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南極大陸とは?

南極大陸

【面積】
14,000,000 km
【人口】
定住0(7位)
夏季約5,000-冬季約1,000
【保護領】
{{{1}}}

【その他地域】
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【標準時】
該当なし
UTC-3 (グレアムランド)
使用TLD .aq

南極大陸(なんきょくたいりく、: Antarctica、([æntˈɑːrtɪkə] ( 音声ファイル)または[ænˈtɑːktɪkə]) 、西: Antártida: Antarctique: Antarktika: Antártica)は、地球の最もにあり、南極点を含む大陸南半球南極地方にあり、南氷洋に囲まれた南極圏に位置する。5番目に大きな大陸であり約1400万kmの面積は、オーストラリア大陸のほぼ2倍に相当する。約98%はで覆われ、その厚さは平均2.00325kmに及ぶ。

南極大陸は、平均気温が最も低く、乾燥し、強風に晒され、また平均海抜も最も高い大陸である。年間降水量が海岸部分で200mm、内陸ではさらに少ない砂漠と考えられる。

南極大陸で観測された最低気温は、2010年8月10日に記録した-93.2°Cである。この気温では人間が定住することは難しいが、約1000-5000人が大陸中に点在する研究所に年間を通して滞在している。自然状態では、寒冷な環境に適応可能な生物のみが生存し、多くの藻類ダニ線虫ペンギン鰭脚類節足動物などの動物類、バクテリア菌類植物および原生生物が繁殖している。植生ツンドラである。

かつて、「南の地」を意味するメガラニカ (Terra Australis) という大陸が空想されていた南極域に、公式に大陸が存在する事が確認されたのは1820年にロシアの探検家ファビアン・ゴットリープ・フォン・ベリングスハウゼンミハイル・ラザレフがボストーク号(en)とミールヌイ号(en)で行った遠征に端を発する。しかし、厳しい自然環境や、当時は資源が見つからなかった事、そして孤立的な地理条件から、19世紀中はほとんど歯牙にかけられなかった。

1959年、12ヶ国の批准で始まった南極条約は、その後加盟国が49にまで増えた。条約は、軍事的活動や鉱物採掘、核爆発や核廃棄物の発生、各国家による領域主権の主張を禁止し、科学的研究の支援と生物地理区としての保護を定めた。多くの国から派遣された科学者たちが、研究や実験を行っている。

目次

  • 1 語源
  • 2 歴史
    • 2.1 古生代(5億4000万–2億5000万年前)
    • 2.2 中生代(2億5000万–6500万年前)
    • 2.3 ゴンドワナ大陸の分裂(1億6000万-2300万年)
    • 2.4 新第三紀(2300万年-5000年前)
  • 3 探検の歴史
    • 3.1 発見まで
    • 3.2 到達と探検
  • 4 地理
    • 4.1 西南極と東南極
    • 4.2 南極の火山
  • 5 気候
  • 6 人口
  • 7 生物
    • 7.1 保護
  • 8 政治
    • 8.1 軍事活動
    • 8.2 南極における領有権主張
  • 9 経済
  • 10 研究
    • 10.1 地質調査
    • 10.2 氷床コアボーリング
    • 10.3 隕石
  • 11 氷の収支
  • 12 地球温暖化への影響
  • 13 オゾン層の劣化
  • 14 脚注
    • 14.1 注釈
    • 14.2 出典
  • 15 参考文献
  • 16 関連項目
  • 17 外部リンク

語源

大陸の名称として単語「Antarctica」を公式に初めて使ったのは、1890年代のスコットランド人地図学者ジョン・ジョージ・バーソロミューである。「Antarctica」は、北極またはの反対という意味であるギリシア語の複合語ἀνταρκτικός (antarktikos) を女性名詞化したἀνταρκτική (antarktiké) を元に、ローマ字化したものである。

歴史

氷床の下に眠る南極大陸の岩盤地形
これは、氷床がすべて除かれ、その圧力からの解放による地盤の上昇と海面の上昇を計算した南極の地図である。この地図は氷床の形成を阻むほど温暖だった3,500万年前の南極大陸の状態を示唆するものである。

約2億年前、南極大陸は超大陸ゴンドワナの一部であった。1億8000万年前頃からゴンドワナは徐々に分裂し、南極大陸の現在の形は約2500万年前に形成された。南極大陸は常に寒冷で渇き氷に覆われていた訳ではなく、大陸は現在よりもはるかにに位置し、熱帯または温帯の気候であった時期が長く、当時は森林で覆われ多様な生物が生きていた。

古生代(5億4000万–2億5000万年前)

カンブリア紀にゴンドワナは穏やかな気候にあり、現在の西南極に相当する地域は北半球に位置した。この時期、砂岩石灰岩または頁岩の堆積が進行した。東南極に相当する地域は赤道上にあり、熱帯の海には無脊椎動物三葉虫などが繁殖していた。デボン紀初期(4億1600万年前)ゴンドワナは南へ移動を始め、当時の陸上植物の化石を分析した結果から、気候は寒冷になっていったことが分かった。シルトが堆積し、今日のエルスワース山脈ホーリック山脈ペンサコーラ山脈の地層を形成した。デボン紀末(3億6000万年前)には氷河時代が始まり、南極大陸部分は南極点を中心とする位置まで移動し、気温は低下したが、植物は南極植物相として生き残っていた。ペルム紀には湿地帯に繁殖するグロッソプテリスのようなシダ植物門系の植物が優勢になり、後に南極横断山脈の石炭層を形成した。ペルム紀の終わり頃までは、地球温暖化の影響からゴンドワナは暖かく乾燥した状態が保たれていた。

中生代(2億5000万–6500万年前)

温暖な環境の中、極氷冠は溶けた状態にあり、ゴンドワナ系の大陸では砂漠化が進んでいた。東南極ではシダ種子類が繁殖し、この頃には砂岩や頁岩の堆積が大量に進んだ。後ペルム紀から三畳紀初期にはリストロサウルスなど哺乳類型爬虫類として知られる単弓類が繁殖した。ジュラ紀(2億600万-1億4600万年前)には南極半島形成や島々の隆起が始まった。この頃にはイチョウの木やソテツ類が旺盛に繁殖した。西南極では球果植物門の森が形成されていたが、白亜紀(1億4600万-6500万年前)の終わり頃にはナンキョクブナ科が優勢になりつつあった。アンモナイトが周辺海域で一般的な生物であった。恐竜も棲息していたが、知られているものは3に留まっている。ハンソン層からは、クリョロフォサウルス(獣脚類)とグラシャリサウルス(en:Glacialisaurus竜脚類)およびアンタークトペルタ(鳥盤類)が見つかっている。

ゴンドワナ大陸の分裂(1億6000万-2300万年)

1億6000万年前にアフリカ大陸が南極大陸と分離し、白亜紀の初期(1億2500万年前頃)にインド亜大陸も離れた。6500万年前頃には、オーストラリア大陸と分かれていなかった南極大陸は熱帯もしくは亜熱帯気候にあり、有袋類中心の動物相を持っていた。約4000万年前、オーストラリアとニューギニア島が分離し、南極大陸が独立した。そしてこの頃から最初の氷が形成され始めた。約3400万年前のE/O境界を過ぎる頃、二酸化炭素の濃度はそれ以前から数百ppm下がった約760ppmになった。2300万年前後には南アメリカ大陸との陸峡が切れてドレーク海峡が開かれ、その結果南極環流が生じて南極大陸は完全に孤立した。二酸化炭素の減少は環境変化に大きく影響し、森林に取って替わって氷が大陸に広がり始めた。約1500万年以降、大陸は氷で閉ざされている。

新第三紀(2300万年-5000年前)

1986年、オハイオ州立大学の古生物学者ピーター・ウェブのチームは、南極点から640kmの地点に、300万年前に繁殖していた大規模な温帯森林の痕跡を発見した。

探検の歴史

詳細は「南極の歴史」を参照

発見まで

メルカトルによる世界地図

北半球の大陸(ヨーロッパ・アジア・北アフリカ)と地球規模のバランスを取る大陸が南の果てにあるという考えは、プトレマイオスが「世界の陸塊には対称性がある」と示した通り、2世紀頃には存在した。この概念は、南アメリカやオーストラリアの発見を経た17世紀末に至ってもなお、これらの面積が釣り合わないことから依然として残っていた。ゲラルドゥス・メルカトルが1569年に出版した世界初の世界地図には「テラ・オーストラリス・イ・コングニダ」(未知の南の国)という、フエゴ島からオーストラリア大陸までを含めた巨大な大陸が書かれている。船乗りたちの興味は、この架空かつ未知の大陸へ向けられるようになり、マゼランドレークタスマン、そしてジェームズ・クックなどが南海を何回も探検した。

前述の仮想上の陸地は、クック船長率いるレゾリューション号とアドヴェンチャー号が1773年1月17日と12月そして1774年12月に南氷洋南極環流を突っ切るまで、ヨーロッパの世界地図に痕跡を残していた。1773年1月、クック一行は南極大陸沿岸から約121kmまで近づいたが、結局は陸地を発見できなかった。それでもクックはテーブル型氷山が多いことから陸地は存在するだろうと推測していた。そして

その地は南緯60度より高緯度にあり、小さく氷雪に覆われた不毛の地で、人類に対し何の富ももたらさないだろう。

と記している。この時の3隻の船それぞれに乗り組んでいた者たちが、南極大陸の第一発見者といえる。

到達と探検

様々な機関(例えばアメリカ国立科学財団アメリカ航空宇宙局カリフォルニア大学サンディエゴ校など)は、南極大陸上陸は3人の船長が率いた船によって成されたという。1820年にエストニア出身のロシア帝国海軍船長のファビアン・ゴットリープ・フォン・ベリングスハウゼンと、アイルランド出身のイギリス海軍船長エドワード・ブランスフィールド、そしてアメリカ合衆国コネチカット州アザラシ猟ナサニエル・パーマーである。ベリングスハウゼンは1820年1月27日に南極大陸を視認し、その3日後にブランスフィールドが上陸を果たした。パーマーの上陸は同年11月である。ボストーク号とミールヌイ号に乗るベリングスハウゼンとミハイル・ラザレフの遠征では、南極大陸沿岸から32km以内まで到達し、そこで彼らは氷に閉ざされた地を目にした。記録された最初の上陸は、1821年2月7日にアメリカ人アザラシ猟師ジョン・デイビスと言われる。

1840年1月22日、バレニー諸島西岸を発見した2日後、3年前からジュール・デュモン・デュルヴィルの冒険に同行していたメンバーらが、アデリーランドジオデシー岬沖約4kmにあるデュムラン諸島内の最も標高が高い小島に上陸した。ここで彼らは鉱物や藻類および動物のサンプルを得た。

1839年12月には、アメリカ海軍が実施した1838-42年のアメリカ合衆国探検遠征隊の調査("Ex. Ex.",または"the Wilkes Expedition"とも呼ばれる)がオーストラリアのシドニーから出発し、南氷洋を渡って翌年1月25日にはバレニー諸島西岸を発見した。当時、この場所はウィルクスランドと命名された。

探検家ジェイムズ・クラーク・ロスは、1841年に現在ロス海と呼ばれる海域を通過し、ロス島を発見した。これらには彼の姓が冠された。彼が淵に沿って航行した巨大な氷の壁はロス棚氷と呼ばれる。エレバス山テラー山は、それぞれ彼の一行が乗っていた2隻の船(エレバステラー)に由来する。1853年1月26日にはマーケイター・クーパー東南極に到達した。

ニムロデ探査の南極点調査隊。左から: フランク・ワイルドアーネスト・シャクルトンエリック・マーシャルジェームソン・アダムス

アーネスト・シャクルトンが率いた1907年のニムロデ探査において、エッジワース・デイヴィッドの隊は初めてエレバス山を登頂し、南磁極に到達した。ダグラス・モーソンは危険な帰路から生還し、その後も1931年に引退するまで様々な探検を続けた。シャクルトン自身も他のメンバー3人を従え、1908年12月に数々の未踏の地を探検し、1909年2月にはロス棚氷を横断、バードモア氷河を渡って南極横断山脈を越え、そして南極高原に到達した。

ロアール・アムンセン」を参照
ロバート・スコット」を参照

ノルウェー人探検家ロアール・アムンセンの隊がフラム号を出発しクジラ湾からアクセルハイベルグ氷河を遡上するルートで南極点を目指し、1911年12月14日に彼らは到達を成し遂げた。テラ・ノヴァ号探検隊ロバート・スコット一行が南極点に到達したのは、彼らに遅れる事1ヶ月だった。

1930年代から40年代にかけて、リチャード・バード飛行機による南極飛行を数度行った。彼は、南極大陸の通行手段を確立し、大規模な地質学的および生物学的調査を実施したことで知られる。しかし、1956年10月31日にジョージ・J・ドゥフェク率いるアメリカ海軍のグループが航空機で南極点に降り立つまで、訪れる者はいない空白期間があった。

単独で南極大陸に到達した初めての人物はニュージーランド人のデヴィッド・ヘンリー・ルイスであり、彼は「アイス・バード」と名づけた10mサイズの鉄製スループでこれを成し遂げた。

地理

詳細は「南極の地理」を参照
南極周辺の島の一覧」も参照
南極大陸の地図

南極大陸は、南極点の周囲に非対称的に広がり、おおむね南極圏の南側に位置する世界最南の大陸である。周囲を南氷洋が取り囲んでいる。あるいは太平洋大西洋インド洋の南端、もしくは世界大洋の南端が取り囲んでいるとも言える。

面積は1400万kmで大陸としては5番目に当り、ヨーロッパ大陸の1.3倍に相当する。最高峰はエルスワース山脈にある海抜4,892mのヴィンソン・マシフである。海岸線17,968kmは、以下の表で示される通り、ほとんどが氷で閉ざされている。

南極大陸海岸線の種類
種類 比率
棚氷(浮遊した氷の縁) | 44%
氷壁(陸地にある氷の部分) | 38%
氷河流/溢流氷河(氷河の先端) | 13%
岩石 | 5%
合計 | 100%

南極大陸地表の約98%は、南極氷床で覆われており、その厚みは平均1.6km以上に達する。地球上の氷の90%が南極大陸に集中しており、その結果淡水の70%が存在していることになる。もし全ての氷が解けると、海水面は約60m上昇する。内陸の降水量は年間20mm以下と非常に少ない。ブルー・アイスと呼ばれる特徴的な地域は、降水量よりも昇華によって失われる水の量の方が多い場所である。

詳細は「氷底湖」を参照

南極大陸には70を超える湖が大陸氷床の下に存在する。ボストーク湖は、1996年にロシアのボストーク基地直下に発見された最大の氷底湖である。これは50-100万年前に氷によって封鎖されたものと考えられていたが、最近の調査では他の湖へ大きな水の流れのあることが判明した。

西南極と東南極

南極大陸は、ロス海とウェッデル海岸を繋いだ南極横断山脈で二分される。ウェッデル海西側とロス海東側に挟まれた西半球にある地域は西南極 (West Antarctica) と呼ばれ、残りの東半球にある地域は東南極 (East Antarctica) と呼ばれる。この東西の呼び分けは、それぞれがグリニッジ子午線に対しておおよそ西と東にある事を理由とする便宜上のものである。

西南極は西南極氷床で覆われている。この氷床はわずかながらも崩壊する可能性が指摘され、注目を集めている。もし崩壊すれば数世紀単位で起こる緩やかなものながら、何メートルかの海面上昇に繋がると考えられる。氷床の10%に相当するいくつかの南極氷河流は、南極棚氷のひとつに流れ注いでいる。

東南極は南極横断山脈から見てインド洋側にあり、中にはコーツランドドローニング・モード・ランドマック・ロバートソン・ランドエンダービーランドウィルクスランドヴィクトリアランドが広がる。ほとんどの領域は東半球にある。そして、広い面積を東南極氷床で覆われている。

南極の火山

ロス島の活火山、エレバス山

南極大陸や周辺諸島には多くの山々や火山帯がある。火山帯は2つあり、マクマード入江付近のものとサウスシェトランド諸島付近のものである。この内マクマード入江の火山群はホットスポットであり、サウスシェトランド諸島の火山群はプレートの沈み込み口である。ロス島のエレバス山は世界で最も南にある活火山であり、マクマード入江の火山群に含まれる。南極にあるもう一つの活火山はサウスシェトランド諸島のデセプション島であり、1970年に噴火を起こし、その後も温泉や小規模な噴火が確認され、今後も噴火の可能性がある。

休火山の中にも再噴火の可能性は否定できないものがある。2004年、南極半島で海底火山がアメリカとカナダの研究チームにより確認された。最近の研究でも、この無名の火山が活動している可能性を示す証拠が見つかった。

気候

詳細は「南極の気候」を参照
南極点の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) -14
(7) | -20
(-4) | -26
(-15) | -27
(-17) | -30
(-22) | -31
(-24) | -33
(-27) | -32
(-26) | -29
(-20) | -29
(-20) | -18
(0) | -13
(9) | -13
(9)
平均最高気温 °C (°F) -25.9
(-14.6) | -38.1
(-36.6) | -50.3
(-58.5) | -54.2
(-65.6) | -53.9
(-65) | -54.4
(-65.9) | -55.9
(-68.6) | -55.6
(-68.1) | -55.1
(-67.2) | -48.4
(-55.1) | -36.9
(-34.4) | -26.5
(-15.7) | -46.27
(-51.28)
平均最低気温 °C (°F) -29.4
(-20.9) | -42.7
(-44.9) | -57.0
(-70.6) | -61.2
(-78.2) | -61.7
(-79.1) | -61.2
(-78.2) | -62.8
(-81) | -62.5
(-80.5) | -62.4
(-80.3) | -53.8
(-64.8) | -40.4
(-40.7) | -29.3
(-20.7) | -52.03
(-61.66)
最低気温記録 °C (°F) -41
(-42) | -57
(-71) | -71
(-96) | -75
(-103) | -78
(-108) | -82
(-116) | -80
(-112) | -77
(-107) | -79
(-110) | -71
(-96) | -55
(-67) | -38
(-36) | -82
(-116)
平均月間日照時間 558 | 480 | 217 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 60 | 434 | 600 | 589 | 2,938
出典 1: WeatherBase
出典 2: Cool Antarctica
昭和基地(1981年 - 2010年)の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) 8.2
(46.8) | 8.0
(46.4) | 3.6
(38.5) | 0.5
(32.9) | 2.8
(37) | -0.7
(30.7) | -2.5
(27.5) | -2.8
(27) | -1.1
(30) | -1.2
(29.8) | 7.3
(45.1) | 8.5
(47.3) | 8.5
(47.3)
平均最高気温 °C (°F) 2.0
(35.6) | -0.5
(31.1) | -4.3
(24.3) | -7.6
(18.3) | -10.7
(12.7) | -12.1
(10.2) | -14.1
(6.6) | -15.8
(3.6) | -14.9
(5.2) | -10.8
(12.6) | -4
(25) | 1.1
(34) | -7.6
(18.3)
日平均気温 °C (°F) -0.7
(30.7) | -2.9
(26.8) | -6.5
(20.3) | -10.1
(13.8) | -13.5
(7.7) | -15.2
(4.6) | -17.3
(0.9) | -19.4
(-2.9) | -18.1
(-0.6) | -13.5
(7.7) | -6.8
(19.8) | -1.6
(29.1) | -10.4
(13.3)
平均最低気温 °C (°F) -3.7
(25.3) | -5.5
(22.1) | -9.2
(15.4) | -13
(9) | -16.6
(2.1) | -18.7
(-1.7) | -20.8
(-5.4) | -23.3
(-9.9) | -22
(-8) | -17.2
(1) | -10.4
(13.3) | -4.6
(23.7) | -13.7
(7.3)
最低気温記録 °C (°F) -12.6
(9.3) | -14.8
(5.4) | -25.2
(-13.4) | -29.3
(-20.7) | -38.5
(-37.3) | -38.3
(-36.9) | -39.9
(-39.8) | -42.2
(-44) | -45.3
(-49.5) | -33.2
(-27.8) | -25
(-13) | -10.9
(12.4) | -45.3
(-49.5)
平均降雪日数 (≥ 0 cm) 13.3 | 17.5 | 29.6 | 29.5 | 30.8 | 29.3 | 30.3 | 30.6 | 29.5 | 30.5 | 30.0 | 28.5 | 329.4
% 湿度 67 | 68 | 71 | 72 | 67 | 65 | 66 | 64 | 64 | 69 | 68 | 68 | 67
平均月間日照時間 375.7 | 203.2 | 120.1 | 58.0 | 17.7 | 0.0 | 4.8 | 64.1 | 136.5 | 191.0 | 316.0 | 434.6 | 1,925.9
出典 1: 気象庁
出典 2: 観測史上1 - 10位の値(年間を通じての値)

南極大陸は地球上で最も寒い場所である。1983年7月21日には、ボストーク基地で-89.2 °C (-128.6 °F)という最低気温が記録された。また、2010年8月10日にはドームA基地付近の氷原において、地表面温度が-93.2℃に達した。これは同地点の典型的な気圧下におけるドライアイス昇華点よりも低く、さらにはアンモニアの融点(-77℃)よりも低い。 東南極は西南極よりも標高がおしなべて高いため、より寒冷である。

コンコルディア基地があるドームCの雪原。大陸のほとんどにこの風景が広がる

南極が北極よりも寒い理由は2つある。第一に、標高がほとんど海抜3000メートル以上なので、その分寒冷になる。第二に北極には北極海があり、海洋は相対的に暖かいので、浮氷を通してそれが伝わり、北極は南極の地表のような極端な状態になることはない。

高緯度にあることから、一日中太陽が昇ったまま(白夜)であったり逆に沈んだまま(極夜)である状態が発生する。夏の晴天時には、一日中太陽が沈まないため、太陽光の照射量は、南極点の方が同時期の赤道上よりも多い。南極大陸における最高気温の記録は、2015年3月24日に南極半島北端のアルゼンチン管轄のエスペランサ基地で観測された17.5℃である。上空のオゾン層が破壊され、真っ白な雪に覆われた大地は、降り注ぐ紫外線のほとんどを反射し、しばしば日焼けが健康問題にもなる。

南極大陸は降水量が非常に少ない、凍りついた砂漠と言える。南極点における年間降水量は平均100ミリメートル未満である。最低気温は冬季内陸で-80 °C (-112 °F)から-90 °C (-130 °F)程度にまで達し、最高気温は夏季沿岸部でも5 °C (41 °F)から15 °C (59 °F)程度にしかならない。 中心部の冷たく乾いた環境ゆえに、気象前線が大陸にかかることは稀である。大陸中心部の降水は少ないが、氷が非常に長い期間解けずに残存する。

大陸沿岸部は南極台地が吹き降ろす強い滑降風に晒され、時に嵐にもなる。それに対し内陸部の風速は特に強いものではない。

南極点付近の夜空には南極光とも呼ばれるオーロラが見られる。これは太陽風のプラズマが地球の大気を通過することで発生する光学現象である。他の珍しい現象には、太陽光の異常屈折がもたらすグリーンフラッシュや、細氷(ダイヤモンドダスト)という、細かな氷の結晶が降ることがある。これは通常、晴天か晴天に近い時に発生するため、しばしば天気雨の一種と考えられている。またそれに伴うサンピラーが現れることもある。幻日は、太陽の脇に別に光点が見られるものであり、大気中で起こる光学現象の一種である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/11/15 20:30

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