このキーワード
友達に教える
URLをコピー

城之内邦雄とは?


コーチ歴

  • ロッテオリオンズ (1975 - 1976)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


城之内 邦雄(じょうのうち くにお、1940年2月3日 - )は、千葉県佐原市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ解説者

目次

  • 1 経歴
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物
  • 4 血縁
  • 5 詳細情報
    • 5.1 年度別投手成績
    • 5.2 表彰
    • 5.3 記録
    • 5.4 背番号
  • 6 関連情報
    • 6.1 テレビ出演
  • 7 脚注
  • 8 参考文献
  • 9 関連項目

経歴

中学校入学と同時に野球を始めるが、中学時代は控え一塁手で3年春には野球部を退部。その後に進学した佐原一高では入学時にバレーボール部へ入部したが、部員不足の野球部から勧誘を受けて同年6月に移る。入学当初は一塁手であったが、秋から肩の強さを見込まれて投手となる。最初はオーバースローで投げていたが、高校に野球を教えに来ていた明治大学の選手から勧められて2年生の6月頃からサイドスローに転向した。同年秋からエースになると一念発起し、毎朝10キロのランニングハンドグリッパーを握り続けながら登校などの努力を続ける。3年次の1957年にはエース、四番打者として夏の甲子園県予選を勝ち抜き、東関東大会準決勝に進出するが、成田高に敗れ甲子園出場はならなかった。

1958年に高校を卒業し、佐原一高の先輩である北川芳男の誘いにより、日本麦酒に入社。最初の2年間は北川と高橋栄一郎の影に隠れて出番がなかったが、1960年産別対抗で16回2/3を投げて19奪三振、自責点0と好投し頭角を現す。翌1961年サン大会で38回を投げて防御率0.95、都市対抗でも勝ち星を挙げた。

プロ入りにあたって、巨人大洋を始め11球団から勧誘を受け、全球団の監督が城之内の実家に押し寄せたともされるが、1962年に巨人へ入団。入団早々の春の宮崎キャンプでは投手陣の中で最も球速があり、城之内が投球練習を始めると、藤田元司堀本律雄中村稔ら主力投手が投げるのをやめてしまうほどであったという。オープン戦で4勝0敗、防御率0.27を挙げ、新人ながら開幕投手を務める。キャンプから肩の調子が悪く、5月下旬まで2勝5敗であったが、5月末から肩が復調すると1ヶ月で5勝を稼ぐなど前半戦で8勝を重ね、後半戦は16勝と快調に飛ばし、24勝12敗、防御率2.21(リーグ8位)で新人王を獲得する。

1963年は17勝と伊藤芳明(19勝)に次ぐ勝ち星を挙げると、以降18勝、21勝、21勝と入団から5年で101勝を挙げる。入団から5年で100勝に到達した投手は両リーグ分裂後6人目で、城之内以降は現れていない。1964年から1967年まで4年連続でチームで最多の勝星を稼いで、V9時代の初期におけるエースとして活躍し、エースのジョー(宍戸錠ニックネームにあやかる)の愛称で呼ばれた。しかしながら、1964年防御率2位、1965年・1966年勝利数2位と、惜しくもタイトルには恵まれなかった。1965年は9月11日の広島戦から同24日の阪神戦まで史上4人目となる4試合連続の完封勝利を達成した(全て9イニング、相手は他にサンケイ・大洋)。これはNPB全体でも現時点で最後の達成となっている。ちなみに4試合目には村山実からソロ本塁打を打っている(通算では3本塁打)。また、1966年の日本シリーズでは3試合に登板して2勝を挙げ最優秀投手賞に選ばれている。

1967年は開幕試合に先発して敗れると、以降1ヶ月の間勝ち星から見放されるが、7月から9月にかけて9勝1敗と好調で9月末には17勝目を完封で飾る。その後腰痛が再発して2試合連続でノックアウトされ、さらに10月8日の阪神戦で遠井吾郎の打球を受けて胸骨にひびが入って閉幕まで欠場し、勝ち星を伸ばすことができなかった。しかし、日本シリーズには間に合って2勝を挙げ、2年連続で最優秀投手賞を獲得した。

1968年も開幕から腰の調子が思わしくなく肩も痛めて球威が落ち、5月末にようやく3勝目をあげるも、6月に入ると早いイニングで打ち崩されるケースが続き、6月下旬に二軍落ちした。7月後半に一軍に復帰すると、8月末から9月末にかけて4試合連続完投勝利を含めて5連勝するが、10月に入ると連敗するなど好不調の波が激しいままシーズンを終える。年間では11勝7敗、防御率3.06と成績を落とすものの、7年連続で2桁勝利を記録した。またこの年の5月16日大洋戦では(後楽園球場)でノーヒットノーランを達成している。

1969年になると腰痛が悪化して球威が落ちた上に、腰への負担を避けるために投球時に左足をアウトステップするようになって、シュートの曲がりが悪くなり、わずか4勝に終わる。この年の10月10日中日戦では、先発して3-1とリードした5回にベンチの指示で金田正一マウンドを譲り降板。金田はそのままリードを守って勝利投手となり通算400勝を達成した。

1970年は腰の状態が回復してシュートの切れが復活し、8月半ばまでに7勝を記録する。しかし、この年ある試合でノックアウトされたのち、ベンチに残らず球場風呂に入ってそのまま帰宅したことを首脳陣に咎められ、以降シーズン終了まで登板の機会が与えられなかった。1971年には腰痛が回復し球威も全盛期に近い状態まで戻っていた(本人談)が、春のベロビーチキャンプの参加メンバーから漏れ、シーズンに入ってもチームの若返り方針もあってごくたまの敗戦処理に甘んじた。シーズン終了後に巨人を戦力外となり、コーチのポストも準備されなかった。東映西鉄の2球団から誘いを受けたともいうが、巨人の城之内で終わりたいという本人の希望もあり、12月3日に任意引退となった。

引退後は1972年から1973年まで文化放送ジャイアンツナイター解説者となる。ロッテの取材で東京スタジアムに行った際に、巨人時代の同僚であった監督の金田と遊び半分でキャッチボールをしたことをきっかけに、1974年に1シーズンだけロッテで現役に復帰する。オープン戦では好投を見せたものの、シーズンに入ると通用せず5試合の登板に終わった。

二度目の引退後は1975年から1976年までロッテの二軍投手コーチ、1977年から1983年までスカウトを務め落合博満を担当した。古巣の巨人で1984年から2003年までスカウト(肩書は編成部専任次長)を務め清水隆行やドラフト外では石毛博史の獲得を進言した。

選手としての特徴

一旦打者に背を向け横にを振りながらのサイドスローという豪快な投球フォーム(野茂英雄の「トルネード投法」の先祖ともいうべきスタイル)から投げ込む重い速球と曲がって落ちるシュートを武器とした。一方で、守備や牽制は苦手としていた。

人物

非常に無口で、あるときヤクルト三原脩監督と対談したが、会話録に城之内の発言が全くなかった。スカウト時代は口説き文句は一切言わない物静かなスカウトらしくないスカウトで、その寡黙さにある種の信頼感さえあったという。

麻雀が非常に好きで、先発投手を務める日には完投すると宿舎に戻るのが遅くなるため、先にほかのメンバーで麻雀を始められないように、ユニフォームポケットにセットの中からを1枚抜き取って入れた上で、マウンドに上がったという。

血縁

歌手城之内早苗大叔父。また俳優地井武男は義理の兄弟(城之内の兄と地井の姉が夫婦)。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1962 | 巨人 | 56 | 31 | 14 | 5 | 2 | 24 | 12 | -- | -- | .667 | 1091 | 280.2 | 207 | 11 | 62 | 5 | 8 | 173 | 3 | 0 | 78 | 69 | 2.21 | 0.96
1963 | 45 | 34 | 12 | 3 | 3 | 17 | 14 | -- | -- | .548 | 994 | 247.2 | 219 | 15 | 53 | 4 | 9 | 112 | 3 | 0 | 97 | 74 | 2.69 | 1.10
1964 | 52 | 32 | 17 | 5 | 4 | 18 | 16 | -- | -- | .529 | 1040 | 262.0 | 238 | 15 | 39 | 2 | 6 | 119 | 2 | 0 | 79 | 65 | 2.23 | 1.06
1965 | 52 | 40 | 13 | 6 | 5 | 21 | 12 | -- | -- | .636 | 1008 | 258.0 | 206 | 12 | 52 | 2 | 12 | 121 | 2 | 0 | 80 | 70 | 2.44 | 1.00
1966 | 40 | 35 | 21 | 6 | 5 | 21 | 8 | -- | -- | .724 | 1108 | 282.0 | 231 | 11 | 53 | 11 | 7 | 134 | 0 | 0 | 70 | 63 | 2.01 | 1.01
1967 | 33 | 33 | 16 | 5 | 3 | 17 | 8 | -- | -- | .680 | 895 | 227.0 | 190 | 23 | 37 | 4 | 4 | 94 | 2 | 0 | 73 | 65 | 2.58 | 1.00
1968 | 30 | 26 | 9 | 4 | 1 | 11 | 7 | -- | -- | .611 | 654 | 162.0 | 147 | 19 | 40 | 3 | 6 | 83 | 0 | 0 | 63 | 55 | 3.06 | 1.15
1969 | 20 | 19 | 5 | 1 | 1 | 4 | 5 | -- | -- | .444 | 492 | 120.1 | 106 | 20 | 29 | 3 | 6 | 41 | 2 | 0 | 56 | 55 | 4.13 | 1.12
1970 | 21 | 20 | 5 | 1 | 4 | 7 | 6 | -- | -- | .538 | 475 | 118.0 | 111 | 13 | 16 | 3 | 2 | 50 | 0 | 0 | 42 | 39 | 2.97 | 1.08
1971 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | -- | 1.000 | 41 | 9.0 | 12 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 6 | 5 | 5.00 | 1.44
1974 | ロッテ | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 43 | 11.0 | 11 | 0 | 1 | 0 | 0 | 9 | 0 | 1 | 5 | 5 | 4.09 | 1.09
通算:11年 359 | 271 | 112 | 36 | 28 | 141 | 88 | 0 | -- | .616 | 7841 | 1977.2 | 1678 | 140 | 383 | 37 | 61 | 936 | 14 | 1 | 649 | 565 | 2.57 | 1.04

表彰

記録

背番号

関連情報

テレビ出演

脚注

  1. ^ 『後楽園球場のサムライたち』173頁
  2. ^ 『後楽園球場のサムライたち』174-175頁
  3. ^ 『後楽園球場のサムライたち』178頁
  4. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』104頁
  5. ^ 『後楽園球場のサムライたち』180頁
  6. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』106頁
  7. ^ その後も新人の開幕投手は1984年ヤクルト高野光まで出現しなかった
  8. ^ 『後楽園球場のサムライたち』188頁
  9. ^ 【3月2日】1974年(昭49) 帰ってきた“エースのジョー”、893日ぶりのマウンド
  10. ^ 『後楽園球場のサムライたち』227頁
  11. ^ 『後楽園球場のサムライたち』228頁
  12. ^ 『後楽園球場のサムライたち』231頁
  13. ^ 『後楽園球場のサムライたち』236頁
  14. ^ 『後楽園球場のサムライたち』239頁
  15. ^ 巨人軍5000勝の記憶読売新聞社ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。p.45
  16. ^ 『後楽園球場のサムライたち』248頁
  17. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』113頁
  18. ^ 沢村で再び脚光「エースのジョー」巨人退団の真相は?
  19. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』250頁
  20. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』251頁
  21. ^ 巨人49年前の“破格の新人”城之内邦雄氏
  22. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』102頁
  23. ^ 『巨人軍 陰のベストナイン』112頁
  24. ^ 『巨人軍の男たち』231頁
  25. ^ 『プロフェッショナル』302頁
  26. ^ 『巨人軍の男たち』229頁
  27. ^ ウチくる!?」2013年3月10日放送

参考文献

関連項目

業績
日本プロ野球 ノーヒットノーラン投手
1930年代 | 

1940年代 | 
  • 亀田忠
  • 浅野勝三郎
  • 沢村栄治
  • 三輪八郎
  • 石田光彦
  • 亀田忠
  • 中尾輝三
  • 森弘太郎
  • 西沢道夫
  • 天保義夫
  • 藤本英雄
  • 別所昭
  • 石丸進一
  • 呉昌征
  • 梶岡忠義
  • 真田重男

  • 1950年代 | 
  • 金田正一
  • 林義一
  • 真田重蔵
  • 大友工
  • 山下登
  • 杉下茂
  • 大津守
  • 大脇照夫
  • 大矢根博臣

  • 1960年代 | 
  • 井上善夫
  • 中山義朗
  • G.バッキー
  • 外木場義郎
  • 清俊彦
  • 若生忠男
  • 堀内恒夫
  • 城之内邦雄
  • 鈴木啓示
  • 成田文男

  • 1970年代 | 
  • 渡辺秀武
  • 鬼頭洋
  • 藤本和宏
  • 鈴木啓示
  • 外木場義郎
  • 高橋直樹
  • 江夏豊
  • 神部年男
  • 加藤初
  • 戸田善紀

  • 1980年代 | 
  • 郭泰源
  • 田中幸雄
  • 近藤真一

  • 1990年代 | 
  • 柴田保光
  • 湯舟敏郎
  • 西崎幸広
  • 佐藤義則
  • T.ブロス
  • 渡辺久信
  • 野口茂樹
  • 石井一久
  • 川尻哲郎
  • 佐々岡真司

  • 2000年代 | 
  • M.バンチ
  • N.エルビラ
  • 川上憲伸
  • 井川慶
  • R.ガトームソン
  • 山本昌

  • 2010年代 | 
  • 前田健太
  • 杉内俊哉
  • 西勇輝
  • 山井大介
  • 岸孝之
  • 山口俊
  • 菅野智之

  • 脚注

    ノーヒットノーラン達成投手のみ記載。
    完全試合達成投手についてはTemplate:日本プロ野球完全試合達成者を参照。



    日本シリーズ最優秀投手賞
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 秋山登
  • 1961 堀本律雄
  • 1962 安藤元博
  • 1963 高橋明
  • 1964 J.スタンカ
  • 1965 宮田征典
  • 1966 城之内邦雄
  • 1967 城之内邦雄
  • 1968 金田正一
  • 1969 高橋一三

  • 1970年代 | 
  • 1970 堀内恒夫
  • 1971 堀内恒夫
  • 1972 堀内恒夫
  • 1973 堀内恒夫
  • 1974 村田兆治
  • 1975 山田久志
  • 1976 足立光宏
  • 1977 足立光宏
  • 1978 松岡弘
  • 1979 山根和夫

  • 1979年限りで廃止

    セントラル・リーグ新人王
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 堀本律雄
  • 1961 権藤博
  • 1962 城之内邦雄
  • 1964 高橋重行
  • 1966 堀内恒夫
  • 1967 武上四郎
  • 1968 高田繁
  • 1969 田淵幸一

  • 1970年代 | 
  • 1970 谷沢健一
  • 1971 関本四十四
  • 1972 安田猛
  • 1974 藤波行雄
  • 1976 田尾安志
  • 1977 斉藤明雄
  • 1978 角三男
  • 1979 藤沢公也

  • 1980年代 | 
  • 1980 岡田彰布
  • 1981 原辰徳
  • 1982 津田恒美
  • 1983 槙原寛己
  • 1984 小早川毅彦
  • 1985 川端順
  • 1986 長冨浩志
  • 1987 荒井幸雄
  • 1988 立浪和義
  • 1989 笘篠賢治

  • 1990年代 | 
  • 1990 与田剛
  • 1991 森田幸一
  • 1992 久慈照嘉
  • 1993 伊藤智仁
  • 1994 藪恵市
  • 1995 山内泰幸
  • 1996 仁志敏久
  • 1997 澤崎俊和
  • 1998 川上憲伸
  • 1999 上原浩治

  • 2000年代 | 
  • 2000 金城龍彦
  • 2001 赤星憲広
  • 2002 石川雅規
  • 2003 木佐貫洋
  • 2004 川島亮
  • 2005 青木宣親
  • 2006 梵英心
  • 2007 上園啓史
  • 2008 山口鉄也
  • 2009 松本哲也

  • 2010年代 | 
  • 2010 長野久義
  • 2011 澤村拓一
  • 2012 野村祐輔
  • 2013 小川泰弘
  • 2014 大瀬良大地
  • 2015 山崎康晃
  • 2016 高山俊
  • 2017 京田陽太
  • 2018 東克樹

  • 記述のない年は該当者なし

    日本シリーズにおけるセントラル・リーグ出場チーム第1戦先発投手
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 鈴木隆
  • 1961 中村稔
  • 1962 小山正明
  • 1963 伊藤芳明
  • 1964 村山実
  • 1965 金田正一
  • 1966 城之内邦雄
  • 1967 金田正一
  • 1968 金田正一
  • 1969 堀内恒夫

  • 1970年代 | 
  • 1970 堀内恒夫
  • 1971 堀内恒夫
  • 1972 堀内恒夫
  • 1973 高橋一三
  • 1974 松本幸行
  • 1975 外木場義郎
  • 1976 堀内恒夫
  • 1977 小林繁
  • 1978 安田猛
  • 1979 北別府学
  • <
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2019/06/11 18:24

    HAPPY Wikipedia

    あなたの考える「城之内邦雄」の意味を投稿しよう
    「城之内邦雄」のコンテンツはまだ投稿されていません。
    全部読む・投稿 

    城之内邦雄スレッド一覧

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「城之内邦雄」のスレッドを作成する
    城之内邦雄の」
    友達を探す
    掲示板を探す
    このページ
    友達に教える
    URLをコピー

    注目のキーワード

    錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

    キーワードで探す

     
    友達を探す
    掲示板を探す
    ハッピーWiki
    ハッピーメール
    ハッピーランド
    HAPPY NEWS
    2010Happy Mail