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地下鉄サリン事件とは?

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この記事には暴力的または猟奇的な記述・表現が含まれています。免責事項もお読みください。

【地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件】

事件の現場のひとつとなった霞ケ関駅(営団時代に撮影)

【場所】
日本 東京都
帝都高速度交通営団(現東京地下鉄)の一部路線
【日付】
1995年3月20日
午前8時頃 – 不明
【標的】
営団地下鉄丸ノ内線日比谷線千代田線の乗客および乗員・駅員など
【攻撃手段】
地下鉄の列車にサリンを撒くことによる化学テロ・宗教テロ
【兵器】
サリン
【死亡者】
13人
【負傷者】
約6,300人
【犯人】
オウム真理教(首謀者:麻原彰晃)
村井秀夫井上嘉浩林郁夫新実智光広瀬健一北村浩一横山真人外崎清隆豊田亨高橋克也林泰男杉本繁郎土谷正実遠藤誠一中川智正ほか女性信者2名
【動機】
教団への捜査の撹乱と首都圏の混乱

地下鉄サリン事件(ちかてつサリンじけん)とは、1995年(平成7年)3月20日に、東京都で発生した同時多発テロ事件である。

一部の国では「Tokyo Attack」と呼ばれている。警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件

宗教団体オウム真理教によって、帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ)で営業運転中の地下鉄車両内で神経ガスサリンが散布され、乗客及び乗務員、係員、さらには被害者の救助にあたった人々にも死者を含む多数の被害者が出た。平時の大都市において無差別に化学兵器が使用されるという世界にも類例のないテロリズムであり、世界的に大きな衝撃を与えた。

毎日新聞では、坂本堤弁護士一家殺害事件松本サリン事件と並んで『オウム3大事件』と表現されている。

目次

  • 1 概説
    • 1.1 事件当日
    • 1.2 オウムの関与判明後
  • 2 計画
    • 2.1 迫る強制捜査と生物兵器テロ未遂
    • 2.2 リムジン謀議
    • 2.3 実行役・運転手役
    • 2.4 製造役
  • 3 犯行
    • 3.1 千代田線(我孫子発代々木上原行)
    • 3.2 丸ノ内線(池袋発荻窪行)
    • 3.3 丸ノ内線(荻窪発池袋行)
    • 3.4 日比谷線(中目黒発東武動物公園行)
    • 3.5 日比谷線(北千住発中目黒行)
    • 3.6 事件後
    • 3.7 その他
  • 4 緊急処置
    • 4.1 救助活動
    • 4.2 解毒剤
    • 4.3 警察・検察
    • 4.4 鑑識
    • 4.5 東京消防庁・病院
    • 4.6 自衛隊
    • 4.7 報道関係
  • 5 被害者
    • 5.1 死者
  • 6 真犯人の発覚
    • 6.1 強制捜査
    • 6.2 判明
    • 6.3 関係容疑者の逮捕
  • 7 余波
    • 7.1 オウム真理教
    • 7.2 被害者の後遺症・PTSD
    • 7.3 不審物への対応
  • 8 裁判で未解決の問題
    • 8.1 事件で使用されたサリンの原料は誰が保管していたのか
    • 8.2 警察は地下鉄サリン事件を予期していたのか
  • 9 異説
    • 9.1 予言の成就説
    • 9.2 弟子の暴走説
  • 10 関連事件
    • 10.1 類似の攻撃事件
    • 10.2 類似の鉄道攻撃事件
  • 11 文化
    • 11.1 この事件を扱ったテレビ番組
    • 11.2 関連書籍
  • 12 脚注
    • 12.1 注釈
    • 12.2 出典
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

概説

事件当日

1995年(平成7年)3月20日午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ、以下営団地下鉄)、丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら13人が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。

営団地下鉄では、事件発生に伴い日比谷線の運転が不可能となり、霞ケ関駅を通る丸ノ内線・千代田線については同駅を臨時に通過扱いとして運行することにしたが、一時的に部分運休した(後述)。運転再開後はほぼ所定どおりのダイヤで運行したが、終電まで霞ケ関駅を通過扱いする措置をとった。

1995年(平成7年)3月20日は月曜日で、事件は平日朝のラッシュアワーのピーク時に発生した。これは村井秀夫井上嘉浩が乗客数及び官公庁の通勤のピークが8時10分頃であると考えたためである。各実行犯は、500〜600gの溶液(内サリンは35%程度)の袋詰めを2つ、林泰男だけは3つ運び、犯人は各々に命じられた列車に乗り込み、乗降口付近で先端を尖らせたを使い、袋を数回突いて下車。それぞれの犯人が共犯者の用意した自動車で逃走した。これらの路線ではラッシュ時には非常に混雑するため、車両間を移動することは大変困難であった。

この事件は教祖の麻原彰晃が首謀、村井が総括指揮を担当、そして井上が現場調整役を務めた。サリンは土谷正実遠藤誠一中川智正が生成したものが使われた。

オウムの関与判明後

事件から2日後の3月22日に、警視庁はオウム真理教に対する強制捜査を実施し、事件への関与が判明した教団の幹部クラスの信者が逮捕され、林郁夫の自供がきっかけとなって全容が明らかになり、5月16日に教団教祖の麻原彰晃が事件の首謀者として逮捕された。地下鉄サリン事件の逮捕者は40人近くに及んだ。

リムジン謀議(後述)には麻原・村井・遠藤・井上・青山吉伸石川公一の6人がいた。謀議に積極的発言をした麻原・村井・遠藤・井上の4人の共謀が成立するとし、同乗しながら謀議に積極的な発言が確認できなかった青山と石川の共謀の立件は見送られた。

東京地方裁判所は、首謀者の麻原彰晃を始め、林郁夫を除く散布実行犯全員と、送迎役のうち新実智光に死刑を言い渡し、東京高等裁判所の控訴審ではさらに第一審では死刑求刑に対し無期懲役だった井上嘉浩に死刑判決が言い渡された。実行役3人及び新実・井上両名の計5人に言い渡された死刑判決はいずれも最高裁判所で、2010年1月19日に新実の上告が棄却されたことをもって確定した。

2012年(平成24年)6月15日、この事件に関与したとして特別指名手配されていた高橋克也が逮捕され、地下鉄サリン事件で特別指名手配されていた容疑者は全員逮捕された。高橋が逮捕されるまでに、前述した新実を除く送迎役は全員求刑通り無期懲役判決が確定しており、高橋も他の送迎役同様一・二審で無期懲役判決(求刑同)を受け、最高裁に上告中であったが、上告が退けられた。

2018年(平成30年)7月に、事件に関与した死刑囚たちの死刑が執行された。

当事件を受けて、サリン等による人身被害の防止に関する法律が制定される運びとなった。

計画

迫る強制捜査と生物兵器テロ未遂

麻原彰晃こと松本智津夫は、自ら設立した宗教団体であるオウム真理教内において、専門知識がありまた自らに対して従順な人材を複数配下に置き、日本を転覆させようと企て、様々な兵器を開発する中でサリンにも着目し土谷正実中川智正らがこれを製造。池田大作サリン襲撃未遂事件滝本太郎弁護士サリン襲撃事件といった事件を引き起こし、松本サリン事件では遂に死者が発生した。

またその頃、サリン70t製造を目指してサリンプラント計画が進行していたが、1994年7月などに異臭騒ぎを起こし周辺の土壌を汚染していたため、1995年1月1日、読売新聞朝刊が「上九一色村でのサリン残留物検出」をスクープ。読売のスクープを受けオウムはサリンを処分し第7サティアンに建設中だったサリンプラントは神殿に偽装した。しかし中川智正がサリンの中間物質メチルホスホン酸ジフロライドCH3P(O)F2(裁判での通称「ジフロ」、一般的には「DF」)を密かに保管しており(諸説あり、後述)、これが地下鉄サリン事件に使用されることとなったとされる。

麻原は同1月17日阪神・淡路大震災により警察の強制捜査は一旦遠のいたと考えていたが、同年2月末の公証人役場事務長逮捕監禁致死事件でのオウムの関与が疑われ、麻原ら教団幹部は強制捜査が切迫していると危機感を抱いた。オウム内部では、1994年11月頃から東京の現職警官信者からの情報として強制捜査の噂が流れていた。警視庁公安部内のオウム信者の情報では、薬品の購入ルートが調査されていることが麻原に報告されていた。

このため事件5日前の3月15日に営団地下鉄霞ケ関駅井上嘉浩山形明高橋克也が「六法煙書」と呼ばれたボツリヌストキシン散布用のアタッシェケースを3つ放置したが、水蒸気が出るだけで失敗した。井上らは科学技術省がつくったものなのでどうせ失敗すると思っていたという。遠藤誠一は毒が完成していないのにやらされたとしている。なお、ケースは警視庁・警察庁の職員たちが利用する「A2」出入口構内に置かれていた。

リムジン謀議

事件2日前の3月18日午前0時、都内のオウム経営飲食店で正悟師昇格祝賀会が行われる。祝賀会中に麻原は幹部に対し、「エックス・デーが来るみたいだぞ。」「なあ、アパーヤージャハ(青山吉伸)、さっきマスコミの動きが波野村の強制捜査のときと一緒だって言ったよな。」と強制捜査を話題に出していた。祝賀会終了後の18日未明、上九一色村に帰る麻原ら幹部(麻原、村井秀夫遠藤誠一井上嘉浩青山吉伸石川公一)を乗せたリムジンにおいて、強制捜査への対応が協議された(リムジン謀議。車中謀議とも)。

麻原は「今年の1月に関西大震災があったから、強制捜査がなかった。今回もアタッシェが成功していたら強制捜査はなかったかな。」と発言。井上がボツリヌス菌ではなくサリンならばよかったのではと回答すると、村井は地下鉄にサリンを撒くことを提案し麻原も同意した。

総指揮は村井、現場指揮は井上が担当となった。村井は実行役として今度正悟師になる科学技術省所属林泰男広瀬健一横山真人豊田亨を推薦し、麻原が林郁夫も加えた(ちなみに松本サリン事件では逆に林郁夫を麻原の指示で実行役から外している)。

また井上が島田裕巳宅爆弾事件東京総本部火炎瓶事件を実行し、事件は反オウムの者によるオウム潰しの陰謀と思わせて同情を集めることも計画された。石川公一も自分の足を狙撃して自作自演事件を起こしたらどうかと志願したが、麻原はそこまでしなくていいとして止めた。

謀議内容については井上の証言に頼るものとなっているが、他に遠藤が「サリンつくれるか」「条件が整えば…」の発言があったことを証言している。

青山「いつになったら四ツになって戦えるんでしょう」
麻原「11月ころかな」
村井「ええ、やっぱり11月になると輪宝ができるし」
麻原「そうかもしれないな。今年の1月に関西大震災があったから、強制捜査がなかった。今回もアタッシェが成功していたら強制捜査はなかったかな。やっぱりメッシュが悪かったのかな」
麻原「アーナンダ(井上)、何か無いのか」
井上「T(ボツリヌストキシン)ではなくて、妖術(サリン)だったらよかったんじゃないですか」
村井「地下鉄にサリンを撒けばいいんじゃないか」
麻原「それはパニックになるかもしれないな」
(サリンの揮発性について村井と麻原が会話)
麻原「アーナンダ、この方法でいけるか」
井上「尊師が言われるようにパニックになるかもしれませんが、私には判断できません。1月1日の新聞であったように、山梨県警と長野県警が動いているようですから、おそらく薬品の購入ルートはすべてばれているでしょう。ということは、こちらからサリン70トン造ろうとしていることは向こうも気づいていると思います。だから、向こうが、こちらがサリン70トン造りきったと思っているなら怖くて入って来れないでしょう。反対に、こちらがサリン70トン造りきっていないということを気づいているならば、堂々と入って来るでしょう。だとするならば、牽制の意味で硫酸か何かを撒いたらいいんじゃないでしょうか」
麻原「サリンじゃないとだめだ。アーナンダ、お前はもういい。マンジュシュリー(村井)、お前が総指揮だ」
村井「はい。今度正悟師になる4人を使いましょう」
麻原「クリシュナナンダ(林郁夫)を加えればいいんじゃないか」

麻原「(遠藤に対して)サリンはつくれるか」
遠藤「条件が整えば作れるのではないでしょうか」

麻原新進党創価学会がやったように見せかければいいんじゃないか。サリンを撒いたら強制捜査が来るか、来ないか、どう思うか」
石川「関係なしに来るでしょう」
井上「少しは遅れるかも知れないが、来ると決まっていれば来るでしょう」

石川「強制捜査が入ったら私が演説をしますので足などをピストルで撃ってもらって、そうすれば世間の同情を買えるのではないでしょうか」
麻原「クーチャンにやらせられるか」
井上「可能だと思います」
麻原「(石川に対して)お前はそこまでやる必要はない」
青山島田さんのところに爆弾を仕掛けたら、世間の同情を買えるのではないでしょうか」
井上「それだったら青山(南青山総本部)に仕掛けたらいいんじゃないでしょうか」
麻原「それだったら、島田さんのところには爆弾を仕掛け青山には火炎瓶を投げたらいいんじゃないか

— 1996年9月20日の井上嘉浩証言に基づく

実行役・運転手役

製造役

犯行

千代田線(我孫子発代々木上原行)

被害を受けた203系マト67編成

千代田線の我孫子代々木上原行き(列車番号A725K、JR東日本常磐線から直通)は、散布役を林郁夫、送迎役を新実智光が担当した。当該編成はJR東日本松戸電車区(現・松戸車両センター)所属の203系マト67編成(クハ202-107以下10連)であった

マスク姿の林郁夫は千駄木駅より入場し、綾瀬駅北千住駅で時間を潰した後、先頭1号車(クハ202-107)に北千住駅(7時48分発)から乗車した。8時2分頃、新御茶ノ水駅への停車直前にサリンのパックを傘で刺し、逃走した。穴が開いたのは1袋のみであった。列車はそのまま走行し、二重橋前駅 - 日比谷駅間で乗客数人が相次いで倒れたのを境に次々に被害者が発生し、霞ケ関駅で通報で駅員が駆け付け、サリンを排除した。当該列車は霞ケ関駅を発車したが更に被害者が増えたことから次の国会議事堂前駅で運転を打ち切った(その後、回送扱いとなり、松戸電車区へ移動)。サリンが入っているとは知らずにパックを除去しようとした駅員数名が被害を受け、うち駅の助役と応援の電車区の助役の2人が死亡し、231人が重症を負った。

丸ノ内線(池袋発荻窪行)

被害を受けた02系電車と同形の車両

丸ノ内線の池袋荻窪行き(列車番号A777)は、散布役を広瀬健一、送迎役を北村浩一が担当した。当該編成は営団中野検車区所属の02系第16編成(02-116以下6連)であった

広瀬は2号車 (02-216) に始発の池袋駅(7時47分発)から乗車し、茗荷谷駅後楽園駅停車時に3号車(02-316)に移動、ドアに向かって立ち、御茶ノ水駅到着時サリンを散布した。中野坂上駅で乗客から通報を受けた駅員が重症者を搬出し、サリンを回収したが、列車はそのまま運行を継続し終点荻窪駅に到着。新しい乗客が乗り込みそのまま折り返したため、新高円寺駅で運行が停止されるまで被害者が増え続けることとなった。また、広瀬自身もサリンの影響を受け、林郁夫によって治療を受けた。この電車では1人が死亡し、358人が重症を負っている。

丸ノ内線(荻窪発池袋行)

丸ノ内線の荻窪発池袋行き(列車番号B701)は散布役を横山真人、送迎役を外崎清隆が担当した。当該編成は営団中野検車区所属の02系第50編成(02-150以下6連)であった

横山は5号車 (02-550) に新宿駅(7時39分発)から乗車し、高架駅である四ツ谷駅進入時にパックに穴を開けサリンを散布した。穴が開いたのは1袋のみであった。列車は8時30分に終点池袋駅に到着。その際、本来ならば駅員によって車内の遺留物の確認が行われるが、どういうわけかこの時は行われず、折り返し池袋発荻窪行き(列車番号A801)として出発した。本郷三丁目駅で駅員がサリンのパックをモップ掃除したが、運行はそのまま継続され、荻窪駅到着後に再び荻窪発池袋行き(列車番号B901)として池袋駅に戻った。列車は新宿駅に向け運行を継続した。列車はサリン散布の1時間40分後、9時27分に国会議事堂前駅で運行を中止した。同線では約200人が重症を負ったが、この電車は唯一死者が出なかった。

日比谷線(中目黒発東武動物公園行)

被害を受けた20000系電車と同形の車両

日比谷線の中目黒東武動物公園行き(列車番号B711T、北千住駅から東武伊勢崎線へ直通)は、散布役を豊田亨、送迎役を高橋克也が担当した。当該編成は東武春日部検修区所属の20000系第11編成(21811以下8連)であった

豊田は先頭車両 (28811) に始発の中目黒駅(7時59分発)から乗車し、ドア付近に着席、恵比寿駅進入時サリンのパックを刺した(ニュースやワイドショーなどで、当該車両のドア脇に転がったサリンのパックが撮影された写真が用いられている)。六本木駅 - 神谷町駅間で異臭に気付いた乗客が窓を開けたが複数の乗客が倒れた。神谷町駅に到着後、乗客が運転士に通報し、被害者は病院に搬送された。その後、後続列車が六本木駅を出たため、先頭車両の乗客は後方に移動させられ、列車は霞ケ関駅まで走行したのち、運行を取り止めた。この電車では1人が死亡し、532人が重症を負っている(後に、事件翌日に心筋梗塞で死亡した1人についても、サリン中毒死と認定された)。サリンの撒かれた車両には映画プロデューサーのさかはらあつしも乗り合わせていた。また当時共同通信社員の辺見庸が神谷町駅構内におり、外国人1人を救出した。

日比谷線(北千住発中目黒行)

被害を受けた03系電車と同形の車両

日比谷線の北千住中目黒行き(列車番号A720S)は、散布役を林泰男、送迎役を杉本繁郎が担当した。当該編成は営団千住検車区所属の03系第10編成(03-110以下8連)であった

他の実行犯がサリン2パックを携帯したのに対し、林泰男は3パックを携帯した。また、3パックの内1パックが破損し、二重層のパックの内袋から外袋内にサリンが染み出ていた。彼は北千住7時43分発中目黒行きの3号車 (03-310) に上野駅から乗車した。そして、秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けサリンを散布した。乗客はすぐにサリンの影響を受け、次の小伝馬町駅で乗客がサリンのパックをプラットホームに蹴り出した。この状況下で一般乗客のとっさの判断を責められるものではないが、後にサリンによる被害が拡大することになってしまった。

サリンのパックを小伝馬町駅で蹴り出した当該列車は、サリンの液体が車両の床に残ったまま運行を継続したが、5分後八丁堀駅停車中に再度パニックに陥り、複数の乗客が前後の車両に避難し始めた。8時10分に乗客が車内非常通報装置を押すと列車は築地駅で停車し、ドアが開くと同時に数人の乗客がホームになだれ込むように倒れた(この時の救出時の光景がテレビで中継された)。列車は直ちに運転を打ち切った。この光景を目撃した運転士が指令センターに「3両目から白煙が出て、複数の客が倒れている」と通報したため「築地駅で爆発事故」という憶測が続いた。

小伝馬町駅ではサリンのパックが出されたことで、A720Sの後続列車である、八丁堀・茅場町・人形町・小伝馬町で運転を見合わせた4つの列車と、小伝馬町駅の手前で停止し、小伝馬町駅に停まっていた列車を人形町駅の手前まで退避させた後に小伝馬町駅に停車した列車の5列車も被害を受けた。小伝馬町駅では5列車が到着し、うち2列車が小伝馬町駅で運転を打ち切ったため、狭いホームに多数の乗客が下ろされ、列車の風圧などでホーム全体に広がったサリンを多数の乗客が吸引する結果となり、当駅では4人が死亡した。

これにより、本事件で最多となる6列車が被害を受け、8人が死亡し2,475人が重症を負った。

事件後

事件後、実行犯らは渋谷アジトでテレビを見て事件の発生を確認し、新実智光は死人が出たことを知ると大はしゃぎしたという。使った傘など証拠品は多摩川で焼却した後、実行犯らは第6サティアンに帰還して麻原に報告した。麻原は、「ポアは成功した。シヴァ大神、すべての真理勝者方も喜んでいる。」「これはポアだからな、分かるな。」と、あくまで事件はポアであったことを強調した。そして、「『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって、ポアされてよかったね。』のマントラを1万回唱えなさい」と命じ、おはぎオレンジジュースを渡した。

麻原「今回はごくろうだったな」
新実「ニュースで死者が出ていると言っています」
麻原「そうか」
麻原「これはポアだからな。わかるな。これから君たちは瞑想しなければならない。『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって、ポアされてよかったね』という詞章を一万回唱えなさい。それが君たちの功徳になるから」

— 松本智津夫被告第19回公判での杉本繁郎証言に基づく

その他

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出典:wikipedia
2018/11/19 22:38

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