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幼児虐殺とは?

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幼児虐殺

幼児虐殺(ようじぎゃくさつ)は新約聖書の『マタイによる福音書』2章16節~18節にあらわれるエピソードで、新しい王(イエス・キリストのこと)がベツレヘム(ベトレヘム)に生まれたと聞いて怯えたユダヤの支配者ヘロデ大王がベツレヘムで2歳以下の男児を全て殺害させたとされる出来事。

目次

  • 1 概要
  • 2 キリスト教
  • 3 批判的見解
  • 4 芸術作品
  • 5 脚注
  • 6 参考文献
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

概要

幼児虐殺は、占星術博士の星に関するエピソードの中で、マタイによる福音書の幼年期の部分に書かれている。博士たちはユダヤ人の王を訪ねてきた(マタイ2:1)。ユダヤ人の王であったヘロデは、自分を脅かしうる者が誰なのかを調べるために策略を練り、帰りに立ち寄り知らせるよう博士たちに頼んだ。博士たちが他の道を通って帰ったことを知ると、「大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」(マタイ2:16)。この場面はいくつかの旧約のエピソードを思い出させる。出エジプト記によれば、ファラオは生まれたばかりのヘブライ人の子を皆殺しにするよう命じたが、モーゼだけは助かり、後にこのモーゼによって民は解放された(出エジプト 1:8-2:10)。聖マタイはまた、幼児の殉教によってエレミヤの預言が実現したことを語る(エレミヤ31:15)。イスラエルの民は追放されたが、新たな出エジプトとして主は新たな地へ導き、新しい契約を約束した(エレミヤ31:31)。従って、キリスト教ではこの場面の意味は明白である。この世の力がどれほどであろうとも、人間を救う神の計画に逆らうことはできないということである。

キリスト教

キリスト教では伝統的にこの幼児たちをイエスのために命を落とした最初の殉教者(致命者)であるとみなしてきた。伝統的教会では彼らを聖人とし、カトリック教会では「幼子殉教者」(おさなごじゅんきょうしゃ)、正教会に属する日本ハリストス正教会では「聖嬰児」(せいえいじ)と呼ぶ。カトリックでの記念日は12月28日、正教会での記憶日は12月29日

マタイ福音書によれば、ヘロデ大王は星を見て救い主の誕生を知り、拝もうとやってきた東方の三博士たちから「新しい王」の話を聞いた。王は自分の地位を脅かされることを恐れ、いっそ殺してしまおうと考えた。そこでベツレヘムで2歳以下のすべての男子を殺害するよう命じ、実行させた。これはエレミヤ書31章15節にある「ラマで声が聞こえる。すすり泣きとうめき声が……」という預言の成就であるとマタイ福音書は書く。イエスの両親ヨセフマリアはお告げでこの危機を知り、エジプトに逃れたためイエスの殺害を免れた。

批判的見解

フラウィウス・ヨセフスなどの一般の歴史家の記述はおろか、他の福音書にすらこの幼児虐殺のエピソードは記されていない為、マタイ福音書の記述は事実ではなく、イエスの生涯を旧約聖書の預言の実現として描こうとするマタイの意図によって創作されたエピソードであるとする説もある。

たとえ事実であったとしても当時のベツレヘムは本当の寒村であったため、ごく小さな規模の事件であったと考えられる。ある学者は、当時のベツレヘムの人口はせいぜい300人程度、聖書学者レイモンド・ブラウンは1,000人程度であったと推定する。これらの説に従うなら、実際に殺された幼児の数はどんなに多く見積もっても20~30人程度であったのではないかと推測される。もともと、当時の専制君主はこれを超える規模の非道な虐殺行為をしばしば行っていたため、ヨセフスや他の歴史家からもわざわざ記録するほどの事件とは見なされなかったと解釈することもできる。

キリスト教伝承において、この幼子殉教者たちの数はしばしば誇大化して扱われた。正教会の伝承では14,000人とし、シリア教会での聖人伝には64,000人と記されていた。現代の研究者はこのような数字は過度の誇張であると考えている。

芸術作品

ピーテル・パウル・ルーベンス作『幼児虐殺』。アルテ・ピナコテーク蔵。

幼児虐殺は、幼児に対する暴力というショッキングなテーマながら、ジョット・ディ・ボンドーネなど多くの芸術家たちの画題となってきた。たとえばルーベンスは一度ならず『幼児虐殺』の絵を描いているが、その中の一枚は2002年、ケネス・トムソンによって4950万ポンドで落札され、史上もっとも高額で取引された絵の一つであるとされている。

音楽ではイギリス中世の『コヴェントリー・キャロル』がこの件を歌っている。

脚注

  1. ^ “6.幼児虐殺とは何ですか?それは歴史的事実ですか?” (日本語). http://opusdei.org/ja-jp/article/iesu-shitsumon-6/ 2018年5月28日閲覧。

参考文献

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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2018年6月)

関連項目

外部リンク

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出典:wikipedia
2018/12/08 01:28

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