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強制連行とは?

この記事はその主題が日本に置かれた記述になっており、世界的観点から説明されていない可能性があります。ノートでの議論と記事の発展への協力をお願いします。(2013年6月)

強制連行(きょうせいれんこう)とは、国家総動員法に基づく日中戦争から太平洋戦争にかけての中国人や朝鮮人の労務動員のこと。公権力などによる連行の意味で使用されている場合もある。

目次

  • 1 概説
  • 2 概念・定義
    • 2.1 定義の不明確さ
  • 3 「強制連行」の言葉の大衆化
    • 3.1 『朝鮮人強制連行の記録』
  • 4 国語辞典の採録状況
    • 4.1 広辞苑
      • 4.1.1 広辞苑に対する批判
  • 5 事典類の採録状況と解説
    • 5.1 「強制連行」の項目が存在する例
    • 5.2 「朝鮮・中国人強制連行」の項目のみ存在する例
    • 5.3 事典類の記述を巡る議論
  • 6 その他の用例
  • 7 朝鮮人労務動員
    • 7.1 「朝鮮人強制連行」の範囲
    • 7.2 「朝鮮人強制連行」という言葉の妥当性を巡る議論
    • 7.3 韓国語
      • 7.3.1 強制動員・強制徴用
    • 7.4 盧泰愚大統領訪日時の調査(1990年)
  • 8 中国人労務者
    • 8.1 「中国人強制連行」の仕組み
    • 8.2 戦争犯罪説
    • 8.3 中国人俘虜受難者遺骨問題
  • 9 慰安婦の「強制連行」
    • 9.1 本岡昭次の国会質問
    • 9.2 海部総理への公開書簡
    • 9.3 吉田証言
    • 9.4 河野談話
    • 9.5 「広義の強制連行」
    • 9.6 「慰安婦の強制性」
      • 9.6.1 社会党
      • 9.6.2 朝日新聞の「広義の強制性」論
    • 9.7 加害者を明示しない「強制」
      • 9.7.1 朝日新聞英字版
      • 9.7.2 アジア女性基金
    • 9.8 韓国における議論
  • 10 「強制連行」を扱った作品
  • 11 センター試験出題問題
  • 12 強制移住
    • 12.1 大西洋奴隷貿易(黒人奴隷)
      • 12.1.1 南米における黒人奴隷
      • 12.1.2 カリブ海における黒人奴隷
      • 12.1.3 北米における黒人奴隷
    • 12.2 インディアス法(スペイン王国)
    • 12.3 アメリカ原住民の強制移住
    • 12.4 南太平洋におけるブラックバード狩り
    • 12.5 オーストラリアにおける原住民児童の隔離政策
    • 12.6 ソ連における朝鮮人移民の強制移住政策
    • 12.7 第二次世界大戦
      • 12.7.1 日系人の強制収容
        • 12.7.1.1 アメリカ合衆国の日系人強制収容所
        • 12.7.1.2 南米からの日系人強制送還(追放)
      • 12.7.2 ナチスドイツによるKZと外国人労働者政策
      • 12.7.3 ソ連におけるラーゲリ
      • 12.7.4 シベリア抑留
      • 12.7.5 中国共産党による日本人捕虜・居留民への強制連行
    • 12.8 バントゥースタン(南アフリカ共和国)
    • 12.9 アルゼンチン軍政期
    • 12.10 現代の強制連行
      • 12.10.1 チベット人の強制連行
        • 12.10.1.1 労働改造所
      • 12.10.2 北朝鮮の強制収容所
      • 12.10.3 アメリカ合衆国グァンタナモ米軍基地問題
  • 13 脚註
    • 13.1 注釈
    • 13.2 出典
  • 14 参考文献
  • 15 関連項目

概説

強制労働」、「動員」、「徴用」、「徴兵」、および「強制徴募」も参照

日本においては、戦時中に朝鮮人・中国人を労働者や慰安婦として強制連行したとする主張があり、他方で朝鮮半島での動員の実態については通常の戦時徴用であったとする主張もあり、そもそも「強制連行」と呼ばれるべき事象であったかどうかを巡り議論がある。また、強制連行という言葉の定義も論者によって一定せず、議論が混乱する原因になっている。

日中戦争以降に国家総動員法国民徴用令に基づき実施した労務動員では朝鮮人中国人などが日本内地、樺太、南方の各地に強制的に送られ、一部の女性は「慰安婦」として強制連行されたとも 「奴隷狩り」であったともされるが、これについては研究者間で議論がある(本項で述べる)。日本軍による強制連行は強制労働とあわせて論じられることも多い。

概念・定義

国語辞典には、「強制連行」という言葉は殆ど採録されていない(表参照)。例外として『広辞苑』に「強制連行」の言葉が登場したのは2008年になってからであり、91年にこの言葉に先行して「朝鮮人強制連行」の言葉が採録された際には、批判もあった。この言葉を「政治的な糾弾の機能を担う造語(藤岡信勝)」と見る者もいる。

「強制連行」という言葉は、最初は、中国人俘虜や労務者に対して使われた言葉(中国人強制連行)だったと見られているが、金英達鄭大均によると、日本語の文脈で「強制連行」と記述する場合、ほとんどの場合は国家総動員法を制定した戦時体制下の日本政府(大日本帝国)が朝鮮半島で行った労務動員を指して使われる言葉だという(朝鮮人強制連行)。

国語辞典には殆ど採録されていないものの、事典類の中には「強制連行」の項目が存在するものもある。「強制連行」ではなく「朝鮮人強制連行」や「中国人強制連行」として項目を立てている事典もある。しかし、これについても執筆者の偏りや政治性を指摘する声がある(後述)。

独立した項目が存在する事典類では、この言葉を、日中戦争から太平洋戦争にかけ国家総動員法国民徴用令を基に朝鮮人や中国人を労働力として動員した日本の国策と説明している。

定義の不明確さ

「強制連行」という言葉の意味が使用者によって異なり、確立した定義が存在しないという指摘は、この言葉を使用することに肯定的な立場の人々からも、否定的な立場の人々からも上がっている。

「強制連行」の言葉の大衆化

鄭大均は、北朝鮮の媒体には「強制」あるいは「強制的」などという熟語で帝国主義者の行為を罵るという傾向があり、1950年代の日本のコリア論者が、これに影響を受けたとしている。「朝鮮人強制連行」という言葉は、60年代の初期まで左派サークルの一部にのみ知られるジャーゴン(隠語)であったのが、1965年に朴慶植の『朝鮮人強制連行の記録』が刊行され、後にこの本がバイブル化し、80年代に指紋押捺問題ソウルオリンピックの開催で韓国が注目されて日本のマスメディアが日本の戦争犯罪や差別問題を語るようになると「強制連行」の言葉も大衆化した、と鄭は述べている。

サハリン残留韓国人支援運動に携わった新井佐和子は、『朝鮮人強制連行の記録』が世に出た時点では一部にしか知られていなかった「強制連行」の言葉が、吉田清治が現れた70年代後半から朴の本が体制批判の道具として使われ始め、一気に広まったようだと述べている(吉田は、82年にサハリン残留韓国人訴訟の法廷で強制連行を証言)。

『朝鮮人強制連行の記録』

「強制連行」の言葉を普及させたのは、朝鮮大学の教員、朴慶植が1965年に出版した『朝鮮人強制連行の記録』だとされる。この本については、無関係な残虐写真が掲載されている他、不可解な数字の引用が指摘されている。こうした著者の執筆姿勢を、鄭大均は「『強制連行』を自己実現するためなら、なんでもやってしまう態度」と批判したが、外村大は、歴史事象について他者に伝えようとする場合、史料から浮かび上がってきた史実をもっとも的確に表す語(強制連行)を選び出すのは当然だと擁護した。

崔碩栄は、朴慶植が終戦時23歳という年齢でありながら、日本人のように戦地へ送られていないこと自体、強制連行説との矛盾だと指摘した。朴自身、『在日朝鮮人-私の青春』の中で、1929年に一家で関釜連絡船に乗り平和裏に国東半島に移住して来たことを明かしている。

なお、「強制連行」は、朴の造語ではない。朴は雑誌『世界』の1960年5月号に掲載された「戦時中における中国人強制連行の記録」という報告書がヒントになったことを振り返っている。

国語辞典の採録状況

国語辞典(書籍版)における「強制連行」の項目の有無(オンライン辞書では、複数の辞典や事典が横断的に検索される場合がある)。小辞典や学習辞典は除外した。

(国語辞典)
【国語辞典(版)】
【強制連行】
出版社/年/備考
大辞泉(2) | なし | 小学館/12年
言海(新) | なし | 冨山房/94年/大槻文彦
大辞林(3) | なし | 三省堂/06年/小辞典『新明解国語辞典』も同じ。
言泉(初) | なし | 小学館/87年/尚学図書言語研究所
学研国語大辞典(2) | なし | 学習研究社/91年/
大辞典(復刻) | なし | 平凡社/94年/初版1936年
言林(初) | なし | 全国書房/49年/新村出
日本国語大辞典(2) | なし | 小学館/01年
国語辞典(2) | なし | 集英社/00年
日本語大辞典(初) | なし | 講談社/89年
広辞苑(7) | 強制的に連れて行くこと--朝鮮人強制連行。 | 岩波書店/18年/6版(08年)から登場。
4版(91年)から「朝鮮人強制連行」の項目。

広辞苑

岩波書店の広辞苑には、4版(1991年)から「朝鮮人強制連行」として登場する。6版(2008年)からは「強制連行」の言葉が、「強制的に連れて行くこと」という解説と共に追加された。例として「朝鮮人強制連行」が挙げられている。

5版(1998年)と6版(2008年)との間の変化をみると、強制連行に関しては「従軍慰安婦」が「慰安婦」に変わるという変化がある。

【朝鮮人強制連行】
  • (4版1991年1月)日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を内地・樺太(サハリン)・沖縄などに強制的に連行し労務者や軍夫などとして強制就労させたこと。女性の一部は日本軍の従軍慰安婦とされた。
  • (5版1998年11月)日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を内地・樺太(サハリン)・沖縄・東南アジアなどに強制的に連行し、労務者や軍夫などとして強制就労させたこと。女性の一部は日本軍の従軍慰安婦とされた。
  • (6版2008年1月)日中戦争・太平洋戦争期に100万人を超える朝鮮人を内地・樺太(サハリン)・沖縄・東南アジアなどに強制的に連行し、労務者や軍夫などとして強制就労させたこと。女性の一部は日本軍の慰安婦とされた。
  • (7版2018年1月)日中戦争・太平洋戦争期に多数の朝鮮人を日本内地・樺太(サハリン)・沖縄・東南アジアなどに連行し、工場・鉱山の労務者や戦地の軍夫・慰安婦などとして強制就労・服務させたこと。労務者だけで約七〇万人に達した。

広辞苑に対する批判

谷沢永一は、『広辞苑』を批判した渡部昇一との共著の中で、5版の「・・・多くは強制連行された朝鮮人女性」と解説されていた「従軍慰安婦」の項目について、削除あるいは訂正すべきだとした。谷沢は『広辞苑』について、博文館から『辞苑』の版権を取得した岩波書店が『広辞苑』として改訂を重ねる中で、3版から劇的に内容が変わり左翼理論の活発な演習場と化したと主張している。

新井佐和子は、初版にあった「朝鮮事変」「朝鮮征伐」などが消え、4版では「朝鮮人虐殺」「朝鮮人強制連行」などと入れ替わっていると指摘(朝鮮関連の用語、5増5減)。説明文の言い回しまで微妙に異なるのは、執筆者が高崎宗司和田春樹に変ったからだろうかと疑問を呈している。

事典類の採録状況と解説

百科事典・歴史事典・歴史辞典の書籍版における記述状況。 語釈は原文を要約した。詳しい内容は後段参照。小辞典(事典)や学習辞典は除外した。

(百科事典・歴史事典・歴史辞典)
【百科事典(版)】
【強制連行】
【朝鮮人強制連行】
【中国人強制連行】
出版社/年/執筆者等
日本大百科全書(2) | なし | 国民徴用令に拠る。39年の内務・厚生次官通牒から。
45年までの強制的労働力動員。 | なし | 小学館/95年
/執筆:朴慶植
大日本百科事典(新装) | なし | なし | なし | 小学館/80年
世界大百科事典(07年版) | 国策として中国・朝鮮人を内地等に投入。
国民徴用令に基づく動員計画。 | 「強制連行」参照 | 「強制連行」参照 | 平凡社/09年
/執筆:田中宏
丸善エンサイクロペディア(初) | 第二次大戦中、中国・朝鮮人を強制的に軍需動員。
閣議・朝鮮総督府決定。 | なし | なし | 丸善雄松堂/95年
ブリタニカ国際大百科事典(3) | なし | なし | なし | TBSブリタニカ/98年
【歴史事典(版)】
【強制連行】
【朝鮮人強制連行】
【中国人強制連行】
出版社/年/執筆者等
日本歴史大事典(初) | 37年以降の国策。中国・朝鮮人を内地等に投入。
39年動員計画を閣議決定。 | 「強制連行」参照 | 「強制連行」参照 | 小学館/00年/執筆:田中宏
日本史大事典(初) | 37年以降の国策。中国・朝鮮人を内地等に投入。
39年に徴用令公布。女子は従軍慰安婦に。 | 「強制連行」参照 | 「強制連行」参照 | 平凡社/93年/執筆:田中宏
世界歴史事典(復刊) | なし | なし | なし | 平凡社/92年
世界歴史大事典(初) | なし | なし | なし | 教育出版センター/85年
【歴史辞典(版)】
【強制連行】
【朝鮮人強制連行】
【中国人強制連行】
出版社/年/執筆者等
国史大辞典(初) | なし | 15年戦争時の政策。朝鮮にも国民徴用令等を適用。
当初は募集形式の労務動員計画を実施。(姜) | 4万を強制連行。42年に閣議決定。
翌年より試験運用開始。(臼井) | 吉川弘文館/88年
/執筆:姜徳相 臼井勝美
日本史広辞典(初) | なし | 労働者を強制的に動員する日中戦争中の政策。
「朝鮮人労務者内地移住に関する件」により許可。 | 42年の閣議決定で試験運用開始。
44年の次官会議決定により本格化。 | 山川出版社/97年
日本歴史大辞典(4) | なし | なし | なし | 河出書房新社/90年
日本史辞典(初) | 日中・太平洋戦争期に中国・朝鮮人・ミクロネシア人等を

徴用使役した政策。国民徴用令で許可。

 | 39年から。総督府の下部機関・警察の圧迫を利用。
従軍慰安婦の動員も。 | 「強制連行」参照 | 岩波書店/99年
日本史辞典(初) | アジア太平洋戦争時に政府が中国・朝鮮人に強制した労務動員。
従軍慰安婦も女子挺身隊の名で連行。 | なし | なし | 角川書店/97年
日本史用語大辞典(初) | なし | なし | なし | 柏書房/78年
日本近現代史辞典(初) | なし | 公募・官斡旋・徴用など様々な形式も
国の計画に基づき強制的に連行。多数が慰安婦に。 | 軍部が大々的に「労工狩り」。42年、
華人労働者内地移入ニ関スル件が閣議決定。 | 東洋経済新報社/89年
/執筆:井口和起

「強制連行」の項目が存在する例

百科事典では平凡社世界大百科事典、同MYPEDIA(前身は平凡社の『小百科事典』)、丸善エンサイクロペディアは独立項目として「強制連行」を記述する。うち平凡社世界大百科事典は田中宏により執筆されている。

「朝鮮・中国人強制連行」の項目のみ存在する例

「朝鮮人強制連行」や「中国人強制連行」の項目は存在しても、「強制連行」の項目が存在しない百科事典や歴史事典(辞典)もある。

事典類の記述を巡る議論

外村大は、「朝鮮人強制連行」という用語を用いることについて議論があることは認めつつ、大概の歴史辞典に「朝鮮人強制連行」や「強制連行」の項目が存在すると指摘している。

一方、鄭大均は、朴慶植や田中宏の名を挙げ、こうした項目を執筆したのは、殆どが日本の加害者性の糾弾に情熱を注いできた人々だと反論している。

外村大はまた、辞典によっては朝鮮人を日本軍の兵士や軍属、「従軍慰安婦」としたことも強制連行として説明しているケースもある。このような記述はこれまでの歴史研究の成果を反映したものであると書いている。

新井佐和子は、執筆者が朴慶植や姜徳相といった在日朝鮮人や在日韓国人であったり参考文献が彼らの著書であったりする点を指摘し、自国の歴史事典を安易に、あるいは故意に外国人に書かせる事を批判した。

その他の用例

もっとも、「強制連行」という語そのものは1939年に使用例が見られ、「連行」としてはそれ以前のものが見られるが、訓読「連れ行く」以上の明確な実力行使の意味があったわけではなく、「連行」という語は国語辞典明治37年12月(林幸行、修学堂)や大日本国語辞典1940-(上田萬年松井簡治共著、富山房)には採録されていない。「人を捕らえて無理に連れていく」意味である「勾引」という用語は刑事訴訟法(旧:大正11年法律75号)による法律用語でもあり、大日本国語辞典(1940-)に採録されている。

国会議事録の検索サービスによれば、戦後、国会でのもっとも古い使用例は1953年11月19日の参議院法務委員会での與謝野光・東京都衛生局長の発言で、都の職員が街娼を検診のため強制的に病院に連れて行ったことを「強制連行」という表現を用いて説明している。

中国人強制連行問題と朝鮮人強制連行問題がそれぞれ1950年代と60年代から国会で取り上げられる一方、50年代以降も戦時中の労務動員と関わりなく「強制連行」という表現が国会で用いられた例が存在する。

60年代には、国鉄の労働組合員らが安保闘争の一環として電車の運行を妨害する目的で乗務員を電車から下ろした行為を運輸大臣が「強制連行」と表現した他、70年代には、韓国中央情報部(KCIA)による学生や金大中の拉致事件(金大中事件)に関して「強制連行」という言葉が度々使われている (他にも第72回参議院外務委員会、同衆議院地方行政委員会、第80回衆議院予算委員会、第82回衆議院法務委員会、同衆議院予算委員会など)。

戦後一般に、「連行」は公的権力によって連れて行かれることについて使われることが多い。

朝鮮人労務動員

詳細は「日本統治時代の朝鮮人徴用」を参照

日中戦争が長期化し国家総動員法が成立すると、日本人(内地人)に続き朝鮮半島や台湾出身者も大日本帝国の国民として戦時体制に動員された。朝鮮人強制連行とは、一般的に日中戦争から太平洋戦争まで間の朝鮮人労務動員のことを言う。

「朝鮮人強制連行」という言葉の定義は明確ではないが、金英達は、1939年から始まった国家総動員計画実施にともなう朝鮮人労務者の集団移入を中心に見るのが大方の共通理解であり、通常は兵力動員(軍人・軍属)は含まれないとしている。

「朝鮮人強制連行」の言葉は、鄭大均によれば1960年が初出で、朴慶植が1965年に出版した『朝鮮人強制連行の記録』をきっかけに注目されるようになった。

近年の新聞(全国紙)では、「(朝鮮人)徴用工」「労務動員」といった言葉が使われている 。

「朝鮮人強制連行」の範囲

朝鮮人労務者の移入は、(1)朝鮮半島の指定された場所で企業が労務者を募集する「募集」に始まり、(2)その労務者募集を朝鮮総督府が斡旋する「官斡旋」、そして(3)国民徴用令に基づく「徴用」の三段階を踏んで実施された。これ以前から、密航を含め、職を求めて朝鮮半島から内地に渡って来る者も多く、どの範囲を「(朝鮮人)強制連行」と呼ぶのかについて、論者の意見は一致していない。

木村幹は、さまざまな論者により様々な含意のもとで用いられた「朝鮮人強制連行」の用法には大きく3つあるとする。すなわち

  1. 朝鮮半島の人を物理的暴力により力づくで連れてきたもの、という意味で理解するもの。
  2. 総力戦体制下の戦時動員のすべてを「強制連行」とするもの。
  3. 植民地支配下における朝鮮半島からの内地へのあらゆる労働移動を「強制連行」と見なすもの。植民地支配そのものが「強制」されたものである以上、そこでのあらゆる労働は「強制」であるとするもの。

「朝鮮人強制連行」という言葉の妥当性を巡る議論

内地人や台湾人も動員されたにも関わらず、強制連行と言う場合ほとんどが朝鮮人についてである(「中国人強制連行」に関しては後述)。これについて金英達は、法的強制力の伴わない「募集」や「官斡旋」であっても朝鮮人に対しては物理的暴力が用いられ、徴用に至っては「公認された人狩り」だったとしている。

こうした主張に対し西岡力は、「募集」の枠外でもその3倍の人間が、朝鮮半島から高賃金に魅かれて内地に渡っていたことなどを上げ、一部で強引なことはあったにしても、出稼ぎ希望者を政府が人気薄の炭鉱や鉱山に配置しようとしたというのが実態ではないかとして、強制連行という表現に異を唱えている。動員計画に応じるふりをして内地に”密入国”するケースも、当時から問題になっていた。

徴用の段階に入ると内地人同様朝鮮人にも拒否する自由がなくなったことについては、論者の意見は一致している。

鄭大均は、(朝鮮人)強制連行という言葉を、朝鮮人は徴兵された日本人の欠員を補う形で炭鉱等に動員されたのだという実態を無視しており、「価値中立的な歴史用語」とは言えないと批判している。

韓国語

高崎宗司によると、韓国では軍人・軍属と(日本語で言うところの)強制連行者を合わせて「被徴用者」ということが多かった。反日色の濃い李承晩政権がまとめた「対日請求要綱」の中でも強制連行という言葉は使われておらず、「被徴用韓国人未収金」などの表現があるにとどまる。

外村大によると、北朝鮮においても、歴史研究の論文や公的な文書で「強制連行」の語はあまり使われていない。もっとも、北朝鮮専門のニュースサイト、デイリーNK(編集長:高英起)によれば、2019年7月16日、北朝鮮の国営メディアが、日本が「20万人の朝鮮女性と840万人余りの朝鮮青壮年を拉致し、強制的に連行して死の戦場と苦役場に性奴隷と弾除け、ものを言う労働道具に駆り出し、100余万人の無この朝鮮人を無残に虐殺した」とする論評を配信した 。

強制動員・強制徴用

近年韓国メディアでは「強制動員」「強制徴用」などの言葉が用いられているが、これらが日本語の強制連行の完全な同義語かどうかは不明。 釜山には国立日帝強制動員歴史館がある。崔碩栄は、韓国では、たとえ志願であったとしても当事者たちは「強制動員」と表現せざるを得ないと述べている。

落星台経済研究所のイ・オヨンは、現在韓国で最も知られているのは「強制徴用」という言葉だとした上で、徴用(징용)という言葉自体に強制の意味が含まれており、概念として成立しないと述べている。外村大によれば、早くも1945年12月8日の『京城日報』に「強制徴用」の絵が掲載されていたという。

北朝鮮の労働新聞でも「強制徴用」や「強制徴兵」といった言葉が使われている。

盧泰愚大統領訪日時の調査(1990年)

徴用工の問題は、1965年の日韓基本条約(とその付随協約)によって日韓両政府の間で決着していたが、1990年の盧泰愚大統領訪日の際、韓国政府から日本政府に対して改めて「強制連行者」に関する調査が要請された。民主化により市民運動の突き上げが激しくなったことが背景にあると見られている 。

韓国政府から調査の要請を受けた日本政府は、強制連行に軍人・軍属は含まれないものと理解していたが、韓国側はこれらを含むものと考えており、両政府の間で「強制連行」という言葉の解釈が食い違う場面もあった。

日本政府は調査の結果、約8万人分の名簿の存在を確認し、その目録を韓国政府に提供した。

中国人労務者

花岡事件」および「華人労務者」を参照

1942年、産業界の要請を入れ、日本政府は戦時下の労働力不足を補う為に「華人労務者内地移入ニ関スル件」 を閣議決定し、中国人労働力を国内の国民動員計画産業に導入する方針を決定した。開始は、1944年の次官会議決定(華人労務者内地移入ノ促進ニ関スル件)から。 多くの中国人労働者は、当時日本の影響下にあり、満州国を支える労働力の供給地でもあった華北の出身だった。 この日本政府による第二次大戦中の中国人労働力の国内産業への導入を、俗に中国人強制連行と呼ぶ。

閣議決定には、契約期間を二年に区切り雇用継続の際は一時帰国させることや、中国人労働者の食習慣への配慮、家族への送金を考慮することなどが決められていたが、国内の食料事情の悪化と物資不足から企業での待遇も悪化し、これを不満とした中国人労働者による暴動も発生した(花岡事件)。死亡率が17.5%という高率に終わった事について、送り出した中国側機関と日本企業の双方に原因があった事が指摘されている。

中国人労働者の総数は、約4万人。「中国人強制連行」の言葉は、現在でも新聞紙上で使用例が見られる。

「中国人強制連行」の仕組み

「華人労務者の内地移入」の仕組みは、日本企業が厚生省に希望する人数を申請し、許可を受けた上で中華民国南京国民政府の施政下にある中国側機関と契約を結び、労働者を日本に招くというものだった。労働者集めは中国側が行ったが、華北労工協会のように企業への労働者の割当などを担当する実務に日本人職員が当たっていたケースもある。

供出方法には四つの形式があったが、このうち中国の行政機関が郷村に人数を割り当てた「行政供出」は、結果的に労務者として相応しくない人間を半強制的に供出させることになったと、終戦直後の外務省の調査で指摘されている。

中国人労務者は、興亜建設隊として戦争に協力する身分であった為、日本への航海中に死亡した場合、水兵が敬礼し海軍式の水葬を行ったという証言がある一方で、「捕虜」たちは隙さえあれば逃げようとしたという証言もある。

戦争犯罪説

また軽犯罪者や捕虜が釈放され、契約の下渡日した「訓練生供出」の例も少なくない事から、「中国人強制連行」とは、日本軍が「兎狩り」と称して現地住民を狩り集めたもの(中国人殉難者名簿共同作成実行委員会)、あるいは日本軍による三光作戦(殺しつくし焼きつくし奪いつくす)だと考える者もいるが、こうした主張には異論もある。

中国人俘虜受難者遺骨問題

1953年に自民党の大谷瑩潤議員が「中国人俘虜殉難者慰霊実行委員会」を設立し、中国人労務者の遺骨返還運動を始めた。国会でも「中国人強制連行」という言葉と共に「中国人俘虜(問題)」という言葉が使われた。

慰安婦の「強制連行」

日本軍慰安婦を巡る論争等については「日本の慰安婦問題」を、慰安婦の募集・動員の仕組みについては「日本の慰安婦」や「慰安所」に詳しい。朝鮮半島での慰安婦の募集については「日本統治時代の朝鮮人徴用#朝鮮人慰安婦問題と強制連行説」も参照のこと。ここでは、「慰安婦の強制連行」という言葉をテーマに扱う。

本岡昭次の国会質問

「慰安婦の強制連行」は、1990年6月6日、社会党本岡昭次の国会での質問をきっかけに政治問題化した。後に本岡が「朝鮮人強制連行問題と関連してその一形態でもある『従軍慰安婦』問題に触れて質問したが・・・これが、『慰安婦』問題を国際問題化させる発端となった」と振り返ったように、来日した韓国の盧泰愚大統領の要請で日本政府が戦時中の朝鮮人労務動員者(朝鮮人強制連行)の調査を行っている最中の質問だった。

本岡は「(朝鮮人)強制連行」の根拠となった法令について質問し、回答を受けた後で、強制連行された者の中に従軍慰安婦という形で連行された者があったと指摘した。それに対して、政府は以下のように答えて「慰安婦の強制連行」を否定した。

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出典:wikipedia
2019/07/24 15:34

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