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女性アイドルグループとは?

(女性アイドルグループから転送)

アイドルとは、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を意味する英語(idol)に由来し、文化に応じて様々に定義される語である。

日本の芸能界における「アイドル」とは、成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物を指す。

目次

  • 1 概説
    • 1.1 「アイドル」の起源
    • 1.2 日本型「アイドル」の誕生
  • 2 女性アイドル史
    • 2.1 アイドル黎明期
    • 2.2 アイドル全盛期
    • 2.3 本来の「アイドル」の消滅
    • 2.4 アイドル冬の時代
    • 2.5 グループアイドルの勃興
    • 2.6 アイドル戦国時代
    • 2.7 主な女性アイドル
      • 2.7.1 1940年代
      • 2.7.2 1950年代
      • 2.7.3 1960年代
      • 2.7.4 1970年代
      • 2.7.5 1980年代
      • 2.7.6 1990年代
      • 2.7.7 2000年代以降のソロアイドル
        • 2.7.7.1 2000年代
        • 2.7.7.2 2010年代
      • 2.7.8 2000年代以降のグループアイドル
  • 3 男性アイドル史
    • 3.1 「アイドル」以前
    • 3.2 1970年代
    • 3.3 1980年代
    • 3.4 1990年代
    • 3.5 2000年代
    • 3.6 2010年代
    • 3.7 主な男性アイドル
      • 3.7.1 1960年代
      • 3.7.2 1970年代
      • 3.7.3 1980年代
      • 3.7.4 1990年代
      • 3.7.5 2000年代
      • 3.7.6 2010年代
  • 4 女性アイドルを取り扱うメディア
    • 4.1 テレビ番組
  • 5 文献情報
  • 6 脚注
  • 7 関連項目

概説

キャラクター性を全面に打ち出し、ダンス演技お笑いなど幅広いジャンルで活動を展開しやすいのが特色である。外見が最も重要視されるモデルとは異なり、容姿が圧倒的である必要はなく親しみやすい存在であることが多い。

一方で、はっきりと目には見えない“華”や“人間的魅力”が強く求められるため、一流のアイドルは手が届きそうで届かない存在となる。日本国内において一義的には「アイドル歌手」の意味で使用されるが、後述のように「グラビアアイドル」など歌手活動を伴わないアイドル、「アイドルレスラー」など広義では芸能界以外でも使用する。

“存在そのものの魅力”よりも“音楽的スキル”が主たる職業能力である場合には、「アイドル」には分類されず「アーティスト」や「ミュージシャン」などと呼ばれる。ただし本人や所属事務所などの意向により、どちらの立場をとるか決めることもでき、線引きはあいまいである。そのため本人が「アーティスト」と名乗っていても、「アイドル」に分類されることがある。

かつての主流は20代でアイドルを休止し、アーティストや俳優(女優)などに転向することであったが、2000年代以降は様相が変わってきている。本人が30代以降になっても新たなチャレンジなどをし続ければ、“成長過程”や“存在そのものの魅力”が問われるアイドルという職業を継続することが可能であり、世間からもそれが認められるようになった。

「アイドル」の起源

アイドル(idol)の本来の意味は、偶像、すなわちなどの宗教的存在をかたどって造られた像で、かつ崇拝の対象となっているもののことである。この用語が転用され、20世紀前半のアメリカで「若い人気者」としての意味で使われ始めた。

アメリカでは、戦前の1927年に「マイ・ブルーヘブン」をヒットさせた歌手のジーン・オースティンや、1940年代に「女学生のアイドル(bobby-soxer's idol)」と呼ばれて熱狂的な人気を生んだフランク・シナトラらがidolと呼ばれ始めた。その後、アネットやファビアン、ボビー・ライデルらのアイドルが人気となり、マイケル・ジャクソンバックストリート・ボーイズなどもアメリカを代表するアイドルである。デビュー時のエルヴィス・プレスリー(1950年代)やビートルズ(イギリス・1960年代)らは、日本でも「アイドル」として認知されていた。イギリスでは、クリフ・リチャード、ベイ・シティ・ローラーズスパイス・ガールズらのアイドルが存在した。その後「若い人気者」という意味におけるidolという言葉は死語となり、iconpop starなどの言葉で置き換えられるようになっていった。

日本型「アイドル」の誕生

日本においては当初「アイドル」という言葉は、主に日本国外の芸能人を対象にした呼称として用いられ、日本の人気芸能人は一般的に「スター」と呼ばれていた。

日本で最初のアイドルは、明日待子である。

テレビが登場する前の主力産業は映画だったことから、スターの大半は映画俳優であり、特に加山雄三吉永小百合浜田光夫らは「青春スター」と呼ばれた(東映ニューフェイスも参照)。女性においては美空ひばり吉永小百合らの時代であり、そのひばりに江利チエミ雪村いづみを加えた「三人娘」、あるいは、中尾ミエ伊東ゆかり園まりから成る「スパーク3人娘」らが人気を博した。

しかし、1960年代には、産業としての映画の衰退、本格的なテレビ時代の到来、グループ・サウンズのブームが巻き起こる過程で、徐々に「スター」と並行して「アイドル」の呼称が用いられるようになった。

1970年代に至り、未成熟な可愛らしさ・身近な親しみやすさなどに愛着を示す日本的な美意識を取り入れた独自の「アイドル」像が創造された。また1968年に設立されたCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)が、それまでレコード会社が楽曲制作を自社の専属作家に任せていたのを、無所属の作家に開放したことが切っ掛けで、「アイドル歌謡」が隆盛するようになった。

その後、現在に至るまで女性アイドル産業が特に盛んな背景として、「元来女性は、男性にはない『感動しやすい習性』『精緻なる感受性』をもつがゆえに、巫女的な妹の力(いものちから)を得て、生きる力、幸福への道を伝えることができる」とする、民族学者・柳田國男の評論が持ち出されるケースがある。なお、日本におけるアイドルの隆盛時期は、不況の期間とほぼ完全に一致している、という分析もある。

女性アイドル史

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この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2015年6月)

アイドル黎明期

1971年デビューの新三人娘(小柳ルミ子南沙織天地真理)らがアイドル歌手の源流とされるが、それ以前にも西野バレエ団から派生したガールズユニット「レ・ガールズ」(金井克子原田糸子由美かおる奈美悦子江美早苗が所属)が1967年に結成され、若者を中心に熱狂的な人気を博すといった事例もあった。

1970年代には『スター誕生!』や「ミスセブンティーンコンテスト」、「ホリプロタレントスカウトキャラバン」などの大規模なオーディションが相次いで開催されるようになり、森昌子桜田淳子山口百恵から成る「花の中三トリオ」やピンク・レディー(『スター誕生!』)、松田聖子国生さゆり工藤静香(「ミスセブンティーンコンテスト」)ら、後の人気アイドルを輩出した。但馬オサムによると、当時はまだアイドルという単語自体が定着しておらず(「新人歌手」「新人女優」「新人モデル」といった肩書が付けられていた)、この時代に量産される女性タレントを多少の揶揄の意味を込めて「可愛い子ちゃん歌手」と呼ぶ風潮があったとのことである。小学館の学年別学習雑誌の表紙は、それ以前に子供の写真か子供を描いた水彩画が用いられていたのに対し、1970年代後半から主に高学年向けにてアイドルの写真、いわゆる表紙グラビアになりはじめ、1975年にはグラビアアイドルの先駆者と称されるアグネス・ラムがデビューを果たした(ただし当時の彼女の肩書は「CMモデル」)。

アイドル全盛期

楽曲の特徴については「アイドル歌謡」を参照

1980年代に入り、松田聖子・小泉今日子中森明菜ら若年層に向けたポップスを主とする歌手が活躍を始め、「アイドル」の呼称が市民権を得るようになった。1980年の時点では松田のレコード売上は新人部門4位で、ニューミュージック勢が優勢であったが、1982年に小泉と中森がデビューし、女性アイドルの黄金時代となった。1980年代の後半には、「女性アイドル四天王」と呼ばれていた、工藤静香中山美穂南野陽子浅香唯の4人の他、高い歌唱力を持つ本田美奈子森川美穂長山洋子などの実力派アイドルも登場した。そのような中、ライジングプロダクションが擁する荻野目洋子は歌唱力だけでなくダンスにも力を入れたスタイルで人気を博した。これは、1990年代後半以降に台頭するダンスボーカルアーティストのスタイルを先取りする形であった。

彼女らは、レコードリリースと歌番組を軸として活動しており、バラエティー番組出演や女優業などは、いわゆる「副業」という位置づけであった。シングルレコードは、おおよそ3か月程度で一枚を出すのが常で、とりわけデビュー前後においては、レコード会社及びプロダクションが最も力を注ぎ、多大な宣伝効果を期待していた。年度始めのデビューが多く、「豊作の82年組・85年組」「不作の83年組」など、年度単位でアイドルがカテゴライズされることもあった。

日本レコード大賞を筆頭に数々の賞を賭けた歌番組が80年代に勃興し、各賞を獲得することが当時のアイドルにとってのステータスであり、その激しさから「賞レース」などとも呼ばれた。また、『ザ・ベストテン』『歌のトップテン』等のランキング番組は、その宣伝効果から、オリコンチャートに匹敵、むしろそれを上回る重要性さえ持っていた。

80年代アイドルは、基本はまず「歌うこと」が仕事のメインという前提があったが、「角川三姉妹」と呼ばれた薬師丸ひろ子原田知世渡辺典子のように女優業をメインとして、歌手業が副業的な場合もあった。歌番組出演は当時のアイドルの生命線でもあったが、このようなタイプのアイドルはむしろ乱発的に出演せず、最小限のテレビ出演に留め、映画公開と併せたプロモーション効果としてシングル曲を巧く利用していた。

コンサートやイベントなどでは、「親衛隊」と呼ばれる、事務所側から公認・支援を受けた全国的応援組織が複数存在した。

本来の「アイドル」の消滅

1980年代後半から、レコードの売り上げが頭打ちになる。『ベストテン』『トップテン』『夜のヒットスタジオ』などの生放送歌番組が相次いで打ち切りになり、日本レコード大賞などの権威も失墜。アイドルがアピールできる媒体が消滅していった。

一方で、フジテレビ『夕やけニャンニャン』から生まれたおニャン子クラブや、井森美幸島崎和歌子松本明子森口博子山瀬まみら、主にテレビのバラエティ番組で活動するバラエティーアイドル(略して「バラドル」)と呼ばれる存在が派生し、同時期にかとうれいこ細川ふみえC.C.ガールズといった、雑誌のグラビアを中心に活動する「グラビアアイドル」と呼ばれる存在もデビューしはじめ、他方で後藤久美子小川範子坂上香織喜多嶋舞宮沢りえらローティーンの子役やモデルらが美少女ブームの中クローズアップされて歌手デビューするなど、以降アイドルという存在が急速に多様化していった。また、アダルトビデオの普及に伴い、黒木香桜木ルイ飯島愛などのアイドル的な人気を誇るAV女優が登場するようになり、それらの中にはAV女優引退後にタレントに転身して活動する者も現れ始めた。

それまでのアイドルは一般的に歌手俳優グラビア写真モデルなど1人で様々な分野で活動し、“成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物”を目指していた。しかし、素人同然の「バラエティーアイドル」やビジュアル重視の「グラビアアイドル」の出現により、人間的魅力と成長過程を追い求める「アイドル」という概念が崩壊。女性アイドルはそのファンも含めて、あまりいいイメージで捉えられなくなっていく。90年代初頭において、高橋由美子が「最後のアイドル」と呼ばれたのが象徴的事象であったように、アイドルそのものは存続していたが、本来の「アイドル」は、この時期に終焉を迎えたと言える。

またこの時期、第3次声優ブームが起こり、桜井智岩男潤子といった本来アイドルとして活動していたタレントが声優に転身する、あるいは國府田マリ子椎名へきるといったアイドル的な活動を行う声優が現れるといった事例も増え始める。

アイドル冬の時代

1990年代に入ると、歌手活動を中心とするアイドルはWinkCoCo高橋由美子ribbon東京パフォーマンスドールらの活動が見られたものの、テレビ歌番組の減少と共に「アイドル冬の時代」「アイドル氷河期」と呼ばれる時代を迎えた。一方で森高千里渡瀬マキ森川美穂松田樹利亜山口由子などGiRLPOPやバンドなどアーティスト路線へ移行しヒットした者もいた。また、長山洋子は演歌路線に移行し大成功を収めた。

1990年代終盤、小室哲哉のプロデュースによる華原朋美篠原涼子などのアイドル出身者(いわゆる小室ファミリー)、安室奈美恵SPEEDなどの沖縄アクターズスクール出身者などがミリオンセラーを連発。アイドル的な存在が再びスポットを浴びたが、彼女らはアーティスト的要素を強く打ち出していたので、アイドルとはみなされない場合もある。

2000年代前半にかけて、テレビ東京『ASAYAN』の企画でデビューしたモーニング娘。鈴木あみ松浦亜弥らが台頭した。これにより本来の「アイドル」が再興する予感をうかがわせたが、あくまでつんく♂プロデュースによるハロー!プロジェクトの一人勝ち状態で、邦楽界全体に波及しなかった点では、80年代の状況とは異なる。

グループアイドルの勃興

2000年代に入ると、ハロー!プロジェクトに℃-uteBerryz工房らが加わり規模が拡大するとともに、メンバーがグループから「卒業」することが一般化。これにより各アイドルグループは、メンバーを入れ替えながら存続を計ることが選択肢の一つとなった。

2005年にはAKB48が結成され、2007年の紅白歌合戦に中川翔子リア・ディゾンと共に「アキバ系アイドル」枠で出場した。

この時期には、フジテレビ『アイドリング!!!』から誕生したアイドリング!!!(2006年)や、スターダストプロモーション所属のももいろクローバーZ(ももいろクローバーとして2008年)、ディアステージでんぱ組.inc(でんぱ組として2008年)、ハロー!プロジェクトアンジュルム(S/mileageとして2009年)、PASSPO☆(ぱすぽ☆として2009年)らが始動した。

アイドルはソロよりもグループの形態が主流となり、前述の中川翔子や小倉優子木下優樹菜里田まいスザンヌらは、「アイドル」としてではなく「バラエティタレント」というスタンスでテレビ出演しており、これ以降も同様の傾向が続く。

また、2000年にアイドルとして活動をスタートしたPerfumeは、2007年テクノポップユニットとして音楽面から人気を獲得し海外へも進出。一方、KARA少女時代K-POP勢も来日して活動を展開した。

アイドル戦国時代

2010年代に入ると、「アイドルを名乗るタレントの数が日本の芸能史上最大」という状況になり、「アイドル戦国時代」と呼ばれるようになった。

エイベックス・グループ所属のSUPER☆GiRLS東京女子流のデビュー、さくら学院から派生したBABYMETALの世界進出、ももいろクローバーZの女性グループ初となる国立競技場ライブ開催など、多数のグループが次々と活躍した(同時期にブレイクしたE-girlsはアイドルグループではなくダンス&ボーカルグループに分類されることが多い)。AKB48グループの拡大に付随して「坂道シリーズ」が誕生。ももいろクローバーZとその姉妹グループによるプロジェクト「STARDUST PLANET」(通称スタプラ)も始動した。

2010年から始まった、女性アイドルの大規模フェスTOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)の規模も、200組以上もの出演者が参加するまでになっている。

さらには、新潟Negicco宮城Dorothy Little Happy愛媛ひめキュンフルーツ缶福岡LinQなど、ローカルアイドル(ロコドル)と呼ばれる、地域に密着したアイドルも相次いで全国デビュー。中には福岡のRev. from DVLに所属する橋本環奈のように、個人で全国区の人気を集めたケースもある。日本ご当地アイドル活性協会代表の金子正男によると東京拠点のアイドル500組を除いた全国46道府県のアイドルは、2017年6月17日現在で942組存在する 。

主な女性アイドル

1940年代

歌手デビュー年

1950年代

歌手デビュー年

1960年代

歌手デビュー年

1970年代

歌手デビュー年

1980年代

歌手デビュー年

2010Happy Mail