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多木化学とは?

種類
株式会社
【市場情報】
東証1部 4025

【略称】
タキ、多木肥料
【本社所在地】
日本
675-0124
兵庫県加古川市別府町緑町2番地
【設立】
1918年(大正7年)12月13日
創業 1885年(明治18年)3月
業種
化学
法人番号
5140001043137
【事業内容】
肥料、化学品、石膏ボードの生産・販売、石油販売、運輸業、不動産事業
【代表者】
代表取締役社長 多木隆元
【資本金】
21億47百万円(2015年3月26日現在)
【売上高】
連結:321億89百万円
単独:232億04百万円
(2017年12月期)
【営業利益】
連結: 25億27百万円
単独:18億84百万円
(2017年12月期)
【純利益】
連結:19億04百万円
単独:15億28百万円
(2017年12月期)
【純資産】
連結:245億82百万円
単独:211億26百万円
(2017年12月期)
【総資産】
連結:420億65百万円
単独:356億99百万円
(2017年12月期)
【従業員数】
単体: 435人 連結:575人(2016年3月26日現在)
【決算期】
12月31日
【主要株主】

損害保険ジャパン日本興亜株式会社 5.38%
株式会社三井住友銀行 3.93%
三菱UFJ信託銀行株式会社 3.88%
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 3.44%
株式会社中国銀行 3.31%
三菱商事株式会社2.45%
株式会社百十四銀行1.35%

株式会社住友商事2.67%
株式会社イトーヨーカ堂2.38%
多木化学社員持株会1.21%
(2014年12月31日現在)
【主要子会社】
関係会社を参照
【外部リンク】
http://www.takichem.co.jp/

多木化学株式会社(たきかがく)は、兵庫県加古川市に本社を持つ、肥料化学品を製造するメーカーで日本肥料アンモニア協会にも参加する。肥料、水処理薬剤の大手メーカーとして知られる。


目次

  • 1 会社概要
  • 2 沿革
  • 3 創業者
  • 4 拠点
  • 5 関係会社
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

会社概要

日本で初めて人造肥料を開発した企業。「しき島」「タキポリン」や「マグホス」といった複合肥料製品は、全国の特約販売店を中心に販売されている。園芸や関連する製品を数多く生産している。土壌改良材でも数多くの製品を持つ。肥料分野では国内大手メーカーの1つであり、日産化学工業三菱化学と共に日本の農業分野の発展に大きく影響を及ぼした。化学品分野では無機系水処理薬剤を得意とし、ポリ塩化アルミニウムPACは世界トップレベルにある。国内シェアは40%で国内最大手である。また加古川市別府付近に広大な土地を所有し、不動産事業の展開も行なっている。

二本のの柄を重ね合わせたマーク(神代鍬)は同社の登録商標であり、農村部では昔ながらのホーロー看板が店の軒先に取り付けられているところも多い。

戦時中の1944年には、住友化学工業と共に、住友精化の設立に参加したことでも知られる(住友精化の主要工場は同社の本拠地に近い加古郡播磨町姫路市に現在も存在する)。本社工場と同住所に住友精化があり、多木化学が土地を譲渡している。その他、能登半島において、人造肥料の原料となる燐鉱の採掘を行なっていた時期もあった。

同社の本社が加古川市にあり、隣の姫路市に蔵を構える壺坂酒造に原料である山田錦を同社の肥料(「しき島6号」と「タキポリン」と「マグホス」使用)で育成したことなどの経緯から、同社の登録商標である二本の鍬をあしらった「神代の鍬」という大吟醸酒が発売されている(「神代の鍬」は下記の外部リンクからのみ通販で購入可能)。

沿革

創業者

初代社長の多木粂次郎は、加古郡別府村で代々農業、醤油醸造業、魚肥商などを家業とする地主の多木勝市郎とシカの3男として安政6年(1859年)に生まれ、20歳で家業を継いだ。当時主要肥料だった鰯粕の高騰により困窮する農家のために明治18年(1885年)に獣骨を使った日本初の蒸製骨粉製造を始め、明治23年(1890年)より骨粉を原料とした過燐酸石灰の化学肥料製造を開始した。当初はその臭いが嫌われて就労者が集まらず、近隣からは廃業・移転を迫られるなど困難を極めたが、農業関係者に無料配布したり農業講話を行なうなど農家の啓蒙活動や販路拡大に尽力するなか、帝国大学農科大学お雇い外国人オスカル・ケルネルがリン酸肥料の効用試験成績を発表したことにより人工肥料の需要が高まり、事業は急成長した。1888年から数年間、前田正名の委託により「播州葡萄園」の経営にも携わった。明治36年(1903年)には、妻うの子との娘ゆき子の夫に、但馬の資産家長島家の出身で帝国農科大卒の三郎(三良)を迎えて養嫡子とし、自社の副社長とした。

村議(明治22年)、県議を経て、明治41年(1908年)には衆議院議員に当選(以降当選6回,政友会)。同年欧州旅行の帰路に満州・朝鮮に立ち寄り、日韓併合以降、朝鮮で農場、鉱山、山林の経営に着手。兵庫県農会長なども務め、農業界への貢献により大正4年(1915年)に藍綬褒章、翌年に紫白綬有功章を受賞。大正7年(1918年)には組織を株式会社にし、敷地面積5万坪、職工1000名を抱える大企業に成長させ、海外にも輸出して肥料王と呼ばれた。同年、『外米管理ニ依ル米価調節ニ関シ農商務大ニ与フルノ書』を上梓。大正9年(1920年)には私立別府中学校を設立(その後兵庫県立農業高等学校の移転先として寄付)。大正11年(1921年)に自社製品輸送用に別府軽便鉄道(現・別府鉄道)を敷設し、播陽銀行の取締役としてその経営にもあたった。昭和14年(1939年)、朝鮮癩予防協会への寄付により紺綬褒章を受勲。昭和14年(1939年)に貴族院議員となり、昭和17年(1942年)に84歳で死去した。日本肥料理事、勲三等。昭和8年(1933年)に迎賓用に建てた西洋館は国の登録有形文化財「多木浜洋館」として保存されている。

拠点

関係会社

脚注

  1. ^ バカマツタケの完全人工栽培に成功 (PDF)”. 多木化学株式会社 (2018年10月4日). 2018年10月13日閲覧。
  2. ^ 多木化が3日連続ストップ高、バカマツタケの人工栽培に成功を引き続き材料視”. 株探ニュース (2018年10月10日). 2018年10月13日閲覧。
  3. ^ 多木久米次郎 たき くめじろうコトバンク
  4. ^ 加古郡別府村 多木久米次郎氏『日本案内. 正巻之中』(開国社, 1919)p651
  5. ^ 兵庫県加古郡別府村 藍綬褒章受章者 多木久米次郞氏『聖代偉績芳鑑』(聖代偉績芳鑑編纂局関西支部, 1919)
  6. ^ 依頼分析制度と化学肥料の登場髙橋周、文京学院大学経営論集. 20(1)、 2010
  7. ^ チンキとケルネル わが国における農芸化学の曙熊沢喜久雄、『肥料化学』第9号、1986
  8. ^ 近代における淡河疏水開発の歴史的意義に関する研究平成21年度土木学会関西支部年次学術講演会
  9. ^ 多木久米次郎君『大正人名辞典』東洋新報社、1917年、p1743
  10. ^ 植民地朝鮮と多木久米次郎 : 朝鮮における事業基盤と参政権問題金玄、海港都市研究, 2009-03 , 神戸大学大学院人文科学研究科海港都市研究センター
  11. ^ 告示 / 文部省 / 第18号 / 私立別府中學校(兵庫縣)設置開校認可官報. 1920年01月22日
  12. ^ あかがね御殿と加古川ぶらり加古川第44号、平成29年1月
  13. ^ 淡河川 ・ 山田川疎水の成立過程旗手勲、ジェトロ、1980年
  14. ^ 褒章官報. 1933年10月23日
  15. ^ 帝國議會 / 貴族院 / - / 議員死去及弔辭 多木久米次郞官報. 1942年03月18日

関連項目

外部リンク

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出典:wikipedia
2018/11/09 20:34

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