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平井正史とは?

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平井 正史
オリックス・バファローズ コーチ #72

2015年5月5日 神戸第二サブ球場で撮影。

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
愛媛県宇和島市
【生年月日】
(1975-04-21) 1975年4月21日(43歳)
【身長
体重】
183 cm
92 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
1993年 ドラフト1位
【初出場】
1994年9月10日
【最終出場】
2014年6月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴

  • オリックス・バファローズ (2015 - )

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


平井 正史(ひらい まさふみ、1975年4月21日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)。愛媛県宇和島市出身。現在はオリックス・バファローズ一軍投手コーチを務める。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 オリックス時代
    • 1.3 中日時代
    • 1.4 オリックス復帰・引退
    • 1.5 引退後
  • 2 選手としての特徴・人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別投手成績
    • 3.2 タイトル
    • 3.3 表彰
    • 3.4 記録
    • 3.5 背番号
  • 4 脚注
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

経歴

プロ入り前

宇和島東高校時代は1993年の甲子園に春夏連続出場を果たす。その後、ドラフト会議オリックス・ブルーウェーブから1位指名を受け入団。

オリックス時代

1994年、9月10日の対近鉄バファローズ戦、同点で迎えた9回裏無死満塁の場面でプロ初登板し、1死は取ったものの次の打者にサヨナラ犠牲フライを打たれるデビュー結果となった。その後は初勝利を挙げるなど8試合登板、1勝3敗の成績で終わった。

1995年、当時の投手コーチだった山田久志は先発での育成を考えたが、仰木彬監督の意向でリリーフとして起用されることとなった。開幕から抑えとして活躍しオールスターゲーム出場。この年は15勝5敗27セーブを挙げて最優秀救援投手最高勝率のタイトルを獲得し新人王に選出された。リーグ優勝を決めた9月19日の西武ライオンズ戦では最後の打者吉竹春樹を一塁ゴロに抑え胴上げ投手になっている。日本シリーズにも登板したが第2戦では勝ち越しホームラン、第3戦ではサヨナラホームランを打たれ2連敗し、シーズンのような活躍を見せることはできず、その後の登板機会はなくチームも日本一を逃した。

1996年、前年の登板過多から球が走らず苦しい投球が続き、抑えの座を鈴木平に明け渡す。終盤復調しリーグ連覇に貢献。日本シリーズでも第一戦で前年記録できなかったセーブを記録。日本シリーズ制覇に貢献した。同年オフに山田コーチは先発起用を懇願しチームを退団する。

1997年、山田前コーチの希望通り、先発投手に転向。開幕から先発ローテーションに入り第3戦目に登板したがスタミナ不足で長いイニングが投げられず5月半ばに二軍落ち終盤に復帰したがわずか2勝に終わる。

1998年、中盤からセットアッパーとしてチームに貢献。終盤には先発ローテーションにも入り復調した。

1999年以降怪我や不調で4年間は勝ち星を挙げることができなかった。

2002年オフに山﨑武司との交換トレードで山田が監督を務めていた中日ドラゴンズに移籍。背番号は36。

中日時代

2003年開幕3連戦の3戦目の3月30日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で移籍後初勝利を挙げた。この勝利はオリックス時代の1998年以来5年ぶりの勝利となった。この試合は序盤で中日が8-1と7点リードしていたが先発の野口茂樹が5回持たずに降板したことで、巨人に追い上げられ最終的に10-9と辛くも逃げ切っての勝利だった。この勝利でチームは開幕カードを2勝1敗で勝ち越した。平井は序盤はリリーフで結果を残し、5月終盤からチーム事情もあり先発ローテーション入る。チームが不振に喘ぎ、先発投手陣ではエースの川上憲伸、前年初の2ケタ勝利を挙げた朝倉健太らが故障で離脱するなど苦しい事情の中、勝ち星を重ね、初の規定投球回到達を達成して12勝を挙げカムバック賞を受賞した。

2004年は序盤は先発、中盤は中継ぎ、岩瀬がアテネオリンピックで抜けた夏は抑えを務め、チームを支え、リーグ優勝に貢献した。中日移籍後初の埼玉西武ライオンズとの日本シリーズでは第2戦、第4戦、第7戦に登板した。第2戦は1回を投げ無失点だったが、第4戦は勝ち試合ではあったが、中島裕之にソロ本塁打を打たれ、第7戦ではホセ・フェルナンデスに適時打、平尾博嗣にソロ本塁打を打たれるなど2失点するなどやや苦しんだ。

2005年からは中継ぎ専任となった。この年は阪神タイガースと終盤優勝争いをしていた。9月7日の阪神戦(ナゴヤドーム)では敗戦投手となったが、この試合は優勝争いをする意味で非常に大きな試合となった。9回に阪神が得点した際、2人目のランナー中村豊が微妙な判定でアウトとなり、岡田彰布監督が抗議したが、覆らなかった。そしてその裏の中日の攻撃でランナーが生還した際はアウトのタイミングになったが今度はセーフの判定で再び岡田監督が猛抗議し、今度は阪神の野手陣を引き上げさせた。没収試合寸前だったが、岡田監督は球団社長の説得を受け入れる形で試合は再開された。チームはその後追いつき、延長戦に突入した。自身は延長10回途中から登板し、イニングを跨ぎ11回も登板したが、9回にアウトになった中村に勝ち越しホームランを打たれ、これが決勝点となった。この試合を境に阪神は勢いづいて2年ぶりのリーグ制覇を果たし、中日は一度は追い上げを見せるも阪神に及ばずリーグ連覇を逃した。最終的に防御率3.83と安定感に欠けたが55試合に登板した。

2006年は安定感を取り戻し、自己最多の57試合に登板。2年ぶりのリーグ優勝に貢献した。北海道日本ハムファイターズとの日本シリーズでは第2戦と第5戦に登板し、いずれも無失点に抑えた。同年オフに背番号を33に変更。

2007年は先発に再転向する予定だったが、振るわず、開幕二軍スタートとなった。結局は中継ぎのままとなったが5月に一軍昇格するとそのまま中継ぎに定着し、安定感のある投球を見せ、45試合に登板した。日本シリーズでは前年同様日本ハムとの対戦となったが、第3戦と第4戦の2試合に登板し無失点に抑えた。そしてチームの日本一に貢献した。

2008年は打ち込まれることもあり、二軍落ちを味わった。

2009年は、前年同様不振で河原純一が積極起用されたことや浅尾拓也が中継ぎに回ったこともあり、25試合の登板に終わった。

2010年、46試合に登板して防御率2点台の成績を残し、3年ぶりのリーグ優勝に貢献した。しかし、千葉ロッテマリーンズと対戦した日本シリーズでは第1戦に登板したものの井口資仁にソロ本塁打を打たれるなど2回2失点と不調でこれ以降の登板はなかった。

2011年はシーズンでは前年より少ない33試合に登板したが安定感を欠いた。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは第2戦で9回の1イニング抑えると延長10回に味方が勝ち越し、そのまま勝利したことで、自身初の日本シリーズ初勝利を挙げた。日本シリーズはこの1試合だけの登板だった。

2012年はわずか2試合の登板に終わり、10月2日に球団から戦力外通告を受けた。本人は「覚悟はしていた」と話し、現役続行を希望。同年11月9日に行われた12球団合同トライアウト(日本製紙クリネックススタジアム宮城)に参加したところ、古巣ブルーウェーブの後身であるオリックス・バファローズから誘われ、同球団の秋季キャンプで入団テストを受験。18日に松本幸大とともに合格が発表され、12月1日に11年ぶりの古巣復帰が発表された。

オリックス復帰・引退

2013年は若手の佐藤達也などが台頭したこともあり、21試合にしか登板できなかったが、限られた登板の中で自分の役割を果たし、安定した投球を見せた。

2014年はチームは優勝争いするも若手の台頭により、1試合の登板に終わり、10月8日に同年限りでの現役引退を発表。同時に、2015年よりオリックスの二軍投手コーチに就任する事が発表された。

引退後

2015年はオリックスの二軍投手コーチ、2017年からオリックスの一軍投手コーチを務める。

選手としての特徴・人物

宇和島東高時代に甲子園を沸かせ、1993年にドラフト1位でオリックス入団。最速157km/hを記録した若き豪腕は、その翌年からストッパーに抜擢された。常時、150km/hを出すストレートに落差のあるフォーク。当時、平井のボールは、「浮き上がる」「うなる」と打者に恐れられた。神戸を未曾有の大震災が襲い、「頑張ろう!神戸」とユニホームの肩に縫い付けて戦ったこの1995年のシーズンに入団2年目の平井は、15勝、27セーブの大活躍でオリックスのリーグ優勝、日本一へ貢献。新人王並びに最優秀救援賞を獲得した。

プロ初登板でサヨナラ負けを喫したことで試合後に本人は落ち込んでいたが、当時監督だった仰木彬に監督室に呼ばれると「これで北新地に行ってこい」と賞金をもらっている。負け試合で監督賞を貰ったのは後にも先にもこれが初めてで、後に「あれがあったからここまで来られた」と仰木への感謝の気持を口にしている。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1994 | オリックス | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | -- | .250 | 55 | 15.0 | 10 | 0 | 2 | 1 | 1 | 12 | 0 | 0 | 5 | 3 | 1.80 | 0.80
1995 | 53 | 0 | 0 | 0 | 0 | 15 | 5 | 27 | -- | .750 | 343 | 85.1 | 77 | 1 | 14 | 1 | 2 | 82 | 3 | 0 | 25 | 22 | 2.32 | 1.07
1996 | 34 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 6 | -- | .625 | 202 | 50.1 | 34 | 3 | 19 | 1 | 1 | 50 | 1 | 0 | 16 | 14 | 2.50 | 1.05
1997 | 17 | 9 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | -- | .667 | 249 | 54.1 | 68 | 5 | 18 | 0 | 5 | 27 | 1 | 0 | 29 | 24 | 3.98 | 1.58
1998 | 36 | 3 | 0 | 0 | 0 | 6 | 3 | 1 | -- | .667 | 265 | 65.1 | 50 | 8 | 20 | 1 | 1 | 48 | 3 | 0 | 23 | 18 | 2.48 | 1.07
1999 | 5 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 81 | 15.0 | 25 | 3 | 13 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 18 | 14 | 8.40 | 2.53
2000 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 16 | 3.2 | 3 | 2 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 7.36 | 1.64
2001 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 46 | 9.2 | 11 | 3 | 5 | 0 | 1 | 13 | 0 | 0 | 9 | 9 | 8.38 | 1.66
2002 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 22 | 4.0 | 8 | 1 | 2 | 0 | 1 | 3 | 1 | 0 | 4 | 4 | 9.00 | 2.50
2003 | 中日 | 40 | 20 | 3 | 2 | 1 | 12 | 6 | 0 | -- | .667 | 584 | 144.1 | 132 | 16 | 25 | 2 | 6 | 98 | 0 | 0 | 55 | 49 | 3.06 | 1.09
2004 | 38 | 10 | 0 | 0 | 0 | 5 | 6 | 5 | -- | .455 | 358 | 87.0 | 92 | 6 | 17 | 1 | 0 | 58 | 0 | 0 | 40 | 38 | 3.93 | 1.25
2005 | 55 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 1 | 16 | .500 | 231 | 54.0 | 51 | 6 | 16 | 4 | 3 | 46 | 2 | 0 | 24 | 23 | 3.83 | 1.24
2006 | 57 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 0 | 22 | .625 | 254 | 63.0 | 51 | 5 | 16 | 4 | 1 | 44 | 1 | 0 | 16 | 16 | 2.29 | 1.06
2007 | 45 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | 19 | .667 | 162 | 41.0 | 35 | 5 | 10 | 0 | 1 | 30 | 1 | 0 | 18 | 15 | 3.29 | 1.10
2008 | 37 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 9 | .500 | 128 | 28.0 | 36 | 3 | 6 | 1 | 3 | 23 | 1 | 0 | 16 | 16 | 5.14 | 1.50
2009 | 25 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 5 | .000 | 81 | 19.0 | 17 | 4 | 8 | 0 | 1 | 16 | 0 | 0 | 9 | 9 | 4.26 | 1.32
2010 | 46 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 5 | .667 | 203 | 49.0 | 40 | 5 | 16 | 3 | 3 | 29 | 2 | 0 | 12 | 12 | 2.20 | 1.14
2011 | 33 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 5 | .500 | 127 | 27.2 | 32 | 3 | 8 | 1 | 2 | 12 | 1 | 0 | 15 | 12 | 3.90 | 1.45
2012 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | .000 | 14 | 2.1 | 5 | 0 | 1 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 11.57 | 2.61
2013 | オリックス | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | ---- | 96 | 20.1 | 26 | 0 | 7 | 0 | 2 | 19 | 0 | 0 | 5 | 5 | 2.21 | 1.62
2014 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.00
NPB:21年 569 | 45 | 3 | 2 | 1 | 63 | 43 | 41 | *84 | .594 | 3521 | 839.1 | 804 | 79 | 226 | 20 | 35 | 620 | 18 | 0 | 345 | 309 | 3.31 | 1.23

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

脚注

  1. ^ 平井 故仰木監督に日本一誓う ゆかりの古酒に“願い”
  2. ^ 「平井正史を大エースにできなかった」山田久志の悔恨
  3. ^ 中日ドラゴンズ 公式サイト - ドラゴンズニュース ★来季の契約について”. 中日ドラゴンズ公式サイト. 2012年10月3日閲覧。
  4. ^ 平井、小笠原ら7人に戦力外通告…中日”. スポーツ報知. 2012年10月3日閲覧。
  5. ^ “オリックスが平井ら獲得”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年12月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/12/01/kiji/K20121201004682420.html 2013年4月13日閲覧。
  6. ^ 平井 引退&来季2軍投手コーチ就任 理想は恩師2人スポーツニッポン2014年10月10日配信
  7. ^ 平井投手コーチが1軍へ/オリックス来季の組閣一覧日刊スポーツ 2016年10月27日掲載
  8. ^ “豪腕ストッパーのオリックス・平井が引退会見 「いつも前を向いていた」”. THE PAGE(ザ・ページ). (2014年10月9日). http://thepage.jp/detail/20141009-00000002-wordleafs?page=1 2014年10月9日閲覧。
  9. ^ “【ファン交歓会一問一答】原口、関西弁の女性「いいと思います」(画像6)歴代サンスポMVP大賞、新人賞の受賞者”. SANSPO.COM (産業経済新聞社). (2016年11月23日). http://www.sanspo.com/baseball/photos/20161123/tig16112305040011-p6.html 2017年9月8日閲覧。

関連項目

外部リンク

オリックス・バファローズ 2018
監督 | 

一軍コーチ | 
  • 77 西村徳文(ヘッド)
  • 73 高山郁夫(投手)
  • 72 平井正史(投手)
  • 71 藤井康雄(打撃)
  • 74 下山真二(打撃)
  • 76 風岡尚幸(内野守備・走塁)
  • 75 佐竹学(外野守備・走塁)
  • 82 鈴木郁洋(バッテリー)
  • 90 別府修作(ブルペン)

  • 二軍監督・コーチ | 
  • 81 田口壮(監督)
  • 85 弓岡敬二郎(ヘッド兼育成総括)
  • 86 米村理(チーフ兼打撃)
  • 89 小林宏(投手)
  • 88 小松聖(投手)
  • 79 辻竜太郎(打撃)
  • 83 勝呂壽統(内野守備・走塁)
  • 84 早川大輔(外野守備・走塁)
  • 70 三輪隆(バッテリー)

  • 育成コーチ | 
  • 80 酒井勉
  • 87 齋藤俊雄
  • 96 川端崇義

  • 投手 | 
  • 0 山崎福也
  • 11 松葉貴大
  • 13 山岡泰輔
  • 14 吉田一将
  • 15 佐藤達也
  • 17 増井浩俊
  • 18 岸田護
  • 19 金子千尋
  • 20 近藤大亮
  • 21 西勇輝
  • 26 東明大貴
  • 27 アルバース
  • 28 塚原頌平
  • 29 田嶋大樹
  • 30 K-鈴木
  • 32 ディクソン
  • 35 比嘉幹貴
  • 39 小林慶祐
  • 42 ローチ
  • 43 山本由伸
  • 46 本田仁海
  • 47 海田智行
  • 48 齋藤綱記
  • 49 澤田圭佑
  • 54 黒木優太
  • 57 山田修義
  • 58 金田和之
  • 61 榊原翼
  • 63 山崎颯一郎
  • 65 青山大紀
  • 66 吉田凌
  • 67 佐藤世那
  • 68 鈴木優
  • 69 大山暁史
  • 91 岩本輝

  • 捕手 | 
  • 22 高城俊人
  • 23 伏見寅威
  • 25 西村凌
  • 37 若月健矢
  • 45 飯田大祐
  • 62 山崎勝己

  • 内野手 | 
  • 1 中島宏之
  • 2 白崎浩之
  • 3 安達了一
  • 4 福田周平
  • 5 西野真弘
  • 6 宗佑磨
  • 10 大城滉二
  • 12 マレーロ
  • 31 小谷野栄一
  • 33 縞田拓弥
  • 36 山足達也
  • 38 小島脩平
  • 40 鈴木昂平
  • 44 園部聡
  • 52 岡崎大輔
  • 64 廣澤伸哉

  • 外野手 | 
  • 00 西浦颯大
  • 8 後藤駿太
  • 9 ロメロ
  • 24 宮崎祐樹
  • 34 吉田正尚
  • 50 小田裕也
  • 53 吉田雄人
  • 55 T-岡田
  • 56 武田健吾
  • 59 根本薫
  • 93 佐野皓大
  • 99 杉本裕太郎

  • 育成選手 | 
  • 122 張奕(外野手)
  • 123 稲富宏樹(捕手)
  • 125 戸田亮(投手)
  • 126 神戸文也(投手)
  • 127 坂本一将(内野手)
  • 128 東晃平(投手)
  • 129 比屋根彰人(内野手)
  • 130 フェリペ(捕手)


  • 業績
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/09/08 06:31

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