このキーワード
友達に教える
URLをコピー

台北市とは?

中華民国 台北市
別称: 北、北市
時計回りに上から: 台北市の遠景、円山大飯店シャングリ・ラ・ファーイースタン・プラザ国立故宮博物院中正紀念堂剣潭駅

【地理】


【座標:】
北緯25度5分27.8秒
東経121度33分35.4秒
座標: 北緯25度5分27.8秒 東経121度33分35.4秒
【面積:】
271.7997 km2
【各種表記】

繁体字: 臺北市
日本語読み: たいほくし
漢語: Táiběi Shì
通用: Táiběi Shìh
ウェード式: T'ai2-pei3 Shih4
注音符号: ㄊㄞˊ ㄅㄟˇ ㄕˋ
片仮名転写: タイペイシー
台湾語: Tâi-pak-chhī
客家語: Thòi-pet-sṳ
【行政】

【】

台北市旗

台北市徽




行政区分: 直轄市
【下位行政区画:】
12市轄区
【政府所在地:】
中華民国台湾台北市信義区市府路1号
【台北市長:】
柯文哲(無所属)
【公式サイト:】
台北市政府
【情報】

【総人口:】
2,704,974 人(2016年1月)
【世帯数:】
1,043,859 戸(2016年1月)
【郵便番号:】
100~116
【市外局番:】
02
【台北市の木:】
ガジュマル(榕樹)
【台北市の花:】
ツツジ(杜鵑)
【台北市の鳥:】
ヤマムスメ(台灣蘭鶴)

台北市(たいほくし/タイペイし、繁体字: 臺北市簡体字: 台北市英語: Taipei)は、中華民国首都である。

2,695,652人(2016年11月)が居住しており、市域の人口では衛星都市新北市に抜かれたものの、中華民国の首都である。台湾最大の都市圏である台北都市圏の中枢都市であり、アジア屈指の世界都市でもある。面積は約272平方キロメートルで四方を新北市に囲まれている。

日本統治時代は「たいほく」と日本語読みしていた。現在でもNHKの放送では「たいほく」の呼称を採用している。北京語発音では「タイペイ」 (Táiběi) 、台湾語発音ではタイパック (tâi-pak) である。

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 先史時代
    • 1.2 清朝統治時代
    • 1.3 日本統治時代
    • 1.4 中華民国時代
    • 1.5 現在
  • 2 地理
    • 2.1 地形
    • 2.2 水系
    • 2.3 気候
  • 3 行政区分
    • 3.1 年表
    • 3.2 日本時代台北市の町名一覧
  • 4 経済
    • 4.1 建築
    • 4.2 労働市場
  • 5 交通
    • 5.1 空港
    • 5.2 鉄道
      • 5.2.1 台湾高速鉄道 (高鐵)
      • 5.2.2 台湾鉄路(台鉄)
      • 5.2.3 台北捷運
    • 5.3 バス
    • 5.4 水運
    • 5.5 高速道路
    • 5.6 道路
  • 6 教育
    • 6.1 国立・市立大学
    • 6.2 私立大学
    • 6.3 科技大学/技術学院
    • 6.4 軍事、警察関係大学
    • 6.5 その他学校
  • 7 観光
    • 7.1 寺廟
    • 7.2 博物館・紀念館
    • 7.3 美術館
    • 7.4 建築物
    • 7.5 繁華街
    • 7.6 公園
  • 8 歴代市長
    • 8.1 日本時代
    • 8.2 中華民国時代
  • 9 姉妹都市
  • 10 出身有名人
  • 11 台北市を舞台にした作品
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

歴史

詳細は「台北の歴史」を参照
国立中正紀念堂
景福門

先史時代

台北はもともと平埔族と呼ばれる原住民(ケタガラン族)の住む土地であったが、代の初め頃より漢民族が居住するようになった。また大航海時代になると、オランダの統治が及んでいなかった台北市郊外にある淡水スペインが要塞を作り、一時期スペインの活動拠点の一つとなった。1662年鄭成功はオランダ勢力を台湾より駆逐し、台湾北部に進出したが、基隆や淡水を拠点としたに過ぎなかった。

清朝統治時代

龍山寺

1683年清国による台湾統治が開始されても、清政府は「化外の地」として台湾島への渡航自体を制限し、当初は台北が開発されることはなかった。やがてうやむやのうちに制限は解除され、漢民族の移住は活発化し、台北は「一府二鹿三艋舺」と三大都市の一つに数えられるほど栄えるようになった。「府」とは清朝統治の中心であった台南、「鹿」とは台湾中部の鹿港艋舺とは台北(厳密には現在の万華地区周辺の古称)のことである。字が示すように、元々台北は水運から発達した。

台南と比べると都市形成の点で後進的であった台北であるが清末には都市化が進行し、1875年には清政府による台北府の設置と台北城の建設が始まった。1882年に方形の城壁が張り巡らされ、1885年には台湾省が設置されて台北はその省都となるなど台北は中国的近代都市として成長を遂げた。巡撫として派遣された劉銘伝は電灯、電報、鉄道などのインフラを整備し、また都市整備のため大陸の商人資本を集めて興市公司を設立するなどの政策を次々と遂行し、ここに「清国人の都市としての」台北は着々と発展していった。現在台北市の行政区を囲むように点在する四つの城門は、当時を偲ばせるものであるが、福建様式の一つを除いた残りの門は国民政府以降に作られたため北京様式である。

しかしながら、日清戦争敗北によって清国が台湾割譲を余儀なくされるとこうした流れは一転し、台北は日本的近代都市として新たな成長期を迎えることとなった。

日本統治時代

台湾総督府(現中華民国総統府)

1895年日本統治が始まると、日本は独立派の勢力が強く、日本からも遠い台南を嫌って台北に総督府を設置、台北の本格的発展はこの時点から始まった。初代民政長官に就任した後藤新平は、清朝が築いた市街の城壁を撤去、街路を建設し、また上下水道を整備するなど近代都市建設を進めた。1901年に台風被害があり、在来建造物が壊滅的被害を受けると、それを機に中国式建築が一掃されて代わりにレンガ造り・石造りの官庁・学校・銀行・会社などが林立し、市街の光景を一変させた。その後も市域の拡大や周辺農地の治水・開墾が進められ、日本本土からの移住者も多数にのぼった。さらに経済的にも軽工業や農産物の生産などにより次第に影響力を強めた。このような中、市民生活も豊かになり西門町では数多くの映画館が立ち並び、また台北郊外の北投温泉は、日本有数の温泉地として整備され台湾の内外から多くの湯治客・観光客を集め、1923年には皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)も行啓した(天皇が来訪した温泉場も現存する)。このように日本統治下において台北は台湾の政治・経済・観光・軍事の中心地として栄えた。

戦争が始まると、台湾は南進基地として利用され、台北には本土からの軍隊が往来するようになった。それを狙って米軍による空爆も開始され、市民は疎開を余儀なくされた。

中華民国時代

戦後は日本人は引き上げ、代わりに蒋介石率いる国民党軍が駐留するようになった。国民党は兵士やその家族を引き連れて居留したため、台北の人口は一気に跳ね上がった。国民党は中華文化を称揚する政策をとり、台北の日本建築は中華式のものに立て替えられたり、中正紀念堂故宮博物院円山大飯店などの中華様式のモニュメント的建築が建てられた。栄町・旭町、勅使街道などの日本式の名前を持っていた町や通りも、中山路・民族路などの中華式のものに改められた。

その後、国民党軍が共産党軍に敗れ、中華民国が中国大陸を失うと、大陸にある南京市の代替地として台北に臨時首都が置かれた(のちに臨時という扱いではなくなる)。

国民党政府は開発独裁を敷き、軍事や経済発展を優先したため、台湾経済は飛躍的に発展し、中心地である台北も人口増が相次いだが、民生は後回しにされていたため、台北の交通渋滞や公害問題は悪化していった。それを解決するために台北駅の地下化、地下鉄建設、排気規制などが計画されたが、ほとんど実行されなかった。

これらの政策が実行に移されるようになったのは、民主化の進んだ1990年代前後からであり、台北の都市環境は飛躍的に整備されるようになった。

現在

西門町

IT経済化、さらにバイオなどの知識集約経済化を進める台湾では、台北を中心とした地域の重要性がさらに高まっている。しかし、台北市内には余剰空間が不足しているため都市の発展は周辺部に波及し、台北都市圏を形成している。特に台北から板橋台湾桃園国際空港へ至る回廊は人口が密集し、移動人数に対処するため台北捷運各線や桃園機場捷運が運行しているほか、追加の路線も建設または計画されている。2015年までの台北大都市圏(台北市、新北市基隆市)の人口は704万人を数え、香港と同規模の都市圏を形成している。日本の民間研究所2016年に発表した「世界の都市総合力ランキング」では、世界33位と評価された。また、アメリカのシンクタンクが2016年に発表した世界都市ランキングにおいて、世界43位と評価された。

また、台北市南部には台湾に出稼ぎにきたフィリピンミャンマー人らが密集して居住する地域が存在している。これらの地域は従来交通不便地であったが、交通インフラの整備により急速にベッドタウン化が進んでいる。

2006年には高雄市との高速鉄道の完成に伴い、それまで工業都市として発展していた高雄地区が工場の海外移転及び脱工業化にともない産業が空洞化したことで、高雄都市圏の人口を吸収する可能性も指摘されている。2017年にはユニバーシアード(2017年夏季ユニバーシアード)も開催され、台湾で初の国際総合スポーツ大会となる。

地理

台北市の衛星画像

台北市は急速な人口増加のため、台北盆地の山際にまで都市化が進展している。北部は夜市で有名な士林、山の手高級住宅地の天母温泉で有名な北投から、外港として栄えた淡水にいたる。中心部は古くから栄えた地域であり、日本時代の建築や清時代の遺構が多い。総統府、台北最古の寺、龍山寺、古くからの繁華街・西門町もここにある。南部には茶の産地である木柵を擁する。

地形

台北市は台北盆地に位置し、大屯火山群(休火山)が市北部北部に位置し、市南部の円山、大直、内湖に向かって緩やかな傾斜を生み出している。最高海抜は七星山の1,120mであり、続いて大屯山の1092mが続いている。山間部の中心は北投の外延に広がる火山地帯である。市東部の内湖南港及び南部の木柵では丘陵地帯となっており、標高約300mの南港山系(拇指山系)が広がっている。

水系

台北市内は淡水河の流域に分類される。淡水河は主流以外に支流の新店渓が大同区(大龍峒、大稲)、万華、公館、景美などの地域を流れている。

基隆河基隆市暖暖区新北市汐止区、南港、松山、内湖、大直、士林、社子を経た後関渡一帯にて淡水河で合流している。河道が湾曲していることから、かつては大雨ごとに水害が発生していたが、現在は士林、内湖、南港の河道を修正する工事を行い水害被害を防ぐ治水事業が完成している。

これ以外には景美渓は景美にて新店渓より分岐し、景美、木柵を経て新北市深坑区へと流れている。双渓は士林、北投境界一帯より基隆河が分岐したものであり、磺渓はその双渓より分岐している。双渓は芝山岩、外双渓谷(故宮博物院附近)を流れ、鉱渓は石牌、天母などを流域に含んでいる。

気候

台北市は北緯25度付近の東アジア大陸と太平洋のあいだに位置し、モンゴル高気圧と温暖湿潤な太平洋高気圧の影響を受けた亜熱帯気候が特徴である(ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候)。台湾では四季の変化が顕著な地域であり、一般に3~5月を春、6~8月を夏、9~11月を秋、12~翌年2月を冬としている。

台北の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
平均最高気温 °C (°F) 19.1
(66.4) | 19.6
(67.3) | 22.1
(71.8) | 25.7
(78.3) | 29.2
(84.6) | 32.0
(89.6) | 34.3
(93.7) | 33.8
(92.8) | 31.1
(88) | 27.5
(81.5) | 24.2
(75.6) | 20.7
(69.3) | 26.6
(79.9)
平均最低気温 °C (°F) 13.9
(57) | 14.2
(57.6) | 15.8
(60.4) | 19.0
(66.2) | 22.3
(72.1) | 24.6
(76.3) | 26.3
(79.3) | 26.1
(79) | 24.8
(76.6) | 22.3
(72.1) | 19.3
(66.7) | 15.6
(60.1) | 20.4
(68.7)
降水量 mm (inch) 83.2
(3.276) | 170.3
(6.705) | 180.4
(7.102) | 177.8
(7) | 234.5
(9.232) | 325.9
(12.831) | 245.1
(9.65) | 322.1
(12.681) | 360.5
(14.193) | 148.9
(5.862) | 83.1
(3.272) | 73.3
(2.886) | 2,405.1
(94.689)
出典: 中華民国中央気象局 1981-2010

行政区分

北投区
士林区
内湖区
大同区
中山区
松山区
万華区
中正区
大安区
信義区
南港区
文山区

年表

日本時代台北市の町名一覧

西←虎山から眺めた台北市の風景→東

経済

内湖科学技術園区

台北市は台湾経済の中で金融、メディア、通信の中心地としての地位を占めている。2011年9月、英国のシンクタンクのZ/Yenグループにより、世界第23位の国際金融センターと評価されている。産業方面では経済の急速な発展により市民の所得が増大し、高い消費能力とそれに付随する産業の発展が特徴であり、サービス業などの第三次産業が台北経済の9割を占めるようになっている。その中には卸売り、小売、貿易、飲食、金融サービス、物流サービス、通信事業、インターネット関連、そしてSOHOを含んでおり、特に小売業では人口当たりのコンビニの店舗数が世界一となっている。また台北市のテクノロジー関連でも整備が進み情報ハイウェイ(資訊高速公路Information Infrastructure)を目指す台湾のコンピューター通信網は世界でも先端の設備率を有している。

建築

博愛特区
台北で最も高い超高層建築である台北101

台北には1900年代より多くの日本統治時代の建築が残されている。その中でも特に、台北の中心地にあり、台湾の政治・経済の中枢を担う中央官衙(中正区ないし博愛特区)は、総統府(旧台湾総督府)、台北賓館(旧台湾総督官邸)、司法院(旧総督府高等法院)、監察院(台北州庁)、台湾銀行 などが立ち並びコロニアル調の風情を感じさせる建築群として知られており、台北のシンボルにもなっている。

市内にも多くの日本統治時代の建築が点在していて、1920年代の日本人の住宅地である「昭和町」(現・青田街)の日本家屋も残っており、都市化が進むなか貴重な文化資産として、その多くが文芸施設やレストランとして改築され保存されている。市内郊外の北投温泉街もその一例である。

一方、台北市の東部にある信義区の副都心は、高層ビルや商業施設が立ち並び、急速に発展を遂げる地区である。台北市政府が移転し、2004年完成の台北101を中心とする新しい高層ビル群が立ち並び、国際都市としてインフラ整備が実施されている。台北101は、2004年に当時世界第1位の高さとなる超高層ビル(地上492m、階数101階)として完成し、地上449mの高さにある91階には屋外展望台がある。

中国との関係改善が進むに連れて、中国からの投資資金が流入し、住宅価格が高騰している。一般人の年収の約15倍に達しており、住民の年収比での住宅価格は世界一との指摘もある。2013年の住宅価格は、2003年の倍にのぼる。

労働市場

2006年3月現在、15歲以上の民間人口は約213万、実質労働人口は118万6千である。就業者数は114万、失業者数は4万7千であり、失業率は3.9%である。また外国人労働者はいわゆるホワイトカラーが約2万9千人、ブルーカラーが4万3千人就業している。

交通

空港

松山空港

台北市内には、台北松山空港(松山機場)が存在する。

台北松山空港は、都心部に近い松山区にある。1979年中正国際空港(現桃園国際空港)開港以降は、台湾の国内線専用空港として運用されてきたが、2010年に再国際化し、日本羽田空港との間に定期便が就航した。都心部との距離が近いため、都心部との交通手段として台北捷運内湖線がターミナル直下に乗り入れるほか、路線バスやタクシーなどの連絡手段も利用される。また、近郊の基隆市桃園市桃園区中壢区への高速バスや、桃園国際空港へのリムジンバスも運行されている。

松山空港に発着する以外の大部分の国際線は、桃園市大園区にある桃園国際空港に発着する。台北市との連絡手段は、中山高速公路経由のリムジンバスとタクシーに限られているが、2017年に空港と台北市内を連絡する桃園捷運機場線が開業し、台北駅から35分のアクセスとなり、連絡状況が向上した。

鉄道

台北駅台湾鉄路管理局の本部が設置されている

台北は台湾鉄道の発祥の地であり、代には大稲埕から基隆及び新竹駅区間での運行がされていた。日本統治時代には清代の鉄道路線を変更し、今の萬華・板橋を経由した。また、台北市内に市電を建設する計画もあったが、財政難のため計画のみで中止されている。

台湾高速鉄道 (高鐵)

詳細は「台湾高速鉄道」を参照
台湾高速鉄道
プラットホーム(台北駅)

台北と高雄とを結ぶ高速鉄道。日本の新幹線技術が導入され、台北・高雄間の345kmを最高速度300km/h、所要時間約1時間30分で結んでいる。

台湾鉄路(台鉄)

台鉄縦貫線
詳細は「台湾鉄路管理局」を参照

台湾鉄路管理局縦貫線南港駅松山駅台北駅万華駅の4駅が市内に設けられており、その中でも台北駅は台湾交通の中心地の一つとなっている。市内の台鉄の線路は、慢性的な渋滞解消のため、すべて地下化が完了している。

以前は、台北駅より分岐する淡水線及び万華駅より分岐する新店線があったが、淡水線は1988年に捷運(台北捷運淡水線)の転換工事のため廃止、新店線は巨額の累積赤字に加え道路拡張工事の必要性から1965年に廃止されている。

台北捷運

詳細は「台北捷運」を参照
淡水線
板橋線西門駅

台湾で初めて整備された捷運システム (MRT, Mass Rapid Transit) であり、新北市と連絡し、台北都市圏の交通の基幹となっている。現在開通している路線は下記の通り:

路線一覧
台北捷運路線図
路線 区間 キロ程 備考
BR  | 1号線
文湖線 | 文山線 | 動物園 - 中山国中 | 10.9km | 
内湖線 | 中山国中 - 南港展覧館 | 14.8km | 
R  | 2号線
淡水信義線 | 淡水線 | 淡水 - 中正紀念堂 | 23.2km | 
信義線 | 中正紀念堂 - ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/09/22 00:07

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「台北市」の意味を投稿しよう
「台北市」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

台北市スレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「台北市」のスレッドを作成する
台北市の」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
無料コミックを探す
占い・診断
着メロを探す
GAMEを探す
デコメを探す
きせかえツールを探す
FLASH待ち受けを探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail