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山崎康晃とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
東京都荒川区
【生年月日】
(1992-10-02) 1992年10月2日(27歳)
【身長
体重】
179 cm
88 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
2014年 ドラフト1位
【初出場】
2015年3月28日
【年俸】
2億5,000万円(2019年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本代表
プレミア12
2015年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


獲得メダル
男子 野球
日本
WBSCプレミア12
 | 2015 | 野球
アジア プロ野球チャンピオンシップ
 | 2017 | 野球

山﨑 康晃(やまさき やすあき、1992年10月2日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ/エイベックス・マネジメント所属。

2015年、DeNAで入団1年目からクローザーを任され37セーブを挙げ、新人最多記録を樹立。2019年には「新人投手として入団1年目から5年連続公式戦20セーブ」を達成し、自身の持つNPB記録を更新した。佐々木主浩の愛称であった大魔神にちなんで、「小さな大魔神」と呼ばれている。スプリットの様に鋭く落ちるツーシームが武器。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 DeNA時代
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 WBSCプレミア12での投手成績
    • 4.3 年度別守備成績
    • 4.4 タイトル
    • 4.5 表彰
    • 4.6 記録
    • 4.7 背番号
    • 4.8 登場曲
    • 4.9 代表歴
  • 5 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴[ソースを編集]

プロ入り前[ソースを編集]

帝京高等学校では、2年生だった2009年第91回全国高等学校野球選手権大会と、3年生だった2010年第82回選抜高等学校野球大会でいずれも準々決勝まで進出した。帝京高校では1学年上に原口文仁、2学年上には杉谷拳士高島祥平がいた。プロ志望届を提出するも、2010年のドラフト会議でどの球団からも指名されなかった。

亜細亜大学へ進学すると、1年生だった2011年に、東都大学野球春季リーグ戦で救援投手としてデビューし、当時の自己最速記録であった149km/hをストレートで計測した。秋季リーグ戦では、中継ぎや抑えでチームの5年振り優勝に貢献。チームがこの優勝から6季連覇を達成したため、2年生だった2012年第61回全日本大学野球選手権大会で準優勝、3年生だった2013年第44回明治神宮野球大会で優勝を経験した。3年生から先発投手に転向。夏には、第39回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出。大会では、クローザーとしてチームの優勝に貢献するとともに、4試合(通算6イニング)無失点9奪三振という内容で最優秀投手賞を受賞した。4年生の東都大学春季リーグ戦では、オール完投でリーグ最多の5勝を挙げるとともに、防御率1.94でMVPに選ばれた。同リーグでは、通算で38試合に登板。203回1/3を投げて、15勝(10完投4完封)6敗、171奪三振、防御率1.95という成績を残した。夏のハーレム国際大会では、日本代表のクローザーとして、チーム最多の3勝を挙げた。1年先輩に嶺井博希がおり、在学中にバッテリーを組むこともあった。

2014年のNPBドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズと阪神タイガースから1巡目で指名された。両球団とも有原航平の重複指名による抽選に外れた末の再指名であったが、抽選の結果、DeNAが交渉権を獲得。会議の前から『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ制作の特別番組)の取材を受けていたため、会議当日の10月23日には、同番組の生放送にも出演した。DeNAとの交渉の結果、出来高分を含めた契約金1億5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は「19」。

DeNA時代[ソースを編集]

2015年オープン戦で中継ぎとして好成績を残したことや、前年にクローザーを務めた三上朋也が故障したことから、開幕直前に中畑清一軍監督から急遽、クローザーに任命された。3月28日に開幕カードの読売ジャイアンツ戦でプロ初登板を果たすと、3月31日の対広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)でプロ初セーブを記録した。4月22日の対阪神タイガース戦から5月8日の対巨人戦にかけて、9試合連続セーブ(NPBの新人投手による公式戦記録)を達成。5月には、月間10セーブのNPB新人投手記録を樹立するとともに、5月22日の対阪神戦(いずれも横浜)でチームのサヨナラ勝利によってプロ初勝利を挙げた。このような活躍を背景に、オールスターゲームにも、セントラル・リーグ(セ・リーグ)抑え投手部門のファン投票1位で出場。7月17日の第1戦(東京ドーム)では、セ・リーグ選抜のクローザー(5番手投手)として初登板を果たした。9月4日の対巨人戦(いずれも横浜)でプロ入り後初の救援失敗を経験するも、シーズン通算では2勝4敗37セーブ7ホールド、防御率1.92を記録し、DeNA選手としては初となるセ・リーグ新人王に輝いた。前身球団を含めれば、新人選手および投手からの選出は、大洋ホエールズ時代(1977年)の斉藤明雄以来38年ぶりだった。シーズン終了後には、第1回WBSCプレミア12日本代表として参加。大会後の契約交渉では、推定年俸5,000万円(球団の新人選手では最大の3,500万円増)という条件で契約を更改。さらに、コンディショニング管理や英語を学ぶ目的で、12月上旬から2週間にわたって単身でロサンゼルスへの短期留学を敢行した。

2016年アレックス・ラミレス新監督の方針で、前年に続いてクローザーを任された。オープン戦期間中の3月6日には、京セラドーム大阪で開かれた「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」第2戦に、日本代表の5番手投手として8回裏に登板。1イニングを三者凡退に抑えた。レギュラーシーズンの前半戦では、2度の救援失敗があったものの、32試合の登板で2勝2敗4ホールド20セーブを記録。2年連続でオールスターゲームファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得すると、本拠地・横浜スタジアムでの第2戦(7月16日)9回表に、6番手投手として「凱旋登板」を果たした(試合は5 - 5のスコアで引き分け)。この登板では、帝京高校時代の1学年先輩である原口文仁捕手と7年振りにバッテリー組んだ。しかし、8月に入ると、公式戦4日連続の救援登板でいずれも失点。4試合で合計10失点を喫した影響で、月間の防御率が15.12に達するほどの不振に陥ったが、山崎への信頼が強いラミレスの方針でプロ入り後初の出場選手登録抹消を免れた。一時はセットアッパーの三上や田中健二朗がクローザーを務めたり、ビハインドの場面からの救援登板を経験したりしたが、9月以降は復調。レギュラーシーズン全体では、防御率(3.59)が前年より悪化したものの、通算33セーブで2年連続のシーズン30セーブを達成した。新人扱いでNPBの球団へ入った後に、入団1年目から2年続けて公式戦で30セーブを記録した投手は山崎が初めてである。

チームがレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでは、巨人とのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(東京ドーム)において、第1戦(10月8日)と第3戦(10月10日)でセーブを挙げた。チームの1勝1敗で迎えた第3戦では、1点を勝ち越した直後の延長11回裏に登板。嶺井とのバッテリーで巨人打線を無失点に抑えたことによって、チームは勝利とともにファイナルステージへの進出を決めた。チームは広島とのファイナルステージに敗れて日本シリーズへの出場に至らなかったが、山崎自身はシリーズ終了後の「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」に日本代表として参加。オランダ戦とメキシコ戦で、1試合ずつ救援登板を経験した。

2017年、チームメイトの石田健大と共に、第4回ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の指名投手枠で選出されたことから、日本代表が投手を入れ替える目的でこの枠を利用した場合には、2次ラウンド以降に代表へ招集される可能性があった。ただし、実際には利用に至らなかったため、山﨑も石田も本大会への出場は見送られた。レギュラーシーズンでは、開幕を一軍のクローザーとして迎えたものの、4月13日の対阪神戦・4月14日の対ヤクルト戦で2試合連続救援に失敗。同月16日の対ヤクルト戦からは、この年に入団したスペンサー・パットンのクローザー起用を前提に、セットアッパーへ再び転向した。転向後は、セットアッパーとしての登板15試合すべてを無失点で凌いだほか、1勝0敗11ホールドを記録するほど復調。その間にパットンの投球内容が安定しなかったことも背景に、ラミレスの要請で5月20日の対巨人戦(いずれも横浜)でクローザーに復帰したところ、1回無失点という内容で4月9日の対中日戦(ナゴヤドーム)以来18登板試合振りのセーブを記録した。このようにポジションを転々としながらも、球団からのノミネート選手としてセ・リーグの抑え投手部門に名を連ねたオールスターゲームのファン投票では、入団以来3年連続の得票数1位を獲得。3年連続の出場を果たした。後半戦ではクローザーに定着。8月25日の対ヤクルト戦(神宮)で、公式戦3年連続20セーブを達成した。NPBの球団と新人扱いで契約した投手が、入団1年目から3年連続で公式戦20セーブを記録した事例は山崎が初めてである。レギュラーシーズン全体では、セ・リーグ最多の68試合に登板。セーブ数を26にまで伸ばしたものの、阪神のラファエル・ドリスがリーグトップの37セーブでシーズンを終えたため、最多セーブ投手のタイトル獲得までには至らなかった。

チームがレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでは、CS通算6試合の登板で2セーブをマーク。チームのCS突破で臨んだ福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでも3試合に登板した。2試合目に当たる横浜での第5戦(11月2日)では、8回表2死1・2塁からの登板で1点のリードを守り切った末に、シリーズ初セーブを記録。しかし、2日後(11月4日)に福岡ヤフオク!ドームで催された第6戦では、1点リードの9回裏1死無走者から内川聖一に同点本塁打を浴びた。結局、チームは山崎降板後の延長11回裏にサヨナラ負けを喫したことによって、19年振りの日本シリーズ制覇を逸している。

日本シリーズの終了後には、第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ日本代表として参加。韓国代表との初戦(11月16日)では、1点ビハインドの9回表に登板すると、韓国打線を三者凡退に抑えた。日本代表は、9回裏に同点へ追い付くと、山﨑降板後の延長10回裏にタイブレークからサヨナラ勝利。韓国代表と再び対戦した11月19日の決勝では、セーブの付かない7点リードの9回表に登板すると、三者凡退に抑えて優勝決定の瞬間をマウンドで迎えた。

2018年、レギュラーシーズンの初登板だった4月1日の対ヤクルト戦(横浜)から、4月21日に神宮球場で催された同カードまで、8登板試合連続セーブを記録。4月10日の対巨人戦(東京ドーム)では、シーズン4セーブ目を挙げ、NPB通算100セーブを日本人投手最速(NPB入りから4年目)で達成した。この年も4年連続でオールスターゲームファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得し、4年連続で出場する。最終的に自己最多タイの37セーブを記録し、自身初タイトルとなる最多セーブ投手を獲得した。

2019年、このシーズンも引き続きクローザーとして起用され、前半戦では31試合に登板し1勝1敗16S防御率1.20の好成績を残し、5年連続でオールスターゲームファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得し、5年連続で出場。

後半戦2試合目となった7月17日の広島東洋カープ戦に抑え投手として登板し、3者凡退に抑えプロ入りからの通算150セーブを達成した。26歳9ヶ月での達成は、馬原孝浩および永川勝浩が記録した28歳7ヶ月を上回るNPB最年少記録である。12試合に登板した7月には、1勝7セーブ2ホールド、防御率0.75をマークし、セ・リーグ投手部門の月間MVPを初めて受賞した。

最終的にはセ・リーグで唯一となる30セーブを記録し、シーズン終了を待たずして2年連続の最多セーブ投手を獲得した。

選手としての特徴[ソースを編集]

投球フォーム(2015年11月21日、東京ドームにて)

クロスステップのオーバースローから繰り出す最速153km/hのストレートと、スプリットのように落ちる落差の大きいツーシームが投球のほとんどを占め、まれにスライダーを投げる。ナックルボールも持っており、握りを変えて球速が遅いものと速いものの2種類を投げ分ける。前者は一般的なナックルに見られるような不規則な変化を、後者は縦に鋭く落ちるような変化をするが、2019年現在、公式戦ではしばらく投げていない(オールスターで披露する時があるのみ)。ツーシームに関しては、大学時の2年先輩である東浜巨から1年先輩である九里亜蓮が盗んだ技術を、さらに山崎が盗んだもので、2人の卒業後も「机に東浜さんと九里さんの投球フォームの連続写真を貼って毎日眺めてたんです」などと語っている。プロ入り後牽制球を一度も投げたことがなかったが、非公式戦ながら2019年のオールスター第一戦で9回1死1塁、打者源田壮亮、一塁走者荻野貴司の場面で初めて牽制をした。公式戦では未だに投げていない。また、先発での登板も一度もない。

人物[ソースを編集]

日本人の実父とフィリピン人の実母との間に生まれたが、小学3年時に両親が離婚してからは、帝京高校へ進学するまで2歳上の姉と共に実母の下で育てられた。プロ入り後は、クローザーとして公式戦で白星やセーブを挙げるたびに、ウイニングボールを実母に贈っているという。

野球を始めたきっかけになった選手として、帝京高校やDeNAでの先輩に当たる森本稀哲を挙げている。

横浜スタジアムでの試合に登板する場合には、ファンが登場曲(Zombie NationのKernkraft400)に合わせながら、スキャットと「康晃」コールで山﨑をマウンドへ送り出す応援(康晃ジャンプ)が恒例になっている。山﨑からDeNAへの入団1年目に「NBAの試合の雰囲気が好き」と聞いたフリーアナウンサー節丸裕一が、当時実況を務めていたニコニコ生放送でのDeNA戦中継で提案したことがきっかけになったとされる。

詳細情報[ソースを編集]

年度別投手成績[ソースを編集]






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

2015 | DeNA | 58 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 37 | 7 | .333 | 215 | 56.1 | 38 | 2 | 11 | 0 | 1 | 66 | 4 | 1 | 13 | 12 | 1.92 | 0.87
2016 | 59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 33 | 7 | .286 | 252 | 57.2 | 57 | 7 | 23 | 0 | 0 | 61 | 2 | 0 | 27 | 23 | 3.59 | 1.39
2017 | 68 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 26 | 15 | .667 | 260 | 65.2 | 52 | 3 | 13 | 0 | 1 | 84 | 1 | 0 | 16 | 12 | 1.64 | 0.99
2018 | 57 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 37 | 3 | .333 | 226 | 56.1 | 40 | 5 | 18 | 3 | 1 | 63 | 1 | 0 | 18 | 17 | 2.72 | 1.03
2019 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 30 | 4 | .600 | 243 | 60.0 | 44 | 6 | 19 | 2 | 0 | 54 | 0 | 0 | 18 | 13 | 1.95 | 1.05
NPB:5年 303 | 0 | 0 | 0 | 0 | 13 | 17 | 163 | 36 | .433 | 1196 | 296.0 | 231 | 23 | 84 | 5 | 3 | 328 | 8 | 1 | 92 | 77 | 2.34 | 1.06

WBSCプレミア12での投手成績[ソースを編集]




















|
ブ





























ボ
|










2015 | 日本 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 3.0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00

年度別守備成績[ソースを編集]

【年
度】
【球
団】
投手
【試

合】















2015 | DeNA | 58 | 3 | 6 | 0 | 1 | 1.000
2016 | 59 | 1 | 15 | 0 | 0 | 1.000
2017 | 68 | 5 | 8 | 0 | 0 | 1.000
2018 | 57 | 5 | 7 | 1 | 1 | .923
2019 | 61 | 4 | 7 | 1 | 1 | .917
通算 303 | 18 | 43 | 2 | 3 | .968

タイトル[ソースを編集]

表彰[ソースを編集]

記録[ソースを編集]

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号[ソースを編集]

登場曲[ソースを編集]

代表歴[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球. サンスポ. 2019年1月12日閲覧。
  2. ^ 山﨑康晃 - avex managemet Web
  3. ^ 新人王に輝いたDeNA山崎 「小さな大魔神」に影響を与えた2投手の存在”. Full-Count. 2019年6月9日閲覧。
  4. ^ “亜大・山崎がDeNAと入団合意 三浦目標に「日々成長して力に」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年11月7日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/11/07/kiji/K20141107009244170.html 2015年1月8日閲覧。
  5. ^ 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦) NPB日本野球機構公式サイト(2015年7月17日) 2016年10月6日閲覧
  6. ^ DeNA・山崎康、セーブ機会初失敗・・・九回1点リード守れずSANSPO.COM.2015年9月5日
  7. ^ DeNA山崎康3500万↑球団新人の史上最高額だ日刊スポーツ(2015年12月4日) 2016年10月6日閲覧
  8. ^ 山崎康ベイ修行 ロスで3週間語学&トレーニング日刊スポーツ (2015年12月6日) 2016年10月6日閲覧
  9. ^ 侍ジャパン強化試合 チャイニーズ・タイペイvs日本 2016年03月06日(日)京セラドーム大阪 試合詳細 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年3月6日) 2016年10月6日閲覧
  10. ^ 2016年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦) NPB日本野球機構公式サイト(2016年7月16日) 2016年10月6日閲覧
  11. ^ 原口代打同点打!夢舞台満喫、De山崎康と高校以来のバッテリー”. デイリースポーツ. 2016年10月24日閲覧。
  12. ^ DeNA山崎康、志願も4戦連続失点…配置転換なし日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧
  13. ^ DeNA・山崎康、8月は6登板中5試合で失点…ラミレス監督「抑えは変わらない」”. サンケイスポーツ. 2016年10月24日閲覧。
  14. ^ DeNA山崎康「きっかけに」今季初ビハインド登板日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧
  15. ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  16. ^ 広島・野村ら指名投手枠 WBC日本代表(2017年2月9日)2017年4月17日閲覧
  17. ^ DeNA“守護神”山崎康が7回に登板で本拠地どよめき 2試合連続救援失敗で… full-Count (2017年4月17日)同日閲覧
  18. ^ 【DeNA】山崎康、3セーブ!守護神復活(2017年5月21日)2017年5月22日閲覧
  19. ^ “マイナビオールスターゲーム2017 ファン投票結果”. 日本野球機構. (2017年6月26日). http://npb.jp/allstar/2017/ballotresult.html 2017年6月26日閲覧。
  20. ^ “DeNA山崎康が史上初 1年目から3年連続20S”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2017年8月25日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1877705.html 2017年8月26日閲覧。
  21. ^ 大会出場メンバー25名を発表 3監督が記者会見で意気込みを語る 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2017年10月12日) 2017年10月22日閲覧
  22. ^ 侍稲葉監督流れを「ジャンプ」後継に山崎康晃を期待”. nikkansports.com. ニッカンスポーツ新聞社 (2017年11月17日). 2017年11月18日閲覧。
  23. ^ 山崎康晃、日本人最速100セーブの裏に精神面成長”. 日刊スポーツ (2018年4月11日). 2018年5月26日閲覧。
  24. ^ “DeNA山崎康の底知れぬ魅力 ツーシームは大魔神のフォークに匹敵する!?”. Full-count フルカウント. (2015年6月2日). http://full-count.jp/2015/06/02/post12057/
  25. ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/10/20 09:41

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