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小沢グループとは?

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この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2014年12月)

小沢グループ
小沢一郎

【設立年】
旧自由党グループ:2003年(平成15年)
一新会:2004年(平成16年)
北辰会:2005年(平成17年)
木曜会:2010年(平成22年)
新しい政策研究会:2011年(平成23年)
【設立者】
小沢一郎
【種類】
民主党グループ
【メンバー】
民主党所属国会議員
【事務総長】
新しい政策研究会:東祥三
【会長】
一新会:鈴木克昌
木曜会:田中直紀
新しい政策研究会:小沢一郎
【重要人物】
小沢一郎
【主要機関】
旧自由党グループ
一新会
北辰会
木曜会
新しい政策研究会
【関連組織】
小沢一郎政治塾
自由党
【予算】
一新会:8,633,922円
北辰会:650,000円
ウェブサイト
新しい政策研究会
【過去名】
北辰会:一新会倶楽部
  1. ^ 一新会平成22年分政治資金収支報告書参照
  2. ^ 北辰会平成22年分政治資金収支報告書参照

小沢グループ(おざわグループ)は、民主党グループ。かつて小沢一郎を支持した複数のグループの呼称である。小沢一郎の民主党離党により民主党内のグループとしては事実上消滅したと見られている。

目次

  • 1 概要
  • 2 主な集団
    • 2.1 旧自由党グループ
      • 2.1.1 所属国会議員一覧
        • 2.1.1.1 離党、脱会した議員
    • 2.2 一新会
      • 2.2.1 所属国会議員一覧
        • 2.2.1.1 国民民主党の現職議員
        • 2.2.1.2 離党、脱会した議員
        • 2.2.1.3 政治資金収支報告書の記載
    • 2.3 北辰会
      • 2.3.1 所属国会議員一覧
        • 2.3.1.1 離党、脱会した議員
        • 2.3.1.2 政治資金収支報告書の記載
    • 2.4 木曜会
      • 2.4.1 所属国会議員一覧
        • 2.4.1.1 離党、脱会した議員
    • 2.5 新しい政策研究会
    • 2.6 その他
  • 3 脚注
  • 4 関連項目

概要

2003年(平成15年)の民由合併によって解散した旧自由党出身の議員を指していた。当初は党中党は避けようという観点からほとんど会合なども行われなかった。その後、2004年(平成16年)6月に当時当選1〜2回の議員を対象とした小沢主宰の勉強会一新会(いっしんかい)が発足し、これ以降徐々に会合等を開くようになる。この一新会に加え、2005年(平成17年)秋、第44回衆議院議員総選挙の惨敗により、新たに発足した落選者や候補者を対象とした一新会倶楽部(いっしんかいくらぶ)が発足した。2006年(平成18年)に小沢が党代表に就任し、候補者擁立に采配を振るったこともあり、2007年(平成19年)の第21回参議院議員通常選挙第45回衆議院議員総選挙でそれぞれ民主党が大勝すると、当選した新人議員の多くが加入し、党内最大派閥となった。

第45回衆院総選挙後、一新会と一新会倶楽部の統合が検討されたが党内外に警戒感を招くとの考えから一新会倶楽部を議員組織に格上げして存続させることとなり、小沢グループが計3つ存在することとなった。また、旧自由党グループに国民新党出身の議員も参加することとなった。2010年(平成22年)秋に一新会倶楽部はより結束力が高い政治団体北辰会に衣替えした。

政策的には旧自由党時代は右派的、新自由主義的なものが多かったが、小沢の政策の変化に加え新人議員の取り込みの過程で様々な立ち位置の議員が所属したことからそういった傾向は薄れていった。旧自由党出身で当初小沢グループと見られていた議員の中でも、渡辺秀央大江康弘のように小沢と対立し離党した議員や藤井裕久平野達男のように党内の反小沢の立場に転じた議員もいる。小沢同様、選挙に向けて自民党との対立軸を鮮明にする傾向があり、対案路線を掲げる前原グループ野田グループとは対立することが多かった。

ここに挙げたグループのメンバー以外にも小沢の影響下にある議員は多数存在し、特に第21回参議院議員通常選挙と第45回衆議院議員総選挙で初当選した議員の多くは俗に小沢チルドレンとマスメディアで呼ばれた。

鳩山政権下では、前原グループや野田グループ出身の松本剛明細野豪志原口一博横路グループ高嶋良充などの登用も目立った。特に細野や高嶋は幹事長室への陳情の集約を任されるなど信任が厚かった。

2011年(平成23年)12月21日、小沢を支持する三つのグループが勉強会「新しい政策研究会」を発足させた。2011年12月、小沢を支持する内山晃ら9人の民主党所属の議員が「新党きづな」を結成して集団離党する。さらに2012年(平成24年)7月、当の小沢が計48人の議員を率いて民主党を集団離党して新党「国民の生活が第一」を結成した。新党結成後も一部の議員は民主党内に残ったが、この時点で民主党内の小沢系グループは事実上消滅したとされる。

その後、相次ぐ国政選挙で小沢系の議員が多数落選するなど小沢の求心力の衰えが指摘されている。

2011年(平成23年)に発足した21世紀国家ビジョン研究会(小沢鋭仁グループ)と区別する為、小沢一郎グループとも呼ばれる。

主な集団

各グループの概要、所属議員の2016年現在の状況等を以下に記す。先述のとおり、領袖の小沢の離党により民主党のグループとして消滅しているため、いずれも民進党のグループとしては存在していない。

旧自由党グループ

自由党に所属、または自由党公認で立候補した経験がある国会議員より成るグループ。自由民主党羽田派新生党新進党との連続性から、いわゆる保守本流(田中派)の流れを汲む。

所属国会議員一覧

離党、脱会した議員
衆議院議員
参議院議員
元衆議院議員
元参議院議員
  1. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  2. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党。2014年11月に復党。2017年10月に希望の党に合流。
  3. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党立憲民主党
  4. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党立憲民主党
  5. ^ 小沢グループ離脱後の所属は川端グループ前原グループ。2017年10月に民進党離党。その後の所属は無所属(所属会派は「無所属の会」)。
  6. ^ 2012年7月に民主党離党。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党希望の党→無所属。
  7. ^ 小沢グループ離脱後の所属は玄葉グループ。2013年3月に民主党除籍。その後の所属は無所属(所属会派は「新党改革・無所属の会」)→自民党。
  8. ^ 2013年4月に民主党離党。その後の所属は日本維新の会維新の党→おおさか維新の会→日本維新の会
  9. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  10. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  11. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  12. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党希望の党→自由党。
  13. ^ 2011年12月に民主党除籍。その後の所属は新党きづな国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  14. ^ 2011年12月に民主党除籍。その後の所属は新党きづな国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  15. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  16. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  17. ^ 2011年12月に民主党除籍。その後の所属は新党きづな国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  18. ^ 小沢グループ離脱後の所属は細野派→旧細野グループ。2017年10月に希望の党に合流。
  19. ^ 2017年10月に希望の党に合流。
  20. ^ 小沢グループ離脱後の所属は無派閥。
  21. ^ 小沢グループ離脱後の所属は細野派→旧細野グループ
  22. ^ 2011年6月に民主党除籍。その後の所属は無所属→新党大地維新の党→民進党(旧維新の党グループ松野グループ)→希望の党→国民民主党。
  23. ^ 2005年11月に民主党除籍。その後の所属は無所属→改革クラブ→無所属→たちあがれ日本太陽の党日本維新の会→無所属→太陽の党次世代の党→日本のこころを大切にする党→日本のこころ
  24. ^ 2012年11月に民主党除籍。その後の所属は減税日本・反TPP・脱原発を実現する党日本未来の党みどりの風
  25. ^ 2008年9月に民主党除籍。その後の所属は改革クラブ→無所属→幸福実現党→無所属→自由民主党
  26. ^ 2012年7月に民主党離党。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党
  27. ^ 2012年7月に民主党離党。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→無所属→自由党
  28. ^ 2008年9月に民主党除籍。その後の所属は改革クラブ→新党改革

一新会

2004年(平成16年)6月16日に小沢を支持する1期〜3期の衆議院議員を中心に結成された。菅政権の時代には代表幹事に鈴木克昌、会長代行に奥村展三が就任し事務を取り仕切っていた。グループ名は自由党のスローガンであった「日本一新」に由来する。国会会期中は毎週木曜日に定例会を開催し、それ以外でも多くの勉強会を開催した。民主党の他のグループ同様、緩やかな繋がりにすぎず、議員によって小沢との距離に大きな差があるが、マスコミには他の小沢グループと一括して扱われることがあった。川端グループ鳩山グループに所属する議員も多かった。

2004年(平成16年)9月と2006年(平成18年)9月に、箱根で、地方議員や各地の後援者を含めた全国研修会を開いた。

第44回衆議院議員総選挙後、一新会は党内最大派閥となり、小沢が幹事長に就任した。副幹事長を側近議員で固め、鳩山政権の政策決定においても影響力を利かせるようになった。

しかし、小沢の献金問題などの不祥事で内閣支持率が激減して内閣は総辞職し、小沢も幹事長の離任を余儀なくされる。その後の代表選では小沢が事実上支援した樽床伸二が敗北し、代表選後の役員人事改造では国会対策委員長に樽床が起用された他は軒並み小沢と距離を置く議員で固められ、一新会は反主流派に転落した。

参加議員は月1万円の会費を徴収される。

所属国会議員一覧

国民民主党の現職議員

計2名。

篠原孝
(5回、長野1区)
田名部匡代
(1回・衆院3回、比例東北青森3区)
離党、脱会した議員
衆議院議員
元衆議院議員
元参議院議員
政治資金収支報告書の記載

「党費又は会費を納入した人の数」は、平成17年分政治資金収支報告書には31人、平成18年分政治資金収支報告書には33人、平成19年分政治資金収支報告書には33人、平成20年分政治資金収支報告書には33人、平成21年分政治資金収支報告書には46人、平成22年分政治資金収支報告書には45人と記載されている。

  1. ^ 2017年10月に民進党を離党。その後の所属は立憲民主党
  2. ^ 2018年5月に民進党を離党。その後の所属は立憲民主党
  3. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち→自由党立憲民主党
  4. ^ 2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党→生活の党。2014年11月に復党。2017年10月に希望の党に合流。
  5. ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/11/06 03:51

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