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坂本勇人とは?

坂本 勇人
読売ジャイアンツ #6


【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
兵庫県伊丹市
【生年月日】
(1988-12-14) 1988年12月14日(29歳)
【身長
体重】
186 cm
83 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
遊撃手一塁手二塁手
【プロ入り】
2006年 高校生ドラフト1巡目
【初出場】
2007年7月12日
【年俸】
3億5,000万円(2018年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本
WBC
2013年2017年
プレミア12
2015年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


坂本 勇人(さかもと はやと、1988年12月14日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。現在は読売ジャイアンツに所属し、2015年から第19代主将(現職)を務める。2016年セントラル・リーグ遊撃手史上初の首位打者を獲得した。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 巨人時代
  • 2 選手としての特徴
    • 2.1 打撃
    • 2.2 守備・走塁
    • 2.3 評価
  • 3 人物
  • 4 社会奉仕活動
  • 5 詳細情報
    • 5.1 年度別打撃成績
    • 5.2 年度別打撃成績所属リーグ内順位
    • 5.3 WBCでの打撃成績
    • 5.4 WBSCプレミア12での打撃成績
    • 5.5 年度別守備成績
    • 5.6 タイトル
    • 5.7 表彰
    • 5.8 記録
    • 5.9 背番号
    • 5.10 登場曲
    • 5.11 代表歴
  • 6 関連情報
    • 6.1 出演
    • 6.2 出版物
    • 6.3 漫画
  • 7 脚注
    • 7.1 注釈
    • 7.2 出典
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

経歴

プロ入り前

小学校1年生から野球を始める。昆陽里タイガースでは投手として、捕手の田中将大(現ニューヨーク・ヤンキース)とバッテリーを組んでいた。伊丹市立松崎中学校時代はリトルシニア伊丹シニアに所属。青森県八戸市光星学院高等学校に進学し、1年生時の秋からショートのレギュラーの座を掴み、第78回選抜高等学校野球大会にも出場。チームは1回戦で敗退したものの、自身は3安打を記録。 高校通算39本塁打。

2006年9月25日に行われた高校生ドラフト会議にて、読売ジャイアンツ堂上直倫の外れ1位で坂本を指名。11月5日に契約金8000万・年俸650万で契約。入団2年目まで着けた背番号の「61」は200「6」年の高校生ドラフト「1」位に由来している。

巨人時代

2007年、開幕を二軍で迎える。5月12日イースタン・リーグの対北海道日本ハムファイターズ戦に闘病中だった母親を呼び、第1打席の初球でホームランを打ち喜ばせた。試合後には「おかんの体調が悪いっていうのは聞いていたので、最後の試合になるだろうなと思っていた」とコメントを残している。母親はこの試合の約1か月後に死去した。この年は二軍で77試合に出場して302打数81安打、5本塁打、28打点、打率.268の成績を残した。7月に1軍初昇格、初出場(代走)。9月6日には延長戦となった対中日ドラゴンズ戦に代打で出場、決勝点となるプロ入り初安打初打点を記録した。

2008年、巨人では松井秀喜以来の10代での開幕スタメン入り(8番・二塁手)を果たす。4月6日の対阪神タイガース戦において一軍での初本塁打を満塁弾で記録した。巨人で初本塁打が満塁弾となったのは1983年の駒田徳広以来25年ぶりのことだった。また、19歳3ヶ月での満塁弾というセ・リーグ最年少記録を打ち立てた。開幕戦で二岡智宏が負傷した影響もありその後は遊撃手としてスタメン出場を続けたが、夏場には打率が2割2分台にまでさがり、代打を出されることも増えたものの、二岡の復帰後も遊撃手の位置を譲ることはなく全試合スタメン出場を果たした。打率.257、8本塁打、43打点の成績を残した。高卒2年目での全試合スタメンは中西太清原和博に続いて史上3人目(セ・リーグでは初)。オールスターゲームにも初出場し、第2戦で初安打を記録。埼玉西武ライオンズとの日本シリーズ第7戦では西口文也から本塁打を放つ。10代での日本シリーズ本塁打は当時西武だった清原以来22年ぶり。坂本自身は日本シリーズでは打率1割台と不振でチームも日本一を逃したが、前述の日本シリーズでも本塁打を放つなど、存在感を示し、大きく成長した一年となった。また、この年のオープン戦・公式戦・オールスター戦・クライマックスシリーズ・日本シリーズの172試合全てに出場した。新人王は同僚である山口鉄也に譲ったが(坂本は次点)、巨人では高橋由伸以来10年ぶりにセ・リーグ会長特別表彰(新人選手特別賞)を受賞した。

2009年、8番・遊撃手として2年連続での開幕スタメン出場を果たす。4月は主に下位打線での出場だったが、5月2日の対阪神タイガース戦では藤川球児からの決勝弾を含む1試合2本塁打を放つなど4割近い打率をキープする好調ぶりを受け、5月6日以降は1番打者として定着。しかし7月に腰痛を発症、強行出場し続けるも打率は低迷の一途を辿り、球宴直前の7月20日からの対横浜ベイスターズ戦3連戦を欠場した。これで前年の開幕戦から続いていた連続試合出場記録は226試合で途切れた。最終的に目標だった20本塁打には到達しなかったものの、4月以降一度も3割を切ることなく最終的に打率.306(リーグ4位)を記録。高卒3年目以内の3割到達は史上11人目(球団では川上哲治千葉茂以来3人目)の快挙。また青木宣親トニ・ブランコに並び最多得点を記録し、自身初となるベストナインに選出された。

2010年、主に1番打者として全試合フルイニング出場を達成。前年より打率こそ下がったものの、本塁打が大幅に増加し、巨人の遊撃手で最多となる31本塁打を放った。高卒4年目以内の30本塁打はNPB史上8人目、球団では王貞治・松井秀喜に続き3人目の快挙だった。勝負強さにも磨きがかかり、1970年王貞治と前年の亀井善行に続く球団史上3人目のサヨナラ本塁打3本を記録。また、自己最多となる14盗塁を記録した。

2011年4月12日東京ヤクルトスワローズとの開幕戦(ユーピーアールスタジアム)で、ヤクルトの開幕投手石川雅規から2本のタイムリー二塁打を放ち、勝利に貢献。試合後のお立ち台にも上った。2年連続で全試合出場を果たし、得点圏打率ではリーグトップの.361をマークしたが、打撃不振や守備の乱れなどによりスタメン落ちした試合もあった。オフの契約更改では1,000万円減の1億1,000万円でサインし、プロ入り後初めての減額となった。

2012年、開幕当初は1番を打ったが、4月26日横浜DeNAベイスターズ戦からは3番を任される。この年は3年連続4度目の全試合出場を記録、2度目のベストナインにも選出された。長嶋茂雄に並ぶシーズン20度目の猛打賞(球団記録)、リーグ1位の長打51本(二塁打35、三塁打2、本塁打14)をマークすると共に、初の打撃タイトルとなる最多安打を獲得(長野と同時受賞)。また、自己最高打率(.311、リーグ2位)、盗塁数(16個)、出塁率(.359)を記録した。また盗塁成功率は10盗塁以上の選手で両リーグ最高の.941だった。得点圏打率は.286に終わったものの、9月13日の阪神戦での岩田稔からの逆転3ラン本塁打や、9月18日の中日戦でのエンジェルベルト・ソトからの同点満塁本塁打を放つなど、ここ一番での勝負強さが光った。日本シリーズは25打数9安打、打率.360、3打点の成績でチームの3年ぶりの日本一に貢献。その後行われたアジアシリーズでも予選ラウンドから決勝戦に至るまでの3試合で13打数4安打、打率.308、4打点の成績を納め、アジアシリーズMVPも獲得した。オフの11月6日に「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表に選出された。12月4日には第3回WBC日本代表候補選手に選出された。

2013年2月20日に第3回WBC日本代表メンバー28人に選出された。結果は25打数6安打(.240)。シーズンでは4月19日の広島戦で球団新記録となる4年連続の満塁本塁打を放った。9月6日の阪神戦では故障の影響もあり初めて一塁手の守備に就いた。シーズン規定打席(446打席)到達時点で打率.303を記録していたが、最終的には.265に留まった。優勝決定後はスタメン落ちも経験しポストシーズンでも不振に終わった。

2014年3月28日阪神タイガース戦(開幕戦・東京ドーム)で能見篤史から通算100号本塁打を達成。その後、開幕から12試合でフルイニング出場、連続安打を記録していたものの、4月30日の対ヤクルト戦(東京ドーム)では無安打で、8回の守備から交代となり共に記録は途切れた。翌日の同戦では首痛の為、この年初めて先発から外れ、6回に代走で出場するものの、野球規則の規定により連続試合出場は662でストップした。5月20日、対西武戦(西武ドーム)で初回1死一塁の場面で牧田和久から左前安打を放ち、NPB史上277人目の通算1000安打を達成。25歳5カ月での達成はNPB史上3番目でセ・リーグ史上最年少記録となった。10月3日の横浜DeNAでは通算100盗塁を達成。シーズン途中まで1番打者を務めたが、中盤から3番に座ると持ち前の勝負強さを発揮し、得点圏打率3割2分8厘、同OPS.964とリーグトップの勝利打点を記録した。クライマックスシリーズでは第4戦に本塁打を放つも試合の大勢が決まった後の一発で相手にダメージを与える本塁打にならず、チームは4連敗でCS敗退となった。自身もこの試合の本塁打を含めて4試合で2安打に終わった。オフの10月9日日米野球2014日本代表に選出された。また10月21日に「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合チームに選出された。日米野球では主に6番・遊撃手として出場し、第3戦では決勝の二点本塁打を放つなど打率.357、1本塁打、2打点と日本代表の同シリーズ勝ち越しに大きく貢献した。また12月には優勝旅行先のハワイ阿部慎之助に代わる主将に任命された。26歳での主将就任は巨人では戦後最年少。

2015年、2月16日に「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表に選出された。第1戦、第2戦とも出場し、3打数2安打3四球を記録した。シーズンでは4月11日のヤクルト戦で、初めて4番打者(球団史上82代目)としてスタメン出場した。4月29日、左ふくらはぎの張りで出場選手登録を抹消。5月13日に一軍に復帰した。8月15日には出場選手登録日数が8年に達したことで国内フリーエージェント権を取得。シーズン全体ではチームトップの68打点に17度の勝利打点を記録したものの、出場試合、安打数、二塁打、得点などは欠場の影響もありレギュラー定着後では自己最少、打率は前年を1分下回った。守備面ではリーグの遊撃手で1位の守備率.982を記録した。10月9日に第1回WBSCプレミア12の日本代表最終ロースター28名に選出された。11月8日、韓国との開幕戦では6回に記念すべき大会創設第1号となるソロ本塁打を左翼席に放つ。同大会では打率.200、1本塁打、6打点を記録。最優秀守備選手に選出された。

2016年、過去3年間の成績に危機感を持ち、前年オフのプレミア12、そして2月に行われた侍ジャパン強化試合の練習中に筒香嘉智中田翔などから助言を求める。打撃フォームの改造に取り組み、スイングの軌道や体重移動を修正してシーズンに臨んだ。3月31日の開幕戦でいきなり右方向へのホームランを打つと、甲子園での対阪神戦では3打数連続での本塁打を記録するなど開幕から好調をキープ。足の怪我でスタメンを外れることもあったが、打率.344、出塁率.433で自身初の首位打者と最高出塁率のタイトルを手にした。遊撃手として首位打者になるのはセ・リーグ史上初の快挙。長打も増え、6年ぶりの20本塁打となる23本の本塁打を放った(リーグ8位)。また、オフの10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出。11月8日には自身初となる三井ゴールデン・グラブ賞を受賞した。

2017年、第3回WBCの日本代表に選出。打率4割超えを記録した。7月9日の阪神戦でNPB通算1500安打を達成。1354試合目での到達は巨人では川上哲治の1241試合、長嶋茂雄の1273試合に次ぐ歴代3位のスピード到達。また28歳6ヶ月での到達は、榎本喜八の27歳9ヶ月に次ぐ史上2番目の年少記録だった。7月までは3割台中盤をキープしていたものの8月以降は失速し、最終成績は前年を下回った。守備成績は向上を見せ、失策数は自己最少の9個とシーズン全体で初めて一桁にとどめ、遊撃手としてリーグ1位となる守備率.987を記録、2年連続のゴールデングラブ賞を受賞した。

2018年、4月25日に行われた中日戦で、史上70人目となる通算300二塁打を達成。7月16日に行われた阪神戦で、史上191人目となる通算1500試合出場を達成した。しかしその試合でわき腹を痛め、翌日2015年4月以来3年ぶりに出場選手登録を外れた。8月25日に34試合ぶりに一軍登録され、「1番・遊撃手」として即スタメン出場した。

選手としての特徴

打撃

2012年にはチーム2位の本塁打数を記録した一発のある野手。2011年まで中堅から左翼方向の打球が半数を占めた。プロ入り当初は「二岡さんのように右方向に打てるバッターになりたい」と抱負を語っていたが、2009年のシーズンを経て「いまの自分のヒットゾーンは左方向にある」ことがわかったという。外角を苦手としている一方で、インコース打ちの技術は球界屈指と評されている。

2016年からは、技術向上のために大幅なフォーム改造に取り掛かり、同級生で前年度大活躍した、西武の秋山翔吾に打撃のアドバイスを求め、アッパー気味のスイングの打撃論を取り入れ、同年の大きな成績向上に繋げた。

守備・走塁

広い守備範囲と、一塁送球には定評がある。特に三遊間の打球に強い。2009年には遊撃手RFでリーグ1位を記録した。

2010年は両リーグの守備イニング数1000以上の遊撃手中4位のUZR4.4、2012年には同じく両リーグトップのUZR16.0を記録。 2013年は両リーグ2位のUZR28.5、1000イニングあたりのUZR/1000では両リーグ1位となる23.7を記録。2014年はUZR+22.5、UZR/1000で+18.2と、共にリーグトップの数値を記録した。

一方で2008年から2011年まで4年連続でリーグの遊撃手最多の失策数も記録しており、チームメイトからも確実性重視の守備を勧められたことがあったが、「そんな逃げるような真似はしたくなかった。消極的に守ることに、何の意味があるのかわからない」として守備範囲を重視する守備にこだわりを見せている。

また、キャッチャーの配球やサインを見て守備位置を変えたり、一歩目の動きを想定するなど、打者が打つ前の準備を意識している。

走塁面では50メートル6.0秒、一塁到達4.15秒の俊足を備える。2013年から2年連続で20盗塁以上を記録。合同会社DELTAが算出している盗塁を得点化した指標では、2012年に広島東洋カープ赤松真人に次ぐセ・リーグ2位、2013年にはセ・リーグ1位を記録した。

評価

野球選手の総合評価指標WARにおいて上位になることが多い。2012年は阿部慎之助に次ぐ2位を記録。また2014年には山田哲人丸佳浩に次ぐリーグ3位、2015年には山田哲人に次ぐリーグ2位を記録する。翌2016年には自身初となるリーグトップを記録、12球団でも2位の記録だった。。

人物

元々左利きでペンや箸を持つ手は今でも左手。右利きの兄のグローブを使って野球を始めたことから右投げになった。初めは右打ちだったが、指導者の勧めで小学4年生の時に両打ちに転向した。しかし、当時坂本は田中将大とレフト側の校舎目掛け飛距離を競っていたが、左打ちでは田中に敵わなかったため6年から再び右打ち一本になった。

同い年の前田健太と親交が深い。他にも小・中学校時代の同級生の田中将大や、ジャイアンツのチームメイト澤村拓一吉川光夫とも親交があり、全員が1988年生まれの世代であることから、坂本、前田、田中の3人が発起人となり、『88年会』が結成された。

憧れの選手は松井稼頭央

JUNON』で若手野球選手の特集で初めて掲載された後、主婦と生活社のJUNON編集部からパーソナルフォトブック(写真集)『だから僕は、笑顔になれる』が、2013年2月22日に発売された。なお、JUNON編集部がスポーツ選手で写真集を発売したのは初。

チームメイトの長野久義と親交が深く、兄のように慕っている。2010年以降はともに主軸を任されることも多く、2012年には最多安打のタイトルを同時受賞した。

社会奉仕活動

2009年11月にTシャツ販売の収益金を日本赤十字社に寄付し、またこれを原資に東京ドームに「坂本勇人赤十字シート」を設置し、児童養護施設の子供を招いている。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2007 | 巨人 | 4 | 3 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .333 | .333 | .333 | .667
2008 | 144 | 567 | 521 | 59 | 134 | 24 | 1 | 8 | 184 | 43 | 10 | 5 | 15 | 1 | 28 | 3 | 2 | 98 | 2 | .257 | .297 | .353 | .650
2009 | 141 | 640 | 581 | 87 | 178 | 33 | 3 | 18 | 271 | 62 | 5 | 3 | 7 | 4 | 44 | 3 | 4 | 101 | 8 | .306 | .357 | .466 | .823
2010 | 144 | 676 | 609 | 107 | 171 | 35 | 4 | 31 | 307 | 85 | 14 | 4 | 10 | 7 | 47 | 2 | 3 | 83 | 6 | .281 | .332 | .504 | .836
2011 | 144 | 624 | 568 | 69 | 149 | 27 | 2 | 16 | 228 | 59 | 8 | 1 | 10 | 3 | 37 | 8 | 6 | 91 | 3 | .262 | .313 | .401 | .714
2012 | 144 | 619 | 557 | 87 | 173 | 35 | 2 | 14 | 254 | 69 | 16 | 1 | 12 | 5 | 39 | 1 | 6 | 90 | 5 | .311 | .359 | .456 | .815
2013 | 144 | 620 | 554 | 73 | 147 | 33 | 1 | 12 | 218 | 54 | 24 | 4 | 4 | 3 | 55 | 1 | 4 | 87 | 11 | .265 | .334 | .394 | .728
2014 | 144 | 616 | 545 | 82 | 152 | 29 | 0 | 16 | 229 | 61 | 23 | 5 | 9 | 5 | 55 | 1 | 2 | 88 | 3 | .279 | .344 | .420 | .765
2015 | 130 | 558 | 479 | 50 | 139 | 21 | 3 | 12 | 192 | 68 | 10 | 4 | 9 | 5 | 65 | 1 | 0 | 79 | 5 | .269 | .353 | .401 | .754
2016 | 137 | 576 | 488 | 96 | 168 | 28 | 3 | 23 | 271 | 75 | 13 | 3 | 1 | 6 | 81 | 2 | 0 | 67 | 6 | .344 | .433 | .555 | .988
2017 | 142 | 614 | 539 | 82 | 157 | 30 | 0 | 15 | 232 | 61 | 14 | 6 | 1 | 3 | 68 | 2 | 3 | 85 | 16 | .291 | .372 | .430 | .802
NPB:11年 1418 | 6113 | 5444 | 793 | 1559 | 295 | 19 | 165 | 2387 | 639 | 138 | 36 | 78 | 42 | 519 | 24 | 30 | 869 | 65 | .286 | .349 | .438 | .787

年度別打撃成績所属リーグ内順位

【年

度】
【年

齢】
【リ
|
グ】
【打

率】
【安

打】
【二

打】
【三

打】
【本

打】
【打

点】



2007 | 19 | セ・リーグ | - | - | - | - | - | - | -
2008 | 20 | - | - | - | - | - | - | -
2009 | 21 | 4位 | 2位 | 4位 | - | - | - | -
2010 | 22 | - | 10位 | 5位 | 8位 | 7位 | - | 10位
2011 | 23 | - | 8位 | 4位 | - | 10位 | - | 10位
2012 | 24 | 2位 | 1位 | 1位 | - | 6位 | 4位 | 7位
2013 | 25 | - | 6位 | 2位 | - | - | - | 2位
2014 | 26 | - | 9位 | 8位 | - | - | - | 5位
2015 | 27 | - | - | - | 7位 | - | 7位 | -
2016 | 28 | 1位 | 3位 | 3位 | 10位 | 8位 | 10位 | 8位
2017 | 29 | 9位 | 6位 | 7位 | - | - | - | 9位

WBCでの打撃成績









































































2013 | 日本 | 6 | 28 | 25 | 2 | 6 | 0 | 0 | 1 | 9 | 6 | 1 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .240 | .231 | .360
2017 | 6 | 28 | 24 | 6 | 10 | 3 | 0 | 0 | 13 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | .417 | .481 | .542

WBSCプレミア12での打撃成績









































































2015 | 日本 | 8 | 35 | 30 | 4 | 6 | 1 | 0 | 1 | 10 | 6 | 1 | 0 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 6 | 0 | .200 | .235 | .333

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
遊撃
二塁
一塁
【試

合】















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2007 | 巨人 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | - | -
2008 | 144 | 199 | 422 | 15 | 66 | .976 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | -
2009 | 141 | 244 | 437 | 19 | 81 | .973 | - | -
2010 | 144 | 238 | 441 | 21 | 89 | .970 | - | -
2011 | 144 | 222 | 468 | 18 | 85 | .975 | - | -
2012 | 144 | 244 | 450 | 15 | 89 | .979 | - | -
2013 | 136 | 205 | 469 | 11 | 66 | .984 | - | 3 | 18 | 2 | 0 | 3 | 1.000
2014 | 140 | 198 | 459 | 13 | 84 | .981 | - | -
2015 | 130 | 190 | 415 | 11 | 78 | .982 | - | -
2016 | 131 | 213 | 405 | 16 | 91 | .975 | - | -
2017 | 141 | 203 | 464 | 9 | 84 | .987 | - | -
NPB:11年 1398 | 2106 | 4430 | 148 | 813 | .978 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 18 | 2 | 0 | 3 | 1.000

タイトル

表彰

出典:wikipedia
2018/09/22 21:58

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