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土方久元とは?

この記事には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です。脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年9月)
日本政治家
土方 久元
ひじかた ひさもと

宮内官供奉服に勲一等旭日大綬章を着用した土方
(明治32年(1899年))

【生年月日】
1833年11月23日
(天保4年10月12日)
【出生地】
日本 土佐国土佐郡秦泉寺村
【没年月日】
(1918-11-04) 1918年11月4日(84歳没)
【前職】
武士(土佐藩士)
【称号】
正二位
勲一等旭日桐花大綬章
伯爵
【親族】
土方久用(父)
土方久功(甥)
土方与志(孫)
第2代 宮内大臣

【在任期間】
1887年9月6日 - 1898年2月9日
第2代 農商務大臣

【内閣】
第1次伊藤内閣
【在任期間】
1887年7月26日 - 1887年9月17日

土方 久元(ひじかた ひさもと、天保4年10月12日(1833年11月23日) - 大正7年(1918年)11月4日)は、日本武士(土佐藩士)、政治家である。栄典正二位勲一等伯爵幼名大一郎通称楠左衛門秦山

目次

  • 1 生涯
    • 1.1 志士としての活躍
    • 1.2 維新後
  • 2 栄典
  • 3 出典
  • 4 参考文献
  • 5 関連項目

生涯

志士としての活躍

天保4年(1833年)、土佐藩上士・土方久用(200石)の長男として生まれる。安政4年(1857年)、江戸へ遊学して儒者・大橋訥庵の門に学び、尊王攘夷思想に傾倒する。帰国後、武市瑞山らが結成した土佐勤王党に参加。文久3年(1863年)以後は藩命により京都へ上り、尊攘派の牙城であった長州藩はじめ諸藩の勤王の志士と交流する。やがて過激派公家三条実美の知遇を得、徴士学習院出仕を命ぜられたが、同年の八月十八日の政変により、長州藩と三条らは失脚し京から追放される。久元は「七卿落ち」に従い、三条や澤宣嘉らと共に長州へ下った。

幕府による第一次長州征討の際には、三条らと共に九州(福岡藩)へ渡海し、大宰府に逃れる。同じ土佐浪士の中岡慎太郎田中光顕坂本龍馬らとも連係し、薩長同盟の仲介に尽力。馬関における木戸孝允西郷隆盛の会談を周旋する(ただし、連絡の行き違いにより未遂に終わる)。

七卿落ちから明治元年(1868年)にいたるまでの土方の活動は、自らの日記『回天実紀』によって詳しく記されている。

維新後

宮内官大礼服に勲一等旭日桐花大綬章を着用した晩年の土方

明治維新成った後は新政府に仕え、明治元年には東京府判事、ついで鎮将府弁事に任命される。その後、宮内少輔内務大輔太政官内閣書記官長侍補宮中顧問官元老院議官などを歴任。宮中職の履歴が多く、元田永孚佐々木高行吉井友実らと共に皇権伸張(天皇親政)を主唱し、宮中保守派と目せられた。天皇親政運動は実現せず明治14年(1881年)に終息するが、明治17年(1884年)には子爵に叙爵。

明治18年(1885年)の内閣制度発足に際しては第1次伊藤内閣農商務大臣として入閣。ついで宮内大臣に転じ、以後11年に渡って職務にあたる。明治21年(1888年)には大日本帝国憲法審議のために設けられた枢密院で憲法草案を議する枢密顧問官に任命され、中正派(天皇親政派)として立憲君主制確立のため君権を制限しようとする伊藤博文らと論争した。憲法制定後は、明治22年(1889年)の嘉仁親王(後の大正天皇)立太子式、翌明治23年(1890年)の帝国議会発足、明治27年(1894年)からの日清戦争などに際し、明治天皇を支える宮内大臣として取り仕切った。明治28年(1895年)伯爵に陞爵。明治31年(1898年)に宮内大臣を辞し田中光顕に譲った。

晩年は帝室制度調査局副総裁(後に総裁)、皇典講究所長などを経た後、教育関連の仕事に従事。聖徳講話などを行い国民の教化に尽力し、國學院大學長、東京女学館長などを務めた。また、明治天皇が崩御し大正の世となると、臨時帝室編修局総裁の職に就き『明治天皇紀』の編纂に尽力した。

大正7年(1918年)、肺炎のため死去。享年84。墓所は染井墓地(現:染井霊園)。孫の久敬(別名与志)が爵位を継いだが、演出家の道へ進み新劇運動に熱中した末に社会主義にも傾倒、昭和9年(1934年)に爵位を取り上げられた。また、養女の春子(中井好馬の娘)は七卿の1人だった四条隆謌へ嫁ぎ、甥の土方久功彫刻家民俗学者となっている。

日記『回天実記』(新版<幕末維新史料叢書7>新人物往来社 昭和44年(1969年))が遺されている。

栄典

位階
勲章等
外国勲章佩用允許

出典

  1. ^ 土方久元とは - コトバンク
  2. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』(吉川弘文館、2010年)251頁
  3. ^ 『官報』第678号「賞勲叙任」1885年10月2日。
  4. ^ 『官報』第994号「叙任」1886年10月21日。
  5. ^ 『官報』第3988号「叙任及辞令」1896年10月12日。
  6. ^ 『官報』第1299号「叙任及辞令」1887年10月26日。
  7. ^ 『官報』第1928号「叙任及辞令」1889年11月30日。
  8. ^ 『官報』第316号「叙任及辞令」1884年7月18日。
  9. ^ 『官報』第3684号「叙任及辞令」1895年10月8日。
  10. ^ 『官報』第6012号「叙任及辞令」1903年7月17日。
  11. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  12. ^ 『官報』第993号「叙任及辞令」1886年10月20日。
  13. ^ 『官報』第2355号「叙任及辞令」1891年5月9日。
  14. ^ 『官報』第2378号「叙任及辞令」1891年6月5日。
  15. ^ 『官報』第2726号「叙任及辞令」1892年7月29日。
  16. ^ 『官報』第3691号「叙任及辞令」1895年10月16日。

参考文献

関連項目


公職
先代:
谷干城 |  農商務大臣
第2代:1887年7月26日 - 同9月17日 | 次代:
黒田清隆
先代:
伊藤博文 |  宮内大臣
第2代:1887年9月16日 - 1898年2月9日 | 次代:
田中光顕
日本の爵位
先代:
陞爵 | 伯爵
土方(久元)家初代
1895年 - 1918年 | 次代:
土方久敬
先代:
叙爵 | 子爵
土方(久元)家初代
1884年 - 1895年 | 次代:
陞爵
皇典講究所に関連した人物
総裁 | 

副総裁 | 
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  • 佐佐木高行1910年3月
  • 鍋島直大1918年4月-1921年6月
  • 江木千之1932年8月
  • 平沼騏一郎1945年

  • 所長 | 
  • 山田顕義1889年-1895年
  • 佐佐木高行1896年-1909年
  • 芳川顕正1910年
  • 鍋島直大1911年-1918年
  • 土方久元1919年
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  • 徳川圀順1933年
  • 佐佐木行忠1933年-1946年

  • 幹事長 | 
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  • 山田新一郎1912年-1917年
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  • 幹事 | 
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  • 賀茂百樹1903年4月-1905年10月
  • 石川岩吉1909年
  • 桑原芳樹1917年
  • 副島知一1926年

  • 専務理事 | 
  • 桑原芳樹1918年
  • 岩元禧1924年
  • 副島知一1933年
  • 高山昇1937年
  • 吉田茂 ? 年

  • 理事 | 
  • 今泉定助1918年3月
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    國學院大學長 | 
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  • 服部宇之吉 1929-1933
  • 事務取扱 副島知一 1933
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    出典:wikipedia
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