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小田急多摩線とは?

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多摩線

小田急多摩センター - 唐木田間を走る4000形(2代)
(2007年8月28日)

【基本情報】

【国】
日本
【所在地】
神奈川県東京都
【起点】
新百合ヶ丘駅
【終点】
唐木田駅
【駅数】
8駅
【路線記号】
OT
【開業】
1974年6月1日
【所有者】
小田急電鉄
【運営者】
小田急電鉄
【使用車両】
小田急電鉄#車両を参照
【路線諸元】

【路線距離】
10.6 km
軌間
1,067 mm
【線路数】
複線
電化方式
直流1,500 V
架空電車線方式
閉塞方式
自動閉塞式
保安装置
D-ATS-P
最高速度
110 km/h

多摩線(たません)は、神奈川県川崎市麻生区新百合ヶ丘駅から東京都多摩市唐木田駅までを結ぶ、小田急電鉄鉄道路線である。駅ナンバリングで使われる路線記号はOT

目次

  • 1 概要
    • 1.1 路線データ
  • 2 路線概要
  • 3 歴史
    • 3.1 多摩ニュータウン開発と多摩線の建設
    • 3.2 小田急による多摩線沿線の開発
    • 3.3 唐木田への延伸
    • 3.4 都心方面への直通運転の開始
    • 3.5 東日本大震災の影響
    • 3.6 千代田線直通から新宿方面直通への転換
    • 3.7 年表
  • 4 列車種別
    • 4.1 快速急行
    • 4.2 通勤急行
    • 4.3 急行
    • 4.4 各駅停車
    • 4.5 運行本数
    • 4.6 過去の列車種別
      • 4.6.1 特急ロマンスカー
      • 4.6.2 区間準急
      • 4.6.3 準急
      • 4.6.4 多摩急行
    • 4.7 臨時列車
      • 4.7.1 特急ロマンスカー
      • 4.7.2 千代田線直通臨時列車
  • 5 車両
    • 5.1 自社車両
      • 5.1.1 通勤型
      • 5.1.2 特急型
    • 5.2 他社車両
      • 5.2.1 東京地下鉄
      • 5.2.2 東日本旅客鉄道
  • 6 女性専用車
  • 7 駅一覧
  • 8 多摩線沿線の土地区画整理事業一覧
  • 9 その他
    • 9.1 相模原延伸計画
    • 9.2 川崎縦貫高速鉄道直通運転計画
  • 10 脚注
    • 10.1 注釈
    • 10.2 出典
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

概要

【停車場・施設・接続路線】

凡例
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 |  | 取手駅
 |  |  |  | 
 |  | 常磐線(各駅停車)
 |  |  |  | 
 |  | C-19 綾瀬駅
 |  |  |  | 
 |  | 
 |  |  |  | 
 |  | C-18 北千住駅
 |  |  |  | 
 |  | OH01 新宿駅
 |  |  |  | 
 |  | 東京地下鉄:千代田線
 |  | 
 |  | OH05/C-01 代々木上原駅
 |  | 
 |  | ↑↓小田原線
 |  | 
 | 0.0 | OH23 新百合ヶ丘駅
 |  | 
 |  | 
 |  |  |  | 
 |  | 

 |  | 麻生川

 | 1.5 | OT01 五月台駅

 | 2.8 | OT02 栗平駅
 |  |  |  | 
 |  | 京王:相模原線
 |  |  |  | 
 | 4.1 | OT03 黒川駅
 |  |  |  | 
 |  | 若葉台駅
 |  |  |  | 
 | 4.9 | OT04 はるひ野駅
 | 
 | 
 |  | 
 |  | 神奈川県/東京都
 |  | 
 |  | 京王永山駅
 | 
 | 
 | 6.8 | OT05 小田急永山駅
 |  | 
 |  | 
 |  | 
 |  | 京王多摩センター駅
 | 
 | 
 | 9.1 | OT06 小田急多摩センター駅
 |  |  | 
 | 
 |  | 多摩センター駅
 |  | 
 |  | 多摩都市モノレール線
 |  | 
 |  | 
 |  | 
 |  | 乞田川
 |  |  |  | 
 |  | ←京王:相模原線↑
 |  | 
 |  | ←喜多見電車区唐木田出張所
 |  | 
 | 10.6 | OT07 唐木田駅

多摩線は1974年開通で、小田急電鉄で一番新しい路線であり、京王相模原線と並ぶ多摩ニュータウンの都心へのアクセス路線である。開通から30年近くは新百合ヶ丘駅での小田原線との乗り換えが不便などの理由で、多摩ニュータウンから都心へのアクセスには併走する京王相模原線を利用する乗客が多く、京王電鉄に大きな差をつけられていた。 しかし2000年代より都心方面への直通列車が運行開始されたことで京王との競争力が増し、小田急主体の沿線開発の進展も伴い年々利用客が増えている。さらに小田原線の複々線化完成による2018年のダイヤ改正では、千代田線直通の多摩急行急行は廃止されるが、小田急多摩センター - 新宿間を最短33分で結ぶ快速急行や、通勤時間帯の通勤急行、新宿方面への日中の急行、帰宅時間帯及び土休日の快速急行が新設されるなど、利便性が一層強化される。

路線データ

  • 路線距離:10.6km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:8駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:110km/h

※ 全線立体交差、踏切は存在せず。

路線概要

3面6線の新百合ヶ丘駅を発車すると、多摩線は高架を登り右カーブで北西を向き小田原線から分岐する。その先で麻生川東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線(津久井道)を跨ぎ、切通しに入り五月台駅へ。その先は住宅街を築堤で抜け2面2線の栗平駅に到着。この先から徐々に本来の多摩丘陵の様相が見えてきて山が増えてくるようになり、次の黒川駅を発車すると東京都道・神奈川県道19号町田調布線(鶴川街道)を跨ぎトンネルを抜ける。トンネルを抜けると新興住宅街はるひ野を左手に見て小田急で最も新しいはるひ野駅へ。この付近から北側に京王相模原線が見えてくるようになり、この先でトンネルを抜けて同線と合流して東京都(多摩市)に入る。しばらく多摩ニュータウンを両側に見ながら再びトンネルを抜けると2面2線の小田急永山駅に到着する。

小田急永山駅を発車すると京王相模原線と並走し、東京都道18号府中町田線(鎌倉街道など)を跨ぎ、左カーブで西を向く。切通しであった線路は間もなく高架に変わり、多摩ニュータウンの中心街に入ると2面2線の小田急多摩センター駅に到着する。

小田急多摩センター駅を発車するとすぐに多摩都市モノレール線が跨ぎ、京王相模原線と別れる。その先は右側は多摩丘陵の山を、左側は多摩ニュータウンを見ながら東京都道158号小山乞田線と並走。右手に府中カントリークラブゴルフ場が見えると間もなく2面3線の唐木田駅へ。唐木田駅の先は喜多見電車区唐木田出張所が広がり、また将来の延伸に備えて町田市方面に線路が延びている。

歴史

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多摩ニュータウン開発と多摩線の建設

1981年ごろの黒川 - 小田急永山間(現在のはるひ野駅付近)を走る列車。沿線の開発は進んでいなかった

1963年7月11日に新住宅市街地開発法が公布され、それに基づき東京都多摩ニュータウンを開発する計画を立てた。そして、居住者の多くが都心へ通勤することを考慮し、小田急電鉄と京王帝都電鉄(現:京王電鉄)の2社にニュータウン鉄道として新線の建設を要請した(計画段階では西武鉄道多摩川線の延長案もあった)。これに先立つ1962年には運輸省都市交通審議会の答申第6号で「喜多見方面より原宿、永田町、日比谷、池ノ端および日暮里の各方面を経て松戸方面へ向かう路線」として「東京8号線」の整備が提案されており、1964年には同区間が「東京9号線」として確定した上で、1972年の同審議会第15号答申では「橋本 - 喜多見」間が追加されて、多摩ニュータウンから都心部へのルート整備が進められる事になった。

小田急は当初、喜多見駅から分岐してよみうりランド付近および稲城市内を経由して多摩中央(現在の「多摩センター駅」のことを指す)に至るルートを検討したが、新たに多摩川に架橋する必要が生じるうえ京王相模原線と同じルートとなることからその後百合ヶ丘駅付近から分岐することに計画を変更した。百合ヶ丘付近にはS字カーブがあり、輸送のネックが生ずることが予想されたことから、路線の付け替えを行い、その途中に分岐駅となる新百合ヶ丘駅を設置することとした。

こうして1974年6月1日に新百合ヶ丘 - 小田急永山間、続いて1975年4月23日には小田急永山 - 小田急多摩センター間が開業した。しかし、小田原線の線路容量が逼迫していることもあって、多摩線のほとんどの列車は線内折り返しで運転せざるを得ず、朝ラッシュ時のわずかの各停を除き、新宿方面へは新百合ヶ丘駅で乗り換えが必要となった。一方の多摩ニュータウンに並行して乗り入れている京王相模原線が開業当初から都心方面(新宿駅・都営新宿線)への直通列車を運転していたことと、さらに2005年3月20日の小田急線運賃改定まで小田急多摩センター - 小田急永山間の運賃と京王多摩センター - 京王永山間の運賃に差異もある(大人初乗り運賃で京王が130円に対して小田急は140円であった)ことから、小田急多摩線は京王相模原線に相当数の乗客を奪われていた。そのため、日中はあたかも地方ローカル線のような線内列車(2両編成が主だった1980年代には15分間隔で4両編成が運転された)のみが行き来する閑散路線と化していた。小田急で最後に開業した路線にもかかわらず、車両は1980年代まで18 m級の2400形などが主力で、それで十分の輸送量しかなかったのである。

小田急による多摩線沿線の開発

沿線の開発が進んだ2007年の黒川 - はるひ野間を走る5200形。

一方、小田急は多摩線の開発と関連してその沿線に住宅都市を建設する構想をたて、1970年ごろから具体化に動き出していた。ちょうどそのころ多摩ニュータウンではごく一部ながら入居が始まり、周辺には百合ヶ丘、鶴川、平尾などの開発が終わった大規模住宅地があったことから、多摩線の建設と相まって多摩丘陵の開発が促進されるのは必至であった。これをそのまま放置すればスプロール化により、将来近代的な市街地として発展するうえで大きな障害となることが予想された。これを未然に防ぐため、小田急は地元一体となり土地区画整理事業を行い、広範囲にわたりインフラ整備と宅地の利用増進をはかり、理想的な街づくりをしようと計画したのである。

計画区域は新百合ヶ丘駅周辺から、多摩線に沿った黒川駅付近までの東西約6km・南北約1kmが設定された。このエリアを黒川第一、栗木第一、柿生第一、柿生第二、西百合ヶ丘、黒川第二、真光寺、栗木第二の8ブロックに分け、それぞれのブロックで地元地権者と協力して組合を設立し、土地区画整理事業を施工するという形で開発が行われた。この手法は、同じ鉄道会社のものとしては1960年代に始まった東急電鉄の「多摩田園都市」でも用いられたものであるが、小田急としては初めてのことだった。ただし、このうち新百合ヶ丘駅周辺の西百合ヶ丘ブロックは川崎市が、多摩ニュータウンに隣接する黒川第二・真光寺ブロックは日本住宅公団(後のUR都市機構)がそれぞれ施行することになり、これらのブロックで小田急は一組合員としての参加になった。

こうして1971年8月に柿生第二ブロックにおいて組合が設立され、着工したのを皮切りに、他のブロックにおいても次々と組合が設立・着工した。柿生第二ブロックでは、小田急が取得した保留地において「栗平邸宅街」の分譲が1977年に行われ、全139区画が即日完売するという好評さであった。最後まで残った黒川第二・真光寺ブロックにおいてもUR都市機構により「黒川特定土地区画整理事業」が施行され、その街びらきに合わせた2004年12月11日にはるひ野駅が開業した。このような開発の進展とともに沿線人口は増加し、かつてのローカル線のイメージは払しょくされつつある。

唐木田への延伸

多摩ニュータウン唐木田地区に建設された車両基地

新百合ヶ丘 - 小田急多摩センター間の開通後の多摩ニュータウンでは、関係自治体からの要求やオイルショックが相まって、人口密度を大幅に減らす決定がなされていた。かつての住宅不足の解決を目的とした団地のような画一的な中高層住宅の大量建設ではなく、定住性を重視したゆったりとした住宅の建設が志向されるようになり、実際に1980年代に入ると戸建てのような低層集合住宅「タウンハウス」が次々に建てられていった。こうしたことから当初の計画における輸送量は見込めず、なおかつ京王と競合する多摩センター - 橋本間の延伸には小田急は着手しなかった。そして1987年に城山まで所持していた路線免許の失効をもって、この区間への延伸は正式に断念された。

一方で多摩ニュータウン開発が進展するなか、京王と競合しない唐木田地区へと多摩線は延伸されることになった。唐木田地区の既存住民が、清掃工場の建設を受け入れることとの引き換えに、唐木田への多摩線の延伸を要求したからともいわれる。この工事は1987年12月に着手され、小田急多摩センター - 唐木田間の延伸工事とともに、車両基地の工事が行われた。車両基地の建設に当たっては、建設地がもともと丘陵地であり全体として標高が高いことから、深さ25メートルの掘り下げが行われた。ここで発生した土の量は約76万立方メートルで、10tダンプ約14万台分にも及ぶ。最初に約15メートルを掘り下げ、擁壁として機能させる円柱の杭を車庫となる場所の周囲に329本設置したのち、その内側を更に10メートル掘り下げるという手法で行われた。

こうして、多摩ニュータウン唐木田地区の街びらきに合わせた1990年3月27日に唐木田駅が開業した。開業当初の利用客は、付近に開学した大妻女子大学多摩キャンパスの学生が多かったが、唐木田地区の入居が進むにつれ徐々に乗降客数は増えている。同時に車両基地の稼働も開始され、小田急線の車両運用上でも重要な役割を果たすようになった。また、車両基地内の配線はさらに南西の町田市西部・相模原市方面への延長が可能なように設定された。

都心方面への直通運転の開始

2000年12月2日営団地下鉄(現:東京地下鉄)千代田線への相互乗り入れを行う急行が新設され、当初の「東京9号線」構想が実現した。その後も小田原線での複々線化などの改良が進むなか、2002年3月23日には千代田線直通の多摩急行が新設、2004年12月11日にははるひ野駅開業と同時に新宿方面とを結ぶ区間準急が設定された。先述した運賃についても加算運賃の廃止や旅客運賃の値下げから大人初乗り運賃が京王より安い120円となった。このように相模原線に対する多摩線の競争力が増すことで、多摩線の劣勢が鮮明だった多摩センター駅においても、多摩線の乗降客数が相模原線のそれの半数程度まで追い上げる結果となっている。

東日本大震災の影響

2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原子力発電所などの停止にともない実施された輪番停電(計画停電)では、小田急電鉄のほか多くの鉄道路線でも運休などの対応が取られたが、多摩線では小田原線と比べ利用者が少ないことなどから、初日の3月14日は終日運休(小田原線の新宿-経堂以外も終日運休)。2日目の3月15日は11:30 - 22:30の間運休(他路線は19:30には運転開始)となった。他の運休路線と異なり都心通勤通学圏内である多摩線の利用客を軽視したと取られる対応に対して多くの質問(クレーム)がよせられたようで、3日目の3月16日からは多摩線を終日運行(他路線は3月18日まで運休あり)とし、同日に小田急電鉄のホームページに、他の運休区間などもあわせ理解を求める文章を掲載した。

千代田線直通から新宿方面直通への転換

2016年3月26日には新宿方面とを結ぶ区間準急を廃止するとともに千代田線直通の急行が増発され、多摩線と千代田線との結びつきはより強いものとなっていたが、小田原線の複々線化完成に伴う2018年3月のダイヤ改正では一変する。この改正では、朝の通勤時間帯において小田急多摩センター - 新宿間を最短33分、ラッシュピーク時でも40分で結ぶ通勤急行の新設や、帰宅時間帯における新宿発の快速急行の新設、新百合ヶ丘駅における小田原線優等列車との接続強化など、多摩線の大幅な利便性向上を打ち出したものとされたが、その一方で千代田線直通の急行および多摩急行は廃止となり、日中の急行は千代田線直通から新宿方面に置き換わるなど、多摩線の優等列車は千代田線直通から新宿方面直通に転換されることとなった。

年表

2010Happy Mail