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天皇とは?

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議論の要約:WP:Vはテンプレート上でどのように適用されるのか

天皇
天皇旗

【現当主】


第125代天皇
明仁

1989年(昭和64年)1月7日より
【詳細】

【敬称】
天皇陛下
【第一順位継承者】
皇太子徳仁親王
【初代】
神武天皇
【成立】
神武天皇即位元年1月1日
(グレゴリオ暦に換算すると西暦紀元前660年2月11日)
【宮殿】
皇居(東京都千代田区)
【ウェブサイト】
宮内庁
称号: 天皇


【敬称】
陛下
His Imperial Majesty (H.I.M.)
皇室




天皇(てんのう)は、日本国憲法に規定された日本国および日本国民統合の象徴たる地位、または当該地位にある個人。7世紀頃に大王が用いた称号に始まり、歴史的な権能の変遷を経て現在に至っている。

今上天皇(当代の天皇)は、昭和天皇第一皇子である明仁

目次

  • 1 概要
    • 1.1 天皇制
    • 1.2 語源
  • 2 皇位継承
  • 3 憲法の規定
    • 3.1 日本国憲法における天皇
    • 3.2 大日本帝国憲法における天皇
  • 4 三種の神器
  • 5 日本国外での天皇の呼称
    • 5.1 英語における呼称
    • 5.2 中国における呼称
    • 5.3 朝鮮半島と天皇の呼称
  • 6 称号の由来と歴史
    • 6.1 天皇の称号を諡号として各国で最初に付せられた人物
    • 6.2 天皇の称号を存命中に自ら付した歴史上の人物
    • 6.3 古代
      • 6.3.1 訓読みの語源
    • 6.4 律令制での称号
    • 6.5 中世
    • 6.6 明治以降
    • 6.7 現在
    • 6.8 天皇の配偶者の称号と通称
    • 6.9 姓氏
  • 7 天皇と宗教
    • 7.1 神道との関係
    • 7.2 仏教との関係
    • 7.3 職能神・芸能神との関係
    • 7.4 一神教・国家神道
      • 7.4.1 ユダヤ教・キリスト教
      • 7.4.2 イスラム
      • 7.4.3 天皇総帝論、八紘一宇
  • 8 天皇の歴史
    • 8.1 神代と天皇の発祥
    • 8.2 古代の天皇
      • 8.2.1 倭の五王
      • 8.2.2 以降
    • 8.3 大化の改新から摂関政治まで
    • 8.4 院政期
    • 8.5 鎌倉・室町時代
    • 8.6 江戸時代
    • 8.7 明治維新
    • 8.8 大正
    • 8.9 昭和
      • 8.9.1 第二次世界大戦終結後
  • 9 日本国憲法下の天皇の法的地位
    • 9.1 国籍
    • 9.2 天皇に対する裁判権
  • 10 天皇と世界各国
  • 11 天皇と組織
    • 11.1 宮内庁
      • 11.1.1 幹部
      • 11.1.2 内部部局
    • 11.2 皇宮警察本部
    • 11.3 役職
  • 12 天皇についての学術的言説
  • 13 天皇と課題
    • 13.1 皇位継承権論争
    • 13.2 国体論争
    • 13.3 譲位問題(2016年・平成28年)
  • 14 天皇の陵墓
  • 15 皇室系図
    • 15.1 今上天皇の男系直系祖先
    • 15.2 familytree形式
  • 16 注釈
  • 17 出典
  • 18 参照文献
  • 19 関連項目
  • 20 外部リンク

概要

「てんのう」は、「てんおう」の連声(れんじょう)とされる。古代日本では、権力の頂点をオオキミ(大王)といったが、天武朝ごろから中央集権国家君主として「天皇」が用いられるようになった。「天皇」は大和朝廷時代の大王が用いた称号であり、奈良時代平安時代には政治祭祀の頂点だったが、摂関政治院政武家の台頭により政治的実権を失っていった。室町時代には多くの宮中祭祀の廃絶もあり劣位となったが、「江戸時代末に尊王論が盛んとなり、王政復古明治憲法における天皇制へとつながった」という。

大日本帝国憲法では、国家元首であって、神聖不可侵であり、かつ統治権を総攬するものとして規定されていた。大日本帝国時代に天皇は

現人神」「唯一神」「唯一天皇」「総」「絶対至尊」

といった類の呼称をされており、こうした天皇を世界・全宇宙頂点とする価値観

八紘一宇」「天皇総帝論」「唯一の思想的原動力」「なる日本世界観」「大和民族の宿」「惟神(かんながら)的世界観」

とのように呼称されていた。(詳細は天皇#一神教・国家神道を参照。)「皇帝」と「天皇」は併用されていたが、1936年(昭和11年)には「天皇」に統一された。

君主とは伝統的に、国家で特定の一人が主権を持つ場合のその主権者であり、帝王天子皇帝きみなどとも言う。『日本大百科全書』は、天皇は通常の立憲君主の権限は無いとし、『法律用語辞典(第4版)』は、象徴天皇と元首天皇を別としている。また『国史大辞典』は法制上、象徴天皇は君主ではないとしている。

象徴天皇制#「君主」に関する議論」および「皇帝」も参照

大日本帝国憲法では第4条で「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬(そうらん)」するとの明記があったが、現行の日本国憲法には元首の規定はなく、そのため元首について様々な見解がある。象徴天皇を元首とする説、実質的機能を重視し内閣(または首相)を元首とする説、元首は不在とする説等がある。学説の多くは、条約締結や外交使節任免および外交関係処理の権限をもつ内閣を元首とするか、行政権の首長としての内閣代表の内閣総理大臣を元首としている。

日本の元首」も参照

世界大百科事典』によると、日本国憲法によって主権者国民となり、「天皇は主権者の一員でもない」とされている。「象徴規定にはとくに法的意味はなく、また国民を統合する機能は憲法上天皇には期待されていない」という。天皇へ認可された権能は極めて限定されており、「行政権ももたずを対外的に代表することもない天皇を君主とか元首とみることは困難」とされる。天皇の地位は主権者である国民の総意に基づいており(第1条)、「国民の総意によって天皇制度を改廃することが可能」となっている。「神勅主義は明確に否定されているので、神秘的・宗教要素がここに介入する余地は皆無」であり、天皇は的な宗教的活動が禁止されている(第20条)こともあって、「天皇、国家の世俗化が要求されている」。「神道が特別な地位を与えられることはもはや許されない」のであり、皇位継承の際に行われた大嘗祭三種の神器の継承は、「天皇家の私事としてのみありうる」とされる。

天皇は憲法が限定的に列挙している国事行為だけを行い、国政に関する権能は一切持たない(第4条第6条第7条)。国事行為は国家意思形成に関わらない形式的・儀礼行為であり、天皇が国事行為を行うには常に内閣助言承認が必要であって、内閣は自らの助言と承認に責任を負う(第3条)。天皇は国事行為の責任を負わないが、民事責任は負っている。天皇の刑事責任免責する明文規定は無いが、摂政はその在任中は訴追されないと定める皇室典範21条から、天皇もその在位中は訴追されないとの類推がある。

天皇制

『岩波 日本史辞典』によると「天皇制」は、日本君主制を指す。「広義には前近代天皇制と象徴天皇制を含め、狭義には明治維新から敗戦までの近代天皇制を指す」語であり、「象徴天皇制は天皇が元首でないので君主制としない説もある」とされている。「君主制(王制)」について、『日本大百科全書(ニッポニカ)』は「一般には、世襲の君主が、ある政治共同体において最高権力(主権)をもつ政治形態」としている。

「天皇制」という項目を掲載している学術資料は、Kotobankに登録されている辞事典としては『デジタル大辞泉』、『大辞林』(第三版)、『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』、『百科事典マイペディア』、『世界大百科事典』(第2版)、『日本大百科全書(ニッポニカ)』がある。辞書はその他にも『岩波 日本史辞典』、『日本史広辞典』等がある。2017時点で「天皇制」を使用している研究論文は、Google Scholar(グーグル・スカラー)では約16,000件、CiNii Articlesでは6156件がある。

天皇制」および「皇室」も参照

語源

古くは「スメラミコト」「スメロキ」「スベラギ」等と呼んだ。元は皇帝天子君主敬称であり、古代中国最高神神格化された北極星(天皇大帝)を指す語である。語源としては7世紀中頃以降で、中国語天皇・地皇・人皇の一つに由来しており、スメラミコトの漢語表現である(この世紀に「天皇」の文字が初めて文献に現れた)。天皇という二字は、「是全ク漢土ノ制ニ傚ヘル故ニ、今目シテ漢風諡ト云フ(これは全く漢の国の制度に倣っているため、今日に見れば漢風諡と言う)」とされる。また、ある分野で強大な権力を持つ人を指す。なお、天皇(てんこう)三皇の一種である他に、天帝天子も意味し天皇(てんのう)に通じる他、皇天(こうてん)は天皇・皇室天の神上帝・天帝などを意味する。

皇位継承

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1928年(昭和3年)11月即位の礼昭和天皇京都御所にて。
1990年(平成2年)、大嘗祭
詳細は「皇位継承」を参照

皇位継承とは、皇太子などの皇位継承者皇位(天皇の位)を継承することである。皇位継承が世襲により行われることは、大日本帝国憲法においても日本国憲法においても明文で規定されており、詳細なルールは皇室典範において定められる。

憲法の規定

日本国憲法大日本帝国憲法における天皇の規定について説明する。

日本国憲法における天皇

詳細は「象徴天皇制」を参照

現在、天皇については日本国憲法第1章に記されている。日本国憲法において、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(第1条)と位置づけられる。憲法の定める国事行為を除くほか、国政に関する権能を有しない。

大日本帝国憲法における天皇

詳細は「天皇制」および「天皇機関説」を参照

大日本帝国憲法においては、その第1条で、「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定められており、第4条で「天皇ハ國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リテ之ヲ行フ」と、「元首」と規定されている。講学上は、憲法を絶対主義的に解釈する天皇主権説と立憲主義的に解釈する天皇機関説の争いがあった。

三種の神器

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詳細は「三種の神器」を参照
三種の神器(イメージ)

日本神話において、天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊天照大神から授けられた神器。また、神話に登場した神器と同一とされる、あるいはそれになぞらえられる、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物

天皇の践祚に際し、この神器のうち、八尺瓊勾玉ならびに鏡と剣の形代を所持することが皇室の正統たる帝の証しであるとして、皇位継承と同時に継承される(剣璽等承継の儀)。

日本国外での天皇の呼称

英語における呼称

天皇は、英語で「Emperor」、「the Emperor of Japan」と称され、今上天皇を「The Current Emperor」と称される。ただし、英語で公式に初めて「the Emperor of Japan」と称された人物は、江戸時代末期・幕末期当時で、孝明天皇ではなく、時の執権者の第十二代将軍徳川家慶であった。1852年のミラード・フィルモアアメリカ合衆国大統領の親書の宛て名には、「His Imperial Majesty, the Emperor of Japan」と記されている。かつて、「Mikado 」(帝、御門)と一般的に称されていた時期もあった。

中国における呼称

現在の中華人民共和国政府などの公的機関では、天皇陛下、日本天皇陛下などの「陛下」の敬称付で呼ばれるのが通常である。

朝鮮半島と天皇の呼称

日朝関係史」、「皇帝」、および「日本国王」も参照

朝鮮半島の歴代王朝は長期間にわたり中国歴代王朝の冊封国として存在しており、華夷思想では「天子」・「皇帝」とは世界を治める唯一の者、すなわち中国歴代王朝の皇帝の称号であった。そのため、「倭国王」「日本国王」等の称号で呼んでいた。冊封体制から離脱し大韓帝国となると初めて日本の天皇を「皇帝」と称した。その後の韓国併合による大日本帝国統治下では「天皇」の称号が用いられた。第二次世界大戦後、南北朝鮮独立後は英語で天皇を意味する「Emperor」の訳語を踏襲せず「日本国王」(日王)「Japanese King」という称号を用いてこれに倣い「皇室」を「王室」、「皇太子」を「王世子」と呼んでいた。現在では「天皇」と言う称号が以前より一般的になりつつあるが、「皇室/王室」、「皇太子/王世子」に関しては同等に用いている。但し産経新聞ソウル支局長黒田勝弘に拠れば、2006年9月悠仁親王誕生時、韓国日報を例外に殆どの韓国マスコミは「天皇」等の「皇」の字を嫌い、代わりに「王」の字を格下げの意味で用いたという。

金大中大統領在任当時、諸国の慣例に従って「天皇」という称号を用いる様にマスコミ等に働きかけたが、マスコミはそれに従う者と従わない者に二分した。韓国政府としては1998年から「天皇」の称号を使用するようになったが、次の大統領盧武鉉は天皇という称号が世界的かどうか確認していないため「天皇」と「日王」どちらを用いるべきか準備ができていないと従来の方針を転換する姿勢を示した。大統領李明博は「天皇」の称号を用いている。しかし、マスメディアを始めとする民間では「日王」を使用している。民間における「日王」の呼称の使用については21世紀初頭頃に「天皇」や「日皇」に改めるべきであるとの議論もなされたが、「日王」に統一することとなり現在に至っている。李明博2009年9月15日インタビューを受けた際、「日本天皇」という表現を繰り返し用いた。

称号の由来と歴史

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十六弁八重表菊紋。天皇および皇族の御紋である。後鳥羽天皇の日本刀の御所焼に付した菊紋に始まる。

「天皇」号が成立したのは7世紀後半、大宝律令で「天皇」号が法制化される直前の天武天皇または持統天皇の時代とするのが通説である。7世紀後半は、唐の高宗皇帝の用例の直後にあたる。戦前に津田左右吉が唱えた推古天皇期という説が、過去には有力だった。13世紀以降、「天皇」号の使用は一時廃れたが、19世紀初頭に再び使用されるようになり、現在に至っている。

字音仮名遣では「てんわう」と表記する。「てんわう」が中世までに連声により「てんのう」に変化したとされる。 中国の唐の高宗は 「天皇」と称した。(上元元年(674年)八月)、『旧唐書』には、「皇帝を天皇と為し、皇后を天后と為す」(巻八)とある。死後は皇后の則天武后によって 「天皇大帝」 の(おくりな)が付けられた。(681年)中国ではこの時のみ天皇号が使われ、以後使われていない。

日本では「天皇」という文字は大和の法隆寺の薬師仏光背銘に「池辺大宮治天下天皇」及び「小治田大宮治天下大王天皇」とある。池辺大宮は用明天皇(在位585~587)で、小治田大宮は推古天皇(在位592~628)の御代である。 又、推古天皇十六年(607年)隋の煬帝に遣わされた国書の中に「東天皇敬白西皇帝」云々と日本書紀に伝えてあり、我が国の天皇と隋の皇帝との使い分けが見られる。いずれも日本の方が中国より早い時に用いており、これらから天皇の文字は我が国がつくり、用いた可能性が高い。

「天皇」という称号の由来には、紀元前に書かれた中国の淮南子に出てくる東海の海の島(日本)の義和(天照大神)の夫である天帝(天皇)である帝俊(スサノオ)から来ているという説がある。実際に日本書紀は冒頭部分をこの淮南子から引用している。

「天皇」の語と関連した語がある古い記録
【文書・銘】
【年代】
【抜粋】
【出典】
現存
遣隋使国書 | 607年 | 日出處天子致書日沒處天子無恙 | 隋書(636年成立) | 
法隆寺金堂
薬師如来像光背銘
 | 607年 | 池辺大宮治天下天皇 |  | 
への国書 | 608年 | 東天皇敬白西皇帝 | 日本書紀(720年成立) | 日本書紀以外に記録がない。
法興寺丈六
釈迦光背銘 | 609年 | 多知波奈土與比天皇 | 元興寺伽藍縁起
並流記資財帳
(746年成立) | 実物が失われている。
天皇記 | 620年 | (書物の題名自体に「天皇」を含む) | 日本書紀 | 実物がない。
日本書紀以外に記録がない。
天寿国繍帳 | 7世紀 | 斯帰斯麻宮治天下天皇
悲哀嘆息白畏天皇前日啓 | 上宮聖徳法王帝説
(成立年不明) | かろうじて現存。
野中寺弥勒菩薩像 | 666年 | 栢寺智識之等詣中宮天皇大御身労坐之時 | 野中寺弥勒菩薩像銘文 | 実物が存在。
木簡 | 677年 | 天皇聚露忽謹 | 飛鳥池工房遺跡出土 | 

日本国内での天皇の称号の変遷について、以下に説明する。

天皇の称号を諡号として各国で最初に付せられた人物

天皇の称号を存命中に自ら付した歴史上の人物

古代

倭国では首長のことを、国内では大王「おおきみ」(治天下大王)あるいは天王と呼び、対外的には「倭王」「倭国王」「大倭王」等と称された。

訓読みの語源

古い訓読みでは、すべらぎ(須米良伎)、すめらぎ(須賣良伎)、すめろぎ(須賣漏岐)、すめらみこと(須明樂美御德)、すめみまのみこと(皇御孫命)などと称した。

「スメル」については、『岩波 古語辞典』では、「すめら」(皇)の項で、サンスクリットsume:ru」(須弥山)と音韻・意味が一致し、モンゴル語sümer」(須弥山)と同源であろうとしている。また、「統べる」の転訛と見る説があったが、上代特殊仮名遣からこれは否定されている。他には、清浄さから神聖さを想起させる「澄める」の転訛と見て、光り輝いて煌めくさまを表す「皇」の訓としたとする説があり注目されているが、現在も判然としていない。

万葉集には「天皇」の表記が12例知られ、このうち7例が「オオキミ」、5例が「スメロキ」と訓ませている。それぞれの文意の比較から、「オオキミ」は今上天皇、「スメロキ」は「天皇」の他に「皇祖神」、「皇神祖」、「皇祖」に対しても「スメロキ」と訓ませているため、過去の歴代天皇や皇祖神に対して用いられていることがわかっている。

律令制での称号

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律令制において、「天皇」という称号は「儀制令」に定められている。養老令の儀制令天子条において、祭祀においては「天子」、詔書においては「天皇」、華夷(「華」を中国とし「国外」と解する説と「華」を日本とし「国内外」と解する説がある。)においては「皇帝」、上表(臣下が天皇に文書を奉ること)においては「陛下」、譲位した後は「太上天皇(だいじょうてんのう)」、外出(大内裏の中での移動)時には「乗輿」、行幸(大内裏の外に出ること)時には「車駕」という7つの呼び方が定められているが、これらはあくまで書記(表記)に用いられるもので、どう書いてあっても読みは風俗(当時の習慣)に従って「すめみまのみこと」や「すめらみこと」等と称するとある(特に祭祀における「天子」は「すめみまのみこと」と読んだ)。

死没は崩御といい、在位中の天皇は今上天皇(きんじょうてんのう)と呼ばれ、崩御の後、追号が定められるまでの間は大行天皇(たいこうてんのう)と呼ばれる。配偶者は「皇后」。一人称は「」。臣下からは「至尊」とも称された。

奈良時代天平宝字6年に神武天皇から持統天皇までの41代、及び元明天皇元正天皇の漢風諡号が淡海三船によって一括撰進された事が『続日本紀』に記述されている。この「諡号」とは、一人一人の名前であって、たとえば神武天皇といった時の前半の「神武」の部分が諡号である。後半の「天皇」という称号とは関係ない。

中世

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順徳天皇(在位1210年 - 1221年)以来、光格天皇(在位1791年 - 1817年)で諡号が復活するまで、「天皇」の号は生前も死後も正式には用いられなかった。例えば後水尾天皇は没後は「後水尾院」と呼ばれ、これらを「後水尾天皇」とすべて置き換えたのは明治維新後のことである。

在位中の天皇は、帝、御門(みかど)禁裏(きんり)内裏(だいり)禁中(きんちゅう)御所(ごしょ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/11/13 21:43

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