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寺尾常史とは?

【基礎情報】

【四股名】
寺尾節男→源氏山力三郎→寺尾節男→寺尾常史
【本名】
福薗 好文
【愛称】
アビ、タイフーン
【生年月日】
(1963-02-02) 1963年2月2日(55歳)
【出身】
鹿児島県姶良市(旧:姶良郡加治木町)
【身長】
185cm
【体重】
116kg
【BMI】
33.89
【所属部屋】
井筒部屋
(時津風一門)
【得意技】
突っ張り、押し、いなし、叩き、下手投げ
【成績】

【現在の番付】
引退
【最高位】
関脇
【生涯戦歴】
860勝938敗58休(140場所)
【幕内戦歴】
626勝753敗16休(93場所)
【優勝】
十両優勝2回
【賞】
敢闘賞3回
殊勲賞3回
技能賞1回
【データ】

【初土俵】
1979年7月場所
【入幕】
1985年3月場所
【引退】
2002年9月場所
【引退後】
年寄錣山(後に錣山部屋を創設)
時津風一門無所属
【趣味】
パチンコ、ゴルフ、音楽鑑賞
【備考】

金星7個 (大乃国3個、千代の富士1個、北勝海1個、貴乃花1個、武蔵丸1個
2018年1月31日現在
テンプレート プロジェクト 相撲

寺尾 常史(てらお つねふみ、1963年(昭和38年)2月2日 - )は、鹿児島県姶良市(旧:姶良郡加治木町)出身(生まれは東京都墨田区)で井筒部屋所属の元大相撲力士。得意技は突っ張り、押し、いなし、叩き、下手投げ。最高位は東関脇。本名は福薗 好文(ふくぞの よしふみ)。身長185cm、体重116kg。引退後は、年寄錣山となり、井筒部屋部屋付き親方を経て、分家独立し、錣山部屋の師匠として指導にあたる。角界での愛称は「アビ」、血液型はA型、趣味はパチンコ、音楽鑑賞、ゴルフ。

目次

  • 1 来歴
  • 2 家系
  • 3 エピソード
  • 4 主な成績
    • 4.1 場所別成績
  • 5 改名歴
  • 6 年寄変遷
  • 7 参考文献
  • 8 脚注
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

来歴

寺尾の手形

父はもろ差し名人として鳴らした元関脇鶴ヶ嶺、母は25代横綱2代西ノ海の孫娘、長兄は元十両鶴嶺山、次兄は元関脇逆鉾という力士の家系に生まれた(家系で詳述)。父・鶴ヶ嶺は厳格な人間であり、その影響で小さいころから父に対しては敬語を使っていたという。実際、父は年寄・13代井筒としても「何かあったら、まず自分の息子から叱る」としていた。

安田学園高校入学後相撲を始める。厳しい稽古を乗り越えて試合で勝つことの爽快感から相撲にのめりこむようになり2年生の時には一日も早く角界入りしたいと思うようになっていたが、長兄が次兄の入門の際に強硬に反対したことから角界入りしたいという気持ちをなかなか言い出せないでいた。しかし、1979年(昭和54年)5月場所の千秋楽の日、で闘病中であった最愛の母を見舞った後長兄に突然「お前、学校やめて相撲取りになったらどうだ?」と声を掛けられた。その後母の通夜の晩に父親に入門の意思を伝え、そのまま高校を中退して兄達を追うようにして角界入りする(母・節子は死ぬ間際に「相撲取りになって」と寺尾に告げていた。寺尾は後年インタビューで「あのお兄ちゃんの言葉は、おふくろの置きみやげだったと思ってるんですよ。きっと俺の気持ちを判っていて、相撲取りにならせてくれたんだな、って。」と往時を振り返っている。)。入門後は寺尾節男を名乗った。これは母(福薗節子)の旧姓・寺尾から取ったものである。同年7月場所初土俵1984年(昭和59年)7月場所新十両のとき「源氏山力三郎」と改名する。源氏山の四股名は同部屋に所属した30代横綱西ノ海が横綱昇進直後の場所まで名乗ったものである。この四股名は1場所限りで、翌場所から元の四股名に戻している。1985年(昭和60年1月場所で12勝3敗の成績で十両優勝し翌場所新入幕。6勝9敗と負け越して陥落するが翌場所も12勝3敗の成績で2度目の十両優勝で1場所で返り咲く。1987年(昭和62年)11月から名を常史(つねふみ)と改める。

初土俵の時に85kgしかなかった体重を100kgまで増やすために大変な努力をしたという。横になると口から食べたものが出る程食べ、夜も食べ物が胃から腸に下りるまで壁に寄りかかり、横になれるのは明け方から数時間程度という生活を約5年続け、100kgの大台に乗ったのは1984年(昭和59年)9月場所のことである。

長兄の鶴嶺山は十両止まりだったが、次兄の逆鉾は関脇まで昇進しており、様々な兄弟記録を残している。1986年(昭和61年)9月場所には同時三賞受賞、1989年(平成元年)3月場所には同時関脇を果たした。また1990年(平成2年)11月場所には千代の富士横綱土俵入り太刀持ち露払いを務めた。

1995年(平成7年)3月場所には横綱貴乃花から初の供給となる金星を獲得した。1997年(平成9年)3月場所には旭鷲山戦で右足親指を骨折し途中休場。初土俵以来続いた連続出場記録が1359で途切れた。30代後半を迎えた寺尾の突っ張りはなお衰えを知らなかったが、力士の大型化が進んだこともあってか2000年(平成12年)7月にはついに十両陥落。周囲からは引退の声も囁かれたが寺尾は続行を決意。翌年3月場所、5場所ぶりに幕内復帰した。38歳であった。再陥落後は昇進のチャンスもあったが、十両上位の星運に泣いた。2002年(平成14年)9月場所、十両11枚目の地位で怪我により3日目から5日目まで途中休場。再出場の6日目に初白星を挙げ、最後の相撲となった千秋楽では小城錦に勝利を決めるも、5勝8敗2休と負け越し幕下陥落が必至となり同9月場所限りで現役引退

現役時代は相撲界では珍しい甘いマスクと筋肉質のソップ体型で、女性ファンからの人気と声援が多かった。若い頃は回転の速い上突っ張りといなしで勝負しており、その敏捷な動きから海外公演で「タイフーン」の通称がついたほどだった。また右を差すこともあり、下手投げは強かった。晩年は突っ張りの後、父・兄が得意としていた両差しの相撲を取るようになった。引退後は年寄・錣山を襲名、井筒部屋の部屋付き親方を経て2004年(平成16年)1月、錣山部屋を創設。同部屋からは2015年(平成27年)7月場所までに小結豊真将、幕内・青狼阿炎を出している。

2017年7月場所は、体調面を考慮して審判部を外れ、木戸(入場口)担当を務める。

2017年12月、2018年1月31日に行われる理事候補選挙に時津風一門の意向として鏡山親方を推す動きに異議を唱え、23代(元前頭2枚目湊富士)と直弟子の19代立田川(元小結豊真将)と共に一門から離脱した。2月2日の副理事選挙では4人で副理事の3枠を争う中、実兄の14代井筒と異例の兄弟対決となった。結果は14票で落選となり、55歳の誕生日を飾れなかったが「一歩踏み出せた。意味は大きい」と晴れやかな表情だった。

家系

西ノ海(25代横綱)の曾孫(養女の養女の子供)、加賀錦(元幕下・本名は寺尾政喜)の孫、鶴ヶ嶺(元関脇)の三男、薩摩錦(元幕下)の従兄の孫。井筒3兄弟と言われ、長男が鶴嶺山(元十両)、次男が逆鉾(元関脇)、三男が寺尾。また、鶴ノ富士智万(元十両)は従弟に当たり、元中日ドラゴンズ選手の井上一樹は再従弟に当たる。長男(夫人と前夫との実子)は俳優寺尾由布樹

加賀錦は廃業後に国技館サービス株式会社の常務取締役を務めた。その妻・寺尾文子は相撲茶屋「吉可和」(よしかわ、相撲案内所 四番)を経営し、その経営権は寺尾の親族へと引き継がれた。

エピソード

主な成績

場所別成績

寺尾常史
【】
【一月場所
初場所(東京)】
【三月場所
春場所(大阪)】
【五月場所
夏場所(東京)】
【七月場所
名古屋場所(愛知)】
【九月場所
秋場所(東京)】
【十一月場所
九州場所(福岡)】

1979年
(昭和54年) 【x】
【x】
【x】
番付外
2–1 東序ノ口34枚目
6–1 西序二段80枚目
6–1
1980年
(昭和55年) 東序二段19枚目
2–5 西序二段42枚目
6–1 東三段目77枚目
2–5 西序二段7枚目
3–4 東序二段21枚目
5–2 東三段目68枚目
3–4
1981年
(昭和56年) 西三段目79枚目
4–3 西三段目58枚目
3–4 西三段目69枚目
6–1 東三段目20枚目
4–3 東三段目8枚目
4–3 西幕下55枚目
2–5
1982年
(昭和57年) 西三段目14枚目
6–1 西幕下37枚目
5–2 西幕下19枚目
4–3 西幕下16枚目
4–3 東幕下12枚目
3–4 西幕下18枚目
4–3
1983年
(昭和58年) 東幕下11枚目
3–4 東幕下20枚目
3–4 西幕下34枚目
4–3 東幕下23枚目
3–4 東幕下31枚目
4–3 西幕下22枚目
5–2
1984年
(昭和59年) 西幕下10枚目
5–2 西幕下4枚目
5–2 東幕下筆頭
5–2 東十両10枚目
7–8 西十両11枚目
8–7 西十両8枚目
8–7
1985年
(昭和60年) 西十両7枚目
優勝
12–3 西前頭14枚目
6–9 東十両3枚目
優勝
12–3 西前頭12枚目
10–5 西前頭2枚目
6–9 西前頭5枚目
7–8
1986年
(昭和61年) 東前頭7枚目
7–8 西前頭9枚目
8–7 西前頭4枚目
4–11 東前頭12枚目
8–7 東前頭8枚目
9–6
東前頭筆頭
6–9
1987年
(昭和62年) 西前頭4枚目
6–9 東前頭7枚目
8–7 東前頭2枚目
5–10 東前頭5枚目
7–8 東前頭6枚目
6–9 西前頭9枚目
8–7
1988年
(昭和63年) 東前頭3枚目
7–8
西前頭3枚目
6–9 西前頭6枚目
8–7 西前頭筆頭
6–9 西前頭4枚目
7–8 東前頭6枚目
8–7
1989年
(平成元年) 西前頭筆頭
8–7
西関脇0
5–10 東前頭3枚目
7–8 西前頭3枚目
10–5
西関脇0
8–7
西関脇0
8–7
1990年
(平成2年) 東張出関脇0
7–8 西小結0
8–7 東関脇0
7–8 西小結0
8–7 西関脇0
9–6 東関脇0
5–10
1991年
(平成3年) 東前頭2枚目
8–7
西小結0
8–7 東小結0
5–10 西前頭3枚目
6–9 東前頭7枚目
8–7 東前頭4枚目
6–9

1992年
(平成4年) 東前頭8枚目
8–7 西前頭4枚目
8–7 東前頭2枚目
2–13 東前頭13枚目
9–6 東前頭8枚目
9–6 東前頭2枚目
7–8
1993年
(平成5年) 東前頭5枚目
6–9 西前頭9枚目
8–7 東前頭5枚目
5–10 東前頭11枚目
8–7 西前頭4枚目
6–9 西前頭6枚目
7–8
1994年
(平成6年) 東前頭8枚目
8–7 西前頭2枚目
9–6
西小結0
8–7
西小結0
4–11 東前頭3枚目
4–11 西前頭9枚目
9–6
1995年
(平成7年) 西前頭2枚目
5–10 東前頭6枚目
8–7
東前頭筆頭
5–10 西前頭5枚目
5–10 西前頭9枚目
8–7 東前頭3枚目
5–10
1996年
(平成8年) 東前頭7枚目
6–9 東前頭11枚目
9–6 東前頭3枚目
5–10 西前頭6枚目
5–10 西前頭10枚目
9–6 東前頭3枚目
4–11
1997年
(平成9年) 西前頭8枚目
8–7 東前頭3枚目
2–12–1 東前頭13枚目
休場
0–0–15 東前頭13枚目
9–6 西前頭8枚目
7–8 西前頭9枚目
6–9
1998年
(平成10年) 西前頭13枚目
9–6 東前頭8枚目
5–10 西前頭12枚目
9–6 東前頭9枚目
4–11 東前頭16枚目
9–6 西前頭11枚目
8–7
1999年
(平成11年) 東前頭7枚目
8–7 西前頭3枚目
5–10 西前頭7枚目
6–9 西前頭11枚目
8–7 西前頭7枚目
8–7 東前頭4枚目
5–10

2000年
(平成12年) 東前頭7枚目
5–10 東前頭12枚目
7–8 西前頭13枚目
5–10 西十両3枚目
6–9 東十両6枚目
8–7 東十両5枚目
8–7
2001年
(平成13年) 西十両2枚目
8–7 西前頭12枚目
8–7 東前頭9枚目
2–13 西十両3枚目
9–6 西十両筆頭
7–8 西十両2枚目
休場
0–0–15
2002年
(平成14年) 西十両2枚目
5–10 西十両6枚目
8–7 西十両2枚目
2–3–10 東十両11枚目
休場
0–0–15 東十両11枚目
引退
5–8–2 【x】

各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞:=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞 その他:=金星
番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴

年寄変遷

参考文献

脚注

  1. ^ ベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p29
  2. ^ 自身が生まれたばかりの頃、井筒部屋に外国人の見学者がやってきて"a baby"と言ったところ、兄達は「アビ」と聞き違え、そのまま角界での愛称として定着してしまった。この愛称は、愛弟子「阿炎」に四股名として名付けた。
  3. ^ ベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p71
  4. ^ 「寺尾常史 闘志未だ健在なり。」『Sports Graphic Number』、1992年1月20日号、P.43
  5. ^ 負け越したことからゲン直ししたともいわれる。また本人はかつて出演したテレビ番組『いつみても波瀾万丈』で、『源氏山』は横綱の名跡だから自分には重過ぎたとも語っていた。週刊女性2015年12月22日号の記事には「改名した途端に負け越し古くささも嫌で寺尾を四股名にした」とある。
  6. ^ 『相撲』2012年8月号96頁
  7. ^ ベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p36-39
  8. ^ 錣山親方、体調面考慮で審判部外れる SANSPO.COM 2017.7.7 18:13
  9. ^ 井筒親方と錣山親方…副理事候補選は異例の対決に 当選の兄「複雑」、落選の弟は晴れやか SANSPO.COM 2018.2.2 17:53(産経新聞社、2018年2月3日閲覧)
  10. ^ 貴乃花親方は落選=10人の理事候補決まる-相撲協会 JIJI.COM (時事通信社、2018年2月3日閲覧)
  11. ^ 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p.60
  12. ^ 『相撲』2018年3月号 p.46-47
  13. ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p16
  14. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年5月号16ページ
  15. ^ 右足第1趾基節骨骨折により14日目から途中休場
  16. ^ 公傷

関連項目

外部リンク


現役年寄
出羽海一門 | 

二所ノ関一門 | 
  • 二所ノ関
  • 湊川
  • 松ヶ根
  • 放駒
  • 佐渡ヶ嶽
  • 粂川
  • 白玉
  • 濱風
  • 尾車
  • 鳴戸
  • 片男波
  • 熊ヶ谷
  • 楯山(停年後再雇用)
  • 田子ノ浦
  • 西岩
  • 峰崎
  • 花籠
  • 芝田山
  • 高田川

  • 時津風一門 | 
  • 時津風
  • 枝川
  • 間垣
  • 武隈(停年後再雇用)
  • 荒汐
  • 伊勢ノ海
  • 甲山
  • 立川
  • 鏡山
  • 勝ノ浦
  • 井筒
  • 陸奥
  • 立田山
  • 浦風
  • 追手風
  • 中川

  • 高砂一門 | 
  • 高砂
  • 若松
  • 錦島
  • 東関
  • 振分
  • 大山(停年後再雇用)
  • 錦戸
  • 千田川
  • 九重
  • 谷川
  • 八角
  • 陣幕

  • 伊勢ヶ濱一門 | 
  • 伊勢ヶ濱
  • 桐山(停年後再雇用)
  • 友綱
  • 玉垣
  • 大島(停年後再雇用)
  • 宮城野
  • 高島
  • 浅香山
  • 朝日山

  • 貴乃花一門 | 
  • 阿武松
  • 大嶽
  • 不知火
  • 音羽山
  • 千賀ノ浦

  • 無所属 | 
  • 貴乃花(一代年寄)
  • 錣山
  • 立田川
  • 立浪
  • 常盤山(停年後再雇用)

  • (空き名跡) | 
  • 安治川
  • 荒磯
  • 押尾川
  • 北陣
  • 佐ノ山
  • 秀ノ山


  • 錣山部屋
    師匠 | 
    錣山

    部屋付き親方 | 
    立田川


    力士 | 
    平幕 | 
    阿炎

    十両 | 
    青狼

    幕下 | 
    • 大和嵐
    • 寺尾
    • 王輝

    三段目 | 
  • 登竜
  • 寺尾海
  • 聖冴

  • 序二段 | 
  • 錣迅
  • 若荒輝
  • 原田
  • 寺尾翔
  • 濱天聖
  • 錣炎奨

  • 序ノ口 | 
  • 大永谷
  • 田中

  • 番付外 | 
  • 刃力
  • 大海原



  • 行司 | 
    木村俊太

    呼出 | 
    節男

    床山 | 
    床文



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
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