【試

合】















2012 | ソフトバンク | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2013 | 51 | 0 | 14 | 0 | 1 | 1.000
2014 | 19 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2015 | 4 | 0 | 3 | 0 | 0 | 1.000
2016 | 25 | 10 | 30 | 1 | 1 | .976
2017 | 22 | 8 | 17 | 1 | 1 | .962
2018 | 22 | 4 | 13 | 1 | 1 | .944
2019 | 26 | 10 | 23 | 4 | 1 | .892
通算 171 | 32 | 102 | 7 | 5 | .950

タイトル

表彰

NPB
国際大会
受賞

記録

投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号

登場曲

代表歴

脚注

注釈

  1. ^ 先発投手として活躍していた和田毅が、前年末に ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/11/29 20:16

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