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宮古市とは?

 | 
宮古市旗 | 宮古市章
1942年6月20日制定

【国】
日本
【地方】
東北地方
【都道府県】
岩手県
団体コード
03202-6
法人番号
6000020032026
【面積】
1,259.15km

【総人口】
53,692[編集]
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
42.6人/km
【隣接自治体】
盛岡市花巻市遠野市下閉伊郡岩泉町山田町上閉伊郡大槌町
【市の木】
アカマツ
【市の花】
ハマギク
【】

【宮古市役所】

【市長】
山本正徳
【所在地】
027-8501
岩手県宮古市宮町1丁目1番30号北緯39度38分23秒東経141度56分46秒
【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト
宮古市中心部周辺の空中写真。1977年撮影の10枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
宮古湾(ランドサット衛星画像)
月山山頂からの宮古市街

宮古市(みやこし)は、岩手県三陸海岸に面する本州最東端の地である魹ヶ崎を擁する。

目次

  • 1 概要
  • 2 地理
    • 2.1 位置
    • 2.2 自然
    • 2.3 隣接する自治体
    • 2.4 主要都市までの概算距離
    • 2.5 地名の由来
    • 2.6 気候
  • 3 歴史
    • 3.1 盛岡藩の外港
    • 3.2 宮古湾海戦
    • 3.3 沿革
      • 3.3.1 縄文時代 - 中世
      • 3.3.2 江戸時代
      • 3.3.3 明治 - 大正時代
      • 3.3.4 昭和戦前期
      • 3.3.5 戦後
      • 3.3.6 平成時代
      • 3.3.7 行政区域の変遷(市町村制施行以後)
  • 4 行政
  • 5 姉妹都市・友好都市
  • 6 人口
  • 7 経済
    • 7.1 産業
    • 7.2 震災による影響
    • 7.3 市内金融機関
    • 7.4 市内に支店、営業所等を置く主な企業
    • 7.5 商業
      • 7.5.1 市内の主な宿泊施設
      • 7.5.2 市内の主なチェーン店など
      • 7.5.3 市内の主な外食産業
      • 7.5.4 娯楽施設など
  • 8 漁港
  • 9 公的機関
    • 9.1 官公庁等
    • 9.2 主な市の施設
  • 10 メディア
  • 11 郵便
  • 12 学校
    • 12.1 短期大学
    • 12.2 高等学校
    • 12.3 中学校
    • 12.4 小学校
    • 12.5 特別支援学校
    • 12.6 学校教育以外の施設
  • 13 交通
    • 13.1 鉄道
      • 13.1.1 東日本旅客鉄道(JR東日本)
      • 13.1.2 三陸鉄道
    • 13.2 航路
    • 13.3 都市間バス
    • 13.4 路線バス
    • 13.5 道路
      • 13.5.1 自動車専用道路
      • 13.5.2 一般国道
      • 13.5.3 道の駅
      • 13.5.4 都道府県道
        • 13.5.4.1 主要地方道
        • 13.5.4.2 一般県道
    • 13.6 港湾
  • 14 名所・旧跡・観光施設など
    • 14.1 景勝
    • 14.2 旧跡
    • 14.3 観光施設・多目的施設
    • 14.4 他の名所・施設
    • 14.5 イベント・祭り
    • 14.6 伝統芸能
  • 15 宮古を舞台とした作品
  • 16 出身著名人
  • 17 その他の関連事象
  • 18 脚注
  • 19 出典
  • 20 外部リンク

概要

三陸海岸を代表する都市の一つであり、「本州最東端のまち」を掲げ、世界三大漁場の一つ三陸沖の豊かな漁業資源と、三陸復興国立公園浄土ヶ浜早池峰国定公園を代表とする森・川・海の豊かな自然環境を背景に、漁業と観光に力を入れている。

1941年に市制を敷き、盛岡市釜石市に次いで県内で三番目に市制移行した自治体となった。2005年田老町新里村を編入し、2010年川井村の編入によって県内一の面積を有する自治体となった。市域は山間部の川井・新里地区と、北部の田老地区、旧・宮古市部に大きく分けられる。人口は岩手県沿岸部の市町村の中では最も多い。面積は岩手県内で1位の大きさ、全国の市町村でもランキング11位の大きさを有する。

県庁所在地である盛岡市からは北上山地を隔てて約100 km離れているため、盛岡を初めとする北上盆地とは独立した地域圏を形成している。

2011年3月11日に発生した東日本大震災では大きな被害を受けた。市内中心部の被害はある程度抑えられたものの、沿岸集落は壊滅的被害となった。

地理

位置

宮古市は三陸海岸におけるリアス式海岸の北端に位置しており、宮古を境にして南がリアス式海岸、北が海岸段丘になっている。また、内陸や対岸との位置関係では、盛岡市(北上盆地)と秋田市(日本海沿岸)から真東に位置している。

2010年1月の川井村の編入により、市の面積は696.82 kmから1,259.89 kmに拡大し、一関市を抜いて岩手県の市町村で最大の面積を有することとなった。これは2015年時点で、日本の市の面積では東北では鶴岡市に次いで2番目、全国でも8番目の大きさである。しかしその9割は山林であるため、可住地面積は約117 kmと、総面積の約9%に止まり、少ない平地に人家が密集している状態である。そのため総面積当たりの人口密度は低いものの、可住地面積当たりの人口密度は約480(人/km)と県内平均を上回る。

市域中央部を西から東に閉伊川が貫流し、市街地のある宮古湾へと注いでいる。西部の川井地区は平地はほとんどなく、川沿いに人家が密集する地区が多い。周囲には早池峰山青松葉山がある。北部の新里地区には刈屋川が南へ流れ、茂市(もいち)で閉伊川に合流する。閉伊川と刈屋川に沿って、国道106号(旧・閉伊街道)と国道340号がそれぞれ並走する。市の南東部から北に向かって津軽石川が流れ、宮古湾に注いでいる。

市街地を覆うように重茂半島が南から延び、宮古湾を形成している。重茂半島には、月山(標高455.9 m)があり、市街地への見通しが良い関係から、テレビ・ラジオの中継塔が設置されている。山道口まではバスで行くことができる。太平洋に突き出る重茂地区の魹ヶ崎は本州の最東端であり、観光協会が「本州最東端訪問証明書」を発行するなど「最東端の市」として観光にも力を入れている。南に隣接する山田町との境に位置する十二神山には、航空自衛隊レーダーサイトがあるため、入山に制限が設けられている。

自然

閉伊川
区界高原(兜明神岳)

隣接する自治体

主要都市までの概算距離

北方向(沿岸)
南方向(沿岸)
西方向(山側)

地名の由来

以下の諸説がある。

また、京の「都」と同訓異字の「宮古」を天皇から賜ったとする、和泉式部源義経に関連する伝説が存在する。

いずれにしても中世文書においては「宮古」と地名を記している文献は見受けられない。鎌倉時代においては「閉河」や「閉崎」という特定の地名で呼ばれている。公的な文献で初めて宮古の文字が登場するのは、元和4年(1618年)に、盛岡藩の船員の名前を記した『浜田家文書』(岩手大学所蔵)であり、船員の一人に「宮古衛門二郎」という人物の名が見られる。これ以前の中世の時代に、地名及び集落としての「宮古」が存在したかは不明である。少なくとも宮古という地名が公的に認知されるのは、領内統一した南部氏が新たに町を開いた慶長年間以後のことである。

気候

ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候だが最暖月が22.2度と日本ではかなり涼しく、西岸海洋性気候に近いような気候である。

宮古市(宮古)(1981-2010)の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
平均最高気温 °C (°F) 4.9
(40.8) | 5.1
(41.2) | 8.3
(46.9) | 14.3
(57.7) | 18.4
(65.1) | 20.5
(68.9) | 23.9
(75) | 26.4
(79.5) | 23.1
(73.6) | 18.5
(65.3) | 13.2
(55.8) | 7.2
(45) | 15.4
(59.7)
日平均気温 °C (°F) 0.3
(32.5) | 0.4
(32.7) | 3.3
(37.9) | 8.7
(47.7) | 13.0
(55.4) | 16.0
(60.8) | 19.8
(67.6) | 22.2
(72) | 18.8
(65.8) | 13.3
(55.9) | 7.8
(46) | 3.1
(37.6) | 10.6
(51.1)
平均最低気温 °C (°F) -3.8
(25.2) | -3.8
(25.2) | -1.1
(30) | 3.8
(38.8) | 8.5
(47.3) | 12.7
(54.9) | 17.0
(62.6) | 19.2
(66.6) | 15.2
(59.4) | 8.7
(47.7) | 2.8
(37) | -1.2
(29.8) | 6.5
(43.7)
降雪量 cm (inch) 33
(13) | 55
(21.7) | 40
(15.7) | 3
(1.2) | 0
(0) | 0
(0) | 0
(0) | 0
(0) | 0
(0) | 0
(0) | 0
(0) | 16
(6.3) | 148
(58.3)
平均月間日照時間 161.0 | 152.9 | 178.6 | 189.3 | 181.2 | 149.4 | 133.8 | 160.6 | 128.0 | 155.2 | 147.3 | 147.4 | 1,882.6
出典 1: 気象庁
出典 2: 気象庁

歴史

漁業・廻船業で栄えた盛合家の屋敷(国登録有形文化財)
宮古湾海戦の一場面を描いた挿絵。旧幕府の旗艦回天丸が、明治政府の甲鉄艦へ接舷攻撃する場面

盛岡藩の外港

現在の宮古市の発祥は、盛岡藩主・南部利直によって盛岡藩(盛岡城下町)の外港として宮古の町が開かれたことに由来する。また現在の普代村から山田町豊間根までの行政を管轄する代官所が置かれ、周辺地域の政治、経済の中心地であった。江戸時代東北江戸とを結ぶ海運が盛んになると、沿岸漁村で産出される俵物を集荷し江戸へ移出するための拠点となり、前川善兵衛や鍬ヶ崎の和泉屋などの三陸の水産物を取り扱う豪商や、廻船問屋の活動が活発となった。また宮古は東廻り航路の要港であり、松前・東北諸藩が江戸へ米や材木などを輸送するための廻船の重要な寄港地として、料亭や遊廓が軒を連ねる奥州でも有数の商港として賑わった。

宮古湾海戦

戊辰戦争においては、蝦夷地にて独立を図る榎本武揚土方歳三らの旧幕府海軍艦隊(蝦夷共和国軍艦隊。総司令官:荒井郁之助。旗艦「回天丸」[艦長:甲賀源吾])が、宮古湾の鍬ヶ崎湊(くわがさきみなと。現在の宮古港の前身)に停泊する新政府軍艦隊の主力艦である装甲艦「CSS Stonewall」(ストーンウォール[日本名:甲鉄艦]。1871年12月に「東艦」と改称)を奪取すべくアボルダージュ(接舷攻撃)作戦を決行した、いわゆる宮古湾海戦が勃発した。

沿革

【宮古地域のできごと・年表:右の[表示]をクリック】

縄文時代 - 中世

江戸時代

1611年(慶長16年)、慶長三陸地震の大津波で流された常安寺は、1625年(寛永2年)に現在地に移転再建された。

明治 - 大正時代

昭和戦前期

開業時の宮古駅
昭和三陸津波後に建立された大津浪記念碑。「髙き住居は児孫の和樂 / 想へ惨禍の大津浪 / 此処より下に家を建てるな」

戦後

震災前の田老地区。 家々を取り囲むように、巨大な防潮堤が聳え立っていた。

平成時代

宮古駅に停車する岩泉線の車両(2005年12月)。岩泉線は落石事故をきっかけに2014年に廃線となった。
2003年に開業したシートピアなあど(道の駅みやこ)。津波により全壊したが、タラソ施設のみ解体し2013年に再開した。
津波の痕跡が残るたろう観光ホテルは震災遺構として整備され、2016年より震災学習などに利用されている。
2010Happy Mail