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新潟市とは?

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新潟市旗 | 新潟市章
1908年3月4日制定

【国】
日本
【地方】
中部地方北陸地方
甲信越地方信越地方
【都道府県】
新潟県
団体コード
15100-9
法人番号
5000020151009
【面積】
726.45km

【総人口】
800,582[編集]
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
1,102人/km
【隣接自治体】
新発田市阿賀野市五泉市加茂市三条市燕市長岡市北蒲原郡聖籠町南蒲原郡田上町西蒲原郡弥彦村・(海上を隔てて隣接)佐渡市
【市の木】
ヤナギ
【市の花】
チューリップ
【市の鳥】
ハクチョウ
新潟市役所

【市長】
中原八一
【所在地】
951-8550
新潟県新潟市中央区学校町通一番町602-1
北緯37度54分58.3秒東経139度2分11秒座標: 北緯37度54分58.3秒 東経139度2分11秒

【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト

新潟市(にいがたし)は、新潟県の北東部(下越地方)に位置するで同県の県庁所在地本州の日本海側最大の都市で、唯一の政令指定都市であり、中部地方では愛知県名古屋市に次ぐ2番目の最大人口を擁する。「新潟」の表記については「新潟県#「潟」の字について」を参照。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 市名の由来
    • 1.2 市章
      • 1.2.1 制定
      • 1.2.2 市章の意味
  • 2 地理
    • 2.1 気候
    • 2.2 方言
    • 2.3 人口
      • 2.3.1 健康
  • 3 行政区・市街地構成
    • 3.1 行政区
    • 3.2 中心市街地
    • 3.3 市域全般
  • 4 歴史
    • 4.1 原始から古代
    • 4.2 中世
    • 4.3 近世
    • 4.4 近代
    • 4.5 現代
    • 4.6 行政区域の変遷・市町村合併
  • 5 政治
    • 5.1 行政
    • 5.2 行政機構
      • 5.2.1 市営企業
      • 5.2.2 市庁舎の変遷
      • 5.2.3 政策
      • 5.2.4 財政
    • 5.3 議会
      • 5.3.1 市議会
      • 5.3.2 新潟県議会
      • 5.3.3 衆議院
  • 6 国家機関
    • 6.1 行政機関
    • 6.2 司法機関
    • 6.3 独立行政法人
  • 7 施設
    • 7.1 警察
      • 7.1.1 事件・事故
    • 7.2 消防
    • 7.3 医療
      • 7.3.1 医療機関
    • 7.4 社会教育施設
    • 7.5 公園
  • 8 社会基盤
    • 8.1 郵便
    • 8.2 電話
      • 8.2.1 固定電話の市外局番
      • 8.2.2 市外局番の統一化
      • 8.2.3 統一化における課題
    • 8.3 電力
    • 8.4 都市ガス
    • 8.5 水道
      • 8.5.1 上水道
      • 8.5.2 下水道
    • 8.6 清掃
      • 8.6.1 ごみ処理施設
      • 8.6.2 し尿処理施設
  • 9 対外関係
    • 9.1 姉妹都市・提携都市
      • 9.1.1 海外
      • 9.1.2 国内
    • 9.2 国際機関
      • 9.2.1 領事館
  • 10 経済
    • 10.1 新潟市に本社を置く主な企業
  • 11 マスメディア
    • 11.1 新聞・通信
    • 11.2 テレビ放送局
    • 11.3 ラジオ放送局
  • 12 教育
    • 12.1 大学
    • 12.2 幼児教育
  • 13 交通
    • 13.1 空港
    • 13.2 鉄道
    • 13.3 高速バス
    • 13.4 道路
    • 13.5 港湾
  • 14 観光
    • 14.1 広域連携
    • 14.2 文化財
      • 14.2.1 新潟市内にある国指定の文化財
    • 14.3 主な観光資源
      • 14.3.1 行祭事・イベント
      • 14.3.2 都市型観光
      • 14.3.3 歴史・文化
      • 14.3.4 温泉・健康
      • 14.3.5 自然
      • 14.3.6 スポーツ・レクリエーション
      • 14.3.7 その他
  • 15 文化
    • 15.1 祭事・催事
    • 15.2 伝統工芸
    • 15.3 伝統芸能
    • 15.4 芸能
    • 15.5 花柳界
    • 15.6 音楽
    • 15.7 映画館
    • 15.8 名物・特産品
    • 15.9 スポーツ
      • 15.9.1 プロスポーツチーム
      • 15.9.2 アマチュアスポーツチーム
      • 15.9.3 球技
      • 15.9.4 アニマルスポーツ
      • 15.9.5 スポーツ大会
      • 15.9.6 スポーツ施設
  • 16 出身有名人
    • 16.1 名誉市民
  • 17 新潟市を舞台にした作品
  • 18 脚注
    • 18.1 注釈
    • 18.2 出典
      • 18.2.1 市発表
      • 18.2.2 その他
  • 19 参考文献
  • 20 関連項目
  • 21 外部リンク
    • 21.1 市内の地図

概要

日米修好通商条約による開港五港の1つである新潟港。手前の建物は新潟市歴史博物館(みなとぴあ)
朱鷺メッセより新潟島を望む。
新潟県庁より都心方面。

1889年(明治22年)4月1日市制によって設置された市のうちの1つ。市の中心部にあたる信濃川河口部には、古くからが開かれ、幕末日米修好通商条約開港五港の1つとなった。現在でも水陸の交通の要衝である。

2005年広域合併によって人口が81万人を突破し、2007年(平成19年)4月1日に、本州日本海側では初めての政令指定都市に移行した。市域には後述する8行政区が設けられている。

1950年代まで、信濃川左岸の新潟島中心部にはが張り巡らされ、それに沿ってが植えられていた。そのため、「水の都」「柳都(りゅうと)」などの異名を持つ。また、多数の漫画家を輩出していることや、バイパス網が発達していることで知られる。 萬代橋NEXT21朱鷺メッセデンカビッグスワンスタジアム新潟日報メディアシップがシンボル的存在となっている。

市名の由来

市の名前である「新潟」という地名については永正17年(1520年) に新潟の表記が歴史記録として残っているものの、地名の由来についての記録は残っていないため、由来については諸説ある。

市章

新潟市旗

制定

新潟市の市章は、1908年(明治41年)3月4日に制定された。

市章の意味

同日に告示された「市徽章設定ノ件」には、以下のとおり記されている。 新潟市ハ五港ノ一トシテ最モ多ク世ニ知ラルルニヨリ、其ノ意ヲ表ハスコトトセリ。
即チ
1 錨ハ港ノ意
2 五ハ五港ノ意
3 雪環ハ越後ノ意
以上越後ノ五港ヲ意味シ新潟ヲ表ハスモノナリ。 すなわち、港を表す「」、1858年日米修好通商条約により指定された「五港」の「」、そして越後の象徴「雪環」を組み合わせ、開港五港の一つである新潟市を表している。

地理

詳細は「新潟市の地理」を参照

新潟の地は越後平野に位置している。信濃川阿賀野川日本海に流れ込む場所で、河川の流域には低湿な平野と数多くの潟湖が、また海岸線に沿って新潟海岸新潟砂丘と呼ばれる砂丘が形成されている。郊外には湿田や潟湖を干拓した広大な水田が広がる一方、現在でも鳥屋野潟佐潟福島潟などの潟湖が残されている。このうち佐潟については1997年(平成9年)に、ラムサール条約登録湿地となっている。

気候

中央区美咲町の新潟地方気象台(新潟観測所)の気候について記す。同気象台は信濃川下流部、関屋分水路の分流点付近に位置する。

冬季に降水量が多くなる日本海側気候であるが、緯度の割に温暖である。 は海岸近くの為日本海からの北西風が強く、一日雪の予報でも時折晴れ間が見える事が多い。このため島嶼部を除く新潟県内で最も雪が少ない地域で、50cm以上の大雪への備えも十分でなく、豪雪県のイメージとは裏腹に交通マヒが起こることもある。近年では2010年2月5日に81cmの積雪を観測しているが、1m以上の積雪は1961年以来、半世紀以上に渡ってない。強風やヒートアイランド現象によって放射冷却現象が弱められるため、冷え込みは東京都郊外と比べても厳しくなく、近年氷点下5度以下を記録することは少ない。 春から夏にかけては同緯度の東北太平洋側と比べると気温が高く、南高北低の気圧配置になった場合南風が越後山脈を超える際に起こるフェーン現象の影響を受け、生暖かい強風が吹き高温になることがある。

市域内には前掲の新潟地方気象台をはじめ、東区松浜町の新潟空港(松浜観測所)、秋葉区小戸下組(新津観測所)、西蒲区巻甲(巻観測所)の計4箇所にアメダスが設置されている。このうち内陸に位置する新津観測所では、2012年8月31日13時22分に36.6度、同年9月14日正午に35.5度と、それぞれ当日の全国最高気温を記録するなど、夏には厳しい猛暑となる一方で、冬の寒さは沿岸部よりも厳しく、氷点下10度を下回ることもあり、1985年に-15.1度、2003年には-12.1度、2012年にも-10.0度以下を観測している。このように、市域内でも沿岸と内陸では気候に大きな違いがある。

方言

新潟市を中心とする地域では、新潟弁が用いられている。

人口


新潟市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 新潟市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 新潟市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

新潟市(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

健康

行政区・市街地構成

行政区

 | この項目ではを扱っています。閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。
新潟市の行政区

新潟市は現在、8区の行政区で構成される。市役所をはじめとする市政の中枢機能は中央区に置かれている。なお、各区にはイメージカラーが設定されている。

区名 イメージカラー 区名 イメージカラー
北区 ネイチャーグリーン 秋葉区 フローラルグリーン
東区 アクアブルー 南区 ブリーズブルー
中央区 ウォーターフロントブルー 西区 サンセットオレンジ
江南区 スプリンググリーン 西蒲区 ハーベストイエロー
新潟市 8区のイメージカラー

中心市街地

詳細は「中央区 (新潟市)#地域」を参照
新潟市の市街地
江戸時代からの市街地 古町
近代以降の市街地 万代

新潟市の中心市街地は中央区の信濃川を挟んだ両岸部に所在し、大きく古町万代新潟駅周辺の三つに分けられる。

古町は「新潟島」と呼ばれる信濃川左岸側に位置し、1655年(明暦元年)の移転 以来の新潟の業務・物販・飲食などの複合的中心地である。古町通本町通西堀通などは百貨店や総合スーパー、複合商業ビル、商店街、歓楽街などが集まる地区で、現在に至るまで中心市街地に位置付けられている。

万代は信濃川右岸側の、前述の古町・本町と新潟駅万代口のほぼ中間点に位置する地区である。大正末期の大河津分水路通水によって狭まった信濃川の流路跡が埋立地として開発された地区で、1929年(昭和4年)に萬代橋が現在の3代目橋梁に架け替えられたのを端緒に都市開発がはじまり、戦後から本格的に開発が進められた。1970年代前半から新潟交通の路線バスの運行拠点跡の再開発事業の一環で、隣接する八千代とともにデパートの集中する商業エリアである「万代シテイ」と「万代シテイバスセンター」が整備され、主に若年層向けの商業地になっている。

新潟駅周辺のうち、北側の万代口周辺は1958年の新潟駅移転後から開発が一気に進み、1964年新潟国体までの間に急速に市街地化した。現在では東大通を中心にオフィスビルが立ち並んでいる。反対側の南口周辺(笹口天神尾米山)は、1970年代から都市開発が本格化した。当初駅舎に出入口は設けられていなかったが、1982年上越新幹線開通に合わせ南口が開設されたのを前後して急速に市街地化が進み、現在は新潟駅の連続立体交差化事業の一環として幹線道路網の再整備が進められている。

これら3つの極は萬代橋通り沿いに並び、これらを繋ぐルートで、基幹バスの「萬代橋ライン」が走る。なお、副都心については正式な指定はされていないが、「新潟島」側を都心、右岸側(旧沼垂町側)を副都心と呼ぶことがある。また近年では新潟県庁や国の合同庁舎を中心とする新光町・美咲町地区に行政、業務機能が集積しており、こちらを副都心と呼ぶこともある。都心と郊外とは、無料の都市高速のようなバイパス網で繋がれており、インターチェンジ近くを中心にいくつもの商業中心が分散している。

柳都大橋上流側歩道から見た、新潟市の中心市街地。右側が古町。左側が万代

市域全般

市域全般においては、干拓・乾田化が開始される前の内陸部は湿地が大半を占めており、可住地が限定されていたこともあって、市域各地の在郷町や集落は、砂丘周辺や河川の自然堤防に沿うように発展した。しかし干拓・乾田化で内陸部の排水が進捗したことによって、湿田や小規模潟湖の埋め立てが進み、後背湿地も市街地化に充てられるようになったことなどから、各地で宅地の造成が行われ、北区の早通駅周辺などベッドタウンとなるような地域において住宅団地ニュータウンも建設された。

これらの経緯から、市域に占める可住地の範囲は他の地方都市と比較して広くなっており、その面積は北海道別海町に次いで2位となっている。また新潟市は、住宅地が郊外に分散しているため、一箇所への人口集中はそれほど見られない。

郊外部は農地が多く、海岸沿いの砂丘地帯は畑が多いが、前述の経緯から内陸部は水田が中心となっている(農地構成については農業の細項を参照)。

新潟市内の地域は 新潟市都市計画基本方針 において都心、地域拠点、生活拠点、近隣拠点、機能別拠点などに分けて指定されている。地域拠点は、中央区と東区を除く行政区に各一ヶ所ずつ指定、生活拠点は各行政区に複数ヶ所指定されている。中央区、東区、西区を除く地域拠点と生活拠点は、2005年(平成17年)の平成の大合併において編入した市町村の中心地である。

行政区 都心 地域拠点 生活拠点 近隣拠点 機能別拠点
北区 --- | 葛塚 | 松浜 | 新崎早通 | 新潟医療福祉大学新潟東港
東区 --- | --- | 山の下・河渡木戸大形石山 | --- | 新潟西港新潟空港
中央区 古町・白山、万代新潟駅周辺 | --- | --- | --- | 新光町美咲町鳥屋野潟南部
江南区 --- | 亀田 | 大江山横越両川曽野木 | --- | 新潟中央卸売市場
秋葉区 --- | 新津 | 荻川小須戸 | --- | ---
南区 --- | 白根 | 味方月潟 | --- | ---
西区 --- | 小針寺尾 | 坂井輪内野黒埼 | 赤塚 | 流通センター
西蒲区 --- |  | 曽根旗屋中之口和納 |  | 岩室温泉

歴史

詳細は「新潟市の歴史」を参照

原始から古代

現在の新潟市域における人々の営みの始まりは、約2万年前の旧石器時代に丘陵と山麓を中心に始まった。古墳時代前期にはヤマト王権の勢力下にあり、647年(大化3年)には北方の蝦夷支配の拠点として渟足柵が設置された。
奈良時代が始まる8世紀前半、国―郡―郷を単位とする地方制度が整った。信濃川の河口には蒲原津があり、蒲原津は越後国の国津として人や物資の集まる交通の要所となった。新津丘陵では須恵器や鉄の生産が始まり、信濃川左岸の低地ではサケの漁獲・加工が行われた。また、海岸砂丘地帯では塩が作られた。

中世

戦国時代の1520年(永正17年)に「新潟」という地名が記録に出てくるようになる。新潟津は信濃川河口左岸にあり、蒲原津沼垂湊と合せて、当時「三か津」と呼ばれた。新潟津が現れてから蒲原津は衰え、新潟津が信濃川・阿賀野川河口の中心的な湊となった。
1580年(天正8年)。阿賀北(阿賀野川以北)の武将、新発田重家が新潟津を占拠し、上杉景勝(上杉謙信の後継者)との抗争が始まったが、1586年(天正14年)、新発田方に味方していた新潟・沼垂の町民たちが上杉方へ寝返り、上杉方は新潟・沼垂を制圧することができた。新潟津を失った新発田氏は翌1587年(天正15年)に滅ぼされ、越後国は上杉景勝によって統一された。

近世

錦絵『新潟湊之真景』安政6年(1859年)井上文昌筆(新潟県立図書館蔵)
1859年(安政6年)に二代目歌川広重によって描かれた新潟の様子。
1598年(慶長3年)、上杉景勝は豊臣秀吉の命令で会津(福島県)への国替えとなり、新潟湊は長岡藩領、沼垂湊は新発田藩領となった。長岡藩は新潟に新潟町代官を設置し新潟町となる。その後、信濃川・阿賀野川河口部の地形が変化し、新潟湊は1655年(明暦元年)に信濃川左岸、現在の古町の地に移転した後に1676年(延宝4年)に長岡藩によって新潟町奉行が設置された。同じ時期に越後平野の生産力が増加し。北前船の西回り海運が安定する時期までに移転を終えた新潟湊は、1697年(元禄10年)には、日本海側屈指の湊に発展していた。
1768年(明和5年)、長岡藩による御用金を原因とする一揆である新潟明和騒動が発生。江戸時代後期、新潟湊では唐物(中国製品)と俵物(北海道製品)の密輸が行われていたことから幕府は密輸を摘発。1843年(天保14年)に新潟町を幕府領にした。(新潟上知)
1858年(安政5年)の日米修好通商条約で、開港5港の一つとして新潟湊は日本海側における開港場となった。しかし、1868年(慶応4年)、新政府軍と旧幕府側との間に戊辰戦争が勃発。同年7月の北越戦争で新潟町は戦場になり、戦災で市街地を焼失した状態で明治維新を迎えた。

近代

新潟港は、1869年1月(明治元年11月)に開港。1870年(明治3年)に県庁所在地となり、白山公園の開設や第四銀行の設立、新潟県会の開設など近代化が進められた。また、1870年(明治3年)に長岡藩の支藩の三根山藩は、戊辰戦争で困窮していた長岡藩救援米百俵を贈った。
新潟町は1879年(明治12年)に寄居村を編入して新潟区となり、1889年(明治22年)には新潟区と関屋村が合併して市制施行し、新潟市となる。当時の市域は「新潟島」に相当する。明治30年代に新津油田の機械掘削が本格化。大正期に新津町は「石油の町」として栄えて国内最大の油田となり、新潟市・沼垂町では石油産業が発達した。
1931年(昭和6年)に上越線が全通。翌1932年(昭和7年)には、中国東北部に「満州国」が建国される。新潟港は東京から鉄道で最も近い日本海側の港となり、政府は政府命令航路である新潟発着の日満航路を開設。新潟港は対岸進出の拠点港になった。
1941年12月の真珠湾攻撃によって開戦した太平洋戦争の戦局が悪化し、1945年(昭和20年)8月11日、原子爆弾が投下されるおそれが高いとして市民に緊急疎開が布告され、市街地は無人に近い状態で終戦を迎えた。

現代

2001年当時の新潟市(青)と、2005年編入の周辺13市町村(緑)
太平洋戦争が終結した10年後の1955年(昭和30年)、新潟大火が発生。1964年(昭和39年)6月、マグニチュード7.5の新潟地震が発生した。また、天然ガス採取によって新潟島をはじめとする中心部の地盤が沈下し、阿賀野川流域では有機水銀中毒(新潟水俣病)が発生。1985年(昭和60年)までに690人が患者と認定された。
高度経済成長期は災害からの復興、公害の対策に追われていたが、1963年(昭和38年)に国土開発の一つとし新潟東港の建設が着工。1969年(昭和44年)に開港し、日本海側の貿易中枢港となった。
1973年(昭和48年)に新潟空港にハバロフスク線が開設し、北東アジアを中心に国際線が増加。1982年(昭和57年)に上越新幹線が開通。また、1997年(平成9年)までに関越自動車道北陸自動車道磐越自動車道が全線開通し、高速交通網の日本海側の結節点となった。

行政区域の変遷・市町村合併

詳細は「新潟市の行政区域の変遷」を参照

新潟市は1889年の市制施行以後、1914年 (大正3年)に信濃川右岸の沼垂町との合併をきっかけに周辺地域と編入合併していったが、高度経済成長期以後は合併がなかった。21世紀に入ってすぐ黒埼町を編入。その後、周辺13市町村を編入して2007年4月1日に政令指定都市に移行、

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出典:wikipedia
2019/01/18 01:02

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