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奥田民生とは?

【基本情報】

【出生名】
奥田民生
【別名】
OT
【生誕】
(1965-05-12) 1965年5月12日(53歳)
【出身地】
日本 広島県広島市東区尾長
【学歴】
広島電子専門学校中退
【ジャンル】
ロック
ポップス
フォークロック
【職業】
ミュージシャン
シンガーソングライター
ギタリスト
音楽プロデューサー
【担当楽器】
ボーカル
ギター
ベース
ドラムス
パーカッション
キーボード
ブルースハープ
サックス
【活動期間】
1986年 -
【レーベル】
ラーメンカレーミュージックレコード
【事務所】
ソニー・ミュージックアーティスツ
【共同作業者】
UNICORNThe Verbsサンフジンズ
【公式サイト】
奥田民生 OKUDA TAMIO
ビートルズ
AC/DC
ELOなど

奥田 民生(おくだ たみお、1965年5月12日 - )は、日本ミュージシャンシンガーソングライターギタリスト音楽プロデューサー。ロックバンド・UNICORNのメンバー。身長171cm。広島県広島市東区尾長出身。血液型B型

1987年、ロックバンド「ユニコーン」のボーカリストとしてデビュー。「大迷惑」「働く男」「すばらしい日々」など、数々のヒット曲を世に送り出し、バンドブームの寵児ともいわれた。バンドは1993年に解散。その後、約1年間の充電期間を経て、1994年からソロ活動を開始。

以降、ソロ活動の傍ら、女性デュオ「PUFFY」のプロデュースや、井上陽水とのユニット「井上陽水奥田民生」をはじめとした様々なミュージシャンとのコラボレーションなど、多方面で活動している。 代表曲は、『愛のために』、『イージュー★ライダー』、『さすらい』など。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 ユニコーン時代
    • 1.2 ソロ・プロデュース活動
    • 1.3 2000年代
    • 1.4 2010年代
  • 2 人物
    • 2.1 性格
    • 2.2 音楽性
    • 2.3 趣味
    • 2.4 出身地にまつわるエピソード
  • 3 エピソード
  • 4 影響
  • 5 ライブ
    • 5.1 ライブ・バンド
      • 5.1.1 GOZ 第1期 1995年 - 2002年、2004年、2015年
      • 5.1.2 GOZ 第2期 2002年 - 2003年
      • 5.1.3 MTR&Y 2005年 - 現在
    • 5.2 ひとり股旅
    • 5.3 ワンマンライブ・主催イベント
    • 5.4 出演イベント
  • 6 ディスコグラフィ
    • 6.1 シングル
    • 6.2 オリジナルアルバム
    • 6.3 企画盤
    • 6.4 配信限定
      • 6.4.1 シングル
      • 6.4.2 ひとりカンタビレ
    • 6.5 映像作品
      • 6.5.1 LIVE
      • 6.5.2 PV集
  • 7 その他参加作品
  • 8 楽曲提供
  • 9 書籍
  • 10 ゲーム
  • 11 ミュージックビデオ
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

経歴

広島市立尾長小学校、広島市立二葉中学校、広島皆実高校卒業。 中学生の頃に、初めてバンドを結成。

「当初は端でベースを弾いていたが、女の子がキャーキャー言い始めたため、引っぱり出されてフロントマンになった」とされる『INLIFE 男の履歴書』の記述は誤りで、「最初からギターです」と宝島社『smart』2018年8月号にて語っている。

高校時代には、アーチェリー部に所属、県の新人戦で優勝した経験がある。広島電子専門学校に進学後も、音楽活動を継続(後に専門学校は中退)。

ユニコーン時代

1986年、「ユニコーン」にボーカルとして加入。同年7月ソニーミュージックのオーディションに合格。1987年、ユニコーンは広島から上京、アルバムBOOM』でデビューを果たす。

1989年に発表したファーストシングル「大迷惑」の大ヒットをきっかけにブレイク。以降、「働く男」「ヒゲとボイン」「雪が降る町」「すばらしい日々」などのヒット曲を生み出す。

1993年9月21日、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)内で、ユニコーンは解散を発表、7年間の活動に終止符を打つ。

ソロ・プロデュース活動

およそ半年間の充電期間の後、1994年にシングル「愛のために」でソロ活動を開始。同曲は、ソロデビューシングルにして、自身初のミリオンセラーを達成。

1996年、音楽プロデューサーとして、女性デュオ「PUFFY」をデビューさせる。彼女たちの特異な脱力感、無気力感、気だるそうな立ち居振る舞いが話題になり、大ヒット。プロデューサーとしても注目を集める。

1997年井上陽水とのコラボレーションユニット「井上陽水奥田民生」を結成。アルバム『ショッピング』を発表し、年末まで活動。浜田雅功のソロシングル「春はまだか」のプロデュースも行い、浜田の番組『人気者でいこう!』にも出演した。

1998年、ギター一本の弾き語りライブ「ひとり股旅」ツアーを行う。

2000年代

2000年、北海道のローカル番組『鈴井の巣』(HTB)に出演、大泉洋率いる「大泉バンド」のデビュー曲「負け戦」を作曲。

2001年、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2001」に出演。

2002年東京スカパラダイスオーケストラのシングル「美しく燃える森」に、ゲストボーカルとして参加。Char山崎まさよしとの3人によるユニット「三人の侍」を結成し、北海道のフェスに参加。

2003年真心ブラザーズYO-KINGらと4人組バンド「O.P.KING」を結成し、ミニアルバム『O.P.KING』を発表。「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2003」に2回目の出演。

2004年、ソロ10周年を記念して、広島市民球場にてコンサート「ひとり股旅スペシャル@広島市民球場」を敢行、唯一、広島市民球場でのコンサートを実現させた歌手となった。また、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『OH! MY RADIO』(J-WAVE、奥田は月曜日担当)も12月に復帰(3月で卒業)。

2005年、広島球場でのドキュメンタリーにドラマを加えた映画『カスタムメイド10.30』が公開。「THE BAND HAS NO NAME」を15年ぶりに再開、アルバム『II』をリリースし、フェスにも参加。同年10月7日、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2005」3回目の出演。

2006年、「三人の侍」の全国ツアーを、4月から神戸を皮切りに行う。9月には、阿部義晴の40歳記念ツアーにジェット機らとともに参加。また、9年振りに井上陽水奥田民生を再結成し、12月にシングル「パラレル・ラブ」をリリース。2007年にかけてユニットとしては初のツアーを行う。
米のバンド「The Verbs」にサポート参加し「The Verbs + 奥田民生」としてフェスなどに参戦。


2007年、デビュー20周年を迎える。井上陽水奥田民生名義のセカンドアルバム「ダブルドライブ」を発表。10月24日にトリビュートアルバム『ユニコーン・トリビュート』、『奥田民生・カバーズ』が発売。12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007」に4回目の出演。12月14日に過去のアルバム(ユニコーン時代のコンピレーションは除く)を紙ジャケ仕様で再発。

2008年、自身最高傑作と豪語するアルバム『Fantastic OT9』を発表、1年で2度の全国ツアーに出る。12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2008」に5度目となる出演を果たす。

2009年、ユニコーン活動再開。ユニコーンの活動と並行して、夏フェスでは「ひとり股旅(北海道ではひとりポックル)」として参加し、また同年11月公開の映画『僕らのワンダフルデイズ』の音楽アドバイザーおよび劇中歌の楽曲提供、主題歌を担当するなどソロ活動も精力的に行っている。7月1日に所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツ(Sony Music Artists、略称SMA)顧問に就任する。また、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2009」に出演(自身6度目)した。

2010年代

2010年東京スカパラダイスオーケストラのシングル「流星とバラード」に、8年ぶり2度目のゲストボーカルとして参加。3月よりレコーディングソロツアー『ひとりカンタビレ』開催。通常のライブとは違い、各会場で新曲の制作を行うレコーディング・ライヴであり、観客の前ですべての楽器を自身でプレイ、レコーディングし、できた楽曲を配信リリースするという企画である。追加公演を含む全10公演、10曲のレコーディングを完了させた。これらの楽曲は後にスタジオでリミックスされ、8月4日に10thアルバム『OTRL』としてリリースされた。

プロデュース業も並行して行い、髭(HiGE)のシングルおよびアルバム「サンシャイン」の収録曲の数曲をプロデュース。

The Verbsへの正式加入が発表され、来日公演に参加。基本、奥田は国内での活動となっているが、2015年に米ツアーに参加することが発表された。

2011年、2004年以来となる「ひとり股旅スペシャル」を広島・厳島神社にて開催。

映画『マイ・バック・ページ』の主題歌として、真心ブラザーズとのユニット「真心ブラザーズ+奥田民生」名義でシングル「My Back Pages」リリース。

2012年、上記の延長として3人による新ユニット「地球三兄弟」の結成、リリースとツアーを発表。

2013年、地元、広島にある企業・マツダとのタイアップにより、「風は西から」リリース。同曲はマツダの企業CM・「Be a driver.」のCMソングとして書き下ろされた。

2013年、5月、岸田繁(くるり)伊藤大地とともに、「サンフジンズ」として『JAPAN JAM』に登場した。

2015年、5月に生誕50年記念ライブ「OT50祭"もみじまんごじゅう"」公演を開催。

長年在籍したソニー系レーベルを離れ自主レーベル「ラーメンカレーミュージックレコード」設立を発表。

同年11月28日MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島にて「奥田民生ひとり股旅スペシャル@マツダスタジアム」公演を開催。ライブ中盤にてサプライズ的に広島東洋カープ前田健太大瀬良大地が登場し、打者に奥田、捕手に大瀬良、投手に前田と言う形式で「始球式」が行われた。

2016年スキマスイッチの「全力少年」をプロデュース(リアレンジ)した楽曲が「全力少年produced by 奥田民生」のタイトルでリリースされる。

人物

性格

音楽性

趣味

出身地にまつわるエピソード

エピソード

影響

ライブ

ライブ・バンド

GOZ 第1期 1995年 - 2002年、2004年、2015年

TOUR "29-30"〜TOUR 0102「奥田STANDARD民生CUSTOM」、TOUR OT10
、『となりのベートーベン』

GOZ 第2期 2002年 - 2003年

Live E 0203

MTR&Y 2005年 - 現在

TOUR "MTR&Y 05" - 2015ツアー“秋コレ”

ひとり股旅

奥田のライブ形態の一種。作務衣(松本人志から「一人ごっつ」用のものを譲り受けた)にタオルを頭に巻いた出で立ちで、バックバンドは一切設けずアコースティックギター1本で事務用の椅子に座って演奏する。MCでは酒を挟み、演奏曲もその時の気分で決められる。通常のライブでは披露することの無いカバー(ブラックビスケッツタイミング」、エキセントリック少年ボウイオールスターズ「ああエキセントリック少年ボウイ」等)が披露されるのも特徴のひとつ。1998年の「ひとり股旅ツアー」終了後も単独ライブやロックフェスティバルで時折開催されるようになり、2004年の広島市民球場ライブは、当初は球場の周辺に住宅地が多く存在するため騒音問題を懸念した球場側が難色を示していたが、ひとり股旅形式で行う事を条件に開催が実現した。

ワンマンライブ・主催イベント

出典:wikipedia
2018/08/15 08:29

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