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日本の総理大臣一覧とは?

(日本の総理大臣一覧から転送)
この記事には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です。脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年8月)

内閣総理大臣


現職 安倍晋三

第4次安倍内閣
就任日 2017年11月1日
歴代の首相と内閣
歴代内閣総理大臣
歴代内閣
首相が使う施設や機材
首相官邸
首相公邸
政府専用機
内閣総理大臣専用車
首相を補佐する人々
内閣官房長官
内閣総理大臣補佐官
内閣総理大臣秘書官
(内閣官房)
内閣を組織する人々
副総理
国務大臣副大臣
内閣官房副長官
大臣政務官
内閣官房副長官補
内閣法制局長官
内閣法制次長
首相関連の用語
首班指名選挙
内閣総理大臣臨時代理
内閣総理大臣臨時兼任
班列と無任所大臣
内閣総理大臣の辞令
首相関連の表彰
内閣総理大臣杯
内閣総理大臣顕彰
国民栄誉賞

内閣総理大臣の一覧(ないかくそうりだいじんのいちらん)は、日本の行政府の長である内閣総理大臣を務めた人物一覧。

目次

  • 1 凡例
  • 2 一覧
  • 3 時系列
  • 4 存命中の内閣総理大臣経験者
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

凡例

所属政党: 無所属 憲政党 立憲政友会 立憲同志会 憲政会 立憲民政党 大政翼賛会 日本進歩党 日本自由党 (1945-1948) 日本社会党 民主党 (1947-1950) 民主自由党 自由党 (1950-1955) 日本民主党 自由民主党 日本新党 新生党 民主党 (1998-2016)


一覧

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【代】
【人】
【内閣総理大臣】
【内閣】
【期間・日数】
【出生地】
【学歴】
【栄典・兼職】
備考
明治
1 1 |  |  | 伊藤博文
いとう ひろぶみ | 第1次伊藤内閣 | 1885年12月22日
- 1888年4月30日
(861日) | 周防国
(現山口県) | 松下村塾 | 従三位勲一等伯爵
のち従二位 | 長州閥
2 2 |  |  | 黒田清隆
くろだ きよたか | 黒田内閣 | 1888年4月30日
- 1889年10月25日
(544日) | 薩摩国
(現鹿児島県) |  | 従二位
勲一等
伯爵 | 薩摩閥
陸軍中将
単独で辞任
-  |  |  | (三条実美)
(さんじょう さねとみ) | (三條暫定内閣) | (1889年10月25日
- 1889年12月24日) | (内閣総理大臣兼任)
従一位大勲位公爵
内大臣
3 3 |  |  | 山縣有朋
やまがた ありとも | 第1次山縣内閣 | 1889年12月24日
- 1891年5月6日
(499日) | 長門国
(現山口県) | 松下村塾 | 従二位勲一等伯爵
内務大臣 | 長州閥
陸軍中将
のち陸軍大将
大日本帝国憲法
4 4 |  |  | 松方正義
まつかた まさよし | 第1次松方内閣 | 1891年5月6日
- 1892年8月8日
(461日) | 薩摩国
(現鹿児島県) | 造士館 | 従二位勲一等伯爵
貴族院議員(伯爵)
大蔵大臣 | 薩摩閥
5  |  |  | 伊藤博文
いとう ひろぶみ | 第2次伊藤内閣 | 1892年8月8日
- 1896年8月31日
(1,485日) | (略) | (略) | 従二位勲一等伯爵
のち正二位大勲位侯爵
貴族院議員(侯爵) | 長州閥
単独で辞任
-  |  |  | (黒田清隆)
(くろだ きよたか) | (第2次伊藤内閣) | (1896年8月31日
- 1896年9月18日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
従二位勲一等伯爵
陸軍中将
枢密院議長
6  |  |  | 松方正義
まつかた まさよし | 第2次松方内閣 | 1896年9月18日
- 1898年1月12日
(482日)
(通算943日) | (略) | (略) | 正二位勲一等伯爵
大蔵大臣 | 薩摩閥
7  |  |  | 伊藤博文
いとう ひろぶみ | 第3次伊藤内閣 | 1898年1月12日
- 1898年6月30日
(170日) | (略) | (略) | 正二位大勲位侯爵
貴族院議員(侯爵) | 長州閥
8 5 |  |  | 大隈重信
おおくま しげのぶ | 第1次大隈内閣 | 1898年6月30日
- 1898年11月8日
(132日) | 肥前国
(現佐賀県) | 弘道館 | 正二位勲一等伯爵
外務大臣 | 憲政党総裁
政党人から初の任命
9  |  |  | 山縣有朋
やまがた ありとも | 第2次山縣内閣 | 1898年11月8日
- 1900年10月19日
(711日)
(通算1,210日) | (略) | (略) | 正二位勲一等功二級侯爵
貴族院議員(侯爵) | 長州閥
元帥陸軍大将
10  |  |  | 伊藤博文
いとう ひろぶみ | 第4次伊藤内閣 | 1900年10月19日
- 1901年5月10日
(204日)
(通算2,720日) | (略) | (略) | 正二位大勲位侯爵
貴族院議員(侯爵) | 長州閥
立憲政友会総裁
単独で辞任
-  |  |  | (西園寺公望)
(さいおんじ きんもち) | (第4次伊藤内閣) | (1901年5月10日
- 1901年6月2日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
正二位勲一等侯爵
枢密院議長
11 6 |  |  | 桂太郎
かつら たろう | 第1次桂内閣 | 1901年6月2日
- 1906年1月7日
(1,681日) | 長門国
(現山口県) |  | 正三位勲一等功三級子爵のち伯爵
内務大臣 | 長州閥
陸軍大将
12 7 |  |  | 西園寺公望
さいおんじ きんもち | 第1次西園寺内閣 | 1906年1月7日
- 1908年7月14日
(920日) | 山城国
(現京都府) | ソルボンヌ大学卒業 | 正二位勲一等侯爵
貴族院議員(侯爵) | 立憲政友会総裁
13  |  |  | 桂太郎
かつら たろう | 第2次桂内閣 | 1908年7月14日
- 1911年8月30日
(1,143日) | (略) | (略) | 従二位大勲位功三級侯爵
のち正二位公爵
貴族院議員(侯爵のち公爵)
大蔵大臣 | 長州閥
陸軍大将
14  |  |  | 西園寺公望
さいおんじ きんもち | 第2次西園寺内閣 | 1911年8月30日
- 1912年12月21日
(480日)
(通算1,400日) | (略) | (略) | 正二位勲一等侯爵
貴族院議員(侯爵) | 立憲政友会総裁
大正
15  |  |  | 桂太郎
かつら たろう | 第3次桂内閣 | 1912年12月21日
- 1913年2月20日
(62日)
(通算2,886日) | (略) | (略) | 正二位大勲位功三級公爵
貴族院議員(公爵) | 長州閥
陸軍大将
16 8 |  |  | 山本権兵衛
やまもと ごんのひょうえ | 第1次山本内閣 | 1913年2月20日
- 1914年4月16日
(421日) | 薩摩国
(現鹿児島県) | 海軍兵学寮卒業 | 正二位勲一等功一級伯爵 | 薩摩閥
海軍大将
17  |  |  | 大隈重信
おおくま しげのぶ | 第2次大隈内閣 | 1914年4月16日
- 1916年10月9日
(908日)
(通算1,040日) | (略) | (略) | 正二位勲一等伯爵
のち大勲位侯爵
貴族院議員(侯爵)
内務大臣
 | 肥前閥
立憲同志会総裁
18 9 |  |  | 寺内正毅
てらうち まさたけ | 寺内内閣 | 1916年10月9日
- 1918年9月29日
(721日) | 周防国
(現山口県) | 陸軍戸山学校卒業 | 従二位勲一等功一級伯爵 | 長州閥
元帥陸軍大将
19 10 |  |  | 原敬
はら たかし | 原内閣 | 1918年9月29日
- 1921年11月4日
(1,133日) | 陸奥国
(現岩手県) | 司法省法学校中退 | 正三位勲一等
衆議院議員(第7期・岩手県盛岡選挙区) | 立憲政友会総裁
在任中に暗殺
-  |  |  | (内田康哉)
(うちだ こうさい) | (原内閣) | (1921年11月4日
- 1921年11月13日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
従二位勲一等伯爵
外務大臣
20 11 |  |  | 高橋是清
たかはし これきよ | 高橋内閣 | 1921年11月13日
- 1922年6月12日
(212日) | 武蔵国
(現東京都) | ヘボン塾 | 従三位勲一等子爵
貴族院議員(勅撰)
大蔵大臣 | 立憲政友会総裁
21 12 |  |  | 加藤友三郎
かとう ともさぶろう | 加藤友三郎内閣 | 1922年6月12日
- 1923年8月24日
(439日) | 安芸国
(現広島県) | 海軍兵学校卒業
海軍大学校卒業 | 従二位勲一等功二級男爵
海軍大臣 | 海軍大将
在任中に病死
-  |  |  | (内田康哉)
(うちだ こうさい) | (加藤友三郎内閣) | (1923年8月24日
- 1923年9月2日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
従二位勲一等伯爵
外務大臣
22  |  |  | 山本権兵衛
やまもと ごんのひょうえ | 第2次山本内閣 | 1923年9月2日
- 1924年1月7日
(128日)
(通算549日) | (略) | (略) | 正二位勲一等功一級伯爵 | 薩摩閥
退役海軍大将
23 13 |  |  | 清浦奎吾
きようら けいご | 清浦内閣 | 1924年1月7日
- 1924年6月11日
(157日) | 肥後国
(現熊本県) | 咸宜園 | 正二位勲一等子爵 | 
24 14 |  |  | 加藤高明
かとう たかあき | 加藤高明内閣 | 1924年6月11日
- 1926年1月28日
(597日) | 尾張国
(現愛知県) | 東京大学法学部卒業 | 従二位勲一等子爵
貴族院議員(勅撰)
 | 憲政会総裁
在任中に病死
-  |  |  | (若槻禮次郎)
(わかつき れいじろう) | (加藤高明内閣) | (1926年1月28日
- 1926年1月30日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
従三位勲一等
貴族院議員(勅撰)
内務大臣
25 15 |  |  | 若槻禮次郎
わかつき れいじろう | 第1次若槻内閣 | 1926年1月30日
- 1927年4月20日
(446日) | 出雲国
(現島根県) | 帝国大学法科大学卒 | 従三位勲一等
貴族院議員(勅撰) | 憲政会総裁
昭和
26 16 |  |  | 田中義一
たなか ぎいち | 田中義一内閣 | 1927年4月20日
- 1929年7月2日
(805日) | 長門国
(現山口県) | 陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 従二位勲一等功三級男爵
貴族院議員(勅撰) | 退役陸軍大将
立憲政友会総裁
27 17 |  |  | 濱口雄幸
はまぐち おさち | 濱口内閣 | 1929年7月2日
- 1931年4月14日
(652日) | 土佐国
(現高知県) | 第三高等中学校卒業
帝国大学法科大学卒業 | 正三位勲一等
衆議院議員(第5期、高知県第2区選出) | 立憲民政党総裁
在任中に遭難
外務大臣幣原喜重郎臨時代理
28  |  |  | 若槻禮次郎
わかつき れいじろう | 第2次若槻内閣 | 1931年4月14日
- 1931年12月13日
(244日)
(通算690日) | (略) | (略) | 従三位勲一等男爵
貴族院議員(勅撰) | 立憲民政党総裁
29 18 |  |  | 犬養毅
いぬかい つよし | 犬養内閣 | 1931年12月13日
- 1932年5月16日
(156日) | 備中国
(現岡山県) | 慶應義塾中退 | 正三位勲一等
衆議院議員(第17期、岡山県第2区選出) | 立憲政友会総裁
在任中に暗殺
-  |  |  | (高橋是清)
(たかはし これきよ) | (犬養内閣) | (1932年5月16日
- 1932年5月26日) | (内閣総理大臣臨時兼任)
正三位勲一等
大蔵大臣
30 19 |  |  | 斎藤実
さいとう まこと | 齋藤内閣 | 1932年5月26日
- 1934年7月8日
(774日) | 陸奥国
(現岩手県) | 海軍兵学校卒業 | 正二位勲一等功二級子爵 | 退役海軍大将
挙国一致内閣
31 20 |  |  | 岡田啓介
おかだ けいすけ | 岡田内閣 | 1934年7月8日
- 1936年3月9日
(611日) | 越前国
(現福井県) | 海軍兵学校卒業 | 従二位勲一等功三級 | 退役海軍大将
挙国一致内閣
在任中に遭難
内務大臣後藤文夫が臨時代理
32 21 |  |  | 広田弘毅
ひろた こうき | 廣田内閣 | 1936年3月9日
- 1937年2月2日
(331日) | 福岡県 | 第一高等学校卒業
東京帝国大学法科大学卒業 | 正三位勲一等 | 挙国一致内閣
33 22 |  |  | 林銑十郎
はやし せんじゅうろう | 林内閣 | 1937年2月2日
- 1937年6月4日
(123日) | 石川県 | 陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 正三位勲一等功四級
文部大臣 | 予備役陸軍大将
34 23 |  |  | 近衛文麿
このえ ふみまろ | 第1次近衛内閣 | 1937年6月4日
- 1939年1月5日
(581日) | 東京府
(現東京都) | 第一高等学校卒業
東京帝国大学文科大学中退
京都帝国大学法科大学卒業 | 正三位勲一等公爵
貴族院議員(公爵) | 挙国一致内閣
35 24 |  |  | 平沼騏一郎
ひらぬま きいちろう | 平沼内閣 | 1939年1月5日
- 1939年8月30日
(238日) | 美作国
(現岡山県) | 帝国大学法科大学卒業
法学博士 | 正二位勲一等男爵 | 挙国一致内閣
36 25 |  |  | 阿部信行
あべ のぶゆき | 阿部内閣 | 1939年8月30日
- 1940年1月16日
(140日) | 石川県 | 第四高等学校中退
陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 正三位勲一等 | 予備役陸軍大将
挙国一致内閣
37 26 |  |  | 米内光政
よない みつまさ | 米内内閣 | 1940年1月16日
- 1940年7月22日
(189日) | 岩手県 | 海軍士官学校卒業
海軍大学校卒業 | 正三位勲一等功四級 | 予備役海軍大将
挙国一致内閣
38  |  |  | 近衛文麿
このえ ふみまろ | 第2次近衛内閣 | 1940年7月22日
- 1941年7月18日
(362日) | (略) | (略) | 従二位勲一等公爵
貴族院議員(公爵) | 大政翼賛会総裁
挙国一致内閣
39 第3次近衛内閣 | 1941年7月18日
- 1941年10月18日
(93日)
(通算1,035日) | 従二位勲一等公爵
貴族院議員(公爵)
40 27 |  |  | 東條英機
とうじょう ひでき | 東條内閣 | 1941年10月18日
- 1944年7月22日
(1,009日) | 東京府
(現東京都) | 陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 従三位勲一等功二級
のち正三位
陸軍大臣
陸軍参謀総長
 | 陸軍中将
のち陸軍大将
大政翼賛会総裁
挙国一致内閣
41 28 |  |  | 小磯國昭
こいそ くにあき | 小磯内閣 | 1944年7月22日
- 1945年4月7日
(260日) | 栃木県 | 陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 正三位勲一等功二級 | 予備役陸軍大将
のち現役復帰
大政翼賛会総裁
挙国一致内閣
42 29 |  |  | 鈴木貫太郎
すずき かんたろう | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月7日
- 1945年8月17日
(133日) | 和泉国
(現大阪府) | 海軍兵学校卒業
海軍大学校卒業 | 正二位勲一等功三級男爵 | 退役海軍大将
大政翼賛会総裁
挙国一致内閣
43 30 |  |  | 東久邇宮稔彦王
ひがしくにのみや
なるひこおう | 東久邇宮内閣 | 1945年8月17日
- 1945年10月9日
(54日) | 京都府 | 陸軍士官学校卒業
陸軍大学校卒業 | 大勲位功一級
貴族院議員(皇族)
陸軍大臣 | 陸軍大将
1945年9月6日に主権放棄
44 31 |  |  | 幣原喜重郎
しではら きじゅうろう | 幣原内閣 | 1945年10月9日
- 1946年5月22日
(226日) | 大阪府 | 第三高等中学校卒業
帝国大学法科大学卒業 | 従二位勲一等男爵
貴族院議員(勅撰)
第一復員大臣
第二復員大臣 | 日本進歩党
総裁主権喪失下
45 32 |  |  | 吉田茂
よしだ しげる | 第1次吉田内閣 | 1946年5月22日
- 1947年5月24日
(368日) | 東京府
(現東京都) | 学習院高等学科卒業
東京帝国大学法科大学卒業 | 正三位勲一等
貴族院議員(勅撰)
外務大臣 | 日本自由党総裁
主権喪失下
日本国憲法
46 33 |  |  | 片山哲
かたやま てつ | 片山内閣 | 1947年5月24日
- 1948年3月10日
(292日) | 和歌山県 | 第三高等学校卒業
東京帝国大学法科大学卒業 | 衆議院議員(第6期・神奈川県第3区選出) | 日本社会党委員長
日本社会党・民主党国民協同党連立
主権喪失下
47 34 |  |  | 芦田均
あしだ ひとし | 芦田内閣 | 1948年3月10日
- 1948年10月15日
(220日) | 京都府 | 第一高等学校卒業
東京帝国大学法科大学卒業
東京帝国大学法学博士 | 衆議院議員(第6期・京都府第2区選出)
外務大臣 | 民主党総裁
民主党・日本社会党・国民協同党連立
主権喪失下
48  |  |  | 吉田茂
よしだ しげる | 第2次吉田内閣 | 1948年10月15日
- 1949年2月16日
(125日) | (略) | (略) | 正三位勲一等
衆議院議員(第1期・高知県全県区選出)
外務大臣 | 民主自由党総裁
主権喪失下
49 第3次吉田内閣
第1次改造内閣
第2次改造内閣
第3次改造内閣 | 1949年2月16日
- 1952年10月30日
(1,353日) | 正三位勲一等
衆議院議員(第2期・高知県全県区選出)
外務大臣
 | 民主自由党総裁→自由党総裁
民主自由党・民主党連立派連立→自由党単独
1952年4月28日に主権回復
50  | 第4次吉田内閣 | 1952年10月30日
- 1953年5月21日
(204日) | 正三位勲一等
衆議院議員(第3期・高知県全県区選出) | 自由党総裁
51 第5次吉田内閣 | 1953年5月21日
- 1954年12月10日
(569日)
(通算2,616日) | 正三位勲一等
衆議院議員(第4期・高知県全県区選出)
52 35 |  |  | 鳩山一郎
はとやま いちろう | 第1次鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日
- 1955年3月19日
(100日) | 東京府
(現東京都) | 第一高等学校卒業
東京帝国大学法科大学卒業 | 正三位勲一等
衆議院議員(第13期・東京都第1区選出) | 日本民主党総裁
53 第2次鳩山一郎内閣 | 1955年3月19日
- 1955年11月22日
(249日) | 正三位勲一等
衆議院議員(第14期・東京都第1区選出)
54  | 第3次鳩山一郎内閣 | 1955年11月22日
- 1956年12月23日
(398日)
(通算745日) | 正三位勲一等
衆議院議員(第14期・東京都第1区選出) | 自由民主党総裁
55 36 |  |  | 石橋湛山
いしばし たんざん | 石橋内閣 | 1956年12月23日
- 1957年2月25日
(65日) | 東京府
(現東京都) | 早稲田大学文学科卒業
早稲田大学宗教研究科修了 | 衆議院議員(第4期・静岡県第2区選出) | 自由民主党総裁
56 37 |  |  | 岸信介
きし のぶすけ | 第1次岸内閣
改造内閣 | 1957年2月25日
- 1958年6月12日
(473日) | 山口県 | 第一高等学校卒業
東京帝国大学法学部卒業 | 正三位
衆議院議員(第3期・山口県第2区選出) | 自由民主党総裁
57 第2次岸内閣
改造内閣 | 1958年6月12日
- 1960年7月19日
(769日)
(通算1,241日) | 正三位
衆議院議員(第4期・山口県第2区選出)
58 38 |  |  |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/11/16 19:34

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