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大平透とは?

おおひら とおる
大平 透
【プロフィール】

【本名】
同じ
【性別】
男性
【出生地】
日本東京府荏原郡蒲田町
(後の東京市蒲田区、現:東京都大田区)
【死没地】
日本
【生年月日】
(1929-09-24) 1929年9月24日
【没年月日】
(2016-04-12) 2016年4月12日(86歳没)
【血液型】
O型
【身長】
180 cm
【職業】
声優俳優ナレーター
【事務所】
大平プロダクション
81プロデュース(最終所属)
【配偶者】
あり(2000年死別)

【声優活動】

【活動期間】
1963年 - 2015年
【ジャンル】
アニメゲーム吹き替えナレーション
【俳優活動】

【活動期間】
1952年 - 2015年
【ジャンル】
テレビドラマ映画

大平 透(おおひら とおる、1929年昭和4年〉9月24日 - 2016年平成28年〉4月12日)は、日本声優俳優ナレーターアナウンサー大平プロダクション代表。日本俳優連合副理事長。最後は81プロデュースに所属していた。

東京府荏原郡蒲田町(後の東京市蒲田区、現・東京都大田区)出身。血液型はO型。身長180cm。

目次

  • 1 生涯
  • 2 人物
    • 2.1 特色
  • 3 後任・代役
  • 4 出演作品
    • 4.1 テレビドラマ
    • 4.2 映画
    • 4.3 テレビアニメ
    • 4.4 OVA
    • 4.5 劇場アニメ
    • 4.6 ゲーム
    • 4.7 吹き替え
      • 4.7.1 俳優
      • 4.7.2 海外映画
      • 4.7.3 海外ドラマ
      • 4.7.4 海外アニメ
    • 4.8 特撮
    • 4.9 ラジオ
    • 4.10 レコード
    • 4.11 CD
    • 4.12 バラエティ
    • 4.13 CM
    • 4.14 その他
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 参考文献
  • 7 外部リンク

生涯

父の仕事の関係から生後8か月でインドネシアに移住し、5歳までジャワ島バンドンで過ごす。帰国後は蒲田区で過ごしたが、住んでいた家屋が防火帯工事に伴う立ち退き対象にされたため、これを契機に疎開を兼ねて四国などに移り住む。

終戦後は東京に戻り、東京都立城南高等学校を経て明治大学政治経済学部に入学し、明治大学硬式野球部で活躍するが、肺結核に罹患したため、3年間休学を余儀なくされる。病も癒えて復学しようと考えていたところ、父の勧めでラジオ番組専属アナウンサーのオーディションを受けて合格。

大学を中途退学し、1952年「ルーテル・アワー(日本ルーテル・アワー)」専属アナウンサーでデビュー、夜学に転籍して仕事しながら卒業した。フリーアナウンサーを経て、1954年ニッポン放送開局と同時にフリーのアナウンサー・制作プロデューサー・ディレクターとして、週2本のドキュメンタリーを制作していた。1955年のラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)開局と同時にTBS劇団へ入団し、フライシャー・スタジオ制作短編アニメシリーズ『スーパーマン』を再編集した『まんが・スーパーマン』で日本のテレビ史上初の日本語吹き替えを行う。翌年1956年には実写版テレビシリーズ『スーパーマン』で主演のジョージ・リーヴスの吹き替えを担当。1958年にTBSが劇団を解散したため、フリーとなる。

1963年大平プロダクションを設立。1982年に大平透声優ゼミナールを開校し、後進の指導にあたっていた。

2000年8月26日、妻と死別。

2007年3月3日、第1回声優アワード功労賞を受賞。

2008年5月4日、『ザ・シンプソンズMOVIE』のDVD発売と吹き替え復帰をリクエストしてくれたファンに感謝して「シンプソンズファン感謝祭」を主催。これをきっかけに『ザ・シンプソンズ』のDVDが発売されるとファンと声優でシンプソンズファン感謝祭を開催するようになり、2013年までに5回開催されていた。

2000年代に入り、ナレーションやディズニーキャラクターピート、『ザ・シンプソンズ』の主役ホーマー・シンプソンの吹き替えなどを中心に声優活動を継続していた。

2013年3月2日、第7回声優アワードで森功至小原乃梨子岡本茉利と共に「シナジー賞(タツノコプロ50周年)」を受賞。3月23日、24日に開催された「東京国際アニメフェア2013」では第9回功労賞を受賞。

2014年11月1日付けで81プロデュースに所属するが、2015年12月には病院でリハビリに入ったため、一部の役には代役が立てられた。

2016年4月12日肺炎で死去。86歳没。同年6月20日には、パレスホテル東京で偲ぶ献花式が執り行われた。

人物

大橋巨泉とは50年来の大の親友であった。大平の逝去からちょうど3か月後に巨泉は世を去っている。弟子に安富史郎浜田健作らがいる。

身長180cmと昭和一桁生まれの中では大柄であり、アテレコ黎明期、生放送で狭いスタジオの中で一つのマイクを何人もの声優が奪い合っての収録という環境において、比較的小柄な納谷悟朗は、スタジオに大平がいると「邪魔っけでしょうがなかった」と冗談混じりにインタビューで語っていたこともある。また、大平自身は多くの声優にそう思われていた当時を振り返って、「でも私が主役だったからねえ」とこれまた冗談混じりに語っている。

ラジオ出身ということもあり「声優」という呼称は抵抗なく用いていた。反面、声優業に強いプライドを持ち、芸能人が声優業をすることには批判的であった。

演技に対しては厳しく、中堅どころの声優が手を抜いた演技をしていたら叱りつけていたという。手を抜いた人には「お前、さっき手を抜いただろ」と怒り、「俺は喪黒福造の調子でしかしゃべれないんだから、お前ら脇を固めるやつらがフルスイングしてくれなきゃ、いい番組にならないだろう」と言ったという。また、ランチタイムの時にビールを飲んでいた者に対しては直接怒らず、プロデューサーに「午後に仕事を控えてを飲むヤツとは一緒に仕事したくないから、そいつを下ろすか、俺を下ろすか決めてくれ」と話したという。本人いわく「意地悪じゃなくてね、そういう“適当にやっている姿勢”が嫌なんです。私の弟子には、絶対そういう中堅にならないように指導していますけどね」とのこと。

特色

アニメでは主役から悪役や老人役、コメディーリリーフなど幅広い役柄を担当している。

演じる役によって声の音域を変えているが、一番地声に近いのは『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造だという。

1955年、『まんが・スーパーマン』で日本のテレビ史上初の日本語吹き替えを行う。当初は録音をせずに生放送の生吹き替えで1人5役(スーパーマンの恋人ロイス・レーンを含む)を演じ分けていた。これが大ヒットし、翌年1956年には実写版テレビシリーズ『スーパーマン』で主演のジョージ・リーヴスの吹替えを務めた(最高視聴率74.2%)。放送当時の人気は非常に高く、大平の名を一躍全国区に高めた。また番組宣伝ではリーヴス並みの大柄な体躯を買われ、自らスーパーマンの衣装を身につけて貢献している。また、1978年の映画版『スーパーマン』のテレビ朝日版にも大平は出演し、スーパーマンの父親ジョー・エル(マーロン・ブランド)の吹き替えを担当した。

日本では大平=スーパーマンのイメージが強い。地方でもスーパーマンだと指さされることが多く、リーヴスが死去した際にはファンから大平のもとに弔電が送られてきたこともあったという。『スーパーマン』の再放送時に再アフレコを依頼された際には、「スーパーマンで一生を終えたくない」としてこれを断ったが、小林清志が演じた再放送や広川太一郎が演じた『スーパーマンの新冒険』も大平が演じていたと誤解されることもあった。

声優デビューにより、日本ルーテル・アワーの専属アナウンサーではなくなった後も「ルーテルアワー」や「この人を見よ」などに引き続き出演したほか、ラジオのキリスト教伝道番組「心の友」や太平洋放送協会製作の「特別番組・メリークリスマス」と言うテレビ伝道番組にも出演している。

海外テレビシリーズでは「スパイ大作戦」(1967年 - 1973年、フジテレビ系)の番組プロローグに登場する「指令の声(演:ボブ・ジョンソン)」の吹き替えでも知られる。

デビューからしばらくは低音で演じる役柄が多かったが、ハンナ・バーベラ・プロダクション制作の『恐妻天国』(1961年フジテレビ)で主人公・フレッドの「情けない感じ」を出すために高い声色を使って演じたところ、たまたまそれを観ていた広告代理店読売広告社の当時の常務が『おらぁグズラだど』(1967年)の製作にあたり「絶対にグズラは大平透だ」と推薦し、グズラ役に抜擢される。以来、『ハクション大魔王』(1969年)ほか読売広告社/タツノコプロ制作のアニメ作品に数多く出演するきっかけとなった。特に『ハクション大魔王』からは、フジテレビ系列日曜夕方6時台枠のアニメに放映された全てのタツノコアニメにレギュラー出演。『未来警察ウラシマン』(1983年)途中での放送枠変更を挟んで、『よろしくメカドック』(1984年)まで連続して出演している。また『カバトット』(1971年)、『かいけつタマゴン』(1972年)では「台詞なしで声の表情だけで演じるギャグアニメ」という制約の中、主役を演じ切っている。現場での信頼も厚く、タツノコ作品の収録では「座長」と呼ばれ、共演者のまとめ役的役割を果たした。『科学忍者隊ガッチャマン』(1972年)では、番組後半にささきいさお演じるコンドルのジョーを中心とするストーリー展開となったために、主演である大鷲の健を演じる森功至が憤慨し降板を申し出て現場を騒然とさせたため、「自分の都合で番組をやっているのではない」と森を説得し、現場の混乱を収めたこともある。タツノコプロとは仕事以外でも親交があり、自身が支援していた北海道の障害者団体の児童のために、タツノコプロ創設者である吉田竜夫の夫人を介して、タツノコ作品の上映会を開催している。また、上記のような経緯から読売広告社との関係も親密で「読広の社外取締役」とも言われた。

1970年から2001年まで毎日放送 - NET系(1975年4月からはTBS系)で土曜日の朝に放送されたワイドショー『八木治郎ショー』⇒『八木治郎ショー・いい朝8時』⇒『すてきな出逢い いい朝8時』では、1994年まで番組筆頭スポンサーだった田辺製薬(現:田辺三菱製薬)の生コマーシャルを担当した。

特撮ヒーロー番組ではピー・プロダクション制作の作品に関わりが深い。『マグマ大使』(1966年)では、当初は宇宙の帝王ゴアの声だけを担当する予定だったが、「表情の動かないぬいぐるみの動きと吹き替えのタイミングが合わせづらい」と、自ら申し出てゴアの着ぐるみを着け、これを演じている。着ぐるみでの演技は大量の汗をかくため、自宅の家政婦を連れて来て冷却や汗ふきを行っていた。『俺は透明人間!』(1970年)では俳優として第1話にギャング団のボス役でゲスト出演、『スペクトルマン』(1971年)では主人公が所属する組織「公害Gメン⇒怪獣Gメン」のリーダー・倉田室長役でレギュラー出演している。『スペクトルマン』では、自身の行きつけのブティックとタイアップして他のレギュラー出演者のスーツを用意していた。

東映作品には、『スパイキャッチャーJ3』(1965年)から出演。「スーパー戦隊シリーズ」では『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年)の第15話より参加。以後、『科学戦隊ダイナマン』(1983年)までの7作品、および『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(1992年)のナレーターを担当した。ダイナマンでは、編成上の都合から第10話より放送時間が短縮され、番組予告もそのあおりを受けたがアドリブを随所に入れ、時間的な制約をカバーした。ナレーションの際には、台本を読んで作品の状況を把握してから、監督と相談して作品の情景にあわせてナレーションするように心掛けていたという。ナレーター以外では『超力戦隊オーレンジャー』(1995年)で敵組織の首領・皇帝バッカスフンドの声を担当している。また、『メタルヒーローシリーズ』では『宇宙刑事シャイダー』(1984年)から参加、『超人機メタルダー』(1987年)以外の、『機動刑事ジバン』(1989年)までの5作品のナレーターを担当した。『宇宙刑事シャイダー』で主演を務めた円谷浩は、後年『THEウルトラ伝説』という円谷プロの集大成・再編集ビデオで初めてナレーターを担当した際、『シャイダー』のナレーターだった大平の語りが強く印象に残っているといい、「あれは凄いよね」と敬意を払っていた。

洋画作品では、テリー・サバラスの吹き替えを多く演じている。サバラス主演のテレビシリーズ『刑事コジャック』(1975年 - 1979年、TBS系)は当初、大平が吹替える予定だったが、当時の演出担当ディレクターが「吹き替えのためには、声優もオリジナル俳優と同じ格好で生活してリアリティを出すべきだ」と主張し、大平に対して丸坊主になるよう要求したが、大平がこれを拒否して降板。結局、森山周一郎が吹替えることになった。

スター・ウォーズ・シリーズ』では旧三部作でダース・ベイダーの声を担当、新三部作エピソード3『シスの復讐』(2005年)でも引き続き声を担当した。これは監督であるジョージ・ルーカスが、日本語吹替え版の大平の声を気に入り直々に指名したものだという。シリーズを通して、旧シリーズと新シリーズの両方で同一キャラクターを吹き替えを担当したのは大平のみである。また、旧三部作のテレビ放映や劇場公開など独自の日本語吹替版を含めると、ヨーダ役の永井一郎も挙げられるため2人目となる。

後任・代役

入院で降板した後や死去後の後任・代役は以下の通り。

出演作品

太字はメインキャラクター。

テレビドラマ

映画

テレビアニメ

1963年

1965年

1967年

1968年

1969年

1970年

1971年

1972年

1974年

1976年

1977年

1978年

1979年

1980年

1981年

1983年

1984年

1988年

1989年

1991年

1992年

1999年

2000年

2001年

2004年

2005年

2006年

2008年

2009年

OVA

1992年

2010年

2012年

劇場アニメ

1961年

1978年

1980年

1989年

2001年

2004年

ゲーム

1993年

2001年

2002年

2005年

2008年

2009年

2010年

2012年

2013年

2014年

吹き替え

俳優

出典:wikipedia
2018/08/17 03:03

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