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大府市とは?

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おおぶし
大府市
あいち健康の森公園

 | 
大府市旗 | 大府市章
1958年10月1日制定

【国】
日本
【地方】
中部地方東海地方
【都道府県】
愛知県
市町村コード
23223-8
法人番号
5000020232238
【面積】
33.66km

【総人口】
92,254[編集]
(推計人口、2020年1月1日)
人口密度
2,741人/km
【隣接自治体】
名古屋市東海市豊明市刈谷市知多郡東浦町
【市の木】
クロガネモチ(Holly)
【市の花】
クチナシ(Gardenia)
-
大府市役所

【市長】
岡村秀人
【所在地】
474-0025
愛知県大府市中央町五丁目70番地
北緯35度0分42秒東経136度57分49.8秒座標: 北緯35度0分42秒 東経136度57分49.8秒

【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト
新池と大府市中心市街
大府駅前通

大府市(おおぶし)は、愛知県西部、知多半島の付け根に位置する。市南部には健康・医療・福祉・介護関連の機関が集中するウェルネスバレーを擁する。自動車産業が盛んな工業都市。丘陵部では愛知用水を利用した近郊農業が行われる。

地理

麓の大倉公園と頂の桃山公園とを結ぶ坂道(ガンジ山)
大府市中心部周辺の空中写真。
1987年撮影の6枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

知多半島の市町では阿久比町と共に海に面していない。

市域の大部分は新第三紀鮮新世に形成されたなだらかな丘陵である。これらの丘陵部では古代から中世にかけて陶業が発達し、現在までにおよそ100の古窯址が発見されているほか、近世までに建造されたとされる農業用の溜池が数多く存在する。また戦後における愛知用水の開通により、現在までにその大部分が急激に園芸用地や住宅地へと変貌を遂げた。

市の東部を境川が南北に、市のほぼ中央部を鞍流瀬川が東西に流れ、小規模な沖積平野を形成している。これらの沖積平野の大部分は、江戸時代に行われた衣ヶ浦の干拓によって生まれた土地である。つまり中世までは、この地は衣ヶ浦最奥部の西岸に位置していたのである。現在大府市が知多地域に分類されるのはこのためである。特に北崎町内には近崎(ちがさき)という地名が残っているが、これは当時の近崎付近が衣ヶ浦に面した岬であり、辺り一面には茅(ちがや)が生い茂っていたことに由来する。また近崎は、亀崎(現半田市内)・鳶ヶ崎(現知多郡南知多町内)と並んで「知多三崎」とも称された。因みに衣ヶ浦干拓によって延長された境川は、やがて上流からの土砂の堆積によって川底が周囲の土地よりも高い天井川となったため、同じく江戸時代には農業用水の排水のために五ヶ村川が開削され、境川に流入する河川とは樋門によって立体交差している。現在これらの沖積平野部の大部分は水田用地で、一部は工業用地や住宅地としても開発が進んでいる。また1959年伊勢湾台風2000年東海豪雨の際には沖積平野の大部分が冠水し、甚大な被害をもたらした。

また古来より名古屋市、西三河、知多地域の3地域からの交通の要衝として発達してきた。かつては大浜街道が市域を南北に縦断したほか、現在では国道155号・366号、県道57号などの主要道が市内を横断し、北部には伊勢湾岸自動車道、国道23号が東西に走り、西部には知多半島道路が南北に走っている。また鞍流瀬川に沿ってJR東海道本線が走り、大府駅からは武豊線を分岐する。
市の玄関口である大府駅東側は、1969年から区画整理を進めて駅前ロータリーや道路を整備し、大型商業施設「オスカ」や1991年に90店あった大府中央通商店街などが買い物客でにぎわっていたが、マイカー社会の進展で郊外型商業施設の立地が進んで客足が減少し、 衰退した。市街地は大府駅と共和駅を中心に発展している。

地形

山地

主な山・丘陵
  • 井田山
  • 上の山
  • ガンジ山
  • 観音寺山(市最高峰、74.5m)
  • 狐山
  • 木の山
  • 座頭泣かせ山
  • 高根山
  • 遠山
  • 長根山
  • 名高山
  • 羽根山
  • 柊山
  • 横根山

河川

境川水系
大田川水系
  • 上野新川
天白川水系
その他

湖沼

丘陵部には溜池が多く、近年は公園としての整備も進んでいる。なお、ここでは上池と下池を合わせて表記する。

主な池
  • 荒池(共和町)
  • 茨池(北崎町)
  • 杁口池(長草町)
  • 午池(横根町)
  • 大池(梶田町)
  • 奥池(桜木町)
  • 御城池(神田町)
  • 海陸兵池(半月町)
  • 上釜池、下釜池(梶田町)
  • 籠池(長草町)
  • 上鴨池、下鴨池(桃山町)
  • 上池(北崎町)
  • 神様池(宮内町)
  • 上宮池、下宮池(明成町)
  • 亀池(長草町)
  • 川池(若草町)
  • 北崎大池、星名池(北崎町)
  • 口無大池(共和町)
  • 源竹池(長草町)
  • 権兵衛池(長草町)
  • 白魦池(長草町)
  • 新池(若草町)
  • 宝池(横根町)
  • 立会池(大府町)
  • 辰池、源ヶ池(神田町)
  • トチネ池(追分町)
  • 鳥池(明成町)
  • 長草大池(長草町)
  • 二ツ池 - 増田池、平戸池(横根町)
  • 横根大池(横根町)

地域

【町名】
【読み方】
【発足日】
備考
朝日町 | あさひちょう | 1986年2月10日
(大府町の一部より成立) | 
馬池町 | うまいけちょう | 1995年9月30日
(吉田町などの一部より成立) | 
江端町 | えばたちょう | 1991年12月14日
(大府町の一部より成立) | 
追分町 | おいわけちょう | 1978年12月11日
(共和町の一部より成立) | 
大府町 | おおぶまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字大府。
梶田町 | かじたちょう | 1980年2月12日
(共和町・長根町の各一部より成立) | 
神田町 | かんだちょう | 1999年9月25日
(北崎町などの一部より成立) | 
北崎町 | きたさきちょう | 1999年9月25日
(北崎町の一部より成立) | 
北崎町 | きたさきまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字北崎。
北山町 | きたやまちょう | 1987年2月11日
(共和町・長根町の各一部より成立) | 
共栄町 | きょうえいちょう | 1977年2月14日
(共和町の一部より成立) | 
共西町 | きょうせいちょう | 1988年2月15日
(共和町・長草町の各一部より成立) | 
共和町 | きょうわちょう | 1975年4月1日
(共和町の一部より成立) | 
共和町 | きょうわまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字共和。
米田町 | こめだちょう | 1994年10月30日
(吉田町の一部より成立) | 
桜木町 | さくらぎちょう | 1994年1月22日
(吉田町の一部より成立) | 
高丘町 | たかおかちょう | 1994年10月8日
(吉田町の一部より成立) | 
大東町 | だいとうちょう | 1993年1月23日
(大府町などの一部より成立) | 
中央町 | ちゅうおうちょう | 1982年2月1日
(大府町の一部より成立) | 
月見町 | つきみちょう | 1990年1月22日
(大府町などの一部より成立) | 
東新町 | とうしんちょう | 1978年2月13日
(共和町の一部より成立) | 
長草町 | ながくさまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字長草。
長根町 | ながねちょう | 1989年1月30日
(大府町・共和町などの一部より成立) | 
半月町 | はんつきちょう | 2002年9月28日
(吉田町・森岡町などの一部より成立) | 
柊山町 | ひいらぎやまちょう | 2007年11月10日
(長草町などの一部より成立) | 
一屋町 | ひとつやちょう | 2011年10月8日
(共和町・大府町・森岡町・桃山町・追分町の各一部より成立) | 
宮内町 | みやうちちょう | 1997年9月27日
(吉田町の一部より成立) | 
明成町 | めいせいちょう | 1992年1月27日
(長草町・共和町などの一部より成立) | 
桃山町 | ももやまちょう | 1973年8月11日
(大府町・共和町の各一部より成立) | 
森岡町 | もりおかちょう | 2002年9月28日
(森岡町などの一部より成立) | 
森岡町 | もりおかまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字森岡。
横根町 | よこねまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字横根。
吉川町 | よしかわちょう | 1995年9月30日
(吉田町の一部より成立) | 
吉田町 | よしだちょう | 1997年9月27日
(吉田町の一部より成立) | 
吉田町 | よしだまち | 1970年9月1日
(市制施行と同時に成立) | 大府町時代は大字吉田。
若草町 | わかくさちょう | 1991年1月14日
(大府町などの一部より成立) | 

人口

2015年度国勢調査によれば、総人口は89,157人であった。昼間人口89,828人で、昼夜間人口比率は100.8%となっている。


大府市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 大府市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大府市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性


大府市(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

隣接している自治体・行政区

愛知県

歴史

原始

現在の市域の大部分は、かつて衣ヶ浦と呼ばれた遠浅の海の一部であり、魚介類が豊富であったことなどから先史時代より人々が集住していた。市域最古の遺跡とされるのが旧石器時代共栄遺跡(共栄町)であり、石鏃などの打製石器剥片石器が出土している。

縄文時代になると、衣ヶ浦沿岸の丘陵部には桟敷貝塚(朝日町)をはじめとする多くの貝塚がつくられた。

弥生時代以降の遺跡としては子安神社遺跡(共和町)が最も規模が大きく、弥生土器土師器などが出土した。

古代

古墳時代になるとこの地方にも大和政権の支配が及び、尾張国造の支配域である尾張国の一部となり、衣ヶ浦を挟んで隣国の三河国と接した。さらに8世紀以降は知多郡に編入された。当時の遺跡としては高山古墳(中央町)が確認されているが、古墳の規模などの詳細は不明である。

飛鳥時代から奈良時代の遺跡としては惣作遺跡(横根町)がある。この遺跡からは多数の製塩土器が出土し、製塩が行われていたと推測される。また 729年(天平元年)には、行基円通寺(共和町)を創建したと伝えられる。

平安時代になると、市域には尾張国衙領や熱田社の荘園が存在した。また窯業生産も盛んであったようで、市域にある羽根山古窯群(横根町)をはじめとする古代から中世にかけてのおよそ100の古窯址群は、猿投山古窯址群に含まれる。の特に吉田第1号窯吉田第2号窯(ともに吉田町)で生産された瓦が鳥羽上皇の宮殿に用いられたことが分かっている。その他市内には、814年(弘仁5年)に弘法大師が三河国から衣ヶ浦を渡って尾張国に上陸した際に宿泊したと伝えられるおしも井戸(朝日町)という場所がある。

中世

吉川城址

鎌倉時代になると尾張の国にも幕府の支配が及び、小野氏中条氏名越氏などの北条氏一門が守護に任じられて各荘園にも地頭も設置された。現在の長草天神社(長草町)付近には、この地の地頭藤田民部長草城があった。

なお、市内の芦沢の井(吉田町)は、1185年(元暦2年)壇ノ浦の戦いで敗れた平家の武将平景清が居住した地と伝えられている。

室町時代になると知多郡は三河国守護一色氏の支配下に入った。そして15世紀後半に水野貞守緒川城を築城すると、市域は水野氏の支配下に入った。1467年(応仁元年)に応仁の乱が起こると、尾張守護代であった織田信長が守護の斯波氏を退けて実権を握り、水野氏との衝突が起こったが、後に両者は和睦し、知多半島北部は水野氏の支配下にとどまった。なお延命寺(大東町)には水野氏に関連する書類等が保管されている。また永禄年間には駿河の今川義元の勢力が尾張国にも及び、1558年(永禄元年)から1561年(永禄4年)にかけて織田信長と今川義元、そして水野信元と松平元康(後の徳川家康)が市内を流れる石ヶ瀬川を挟んで衝突した(石ヶ瀬川の戦い)。そして1560年(永禄3年)に桶狭間の戦いで今川義元が敗れると、織田・水野氏は松平元康と和睦し、尾張国は統一された。なお、当時市域には追分城横根城が築城され、現在は首塚などが遺っている。

また中央の公家七津大夫(ななつたゆう)(滝本中納言)が応仁の乱の戦火をさけて大清水(桃山町)付近に移住し、村を「大夫」と名付けたとされ、現在の市名の由来とも伝えられている。

その他、室町時代の遺跡としては吉加波入道によって1397年(応永4年)築城された吉川城址(吉川町)や15世紀末に築城された丸根城址(共栄町)があるが、遺構などは遺されていない。

近世

江戸時代、市域は尾張藩の支配に属した。1608年(慶長13年)には幕府による全国的な検地が実施され、市域では半月村・横根村・吉川村の検地帳が現存している。またこの頃になると衣ヶ浦は境川逢妻川の堆積によって埋め立てられ、新田開発の一環として大規模な干拓が行われた。また両河川が天井川になり排水が困難になったことから、新たに五ヶ村川が開削された。こうして衣ヶ浦は大幅に縮小され、現在とほぼ等しい河川の流路が形成された。また丘陵部でもため池が盛んに建設された。

1782年(天明2年)に鳴海陣屋(現 名古屋市緑区)が設置されると、市域の農民はこの配下に入り、農民は年貢などを納めた。特に東海道鳴海宿に近接した村は、助郷役なども課された。当時から市域では人の往来が盛んであり、東浦街道などの街道も整備され、道しるべの石柱なども現存している。また、隣りの刈谷藩とも交流があった。

近現代

明治維新後、尾張藩は名古屋藩になり、鳴海陣屋は廃止された。さらに明治4年の廃藩置県によって名古屋藩から名古屋県となり、知多郡はここに編入された。しかし三河の10県が統一して額田県になると、知多郡はそちらに繰り入れられた。明治5年に両県は合併し愛知県となった。

明治22年以降市域の諸村が合併して「大府村」となった。初代村長には鈴置善平が就任した。

明治19年には武豊線が開通し、翌年には大府駅が営業を開始した。さらに翌年には東海道本線が開通し、大府は東海道本線と武豊線の分岐点として、交通の要衝となった。

大正4年には町制を施行して「大府町」となった。初代町長には深谷甲太郎が就任した。

第二次世界大戦期には、現在の豊田自動織機長草工場付近に三菱航空機知多工場があり、陸軍の四式重爆撃機「飛龍」を生産した。その工場の北西には出荷用の飛行場が建設され、国鉄大府駅との間には専用鉄道が敷設されていた。三菱は当時の大府町と隣接の上野町にまたがる丘陵地帯に、およそ570万坪の土地を取得した。知多丘陵地の山を削り、谷を埋める30か月にわたる大工事の末、1944年4月に長さ1,300mの滑走路に総組立工場と整備工場が付属した三菱航空機知多工場が完成した。さらに、1944年12月より、上野町大字富木島に航空本部の飛行場拡張工事が実施され、近隣集落から多くの勤労奉仕者が出た。

市域は大きな空襲を免れて終戦を迎えた。その後大府飛行場の一部は農業開拓者の農場に転換され、残り6万坪も旧大府町のあっせんにより、1952年2月豊田自動織機製作所が買い受けた。

戦後愛知用水が開削されると、市域の丘陵部では園芸が盛んになり、名古屋市に生鮮野菜を供給する近郊農業の一大拠点へと変貌した。さらに工業の面でも豊田自動織機住友重機械工業をはじめとする大企業や中小企業の誘致が推進され、高度経済成長期を経て中京工業地帯の一翼を担う工業都市へと成長を遂げた。

その一方で宅地造成も積極的に推進され、昭和45年に市制施行した。また、昭和49年施行の第1次総合計画により「健康都市」が市の都市目標として定められ、さらに昭和61年に「健康都市宣言」をし、平成18年には健康都市連合に加盟した。現在は東浦町と共同でウェルネスバレー構想を掲げ、医療サービスやスポーツなど健康関連諸分野の充実化を推進している。2008年(平成20年)10月1日にはレジ袋の有料化を実施した。

年表(明治以降)

郡 明治22年以前 明治22年10月1日 明治22年 - 明治45年 大正元年 - 大正15年 昭和元年 - 現在


 | 追分村 | 共和村
(桶狭間を除く) | 共和村 | 共和村 | 共和村
(桶狭間を除く) | 明治39年5月1日
合併 大府村 | 大正4年11月1日
町制 大府町 | 昭和45年9月1日
市制 大府市
横根追分村
追分新田
木之山村
八ツ屋新田
又右衛門新田
伊右衛門新田
長草村 | 長草村 | 長草村 | 長草村
横根村 | 横根村 | 横根村
大府村 | 大府村 | 大府村 | 大府村
広恵新田
北尾村 | 北崎村 | 北崎村 | 北崎村
近崎村
吉川村 | 吉田村 | 吉田村 | 吉田村
半月村
猪伏村 | 森岡村(一部) | 森岡村(一部) | 森岡村(一部)

行政

市長

歴代首長一覧

行政体系

  • 企画政策部
    • 秘書広報課
    • 企画政策課
    • 財政課
  • 総務部
    • 総務課
    • 税務課
    • 契約検査課
    • 市民課
  • 市民協働部
    • 協働促進課
    • 生活安全課
    • 環境課
  • 福祉こども部
    • 福祉課
    • 児童課
  • 健康文化部
    • 健康推進課
    • 保健医療課
    • 文化スポーツ課
  • 建設部
    • 都市計画課
    • 土木課
    • 維持管理課
    • 建築住宅課
  • 産業振興部
    • 農政課
    • 商工労政課
  • 水道部
    • 水道課
    • 下水道課
  • 会計管理者
    • 会計課
  • 教育委員会
    • 学校教育課
    • 生涯学習課
  • 農業委員会事務局
  • 監査委員事務局
  • 議会事務局
    • 議事課
  • 議会事務局
    • 議会事務局
  • 消防本部
    • 庶務課
    • 予防課
    • 消防署


財政

市役所

  • 共長出張所
  • 大府分団
  • 横根分団
  • 北崎分団
  • 共和分団
  • 長草分団
  • 吉田分団
  • 森岡分団
  • 共和交番
  • 神田交番
  • 吉田交番
  • 大府市デイサービスセンター
    • 横根介護プランセンター
    • ヘルパーセンター
  • 長草デイサービスセンター
    • 長草介護プランセンター


現在、大府市と東浦町を管轄とする新たな警察署の誘致に向け、愛知県に陳情がなされている。

市民憲章

1971年9月1日に制定された市民憲章は、以下のとおりである。
わたくしたち大府市民は、限りない市の発展に願いをこめて市民憲章を定めます。

1. 自然を愛し美しい郷土をつくりましょう。
1. 教養を深め豊かな心を育てましょう。
1. 健康でしあわせな家庭をつくりましょう。
1. 仕事に誇りをもちりっぱな社会人になりましょう。
1. きまりを守り明るい平和なまちをつくりましょう。

広域行政

出典:wikipedia
2020/04/03 16:08

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