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外務大臣_(日本)とは?

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【外務大臣】

外務省の紋章

現職者
河野太郎

就任日 2017年(平成29年)11月1日

【任命者】
安倍晋三(内閣総理大臣)
【初代】
井上馨
【創設】
1885年(明治18年)12月22日
【ウェブサイト】
外務省:外務大臣
外務省庁舎

外務大臣(がいむだいじん、英語: Minister for Foreign Affairs)は、日本外交を担当し、外務省を所管する国務大臣。略称は外相(がいしょう)。現在の外務大臣は、河野太郎(第138代)。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴代大臣
    • 2.1 内閣制以前
    • 2.2 内閣制施行以後
  • 3 脚注
  • 4 関連項目
  • 5 外部リンク

概要

外務大臣は、内閣総理大臣を別とすれば、1885年(明治18年)の内閣制度発足から名称が変更されていない唯一の国務大臣である。近代日本の外務大臣は、草創期を除けば職業外交官出身者がほとんどであり、例外は後藤新平の他、数人の軍人があるのみである。その傾向は第二次世界大戦後も続いたが、石橋内閣1956年(昭和31年)に岸信介が外務大臣となって以降は、一転政党人にとっての重要ポストとなり、以後現在に至るまで、外務官僚出身の外務大臣は出ていない。戦後非議員が外務大臣に就任した例としては大来佐武郎川口順子の2名のケースがある。

現在に至るまで、最年少の外相は加藤高明の40歳、戦後では玄葉光一郎の47歳3か月。初就任時最年長は宇垣一成の69歳9か月、戦後では櫻内義雄の69歳6か月(首相等の臨時代理を除く)。

内閣制度発足後の在職期間最長は内田康哉の7年5か月、戦後は内閣総理大臣兼摂を含めると吉田茂の5年2か月、外務大臣専任としては、岸田文雄の4年7か月である。

田中角栄は外務大臣を大蔵大臣自由民主党幹事長などと並んで「総理総裁たる者が経験しておくべき重要ポストの一つ」に挙げている(田中を含む「三角大福」は田中以外すべて外相経験があり、田中も幹事長・蔵相などを経験している)。

歴代大臣

  • 臨時代理は、大臣不在の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  • 兼任は、他の大臣が同時に務めることをいい、臨時代理とは異なる。
  • 同一代数で複数の就任日の記載があるもの(内閣改造等による)について、2度目以降に関しては辞令は出されていない(再任でなく留任扱い)。

内閣制以前

三職制(王政復古の大号令(王政復古諭告))
【役職名】
【代】
【氏名】
【就任日】
【旧身分】

外国事務総裁 【‐】
仁和寺宮嘉彰親王
 | 慶応4年1月9日(1868年2月2日) | 皇族
外国事務総督 【‐】
山階宮晃親王
 | 慶応4年1月17日(1868年2月10日) | 皇族
三条実美
 | 旧公家
伊達宗城
 | 元宇和島藩藩主
東久世通禧
 | 旧公家
澤宣嘉
 | 慶応4年1月25日(1868年2月18日) | 旧公家
外国事務局督 【‐】
山階宮晃親王
 | 慶応4年2月20日(1868年3月13日) | 皇族
太政官制(政体書(太政官達第331号))
【役職名】
【代】
【氏名】
【就任日】
【旧身分】

外国官知事 【1】
伊達宗城
 | 慶応4年4月21日(1868年6月11日) | 元宇和島藩主
【2】
澤宣嘉
 | 明治2年6月26日(1869年8月3日) | 旧公家
太政官制(職員令)
【役職名】
【代】
【氏名】
【就任日】
【旧身分】

外務卿 【1】
澤宣嘉
 | 明治2年7月8日(1869年8月15日) | 旧公家
【2】
岩倉具視
 | 明治4年7月14日(1871年8月29日) | 旧公家
【3】
副島種臣
 | 明治4年11月4日(1871年12月15日) | 旧佐賀藩
外務事務総裁 【‐】
副島種臣
 | 1873年(明治6年)10月13日 | 旧佐賀藩士
外務卿 【4】
寺島宗則
 | 1873年(明治6年)10月28日 | 旧幕臣
【5】
井上馨
 | 1879年(明治12年)9月10日 | 旧長州藩

内閣制施行以後

外務大臣(太政官達第69号)
【代】
【氏名】
【内閣】
【就任日】
【旧身分/政党/組織等】

【1】
井上馨
 | 第1次伊藤内閣 | 1885年(明治18年)12月22日 | 旧長州藩士
【-】
伊藤博文
 | 1887年(明治20年)9月17日
※臨時兼任 | 旧長州藩士
【2】
大隈重信
 | 1888年(明治21年)2月1日 | 立憲改進党
黒田内閣 | 1888年(明治21年)4月30日
【3】
青木周蔵
 | 第1次山縣内閣 | 1889年(明治22年)12月24日 | 外務省
第1次松方内閣 | 1891年(明治24年)5月6日
【4】
榎本武揚
 | 1891年(明治24年)5月29日 | 旧幕臣
【5】
陸奥宗光
 | 第2次伊藤内閣 | 1892年(明治25年)8月8日 | 旧紀州藩
【6】
西園寺公望
 | 1896年(明治29年)5月30日
文部大臣兼任 | 旧公家
侯爵
第2次松方内閣 | 1896年(明治29年)9月18日
※文部大臣兼任
【7】
大隈重信
 | 1896年(明治29年)9月22日 | 進歩党
【8】
西徳二郎
 | 1897年(明治30年)11月6日 | 外務省
第3次伊藤内閣 | 1898年(明治31年)1月12日
外務大臣(外務省官制(明治31年勅令第258号))
【代】
【氏名】
【内閣】
【就任日】
【旧身分/政党/組織等】

【9】
大隈重信
 | 第1次大隈内閣 | 1898年(明治31年)6月30日
内閣総理大臣兼任 | 憲政党
【10】
青木周蔵
 | 第2次山縣内閣 | 1898年(明治31年)11月8日 | 外務省
【11】
加藤高明
 | 第4次伊藤内閣 | 1900年(明治33年)10月19日 | 外務省
【12】
曾禰荒助
 | 第1次桂内閣 | 1901年(明治34年)6月2日
大蔵大臣兼任 | 旧長州藩士
【13】
小村壽太郎
 | 1901年(明治34年)9月21日 | 外務省
【14】
加藤高明
 | 第1次西園寺内閣 | 1906年(明治39年)1月7日 | 外務省
【15】
西園寺公望
 | 1906年(明治39年)3月3日
※内閣総理大臣兼任
文部大臣兼任(‐1906年3月27日) | 立憲政友会
【16】
林董
 | 1906年(明治39年)5月19日 | 旧幕臣
【17】
寺内正毅
 | 第2次桂内閣 | 1908年(明治41年)7月14日
※陸軍大臣兼任 | 陸軍
【18】
小村壽太郎
 | 1908年(明治41年)8月27日 | 外務省
【19】
内田康哉
 | 第2次西園寺内閣 | 1911年(明治44年)8月30日 | 外務省
【20】
桂太郎
 | 第3次桂内閣 | 1912年(大正元年)12月21日
※内閣総理大臣兼任 | 陸軍
【21】
加藤高明
 | 1913年(大正2年)1月29日 | 外務省
【22】
牧野伸顕
 | 第1次山本内閣 | 1913年(大正2年)2月20日 | 外務省
【23】
加藤高明
 | 第2次大隈内閣 | 1914年(大正3年)4月16日 | 外務省
【24】
大隈重信
 | 1915年(大正4年)8月10日
※内閣総理大臣兼任 | 大隈伯後援会
【25】
石井菊次郎
 | 1915年(大正4年)10月13日 | 外務省
【26】
寺内正毅
 | 寺内内閣 | 1916年(大正5年)10月9日
※内閣総理大臣・大蔵大臣兼任 | 陸軍
【27】
本野一郎
 | 1916年(大正5年)11月21日 | 外務省
【28】
後藤新平
 | 1918年(大正7年)4月23日 | 内務省
【29】
内田康哉
 | 原内閣 | 1918年(大正7年)9月29日
1921年(大正10年)11月4日
※内閣総理大臣臨時兼任(以降) | 外務省
高橋内閣 | 1921年(大正10年)11月13日
加藤友三郎内閣 | 1922年(大正11年)6月12日
1923年(大正12年)8月25日
※内閣総理大臣臨時兼任(以降)
【30】
山本権兵衛
 | 第2次山本内閣 | 1923年(大正12年)9月2日
※内閣総理大臣兼任 | 海軍
【31】
伊集院彦吉
 | 1923年(大正12年)9月19日 | 外務省
【32】
松井慶四郎
 | 清浦内閣 | 1924年(大正13年)1月7日 | 外務省
【33】
幣原喜重郎
 | 加藤高明内閣 | 1924年(大正13年)6月11日 | 外務省
第1次若槻内閣 | 1926年(大正15年)1月30日
【34】
田中義一
 | 田中義一内閣 | 1927年(昭和2年)4月20日
※内閣総理大臣・内務大臣
拓務大臣兼任 | 立憲政友会
【35】
幣原喜重郎
 | 濱口内閣 | 1929年(昭和4年)7月2日 | 外務省
第2次若槻内閣 | 1931年(昭和6年)4月14日
【36】
犬養毅
 | 犬養内閣 | 1931年(昭和6年)12月13日
※内閣総理大臣兼任 | 立憲政友会
【37】
芳澤謙吉
 | 1932年(昭和7年)1月14日 | 立憲政友会
【38】
斎藤実
 | 齋藤内閣 | 1932年(昭和7年)5月26日 | 海軍
【39】
内田康哉
 | 1932年(昭和7年)7月6日 | 外務省
【40】
広田弘毅
 | 1933年(昭和8年)9月14日 | 外務省
岡田内閣 | 1934年(昭和9年)7月8日
廣田内閣 | 1936年(昭和11年)3月9日
【41】
有田八郎
 | 1936年(昭和11年)4月2日 | 外務省
【42】
林銑十郎
 | 林内閣 | 1937年(昭和12年)2月2日
内閣総理大臣文部大臣兼任 | 陸軍
【43】
佐藤尚武
 | 1937年(昭和12年)3月3日 | 外務省
【44】
広田弘毅
 | 第1次近衛内閣 | 1937年(昭和12年)6月4日 | 外務省
【45】
宇垣一成
 | 1938年(昭和13年)5月26日 | 陸軍
【46】
近衛文麿
 | 1938年(昭和13年)9月30日
※内閣総理大臣・拓務大臣兼任 | 公爵
【47】
有田八郎
 | 1938年(昭和13年)10月29日 | 外務省
平沼内閣 | 1939年(昭和14年)1月5日
【48】
阿部信行
 | 阿部内閣 | 1939年(昭和14年)8月30日
※内閣総理大臣兼任 | 陸軍
【49】
野村吉三郎
 | 1939年(昭和14年)9月25日 | 海軍
【50】
有田八郎
 | 米内内閣 | 1940年(昭和15年)1月16日 | 外務省
【51】
松岡洋右
 | 第2次近衛内閣 | 1940年(昭和15年)7月22日 | 外務省
【52】
豊田貞次郎
 | 第3次近衛内閣 | 1941年(昭和16年)7月18日
※拓務大臣兼任 | 海軍
【53】
東郷茂徳
 | 東條内閣 | 1941年(昭和16年)10月18日
※拓務大臣兼任 | 外務省
【54】
東條英機
 | 1942年(昭和17年)9月1日
※内閣総理大臣・陸軍大臣兼任 | 陸軍
【55】
谷正之 | 1942年(昭和17年)9月17日 | 外務省
【56】
重光葵
 | 1943年(昭和18年)4月20日 | 外務省
小磯内閣 | 1944年(昭和19年)7月22日
【58】
鈴木貫太郎
 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年(昭和20年)4月7日
※内閣総理大臣・大東亜大臣兼任 | 海軍
【59】
東郷茂徳
 | 1945年(昭和20年)4月9日
※大東亜大臣兼任 | 外務省
【60】
重光葵
 | 東久邇宮内閣 | 1945年(昭和20年)8月17日
※大東亜大臣兼任 | 外務省
【61】
吉田茂
 | 1945年(昭和20年)9月15日 | 外務省
幣原内閣 | 1945年(昭和20年)10月9日
第1次吉田内閣 | 1946年(昭和21年)5月22日
※内閣総理大臣兼任 | 日本自由党
【‐】
片山哲
 | 片山内閣 | 1947年(昭和22年)5月24日
※臨時代理 | 日本社会党
【62】
芦田均
 | 1947年(昭和22年)6月1日
副総理兼任 | 民主党
芦田内閣 | 1948年(昭和23年)3月10日
※内閣総理大臣兼任
【‐】
吉田茂
 | 第2次吉田内閣 | 1948年(昭和23年)10月15日
※臨時代理 | 民主自由党
【63】
1948年(昭和23年)10月19日
※内閣総理大臣兼任
第3次吉田内閣 | 1949年(昭和24年)2月16日
※内閣総理大臣兼任
外務大臣(外務省設置法(昭和24年法律第135号))
【代】
【氏名】
【内閣】
【就任日】
【政党等】

【64】
吉田茂
 | 第3次吉田第1次改造内閣 | 1950年(昭和25年)6月28日
※内閣総理大臣兼任 | 自由党
第3次吉田第2次改造内閣 | 1951年(昭和26年)7月4日
※内閣総理大臣兼任
外務大臣(外務省設置法(昭和26年法律第283号))
【代】
【氏名】
【内閣】
【就任日】
【政党等】

【65】
吉田茂
 | 第3次吉田第3次改造内閣 | 1951年(昭和26年)12月26日
※内閣総理大臣兼任 | 自由党
【66】
岡崎勝男
 | 1952年(昭和27年)4月30日 | 自由党
【67】
第4次吉田内閣 | 1952年(昭和27年)10月30日
【68】
第5次吉田内閣 | 1953年(昭和28年)5月21日
【69】
重光葵
 | 第1次鳩山内閣 | 1954年(昭和29年)12月10日
副総理兼任 | 日本民主党
【70】
第2次鳩山内閣 | 1955年(昭和30年)3月19日
※副総理兼任 | 日本民主党
自由民主党
【71】
第3次鳩山内閣 | 1955年(昭和30年)11月22日
※副総理兼任 | 自由民主党
【‐】
石橋湛山
 | 石橋内閣 | 1956年(昭和31年)12月23日
※臨時代理 | 自由民主党
【72】
岸信介
 | 1956年(昭和31年)12月23日 | 自由民主党
【73】
第1次岸内閣 | 1957年(昭和32年)2月25日
※内閣総理大臣兼任
【74】
藤山愛一郎
 | 第1次岸改造内閣 | 1957年(昭和32年)7月10日 | 自由民主党
【75】
第2次岸内閣 | 1958年(昭和33年)6月12日
第2次岸改造内閣 | 1959年(昭和34年)6月18日
【76】
小坂善太郎
 | 第1次池田内閣 | 1960年(昭和35年)7月19日 | 自由民主党
【77】
第2次池田内閣 | 1960年(昭和35年)12月8日
第2次池田第1次改造内閣 | 1961年(昭和36年)7月18日
【78】
大平正芳
 | 第2次池田第2次改造内閣 | 1962年(昭和37年)7月18日 | 自由民主党
第2次池田第3次改造内閣 | 1963年(昭和38年)7月18日
【79】
第3次池田内閣 | 1963年(昭和38年)12月9日
【80】
椎名悦三郎
 | 第3次池田改造内閣 | 1964年(昭和39年)7月18日 | 自由民主党
【81】
第1次佐藤内閣 | 1964年(昭和39年)11月9日
第1次佐藤第1次改造内閣 | 1965年(昭和40年)6月3日
第1次佐藤第2次改造内閣 | 1966年(昭和41年)8月1日
【82】
三木武夫
 | 第1次佐藤第3次改造内閣 | 1966年(昭和41年)12月3日 | 自由民主党
【83】
第2次佐藤内閣 | 1967年(昭和42年)2月17日
第2次佐藤第1次改造内閣 | 1967年(昭和42年)11月25日
【‐】
佐藤栄作
 | 1968年(昭和43年)10月29日
※臨時代理 | 自由民主党
【84】
愛知揆一
 | 第2次佐藤第2次改造内閣 | 1968年(昭和43年)11月30日 | 自由民主党
【85】
第3次佐藤内閣 | 1970年(昭和45年)1月14日
【86】
福田赳夫
 | 第3次佐藤改造内閣 | 1971年(昭和46年)7月9日 | 自由民主党
【87】
大平正芳
 | 第1次田中角榮内閣 | 1972年(昭和47年)7月7日 | 自由民主党
【88】
第2次田中角栄内閣 | 1972年(昭和47年)12月22日
第2次田中角栄第1次改造内閣 | 1973年(昭和48年)11月25日
【89】
木村俊夫
 | 1974年(昭和49年)7月16日 | 自由民主党
第2次田中角栄第2次改造内閣 | 1974年(昭和49年)11月11日
【91】
宮澤喜一
 | 三木内閣 | 1974年(昭和49年)12月9日 | 自由民主党
【92】
小坂善太郎
 | 三木改造内閣 | 1976年(昭和51年)9月15日 | 自由民主党
【93】
鳩山威一郎
 | 福田赳夫内閣 | 1976年(昭和51年)12月24日 | 自由民主党
【94】
園田直
 | 福田赳夫改造内閣 | 1977年(昭和52年)11月28日 | 自由民主党
【95】
第1次大平内閣 | 1978年(昭和53年)12月7日
【96】
大来佐武郎 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/04/20 07:33

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