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国民栄誉賞とは?

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国民栄誉賞(こくみんえいよしょう)は、日本内閣総理大臣表彰のひとつ。賞の運用は1977年(昭和52年)に定められた国民栄誉賞表彰規程に従って行われ、当時の首相・福田赳夫により創設された。これまでに23人と1団体が受賞している。

なお、内閣総理大臣や政権による表彰としては、本賞成立以前の1966年(昭和41年)に当時の総理大臣・佐藤栄作が創設した「内閣総理大臣顕彰」がある。

目次

  • 1 概要
  • 2 受賞者
  • 3 辞退した人物
  • 4 授賞に係わる問題点
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 外部リンク

概要

1977年(昭和52年)、当時の内閣総理大臣・福田赳夫が、本塁打世界記録を達成したプロ野球選手王貞治を称えるために創設したのが始まりである。背景には、先に設置されていた顕彰、内閣総理大臣顕彰が「学術および文化の振興に貢献したもの」など6つの表彰対象を定めていた反面、プロ野球選手を顕彰した前例がなかったという事情があった。また王は叙勲には若過ぎたという事もあり、そのため、より柔軟な表彰規定を持つ顕彰として創設されたのが本賞である。

本賞は、1977年(昭和52年)8月30日に内閣総理大臣決定で制定された国民栄誉賞表彰規程に基づいており、その目的は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されている。表彰の対象は、「内閣総理大臣が本表彰の目的に照らして表彰することを適当と認めるもの」であり、かなり幅広い解釈が可能である。最初の授賞者である王が中華民国籍であったことからも明らかなように、日本国籍の所持は要件にない。また公開されている授与基準の他に、「これまで功績を積み重ねてきた上に、さらに歴史を塗り替える、突き抜けるような功績をあげた」という「暗黙の了解」を満たしていることも必要だという。

本賞の表彰の仕方を定めた国民栄誉賞表彰規程実施要領では表彰の候補者について、「民間有識者の意見を聞く」と定めており、首相の要望だけでは決められない仕組みになっている。有識者は授賞対象者に合った分野から選ばれ、順番に意見が聴取されるという。また、授賞に先立って本人(故人の場合には関係者)への打診が行われ、正式な検討手続きは受賞の意思が確認された後に開始される。

受賞者には「表彰状及び盾」のほか「記念品又は金一封」が贈られる。すべて記念品の贈呈となっており、多くは銀製品や時計で、そのほか王には鷲の剥製、2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表には熊野筆の化粧筆7本、吉田沙保里には真珠のネックレス、振袖で表彰を受けた伊調馨には西陣織による金色の帯が贈られている。

贈呈・表彰式は慣例で内閣総理大臣官邸で開催されるが、2013年(平成25年)5月5日に実施された長嶋茂雄松井秀喜両氏への贈呈は特例として東京ドームにおける読売ジャイアンツ(巨人)主催公式戦の中で松井の引退式を兼ねて実施された(この日の贈呈式において安倍晋三首相は現職の内閣総理大臣でありながら巨人のユニフォームを着用し、しかも審判役で参加している)。

受賞者

これまでに23個人と1団体に対して授与されており、うち12名は没後の受賞であった。2011年(平成23年)には初めて、団体としてのサッカー日本女子代表に授与され、その対象は選手とスタッフの35名となった。

国民栄誉賞受賞者一覧
【】
受賞者氏名
(芸名等) 【受賞時年齢】
授賞式開催年月日
(授与内閣) 【職業】
【受賞事由・特記事項】
【他の栄典】

1 オウ/王貞治 37歳 | 1977年9月5日
(福田赳夫内閣) | 47プロ野球選手 | 通算本塁打数世界新記録達成(756本)。 | 文化功労者
2 こか/古賀正夫
(古賀政男) 73歳*/没後受賞
(満73歳没) | 1978年8月4日
(福田赳夫改造内閣) | 07作曲家 | 独自の曲調「古賀メロディー」作曲による業績。 | 従四位
勲三等瑞宝章
紫綬褒章
銀杯一個(菊紋)
3 はせかわ かすお/長谷川一夫 76歳*/没後受賞
(満76歳没) | 1984年04月19日
(第2次中曽根内閣) | 01俳優 | 真摯な精進 卓越した演技と映画演劇界への貢献。 | 勲三等瑞宝章
紫綬褒章
銀杯一個(菊紋)
4 うえむら/植村直己 43歳*/没後受賞
(満43歳没) | 1984年04月19日
(第2次中曽根内閣) | 99冒険家 | 世界五大陸最高峰登頂など。 | 
5 やました/山下泰裕 27歳 | 1984年10月9日
(第2次中曽根内閣) | 48柔道選手 | 柔道における真摯な精進。前人未踏の記録達成など。
現在の受賞者の中で史上最年少記録保持者(個人)。 | 紫綬褒章
銀杯一組(菊紋)
6 きぬかさ/衣笠祥雄 40歳 | 1987年6月22日
(第3次中曽根内閣) | 47プロ野球選手 | 連続試合出場世界新記録達成。 | 
7 みそら/加藤和枝
(美空ひばり) 52歳*/没後受賞
(満52歳没) | 1989年7月6日
(宇野内閣) | 05歌手 | 真摯な精進、歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた。 | 紺綬褒章
8 ちよのふし/秋元貢
(千代の富士貢) 34歳 | 1989年9月29日
(第1次海部内閣) | 48大相撲力士 | 通算勝ち星最高記録更新。
相撲界への著しい貢献。 | 従四位
旭日中綬章

9 ふしやま/増永丈夫
(藤山一郎) 81歳 | 1992年5月28日
(宮澤内閣) | 05歌手 | 歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた功労。
美しい日本語の普及に貢献。 | 従四位
勲三等瑞宝章
紫綬褒章
銀杯一個(菊紋)
10 はせかわ まちこ/長谷川町子 72歳*/没後受賞
(満72歳没) | 1992年7月28日
(宮澤内閣) | 99漫画家 | 家庭漫画(『サザエさん』)を通じて
第二次世界大戦後の日本社会に潤いと安らぎを与えた。 | 勲四等宝冠章
紫綬褒章
11 はつとり/服部良一 85歳*/没後受賞
(満85歳没) | 1993年2月26日
(宮澤改造内閣) | 07作曲家 | 数多くの歌謡曲を作り、国民に希望と潤いを与えた。 | 従四位
勲三等瑞宝章
紫綬褒章
銀杯一個(菊紋)
12 あつみ/田所康雄
(渥美清) 68歳*/没後受賞
(満68歳没) | 1996年9月3日
(第1次橋本内閣) | 01俳優 | 映画『男はつらいよ』シリーズを通じて、
人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた。 | 紫綬褒章
銀杯一個(菊紋)
13 よした/吉田正 77歳*/没後受賞
(満77歳没) | 1998年07月7日
(第2次橋本改造内閣) | 07作曲家 | 独自の曲調「吉田メロディー」の作曲により
国民に夢と希望と潤いを与えた。 | 従四位
勲三等旭日中綬章
紫綬褒章
14 くろさわ/黒澤明 88歳*/没後受賞
(満88歳没) | 1998年10月1日
(小渕内閣) | 99映画監督 | 数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えるとともに、
世界の映画史に輝かしい足跡を残した。 | 従三位
文化勲章
文化功労者
銀杯一組(菊紋)
15 たかはし/高橋尚子 28歳 | 2000年10月30日
(第2次森内閣) | 48陸上競技選手 | 2000年シドニーオリンピック女子マラソンで優勝し、
陸上競技で日本女子選手初の金メダルを獲得した。 | 銀杯一組(菊紋)
16 えんとう/遠藤実 76歳*/没後受賞
(満76歳没) | 2009年01月23日
(麻生内閣) | 07作曲家 | 世代を超えて長く愛唱される、
情感に満ちあふれた名曲を数多く世に送り出した。 | 正四位
旭日重光章
文化功労者
紫綬褒章
17 もり/村上美津
(森光子) 89歳 | 2009年07月1日
(麻生内閣) | 01女優 | 長年にわたって芸能分野の第一線で活躍し、
特に『放浪記』において2000回を超える主演を務めた。
現在、存命中に受賞した者の中では史上最年長保持者。 | 従三位
文化勲章
勲三等瑞宝章
文化功労者
紫綬褒章
18 もりしけ/森繁久彌 96歳*/没後受賞
(満96歳没) | 2009年12月22日
(鳩山由紀夫内閣) | 01俳優 | 芸能の分野において長年にわたり第一線で多彩に活躍。
数多くの優れた演技と歌唱は広く国民に愛された。 | 従三位
文化勲章
勲二等瑞宝章
文化功労者
紫綬褒章
紺綬褒章
19 なてしこ/2011 FIFA
女子ワールドカップ
日本女子代表
団体受賞 | 2011年8月18日
(菅第2次改造内閣) | 48/女子サッカーチーム | 東日本大震災などの発生によって
日本国民が極めて困難な状況下に置かれるなか、
同年のFIFA女子ワールドカップで初優勝を果たし、
最後まで諦めないひたむきな姿勢によって
国民に爽やかな感動と困難に立ち向かう勇気を与えた。 | 褒状(紫綬)
20 よした/吉田沙保里 30歳 | 2012年11月7日
(野田第3次改造内閣) | 48レスリング選手 | 世界大会13連覇というレスリング競技史上、前人未到の偉業を成し遂げ、
国民に感動と希望、勇気を与えた。 | 紫綬褒章
21 たいほう/納谷幸喜
(大鵬幸喜) 72歳*/没後受賞
(満72歳没) | 2013年2月25日
(第2次安倍内閣) | 48大相撲力士 | 1960年代に“子どもの好きな物”として
読売ジャイアンツ玉子焼きと並び称されることが流行語になったほどの人気者。
大相撲史上最多となる32回の幕内優勝を成し遂げるなど、
“昭和の大横綱”として相撲界に輝かしい功績を残すとともに、
多くの国民に愛される国民的な英雄として
社会に明るい夢と希望と勇気を与えることに顕著な業績があった。 | 正四位
旭日重光章
文化功労者
22 なかしま/長嶋茂雄 77歳 | 2013年5月5日
(第2次安倍内閣) | 47プロ野球選手 | 闘志あふれるプレイと驚異的な勝負強さで野球史に輝かしい成績を残し、
“ミスタープロ野球”として誰からも愛される国民的スターとして
プロ野球を国民的なスポーツにまで高め、
野球界の発展にきわめて顕著な貢献をしたとともに、
国民に深い感動と社会に明るい夢と希望を与える事に顕著な実績があった。
なお、受賞日をこの日(2013年5月5日)に選んだ理由は、
長嶋の背番号『3』、および長嶋のプロ生活から55年にちなむ。 | 文化功労者
23 まつい/松井秀喜 38歳 | 2013年5月5日
(第2次安倍内閣) | 47プロ野球選手 | 長嶋茂雄との師弟関係にあり、ひたむきな努力と真摯なプレイにより
日米通じて20年間にわたり常にチームの主軸を担い、
日本人初となるワールドシリーズMVPの獲得など数々の素晴らしい成績を残し、
“ゴジラ”の愛称で日米の国民から愛され、親しまれ、
その活躍は社会に大きな感動と喜びを与え、多くの青少年に夢や希望を与えた。
なお、受賞日をこの日(2013年5月5日)に選んだ理由は、松井の背番号が『55』であるため。 | 
24 いちよう/伊調馨 32歳 | 2016年10月20日
(第3次安倍第2次改造内閣) | 48レスリング選手 | オリンピック競技大会史上初めて
女子個人種目・格闘技系種目四連覇という世界的な偉業を成し遂げられ、
多くの国民に深い感動と勇気、社会に明るい希望を与えたこと | 紫綬褒章
25 はぶ/羽生善治 47歳 | 2018年2月13日予定
(第4次安倍内閣) | 99将棋棋士 | 将棋界を牽引する棋士の第一人者として、
1996年に初めて七冠を同時に制覇するなど比類なき功績を重ね、
将棋界初の永世七冠という歴史に刻まれる偉業を達成、
多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えることに顕著な業績があった。 | 内閣総理大臣顕彰
26 いやま/井山裕太 28歳 | 2018年2月13日予定
(第4次安倍内閣) | 99囲碁棋士 | 囲碁界を牽引する棋士の第一人者として、
顕著な功績を重ね続け、年間グランドスラムを含む
囲碁界初の2度の七冠同時制覇という歴史に刻まれる偉業を達成、
多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えることに顕著な業績があった。 | 内閣総理大臣顕彰
  • 他の栄典欄には日本政府による公式な顕彰を参考記載。王は2006年(平成18年)に2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に対する褒状(紫綬)を受けている。
  • 他の栄典欄には官報の叙位叙勲欄、報道などで判明したものを掲載する(各受賞者の人物記事も参照)。芸術・文化等の特異性から同一人性の特定が容易な勲章・紫綬褒章と異なり、他の褒賞(たとえば、私財の公共への寄付等に応じて授与される紺綬褒章など)は官報等に掲載があっても同姓同名の他人に対する授与記録である可能性が排除できないため、本表には記載しない(したがって、各自がこの「他の栄典欄」に記載のない栄典を受けている可能性は排除されない)。
  • 国民栄誉賞」という名称が示す通り、原則として日本人が授与対象であるが、日本人(日本国籍所持者たる日本国民)で初めて受賞したのは古賀正夫である。前述のように初の受賞者となった王は中華民国国籍であり、日本人以外の受賞者は現在に至るまで王ただ一人である。また、日本人で初めて存命中の受賞を達成したのは山下である(山下以前の日本人受賞者は全員没後に受賞となった。)。
  • 日本国籍を持たない日本人(血統上の日本人。すなわち、外国生まれなどによって生まれながらにして他国籍の者や、他国に帰化して日本国籍を喪失した者など)が受賞した事例は現在に至るまで存在しない(王は母親は日本人だが父親が外国人なので、この例には当てはまらない。)。
  • プロ野球選手の受賞者はすでに4人を数えるが、そのうち衣笠を除く3人までが読売ジャイアンツ在籍経験者で占められている。また、この4人は全員がセントラル・リーグ所属球団の在籍経験者であり、パシフィック・リーグ所属球団の在籍経験者が受賞した事例は現在に至るまで一度も無い。

辞退した人物

賞の歴史上、以下の人物が受賞を辞退したことが明らかになっている。

  • 福本豊 - 1983年(昭和58年)6月に当時の世界記録となる通算939盗塁を達成。中曽根康弘首相から授与を打診されたが、「そんなんもろたら立ちションもでけへんようになる」(本人談)として辞退した。日本全国向けには「呑み屋に行けなくなる」と報道された。実際は「王さんのような野球人になれる自信がなかった。記録だけでなく広く国民に愛される人物でないといけないと解釈した」という心中を語っている。なお大阪府知事の賞詞は受賞している。
  • 古関裕而 - 1989年(平成元年)の没後に授与が遺族に打診されるも、古関の遺族が辞退している。
  • イチロー - 2001年(平成13年)、メジャーリーグで日本人選手史上初となるMVPを獲得する活躍を見せた事により、第1次小泉内閣から授与を打診されたが、「国民栄誉賞をいただくことは光栄ですが、まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたいです」と固辞した。イチローは2004年(平成16年)にもメジャーリーグのシーズン最多安打記録を更新した事から授与を検討されたが、再度固辞した。

授賞に係わる問題点

美空ひばりに対する授賞など、没後追贈者が過半数を占めることについて「なぜ存命のうちに授与しないのか」との声、また「政権浮揚が目的」、「贈られる側の賞ではなく、贈る側(政治家のため)の賞だ」、「政治利用はいかがなものか」などの批判があり、顕彰の事務手続きを行う内閣府官僚も、「結局、時の政権が『国民栄誉賞を出したい』と言えば出さざるを得ない」としている。その一方で、国民の多くが受賞間違いなしと評価し、マスコミからも受賞を確実視されながら受賞に至らなかった例もあり、評価基準が曖昧であるとの批判がある(高倉健など)。

2003年(平成15年)に開かれた文化庁の「映画振興に関する懇談会」では委員から、社会的認知という点において、三船敏郎の死亡時に国民栄誉賞を与えるという話があったこと、決定権を持つ総理大臣の個人の主観で受賞者が決定されることが挙げられ、文化芸術分野は文化庁等で話し合って受賞者を決めて欲しいという意見が出された。翌2004年(平成16年)には、当時の内閣官房長官・細田博之が、選考について「確たる基準がなく、その時々の判断」とし、「王貞治には授与されたが長嶋茂雄には贈られていない」など線引きの難しさを指摘している。2013年に長嶋が受賞する方針になった際には、王が「授与されていないこと自体、不思議に思っていた」とコメントした。

2011年(平成23年)7月、サッカー日本女子代表が団体では初の受賞となったことについて、表彰規定は表彰対象を「適当と認める」としており、行政用語としてこれに該当するのは個人法人であり団体(集団、グループ)は含まれないため、日本経済新聞は「国民栄誉賞を団体に授与するなら表彰規定の見直しを行い、説明責任を果たす必要がある」と指摘している。

脚注

注釈

  1. ^ 1977年時点での内閣総理大臣顕彰受賞者は、国家事業・社会事業関係者がほとんどで、スポーツ分野でもオリンピック競技で連覇した代表選手に限られていた。
  2. ^ 叙勲被推薦者たるには70歳を超えている事が必要。
  3. ^ 失踪宣告植村直己は没後扱いとする。
  4. ^ 没後受賞を含めると、史上最年長受賞は森繁久彌の満96歳没後。
  5. ^ 鳩山由紀夫首相の授与式における説明(“故森繁さんに国民栄誉賞贈呈 首相「国民に愛された」”. 47NEWS. 共同通信 (全国新聞ネット). (2009年12月22日). オリジナル2009年12月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130508192149/http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009122201000655.html 2009年12月22日閲覧。 )
  6. ^ 受賞名義は『FIFA女子ワールドカップドイツ2011日本代表チーム』(平成23年11月4日付け『官報』号外第238号、24頁。)
  7. ^ 2000年森喜朗首相による高橋尚子への授与に際して。1つの内閣で2回、3回と授賞した例もある。
  8. ^ 2011年、サッカー日本女子代表への授賞決定を受けての渡辺喜美発言。

出典

  1. ^ 国民栄誉賞受賞 一覧” (PDF). 内閣府. 2016年10月22日閲覧。
  2. ^ 幻の「沢・単独受賞」 官邸主導のなでしこ国民栄誉賞”. 日本経済新聞. (2011年8月4日). 夕刊 政界面
  3. ^ 国民栄誉賞 国民栄誉賞表彰規程(昭和52年8月30日 内閣総理大臣決定)”. 内閣府.
  4. ^ なでしこ、国民栄誉賞の表彰式 記念品は化粧筆7本”. 朝日新聞 (2011年8月18日)
  5. ^ 吉田選手に国民栄誉賞を授与 記念品は真珠のペンダント”. 産経新聞. (2012年11月7日)
  6. ^ 伊調馨選手に国民栄誉賞授与 安倍首相「5連覇を期待」”. 朝日新聞 (2016年10月20日). 2016年10月22日閲覧。
  7. ^ 松本晃 (2016年10月20日).“国民栄誉賞 伊調馨選手に授与 記念品は金色の西陣織帯”. 毎日新聞. 2016年10月22日閲覧。
  8. ^ 安倍首相「背番号96で改憲アピールか」と主要紙 過去の始球式でも「政治姿勢」皮肉っていた ジェイ・キャスト2013年5月6日
  9. ^ 「憲法デマゴーグ」の96条改正論 水島朝穂ウェブサイト2013年5月13日
  10. ^ 坂口裕彦 (2008年12月27日). “遠藤実さん:国民栄誉賞が正式決定 1月に遺族招き授与”. 毎日新聞. オリジナル2008年12月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081227084804/http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20081227k0000m010008000c.html 2008年12月27日閲覧。
  11. ^ 時事通信 (2009年5月29日).“森さんの国民栄誉賞を発表=「放浪記」2000回、国民に夢”. Yahoo!ニュース. 2016年10月22日閲覧。
  12. ^ 官房長官記者発表 平成23年8月2日(火)”. 首相官邸.
  13. ^ 平成25年2月25日 国民栄誉賞表彰式”. 総理の一日. 首相官邸.
  14. ^ “大鵬さんの国民栄誉賞表彰 夫人「天国で喜んでいる」”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2013年2月25日). オリジナル2013年2月25日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130225231417/http://www.asahi.com/sports/update/0225/TKY201302250347.html
  15. ^ 内閣官房長官記者会見 平成25年4月1日(月)午後. 首相官邸.
  16. ^ 内閣官房長官記者会見 平成25年4月16日(火)午前”. 首相官邸.
  17. ^ レスリング 伊調馨選手に国民栄誉賞授与へ 五輪4連覇”. 毎日新聞. (2016年9月13日)
  18. ^ 伊調馨選手に国民栄誉賞 政府が正式決定”. 日本経済新聞. (2016年9月13日)
  19. ^ 羽生善治棋聖と井山裕太十段に国民栄誉賞授与、正式決定,産経新聞,2018年1月5日
  20. ^ 平成30年1月5日(金)午前 官房長官記者会見,首相官邸ホームページ,2018年1月5日
  21. ^ イチロー2度打診も辞退 福本氏も「そんなんもろたら…」”. スポーツニッポン. (2013年4月2日) 2016年10月22日閲覧。
  22. ^ 「立ちションできへんくなる」国民栄誉賞を辞退した、世界の福本伝説 - 日刊SPA! 2013年4月3日
  23. ^ 福本豊氏が国民栄誉賞辞退の理由「立ちションベン」ではない”. 週刊ポスト 2013年4月19日号。
  24. ^ “国民栄誉賞、過去の辞退者は3人”. スポーツ報知. (2017年12月14日). http://www.hochi.co.jp/topics/20171214-OHT1T50035.html 2017年12月14日閲覧。
  25. ^ “イチローが国民栄誉賞辞退 「モチベーションが低下」”. 47NEWS. 共同通信 (全国新聞ネット). (2004年10月8日). オリジナル2012年4月6日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120406024948/http://www.47news.jp/CN/200410/CN2004100801001194.html
  26. ^ 大薗友和『勲章の内幕』 社会思想社〈現代教養文庫〉、1999年8月、ISBN 4390116290
  27. ^ さだまさし『日本が聞こえる』毎日新聞社、1998年、124-125頁。ISBN 4-620-31213-4。
  28. ^ 時事ドットコム2011年7月25日
  29. ^ 映画振興に関する懇談会(第10回)議事要旨”. 文化庁
  30. ^ 国民栄誉賞見送りへ 金メダル選手に紫綬褒章”. 共同通信. (2004年8月26日) 2011年8月14日閲覧。
  31. ^ 長嶋、松井氏国民栄誉賞関係・談話”. 時事ドットコム. (2013年4月1日)
  32. ^ プロ野球ニュース 【ソフトB】王会長、長嶋氏栄誉賞喜ぶ”. nikkansports.com. (2013年4月1日)

外部リンク

国民栄誉賞
関連項目:内閣総理大臣顕彰 - 勲章 (日本) - 褒章 - 賞杯 - 賜杯 - 位階
1977年(昭和52年):王貞治
1978年(昭和53年):古賀政男
1984年(昭和59年):長谷川一夫
1984年(昭和59年):植村直己
1984年(昭和59年):山下泰裕 | 1987年(昭和62年):衣笠祥雄
1989年(平成元年):美空ひばり
1989年(平成元年):千代の富士貢
1992年(平成4年):藤山一郎
1992年(平成4年):長谷川町子 | 1993年(平成5年):服部良一
1996年(平成8年):渥美清
1998年(平成10年):吉田正
1998年(平成10年):黒澤明
2000年(平成12年):高橋尚子 | 2009年(平成21年):遠藤実
2009年(平成21年):森光子
2009年(平成21年):森繁久彌
2011年(平成23年):2011 FIFA
女子ワールドカップ
日本女子代表

2012年(平成24年):吉田沙保里 | 2013年(平成25年):大鵬幸喜
2013年(平成25年):長嶋茂雄
2013年(平成25年):松井秀喜
2016年(平成28年):伊調馨
2018年(平成30年):羽生善治 | 2018年(平成30年): ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/01/17 23:55

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