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国鉄205系電車とは?

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【205系電車】

武蔵野線を走行する205系0番台車
(2017年1月16日 越谷レイクタウン駅)

【基本情報】

【運用者】
日本国有鉄道
東日本旅客鉄道
西日本旅客鉄道
【製造年】
1985年 - 1994年
【製造数】
1,461両
【主要諸元】

軌間
1,067 mm
電気方式
直流 1,500 V(架空電車線方式)
【設計最高速度】
100 km/h(一部110 km/h,120 km/h)
起動加速度
2.4 km/h/s(京浜東北線用 6M4T 編成)
【減速度(常用)】
3.5 km/h/s
【全長】
基本20,000 mm
先頭車化改造車20,100mm(いずれも連結面間)
【全幅】
車体基準幅2,800 mm
雨樋間最大幅2,870 mm
【全高】
4,086 mm
パンタグラフ折りたたみ時4,140 mm
【車体】
ステンレス
台車
ボルスタレス台車
主電動機
直流直巻電動機
【駆動方式】
中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比
85:14 (6.07)
【定格速度】
全界磁 39.0 km/h、35%弱界磁74.0km/h
制御方式
界磁添加励磁制御
【制御装置】
CS57形
制動装置
回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
  1. ^ 5000番台を除く

205系電車(205けいでんしゃ)は、1985年(昭和60年)に登場した直流通勤形電車。当初は日本国有鉄道(国鉄)により設計・製造され、国鉄分割民営化後も東日本旅客鉄道(JR東日本)と西日本旅客鉄道(JR西日本)により増備・改良生産が続行された。

本項では、番台区分および新製車については登場順に、投入や転属・転入については各社所属車別にそれぞれ記述する。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 導入の経緯
    • 1.2 車体
    • 1.3 主制御器
    • 1.4 主電動機
    • 1.5 台車
    • 1.6 ブレーキ
    • 1.7 車内
      • 1.7.1 乗務員室
  • 2 形式・製造両数
    • 2.1 国鉄設定形式
    • 2.2 JR設定形式
  • 3 番台区分(新製車・改造車)および新製車
    • 3.1 新製車
      • 3.1.1 0番台量産先行車
      • 3.1.2 0番台量産車
      • 3.1.3 1000番台(JR西日本)
      • 3.1.4 サハ204形
        • 3.1.4.1 サハ204形900番台
        • 3.1.4.2 サハ204形0番台
        • 3.1.4.3 サハ204形100番台
      • 3.1.5 500番台
    • 3.2 改造車
      • 3.2.1 JR東日本での改造
        • 3.2.1.1 南武線向け(1200番台)
        • 3.2.1.2 南武支線向け(1000番台)
        • 3.2.1.3 鶴見線向け(1100番台)
        • 3.2.1.4 八高・川越線向け(3000番台)
        • 3.2.1.5 仙石線向け(3100番台)
        • 3.2.1.6 武蔵野線向け(5000番台)
        • 3.2.1.7 日光線・宇都宮線向け(600番台)
      • 3.2.2 JR西日本での改造
        • 3.2.2.1 体質改善工事
  • 4 投入線区
    • 4.1 国鉄時代
      • 4.1.1 山手線(国鉄時代)
      • 4.1.2 東海道・山陽本線(京阪神緩行線)
    • 4.2 分割・民営化後
      • 4.2.1 JR東日本投入分の仕様変更について
      • 4.2.2 JR東日本への投入
        • 4.2.2.1 山手線(民営化後)
        • 4.2.2.2 横浜線
        • 4.2.2.3 南武線
        • 4.2.2.4 中央・総武緩行線
        • 4.2.2.5 埼京線・川越線
        • 4.2.2.6 京浜東北線・根岸線
        • 4.2.2.7 京葉線
        • 4.2.2.8 武蔵野線
        • 4.2.2.9 相模線
      • 4.2.3 JR西日本への投入
        • 4.2.3.1 阪和線
  • 5 転属
    • 5.1 JR東日本での転属
      • 5.1.1 転出
      • 5.1.2 転入
      • 5.1.3 備考
    • 5.2 JR西日本での転属
      • 5.2.1 京阪神緩行線→阪和線(0番台)
      • 5.2.2 阪和線→東海道本線(0番台)
      • 5.2.3 東海道本線→阪和線(0番台)
      • 5.2.4 阪和線→奈良線・大和路線(0番台・1000番台)
  • 6 その他
    • 6.1 デジタル無線搭載工事
  • 7 保留車・廃車など
    • 7.1 東日本大震災による廃車
    • 7.2 事故廃車
  • 8 譲渡
    • 8.1 富士急行
    • 8.2 インドネシア
      • 8.2.1 エピソード
  • 9 今後の予定
  • 10 脚注
    • 10.1 注釈
    • 10.2 出典
  • 11 参考文献
  • 12 関連項目
  • 13 外部リンク

概要

導入の経緯

1981年(昭和56年)より、103系に代わる省エネルギー通勤形電車として量産が開始された201系は、量産中にも様々なコストダウンを図りながらも1,000両を超える増備を行ってきた。しかし、核となる電機子チョッパ制御の製造コストが非常に高価で、当時財政的に厳しい状況に置かれていた国鉄にとっては、より大幅なコストダウンの図れる車両が必要な状況にあった。この時期には111系115系などの老朽化置き換えを目的とした次期近郊形車両(211系)用として開発していた「界磁添加励磁制御」方式を実用化に向けて試験を行っていた。また、同車には新開発の軽量ボルスタレス台車や軽量ステンレス構造、電気指令式ブレーキの採用計画などを進めていた。

1984年度に1985年(昭和60年)3月のダイヤ改正において横浜線武蔵野線の輸送力増強を行うこととなり、山手線からこれらの路線へ103系を捻出するための通勤形車両が必要となった。この時点で既存の201系を山手線用に増備するのか、新形式車両を投入するかが迫られた。そして最終的には、1984年(昭和59年)6月末に次期近郊形車両用のシステムを使用した通勤形車両として本系列の製造が決定された。乗務員訓練時期を含めたダイヤ改正の前に落成する必要性から、翌1985年1月末に第1編成の落成が決定され、デビューまでわずか7か月という非常に短期間で設計・製造が進められた。

なお、当初の国鉄における計画では首都圏全体の置き換え計画があり、山手線に次ぐ投入線区として中央・総武緩行線に集中投入する計画であった。

車体

101系からの伝統的な 20 m 級片側4扉車体を有するが、車体は従来の普通鋼製から軽量構造のステンレス製となり、大幅な軽量化と塗装工程を省略したことにより保守作業が大きく軽減された。ステンレス車体とすることで、車両重量については201系より各車約7tの軽量化が実現されている 。

外観は補強用のビード(ローラーによる断面が細い凸状のプレス加工)を極限まで減らした外板に、初回製造分(0番台量産先行車)を除きバランサー付きの大きな1段下降窓を備えたものとなった。この1段下降窓への設計変更は横浜市営地下鉄2000形(2006年に全廃)がヒントになっている。量産先行車の落成時、国鉄の車両設計責任者が東急車輛製造(以下東急車輛と略)の工場を訪問した際、同時期に製造中であった横浜市2000形が本系列と並んでいた。同形式の1段下降窓を見たその責任者曰く「1段下降窓の方がすっきりする。ステンレス車体なら腐食の心配もないから保守上の問題もない」とのことで、以後の量産車は1段下降窓で製造された。

国鉄ではかつて10系客車の一部寝台車157系電車、それに急行グリーン車(153系サロ152451系サロ451キハ58系キロ28/キロ58)などの鋼製車で1段下降窓を採用した前例があるが、いずれも車体下部の水抜き穴設置が不十分で、内側にたまった鉄粉や泥が水分を保持して車体の腐食を進めることで車両の寿命を縮めた。そのため、当時の国鉄では下降窓車は「御法度」となっていたが、オールステンレス構造の本系列であれば腐食の心配もないことから、戦後の通勤形車両としては初めて1段下降窓が採用された。このほか、車体側面の戸袋窓と連結面にある妻面窓が廃止された。ステンレス車両の場合、外板が強度を確保する上で重要な役割があり、窓を設ける場合には骨組みで固める必要がある。しかし、窓をなくせばその分軽量化やコストダウンを図ることができる。

また、それまでの車体全面塗装から窓の上下に各路線ごとのラインカラーを糊付きフィルムの帯で表す方法を採ったことで、非常にすっきりとした印象を利用者に与えている。当初は1色のみだったが、国鉄の分割・民営化以降は最大で3色まで使われるようになり、従来同じうぐいす色の車両で運行されていた山手線埼京線川越線横浜線がそれぞれ別の帯色となった(後述する#番台区分#投入線区の写真を参照)。

前面は、先代の201系と同じく設計に参加した東急車輛のカラーが反映された、前面の窓周りを黒色でまとめた左右非対称のデザインが採用されたが、前照灯の位置が窓下に変更されている。この位置変化は203系からの流れともいえる。また、前面にもラインカラー帯を配し、前照灯はカラー帯上に配置されている。東日本地区でJR化後の横浜線投入分以降に製造された車両では前面上部右側に種別表示器が追加されたが、実際は横浜線と京葉線以外では路線名のみを掲出していた例が多く、2000年代以降は使用されていない場合も多い。

分割・民営化後は行先表示器運行番号表示器・尾灯車側灯LED化されるようになったが、電球のままの車両も存在する。JR西日本では民営化直後の一時期、LED式行先表示器を試験的に京阪神緩行線用(当時)の7両に設置したものの、短期間で幕式に復元されたが、2012年に行われた体質改善工事にて再設置されている。

国鉄時代に製造された車両は、幼児や子供などが戸袋に手を引き込まれないように201系と同様に窓を小さくした客用ドアを備えるが、分割・民営化以降は山手線用(4扉車)を除いて一般的な大きさの窓を持つドアに変更された。

主制御器

CS57形電動カム軸式主制御器
HS52形励磁装置(界磁添加励磁装置)

前述した通り201系と203系で採用した電機子チョッパ制御では高コストとなることから、本系列では国鉄末期の財政難の状況でも大量投入が行えるように比較的簡単な機器構成で省エネルギー効果が得られる界磁添加励磁制御を国鉄で初めて採用した。なお、原設計を担当したのは東洋電機製造である。

界磁添加励磁方式は、機構的には古くからの抵抗制御の延長上にあり、力行の制御は基本、電動カム軸式抵抗制御器を用いる在来手法によるが、私鉄で普及していた界磁チョッパ制御と同様、電気ブレーキ回生ブレーキが使える利点があり、軽量な車体と相まって、結果的に201系より優れた省エネ車両となった。特に制御回路は電機子チョッパ制御とは異なり、高価な半導体素子を使用することなく、従来の車両で広く普及している部品を使用するため機器のコストは大幅に抑えられている。加えて界磁チョッパ方式の場合は直流主電動機をコスト高な複巻式にせねばならないところ、界磁添加励磁方式はシンプルで一般的な直巻式主電動機を使用でき、その点からも事実上、直巻式主電動機以外を選択できなかった当時の国鉄にとって最適な方式であった。

導入前に本系列の山手線走行シミュレーションを実施した結果、性能向上と車体軽量化により201系よりも電力消費量は少なく、さらに同線で運用されている103系よりも大幅に電力消費量が減少することが確認されている。本系列で採用したCS57形電動カム軸式主制御器には加減速の頻度が大きい場合に有用なノッチ戻し機構も搭載されている。この力行時に用いられる抵抗制御回路の段数は直列13段・並列11段である。

本系列での界磁制御を行うため、CS57形主制御器に付随してHS52形励磁装置が搭載されている(ただし、JR東日本化後の増備車は後述するHS52A形に変更)。この励磁装置は弱め界磁制御と回生ブレーキ使用の際に界磁制御を行うもので、装置はサイリスタ (1,600 V - 800 A) とダイオード (1,600 V - 250 A) を組み合わせた三相混合ブリッジとバイパスダイオード (1,600 V - 800 A) 、さらには励磁用変圧器やマイコン制御部などの無接点制御装置から構成されるものである。電動機の制御には電動発電機 (MG) からの三相交流440Vを基に三相混合ブリッジを用いて全波整流(HS52形)/半波整流(HS52A形)を行い、主電動機の制御を行う。

M車に搭載された主制御器1基で2両8基分の主電動機を制御する1C8M方式で、M車 - M'車間には高圧用KE6形ジャンパ連結器が備えられている。

主電動機

MT61形主電動機。右の電動機の手前にたわみ板が見える。

本系列の主電動機はMT61形と呼称する近郊形713系向けに開発された直巻整流子電動機を使用している。1時間定格出力こそ従来標準電動機とされてきたMT54形と同じ120 kWであるが、設計の見直しにより低回転域でのトルクをより向上させた一方で、弱めた際の界磁率を 35 % まで拡大して高速性能を確保している。1時間定格速度は 39.0 km/h、1時間定格牽引力は1ユニットあたり 8,870 kg である。この電動機と軽量ステンレス構造車体の採用により、地下鉄乗り入れ用の203系と同じ歯数比 6.07 とされたにもかかわらず、高定格回転数仕様の主電動機を搭載し歯数比5.60と高速仕様の201系と比較してほぼ同等の起動加速度・高速特性を確保している。本系列の 6M4T 車(京浜東北線用)における起動加速度は 2.4 km/h/sとなっている。

1988年度までに投入された車両については冷却ファン構造が201系などと類似した「外扇形」で、翌1989年度の埼京線向け以降に増備したグループでは騒音源となる冷却ファン構造を変更し、高速域でも静かな走行音を実現した「内扇形」に移行している。なお、両者は機能的には同一で、互換性を有している。

台車

台車には国鉄が新規に開発した軽量ボルスタレス台車を採用している 。軸箱支持方式は円錐積層ゴム方式で、軸箱の両側に高さを変えて取付けられている。動力台車はDT50形、付随台車はTR235形と称する。台車枠は側梁をストレート、横梁にはシームレスパイプを採用するなど構造を大幅に簡素化したものとした。また、軸箱方式と合わせて構成部品数を少なくし、保守性の向上を図っており、合わせて軽量化と新製コストの低減を実現している。この結果、従来の台車よりも1台車あたりの重量は約1.5t軽量化されている。基礎ブレーキ装置は動力台車は片押し式踏面ブレーキ、付随台車は片押し踏面併用ディスクブレーキ方式を採用した。

この軽量ボルスタレス台車は以降、203系100番台(DT50A形・TR235A形)、211系(DT50B形・TR235B形)、415系1500番台(DT50C・TR235C形)、117系100・200番台(DT50C形・TR235B形)など、同時期に製造される国鉄車両に続々と採用が進められた。

その後、昭和60年度第1次債務車(山手線クハ205-32 - クハ204-32以降)からは軸受形状を片つば式密封ころ軸受から両つば式密封ころ軸受に変更し、合わせて動力台車の駆動装置の歯車潤滑方式の変更などが実施され、形式はDT50D形、TR235D形に改められた。なお、分割民営化後に製作されたJR西日本向け1000番台とJR東日本向けサハ204形では異なる台車が使用されており、これらは後述する。

ブレーキ

ブレーキ装置には国鉄在来線車両で初の全電気指令式ブレーキが採用され、空気配管の大幅削減と機器の軽量化が実現された。電気ブレーキは励磁装置を用いて回生制動を行う。高速域では界磁電流を弱く、主回路電流は強くし、速度の低下とともに界磁電流を強めながら主回路電流を減じるよう制御することで、一定のブレーキ力が確保される。65 km/h 以上からの制動では電動機は並列つなぎとなっており、それ以下からの場合は直列つなぎで回生ブレーキを開始する。並列つなぎで開始した場合は 50 km/h 前後で直列つなぎに切り替わるが、切り替えの際に端子電圧を急に半減することができないため、抵抗を挿入しながら回路を切り替え、その後抵抗を抜き取る動作を行う。低速域では界磁電流を強めても回生電圧が架線電圧を下回るため、20 km/h 前後で回生ブレーキが失効する。

従来の国鉄車両では運転台に手ブレーキが設置されていたが、効果が少ない割りに無駄にスペースを占有することから廃止した。そのほか、空気圧縮機 (CP) は電動機に三相誘導電動機を使用したレシプロ式コンプレッサMH3075-C2000M形(吐出量 2,000 L/min)を採用、補助電源装置には 190 kVA のDM106形電動発電機(ブラシレスMG)をM'車に搭載する(MG非搭載車もあり・後述)。

車内

車内は201系をベースとしたもので、内装色はクリーム色系、床敷物は薄茶色である。天井は平天井構造とし、各車には補助送風機(ラインデリア)が4台設置されている。前述した戸袋窓と妻面窓の廃止でこれらのあった個所には広告枠が設置されている。ドアを開閉するための「ドアエンジン(戸閉装置)」は大半の車両が座席下収納式の「異径複シリンダ形差動ラック式」を使用している。

車内は基本的にオールロングシートで、101系以来の国鉄新性能通勤形電車標準の座席配置(バリエーションは後述)である。落成当初の座席表地は区分のため、両端3人掛け部をロームブラウン色(こげ茶色)、中央の1人分をヘーゼルナッツ色(うすいオレンジ色)としたものである。なお、座席表地はJR化以降経年劣化のため、各社の標準品へと交換が実施されている。空調装置集中式のAU75G形 (48.8 kW・42,000 kcal/h) を搭載する。

乗務員室

乗務員室と客室の仕切部においては従来、機器設置スペースとすることで背面窓を省略または小さいものを設けていた。しかし、国鉄末期に製造された本系列では分割民営化を控えた時期であり、旅客サービス等の配慮などから客室からの見通しも考慮して背面窓を設ける構造とした。この窓の大きさはATC搭載車・ATC非搭載車・1000番台で相違があるが、枚数は3枚に揃えられている。

運転台の機器配置、寸法等は201系に準拠したものである。ブレーキの電気指令化に伴い、ワンハンドルマスコンの採用も検討されたが、取り扱いの慣熟性などの諸問題から201系と同様の横軸式マスコン・縦軸式ブレーキ設定器の組み合わせとなった 。縦軸式ブレーキ設定器の採用で、運転士の足元スペースを広く取っている。また、ブレーキハンドルは固定式で(従来の抜き取り方式ではなく)マスコンキーでハンドルロックの解除を行うものとなった。

運転台の配置は基本的に写真左(クハ204-20)のような配置が基本となっている(国鉄時代製造分・JR東日本初期製造分・JR西日本製造分)。ただし、JR東日本化後の増備車は途中(写真右、クハ204-130)から簡易モニタ装置の設置により、配置の一部見直しが実施されている(後述)。

形式・製造両数

記述の順番は過去からの慣例に準ずる。

国鉄設定形式

国鉄時代には368両が製造された。このうちJR東日本に340両、JR西日本には28両が継承された。

モハ205形 (M)
モハ204形またはクモハ204形とユニットを組む電動車パンタグラフ主制御器を搭載する。
モハ204形 (M')
モハ205形とユニットを組む電動車で、電動発電機 (MG) と空気圧縮機 (CP) を搭載する。ただし、編成内にモハユニットを3ユニット以上連結する場合は1両のみMGを搭載しないモハ204形が連結される。この形式は特に番台区分されていない。
クハ205形 (Tc)
奇数向きの先頭に連結される制御車
クハ204形 (Tc')
偶数向きの先頭に連結される制御車。
サハ205形 (T)
付随車

JR設定形式

国鉄時代にはなく、JR化後に独自に設計された形式である。JR化後はJR東日本で1,073両、JR西日本で20両製造された。国鉄製造分を含めた205系全体では1,461両が造られた。

クモハ205形 (Mc)
モハ205形から改造された制御電動車。クモハ204形とユニットを組む。
クモハ204形 (M'c)
モハ204形から改造された制御電動車。クモハ205形またはモハ205形とユニットを組む。
サハ204形 (T')
混雑時に対応するために客用扉を片側6か所とした中間付随車。

番台区分(新製車・改造車)および新製車

本節では新製車(新規に製造された車輌)と改造車(新製車の改造で発生した車輌)に分け、登場時期の古いものから順に記述する。なお、新製形式であるサハ204形も本節内に記述する。

新製車

【国鉄・JR東日本 205系0番台】

0番台量産先行車
側窓は2段サッシ窓で扉窓は小さい
(2004年12月15日 田町駅)

【基本情報】

【運用者】
日本国有鉄道
東日本旅客鉄道
西日本旅客鉄道
【製造所】
東急車輛製造
川崎重工業
日本車輌製造
日立製作所
近畿車輛
東日本旅客鉄道大船工場
【製造年】
1984年(試作車)
1985年 - 1991年(量産車)
【主要諸元】

【最高運転速度】
100 km/h
110 km/h (京葉線用の一部)
【車両定員】
座席48・立席88(先頭車) - 座席54・立席90(中間車)
【自重】
23.6 t(サハ205形)- 34.4 t(モハ204形)
台車
円錐積層ゴム式
DT50・TR235系
保安装置
ATS-B(山手線用の一部と横浜線・南武線・中央・総武緩行線用)
ATS-SATS-SN(横浜線・山手線・京阪神緩行線用を除く。一部は製造時よりSNを装備)
ATS-S → ATS-SW(京阪神緩行線用)
ATS-P(山手線・京浜東北線用を除く)
ATC-6(山手線・横浜線・埼京線・京浜東北線用のみ)
D-ATC(横浜線用のみ)

0番台量産先行車

1984年(昭和59年)度(初回)に製造された量産先行車で、10両編成4本が該当する。東急車輌製造・日立製作所日本車輌製造川崎重工業がそれぞれ1本ずつ製造した。番台区分上は0番台に含まれ、それぞれ 1 - の番号が付されている。基本的な構造はその後製造された車両に準じているが、窓形状が上段下降、下段上昇の2段サッシ窓である点が異なっている。全4本が山手線に投入され、1991年に他の編成と同じく10号車にサハ204形0番台 (1 - 4) が連結され、1996年から1997年にかけて先頭車には全編成、排障器(スカート)が設置された。

2005年(平成17年)に埼京線へ転用するサハ204を抜き取った上で山手線から京葉線へ転用され(後述)、結果的に製造時の編成に戻っている。なお、先頭車の運行番号表示器は当初巻き取り式であったが、1995年に後述の0番台量産車とともにLED式に換装されている。

2012年(平成24年)には、一部編成改造したうえで、富士急行譲渡され、6000系として運用している。

0番台量産車

国鉄時代の1985年(昭和60年)から分割民営化後の1991年(平成3年)にかけて、東日本の山手線横浜線埼京線南武線京浜東北線中央・総武緩行線京葉線武蔵野線と西日本の東海道山陽本線(京阪神緩行線)に投入された車両がこれにあたる。近畿車輛がメーカーに加わったが、JR東日本における1989年度以降の0番台4扉車は川崎重工業一社に集約された(後述)。また、横浜線向けの一部車両はJR東日本の自社工場であった大船工場で製造されている。なお、本稿では便宜上側扉の窓が小さいタイプを前期形、大きいタイプを後期形と区分する。後期形の一部は、前面のデザインが変更されている。

国鉄時代の製造は前期形のみで、山手線用として10両編成30本が増備され、続いて京阪神緩行線に7両編成4本が投入された。なお、量産先行車の落成(1985年1月末)から半年足らずで量産車の落成が開始されている(1985年7月上旬)。これは同年9月に開業予定であった池袋駅 - 大宮駅間の通勤別線(現在の埼京線)の開業用として山手線の103系180両を同線に転用する必要があるためであった。

分割民営化後は、JR東日本で増備が続き、1987年に山手線に導入された第49編成からコストダウンのため、10両編成中電動発動機が2個になり、荷棚が網からステンレスパイプに変更された。

1988年(昭和63年)から横浜線に導入された車両から後期形となり、201系同様に窓を小さくした客用ドアから一般的な大きさの窓を持つドアに変更された。また、運行番号表示器が巻き取り式に戻った。

1990年(平成2年)に京葉線に導入された車両から前面デザインが大幅に変更されたものが投入された。翌年には武蔵野線にも導入され、沿線にある東京ディズニーランドをイメージしてデザインされた前面は鉄道ファンから「メルヘン顔」と呼ばれている。この京葉線・武蔵野線用は従来の前頭部はステンレスと周囲(額縁部)をFRP材で構成したものから、前頭部全体をFRP成形品で覆う構造としたものに変更されている。塗色は京葉線用は白色、武蔵野線用は銀色である。この武蔵野線用をもってJR東日本における205系の増備は1994年に導入された横浜線用の6扉車を除いて終了し、翌1992年からVVVFインバータ車の209系に移行した。なお、両路線とも後に山手線から通常の前面の車両が転属している。

前面の運行番号表示器は量産先行車では手動式の巻き取り式であったが、山手線は運行中の運用変更も多いことから、0番台量産車では設定器からの指令によるオレンジ色のバーで構成するマグサイン式を採用した。山手線用以外の増備車では巻き取り式に戻ったが、本系列の末期の新製車にあたる武蔵野線向け(相模線向け500番台も同様)では黄緑色のマグサイン方式の採用となった。

山手線用のマグサイン方式は表示器の照明が暗く、特に夜間の視認性に問題があったため、1995年LED式に換装された。他線の巻き取り式も同時期からLED式に換装されている例も多い。排障器(スカート)も大半の車両に設置されている。

京阪神緩行線用がJR西日本に継承された以外、全車がJR東日本に所属している。その後の209系E231系E233系などの導入に伴い、投入時とは異なる路線で使用されている車両も多い(後述)。

また、JR東日本は国鉄分割民営化後に山手線用の製造を再開するにあたり、同社の山手線所属車両の続き番号とする(この場合京阪神緩行線向け車両と重複番号が発生する)かJR西日本に継承された京阪神緩行線向け車両の番号を飛ばすかが検討された。その結果、他社間でも同一形式で重複番号があると、万一の乗り入れ等が発生した場合に不都合が考えられることから、重複する番号は避けることとなった。なお、この件についてJR東日本公式には「車両番号を分かりやすくするため」とされている。

山手線編成の編成番号と車両番号の関係
  • 編成番号と先頭車の番号は同じ(例:編成番号3の先頭車はクハ205-3・クハ204-3)
  • 編成中のサハは編成番号の2倍または、それより1少ない番号
  • 編成中のモハユニットは編成番号の3倍または、それより1と2少ない番号

しかし、京阪神緩行線向けに続く番号とした場合、山手線用の編成の編成番号と車両番号の法則(上記に記載)が崩れてしまうため、この法則を守るために、以下の車両番号を当初より欠番としている。これは最低限キリの良い番号まで飛ばすものであった(説明表の下部にJR東日本化後の車両番号と、仮に続き番号とした場合を記載)。

山手線投入分の車両番号について
形式 クハ205
(Tc') | モハ205
(M) | モハ204
(M') | サハ205
(T) | モハ205
(M) | モハ204
(M') | サハ205
(T) | モハ205
(M) | モハ204
(M') | クハ204
(Tc')
国鉄時代
山手線投入分 1
2
:
33
34 | 1
4
:
97
100 | 1
4
:
97
100 | 1
3
:
65
67 | 2
5
:
98
101 | 2
5
:
98
101 | 2
4
:
66
68 | 3
6
:
99
102 | 3
6
:
99
102 | 1
2
:
33
34
京阪神緩行線
投入分 35
:
38 | 103
:
109 | 103
:
109 | 69
:
72 | 104
:
110 | 104
:
110 |  | 35
:
38
JR東日本化後
山手線投入分 41
42
: | 121
124
: | 121
124
: | 81
83
: | 122
125
: | 122
125
: | 82
84
: | 123
126
: | 123
126
: | 41
42
:
仮に続き番号を
使用した場合 39
40
: | 111
114
: | 111
114
: | 73
75
: | 112
115
: | 112
115
: | 74
76
: | 113
116
: | 113
116
: | 39
40
: