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夜行列車とは?

駅に停車中の夜行列車(浜松駅)

夜行列車(やこうれっしゃ)とは、夜間、日付をまたいで運転される列車のことである。略して夜行または、夜汽車と呼ばれることもある。また、夜行列車のうち寝台車を主体とするものは寝台列車と呼ばれる。

多くの夜行列車は、深夜帯には主要駅を除いて旅客扱いを行わないが、深夜発早朝着で運行距離が短い列車では深夜であっても多数の駅で旅客扱いを行うものがある。夜行列車の最大のメリットは、寝ている間に目的地に移動できることにある。

なお、主に大晦日初詣客のために運転される終夜運転については、ここでは述べない。

目次

  • 1 日本
    • 1.1 歴史
      • 1.1.1 衰退
      • 1.1.2 整備新幹線開業の影響
      • 1.1.3 豪華寝台列車の登場
    • 1.2 大手私鉄での夜行列車
    • 1.3 運行中の列車
    • 1.4 廃止された列車の一覧
    • 1.5 使用車両
    • 1.6 車内設備
    • 1.7 おやすみ・おはよう放送
    • 1.8 夜行新幹線の検討
    • 1.9 その他
  • 2 北米の夜行列車
    • 2.1 アメリカ合衆国
    • 2.2 カナダ
  • 3 ヨーロッパの夜行列車
  • 4 アジアの夜行列車
  • 5 アフリカの夜行列車
  • 6 参考文献
  • 7 注釈
  • 8 出典
  • 9 関連項目

日本

歴史

日本では、全国の鉄道網が一通り完成した明治時代中期以降に夜行列車が運行されるようになった。当時の長距離列車は昼夜を問わず走らないと目的地に到着しないものであり、必然的に夜行列車となった。当初は座席車のみによる運転であったが、1900年山陽鉄道(現在の山陽本線などを運営)が日本で初めて寝台車の提供を行った。

大私鉄によって形成されていた鉄道網は1907年にほとんどが国有化され、帝国鉄道庁(のち内閣鉄道院 → 鉄道省運輸通信省鉄道総局運輸省)により様々な夜行列車が運行されるようになった。国有化され官営鉄道となって以降は、軌道車両の改良により速度の向上が図られた。1912年から運行された東京 - 下関間の特別急行列車(列車番号は下りが1列車、上りが2列車)は新橋駅を8時30分に出発し、大阪駅には20時33分、山陽本線内は夜行で走って終点の下関駅には翌朝の9時38分に到着しており、所要時間は25時間8分であった。1・2列車は日本を代表する列車として設定されており、編成は一等展望車1両、一等寝台車1両、二等座席車2両、二等寝台車1両、食堂車荷物車の7両編成であった。この列車は1930年に「富士」と命名され、さらにスピードアップし東京駅を13時ちょうどに発車し下関駅到着が翌朝の8時50分、所要時間は19時間50分となったが、やはり山陽本線区間は夜行であった。

第二次世界大戦前の官営鉄道全盛期であった1937年には、東京 - 下関間の「富士」と、三等座席車主体の「櫻」の2本の特急のほかに4本の急行が設定されており、うち2往復が東海道本線内を、他の2往復が山陽本線内を夜行運転した。また、東京と関西の間には4本の急行が設定されており、そのうち東京 - 神戸間の夜行急行「17,18列車」は一・二等専用で別名「名士列車」と呼ばれていた。これらの戦前の優等列車太平洋戦争が激化した1944年に全廃され、同時に寝台車も運用されなくなった。

終戦後は、1945年11月20日に東京 - 大阪間に夜行急行が復活し、1948年には寝台車の供用が再開された。その後、官営鉄道は1949年に新たに設立された公共企業体である国鉄に引き継がれ、国鉄により日本の復興とともに夜行列車は順次増強されていった。昭和30年代に国鉄旅客局が行った「旅行に昼行と夜行のどちらを選ぶか」という調査では、乗車時間が7時間半から9時間であれば昼行と夜行の利用が拮抗しているが、9時間以上であれば夜行が好まれると言う結果が得られた。当時の東海道本線に当てはめれば、東京 - 大阪間は特急列車を利用しない限り夜行列車のほうが好まれる状況であった。また1957年の国鉄第一次5カ年計画において、「特急列車のうち、昼行は電車またはディーゼルカーを充当し、夜行列車には寝台客車とする」ことが決定した。1956年に急行と同じ形式の座席車と寝台車を寄せ集めて誕生した夜行特急「あさかぜ」の車両は、1958年からこの方針に従って製作された20系客車に変更された。

当時は単線非電化の路線が多く、列車の速度も低かった。例えば1956年11月19日のダイヤでは、鹿児島行きの急行「さつま」が東京駅を21時45分に出発し、鹿児島駅に到着するのは翌々日の朝5時46分、運転時間は約32時間であった。

これら九州行きの列車も含めて東海道本線には夜行列車が増加し、高度経済成長期の真っただ中かつ東海道新幹線が開通する直前の1963年から1964年9月にかけてが夜行列車の本数のピークとなった。1964年9月当時、東京駅を発車する東海道本線の夜行列車の本数は、当時の時刻表によれば以下の通りであった。

当時、東京駅では19時50分から22時10分にかけて、10分毎に夜行列車が発車した。このほか、東海道本線を昼間走り山陽本線を夜行で行く九州行の客車急行も4往復あった。

その後、京阪神を目的地とした夜行列車は東海道新幹線の営業開始とともに急激に減少し、昼行の直通列車が終了した1968年10月のダイヤ改正「ヨンサントオ」では、寝台列車の急行2往復と普通1往復にまで減少した。1972年3月に山陽新幹線岡山駅まで開業したが、岡山以西の山陽本線を走る夜行列車は特急列車が定期列車19往復と季節列車1往復、急行列車が定期列車11往復と季節列車6往復という大勢力であった。1975年3月の山陽新幹線博多延伸開業時には岡山以西で夜行特急列車が定期列車14往復と季節列車1往復、急行列車が定期列車のみ4往復に減少している。

1960年代後半(昭和40年代)以降は電化や線路・車両改良などによる更なる高速化が図られ、長距離列車の運転時間は長くとも28時間程度に抑えられ、車中1泊の行程で運行する列車のみになった。まだこの頃までは移動手段としては鉄道利用が一般的であったため、ブルートレインと呼ばれた寝台列車は高い人気を誇った。

ただ、1970年代後半(昭和50年代)から1980年代にかけては、東北新幹線上越新幹線の開業による新幹線網の拡充で移動時間が更に短縮されたこと以外に、国内航空路線の拡充と航空運賃の自由化により以前と比べ飛行機が利用しやすくなったこと、高速道路網の整備により鉄道より安価な夜行バスが台頭したことなどもあり、夜行列車の利用は低迷するようになった。特に寝台列車は別途で寝台料金が必要なため割高な料金設定や、相次ぐ国鉄の運賃値上げ、車両の老朽化・陳腐化もあって次第に敬遠されるようになり、乗車率の伸び悩みで削減や臨時列車化、または廃止が相次いだ。1979年には当時の運輸大臣であった森山欽司が「国鉄の財政改善のため、非効率な夜行列車は廃止すべき」と表明し、議論を呼んだことがあった。

なお、1980年代前半までは主要幹線で夜行普通列車も多く運転されており、寝台車が連結された列車もあり、並行する優等列車を補完する役目を担っていた。

夜行の急行列車・普通列車の重要な使命としては、新聞(特に朝刊)輸送があった。通信手段が未発達だった当時、都心で印刷された新聞は荷物車により輸送され、未明の各駅に降ろされ、直ちに新聞販売店を経て、各家庭に配達された。また郵便物についても郵便車による輸送が行われた。現在この輸送は、トラック・航空貨物に取って代わられた。

このほか、中学校高校修学旅行においても夜行列車や寝台列車が利用されるケースが多々あったが、新幹線の延伸・高速化、昼行特急列車の利用に伴う昼間移動への移行、観光バスによるバス移動、1990年代以降に公立学校においても航空機の利用が解禁されたことによる空路利用への転移、海外や沖縄への修学旅行の増加などの理由により、同年代以降は、修学旅行に夜行列車・寝台列車が利用されることはよほどの行程上の事情がない限りなくなっている。同様に、阪神甲子園球場で開催される高校野球全国大会出場校の応援団もかつては「甲子園臨」と呼ばれた専用列車を利用して夜通し駆けつけるケースが多かったが、これらも現状は貸切バスや航空機、新幹線などでの移動に切り替えられている。

衰退

1990年代から2000年代にかけて、夜行列車は相次いで廃止され、急速に淘汰されていった。その一方で、「北斗星」や「カシオペア」、「トワイライトエクスプレス」といった本州北海道とを結んだ寝台列車のように食堂車でのフルコースディナー等のサービス提供を行う列車や、東京 - 四国・山陰を結ぶ「サンライズ瀬戸出雲」のように個室寝台を基本として快適性を高めた列車など、乗車自体を鉄道旅行の目的とする列車が人気を博した。しかし、「サンライズ瀬戸・出雲」以外の列車は車両の老朽化、北海道新幹線開業後は青函トンネル利用時の専用機関車を新造しないことなどを理由に臨時列車化ないしは廃止されることが報道された。結局、「トワイライトエクスプレス」は札幌2015年3月12日発をもって廃止、「北斗星」は臨時列車化のち青函トンネルの新幹線対応工事に伴い札幌2015年8月22日発をもって廃止、「カシオペア」も札幌2016年3月20日発をもって廃止となった。

整備新幹線開業の影響

新幹線のうち地方への整備新幹線の開業により、並行在来線はJRから経営が切り離されて第三セクター鉄道会社へ移管され、夜行列車の廃止が相次いだ。西鹿児島駅まで運行されていた「なは」は、九州新幹線開業に際して転換された肥薩おれんじ鉄道に乗り入れを行わず、熊本駅までに運行短縮し、さらにその4年後には廃止された。上野駅と青森駅東北本線経由で結んでいた「はくつる」も、東北新幹線盛岡 - 八戸間開業時の2002年11月に廃止されている。この際に経営分離されたIGRいわて銀河鉄道青い森鉄道には「北斗星」「カシオペア」が夜行(準)定期列車として乗り入れていたが、それぞれ2015年、2016年に廃止された。「能登」は北陸新幹線(高崎 - 長野間)先行開業時に並行在来線が横川 - 軽井沢間で第三セクターに移管することなく廃線されたために上越線経由に変更されている。このほか、「トワイライトエクスプレス」は北陸新幹線開業に際して移管する第三セクターに乗り入れることなく廃止された。九州内の周遊列車である「ななつ星in九州」は2013年10月の運転開始時は、第三セクターの肥薩おれんじ鉄道線を避けて肥薩線経由での運行となった。

豪華寝台列車の登場

2010年代に入ると、JR九州2013年10月15日から、九州を周遊する豪華寝台列車「ななつ星in九州」の運行を開始した。この「ななつ星in九州」は、九州を周遊する観光旅行を豪華寝台列車による移動で楽しむというコンセプトに基づく旅行商品(パッケージツアー)のため時刻表への記載はなく、費用も「運賃 + 料金」ではなく全てがパッケージされた「旅行代金」である。この豪華寝台列車の登場と成功は大きなインパクトを与え、後にJR東日本JR西日本も同コンセプトの列車・車両(JR東日本は「TRAIN SUITE 四季島」、JR西日本は「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」)を開発、製造することになり、それぞれ2017年より運行を開始した。3列車とも費用は高額ながら人気は高く、希望者多数のため抽選となっている。

ジョイフルトレイン」も参照

大手私鉄での夜行列車

2018年現在では東武鉄道西武鉄道臨時列車に限り夜行列車を運転している。いずれも首都圏外縁部周辺の観光地へ向けて東京都区部横浜市内を前夜に出発し、翌日未明に星空を観賞したり、早朝から観光したりできるように設定されている。行き先は、西武鉄道が秩父地方、東武鉄道は日光尾瀬会津地方である(発着駅は相互直通運転の他社区間を含む。詳細は東武鉄道夜行列車を参照)。

西武鉄道では1973年までは夜行列車「こぶし」がレッドアロー車両を使用して休前日に限り定期運転されていた。その後、西武鉄道の夜行列車は臨時列車に限り2015年8月に再開した。

なお、東武・西武ともに、夜通し運転せず未明に到着するため、厳密には夜行列車の範疇ではないが、両社の公式ホームページで発表される臨時列車の案内や系列旅行会社による募集広告では「夜行列車」と称している。

そのほか、他の鉄道事業者に乗り入れての夜行運転では、南海電気鉄道南海本線国鉄紀勢本線を直通する難波駅 - 新宮駅間の客車夜行列車(南海本線内は電車が牽引し、料金不要の特急扱い。和歌山駅以南は天王寺駅発着の夜行普通列車と併結)が、1951年4月6日から1972年3月14日まで運行されていた。

運行中の列車

ブルートレイン (日本)」および「ムーンライト (列車)」も参照

2019年現在、日本で運行されている夜行列車は下表のとおりである。

日本における運行中の夜行列車
列車名 列車種別 運行区間 運行事業者 備考
サンライズ瀬戸 | [特] | 東京 - 岡山 - 高松 | JR | 東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ出雲」と併結運転。
サンライズ出雲 | [特] | 東京 - 岡山 - 出雲市 | JR | 東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ瀬戸」と併結運転。
ムーンライトながら | [快][臨] | 東京 - 大垣 | JR | 
谷川岳山開き | [快][臨] | 上野 - 土合 | JR | 下りのみ(折返し上り同列車は昼行)。
諏訪湖花火大会号 | [快][臨] | 新宿 - 上諏訪 | JR | 上りのみ。
スターライト舞浜号 | [団][臨] | 舞浜 - 新潟 | JR | 
舞浜ドリーム号 | [団][臨] | 舞浜 - 弘前 | JR | 
カシオペア紀行 | [団][臨] | 上野駅盛岡駅青森駅発着 | JR | 
TRAIN SUITE 四季島 | [団][臨] | 上野駅で乗降のみ | JR | 
TWILIGHT EXPRESS 瑞風 | [団][臨] | 京都駅・大阪駅・下関駅発着 | JR | 
WEST EXPRESS 銀河 |  |  | JR | 2020年春より運行開始予定。
ななつ星in九州 | [団][臨] | 博多駅で乗降のみ | JR | 
尾瀬夜行 | [特][団][臨] | 浅草 - 会津高原尾瀬口 | 東武鉄道 | 
スノーパル | [特][団][臨] | 浅草 - 会津高原尾瀬口 | 東武鉄道 | 
日光夜行 | [特][団][臨] | 新宿・浅草 - 東武日光 | 東武鉄道 | 
秩父夜行 | [特][団][臨] | 池袋 - 西武秩父 | 西武鉄道 | ツアー形式の臨時列車として年間数回程度運転。
表中各記号は[特]:特急、[快]:快速、[臨]:臨時列車、[団]:団体専用列車

TRAIN SUITE 四季島」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」「ななつ星in九州」は周回列車であり、移動手段としての従来の夜行列車とは性格が異なる。

廃止された列車の一覧

五十音順。列車愛称のないもの・イベント列車に類するものは除く。一覧中各記号は[特]:特急、[急]:急行、[快]:快速、[普]:普通、[臨]:臨時列車、[団]:団体専用列車

廃止された列車
廃止発表はされていないが、現在運行されていない夜行列車。

使用車両

かつては機関車は夜行列車牽引の主力であったが、電車化や廃止などによって使用される機会は激減している。特に近年では、「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」の廃止などで機関車の稼働率は極端に低くなっている。国鉄分割民営化後に新車を投入した列車は、E26系を用いた「カシオペア」だけで、電車も、285系の「サンライズ出雲・瀬戸」のみとなっている。また、客車の多くは国鉄時代の1970年 - 80年代に製造されたもので老朽化が進んでいる。牽引する機関車についても「カシオペア」や「北斗星」を牽引するJR東日本所有のEF81形電気機関車が2010年夏以降EF510形電気機関車へ置き換えられたものの、他社では昼行客車列車自体の減少・消滅も相まって機関車の新型車両へ置き換えは進んでいない。例えば、「カシオペア」や青森駅 - 札幌駅間の運行となる「はまなす」の場合、青函トンネルを含む青森駅以北の運行を受け持つJR北海道では、旧国鉄から引き継いだDD51形ディーゼル機関車や、青函トンネルを含む津軽海峡線対応仕様として旧国鉄が改修したED79形電気機関車が牽引をしていた。

かつては、気動車列車による運行もあり、旧国鉄時代には昼行列車との運用の兼ね合いで行われた事例もあったものの、定期特急列車の事例はなかった。JR北海道では自社管内運行していた客車夜行列車について、1991年より急行用気動車のキハ400形・キハ480形気動車に、1992年より特急用気動車のキハ183系気動車にそれぞれ1 - 2両14系寝台車を連結して運行していた。これらの列車は2008年までに全て運行を終了している。

ただ2010年代に入り、「ななつ星in九州」「四季島」「瑞風」といったクルーズトレインの投入に伴い、車両の新造が少数ながら行われている。「ななつ星」では専用の77系客車・DF200形ディーゼル機関車が2013年に新造されたほか、「四季島」では通称「E001形」と呼ばれるハイブリッド車両、「瑞風」では87系寝台気動車が新造された。

車内設備

車内設備は、個室寝台の充実や女性専用車連結により、プライバシーへの配慮を図るなど質的改善が図られている。「はまなす」の普通車座席指定席として設定されている「ドリームカー」では、グリーン車に匹敵する設備をグリーン料金を徴収せず普通車扱いで安価に提供するサービスが行われている。廃止されたものの、2008年3月14日まで運行された「あかつき」には車内に3列にならべた「レガートシート」や定期運行開始時の「ムーンライト」(のちの「ムーンライトえちご」)のグリーン車のシート部品を流用したシート、そしてムーンライト九州にはリクライニング角度が非常に大きいシートなどがあった。

また、横臥できる設備を寝台料金を徴収せずに提供し、普通車扱いで運賃+指定席特急料金(あるいは急行料金+座席券)のみとする例も現れている。この場合、所要時間では飛行機・新幹線・昼行特急列車に及ばないものの、運賃+料金面でほぼ同等であり、唯一夜行路線バスやツアーバスには価格優位性で劣るものの、「鉄道として定時性が高く、夜間の就寝時間(非活動時間)を移動時間として有効活用できる」という点は活かされる。

なお、寝台車が連結される普通(快速)列車もあったが、1985年(昭和60年)までに全廃された。

おやすみ・おはよう放送

夜行列車は、深夜 - 未明の一般人の就寝時間をまたいで運転するため、概ね21時台から翌朝の6時台前半まで(列車により異なる)は就寝の妨げにならないよう、車内放送を事故や遅れなど特別な理由がない限り基本的に行わないようにしている。このため、車内放送休止前の放送を「おやすみ放送」、夜が明けて車内放送が再開される時の放送を「おはよう放送」と呼ぶことがある。

夜行新幹線の検討

新幹線計画段階では夜行新幹線も検討されており、夜間運行の際は片側1線を日によって交互に単線で運用して残りの1線は保守点検作業を行う計画であった。山陽新幹線では、夜間の単線運行で上下列車を離合させるための待避線として姫路駅の下り線に13番ホームが追加され、予備の待避駅として西明石駅 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2019/08/25 16:21

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