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台湾とは?

台湾

【地理】

【場所】
太平洋
【座標】
北緯23度46分 東経121度0分 / 北緯23.767度 東経121.000度 / 23.767; 121.000
【面積】
36,197 km (13,976 sq mi)
面積順位
136位
【最高標高】
3,952 m (12,966 ft)
【最高峰】
玉山
【行政】

中華民国

【首都】
台北市
【最大都市】
新北市(人口3,997,189)
【人口統計】

【人口】
23,590,744(2019年時点)
【人口密度】
650 /km (1,680 /sq mi)
【民族】
96.7% 台湾漢民族(閩南人客家人外省人)
2.3% 台湾原住民
台湾
繁体字
臺灣 / 台灣
簡体字
台湾
【発音記号】

標準中国語

漢語拼音
Táiwān
ウェード式
T'ai2-wan1
国語ローマ字
Tairuan
注音符号
ㄊㄞˊㄨㄢ
呉語

ローマ字
[d̥e uɛ]
客家語

客家語拼音
Thòi-vàn
粤語

粤拼
Toi Waan
閩南語

閩南語白話字 Tâi-oân
台湾語ローマ字
Tâi-uân
閩東語

福州語ローマ字 Dài-uăng

ポルトガル語: (Ilha) Formosa
繁体字
福爾摩沙
【英文表記
(意味)】
beautiful island
【発音記号】

標準中国語

漢語拼音
fúěrmóshā
注音符号
ㄈㄨˊㄦˇㄇㄛˊㄕㄚ
粤語

粤拼
fukjimosaa
閩南語

閩南語白話字 Hok-ní-mô͘-sa/Hok-mô͘-sat (福摩薩)


台湾
人口 - 経済
教育 - 交通
言語 - 軍事
政治
文化
遺跡 - 映画
芸術 - 文学
演劇 - 舞踊
宗教 - 民俗
世界遺産候補地
歴史建築百景 - 台流
地理
温泉 - 国立公園
歴史
先史時代
オランダ統治時代
鄭氏政権
清朝統治時代
台湾民主国
日本統治時代
中華民国時代
カテゴリ
政府機構 - 社会 - 文化
生物 - 博物館 - 台湾人
スポーツ - 原住民 - 古跡
行政区分 - メディア - 交通
食文化 - 教育 - 経済
組織 - 言語 - 地理
歴史 - 画像 - 政治

台湾(たいわん、: 臺灣 / 台灣: Tâi-oân/Tâi-uân)は、東アジアに位置する島嶼(台湾島)、中華民国の通称、あるいは台湾島を中心に定義される幾つかの地域としての名称である。

1945年当時台湾を統治していた日本第二次世界大戦敗れたことを受け、台湾は澎湖諸島と共に当時中国大陸を本拠地とした中華民国の施政下に編入され(台湾光復)、中国の一地方となった。1950年党国体制を採る中国国民党国共内戦敗北で中華民国が中国大陸と海南島の国土を喪失したため、台湾は中国大陸から移転した中央政府(台湾国民政府)所在地、かつ1955年以降も中華民国が実効支配する地域(台澎金馬)で面積の99%以上を占める事実上の本土となった(詳細は地理参照)。そのため、「台湾」の表記は中華民国の通称または台澎金馬全体の名称としても使用される(詳細は定義参照)。

近隣諸国としては、東および北東に日本、南にフィリピン、西および北西に中華人民共和国(中国大陸)がある。台湾の中心都市は中華民国の首都機能を有する台北市で、その外港である基隆市、および台湾最多の人口(2020年時点)を有する新北市と共に台北都市圏を形成している。

概要

台南市安平古堡オランダ統治時代 (台湾)(1624年)
日本統治時代の台湾。1915年の西来庵事件後、台南刑務所から法院に台湾人逮捕者を押送する日本軍

かつては「フォルモサ」 (ポルトガル語: Formosa, 「麗しの島」) として知られた台湾島は、漢民族が同島に移住し始めた17世紀における大航海時代オランダ及びスペインの植民まで、台湾原住民が主に居住していた。1662年明朝再興派の支持者である鄭成功はオランダを追放し、同島初の政治的実体である東寧王国を設立した。は後に同王国を破り、台湾島を併合した。1895年日清戦争の結果として下関条約が締結されると、台湾島・澎湖諸島は清から日本に割譲されて台湾総督府が統治する日本領台湾になった。

中華民国1943年カイロ宣言で台湾(台湾島・澎湖諸島)を「日本が清から盗取した中華民国に返還すべき地」と定めた。1945年、中華民国は台湾にある日本の統治機構を接収し、台湾省として自国の一部に編入した(台湾光復)。国共内戦の末、中華民国は1949年に政府を中国大陸から台湾島へと移転。国連における「中国」の議席1971年アルバニア決議によって中華人民共和国が継承した。中華民国は1992年以降、中国大陸の主権を取り戻すことを放棄している。中華人民共和国は一つの中国方針に基づき台湾が「中華人民共和国統治権下の台湾省」になることを求めている。

20世紀後半に台湾は急速な経済成長及び工業化を経験し、現在では先進国である。1980年代及び1990年代初頭、普通選挙複数政党制民主主義に発達した。台湾はアジア四小龍の一角であり、WTO及びAPEC加盟地域である。世界第21位の経済規模を有し、世界経済においてハイテク産業は重要な役割を担っている。台湾は言論の自由、報道の自由、医療、公教育、経済的自由、男女平等、人間開発の観点から上位に順位付けされている。世界で最も裕福な国トップ29では、台湾は世界で19番目に裕福な国である。

新北市庁舎(2013年)

行政院主計総処(日本の総務省統計局に相当)が国民生活の豊かさを示す「人間開発指数(HDI)」を台湾に当てはめて算出した結果によると、同指数の最新の2017年ランキングで190の国・地域中トップ3はノルウェースイスオーストラリアで、台湾は世界21位(0.907、超高度人間開発国である)であった。アジア太平洋地域では、台湾はシンガポール(世界9位、0.932)、日本(世界19位、0.909)に次いで3番目に高い順位となった。また、台湾のジェンダー不平等指数(GII)は0.056ポイントで、161カ国中、性別による損失が少ない国として、世界8位、アジアでは首位にランクされている。現代のヒト白血球型抗原ミトコンドリアDNAによる調査の一つによれば、台湾の人口の88%が原住民の祖先を持つという (Sim 2003)。

歴史

詳細は「台湾の歴史」、「先史時代 (台湾)」、「オランダ統治時代 (台湾)」、「鄭氏政権 (台湾)」、「清朝統治時代 (台湾)」、および「日本統治時代の台湾」を参照

定義

1. 島嶼としての台湾
台湾島、または台湾本島を中心として蘭嶼など77の付属島嶼からなる。総面積は35,980 km (13,892 sq mi)。
2. 狭義の地域概念としての台湾
1885年清朝が新設した福建台湾省に属し、1895年から1945年まで日本が統治していた地域を指す。具体的には、台湾本島と付属島嶼、および澎湖諸島から範囲が構成されている。
3. 広義の地域概念としての台湾
中華民国政府が1955年以降も引き続き実効支配している地域を指す。具体的には、台湾本島と付属島嶼、澎湖諸島、中国大陸沿岸の馬祖列島烏坵島金門島南シナ海東沙諸島、及び南沙諸島太平島中洲島から範囲が構成されている。総面積は36,193 km (13,974 sq mi)。
憲法上の公式な名称は「中華民国自由地区」。法令・公文書等では他に台湾地区台澎金馬とも表記される。なお、福建省に属する島々を狭義の地域としての台湾と区別して金馬地区(きんまちく、金門島と馬祖列島の頭文字に由来)と呼称することもある。この範囲は、国共内戦の一環で台湾国民政府1955年浙江省大陳列島領有権を喪失したことで確定した。現在に至るまで国共内戦は公式な終戦停戦が為されていないが、これ以降中華民国政府の実効支配範囲に増減は生じていない。
4. 政治実体としての台湾
1949年の中華人民共和国建国後も引き続き存続している中華民国を、正式な国家ではなく「台澎金馬という一つの地域を統治する政治的実体」として扱う政治的な概念。これは、国共内戦を経て中国が社会主義陣営の中華人民共和国と自由主義陣営の中華民国とに分裂したことで発生した概念である。
本来、「中国統治の正統性を唯一有する国家」は中華民国のみであったが、中華人民共和国が成立したことにより、「中国統治の正統性を唯一有する国家」を自称する2つの政治的存在が並立し、それぞれが相手方の国家としての正統性を否定する事態となった。その後、冷戦下における微妙な軍事・政治バランスの中、1971年に国際連合で中華人民共和国が「中国」の代表権を取得すると、多くの国が中華人民共和国を「正統な中国政府」として承認し、中華民国を正式な国家として扱わなくなった。だが、国交断絶以降も中華民国との非公式な関係維持を望む資本主義陣営アメリカ合衆国日本国等の国々では、中華民国が実効支配している地域を中華人民共和国の統治地域とは別個の「地域」と判断して、「台湾」という地域名称で呼称し始めた。

名称の由来

台湾の語源は不明確で、原住民言語の「Tayouan(ダイオワン)」(来訪者の意)という言葉の音訳とも、また、「海に近い土地」という意味の「Tai-Vaong」や「牛皮の土地」という意味の「Tai-oan」などの言葉に由来するとも言われる。大員(現・台南)が ダイワンと呼ばれており、そこにオランダ人が最初に入植したためとも見られている。いずれにしても原住民の言葉が起源と見られ、漢語には由来していない。中国の文献に台湾が台湾と呼称されるようになったのは清朝が台湾を統治し始めてからのことである。

別称

台湾島には、フォルモサ(Formosa) という別称がある。欧米諸国を中心に今日も使用されることがある。これは「美しい」という意味のポルトガル語が原義であり、16世紀半ばに初めて台湾沖を通航したポルトガル船のオランダ人航海士が、その美しさに感動して「Ilha Formosa(イーリャ・フォルモーザ=美しい島)」と呼んだことに由来するといわれている。なお、フォルモサの中国語意訳である美麗(之)島や音訳である福爾摩沙を台湾の別称として用いることもある。

ちなみに、日本では高山国(こうざんこく)、もしくは高砂国(たかさごこく)と呼んだ。高山国や高砂国などは「タカサグン」からの転訛という。これは、商船の出入した西南岸の「打狗山」(現・高雄)がなまったものと思われる。正式の使節ではないが、タイオワン事件に関して、原住民が「高山国からの使節」として江戸幕府3代将軍徳川家光に拝謁したこともある。

中国による呼称の変遷

漢書地理志』の中に「会稽海外有東鯷人、分為二十余国、以歳時来献見……」との記載があり、一部の学者は東鯷とは台湾を指す名称であると主張している。しかし漢代の中心地は中原と呼ばれる、長安および洛陽を中心とする地域であり、福建省や広東省の沿岸地帯(河洛)に至ることは非常に稀であった。ゆえにその東岸にある島嶼を正確に記録したとは考えにくく、東鯷とは海上の島嶼群を漠然と示した名称であると考えられ、台湾の呼称と即断することは困難である。

三国時代には、沈瑩著『臨海水土志』と陳寿著『三国志志の孫権伝の部分に記述が見られる。 『臨海水土志』に、「夷州在浙江臨海郡的東南、離郡二千里、土地無霜雪、草木不枯、四面皆山、衆山夷所居。山頂有越王射的正白、乃是石也。」「部落間互不相属、各号為王、分割土地……」、および

夷洲在臨海東南、去郡二千里。土地無霜雪、草木不死。四面是山谿。人皆髠髮穿耳、女人不穿耳。土地饒沃、既生五穀。又多魚肉。有犬、尾短如麕尾状。此夷舅姑子婦臥息。共一大牀、略不相避。地有銅鐵、唯用鹿格爲矛以戰闘、摩礪青石以作(弓)矢鏃。取生魚肉雜貯大瓦器中、以鹽鹵之、歴月所日、乃啖食之、以爲上肴

とあり、『孫権伝』には、

二年春正月,魏作合肥新城。詔立都講祭酒,以教學諸子。遣將軍衛温、諸葛直將甲士萬人,浮海求夷洲及亶洲。亶洲在海中,長老傳言:秦始皇帝遣方士徐福將童男童女數千人入海,求蓬萊神山及仙藥,止此洲不還。世相承有數萬家,其上人民。時有至會稽貨布,會稽東縣人海行,亦有遭風流移至亶洲者。所在絶遠,卒不可得至,但得夷洲數千人還。

とある。これらの場合の夷州は台湾島の特徴に合致する。またこのような島嶼は中国南部の沿岸には台湾島以外に見当らないため、この時代には中国文明が台湾を認識していたと考えられている。

末からまでの600年間、中国の文献の中で台湾の記事が出現しない空白期間を迎える。代になると再び記録に台湾が出現するようになる。明代の記録である『東西洋考』『閩書』『世法録』では台湾を東蕃、と呼んでいる。周嬰在が表した『東蕃記』では台員、何喬遠が表した『閩書島夷誌』では大員、張燮の『東西洋考』では大円、何喬遠の『鏡山全集』では台湾、沈鉄的奏折の中では大湾のように様々な呼称が与えられている。また福建沿岸の民衆は台湾南部を毗舍耶、中原の漢族は台湾北部を小琉球と呼んでいる。

明王朝の太祖・朱元璋の時代になると、琉球という呼称は沖縄・台湾双方を指す語として使われ続けたため、両者の区別に混乱が生じた。沖縄を大琉球、台湾を小琉球と呼ばれるようになるが、その後名称に混乱が生じ、小東島小琉球雞籠北港東番のような名称が与えられていた(地理そのものが知られていなかったので、これらが台湾全島を含んだとは限らず、台湾を中心とした概念だったかもわからない)。明末に鄭成功が台湾に建てた鄭氏政権時代になると、鄭氏政権は台湾を「東都」「東寧」などと呼ぶようになった。なお、「大員DaiUan/ダイワン」の呼称が用いられるようになると、いつしか台湾近くにある琉球嶼(屏東県琉球郷)を指して「小琉球」と呼ばれるようになり、台湾と琉球嶼との間で両者の区別に混乱が生じている例もある。

このような名称の変遷を経て、清朝が台湾を統治し始めた後に、原住民の言語を語源とする台湾が使われるようになった。

地理

詳細は「台湾の地理」を参照

地形

台湾東部の大部分は山地であり、西部は緩やかに傾斜した平野である。澎湖県は本島西方に位置する。
地形図

島嶼としての台湾は、台湾本島とその周辺諸島(蘭嶼など)から構成されており、面積は35,980 km (13,892 sq mi)である。広義の地域としての台湾(台湾地区)は、台湾本島とその周辺諸島、澎湖諸島、及び金馬地区東沙諸島南沙諸島から構成されており、面積は36,193 km (13,974 sq mi)で、日本の九州と同程度(日本の約10分の1)の大きさである。台湾地区の面積の99%以上を台湾本島が占めている。

台湾は、日本琉球諸島(八重山列島)の西方海上に位置しており、台湾本島と最も近い与那国島との距離は約110kmである。台湾本島は北東部で尖閣諸島(釣魚台列嶼)と、台湾本島最南端のである鵝鑾鼻(がらんび)はバシー海峡を隔ててフィリピンバタン諸島及びルソン島と接している。また、台湾本島西部は台湾海峡に面しており、海峡の中に澎湖諸島が、海峡を隔てた先に中国大陸がある。台湾地区西端の金馬地区は中国大陸沿岸に位置しており、中国大陸とは最大でも数十kmしか離れていない。その他、南シナ海東沙諸島香港の南方に、太平島中洲島はフィリピンのパラワン島西方に位置している。

台湾最大のである台湾本島は、南北の最長距離が約394km、東西の最長距離が約144kmで木の葉のような形をしている。島の西部は平野、中央と東部は山地に大別されるが、島をほぼ南北に縦走する5つの山脈(中央山脈玉山山脈雪山山脈阿里山山脈海岸山脈)が島の総面積の半分近くを占めており、耕作可能地は島の約30%にすぎない。台湾最高峰の山は玉山山脈の玉山(旧日本名:新高山、海抜3,952m)であり、富士山よりも高く、同様に雪山など標高3,000mを超える高山が多数連なっている。また、このほかの重要な地勢としては丘陵台地、高台、盆地などが挙げられる。なお、台湾本島はフィリピン海プレートユーラシアプレートの交差部に位置するため、日本と同様に地震活動が活発な地域である。また日本と同じ火山帯に属し、温泉も豊富にある。

台湾の公立公園

気候

台湾のほぼ中央部(嘉義県付近)を北回帰線が通っており、北部が亜熱帯、南部が熱帯に属している。そのため、北部は夏季を除けば比較的気温が低いのに対し、南部は冬季を除けば気温が30度(摂氏)を超えることが多くなっている。台湾の夏はおおよそ5月から9月までで、通常は蒸し暑く、日中の気温は27度から35度まで上り、7月の平均気温は28度である。冬は12月から2月までと期間が短く、気温は総じて温暖であり、1月の平均気温は14度である。ただし、山岳部の高標高地帯では積雪が観測されることもある(玉山の山頂は寒帯ツンドラ気候に該当する)。

平均降雨量は年間およそ2,515mmであり、雨期に多く、また降雨量は季節、位置、標高によって大きく異なっている。台湾は台風の襲来が多く、毎年平均3 - 4個の台風に襲われている。台風で給水の大きな部分を賄っているが、同時に損壊、洪水、土砂流などの災害も発生している。1996年台風9号2009年台風8号などは、豪雨をもたらした。また、台風以外にも、夏季には台湾語「サイパッホー (sāi-bak-hō)」と呼ばれる猛烈な夕立が多い。

政治

詳細は「中華民国の政治」を参照
1950年以来、台湾総督府に代わり使用されている中華民国総統府
中華民国と関係を維持する国
外交関係及び台北市在外公館有り
非公式な関係有り
中華民国の領土問題を示した地図
司法院(国定史跡建造物)
監察院
台北賓館(日華平和条約調印場)

今日の台湾における重要な政治的問題としては、台湾問題が挙げられる。

台湾問題とは、台湾の最終的な政治的地位および主権帰属を巡る中華民国と中華人民共和国と台湾未定論の問題である。1945年9月2日調印のポツダム宣言( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2020/08/07 11:14

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