このキーワード
友達に教える
URLをコピー

墨田区とは?

 | 
墨田区旗 | 墨田区章
1957年5月15日制定


【国】
日本
【地方】
関東地方
【都道府県】
東京都
団体コード
13107-5
【面積】
13.77km

【総人口】
266,605
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
19,361人/km
【隣接自治体】
中央区台東区江東区荒川区足立区
葛飾区江戸川区
【区の木】
サクラ
【区の花】
ツツジ
【他のシンボル】
区歌:
墨田区役所

【区長】
山本亨
【所在地】
130-0001
東京都墨田区吾妻橋一丁目23番20号
北緯35度42分38.5秒東経139度48分5.4秒座標: 北緯35度42分38.5秒 東経139度48分5.4秒

【外部リンク】
墨田区 公式ウェブサイト (日本語)

― 区 / ― 市 / ― 町・村



ウィキプロジェクト

墨田区(すみだく)は、東京都特別区の一つで、23区東部に区分される。人口約26万6千人。

全国的に有名な東京スカイツリーがある。

目次

  • 1 概要
  • 2 人口
    • 2.1 昼夜間人口
  • 3 地理
  • 4 歴史
  • 5 地域
    • 5.1 各種イベント
    • 5.2 名物
    • 5.3 「介護」発祥の地
    • 5.4 町丁
      • 5.4.1 北部(旧向島区)
      • 5.4.2 中央部(旧本所区・向島区)
      • 5.4.3 南部(旧本所区)
    • 5.5 地域放送
    • 5.6 ナンバープレート
  • 6 名所・旧跡
    • 6.1 名所
    • 6.2 旧跡
    • 6.3 公園
  • 7 区政
    • 7.1 区長
      • 7.1.1 区長選挙
    • 7.2 行政機構
    • 7.3 災害対策
    • 7.4 財政
    • 7.5 自治体交流
      • 7.5.1 日本国内
      • 7.5.2 日本国外
      • 7.5.3 その他
  • 8 立法
    • 8.1 区議会
    • 8.2 都議会
    • 8.3 衆議院
  • 9 産業
    • 9.1 主な事業所
  • 10 交通
    • 10.1 鉄道
    • 10.2 路線バス
    • 10.3 コミュニティバス
    • 10.4 水上バス
    • 10.5 道路
  • 11 公共施設
    • 11.1 司法・行政機関
    • 11.2 警察
    • 11.3 消防
    • 11.4 主な医療機関
      • 11.4.1 東京都災害拠点病院
      • 11.4.2 東京都指定二次救急医療機関
      • 11.4.3 医院・診療所・クリニック
    • 11.5 図書館
    • 11.6 文化施設
  • 12 住宅団地
  • 13 教育機関
    • 13.1 大学
    • 13.2 専門学校
    • 13.3 高等学校
    • 13.4 中学校
    • 13.5 小学校
    • 13.6 幼稚園
    • 13.7 その他
  • 14 著名な出身者
    • 14.1 ゆかりの人物
  • 15 墨田区を舞台とする作品
  • 16 脚注
  • 17 関連項目
  • 18 外部リンク

概要

東京23区内のやや北東に位置する。郵便番号(上3桁)は130・131。

おいてけ堀」など「本所七不思議」は、昔の墨田区が舞台である。

押上・業平橋地区では、自立式鉄塔としては世界一となる高さ634mの地上デジタル放送用タワー、東京スカイツリー2012年5月に開業した。観光と防災都市のシンボルにし、世界一の観光都市を目指すという。

人口


墨田区と全国の年齢別人口分布(2005年) | 墨田区の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 墨田区
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

墨田区(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

昼夜間人口

2005年に夜間人口(居住者)は231,092人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は262,514人での1.136倍の人口になる。

地理

東京都の東部の区であり、西の区境は隅田川と東の区境は荒川および中川に挟まれた位置にある河川に挟まれた町である。水の郷百選に選ばれている。区東部の地域は海抜ゼロメートル地帯となっている。

歴史

近世以前

墨田区が成立するまでは、区の北部(旧・向島区)と南部(旧・本所区)では、歴史に大きな違いが見られる。北部では、平安時代ごろには陸地化が進み、中世には荘園制度のもとでは下総国葛西御厨の一角にあり、葛西氏知行地の農村地帯として発展を遂げていた。南部では牛島が700年代から放牧地とされていた他はおおむね湿地帯であり、が住むには極めて向かない土地であった。こちらは北部とは異なり、中世では武蔵国江戸氏一族の知行地であった。

近世

江戸中心部が1657年(明暦3年)の振袖火事によって焼け野原になったため、災害対策の一環として武家屋敷が当区南部へと移動することとなった。同時に、竪川・大横川をはじめとする河川の掘削や南北割下水(今でいうところの北斎通り近辺に存在した。)や碁盤目状の道路の整備が行われた。

近・現代

1878年(明治11年)に北部は南葛飾郡に編入され、南部は東京15区の一つ・本所区として成立するようになる。また、工業化の波が押し寄せることとなり、北部も南部も開発が進んでいくようになった。1894年(明治27年)には、重要な交通手段である総武線が開業した。このように発展してきたが、1923年(大正12年)の関東大震災により、区域の大半が焼失することとなった。特に、元陸軍被服廠跡地(現在の横網町公園など)では、多くの人が避難をしたものの、猛火に遇い、4〜5万人といわれる多大な焼死者を出した。

やがて、それらによる被害も復興していくようになり、1932年(昭和7年)には、北部に向島区が誕生。1935年(昭和10年)の国勢調査人口は、現在の墨田区域(当時の本所区と向島区の合計)で464,892人であり、隣の台東区域(当時の浅草区下谷区の合計)464,217人と共に、東京で最も人口が集中しているエリアであった。

しかし、第二次世界大戦(特に1945年東京大空襲)により、またもや区内全土は大きく焼失した。1947年(昭和22年)に本所区向島区が合併し現在の墨田区が誕生した。区名は、隅田川の堤の通称「墨堤」からを、隅田川からを取ったものであった。1963年(昭和38年)までは、町の復興および発展とともに人口が増加していったものの、その後は頭打ちとなり減少し始めた。また、町工場も郊外や日本国外への移転などに伴い減少していくこととなった。

1981年(昭和56年)6月1日防災行政無線の運用を開始した。

近年では、これら工場跡地にマンションを建てるなどの開発が進められ、特に2000年(平成12年)以降は人口が大きく増加(回復)している。

2016年(平成28年)8月24日より防災行政無線の放送等が変更された。

区の沿革

地域

各種イベント

名物

介護」発祥の地

町丁

墨田区を東西に北十間川が流れている。その北十間川を境にして主に南側が旧本所区、北側が旧向島区になる。

北部(旧向島区)

墨田(すみだ) | もと隅田町。通称「鐘ヶ淵」は鐘紡発祥の地であり、クラシエに社名を変更した現在も鐘紡発祥の地として親しまれている。
堤通(つつみどおり) | もと隅田町。区北西部の隅田川沿い。白鬚東アパート(通称:防災団地)があり、区内最大規模の防災拠点となっている。
東墨田(ひがしすみだ) | もと吾嬬町。
八広(やひろ) | もと吾嬬町。八広駅
東向島(ひがしむこうじま) | もと寺島町。濹東綺譚の舞台。東武博物館所在地。ユートリヤすみだ生涯学習センターは旧向島区役所(旧墨田区第二庁舎)に位置する。
立花(たちばな) | もと吾嬬町。立花通り商店街。東あずま駅
文花(ぶんか) | もと吾嬬町。向島警察署、小村井駅
京島(きょうじま) | もと寺島町の吾嬬町。東京の「京」と向島の「島」を合わせた名前。近年曳舟駅を中心に大規模な開発が行われている。

中央部(旧本所区・向島区)

吾妻橋(あづまばし) | 区役所アサヒビールの本社ビルがある。浅草との間に吾妻橋が架かる。旧名・中之郷。本所吾妻橋駅
東駒形(ひがしこまがた) | 駒形は台東区にある。
本所(ほんじょ) | 旧名・厩橋。「厩」の字が当用漢字に無いため、住居表示上問題となり大元の地名に。
業平(なりひら) | 在原業平に由来。旧名は業平橋・平川橋であり、両者の合成とする説もある。
横川(よこかわ) | 竪川(たてかわ)に対し、横川。
向島(むこうじま) | もと小梅町ほか。江戸時代末期、水戸藩御用商人の川崎組が「とら銭」を鋳造した。本所区編入後は本所地区扱い。
押上(おしあげ) | 押上駅とうきょうスカイツリー駅東武鉄道の本社所在地。東京スカイツリーがある。旧本所区・向島区両者にまたがる。

南部(旧本所区)

横網(よこあみ) | 両国駅の北側。両国国技館がある。その連想で「横綱」と誤読される事がある。また、国技館の隣には江戸東京博物館がある。第一ホテル両国は旧本所区役所(旧墨田区第一庁舎)に位置する。
両国(りょうごく) | 両国駅の南側。元々は日本橋両国(現:中央区東日本橋)に対して東両国と言った。旧国技館(のちの日大講堂。現在は取り壊されてシティコア)、吉良邸屋敷跡の本所松坂町公園がある。
千歳(ちとせ) | 
石原(いしわら) | 
亀沢(かめざわ) | 
(みどり) | 緑一丁目から四丁目までが設置されている。
立川(たてかわ) | かつては竪川と表記、吉良義央を狙った赤穂浪士がこのあたりに住んでいたとか。
菊川(きくかわ) | 区最南部。遠山景元/長谷川宣以の住居跡がある。
太平(たいへい) | 錦糸町駅の北側。錦糸よりも北側。2006年、精工舎跡地に大型商業施設オリナスが完成。隣接して錦糸公園墨田区総合体育館がある。
錦糸(きんし) | 錦糸町駅の北側。商業施設アルカキット錦糸町東武ホテルすみだトリフォニーホールがある。錦糸町と呼ばれる一帯の一部。
江東橋(こうとうばし) | 錦糸町駅の南側。一帯は東京楽天地を中心とした古くからの歓楽街。丸井LIVIN等のデパートが並ぶ。錦糸町と呼ばれる一帯の中心。おいてけ堀(錦糸堀)伝説発祥の地。

地域放送

ナンバープレート

墨田区は、足立ナンバー(東京運輸支局)を割り当てられており、『23区東部』の地域と一致する。

足立ナンバー割り当て地域

名所・旧跡

両国国技館
江戸東京博物館

名所

旧跡

旧安田庭園

公園

区政

区長

区長選挙

2015年4月26日 最終投票率:44.77%

【候補者名】
【当】
【政党】
【推薦】
得票
山本亨 | 当選 | 無所属 |  | 61,296
西恭三郎 |  | 無所属 |  | 18,967
染谷武男 |  | 緑友会 |  | 7,299

行政機構

災害対策

財政

平成25年度当初予算規模

自治体交流

日本国内

日本国外

その他

立法

区議会

詳細は「墨田区議会」を参照
【会派名】
【議席数】
議員名
墨田区議会自由民主党 | 12 | 沖山仁、加藤拓、木内清、坂井ユカコ、坂下修、佐藤篤、しもむら緑、瀧澤良仁、田中邦友、中沢えみり、樋口敏郎、福田はるみ
墨田区議会公明党 | 7 | おおこし勝広、加納進、じんの博義、高橋正利、千野美智子、とも宣子、はねだ福代
日本共産党墨田区議会議員団 | 5 | あさの清美、高柳東彦、としま剛、はらつとむ、村本ひろや
すみだ新政会 | 2 | あべきみこ、堀よしあき
地域連合「すみだの絆」 | 1 | 田中哲
墨田オンブズマン | 1 | 大瀬康介
新しいすみだ | 1 | 井上ノエミ
無所属の会すみだ | 1 | 西村孝幸
都民ファーストの会墨田区議団 | 1 | 渋田ちしゅう

都議会

【議員名】
【会派名】
当選回数
成清梨沙子 | 都民ファーストの会 | 1
加藤雅之 | 都議会公明党 | 3
川松真一朗 | 東京都議会自由民主党 | 2

衆議院

【議員名】
【党派名】
当選回数
松島みどり | 自由民主党 | 5

産業

1909年(明治42年)から1937年(昭和12年)にかけて区内に屠畜場があり、木下川(現在の東墨田)地区を中心に、主として豚皮を扱う皮革産業が発展した。豚脂などを扱う油脂産業や動物性油脂を原料とする石鹸産業も盛んで、大正時代には長瀬商店(花王の前身)・ライオン石鹸資生堂ミヨシ石鹸の4大石鹸メーカーが区内に立地した。

主な事業所

交通

鉄道

東日本旅客鉄道(JR東日本)

総武線各駅停車(総武本線)
総武快速線
  • 錦糸町駅

京成電鉄

押上線

東武鉄道

伊勢崎線(東武スカイツリーライン)
亀戸線
2010Happy Mail