このキーワード
友達に教える
URLをコピー

南日本放送とは?

種類
株式会社
【略称】
MBC
【本社所在地】
日本
890-8570
鹿児島県鹿児島市高麗町5-25
【設立】
1953年5月23日
業種
情報・通信業
法人番号
3340001004277
【事業内容】
放送法に基づくテレビ・ラジオ放送事業
【代表者】
中村 耕治(代表取締役社長)
【資本金】
2億円
【売上高】
59億3,990万円(2012年3月期実績)
【従業員数】
115名
【主要株主】
財団法人MBC畠中文化基金(19.1%)
【主要子会社】
MBC開発株式会社
宇検養殖株式会社
株式会社MBCサンステージ
ライコー株式会社
【外部リンク】
http://www.mbc.co.jp/
特記事項:設立当初の商号は「株式会社ラジオ南日本」。
【南日本放送】

【基本情報】

【英名】
Minaminihon Broadcasting Co., Ltd.
【略称】
MBC
【本社】
〒890-8570
鹿児島県鹿児島市高麗町5-25
演奏所
本社と同じ
【公式サイト】
http://www.mbc.co.jp
【ラジオ】

【放送対象地域】
鹿児島県
【系列】
JRNNRN
愛称
MBCラジオ
呼出符号
JOCF
【開局日】
1953年10月10日
親局 / 出力 鹿児島 1107kHz / 20kW
【主な中継局】

【テレビ】

【放送対象地域】
鹿児島県
【ニュース系列】
JNN
【番組供給系列】
TBSネットワーク
呼出符号
JOCF-DTV
【開局日】
1959年4月1日
リモコンキーID
1
デジタル親局 鹿児島 40ch
アナログ親局 鹿児島 1ch
ガイドチャンネル
1ch
【主な中継局】

【主なアナログ中継局】
  • 鹿屋枕崎 6ch
  • 阿久根 10ch
  • 大口 11ch
  • 志布志 61ch
  • 串木野 62ch
  • 名瀬 1ch

  • 特記事項:
    アナログテレビ放送は2011年7月24日終了時点のデータ

    株式会社南日本放送(みなみにほんほうそう、Minaminihon Broadcasting Co., Ltd.)は、鹿児島県放送対象地域とした中波放送(AM放送)事業とテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者である。 略称はMBC

    ラジオはJRN系列とNRN系列のクロスネット、テレビはJNN系列の単独ネット。

    目次

    • 1 概要
      • 1.1 送信所
        • 1.1.1 主なテレビ中継局
        • 1.1.2 ラジオ
      • 1.2 支社・支局
      • 1.3 海外提携放送局
    • 2 資本構成
      • 2.1 2015年3月31日
      • 2.2 過去の資本構成
    • 3 沿革
      • 3.1 開局まで
      • 3.2 アナログテレビ放送開始
      • 3.3 報道体制の強化・中継局の整備・KKBとの関係
      • 3.4 8.6水害・日本の放送局初の気象予報業務許可
      • 3.5 2001年以降
      • 3.6 年表
      • 3.7 テレビネットワークの移り変わり
      • 3.8 社史・記念誌
    • 4 スタジオ・関連設備等
      • 4.1 本社
      • 4.2 本社以外
    • 5 主なテレビ番組
      • 5.1 自社製作番組
      • 5.2 JNN系列局制作番組のネット
      • 5.3 系列外の番組
        • 5.3.1 テレビ東京(TX)系列
        • 5.3.2 その他
      • 5.4 過去に放送されていた番組
        • 5.4.1 自社制作番組
        • 5.4.2 TBS系の遅れネット
        • 5.4.3 日本テレビ系
          • 5.4.3.1 KYT開局まで放送されていた日本テレビ系の番組
        • 5.4.4 フジテレビ系
          • 5.4.4.1 KYT開局まで放送されていたフジテレビ系の番組
        • 5.4.5 テレビ朝日系
          • 5.4.5.1 KKB開局まで放送されていたテレビ朝日系の番組
        • 5.4.6 テレビ東京系
        • 5.4.7 その他
    • 6 主なラジオ番組
      • 6.1 主な自主制作番組
      • 6.2 ネット番組
        • 6.2.1 TBSラジオ制作
        • 6.2.2 文化放送制作
        • 6.2.3 ニッポン放送制作
        • 6.2.4 その他
      • 6.3 鹿児島県内他民放ラジオ局と同時編成
      • 6.4 過去に放送された番組
    • 7 MBCパーソナリティ
      • 7.1 アナウンサー
        • 7.1.1 元アナウンサー
      • 7.2 ニュースキャスター
        • 7.2.1 元ニュースキャスター
      • 7.3 気象予報士
      • 7.4 MBCタレント
        • 7.4.1 元MBCタレント
      • 7.5 ゲストタレント
      • 7.6 ポニーメイツ
      • 7.7 元リポーター
      • 7.8 台湾特派員
    • 8 脚注
    • 9 参考文献
    • 10 外部リンク

    概要

    1953年10月10日に鹿児島県初の民間放送局として開局。1959年4月に(アナログ)テレビ放送を開始し、2006年12月には地上デジタル放送を開始した。社屋(演奏所、MBC放送会館)は鹿児島市高麗町甲突川右岸に位置しており、1993年の8.6水害の際には水没の危機に瀕している。

    主な自社制作番組としてラジオでは1953年の開局から続く『城山スズメ』、テレビでは1976年10月から続く平日18時台(日本標準時、以下同様)の報道番組(現在は『MBCニューズナウ』)や1984年10月から続く情報番組どーんと鹿児島』などがある。

    鹿児島県の地方紙、南日本新聞社(こちらの社名の読み方は「みなみにっぽん」)が同率5位の大株主で、1953年の開局時からアナログテレビ放送の開始までは同紙の社屋(鹿児島市易居町、当時)を間借りするかたちで演奏所があった。ただし、南日本新聞との資本関係は鹿児島テレビ放送(KTS)ほど強くなく、毎日新聞ともテレビ開局時から関係を持つ。鹿児島放送(KKB)については『MBC50年の軌跡』において「兄弟会社」と表現しており、同局の開局時には喜田治男(『MBC6時こちら報道』初代キャスター)などの社員が出向しているほか、地上デジタル放送の親局NHK鹿児島放送局とともに使用するなどの関係がみられる。

    略称が同じMBCという理由で韓国文化放送系列局、全州文化放送と姉妹交流を結んでいる。

    社是・キャッチコピーは『ふるさとたっぷり MBC』。放送局全体のマスコットキャラクターは設定されていないが、過去にはラジオカー『ポニー』の擬人化キャラクター、および2008年の「ウミガメプロジェクト」におけるウミガメのキャラクターがそれぞれ設定されている。

    送信所

    鹿児島親局テレビ・FM放送所」および「隼人ラジオ放送所」も参照
    デジタル放送の送信所(紫原)
    JNN系列のリモコンキーID地図

    親局(送信所)のチャンネル(周波数)はラジオがAM1107kHz・FM92.8MHz、テレビが40ch(デジタル、リモコンキーID:1ch)。

    テレビ送信所は鹿児島市紫原(むらさきばる)のKKBの送信所からNHK鹿児島放送局とともに送信しており、MBCのFPU基地局も1980年代より紫原に置かれている。

    アナログ放送は城山からVHF帯の1chで送信していたが、デジタル放送はUHF帯で送信されるため、既存UHF局(KTS・KKB・KYT)が送信所を設けていた紫原へ移転するかたちとなった。

    城山送信所からはエフエム鹿児島の電波(79.8MHz)も送信されていたが、こちらも2011年8月1日に紫原にあるKKBの送信所へ移転した。城山送信所の解体作業は同年9月に開始し、同年12月までに完了した。

    主なテレビ中継局

    地上デジタル放送において「大規模」「重要」とされているものを記載する。地上デジタル放送における開局順に並べた。

    アナログ・デジタルの列はチャンネルを表記。所在地は自治体単位、離島については島名も付記している。中継局名からは中継局記事へリンクしている。

    【中継局名】
    【アナログ】
    【デジタル】
    【所在地】
    特記事項
    鹿屋 | 6 | 43 | 鹿屋市 | 県内初のテレビ中継局
    阿久根 | 10 | 25 | さつま町・出水市 | 開局時は紫尾山中継局
    枕崎 | 6 | 20 | 枕崎市 | 
    蒲生 | 50 | 20 | 姶良市 | 
    串木野 | 62 | 16 | いちき串木野市 | 
    大口 | 11 | 25 | 湧水町 | 開局時は栗野中継局
    南種子 | 59 | 16 | 南種子町(種子島) | 
    頴娃 | 10 | 16 | 南九州市 | 
    名瀬 | 1 | 16 | 奄美市(奄美大島) | 
    中之島 | 44 | 40 | 十島村 | 
    志布志 | 61 | 20 | 志布志市 | 
    財部 |  | 40 | 曽於市 | デジタル新局
    瀬戸内 | 12 | 21 | 瀬戸内町(奄美大島) | 
    末吉 | 62 | 20 | 曽於市 | MBC初のUHF局
    徳之島 | 60 | 16 | 徳之島町 | 
    知名 | 1 | 21 | 知名町(沖永良部島) | 
    種子島 | 60 | 25 | 西之表市 | 

    ラジオ

    隼人ラジオ送信所(鹿児島本局)

    現在は薩摩地方に3か所、奄美市に1か所中継局が設置されている。かつて(1962年 - 2003年)は鹿屋中継局(1062kHz、100W)が存在した。

    2015年1月1日にFM補完中継局が開局した。桜島の海底噴火や南海トラフ巨大地震などの重大災害に備えて設置。AM局におけるFM補完中継局の設置は北日本放送南海放送(いずれも2014年12月1日開局)に次いで3局目。

    AM放送
    親局 コールサイン 周波数 空中線電力 備考
    鹿児島 | JOCF | 1107kHz | D20kW | 
    中継局 コールサイン 周波数 空中線電力 備考
    阿久根 | JOCL(廃止) | 1107kHz | 1kW | 
    大口 |  | 1107kHz | 
    川内 |  | 1107kHz | 100W | 
    名瀬 |  | 1449kHz | 300W | 
    FM放送
    中継局 コールサイン 周波数 空中線電力 備考
    MBC鹿児島FM |  | 92.8MHz | 1kW | サービスエリアは鹿児島市、指宿市垂水市霧島市錦江町南大隅町鹿児島湾一帯。
    MBC阿久根FM |  | 93.7MHz | 100W | これにより、鹿屋市曽於市志布志市枕崎市南さつま市南九州市阿久根市薩摩川内市伊佐市および出水市など本土一帯に放送エリアが広まった。
    MBC枕崎FM |  | 94.8MHz
    MBC鹿屋FM |  | 94.2MHz
    MBC蒲生FM |  | 86.7MHz | 100W | サービスエリアは姶良市霧島市および鹿児島市垂水市の一部。
    MBC種子島FM |  | 82.3MHz | 1kW | サービスエリアは西之表市中種子町南種子町および屋久島町三島村の一部。

    AM(中波)では、カーラジオなどでは昼間は宮崎県南西部(都城市えびの市串間市など)および熊本県南部(芦北町水俣市など)まで聴取できる。この地域の一部では日常的にMBCラジオの番組宛てへメールやはがきを投稿する常連リスナーが古くからいた。冬季のみであるが、福岡県など九州北部でも受信できる事が、トラックドライバーなどから番組宛てに報告された事がある。沖縄本島北部の海岸線でも、カーラジオなどで昼間に聴取出来たとのメール投稿も以前あった。ちなみに昼間の中波受信の最長距離記録は、和歌山県すさみ町でラジオ無線関係の雑誌『ラジオマニア 2008』(三才ブックス)での屋外受信の実験企画において2008年春に成功している。

    2011年10月3日からはradikoを通じてインターネット配信を実施している。おおすみFMネットワークあまみエフエムFMきりしま(おおすみFMネットワーク・FMきりしまは独自、あまみエフエムはSimulRadio)とは異なり、エリア判定により鹿児島県と見做される環境下(通常版。有料会員制「radikoプレミアム」に加入している場合は、県外でも受信可能)でのみで聴取できる。AM放送ではステレオ放送を実施していないが、radiko・FM補完中継局においては一部の番組・CMがステレオ音声で配信される。

    支社・支局

    MBCの薩摩川内支社の画像

    海外提携放送局

    資本構成

    企業・団体は当時の名称。出典:

    2015年3月31日

    【資本金】
    【授権資本】
    【1株】
    【発行済株式総数】
    株主数
    2億円 | 2億6000万円 | 500円 | 400,000株 | 149
    【株主】
    【株式数】
    比率
    MBC畠中文化基金 | 76,276株 | 19.06%
    鹿児島県 | 30,000株 | 07.50%
    岩崎産業 | 24,060株 | 06.01%
    鹿児島市 | 21,550株 | 05.38%
    南日本放送従業員持株会 | 18,885株 | 04.72%
    南日本銀行 | 12,180株 | 03.04%
    南日本新聞社 | 12,000株 | 03.00%
    山形屋 | 12,000株 | 03.00%
    いわさきコーポレーション | 12,000株 | 03.00%
    中川運輸 | 12,000株 | 03.00%

    過去の資本構成

    1978年3月31日
    【資本金】
    【授権資本】
    【1株】
    【発行済株式総数】
    株主数
    2億円 | 2億6000万円 | 500円 | 400,000株 | 218
    【株主】
    【株式数】
    比率
    鹿児島県 | 50,000株 | 12.50%
    鹿児島市 | 18,900株 | 04.72%
    中川喜次郎 | 16,000株 | 04.00%
    鹿児島信用金庫 | 13,500株 | 03.37%
    旭相互銀行 | 12,180株 | 03.04%
    南日本新聞社 | 12,000株 | 03.00%
    鹿児島市農業協同組合 | 12,000株 | 03.00%
    山形屋 | 12,000株 | 03.00%
    鹿児島交通 | 12,000株 | 03.00%
    1992年3月31日
    【資本金】
    【授権資本】
    【1株】
    【発行済株式総数】
    株主数
    2億円 | 2億6000万円 | 500円 | 400,000株 | 215
    【株主】
    【株式数】
    比率
    鹿児島県 | 50,000株 | 12.50%
    MBC畠中文化基金 | 26,501株 | 06.62%
    岩崎産業 | 22,560株 | 05.64%
    鹿児島市 | 18,900株 | 04.72%
    鹿児島信用金庫 | 13,500株 | 03.37%
    南日本銀行 | 12,180株 | 03.04%
    南日本新聞社 | 12,000株 | 03.00%
    かごしま農業協同組合 | 12,000株 | 03.00%
    山形屋 | 12,000株 | 03.00%
    鹿児島交通 | 12,000株 | 03.00%
    中川海運 | 11,000株 | 02.75%
    2003年3月31日
    【資本金】
    【授権資本】
    【1株】
    【発行済株式総数】
    株主数
    2億円 | 2億6000万円 | 500円 | 400,000株 | 212
    【株主】
    【株式数】
    比率
    MBC畠中文化基金 | 76,276株 | 19.06%
    鹿児島県 | 30,000株 | 07.50%
    岩崎産業 | 24,060株 | 06.01%
    鹿児島市 | 18,900株 | 04.72%
    南日本銀行 | 12,180株 | 03.04%
    南日本新聞社 | 12,000株 | 03.00%
    山形屋 | 12,000株 | 03.00%
    いわさきコーポレーション | 12,000株 | 03.00%
    中川運輸 | 11,000株 | 02.75%
    鹿児島信用金庫 | 10,000株 | 02.50%
    鹿児島相互信用金庫 | 10,000株 | 02.50%
    鹿児島銀行 | 10,000株 | 02.50%

    沿革

    開局まで

    第二次世界大戦後日本でも民間放送局が相次いで開局したが、開局の形態としては「地元新聞社のラジオ事業進出」または「地元自治体の共同出資」が多かった。鹿児島県の場合は当時の南日本新聞社社長畠中季隆が、「3kWで鹿児島県全域と宮崎・熊本県の南部、南西諸島全域をカバーするラジオ局」の設立構想を打ち出した。

    当初は当時の鹿児島県知事は「ラジオ局はNHKで十分」と主張し、当時の鹿児島銀行の頭取も「鹿児島では商業放送は成り立たない」と否定的であったが、1952年12月12日に南日本新聞紙面上で設立構想を掲載してからは、鹿児島県全体で協力体制が出来上がり、最終的には(当時日本復帰前の大島郡を除く)県内全市町村が出資した。

    1952年12月10日に南日本新聞本社3階に創立事務所を設置。1953年1月31日に発起人総会が開かれ、送信所が鹿児島市吉野町に、演奏所は南日本新聞本社3階に第3スタジオまで設置することが報告された。2月11日に郵政省にラジオ局の開設申請を提出し、6月13日にラジオ南日本の創立総会が開催された。このときまでに略称がMBCと決定され、英称は現在と同じ"Minaminihon Broadcasting Co.,Ltd."であった。

    送信所の出力は当時500Wまたは1kWが主流であり、3kWでの開局構想は異例のものであった。郵政省は異例の高出力と、同じ周波数を使用している金沢の放送局・北陸文化放送(当時 ラジオ北陸とも)との混信問題を懸念し、「アンテナ2基による指向性アンテナ」を条件に3kWでの送信を認められた。指向性アンテナは当時日本唯一のもので、指向性は南西諸島に向けられた。MBCは宮崎にも中継局を設置する予定であったが、こちらはラジオ宮崎(MRT、現在の宮崎放送)が設立されたことで阻止された(詳細は宮崎放送#沿革を参照)。

    創立総会の時点では開局日は1953年11月1日の予定であったが、番組改編期に合わせる営業上の都合から、同年10月10日に前倒しされた。このため電波監理局の検査合格(本免許交付)と同時に開局しなければならなかった(実際は本放送開始2日前に免許交付)。なお、実際に本免許交付と同日に開局した事例はかのやコミュニティ放送きもつきコミュニティ放送(2006年8月4日)がある。

    1953年10月10日に開局、現在も続く番組『城山スズメ』『希望のリボン』『歌のない歌謡曲』の放送もこの日から開始されている。ニュースは開局当時から、南日本新聞社と共同通信社から提供を受けていた。10月20日にMBCタレントの源流となるMBC放送劇団(南日本放送劇団)を創立。11月3日にはMBC開局祭が鹿児島市中央公民館で開催され、社歌となる「ラジオ南日本の歌」(現在は南日本放送の歌に改称 作詞:浜田盛秀・作曲:間宮芳生)が発表された。「ラジオ南日本の歌」は2012年末まで一日のテレビ放送開始・終了時にインストゥルメンタルとして流されていた。その後約5年の中断を経て、2018年から再び流されるようになっている。

    アナログテレビ放送開始

    アナログ放送の城山送信所。1959年-2011年まで使用。

    開局した1953年は東京でテレビ放送が開始された年でもあった。MBCがテレビ開局準備局を設けたのは1956年1月のことであり、1957年10月22日に仮免許が交付された。テレビの送信所は1958年6月から1959年1月にかけて城山に、演奏所は1958年11月から翌年1月にかけて鹿児島市高麗町に建設された。演奏所は4期に分けて建設され(MBCニューズナウなどで使用される第1スタジオは第1期、ラジオ兼用の第2スタジオは第2期)、最終的には1960年に完成した。1階は甲突川の氾濫対策で高床設計であり、これが1993年の8.6水害で水没の危機に瀕した社屋を救うこととなる。

    1959年4月1日の午前8時45分にテストパターンを流して(アナログ)テレビ放送を開始。同年8月にはJNNに加盟したが、MBCとしては「ニュースはJNN、一般番組はフリーネット」の姿勢であった。TBSとはその後、1967年10月13日に編成・報道・営業の3協定を締結している。

    番組編成はKTS・KKB・KYTが開局する(1969年4月・1982年10月・1994年4月)毎に大幅に変更され、現在では一般番組も、おおむねTBS系列を中心に編成されている。

    1961年10月に「ラ・テ兼営となった実態に即すため」として、社名をラジオ南日本から南日本放送へ変更した。

    報道体制の強化・中継局の整備・KKBとの関係

    1961年7月3日にローカルニュース番組の制作を開始。ラジオでも1967年10月からニュースの自主編集が開始された。1976年10月には夕方の30分ワイド番組『MBC6時こちら報道』が開始された(現在はMBCニューズナウとして放送)。取材拠点は1968年の鹿屋を始めに、1970年代にかけて県本土の各所と奄美大島に設置された。

    テレビ中継局の整備は1960年の鹿屋中継局に始まる。ただし、鹿屋中継局は「宮崎放送の鰐塚山送信所からのスピルオーバーによる視聴者流出」への対策の意が強く、他の主要中継局は1963年から順次設置されていった。離島の中継局は1970年代に整備された。奄美大島へは1977年に放送を開始し、与論島にも1980年3月に中継局が設置された。同時に難視聴地域を対象とした微小局・ミニサテライト局の設置も進められた。

    1982年のKKB開局の際には社員出向や中継局の共同使用などの協力を実施。MBCとKKBの関係はさながら「兄弟会社」のようなものであった。現在もMBCはKKBに出資しており、関係は現在でも続いている。

    8.6水害・日本の放送局初の気象予報業務許可

    1993年8月6日の「8.6水害」では鹿児島市が甚大な被害を受けた。MBCの社屋も水没の危機に瀕し、社内に残ったスタッフ・社員関係者一丸となって土嚢を積みバケツモップによる必死の排水作業を続けかろうじてテレビマスター室の防衛に成功したが、所有するラジオカー「ポニー号」3台が水没その他社用車の大多数を水没させた。テレビ中継車及び衛星中継車 ステージカーは、伊集院町(現在の日置市)でのゴルフ大会収録に出動していたため水没を免れた。

    この日は細川内閣成立に関する報道特番がJNNでは編成されていたが、MBCではMBCニューズナウの終了後引き続いて8.6水害に関する報道を随時挿入し、21時台のドラマイエローカード』を途中打ち切り後は翌朝まで報道を続けた。この報道姿勢は高く評価され『20世紀放送史』(日本放送協会・編、2001年)にも掲載されるほどであったが、MBCとしては「自ら気象情報を提供することはできたのか?」という課題が残された。これに対する答えが1995年の気象予報業務許可であった。各番組でMBC独自の予報を提供し、1998年からはフィラーとして天気予報を放送している。

    2001年以降

    2002年からは現在のキャッチフレーズ「ふるさとたっぷりMBC」を使用(テレビのみ2004・2005年は「かごしまlife」)。同時期に開局50周年を迎えたことから、過去のドキュメンタリー番組を『アーカイブス50』として放送した。

    2006年12月に地上デジタル放送とワンセグの本放送を開始。2008年の開局55周年記念事業「MBCウミガメプロジェクト」においてはウミガメ(男の子と女の子)のマスコットキャラクター「ユウ(遊海)」「ミウ(美海)」が設定された。名前は一般公募により選定された。2011年7月24日にはアナログテレビ放送が終了し、同年11月までに城山送信所が解体された。

    2013年に開局60周年を迎えたことから、MBCではテーマ曲『見つめあうだけで』および「60」をあしらったムービングロゴを同年1月1日に制定した。『見つめあうだけで』は韓国のデュオ「HUE」が歌唱し、テレビで一日の放送開始・終了時などに同年末まで放送されていた。

    なお、2009年4月から1年間「MBCテレビ50 あの頃のふるさと」(平日23:55、)、2012年度にも1年間MBCニューズナウ内にて過去の鹿児島のニュース映像を振り返るコーナーを放送しており、2015年7月6日から「MBCアーカイブス 昭和のふるさと」(平日18:55)を放送するなど地域密着型の編成を行っている。

    2014年10月からは同局では14年半ぶりとなる夕方ワイド番組かごしま4がスタートした。

    年表

    出典:wikipedia
    2018/09/25 22:26

    HAPPY Wikipedia

    あなたの考える「南日本放送」の意味を投稿しよう
    「南日本放送」のコンテンツはまだ投稿されていません。
    全部読む・投稿 

    南日本放送スレッド一覧

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「南日本放送」のスレッドを作成する
    南日本放送の」
    友達を探す
    掲示板を探す
    このページ
    友達に教える
    URLをコピー

    注目のキーワード

    錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

    キーワードで探す

     
    友達を探す
    掲示板を探す
    無料コミックを探す
    占い・診断
    着メロを探す
    GAMEを探す
    デコメを探す
    きせかえツールを探す
    FLASH待ち受けを探す
    ハッピーWiki
    ハッピーメール
    ハッピーランド
    HAPPY NEWS
    2010Happy Mail