張 奕(ジャン・イー、ちょう やく、1994年2月26日 - )は、台湾(中華民国)・花蓮県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。
日本国内の高校(福岡第一高校)に3年間在学していたため、NPBでは外国人枠の例外規定で日本人選手と同じ扱いを受けているが、国際大会には台湾(チャイニーズタイペイ)の代表として出場している。NPBでの登録名の読みは、日本語読みした「ちょう・やく」を用いている。
日本のプロ野球でのプレー経験を持つ陽耀勲、陽品華(改名前は「陽耀華」〈読み方:よう ようか〉、元長崎セインツ・愛媛マンダリンパイレーツ内野手)、陽岱鋼兄弟は、母方の従兄に当たる。
小学3年生の頃から台湾で野球を始めたが、7歳年上の従兄である陽岱鋼への憧れから、福岡県福岡市の福岡第一高校に進学。右翼手と投手を兼ねていた。3年夏の第94回選手権福岡大会決勝では、「1番・右翼手」としてスタメンに起用。3回裏からの救援登板で6イニングを無失点に抑えたほか、打者として1安打を放ったが、チームは飯塚高校の前に2 - 4というスコアで敗れた。結局、甲子園球場の全国大会とは無縁のまま日本経済大学へ進んだ。
日本経済大学への進学後は、外野手として1年時の春からレギュラーに定着。福岡六大学のリーグ戦では、新人王と2度のベストナインを受賞した。また、3年時までのリーグ戦で放った本塁打は1本だったが、4年時の秋には4本塁打で最多本塁打のタイトルを獲得した。
2016年のNPB育成ドラフト会議で、オリックス・バファローズから外野手として1巡目で指名。支度金300万円、年俸250万円(金額は推定)という条件で、育成選手として入団した。入団当初の背番号は122。
2017年には、外野手としてウエスタン・リーグ公式戦59試合に出場。しかし、打率.091、1打点、ノーアーチと振るわず、支配下選手登録を勝ち取れなかった。
2018年には、ウエスタン・リーグ公式戦で15試合連続ノーヒットを喫した末に、レギュラーシーズン中の6月中旬から投球練習を開始。外野手登録を続けながら、同リーグ公式戦5試合に投手として登板すると、通算投球イニングが5回ながら防御率1.80という成績を残した。
2019年には、ポジション登録を外野手から投手へ正式に変更。令和時代最初の日であった5月1日に支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を 98に変更した。5月16日の対千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)8回裏に一軍公式戦へデビュー。救援で2試合に登板しただけで出場選手登録をいったん抹消されたが、抹消後は二軍で先発調整に取り組む一方で、7月11日のフレッシュオールスターゲーム(楽天生命パーク)にウエスタン・リーグ選抜の救援投手として登板した。8月8日の対北海道日本ハムファイターズ戦(旭川スタルヒン球場)で、先発投手として一軍に復帰。6回を2被安打、1失点、無四球、6奪三振という内容で、一軍公式戦での初勝利を挙げた。NPBの球団に育成契約の野手として入団した選手が、投手への転向と支配下選手登録を経て、一軍公式戦の初先発で初勝利を挙げた事例は張奕が初めてである。一軍公式戦では、通算で8試合に登板。初勝利以降に登板した6試合はすべて先発で、2勝4敗、防御率5.93を記録した。シーズン終了後に開催の第2回WBSCプレミア12に台湾代表の投手として出場すると、オープニングラウンドのベネズエラ代表戦(11月6日)、スーパーラウンドの韓国代表戦(11月12日)の2試合に先発。通算投球イニング13回2/3を無失点で凌いだほか、いずれの試合でも白星を挙げたことから、大会終了後には先発投手部門でベストナインに選ばれた。
2020年は飛躍が期待されていたが、春季キャンプ中に右ひじを痛め、戦列復帰は8月中旬と大きく出遅れ、勝ち星は前年と同じ2勝に終わった。
大学時代は、50メートル走6.0秒、遠投120メートル、走攻守三拍子揃った外野手との評価を得ていた。
プロで投手に転向した後は、最速152km/hのストレートと落差のあるフォークボールを軸に、カーブやスライダーを交える。
2 洪一中