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外木場義郎とは?


コーチ歴


野球殿堂(日本)
殿堂表彰者

【選出年】
2013年
【得票率】
76.3%(29票)
【選出方法】
競技者表彰(エキスパート部門)
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


外木場 義郎(そとこば よしろう、1945年6月1日 - )は、鹿児島県出水市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ解説者

2リーグ制以降のプロ野球で、3回のノーヒットノーラン(うち完全試合1試合)を達成した唯一の投手である。

目次

  • 1 経歴
  • 2 プレースタイル
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 タイトル
    • 4.3 表彰
    • 4.4 記録
    • 4.5 背番号
  • 5 関連情報
    • 5.1 出演番組
  • 6 脚注
  • 7 参考文献
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

経歴

出水高校では1963年夏の甲子園県予選で決勝に進出するが、鹿児島高のエース・竹之下五十三(西鉄)と投げ合い0-1で惜敗、甲子園出場を逸する。卒業後は電電九州に進み、1964年都市対抗に出場。1回戦でリリーフとして登板するが、北海道拓殖銀行に敗退。

村山実の大ファンで阪神タイガースのスカウトが来ていたら必ず入団していたとされるが、阪神からの誘いは無かった。しかし、広島カープ大洋ホエールズ近鉄バファローズ東映フライヤーズの4球団からプロ入りの打診を受ける。結局、セ・リーグ希望であったことと、九州地方出身者が多かった理由で1965年広島カープへ入団。

同年10月2日にプロ2度目の先発となる阪神戦で、憧れの村山と投げ合って僅か1四球を与えただけのノーヒットノーランでプロ初勝利を飾る。新人選手のノーヒットノーランは過去3人目であったが、初勝利と同時の記録は史上初めてであった。この年は閉幕までにもう1勝を挙げるが、以後2年間は0勝、2勝と伸び悩む。

1968年になると、根本陸夫監督から、安仁屋宗八と共に先発の柱を任せられる。シーズン2度目の先発となった4月14日大洋戦で完封勝利を収めるとそのまま波に乗り、21勝、防御率1.94の好成績を挙げて最優秀防御率のタイトルを獲得。23勝を挙げた安仁屋とともに広島の史上初のAクラス入りに大きく貢献した。また同年の9月14日の大洋戦では、2回目のノーヒットノーランを完全試合で達成。またこの試合では当時のリーグ記録となる16奪三振も記録している。

その後も先発投手の軸として活躍、1976年までの9シーズンで8度の二桁勝利を記録する。また、1972年4月29日巨人戦で、史上2人目となる3回目のノーヒットノーランを達成する。プロ野球史上、3度のノーヒットノーランを達成したのは沢村栄治と外木場の二人のみであり、2リーグ制以降の投手としては唯一の達成者である。1974年は18勝、防御率2.82(リーグ7位)の好成績を挙げる。

1975年には投手陣の柱として20勝を挙げ、チーム初優勝に大きく貢献するとともに、最多勝最多奪三振沢村賞のタイトルを獲得した。同年の阪急ブレーブスとの日本シリーズでは第1戦に先発。1回に3点を先制されるが、その後は9回途中まで好投し、延長13回引き分けに持ち込む。第4戦でも先発として起用され、延長13回を投げきるが、またもや引き分けに終わる。1976年には右肩を故障。以降はピッチングに精彩を欠き、1979年にチーム初の日本一を機に現役を引退

引退後は広島に残り1980年から1990年同球団二軍投手コーチ、土井正三に請われて1991年から1993年までオリックス・ブルーウェーブ二軍投手コーチ、1994年から1995年までカープアカデミーコーチ、1996年から1999年再び広島二軍投手コーチを務めた。2000年から2005年までは中国放送解説者を務め、2006年からは広島市のプロ育成野球専門学院で後進の指導に当たっていた。この際、アマチュア野球を統括する日本野球連盟の規定により、引退から25年経った2004年自由契約の手続きを取ったために話題となった。

2013年にエキスパート部門表彰で野球殿堂入りした。

2015年よりNHKラジオ第一「おはよう中国」(中国地方ローカル月曜~金曜 7:40~7:58)のプロ野球情報(不定期)のコーナー担当(電話出演)を務める。

プレースタイル

豪速球と縦に鋭く割れるカーブを武器とした。外木場の投げるカーブは堀内恒夫などに見られるタイミングを外すカーブとは異なり、メジャーリーグにおいて "power curve" と呼ばれる、曲がりの鋭さで打者を翻弄するものであった。

人物

完全試合を達成した日の試合は、のちに広島で捕手として入団する達川光男が観戦していた。

気性の強い選手であった。ノーヒットノーランを初めて達成した時のインタビューで「なんならもう一度やりましょうか」と答え、後に2度も達成することになった。

今の耳つきヘルメットを生み出すきっかけを作ったのは外木場である。1970年8月26日の対阪神戦で、当時2年目だった田淵幸一の左こめかみに死球を与えてしまう。田淵は耳から流血して、救急車で病院に搬送された。これを受け、以降は耳つきヘルメットを使用することになった。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1965 | 広島 | 16 | 7 | 2 | 1 | 1 | 2 | 1 | -- | -- | .667 | 190 | 51.1 | 30 | 1 | 12 | 1 | 0 | 34 | 0 | 0 | 9 | 8 | 1.41 | 0.82
1966 | 25 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | -- | -- | .000 | 133 | 32.1 | 26 | 5 | 11 | 0 | 1 | 23 | 1 | 0 | 14 | 13 | 3.66 | 1.14
1967 | 22 | 10 | 2 | 0 | 0 | 2 | 3 | -- | -- | .400 | 301 | 78.1 | 50 | 5 | 17 | 1 | 4 | 57 | 2 | 0 | 26 | 23 | 2.65 | 0.86
1968 | 45 | 40 | 19 | 6 | 2 | 21 | 14 | -- | -- | .600 | 1169 | 302.1 | 198 | 22 | 83 | 6 | 6 | 260 | 2 | 0 | 78 | 65 | 1.94 | 0.93
1969 | 43 | 39 | 15 | 1 | 1 | 11 | 20 | -- | -- | .355 | 1216 | 304.1 | 226 | 24 | 84 | 4 | 9 | 223 | 2 | 2 | 101 | 91 | 2.69 | 1.02
1970 | 39 | 30 | 13 | 4 | 2 | 13 | 14 | -- | -- | .481 | 893 | 228.1 | 169 | 28 | 49 | 6 | 11 | 157 | 3 | 0 | 74 | 67 | 2.64 | 0.95
1971 | 37 | 21 | 2 | 0 | 0 | 9 | 12 | -- | -- | .429 | 665 | 155.1 | 145 | 20 | 47 | 5 | 10 | 113 | 1 | 0 | 80 | 67 | 3.89 | 1.24
1972 | 41 | 29 | 11 | 3 | 1 | 11 | 15 | -- | -- | .423 | 936 | 230.2 | 200 | 23 | 60 | 2 | 7 | 158 | 1 | 0 | 93 | 86 | 3.35 | 1.13
1973 | 44 | 31 | 10 | 3 | 0 | 12 | 19 | -- | -- | .387 | 998 | 249.0 | 199 | 23 | 74 | 4 | 5 | 160 | 0 | 1 | 81 | 73 | 2.64 | 1.10
1974 | 46 | 38 | 21 | 4 | 2 | 18 | 16 | 3 | -- | .529 | 1236 | 310.1 | 259 | 34 | 85 | 6 | 9 | 196 | 0 | 0 | 105 | 97 | 2.82 | 1.11
1975 | 41 | 40 | 17 | 3 | 2 | 20 | 13 | 0 | -- | .606 | 1174 | 287.0 | 240 | 29 | 89 | 7 | 9 | 193 | 3 | 0 | 105 | 94 | 2.95 | 1.15
1976 | 25 | 23 | 6 | 2 | 0 | 10 | 5 | 0 | -- | .667 | 607 | 144.1 | 136 | 19 | 52 | 1 | 2 | 86 | 3 | 0 | 71 | 63 | 3.94 | 1.30
1977 | 6 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | -- | .333 | 99 | 21.1 | 26 | 2 | 10 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | 14 | 13 | 5.57 | 1.69
1978 | 14 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | -- | .250 | 110 | 23.1 | 22 | 4 | 18 | 1 | 2 | 14 | 1 | 0 | 17 | 15 | 5.87 | 1.71
1979 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 3 | 1.0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.00
通算:15年 445 | 318 | 118 | 27 | 11 | 131 | 138 | 3 | -- | .487 | 9730 | 2419.1 | 1926 | 239 | 691 | 44 | 76 | 1678 | 20 | 3 | 868 | 775 | 2.88 | 1.08

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

関連情報

出演番組

脚注

  1. ^ さらば、愛しきプロ野球…。より
  2. ^ 『広島カープ 苦難を乗り越えた男達の軌跡』140ページ
  3. ^ 『広島カープ 苦難を乗り越えた男達の軌跡』141ページ
  4. ^ 『広島カープ 苦難を乗り越えた男達の軌跡』145ページ
  5. ^ 【4月29日】1972年(昭47) 伝説の右腕と2人だけ 外木場義郎3度目の大記録 - スポニチ Archived 2015年12月17日, at the Wayback Machine.
  6. ^ 野村貴仁著、再生、角川書店、2016年、P74
  7. ^ “広島で活躍の大野、外木場氏が殿堂入り”. サンケイスポーツ. (2013年1月11日). http://megalodon.jp/2013-0111-1644-47/www.sanspo.com/baseball/news/20130111/npb13011116260003-n1.html 2013年1月11日閲覧。
  8. ^ 『広島カープ 苦難を乗り越えた男達の軌跡』142頁

参考文献

関連項目

外部リンク

業績
沢村栄治賞
1940年代 | 

1950年代 | 
  • 1950 真田重男
  • 1951 杉下茂
  • 1952 杉下茂
  • 1953 大友工
  • 1954 杉下茂
  • 1955 別所毅彦
  • 1956 金田正一
  • 1957 金田正一
  • 1958 金田正一
  • 1959 村山実

  • 1960年代 | 
  • 1960 堀本律雄
  • 1961 権藤博
  • 1962 小山正明
  • 1963 伊藤芳明
  • 1964 G.バッキー
  • 1965 村山実
  • 1966 村山実, 堀内恒夫
  • 1967 小川健太郎
  • 1968 江夏豊
  • 1969 高橋一三

  • 1970年代 | 
  • 1970 平松政次
  • 1972 堀内恒夫
  • 1973 高橋一三
  • 1974 星野仙一
  • 1975 外木場義郎
  • 1976 池谷公二郎
  • 1977 小林繁
  • 1978 松岡弘
  • 1979 小林繁

  • 1980年代 | 
  • 1981 西本聖
  • 1982 北別府学
  • 1983 遠藤一彦
  • 1985 小松辰雄
  • 1986 北別府学
  • 1987 桑田真澄
  • 1988 大野豊
  • 1989 斎藤雅樹

  • 1990年代 | 
  • 1990 野茂英雄
  • 1991 佐々岡真司
  • 1992 石井丈裕
  • 1993 今中慎二
  • 1994 山本昌広
  • 1995 斎藤雅樹
  • 1996 斎藤雅樹
  • 1997 西口文也
  • 1998 川崎憲次郎
  • 1999 上原浩治

  • 2000年代 | 
  • 2001 松坂大輔
  • 2002 上原浩治
  • 2003 井川慶, 斉藤和巳
  • 2004 川上憲伸
  • 2005 杉内俊哉
  • 2006 斉藤和巳
  • 2007 ダルビッシュ有
  • 2008 岩隈久志
  • 2009 涌井秀章

  • 2010年代 | 
  • 2010 前田健太
  • 2011 田中将大
  • 2012 攝津正
  • 2013 田中将大
  • 2014 金子千尋
  • 2015 前田健太
  • 2016 K.ジョンソン
  • 2017 菅野智之

  • 1947年制定。記述のない年は該当者なし。

    日本シリーズ優秀選手
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 近藤和彦
  • 1961 塩原明
  • 1962 岩下光一
  • 1963 王貞治
  • 1964 K.ハドリ
  • 1965 林俊彦
  • 1966 長嶋茂雄
  • 1967 D.スペンサー
  • 1968 柴田勲
  • 1969 足立光宏

  • 1970年代 | 
  • 1970 黒江透修
  • 1971 黒江透修
  • 1972 長嶋茂雄
  • 1973 高田繁
  • 1974 山崎裕之
  • 1975 中沢伸二, 外木場義郎
  • 1976 B.ウイリアムス
  • 1977 福本豊
  • 1978 若松勉
  • 1979 水谷実雄

  • 1980年代 | 
  • 1980 木下富雄, 山根和夫, 平野光泰
  • 1981 平田薫, 江川卓, 河埜和正
  • 1982 大田卓司, スティーブ, 中尾孝義
  • 1983 田淵幸一, テリー, 中畑清
  • 1984 山本浩二, 高橋慶彦, 福本豊
  • 1985 R.ゲイル, 真弓明信, 長崎啓二
  • 1986 清原和博, 石毛宏典, 津田恒実
  • 1987 石毛宏典, 秋山幸二, 槙原寛己
  • 1988 清原和博, 森山良二, 郭源治
  • 1989 岡崎郁, 香田勲男, 阿波野秀幸

  • 1990年代 | 
  • 1990 渡辺久信, 辻発彦, 伊東勤
  • 1991 工藤公康, 渡辺久信, 野村謙二郎
  • 1992 石毛宏典, 秋山幸二, 飯田哲也
  • 1993 飯田哲也, 高津臣吾, 潮崎哲也
  • 1994 桑田真澄, H.コトー, 辻発彦
  • 1995 T.ブロス, 池山隆寛, 高津臣吾
  • 1996 大島公一, 鈴木平, イチロー
  • 1997 石井一久, 稲葉篤紀, 池山隆寛
  • 1998 斎藤隆, 石井琢朗, 駒田徳広
  • 1999 工藤公康, 永井智浩, 城島健司

  • 2000年代 | 
  • 2000 仁志敏久, 村田真一, 高橋尚成
  • 2001 岩村明憲, 石井一久, 真中満
  • 2002 清原和博, 上原浩治, 斉藤宜之
  • 2003 井口資仁, 城島健司, 桧山進次郎
  • 2004 A.カブレラ, 和田一浩, 谷繁元信
  • 2005 渡辺俊介, サブロー, 李承燁
  • 2006 ダルビッシュ有, F.セギノール, 森本稀哲
  • 2007 山井大介, 森野将彦, 荒木雅博
  • 2008 中島裕之, 平尾博嗣, 鈴木尚広
  • 2009 亀井義行, D.ゴンザレス, 小谷野栄一

  • 2010年代 | 
  • 2010 内竜也, 清田育宏, 大島洋平
  • 2011 杉内俊哉, B.ファルケンボーグ, 和田一浩
  • 2012 長野久義, 阿部慎之助, J.ボウカー
  • 2013 田中将大, 銀次, 内海哲也
  • 2014 柳田悠岐, D.サファテ, 武田翔太
  • 2015 明石健志, R.バンデンハーク, 武田翔太
  • 2016 A.バース, 西川遥輝, 中田翔
  • 2017 柳田悠岐, 内川聖一, 濱口遥大


  • 日本プロ野球 完全試合投手


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    出典:wikipedia
    2018/09/23 14:08

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