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名神高速道路とは?

E1 名神高速道路
アジアハイウェイ1号線


路線延長 189.5 km
開通年 1963年 - 1965年
起点 小牧市(小牧IC)
主な
経由都市 一宮市大垣市米原市大津市
京都市高槻市吹田市尼崎市
終点 西宮市(西宮IC)
接続する
主な道路
(記法) 記事参照
■テンプレート(■ノート ■使い方) PJ道路
起点小牧IC航空写真。画面中央から左。右半分は東名。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
終点西宮IC航空写真。画面右上から来て画面中央が終点である。右下から左上にのびるのは阪神高速3号神戸線国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
名神の起点標識
(小牧IC下り線本線上)

名神高速道路(めいしんこうそくどうろ、MEISHIN EXPRESSWAY)は、愛知県小牧市小牧インターチェンジ (IC) を起点とし、岐阜県滋賀県京都府大阪府経由兵庫県西宮市西宮ICへ至る、高速道路(高速自動車国道)である。通称名神高速(めいしんこうそく、MEISHIN EXPWY)、名神(めいしん)、新名神高速道路と特に区別する場合には旧名神現名神など。なお、小牧IC - 吹田ジャンクション (JCT) 間はアジアハイウェイ1号線「AH1」にも指定されている。高速道路ナンバリングにおける路線番号は東名高速道路ともに「E1」が割り振られている。

概要

東名高速道路新東名高速道路中央自動車道伊勢湾岸自動車道新名神高速道路東名阪自動車道名阪国道西名阪自動車道とともに、東京名古屋大阪を結ぶ日本の大動脈の一つである。路線はほぼ中山道に沿って建設されている。

小牧ICで東名高速道路(東名)と直結し、かつ車線変更・合流・分岐が不要な形での直通が可能な構造で、ICの番号やキロポスト東京ICからの通しとなっているため、実質的には東名と合わせて一つの高速道路と見なして「東名神」(とうめいしん)と呼ばれることもある。

栗東IC - 尼崎IC (71.7 km) は、1963年(昭和38年)7月16日に日本初の都市間高速道路として開通した区間である。1965年(昭和40年)7月1日の小牧IC - 一宮IC開通により、全線開通となった。日本道路公団が管理したのち、2005年(平成17年)10月1日から八日市ICを境に、東側を中日本高速道路(NEXCO中日本)が、西側を西日本高速道路(NEXCO西日本)が管理している。

道路名・路線名

名神高速道路は小牧IC - 西宮ICの道路名(通称)である。高速自動車国道法に基づく正式な路線名は、東京都から神奈川県、山梨県、長野県、岐阜県、愛知県、滋賀県、京都府、大阪府を経て兵庫県に至る路線として指定された中央自動車道西宮線(東京都杉並区 - 兵庫県西宮市)であり、名神高速道路はその中の一部区間にあたる。

高速自動車国道で「高速道路」という呼称を使用しているのは、東名・名神と新東名・新名神のみである。これは、これらの道路の計画・建設が進められる過程で、「自動車道」という呼称が用いられ始められる頃には、すでに広く民間において「高速道路」という通称が使用され一般的に定着していたため、例外的に採用されたものである。

IC番号

現在のIC番号は、東名高速道路の東京ICからの通し番号であるが、開通当初の名神高速道路では西宮から小牧に向かって、西宮=1、尼崎=2、豊中=3、茨木=4、京都南=5 (5A/5B)、京都東=6、大津=7、栗東=8、八日市=9、彦根=10、関ケ原=11、大垣=12、一宮=13、小牧=14であった。このあたりのことは、運転免許更新時に配布される交通安全協会発行の交通教本の標識一覧などに、その名残がみられる。1968年(昭和43年)の東名高速道路開通に合わせて、現在のIC番号に変更された。

このようにIC番号が振られた理由は、歴史的経緯で東京 - 名古屋間のメインルートの決定(東名高速道路の建設決定)が大幅に遅れた結果、小牧ICで名神高速道路と直結する事になった東名高速道路の各IC・JCT設置の詳細決定が、名神高速道路の供用開始までに間に合わなかったため、名神高速内で暫定的にIC番号を振らざるを得なかったからである。このようなことから、1968年(昭和43年)4月の東名高速道路供用開始と同時に、現在のIC番号に振り直される事となった。また、吹田ICは、当初設置構想すらなかったにもかかわらずIC番号 (35) に枝番が付いていないのも、東名高速の各IC・JCTの詳細が決定する以前に吹田ICの設置が決定していたためである。

#歴史」も参照

新名神高速道路との関係

並行する新名神高速道路(新名神)は、名神とは異なり、四日市JCT- 草津JCT東海道ルートに沿う。

新名神のうち、亀山JCT - 草津田上IC2008年(平成20年)2月23日に部分開通した。豊田JCT - 草津JCTで伊勢湾岸道 - 東名阪道 - 新名神と経由すると、従来の東名・名神経由より34 km・約20分の短縮になる。

名神の関ヶ原IC付近では、長い勾配や悪天候(冬季の降雪など)により渋滞事故が多発していた。また、名神八日市IC - 大垣IC間は雪の降り方が強くチェーン規制になることがあり、愛知県豊田以東と滋賀県草津以西とを移動する約8割の車が新名神経由へシフトした。東名・名神経由の東京・名古屋 - 京阪神高速バス(「ドリーム号」など)も、新名神への転換が顕著になっている。

このため、名神では一宮IC・米原JCT近辺の渋滞は減少する一方で、東名阪道では四日市IC - 亀山JCTの渋滞が悪化していたが、2019年(平成31年)3月17日新四日市JCT - 亀山西JCTが開通したため、この区間の渋滞は解消された。新名神は現在、未開通の全区間(大津JCT - 城陽JCT八幡京田辺JCT - 高槻JCT)が建設中である。

インターチェンジなど

IC
番号 施設名 接続路線名 東京
から
(km) BS 備考 所在地
E1 東名高速道路(小牧JCTより E19中央自動車道長野・山梨方面に連絡)
24 小牧IC | 国道41号(名濃バイパス)
名古屋高速11号小牧線 | 346.7 |  |  | 愛知県 | 小牧市
- 岩倉BS | - | 350.7 | ◆ |  | 岩倉市
- 尾張一宮PA | - | 353.2
352.4 |  | 上下線で0.8 kmずれている | 一宮市
25 一宮IC | 国道22号(名岐バイパス)
名古屋高速16号一宮線 名古屋方面 | 355.0 |  | 
25-1 一宮JCT |  E41 東海北陸自動車道
一宮西港道路(計画路線) | 359.4 | - | 
- 尾西BS | - | 362.9 | ◆ | 
- 羽島PA/BS | - | 366.0 | ◆ | PAは下り線西宮IC方面のみ | 岐阜県 | 羽島市
25-2 岐阜羽島IC | 県道46号岐阜羽島インター線 | 368.1 |  | 
- 安八BS | - | 371.3 | ◆ |  | 安八郡
安八町
25-3 安八SIC | 町道南長田坊野1号線 | 371.6 |  | 
26 大垣IC/BS | 国道258号 | 374.9 | ○ |  | 大垣市
26-1 養老JCT |  C3 東海環状自動車道 | 379.2 | - |  | 養老郡
養老町
- 養老口BS | - | 379.6 | ◆ | 
26-2 養老SA/SIC | 町道橋爪1号線
町道橋爪42号線・町道安久橋爪1号線 | 381.7 |  | 
- 上石津PA | - | 388.1 | - | 下り線西宮IC方面のみ
2001年(平成13年)12月20日廃止 | 大垣市
27 関ヶ原IC | 国道365号 | 389.4 | ◆ |  | 不破郡
関ケ原町
- 山東BS | - | 396.8 | ◆ |  | 滋賀県 | 米原市
- 伊吹PA | - | 398.0
398.8 |  | 上下線で0.8 kmずれている
- 米原BS | - | 403.7 | ◆ | 
27-1 米原JCT |  E8 北陸自動車道 | 405.5 | - | 
- 番場PA | - | 405.8 |  | 下り線西宮IC方面のみ
1975年(昭和50年)廃止
28 彦根IC/BS | 国道306号 | 413.4 | ◆ |  | 彦根市
- 多賀SA/BS/SIC | 国道307号(予定) | 418.0 | ○ | SICは事業中 | 犬上郡 | 多賀町
- 甲良PA/BS | - | 421.3 | ◆ | 2005年(平成17年)9月29日廃止 | 甲良町
28-1 湖東三山PA/BS/SIC | 県道344号湖東三山インター線
国道307号 | 424.6
424.3 | ◆ | 上下線で0.3 kmずれている | 愛知郡
愛荘町
- 百済寺BS | - | 428.2 | ○ |  | 東近江市
29 八日市IC/BS | 国道421号
県道327号湖東八日市線 | 434.6 | ○ | 
- 黒丸PA | - | 438.0 |  | 
- 蒲生BS | - | 440.4 | ◆ | 
29-1 蒲生SIC | 県道41号土山蒲生近江八幡線
名神名阪連絡道路(調査区間) | 441.2 | - | 
- 竜王BS | - | 443.6 | ◆ |  | 蒲生郡
竜王町
29-2 竜王IC | 国道477号 | 447.2 |  | 
- 菩提寺PA/BS | - | 451.7
451.9 | ○ | 上下線で0.2 kmずれている | 湖南市
29-3 栗東湖南IC | 国道1号(栗東水口道路) | 457.0 | - | 大阪方面出入口 | 栗東市
30 栗東IC/BS | 国道8号
野洲栗東バイパス(事業中)
国道1号
県道55号上砥山上鈎線 | 458.2 | ◆ | 
- 草津BS | - | 461.7 | ◆ |  | 草津市
30-1 草津JCT |  E1A 新名神高速道路大津連絡路 | 464.4 |  | 
- 草津PA | - | 465.6 |  | 
大津市
30-2 瀬田東JCT/IC |  E88 京滋バイパス
国道1号(京滋バイパス〈一般部〉) | 467.5 |  | 米原・名古屋方面出入口
瀬田西BS
瀬田西IC
 | 
県道57号瀬田西インター線 | 469.0
469.1 | ◆
 | 
京都・大阪方面出入口
31 大津IC/SA/BS | 県道56号大津インター線 | 474.6 | ◆ | 
32 京都東IC | 府道143号四ノ宮四ツ塚線(三条通)
国道1号(五条バイパス)
国道161号(西大津バイパス) | 477.9 |  |  | 京都府 | 京都市 | 山科区
- 山科BS | - | 481.0 | ◆ | 
- 深草BS | - | 486.0 | ○ |  | 伏見区
- 京都南JCT |  E89 第二京阪道路(事業中) | 487.2 | - | 2028年度(令和10年度)開通予定
33 京都南IC | 国道1号(京阪国道) | 487.6 |  | 入口・下り線出口
33-2 上り線第2出口
33-1 488.0 | 上り線第1出口
- 桂川PA | - | 490.4 |  |  | 南区
33-3 大山崎JCT/IC/BS |  E9 京都縦貫自動車道(京都第二外環状道路)
E88 大山崎支線(京滋バイパス方面)
国道171号 | 495.7 | ○ | 左ルート | 乙訓郡
大山崎町
- 桜井PA | - | 503.4 | - | 1998年(平成10年)3月廃止 | 大阪府 | 三島郡
島本町
11 高槻JCT/IC |  E1A 新名神高速道路
府道79号伏見柳谷高槻線(高槻東道路) | 504.0 | - | 名神分岐 - 新名神分岐間距離 1.4 km | 高槻市
- 高槻BS | - | 506.3 | ○ | 
34 茨木IC/BS | 国道171号 | 511.7 | ○ |  | 茨木市
35 吹田JCT/IC |  E2A 中国自動車道
E26 近畿自動車道
府道2号大阪中央環状線 | 514.5 |  | 中国道は京都方面のみ接続 | 吹田市
- 吹田SA | - | 517.8 |  | 
- 吹田BS | - | 521.2 | ◆ | 
36 豊中IC/BS |  阪神高速11号池田線 豊中南出入口
府道10号大阪池田線 | 524.5 | ◆ |  | 豊中市
37 尼崎IC | 県道13号尼崎池田線 | 529.4 |  |  | 兵庫県 | 尼崎市
38 西宮IC |  阪神高速3号神戸線 神戸姫路方面
国道43号 | 536.2 |  | 料金所のキロポストは535.5KP | 西宮市
名神湾岸連絡線(候補路線)

歴史

計画・施工

戦後日本の道路整備促進の流れは、実業家でのちに参議院議員となった田中清一らによって主導された国土開発縦貫自動車道構想であったが、これに平行する動きとして、建設省もまた戦前の自動車国道構想を下敷きに、東京 - 神戸間高速道路計画の着手に乗り出していた。

1953年(昭和28年)ごろ、田中主導の国土開発縦貫自動車道構想を基とする中央道ルートの東京 - 名古屋間高速道路計画が具体化しはじめたことから、建設省は東海道ルートを前提とした「東京神戸間有料道路計画書」を公表して対抗した。これ以後、建設ルートを巡って「東海道か中央道か」という論争が、次第に激しくなったため、日本国政府は当面実施すべき区間を名古屋 - 神戸間に限定し、その計画を有料道路とするとともに、借款を世界銀行に求めることにした。

1956年(昭和31年)、世界銀行が名神高速道路の実現可能性調査のために、ラルフ・J・ワトキンスを団長とする調査団を派遣して提出された調査報告書である『ワトキンス・レポート』には、名神高速道路の建設を是とした上で、建設費の一部に世界銀行が貸付を行うことを肯定し、日本国政府に対しては、道路行政の改革を勧告したほか、道路予算を3倍増とすることを提言する内容が書かれていた。世界銀行からの借入金は、当時としては借入期間が長期で安定していて低金利であった。

国費ではなく、借入金によって建設して返済するシステムは、道路公団方式による有料道路建設の端緒となった。

名神高速道路の設計計画は、当初はアメリカのターンパイク(有料道路)やインターステイツ・ハイウェイ(州際道路)の基準を手本に、日本独自で進められたが、アウトバーンの設計技師も務めたクサヘル・ドルシュを名神高速道路の設計技師として迎え、日本道路公団内ではドルシュの教えに従って、設計手法が大きく変わっていった。

世界銀行が派遣し、設計コンサルタントとして来日したドルシュの提言は、高速道路の線形設計では、周囲の地形に調和するようにクロソイド曲線を採用したり、それまで設計済みであったインターチェンジ計画を大規模な様式にするなど、それまで高速道路設計の経験が無かった日本の手法を大きく変えさせた。

建設省は、1957年(昭和32年)10月に国土開発縦貫自動車道建設法の規定に基づき、小牧 - 西宮間について、日本道路公団に対して施工命令を出し、名神高速道路の建設は始められた。この着工によって、日本の高速道路はスタートを切ることになった。

当時、舗装コンクリート舗装が一般的であったが、コンクリート舗装とアスファルト舗装とで、経済性・耐久性・快適性などを比較検討を行い、名神高速道路ではアスファルト舗装が導入されることになった。

土工では本格的に機械化施工を導入し、施工規定に加えて初めて性能規定も定めた。また、盛土の横断勾配は試行錯誤を経て、機械による転圧が可能な1:1.8とし、現在でも標準の横断勾配となっている。

トンネルの施工では、従来は木製の支保工が用いられていたが、地質が悪く大きな地圧が作用する梶原トンネル・天王山トンネルでは、日本で初めてH形鋼の支保が導入された。アーチ支保の導入により、大型機械が導入可能となり、安全性と効率性が大幅に向上した。

そのほか様々な技術が、名神高速道路の建設によって生まれ、進化を遂げながら現在に繋がる。

開通

開通した頃の逢坂山トンネル。当時は観光名所だった。(1963年)

東海道新幹線開業の前年にあたる、1963年(昭和38年)7月16日の名神高速道路 栗東IC - 尼崎IC間(71.7 km)の開通は、日本の高速道路開通の歴史の中で最初となる高速道路の誕生であった。自動車が道路を時速100 kmで疾走する状況は、世間を沸かせる一大ニュースとなり、前日の7月15日には名神開通記念として額面10記念切手が発行された。

1964年(昭和39年)4月には、栗東ICから関ヶ原ICまで延伸されると、9月には東側は一宮ICまで西側は西宮ICまでが開通する。1965年(昭和40年)7月1日には、小牧IC - 一宮IC開通によって名神高速道路の小牧IC - 西宮ICの全線が完成し、これまで名古屋 - 阪神地域間の移動に自動車で5 - 6時間を要した時間が、2時間程で結ばれることになった。

開通当初は高速道路自体が観光名所となっていたため、路肩弁当を食べ、疾走する自動車を眺めたり、記念撮影したりするなど、今となっては長閑なエピソードも残されている。一方で、当時の自動車の性能が高速連続走行に耐えられなかったことや、ドライバーが高速走行に不慣れだったため、オーバーヒートガス欠で立ち往生する自動車が続出した。スタンディングウェーブ現象ハイドロプレーニング現象など、高速域でのタイヤに関する知識も、一般にはまだ浸透していなかったため、これらに関する広報活動も行われるようになった。

また、全面開通するや否や、同時期に登場したトヨタ自動車乗用車トヨペット・コロナ(RT40系)が、性能と耐久性

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出典:wikipedia
2020/07/11 12:43

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